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オリンパス事件東京高裁判決
2001.05.22


平成11年(ネ)第3208号 補償金請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成7年(ワ)第3841号)
平成13年2月27日口頭弁論終結

                   判           決

     控訴人兼被控訴人(以下「一審原告」という。)  X
     訴訟代理人弁護士         矢   島   邦   茂
     被控訴人兼控訴人(以下「一審被告」という。) オリンパス光学工業株式会社
     訴訟代理人弁護士             大   場   正   成
     同                鈴   木       修
     同                大   平       茂

                   主           文

     本件各控訴をいずれも棄却する。
     控訴費用は,各自の負担とする。

                   事実及び理由

第1 当事者の求めた裁判
 1 一審原告
   (1) 原判決のうち一審原告敗訴の部分を取り消す。
   (2) 一審被告は,一審原告に対し,金5000万円及びこれに対する平成7年3月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
   (3) 一審被告の控訴を棄却する。
   (4) 訴訟費用は,第一,二審を通じて,一審被告の負担とする。
   (5) 第(2),(4)項につき仮執行の宣言
 2 一審被告
   (1) 原判決のうち一審被告敗訴の部分を取り消す。
   (2) 上記敗訴部分に係る一審原告の請求を棄却する。
   (3) 一審原告の控訴を棄却する。
   (4) 訴訟費用は,第一,二審を通じて,一審原告の負担とする。

第2 事案の概要
     本件は,一審被告の従業員であった一審原告が,在職中にした職務発明につき,一審被告に対し,特許法35条3項に基づく相当の対価の支払を請求し,これにつき原判決が一審原告の請求を一部認容したところ,当事者双方が,これを不服として,控訴を提起した事案である。
     事案の概要は,次のとおり付加するほか,原判決の事実及び理由「第二 事案の概要」のとおりであるから,これを引用する(なお,当裁判所も,「本件特許」「被告規定」「諸隈発明」「諸隈特許」の用語を,原判決の用法に従って用いる。また,会社名については,株式会社等を含む正式名称ではなく,略称を用いる。)。
 1 当審における一審原告の主張の要点
     原判決は,一審原告の請求について,本件発明(一審原告が,本件特許出願のころ,それについて特許を受ける権利を一審被告に譲渡した発明をいう。本件特許は,同発明について受けた特許の一部である。)の譲渡の対価は250万円が相当であるとしたが,原判決のこの判断は,誤った事実認定の下にされたものである。
     一審原告は,相当な対価として,主位的に28億1520万円(原審における主張のうち,本件発明の寄与割合を3分の1としていたのを100パーセントと改める。),予備的に5億6040万円(原審における主張のうち,本件発明の寄与割合を3分の1としていたのを100パーセントとし,かつ,平成2年度ないし平成5年度の特許料収入の合計額を算定の基礎としていたのを,平成2年度の特許実施料収入14億0100万円のみを算定の基礎とすることに改める。)を主張し,本件では,そのうち,5228万9000円(このうちの228万9000円は,原判決が認容した分である。)の支払を求める。
   (1) 被告規定の性質について
       一審被告は,特許法35条3項にいう,職務発明に関する「勤務規則その他の定」は,特許を受ける権利若しくは特許権(以下「特許権等」という。)の承継又は専用実施権の設定(以下「承継等」という。)の対価の額も含めて使用者,法人,国又は地方公共団体(以下「使用者等」という。)が,従業者の同意なしに定め得ると解すべきであり,このことは,判例及び学説において全く異論がない旨主張する。
       しかしながら,特許法35条4項が,職務発明の対価の額は「その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない」と規定していることに鑑みれば,「勤務規則等に発明についての報償の規定があっても,当該報償額が法の定める相当対価の額に満たないものであれば,発明者は,使用者等に対し,不足額を請求できる」(50頁5行以下)とした原判決の判断が正当であることは明らかである。そして,報償額の最高を1億円とする企業も現れている現時点においては,わずかの250万円が,一審被告に対して70億円を越える利益をもたらした本件発明に対するものとして,特許法の予定する相当対価の額に当たるなどということは,およそ考えられないところである。
   (2) 本件発明により一審被告が受けるべき利益の額について
       原判決は,本件発明により一審被告が受けるべき利益の額を認定する根拠として6点(46頁3行ないし47頁7行)を説示したうえ,その額は5000万円と解するのが相当である旨判断し,かつ,一審被告が受けるべき利益の額はコンパクトディスクプレーヤーの国内総生産額を基準として算定すべきである旨の一審原告の主張は採用できない旨説示している。
     @ 現実に製造販売されているコンパクトディスクプレーヤーのほとんどすべてが本件発明の構成を採用していること(甲第34,第35(枝番を含む。),第39号証,第55号証参照),コンパクトディスクプレーヤー関連書籍に記載されている光ピックアップの図において,本件特許を用いたものが記載されていること(甲第15ないし17号証,第20,第30,第31号証)が認められる以上,本件発明により一審被告が受けるべき利益の額をディスクプレーヤーの国内総生産額を基礎として算定すべきことは当然であって,原判決が挙げる諸点をとらえて,本件発明により一審被告が受けるべき利益の額を低く認定するのは不合理というほかない。
     A 原判決は,本件発明は,諸隈発明の利用発明であり,本件発明の実施には,諸隈発明の実施が前提になることを,一審原告が受けるべき利益の額を認定する根拠の一つに挙げている。また,一審被告も,諸隈特許は製造各社の小型光ピックアップの実用化に必須の基本特許であると主張する。しかし,原判決の上記認定及び一審被告の主張は誤りである。
       ア 諸隈特許の出願日である昭和50年10月31日よりも前に出願された日本ビクター株式会社の特許(特公昭61−58887(乙第37号証),特開昭51−114102(乙第32号証添付資料),以下「ビクター特許」という。)の実施例1には,レンズを2次元的に駆動する技術思想も,この駆動を異なる2つの磁隙(ギャップ)に挿入されたコイルによって電磁気駆動方式で行う技術思想も開示されている。一方,諸隈特許では,ビクター特許の実施例1の上記技術思想を前提としたうえで,ビクター特許の実施例1においては,駆動コイルによる駆動力をバネを介してレンズ枠に伝えているのに対し,駆動コイルによる駆動力をバネを介さないで「一体的」に直接レンズ枠に伝える手段を開示しているにすぎない。このように,諸隈特許は,ビクター特許が開示している技術思想を前提としたうえで,諸隈特許の実施例図にあるような,あるいはこの図から容易に解釈できる範囲での権利を有するにすぎないものと解さざるを得ない。
