追記:1999.08.01 ↑UP  


  
インターネットと法律情報
      
1998.05.03 井上雅夫
   
 私がプログラムの著作権に関するアメリカの判決を読み始めたのは、ある雑誌に掲載されたアメリカの判決の紹介記事を読んだのがきっかけです。アメリカの裁判所がこのような判断をするはずがないと思い、インターネットで検索すると、その判決の全文を入手できました。読んでみると、紹介記事は肝心な部分で不適切な翻訳があり、また、必要な部分が翻訳されていないために、間違った印象を与えるものでした。

 アメリカの判決には多数の判決が引用されています。その判決で引用された判決はインターネットでは入手できず、USPQを使用して読みましたが、その過程で、アメリカでは法律情報が極めて豊富にインターネット上に掲載されていて、世界中の人々が無料で利用できるようになっているということを知りました。アメリカには、合衆国裁判所と各州の州裁判所とがあり、また、判例法主義国ですから、制定法のない分野もあるため、日本からアメリカの法律情報にアクセスし、アメリカの法制度を理解するのは、かつては極めて困難なことでした。ところが、現在では、多くの法律情報がインターネットに公開されているため、世界中どこからでもアメリカの法律情報に、容易に、しかも無料で、アクセスすることができます。

 合衆国の法律は、Cornell Law School(LII)で入手できます。各州の法律もうまく探せば見つかるかもしれません。そして、合衆国最高裁判所の判決は数十年前のものも入手でき、合衆国控訴裁判所の多くは1995年の判決から公開しています。合衆国地方裁判所、各州の州裁判所の判決は、一部の裁判所で公開されているようです。合衆国最高裁判所、控訴裁判所の判決は裁判所自身がホームページで公開するというよりも、Cornell Law School(LII)Emory Law SchoolGeorgetown Universityのような教育機関が、毎日、裁判所から判決を自動的にダウンロードしてHTML文書に変換して掲示しているようです。

 一方、日本では、法律については、例えば、日本の法律(金沢大法学部)愛大六法(愛知大法学部)、等でインターネット上で利用できるようになってきました。しかし、判決については、インターネット上での利用は、最高裁判所が1997年からの判決を公開しているだけで、高等裁判所、地方裁判所の判決はインターネット上では利用できず、判例時報等の法律雑誌で数ヶ月遅れで一部が紹介されるだけです。現在の状況では、日本にいながら、日本の法律情報にアクセスするのよりも、アメリカの法律情報にアクセスする方が遙かに簡単です。

 世界中どこからでもアメリカの法律情報にアクセスできるということは、見方をかえると、アメリカの法的な考え方が世界中に普及しつつあることでもあるのです。 アメリカの判決を読めば、知らず知らずのうちに、影響を受けます。これが世界中で起こっているはずです。このままでは、アメリカの法律と判例がデファクトスタンダードになるのは確実だと思います。アメリカは、これまで軍事力や経済力で大きな影響力を有してきました。これからは法的にも大きな影響力を持つ可能性がでてきたのです。現在のところアメリカが戦略的に法的な影響力を行使しようとしているとは思いません。なぜならインターネットに掲示しているのは教育機関だからです。これまで判決集編纂用に公開してきた判決を、単に、教育機関がインターネットに掲示しているだけだと思います。しかし、判決集ではアクセスできるのはアメリカの法曹関係者と、各国のアメリカ法研究者だけですが、インターネットでは、世界中の誰もが、法律関係者だけでなく誰もが、アメリカの法律情報を読み、アメリカの法的な考え方を、無料で、知ることができるのです。

 日本でも、できるだけ多くの判決をインターネットに公開すべきではないでしょうか。裁判所自体がホームページの管理を行う必要はなく、誰でもあるいは適当な機関だけに限ってもよいのですが、判決文の電子データがダウンロードできるようになればよいのです。英語が国際語であるためアメリカの法律情報は世界中で読まれますが、日本が判決を公開しても、外国で日本語を読める人は限られています。しかし、インターネットに公開すれば、重要なものについては、誰かが英語に翻訳してくれるかもしれません(例えば、Japan IP ResourcesJapanese Law Linksにはいくつかの日本の判決が英訳されている)。

 これまで、法律の世界は、国境に守られてきました。日本で、アメリカの法律が適用されるはずがないからです。しかし、インターネットは国境を完全に取り除いてしまいました。クリックした後に表示される画面がどこの国のサーバーから送られてくるのかわかりませんし、わかる必要もありません。インターネットは、情報の入手やプログラムのダウンロードだけでなく、今後、契約、代金の決済、犯罪等さまざまな使われかたがなされるはずです。いずれ、インターネット上で起こる様々な法律問題を解決するために、インターネット上の法律が制定されたり、インターネット上の裁判所が設置されることもあるかもしれません。そのとき、アメリカの法律と判例がデファクトスタンダードになっていたことに気がついても、もう遅いのです。

 デファクトスタンダード争いは早いもの勝ちです。アメリカも合衆国控訴審については、過去3年分しか公開していないので、まだ、不十分な段階ですが、このまま数年過ぎてしまえば、インターネット上の法律と判決だけで、十分なものとなるでしょう。昔から言われているように、「タダほど高いものはない」のです。アメリカの法律情報をタダで利用するばかりではなく、日本でも、最高裁判決だけでなく、高等裁判所、地方裁判所の判決を、インターネットで公開すべきだと思います。今すぐ始めれば間に合います。



【追記】 1999年7月5日から、最高裁のホームページの知的財産権判決速報で知的財産関係の地裁・高裁の判決の公開が始まりました。これで誰でもが日本の知的財産権の研究を容易に行うことができるようになりました。すばらしいことだと思います。

 そして、判決のインターネットでの公開は研究や上記のデファクトスタンダード争いにおける望ましい効果だけではなく、次のような極めて重要な効果も期待できます。
 裁判にとって最も重要なことは裁判の公開だと思います。裁判は公開されているから、つまり、多くの人々に見られているから、両当事者も裁判所も適切な主張、適切な判断をせざるをえなくなります。しかし、日本の民事訴訟は、口頭弁論主義は建前だけで、実際には事前に提出した準備書面を法廷で「陳述する」と述べるだけで、第三者が傍聴席で聞いていても、何が議論されているのか全くわからないものでした。また、第三者が裁判記録を閲覧することはできますが、第三者が裁判記録を自由にコピーするのは困難です。さらに、判決もごく一部だけが数ヶ月遅れで法律雑誌に掲載されるだけでした。
 したがって、日本の民事訴訟は建前では公開されていますが、実質的には密室のなかの両当事者と裁判官だけによる裁判でした。多くの人々に見られているという状況ではなく、両当事者の主張、裁判所の判断が適切なものとならざるを得なくなるような強制力は働いてはいませんでした。
 しかし、インターネット上での判決の公開により、事後的であり、判決に記載されたことだけではありますが、実質的な裁判の公開が行われたことになると思います。今後は、興味のある人は誰でも判決を読むことができ、その中には、その事件に関する専門家がいるかもしれませんし、その事件の事実を知っている人がいるかもしれません。そのような中で、そのような多くの人々の目を意識しながら、主張し判断しなければならなくなったので、両当事者の主張、裁判所の判断がより適切になり、より公正な裁判が期待できると思います。
 


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