翻訳 井上雅夫 2005.09.25; 26    ↑UP    

Sony VTR事件 合衆国最高裁判決

1984.01.17

 目 次
裁判所の意見
 
  地裁判決
  控訴裁判決
 II
 III
 IV
  A.許可されたタイムシフト
  B.許可されないタイムシフト
 
 


SONY CORP. OF AMER. v. UNIVERSAL CITY STUDIOS, INC., 464 U.S. 417 (1984)

 STEVENS裁判官が裁判所の意見を述べ、これにBURGER首席裁判官、BRENNAN、WHITE、およびO'CONNOR裁判官が加わる。BLACKMUN裁判官が反対意見を登録し、これにMARSHALL、POWELL、およびREHNQUISTが加わる。

STEVENS裁判官が裁判所の意見を述べる。

[1] 上告人らは家庭用ビデオテープレコーダを製造販売している。被上告人らは公共放送電波で放送されるテレビ番組のいくつかに著作権を有している。一般公衆のいくらかの者<some members>は上告人らによって販売されたビデオテープレコーダをこれらの放送のいくつか<some>を録音するために使用している。提起された問題は、一般公衆に対する上告人らのコピー装置の販売が著作権法によって被上告人らに与えられた権利を侵害するかどうかである。

[2] 被上告人らは1976年にカリフォルニア中央地区合衆国地方裁判所において上告人らに対して著作権侵害訴訟を開始した。被上告人らは、いくらかの個人<some individuals>が商業的にスポンサーが付いたテレビで放送された被上告人らの著作物のいくつかを録画するためにBetamaxビデオテープレコーダ(「VTR」)を使用したと主張し、それゆえこれらの個人は被上告人らの著作権を侵害したと主張する。さらに、被上告人らは、上告人らはBetamaxVTR販売によりBetamaxの消費者によってなされたとする著作権侵害の責任を負うと主張する[注1]。被上告人らはBetamaxの消費者に対しては救済を求めない。その代わりに、彼らは、BetamaxVTRの製造販売に対する差止ばかりではなく、上告人らに対して金銭損害賠償および衡平法上の不当利益返還を求めている。

[3] 長期間のトライアルの後、地裁は被上告人らが求める全ての救済を拒絶し、上告人勝訴の判決を登録した。480 F.Supp. 429 (1979). 第9巡回区合衆国控訴裁判所は被上告人らの著作権の主張に関する地裁の判決を取り消し、上告人らは寄与侵害の責任があると判示し、適切な救済を行うよう地裁に命令した。659 F.2d 963 (1981). 我々は上告受理申立を受理した、457 U.S. 1116 (1982);前の開廷期に本件の審理を完了できなかったので、我々は再弁論を命じた463 U.S. 1226 (1983)。我々は原判決を破棄する。

[4] コピー装置の配布に著作権の責任を課すという先例のない被上告人らの試みに対する我々の拒絶を説明するためには、地裁の認定の極めて詳細な列挙を必要とする。要約すると、これらの認定は、平均的な公衆は、主に、放送された時に見ることができない番組を録画し、後でそれを一度見るために、VTRを使用していることを明らかにしている。「タイムシフト」として知られるこれらの行為はテレビ視聴者を増加させる。その理由のため、テレビ番組のかなりの量が、その番組の著作権者からの反対なしに、この方法で使用されているかもしれない。同じ理由のために、本訴訟においてタイムシフトに反対している本件被上告人らでさえ、その行為が彼らの著作権の商業的価値を傷つけたこと、あるいは、将来被害が生じる可能性があることを証明することができなかった。これらの認定によれば、一般公衆へのVTRの配布について上告人らに責任を課す著作権法上の根拠は存在しない。控訴裁は、被上告人らは、VTRの配布を禁止する権利、そのような装置の販売からロイヤリティを徴収する権利、またはその他の救済を得る権利を有すると判断したが、もし、それが支持されるとすれば、被上告人らの制定法上の独占権の範囲が拡大され、著作権保護の対象ではない商品に対する支配をもたらすだろう。著作権という特権のそのような拡大は議会によって与えられた認可の制限を超えている。