       イ 本件特許は,諸隈発明の利用発明ではない。すなわち,本件特許は,諸隈特許の権利範囲に含まれるものではない。
           本件特許と諸隈特許は,二次元駆動光ピックアップを小型軽量化することを目的としている点については同じであるが,ピックアップ装置の小型軽量化を実現するための手段については全く別の提案をしている。本件特許は,従来技術(ガルバノミラー駆動方式)において,ガルバノミラーの使用により機構が大型化せざるをえなかったという不利点を,レンズを駆動するための動力源を改良することにより解消したものであって,コイルの交差部に共通の磁束を貫かせることにより,交差部に作用する互いに直交する力を利用してレンズを二次元方向に駆動する方法である。これに対し,諸隈特許は,従来技術における,対物レンズを二方向に駆動するための個別の支持・駆動機構を中間機構を介して対物レンズに連結するため小型軽量化が困難であるという問題点を,対物レンズと,これを2方向に電磁駆動するためのそれぞれのコイルとを一体的に構成した対物レンズにともに固定するという方法で解消したものである。
           諸隈特許の特許請求の範囲には「対物レンズと・・・コイルとを対物レンズ保持体に対し一体的に固定し・・・」と記載され,本件特許もこれに含まれるような表現になっている。しかし,特許法70条2項において「前項の場合においては,願書に添付した明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」と定められており,諸隈特許の「・・・一体的に固定し・・・」の意義については,実施例図以外には具体的記載がないから,実施例に記載されたような,「独立隔離された磁隙によって駆動される各コイルをレンズ保持体に対して一体的に固定すること」と解釈すべきである。本件特許は,このようなレンズの固定方法を採っていないから,諸隈特許の権利範囲には含まれない。
           このように本件特許と諸隈特許の権利範囲を解釈するならば,国内の製造各社の製品においては本件特許は使用されているが,諸隈特許は使用されていないことが明らかである。
       ウ そもそも,諸隈発明は,自然法則を無視しており,発明の名に値しないものである。すなわち,諸隈発明においては,トラッキング駆動時に,可動部はフォーカシングコイルと一体となって駆動される。これでは,可動部の質量を実質的に従来よりも増加していることになり,可動部を軽量化することにも,装置全体を小型軽量化することにもなり得ない。自然法則上,可動部を駆動する目的の装置において可動部の質量が大きくなれば装置全体も大きくなるのであり,諸隈発明は自然法則を無視している。
           また,前述のとおり,従来技術としてビクター特許が存在し,その明細書や実施例には,諸隅発明と同一のフォーカシングコイルを対物レンズに一体的に固定するというコイルの取付方法が先行技術として記載されていると認められる以上,諸隈発明には新規性が認められない。
           さらに,諸隈発明にかかわる技術手段は,すべて従来技術であるビクター特許の中に記載されており,その技術手段によって構成された装置が従来技術によって構成されたものに比べて効果のあるものとはとても考えられないから,諸隈発明には進歩性がない。
           このように,諸隈発明は,格別な効果もなければ,新規性,進歩性もないものであるから,本来特許権として存在できないはずであるにもかかわらず,形式的に特許権となっているにすぎず,業界内ではその権利行使ができないものである。
           このことは,一審被告と他社とのライセンス契約の交渉経過からも明らかである。
       エ 諸隈特許の有効を前提としても,諸隈特許を使用しているピックアップ装置は,すべて本件特許を使用しているのであるから,両特許の間には特許法上の優劣はつけられないというべきである。
     B 原判決は,一審被告とピックアップ製造各社との間のライセンス契約においては,諸隈特許が中心的な交渉の対象となり,本件特許は重きを置かれていなかったとして,相当な対価の算定においてこの点を重視する。しかし,相当な対価の額の算定において重要なのは,本件特許が各社のピックアップ装置に使用されているか否かということである。ライセンス契約の交渉過程で本件特許に重きが置かれていなかったとしても,そのことをとらえて,一審原告が受けるべき利益の価額の算定根拠の一つとすることは,正当ではない。
         原判決は,本件特許に関しては各社は実施を否定していると判示する。
         しかし,原判決も,ソニー,シャープ,アイワ,ケンウッド,ビクター,三洋電機の6社については,本件特許が使用されていることを認定している。
         原判決は,松下電器産業,パイオニア,日立製作所の各社製品が本件特許を使用していないとし,そのことの根拠として,これらの製品は,フォーカスコイルとトラッキングコイルにそれぞれ別個の単独の磁束が作用するものであるから,本件特許に係る本件発明の「前記交差部を貫く共通の磁束」を充足しない可能性が高いことを挙げている。一審被告は乙第17号証を援用するが,磁界の解析は三次元的に行わなければならないのに(甲第19号証参照),乙第17号証記載の磁界の解析は二次元的に行われているから,乙第17号証の記載内容は誤りである。これらの製品のヨークの三次元構造を対象に解析するならば,フォーカスコイルとトラッキングコイルの交差部を貫く共通の磁束が存在することは明らかであるから,これらが本件発明の特許請求の範囲である「前記交差部を貫く共通の磁束」を充足することは疑いない。したがって,上記各社の製品にも本件特許が使用されていると認められるから,原判決の上記判示は誤っている。
     C 原判決は,本件発明の特許出願手続においてされた補正は明細書の要旨を変更するものと判断される可能性が否定できないとし,一審被告も同旨の主張をする。しかしながら,控訴人が被控訴人に譲渡したのは特許権ではなく発明である。本件特許に関する補正は,被控訴人特許担当者が発明者である控訴人に無断で行ったものであり,仮に誤った補正を行ったことにより本件特許が無効になる可能性が否定できない状態になったとしても,発明者の権利が損なわれることはない。また,本件発明は特許庁によって特許性を肯認され,これを無効とする審判はいまだになされていないから,本件特許が無効になる可能性は極めて低い。
         また,一審被告は,対物レンズを電磁駆動方式によって駆動する技術は本件発明の特許出願前の公知技術(実開昭49−35201(乙第13号証添付資料)以下「ソニー考案」という。),特開昭51−114102(乙第32号証添付資料,ビクター特許))であるから,本件特許は無効事由を有し,これに基づく権利行使は事実上不可能である旨主張する。
         しかし,ソニー考案は,アナログプレーヤーのトーンアームの駆動に関するものであり,ビクター特許は,可動コイル53を通る磁束とフォーカシングコイルを通る磁束とがヨーク56によって分断されており,本件特許請求の範囲である「共通の磁束」があるとはいえないから,ソニー考案及びビクター特許をもって,本件特許の電磁駆動方式が公知のものであるということはできない。一審被告の主張は失当である。
     D 一審被告は,一審原告は「単にリレーレンズを動かす」という,発明としては,未完成で,具体性に欠ける提案書(乙第21号証)を作成しただけで,その後は全く関与しておらず,補正を経て最終的に特許査定された本件特許に係る発明には一審原告が提案したアイデアに基づく構成は含まれておらず,本件発明は,一審被告に何らの利益をももたらすものではなかった旨主張する。
         しかしながら,一審原告が提案したアイデアには,可動レンズを小型軽量化すること(技術思想A)と電磁駆動方式によるレンズの駆動方法(技術思想B)の双方が含まれていた。一審原告の提出した提案書には技術思想Aについてしか書かれていないが,これは,提案書の提出段階で,技術思想A,Bのいずれがより重要な概念であるか迷いが生じたことと,技術思想Bに関する図面の作成にかなり時間がかかりそうだということがわかったので,とりあえず技術思想Aについてだけ先に出願し,レンズの駆動方法である技術思想Bについては,図面が出来上がり次第,別に出願することにしたためである。一審原告は,昭和52年11月下旬ころに行われた一審被告特許部担当者との面接の際,上記出願意図と,技術思想A,Bの内容等を乙第21号証の提案書を用いつつ説明し,技術思想Aと技術思想Bを別個の出願とすることについて特許部担当者の同意を得た。ところが,その後,特許部担当者から技術思想AとBとを一括して出願すべきであるとの方針を伝えられたため,一審原告は,レンズの駆動を電磁駆動方式によって行う実施例の図面(本件特許の当初明細書(乙第12号証添付書類甲第2号証)の第4図,第5図,本件明細書(原判決添付特許公報一参照)の第1図,第2図)を作成し,同年12月ころ,特許部担当者に他の資料や口述説明とともに手渡した。上記図面は,いずれも特許部担当者が弁理士と相談のうえ作成したものであるとし,本件特許に係る発明は,補正により,一審原告のアイデアを完全に放棄した構成からなるとする一審被告の主張は,事実に反する。
         そもそも,一審被告は,一審原告の提案書(乙第21号証)記載のアイデアではなく,本件特許に係る発明自体を一審原告から譲り受けたことを認めており,一審原告が同発明をしたものとして,出願時報償金,登録時報償金,S賞表彰とその報償金,実施料収入時報償金をすべて一審原告一人に独占させ,またその旨の記事を一審被告の社報に掲載している。そして,一審被告は,本件訴訟の一審において,第1回口頭弁論期日から第20回口頭弁論期日までは,一審原告が本件特許に係る発明をした事実を何ら異議を留めることなく認めていたのであるから,一審被告の上記主張は自白の撤回に該当し許されないというべきである。
     E 一審被告は,本件発明はいかなる観点から見ても一審被告に何らの利益をももたらさなかった旨主張する。しかし,一審被告は,本件発明を本件特許に係るものを含めて7件に分割して出願し,その結果,本件特許を含めて6件が特許を受けて登録されている。この分割出願をするには相当の費用がかかっているはずであり,一審被告が,そのような多額の費用をかけてまで本件発明を7件に分割して出願したという事実は,一審被告が本件発明を極めて重視していたことを示すものである。
         また,分割後の特許のうち特公平4−47900(甲第45号証)のものは,特許請求の範囲から「交差部を貫く共通の磁束」の要件が削除されており,この分割により取得した特許権によれば,原審で「交差部を貫く共通の磁束」の要件を充足しないため本件特許を使用していないとされた松下電器産業,パイオニア及び日立製作所の製品並びに当審において一審原告が証拠として提出した製品中,アイワ(検甲第10号証),三洋電機(検甲第17号証)の各社製品についても,共通の磁束の存在の有無を問題にするまでもなく,本件発明に係る特許を使用していることが明らかである。
         さらに上記公報には,諸隈特許には装置が大型になる欠点があるとの指摘がされており,このような欠点を有する諸隈特許が光ピックアップの基本特許であるとの主張は誤りであり,本件特許こそが基本特許であるというべきである。
   (3) 一審被告の貢献度について
       原判決は,本件発明がされるについて一審被告が貢献した程度を95%と認定する根拠として2点(48頁1行ないし5行)を挙げている。
       しかしながら,原判決が挙げる2点はいずれも事実に反するから,一審被告の貢献度が95%にも及ぶとした原判決の認定は失当である。
       以下の事情の下では,一審被告の貢献度は60%を超えないというべきである。
     @ 一審被告は,特許出願,管理業務を使用者の貢献度とするようであるが,これらは発明が譲渡された後の通常業務であり,特許法35条4項にいう貢献度とはかかわりがない。
     A 本件発明がされた時点での一審原告の職位は,最下級の役職である主任研究員であった。
     B 一審原告は,光ピックアップの開発担当者ではなかった。
   (4) 消滅時効の成否について
       一審被告は,特許法35条3項の規定に基づく対価支払請求権の消滅時効は特許権等の譲渡がなされたときから進行する旨主張する。
       しかしながら,一審被告が,本件発明の譲受けに対する対価を被告規定に基づき分割して支払ったことには争いがないから,一審原告の対価支払請求権の消滅時効の起算日を最終の分割支払日(平成4年10月1日)とすべきは当然である。
 2 当審における一審被告の主張の要点
     原判決は,本件発明譲渡の対価は250万円が相当であるとした。しかし,原判決のこの判断は,法35条4項の規定についての誤った解釈の下に,かつ,誤った事実認定の下に,なされたものである。
   (1) 被告規定の性質について
     @ 原判決は,被告規定は一審被告が一方的に定めたものであるから,個々の譲渡の対価について一審原告がこれに拘束される理由はない旨判断している。
         しかしながら,従業者等は職務発明について特許権等を使用者等に譲渡する旨を規定するとともに,使用者等が従業者等に支払う対価の額をも規定する規則(法35条3項にいう「勤務規則その他の定」)を定めることは,わが国のほとんどすべての大企業が行っていることである。すなわち,多数の発明等について使用者等が受けるべき利益の額及び発明がされるについて使用者等が貢献した程度を個別的に算定することは事実上不可能であるうえ(発明等が現実に利益をもたらすのは,特許出願あるいは特許権付与から数年あるいは数十年後であるのが通例であることを想起すべきである。),たまたま在籍した部署等によって従業者間に不公平をもたらすことなどを防がなければならないから,職務発明に関する「勤務規則その他の定」は大企業の特許管理に必須のものである。そして「勤務規則その他の定」は,特許権等譲渡の対価の額に関するものも含めて,使用者等が従業者の同意なしに定め得ることは判例及び学説において全く異論のないところである。原判決は,被告規定は一審被告が一方的に定めたものであるから個々の譲渡の対価について一審原告がこれに拘束される理由はない旨説示するのみで,ほかに合理的な理由を説示することなくその効力を否定したものであって,到底容認することができないものである。