[5] 本件訴訟の被上告人ら、Universal City Studios, Inc.、およびWalt Disney Productionsは、著しい数の映画およびその他のオーディオビジュアル作品を制作し、著作権を有している。現在のマーケットにおいて、彼らは、多数の方法で、たとえば、劇場での上映を許諾することによって、ケーブルおよびネットワークテレビで制限された放送をライセンスすることによって、ローカルテレビ局で繰り返し放送するための集合された権利を販売することによって、および録画されたビデオテープまたはビデオディスクを販売することによって、これらの作品の著作権を利益を得るために利用することができる。いくらかの作品はこれらの方法の全てを通じて利益を得るために利用するのに適しているが、他の作品のマーケットはより限定されている。

[6] 上告人Sonyは数百万台のBetamaxビデオテープレコーダを製造し、これらの装置を多数の小売店(そのいくらかは本件訴訟の上告人らでもある)を通して販売している[注2]。SonyのBetamaxVTRは次の3つの基本的な部分からなる装置である:(1)チューナー、公共の電波のテレビ周波数帯で送信される電磁信号を受信し、それらをオーディオおよびビジュアル信号に分離する;(2)レコーダ、そのような信号を磁気テープに記録する;および(3)アダプタ、テープ上のそのようなオーディオおよびビジュアル信号をテレビ受像機が受けることができるコンポジット信号に変換する。

[7] その装置のいくつかの能力は注目すべきものである。テレビ受像機があるチャンネルを受信していても、〔
テレビ受像機とは〕別のBetamaxのチューナにより、他の局からの放送を録画でき、視聴者は、例えば、二つの同時に放送されたニュースを、一方は「ライブ」で他方は後で見るために録画して、両方とも見ることができる。テープは再利用でき、録画された番組は見る前でも後でも消去できる。Betamax内のタイマーは事前に決定された時間に、その装置を作動させるためにも作動を止めるためにも使用することができ、家にいない時に放送される番組を見たい視聴者がその番組を録画することができる。したがって、午後に仕事をしている時に放送された番組でも、夜に家で番組を見ることができる。また、Betamaxは一時停止ボタンと早送り制御を搭載している。一時停止ボタンは、押された時に、それが解放されるまで、レコーダを止める、それゆえ、その番組を録画している時にその視聴者がいる場合には、視聴者は録画からコマーシャルを排除することができる。早送り制御は既に録画された番組の視聴者が見たくない部分がテレビ画面上にプレイバックされている時にテープを高速に走らせることを可能とする。

[8] 被上告人らおよびSonyの両方は、1978年のある期間に数百人の所有者についてBetamax装置を使用する方法の調査を行った。両方の調査にいくらかの相違はあるが、両方ともその装置のほとんどの所有者の主な使用は「タイムシフト」(番組を録画し、一度見て、その後消去する行為)であることを示している。見たい放送の時間に、視聴者が家にいない、他の仕事をしている、または他の局の番組を見ていることにより、他の方法では見られない番組を、タイムシフトによって視聴者は見ることができる。しかし、どちらの調査もかなりの数の調査を受けた者<a substantial number of interviewees>がテープのライブラリを蓄積していることを示している[注3]。Sonyの調査は、80%以上の調査を受けた人がBetamaxを所有する前と少なくとも同程度に定期的にテレビを見ていることを示している[注4]。被上告人らはBetamaxの所有者がテレビの視聴を減少させたことを示す証拠は提出していない[注5]

[9] Sonyは、著作権者からの反対なしにコピーできるテレビ番組(特に、スポーツ、宗教、および教育番組)を示す少なからぬ証拠を提出した。例えば、全てのBetamax使用の7.3%はスポーツ番組であり、プロ野球、フットボール、バスケットボール、およびホッケーの代表者達は家庭内の使用のために彼らのテレビ番組を録画することに反対しないと証言していることを調査は示している[注6]。被上告人らは、VTRの無制限の販売による彼らの著作権の商業的価値に対する将来のインパクトに関する意見を提出した。しかし、地裁は、タイムシフトのためのVTRの使用から生じる将来の被害の可能性を被上告人らは証明することができなかったと認定した。480 F.Supp., at 469.