         原判決のように解すると,職務発明の譲渡に対しては,いったん社内規定により支払われても,別段の請求があれば,常に,更に何らかの「相当の対価」の額を当該従業員に支払わなければならないということになり,譲渡は有効だが,対価はいつまでも定まらず,請求の危険にさらされることになる。このような結論をもたらす処理は,現在の企業内の発明及びその実施の実態とあまりにもかけ離れたもので,到底とり得ないところであるとともに,同様の処理をすべての発明につき適用するとなると,その影響の及ぶところは,一審被告にとどまらず,日本企業の多くは発明の取扱いに窮し,特許管理は崩壊し,技術立国を標榜する日本経済にも重大な影響を及ぼすことになる。
     A 一審原告は,一審被告に対し,会社の就業規則その他の諸規程の遵守を誓った誓約書(乙第10号証)を提出しており,被告規定について包括的な同意をしていることは明らかである。また,一審原告は,被告規定による報償金を数回にわたり異議なく受領しているから,被告規定に同意したものとみなすべきである。
     B 「勤務規則その他の定」において定められている特許権等譲渡の対価の額が著しく不合理であるときは,規則外の対価を請求し得ると考える余地がないとはいえない。しかしながら,被告規定が定める特許権等譲渡の対価の額は,他の大企業の職務発明に関する規則と比較して何ら遜色のないものである。被告規定における出願補償及び登録補償は,発明等がもたらすべき利益が考慮されない一律の額であるのに対して,工業所有権収入取得時報償はいわば報奨的な性格のものであるから,発明等が一審原告に対して全く予想外の膨大な利益をもたらしたときに限り規定外の報奨を行うことには合理性があり得る。しかし,本件発明が全く無価値のものであり,このような特別の事情が認められないことは後記のとおりである。
   (2) 本件特許に係る発明により一審被告が受けるべき利益の額について
       原判決は,本件特許に係る発明により一審被告が受けるべき利益の額を5000万円と認定しているが,誤りである。実際には,本件特許にかかる発明によって一審被告が受けるべき利益は全くなく,ゼロである。
     @ 判決が利益計算の基としたライセンスに対するロイヤルティは,すべて,コンパクトディスクプレーヤーのピックアップ装置を小型化するための画期的発明である諸隈発明(フォーカシングコイルとトラッキングコイルとを対物レンズ保持体の近くで一体的に固定し,これらのコイルと対物レンズが一体となってフォーカシング方向とトラッキング方向とに移動する構成を持った情報検出ヘッド)の特許に対するものである。一審被告を権利者とするライセンス契約には,諸隈特許のほかに,本件特許を含む特許等(主な収入源となったソニーとのライセンス契約については,621件に及ぶ。)が含まれているが,諸隈特許以外の特許等は,全部一括して無償で,ソニーの同種特許とのクロスライセンスの対象として追加されたものにすぎない。
         諸隈特許に対するロイヤルティの支払と離れて,本件特許のみに対するロイヤルティを支払うことに応じたライセンシーは,皆無である。そして,諸隈特許の特許期間終了後,本件特許に対するものとして,実施料の支払に応じた会社は一社もない。これらの事情からすれば,本件特許の存否によりロイヤルティの額が増減することはないということができる。
         一審原告は,諸隈特許の価値についてもうんぬんする。しかし,そもそもここで問題なのは,諸隈特許の客観的な価値ではなく,むしろ一審被告とライセンス交渉を行った企業の諸隈特許に対する認識である。現在までに契約に基づきロイヤルティが支払われたのは諸隈特許に対してであって,これらの契約において他の特許はすべて無償のクロスライセンスの対象にすぎなかったことは,過去の確定した事実である。
     A 一審原告が提案書(乙第21号証)をもって提案したのは,対物レンズは固定し,対物レンズの前に軽量のリレーレンズを配置してこれを駆動するというアイデアのみであり,リレーレンズをどのようにして駆動するかについてのアイデアは示されていなかった。これを受けた一審被告の特許部担当者は,一審原告のアイデアは,具体性に乏しくこのままでは特許が認められないと考えて,特許事務所の弁理士との打ち合わせの過程で,これにリレーレンズの駆動を電磁駆動方式によって行う技術及びそのための具体的な回路や回路配置図等を追加し,特許出願をした(乙第23,第31号証)。この出願について,一審被告の事業部は,対物レンズに加えてリレーレンズを配置しこれを駆動する構成が極めて複雑なものにならざるを得ず,これでは,コンパクトディスクプレーヤーの小型化が困難であると考えたため,審査請求を行わなかった(乙第23号証)。しかしながら,一審被告の特許部は,ピックアップ装置のレンズの駆動を電磁駆動方式によって行う技術には進歩性があると判断して,上記出願のうち「リレーレンズを駆動する」という一審原告のアイデアを完全に放棄し,発明の特徴をピックアップ装置のレンズを電磁駆動方式によって二次元方向に駆動する構成に絞る補正を行うことによって,特許を受けることに成功したのである(乙第23,第24,第30,第31号証)。
         以上の経過から明らかなように,一審原告が本件特許の出願に関与したのは,単にリレーレンズを動かすという,発明としては未完成で,具体性に欠ける提案書を作成するまでだけで,その後は全く関与しておらず,最終的に特許査定された本件特許には,一審原告のアイデアは全く含まれていない。一審原告は,上記提案書のみならず図面,メモ,口述等により提案したと主張するが,この主張は事実に反し,現にこれを裏付ける立証はない。
     B 上記経緯からすると,本件特許においては,電磁駆動方式によって駆動する対象が,出願当初の構成ではリレーレンズに限定されていたのに対して,補正後の構成では対物レンズも含まれることになるから,右補正は明細書の要旨を変更するものとされ,これに伴い,本件特許は無効と判断される蓋然性が極めて高い。
         また,対物レンズを電磁誘導方式によって駆動する技術は本件発明の特許出願前の公知技術(ソニー考案及びビクター特許)であるから,この点からも,本件特許は無効と判断される蓋然性が極めて高い。
         このような無効理由が存在することが明らかな特許権に基づき差し止め等の権利行使を行うことは権利濫用に当たる(最高裁第三小法廷平成12年4月11日判決)。したがって,本件特許は無価値で,これに基づく権利行使は事実上不可能であるというべきである。
     C 一審原告は,本件発明につき特許を受ける権利を一審被告に譲渡した後の本件特許の分割出願等の一審被告の対応に関し縷々主張する。しかしながら,従業員から譲渡を受けた後は,当該発明をどのように扱うかは一審被告の決定する事柄である。本件特許の分割についても,もともと一審原告が提案したアイデア以外のところが分割出願の大部分であって,このような分割も,会社の独自の判断で当然行い得るものである。これらの分割特許も,前記のクロスライセンスの対象に含まれていたが,その有無によってロイヤルティの額が影響を受けることはなかった。
         なお,一審原告は,前記分割出願による特許の侵害品の存在について主張している。しかし,これら分割特許の本が本件特許である以上,前記のとおり,本件特許が無効原因を有すること,既契約の相手とは無償ライセンスの対象とされているためこれを理由に法律的に新たな請求はできないこと,一審原告自身がした発明(本件発明)は誰も使っていないことからして,分割特許の存在が相当の対価額の算定に影響することはあり得ない。
     D 本件発明については,これに対応する外国特許はない。ロイヤルティ収入は国外生産をそのまま国外販売するものが半数を超えており,これについては,本件特許とは関係がない。
   (3) 一審被告の貢献度について
       原判決は,本件発明がされるについて一審被告が貢献した程度を95%と認定している。
       しかしながら,一審被告が一審原告に給与を支払ってその生活を保障するとともに,本件発明の創案に必要な一切の物的・人的便益を提供したのに対して,一審原告は,不成功についてリスクを負うことなく技術の創案に専念できた。
       まして,前記のように本件特許に基づく権利行使は事実上不可能であるうえ,特許された本件発明には一審原告が提案したアイデアに基づく構成は全く含まれていないのであるから,たとい5%にもせよ一審原告の寄与を認めた原判決の認定は失当である。
   (4) 消滅時効の成否について
       原判決は,一審原告が工業所有権収入取得時報償を受領した平成4年10月1日以前は一審原告が相当対価請求権を行使することは現実に期待し得ない状況であった旨説示して,一審原告の対価支払請求権の時効消滅を否定している。
       しかしながら,法35条3項の規定に基づく対価支払請求権の消滅時効が特許権等を譲渡した時から進行することは判例上異論がないから,原判決の右判断は誤りである。

第3 当裁判所の判断
     当裁判所も,一審原告の本訴請求は,原判決の認容した限度で理由があると判断する。その理由は,次のとおり付加するほかは,原判決の事実及び理由の「第三 争点に対する判断」欄記載のとおりであるから,これを引用する。
 
1 被告規定の性質について
     特許法は,その35条3項で「従業者等は,契約,勤務規則その他の定により,職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ,又は使用者等のため専用実施権を設定したときは,相当の対価の支払を受ける権利を有する。」と定めている。
     一審被告は,使用者等は,上記条項にいう「勤務規則その他の定」によって,職務発明に係る特許権等の使用者等に対する承継等だけでなく,特許権等の承継等の「相当の対価」の額も,従業者等の同意なしに,一方的に定め得る旨主張する。
     しかしながら,使用者等は,職務発明に係る特許権等の承継等に関しては,同項の,「勤務規則その他の定」により,一方的に定めることができるものの,「相当の対価」の額についてまでこれにより一方的に定めることはできないものと解するのが相当である。
     上記条項は,職務発明に係る特許権等の承継等を生じさせるものとして,従業者等の意思を必須の要素とする「契約」と並んで,従業者等の意思を要素としない「勤務規則その他の定」を明確に定めているから,使用者等が,従業者等の意思いかんにかかわらず,「勤務規則その他の定」により,一方的に承継等を生じさせることは,文言上,明らかである。しかし,同条項の「契約,勤務規則その他の定により」がかかるのが,「承継させ」,「設定する」のみであることは,構文上明らかというべきであるから,同条項の文言を、一審被告の上記解釈の根拠とすることは不可能である。同条項は,「従業者等は,・・・承継させ,・・・設定したときは,相当の対価の支払を受ける権利を有する。」として,従業者等は,その意思によるにせよ,その意思に反してであるにせよ,職務発明に係る特許権等の承継等があったときには,「相当の対価」の支払を受ける「権利」を有することを明瞭に定めている。このように,従業者等に「権利」として支払を受けることの認められた「相当の対価」の具体的な額を,当該権利に関する義務者である使用者等が一方的に定め得るとすれば,それは,法律上,むしろ異様な状態というべきである。
     上記条項を,同条1項(「使用者,法人,国又は地方公共団体(以下「使用者等」という。)は,従業者,法人の役員,国家公務員又は地方公務員(以下「従業者等」という。)がその性質上当該使用者等の業務範囲に属し,かつ,その発明をするに至った行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明(以下「職務発明」という。)について特許を受けたとき,又は職務発明について特許を受ける権利を承継した者がその発明について特許を受けたときは,その特許権について通常実施権を有する。」)及び4項(「前項の対価の額は,その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない。」)の規定と併せて読めば,同条の立法の趣旨は,従業者等の職務発明についての特許権等が本来従業者等に帰属するものであることを明らかにしてこれを出発点としつつ(同条1項),使用者等と従業者等との利益を衡量したうえで,職務発明に係る特許権等の帰属自体については,これを当事者間の合意に委ねるのみでは,使用者等の利益保護が不十分であるとの見地から,使用者等が,従業者等の同意なしに,「勤務規則その他の定」により,職務発明に係る特許権等を使用者等に承継等させることができるものとしたうえで,しかし,その場合には,従業者等は,「相当の対価」の支払を受ける「権利」を取得するものとして,従業者等の利益保護を図り,使用者等と従業者等との間の利害を合理的に調整しようとすることにあることが,明らかである。使用者等が,一方的に,特許権等譲渡の対価を定めることができ,従業者等がその定めに拘束されるとしたのでは,使用者等の利益に偏し,上記立法趣旨に反することは論ずるまでもないところである。また,同条の上記立法趣旨に照らせば,特許法35条3項,4項を強行規定と解すべきことも,当然というべきである。
     現に多数の企業がその職務発明規定において定めているように(乙第1,第34,第36号証),使用者等が,画一,公平な事務処理の観点から,あるいは,特許を受ける権利が特許登録されるまでに時間を要し,承継等の時点で相当の対価を算出するのが困難である等の理由から,あらかじめ「勤務規則その他の定」により,職務発明に係る特許権等の承継等の相当の対価につき,出願補償,登録補償,工業所有権収入取得時補償等に分けるなどしつつ,その算定基準や支払時期等を定めておくことが許されることはいうまでもない。そして使用者等によって定められたところが特許法35条3項,4項の趣旨に照らして合理的であり,具体的な事例に対するその当てはめも適切になされた場合には,それにより従業者等は「相当の対価」の支払を受けることになるであろう。しかしながら,上記のとおり,特許法35条3項,4項は,強行規定であるから,上記定めが,これらに反することができないことは明らかである(就業規則に関する労働基準法92条1項参照)。したがって,上記定めにより算出された対価の額が,特許法35条3項,4項にいう相当の対価に足りないと認められる場合には,従業者等が対価請求権を有効に放棄するなど,特段の事情のない限り,従業者等は,上記定めに基づき使用者等の算出した額に拘束されることなく,同項による「相当な対価」を使用者等に請求することができるものと解すべきである。
     一審被告は,このような解釈は,職務発明の譲渡に対しては,いったん社内規定により支払われても,別段の請求があれば,常に,更に何らかの「相当の対価」の額を当該従業者等に支払わなければならないということになり,現在の企業内の発明及びその実施の実態とあまりにもかけ離れたもので,到底採り得ないものであり,このような事情の下では,日本企業の多くが発明の取扱いに窮し,特許管理の崩壊をもたらすことになる旨主張する。しかしながら,上記解釈を採用したからといって,別段の請求があれば,常に更に支払わなければならないことになるわけではない。上記のとおり,社内規定が特許法35条3項,4項に照らして合理的であり,かつ,具体的事例に対するその当てはめも適切になされたときには,それにより,従業者等が相当な対価の支払を受けることになるからである。一審被告の主張は,結局のところ,使用者等が相当の対価の上限を任意に定めることができ,特許法35条4項に基づき算出される相当の対価が,規定で定めた上限を超える場合であっても,規定を超える額の請求を制限できるとするものであって,明らかに上記強行法規に反する主張である。一審被告が主張するように,日本企業の多くがこれまで社内規定により相当の対価の額を一方的に定め,どのような場合にもそれ以上の請求はできないとしていた実態があるとしても,それは,強行法規に違反する取扱いが事実上行われてきたことを示すにすぎず,そのことは,何ら,上記解釈を採ることの妨げとなるものではない。   
     一審被告は,一審原告が,就職時に,会社の就業規則その他の諸規程の遵守を誓った誓約書(乙第10号証)を提出しており,これにより被告規定について包括的な同意をした旨主張する。しかし,特許法35条3項,4項が強行法規であることに照らせば,上記誓約書の提出によって,個々の職務発明についての対価の額につき何らかの合意がなされたとか,対価請求権を放棄したものということができないことは明らかである。また,一審被告は,一審原告が,被告規定による報償金を数回にわたり異議なく受領しているから,被告規定に同意したものとみなすべきである旨主張する。しかしながら,一審原告が被告規定による報償金を数回にわたり異議なく受領したとの事実自体では,その余の対価の請求権を放棄する意思を表示したとまでは認めることができず,上記事実によって放棄の意思が表示されたとするためには,そのような評価を許す根拠となる特別の事情が必要であるというべきであるのに,同事情に該当すべき事実は,本件全証拠によっても認めることはできない。したがって,上記報償金受領の事実は,一審原告がその余の対価を請求することの妨げとなるものではないというべきである。
     一審被告の主張は,採用することができない。
 2 本件における「相当な対価」について
   (1) 本件発明により一審被告が受けるべき利益の額について
     @ 一審原告は,現実に製造販売されているコンパクトディスクプレーヤーのほとんどすべてが本件発明の構成を採用しており,コンパクトディスク関連書籍に記載されている光ピックアップの図において,本件特許を用いたものが記載されているとして,本件発明により一審被告が受けるべき利益の額を,コンパクトディスクプレーヤーの国内総生産額を基準として算定すべきである旨主張する。
         しかしながら,仮に,現実に製造販売されているコンパクトディスクプレーヤーのほとんどすべてが本件発明の構成を採用し,かつコンパクトディスク関連書籍に本件特許を用いたものが記載されていたとしても,後に述べる各事情の下では,そのことから,直ちに,コンパクトディスクプレーヤーの国内総生産額が,一審被告の実施料収入等の「受けるべき利益」の算定に機械的に結び付くものではないことは明らかというべきである。
     A 諸隈特許が原判決別紙各社製品目録記載のピックアップ各社の各製品に使用されていることは当事者間に争いがない。
         一審原告は,諸隈特許について,これは,自然法則を無視したもので,発明とはいえず,かつ,ビクター特許との関係で新規性,進歩性を欠くという無効原因を有するから権利行使ができないものである,仮に無効な特許でないとしても,ビクター特許との関係で,実施例に限定して解釈されるべきである旨主張する。
         証拠(甲第4,第5号証,乙第32,第35,第37号証)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実を認めることができる。
           諸隈特許出願のころ,光ピックアップ装置において,従来技術では,光ビームを補助レンズ(リレーレンズ),反射鏡(ガルバノミラー)及び対物レンズを通してディスク面上に集光し,ディスクを透過する光又は反射する光の強度を光検出器で検出し,ディスク面に記憶した電気的出力信号として取り出す際に,光ビームの収束光を正確に位置合わせするための微調整を,誤差信号検出器により検出された誤差信号に基づき,対物レンズ及びガルバノミラーを操作して行っていたため,装置の機構が複雑となるとともに対物レンズとして大型,高性能のものが必要となり,全体として小型,軽量に構成することが困難であるという問題点があったこと,
           ガルバノミラーを使用せず,対物レンズをフォーカシング方向とトラッキング方向の二方向に移動させる装置(ビクター特許)も提案されていたものの,二方向に駆動するため,それぞれ別個の支持,駆動機構を設けて対物レンズと中間機構を介して連結したものであるから,部品点数が多くなるとともに,対物レンズを含む可動部分の重量が大となって情報検出ヘッドを小型,軽量に構成することが困難であるという問題があったこと,
           この課題を解決するため,諸隈特許のうち,特公昭62−55218号の特許は,対物レンズの保持体の近くにフォーカシングコイルとトラッキングコイルとを一体的に固定し,これらフォーカシングコイルとトラッキングコイルとが対物レンズと一体となって二方向に移動するようにすることにより,対物レンズとこれを駆動する部材を連結する中間部材を不要とし,部品点数を減少させることによって,情報検出ヘッドを小型に構成することを可能にするとともに,電磁駆動される可動部分がフォーカシングとトラッキングの二方向とも同一の対物レンズ保持体であることにより,弾性支持部材をそれぞれ別個に設ける必要がなく,簡潔に構成することを可能にしたこと,
           諸隈特許のうち,特公昭62−55219号は,同様の装置につき,一体に形成した弾性支持部材を強調したものであること
         一審原告は,諸隈特許においては,可動部の質量を実質的に従来よりも増加させており,可動部を小型化することも,装置全体を小型軽量化することにもならないと主張する。しかしながら,上記認定によれば,諸隈特許の構成をとることにより,可動部の質量自体は大きくなることがあり得るとはいえ,部品点数を減少させることにより装置全体の小型軽量化が図られているということができるから,諸隈発明につき,自然法則を無視しているとか発明ではないとすることはできない。
         また,一審原告は,ビクター特許に照らすと,諸隈特許は新規性,進歩性に欠ける旨主張する。しかしながら,証拠(甲第4,第5号証,乙第32,第37号証)によれば,諸隈特許は,いずれも,原出願である特願昭和50-130528(昭和50年10月31日出願)の分割に係る特許であること,ビクター特許の出願は昭和50年4月1日,出願公開は昭和51年10月7日であることが認められ,上記認定事実によれば,ビクター特許は,諸隈特許の原出願の先願に当たるにすぎないことが認められ,また,分割出願の出願日は原出願の日まで遡及する(特許法44条2項)から,ビクター特許は,分割出願である諸隈特許との関係でも先願に当たるにすぎないことになる。そうすると,諸隈特許は,ビクター特許の存在を理由に特許法29条の規定する新規性,進歩性を否定されることはなく,ビクター特許の存在を理由に特許性を否定されるのは,同特許の願書の最初に添付した明細書又は図面に記載された発明と同一である場合に限られることになるのである(特許法29条の2)。そして,前記認定のとおり,ビクター特許においては,可動コイルを対物レンズに支持するための弾性支持部材を設けている点において諸隈特許と相違することが明らかであるから,ビクター特許に係る発明が諸隈発明と同一であるとは認めることができず,ビクター特許を理由に諸隈特許に無効原因があるとする一審原告の主張は採用することができない。他にも諸隈特許に無効原因があることが明白であることを認めるに足りる証拠はない。一審原告は,諸隈特許がその実施例に限定されるべきであるとも主張するが,上記説示に照らし採用することができず,他に上記主張を採用するための根拠となる事実を認めるに足りる証拠はない。
         当事者間に争いのない事実及び証拠(甲第4,第5号証)によれば,本件特許は,諸隈発明の,対物レンズの保持体の近くにフォーカシングコイルとトラッキングコイルとを一体的に固定し,これらフォーカシングコイルとトラッキングコイルとが対物レンズと一体となって二方向に移動するようにするとの構成を前提としたうえで,フォーカシングコイル及びトラッキングコイルの一部が,ほぼ直交状態で交差するように両コイルをレンズに固定し,上記交差部を共通の磁束が貫くようにする構成をとることによってピックアップ装置の小型化を図ったものであることが認められる。上記事実によれば、本件特許は諸隈発明の利用発明であるということができる。
     B 一審原告は,一審被告とピックアップ製造各社との間のライセンス契約において,諸隈特許が中心的な交渉の対象となり,本件特許は重きを置かれていなかったことを,一審被告が受けるべき利益の価額の算定根拠の一つとすることは正当ではない旨主張する。しかしながら,ライセンス契約の締結過程において,重きを置かれ,実施料支払の根拠とされた特許と,そうでない特許との間で,使用者等にもたらす利益に差異が生じることは当然であり,両特許の間に差異を設ける合理的理由がないことが明らかであるといった特段の事情がない限り,ライセンス契約の過程で重きを置かれた事実を使用者等が受けるべき利益の算定根拠とすることは正当である。本件においては,後記の事情を総合すると,諸隈特許と本件特許との間に差異を設けることには,合理的理由があるというべきである。
     C 当事者間に争いのない事実及び証拠(乙第12,第22号証)によれば,本件特許の原明細書における特許請求の範囲,発明の詳細な説明においては,対物レンズを固定し,リレーレンズを駆動してフォーカシング及びトラッキングを行うことを内容とする記載のみがなされ,添付の図面もそれに対応するものであったのが,その後の補正により,特許請求の範囲及び発明の詳細な説明中の「リレーレンズ」が「レンズ」とされ,図面についても,対物レンズを固定しリレーレンズを駆動することを示す図が削除されたことが認められる。上記認定事実によれば,本件特許については,出願当初の明細書においては対物レンズを固定し,リレーレンズを駆動するものとされていたのが,手続補正により,当初明細書には記載のなかった対物レンズを駆動する構成を含むものとされたものであることから,上記補正は,要旨変更に当たることがほぼ確実であり,本件特許は,その出願日が補正の日まで繰り下げられることにより,上記明細書の記載との関係等で,無効事由がある蓋然性が極めて高いというべきである。なお,このこととの関連では,証拠(乙第12,第23号証)及び弁論の全趣旨によれば,パイオニアは,平成7年8月4日,本件特許につき,上記要旨変更等を理由として,無効審判を申し立てたこと,その後,同年12月に,一審被告とパイオニアとの間でクロスライセンス契約が締結されたため,上記無効審判が取り下げられたことが認められる。
         このように本件特許に無効事由が認められる蓋然性が極めて高いことに照らすと,一審被告が,ライセンス契約締結にあたり,本件特許に重きを置かなかったことが不合理であるとはいえない。一審原告は,一審被告が,本件発明を本件特許を含め7件に分割して出願し,うち6件が登録されたこと(甲第42ないし第47号証)は,一審被告が,実際には,本件発明を極めて重視していたことを示すものである旨主張する。しかしながら,少なくともライセンス契約締結との関連では,上記分割出願の事実だけから直ちに,一審被告が本件発明を重視していたと認めるには足りないものというべきである。
         上記分割に係る特許で登録されたもののうち,1件(甲第42号証)は,各社製品に採用されていないリレーレンズを駆動するものであること,本件特許を除くその余の分割に係る特許(甲第43ないし第46号証)は,いずれも特許請求の範囲にいう「レンズ」がリレーレンズと対物レンズの双方を含む上位概念として記載されていると解されるため,本件特許と同様に無効とされる蓋然性が極めて高いと認められること,現に,一審被告と他社とのライセンス契約において中心的な交渉の対象とされたのは,諸隈特許であったことなどに照らすと,本件特許に上記分割に係る特許が加わることによって,本件発明により使用者等が受けるべき利益額の算定に格別の影響が及ぶものと解することはできない。
         なお,一審被告は,本件特許に係る発明は,公知技術であるソニー考案及びビクター特許から容易に推考し得るもので,本件特許は,無効事由を有する旨主張する。しかし,上記考案及び特許があることのみでは,本件特許が,上記無効事由を有することが明白であるとは認められないから,一審被告の主張を採用することはできない。
         また,一審被告は,本件特許には上記無効事由があるため,本件特許は無価値で,これに基づく権利行使は事実上不可能であり,本件特許により一審原告が受けるべき利益はない旨主張する。しかしながら,前記認定のとおり,本件特許については,パイオニアによる無効審判申立てはあったものの,同申立ては取り下げられ,有効な特許として存続したこと,本件特許は前記クロスライセンス契約の対象となる特許として掲げられていたこと,当事者間に争いのない事実及び証拠(甲第10号証の1ないし6,検甲第1ないし第6号証の各1)によれば,原判決別紙製品目録記載の各社製品のうち,少なくとも,三洋電機,ソニー,アイワ,ケンウッド,シャープ,ビクターの各製品においては,本件特許が実施されていると認められること,証拠(乙第23号証)及び弁論の全趣旨によれば,三洋電機は諸隈特許の存続期間満了後も,ライセンス契約を更新し,実施料を支払っていることが認められること,に照らすと,本件特許が無価値で一審原告が本件特許により受けるべき利益がないということはできない。一審被告の主張は採用することができない。
     D 一審被告は,一審原告の提案には,単にリレーレンズを駆動するというアイデアが示されていたにとどまり,駆動の具体的方法についてのアイデアは示されておらず,その後は,一審原告は全く関与せず,特許出願は,一審被告の特許担当者が弁理士と打ち合わせたうえ,レンズの駆動方式及び回路配置図を追加して行ったものであり,しかも,手続補正により,一審原告の提案内容は完全に放棄され,最終的に特許査定を受けた本件特許には,一審原告の提案内容は全く含まれていないから,本件特許は,本件発明について受けた特許ではない旨主張する。これに対し,一審原告は,レンズの駆動方法についても当初から口頭で提案しており,回路配置図も同人が作成した旨主張する。
         一審原告の提案内容を示す書証は,陳述書を除くと,リレーレンズを駆動するアイデアのみが記載された乙第21号証しかなく,一審原告が駆動方式についても提案し,回路配置図を作成したことを認めるに足りる証拠はない。しかしながら,当事者間に争いのない事実及び証拠(乙第22号証)によれば,本件特許については,出願段階から一貫して一審原告が発明者とされ,一審被告は,一審原告を本件発明の発明者として,出願補償,登録補償,工業所有権収入取得時報酬を支払うなど,一貫して一審原告を本件発明の発明者として取り扱ってきたことが認められ,この事実に照らすと,一審被告が,本件特許に係る発明に対する一審原告の寄与が全くないことを立証しない限り,本件特許が本件発明について受けたものであることを否定することはできないものと解するのが相当である。
         証拠(甲第29号証,乙第21,第23,第24,第31号証)によれば,一審原告の当初提案書には,リレーレンズを駆動する方法が記載されていなかったが,一審被告の特許担当者の意見で回路配置についての図面が追加され,本件出願に至ったこと,その後,特許部の担当者を中心として,リレーレンズという限定を外し,対物レンズを含むレンズの駆動方式へと特許請求の範囲を大幅に変更する手続補正を行ったことが認められるものの,これらの証拠によっては,一審原告がレンズの駆動方式の図面作成等につき全く寄与していなかったことを認めるには足りず,他にもこれを認めるに足りる証拠はない。
     E 以上のとおり,本件発明により,一審被告が受けるべき利益についての当事者の主張はいずれも採用することができない。
         そして,本件発明が諸隈発明の利用発明であること,各社との交渉では諸隈特許が中心的な交渉の対象となり,本件特許及び前記分割特許には重きが置かれていなかったこと,ソニーは諸隈特許の存続期間満了後は,実施料を支払っていないこと,原判決別紙各社製品目録記載の各社製品について,諸隈発明がすべての製品に用いられていること,本件特許及び前記分割特許(甲第43ないし第46号証)には無効事由が存在する蓋然性が極めて高いこと,当初出願の発明のままでは,各社のピックアップ装置がこれを実施していると評価することができないこと等の諸点を総合すると,本件発明により一審被告が受けるべき利益額を5000万円とした原審の認定には合理性があるというべきである(民事訴訟法248条,特許法105条の3参照)。当裁判所もこれを採用する。
   (2) 一審被告の貢献度について
       既に,(1)のDで認定したとおり,本件特許を本件発明について受けた特許でないとすることはできないものの,一審原告の提案内容が,一審被告の特許担当者を中心とした提案で大幅に変更されたものであること,前記のとおり,当初出願の内容では,各社のピックアップ装置がこれを実施しているとはいえず,上記変更の結果各社のピックアップ装置の一部がこれを実施していると評価できる内容になったこと,本件発明が一審原告の担当分野と密接な関係を有するものであること(乙第23号証,弁論の全趣旨)等の事情を考慮すると,本件発明がなされるについて一審被告が使用者として貢献した程度は95パーセントであるとした原判決の評価には合理性があるというべきである(民事訴訟法248条,特許法105条の3参照)。当裁判所もこれを採用する。
   (3) 以上によれば,本件発明により一審被告が受けるべき利益額5000万円から一審被告の貢献度95パーセントに相当する金額を控除した,一審原告の受けるべき職務発明の対価を250万円とし,同金額から既払分の21万1000円を控除した残額である,228万9000円を認容額とした原判決は相当である。
 3 消滅時効の成否について
     一審被告は,法35条3項の規定に基づく対価支払請求権の消滅時効が,特許権等を譲渡した時から進行することは判例上異論がない旨主張する。しかし,当事者間に争いのない事実及び証拠(甲第1号証,乙第2ないし第4,第23号証,第29号証の1ないし7)及び弁論の全趣旨によれば,本件発明は昭和52年になされ,昭和53年1月5日に特許出願され,その後,出願の分割を経て,特許査定を受け,本件特許及び前記分割特許として特許登録されたこと(本件特許の特許査定は昭和63年6月30日,特許登録は平成元年3月14日である。),被告規定においては,本件発明がなされた昭和52年当時から職務発明につき出願時,登録時及び工業所有権収入取得時等に分けて報償を行う旨定めており,その後数回の規定変更を経て,平成2年9月29日改正後の規定に至るまで,同様に分割して支払う旨が定められていたこと,一審被告は,平成2年から平成7年までの間に本件特許及び前記分割特許を含む特許につき,数社との間でそれぞれライセンス契約を締結し,平成2年よりソニーから実施料収入を得,加えて平成4年より三洋電機からの実施料収入を得たこと,本件発明については,平成4年10月1日に,上記平成2年改正後の規定に基づき,一審原告に対し工業所有権収入取得時報償が支払われたことが認められる。
     以上の認定によれば,本件においては,一審原告に対し工業所有権収入取得時報償が支払われた平成4年10月1日までは,算定の基礎となる工業所有権収入は必ずしも明らかでなく,一審原告が一審被告からいくらの報償額が受け取れるかが不確定であったということができるから,同日までは,一審原告が相当の対価の請求権を行使することは期待し得ない状況であったというべきであり,同日までは消滅時効は進行しないと解するのが相当である。
     一審被告がその主張の根拠とする判例(大阪高裁平成6年5月27日判決,東京地裁昭和58年12月23日判決)は,いずれも,職務発明につき「勤務規則その他の定」がなかった事案に関するものであって,被告規定がある本件とは事案を異にするものであって,本件には当てはまらないものであることが明らかである。
     以上によれば,一審原告が本件訴えを提起した平成7年3月3日の時点において,一審原告の相当対価請求権の消滅時効が完成していなかったとした原判決は相当であり,一審被告の主張は採用することができない。

第4 結論
     よって,原判決は相当であるから,一審原告及び一審被告の各控訴を,いずれも棄却することとしし,訴訟費用の負担について民事訴訟法67条,61条を適用して,主文のとおり判決する。

       東京高等裁判所第6民事部
                 裁判長裁判官     山   下   和   明
                       裁判官     宍   戸       充
                       裁判官     阿   部   正   幸