地裁判決

[10] 地裁における本件の長期間のトライアルは、視聴者に対する課金無しに公共の電波で放送される番組を録音するためのVTRの私的家庭内使用に関連したものである[注7]。テープの他の者への移転、家庭で録音したテープを公に上演する使用、またはペイもしくはケーブルテレビシステムで送信された番組のコピーに関連する問題は提起されていない。See id., at 432-433, 442.

[11] 地裁は、公共の電波で放送された著作物の非商業的家庭内使用の録画は著作物のフェアユースであり、著作権侵害を構成しないと結論した。地裁は、著作物が社会全般に無料で放送された事実、使用の非商業的性質、および完全に家庭内で行われた行為の私的性質を強調した。さらに、地裁は、この使用の目的はテレビ番組へのアクセスを増大させるという公衆の利益、「公共の電波を介して情報への最も満足できる可能なアクセスを規定する〔合衆国憲法〕修正1条の政策と整合する(Columbia Broadcasting System, Inc. v. Democratic National Committee, 412 U.S. 94, 102.)」利益に役立っていると認定した。Id., at 454[注8]
。地裁は、著作物全体が録画された場合であっても、「『原告の原作品』のためのマーケットの減少を伴わないから」( Ibid.)、そのコピーをフェアユースと見なした。

[12] 地裁は、判決の別の理由で、VTRの家庭内使用が侵害使用と考えられるとした場合であっても、Sonyは寄与侵害者として責任を課されることはないと結論した。地裁は、Sonyは電波から著作物を録画するBetamaxの購入者と直接的な関連はないと記載している。Sonyの広告は著作権侵害が起こり得ることに関して何も述べていないが、その取扱説明書には次の記述がある:
「テレビ番組、フィルム、ビデオテープおよび他の作品は著作権で保護されていることがあります。そのような作品の権限のない録画は合衆国著作権法の規定に違反することがあります。」Id., at 436.
[13] 地裁は、Betamax装置が著作権で保護された番組を録画するために使用され得るであろう蓋然性をSonyが推論によって知っていたと考えたが、Sonyは「様々な使用(そのうちいくつかは侵害と主張されている)が可能な製品」を単に販売しただけであると認定した。Id., at 461. 地裁は次のように論じた:
「主要商品(例えば、タイプライタ、レコーダ、カメラ、フォトコピー装置)の販売は、厳密に解釈すれば、その後にそれによってなされる侵害使用に寄与する。しかし、この種の『寄与』が責任の根拠として十分であると見なされるとすれば、先例を越えほぼ間違いなく司法の取り扱いを越えて寄与侵害論を拡張することになるであろう。・・・・・・もし、いくらかの購入者がいくらかの機会に、後に裁判所が先例のない問題として侵害であると見なす目的で、その主要製品を使用したことを製造業者が『推論的に』知っている場合はいつでも、寄与侵害者として責任を課せられるとすれば、商業が実際に妨害されるであろう.。」Ibid.
[14] 最後に、地裁は、被上告人らの差止救済の請求を審理し、Betamax装置の将来の販売を防ぐために、あるいは電波から著作物を録画する能力をなくすように求めるために、被上告人らは差止を求めていると書き留めている。地裁は、「侵害を可能とする機器の製造業者、流通業者、小売業者、および広告業者が著作権者によって訴えられた判例は発見できない」と述べ、また、本件における救済の要求は「類のないもの」であると述べている。Id., at 465.

[15] 地裁は、被上告人らのいかなる起こり得る被害よりも、「Betamaxが非著作物または著作権者がコピーに同意した著作物を記録するために依然として合法的に使用できる」事実の方が勝っているから、差止は全く不適切であると結論している。Id., at 468.

控訴裁判決

[16] 控訴裁は、被上告人らの著作権の請求に関して地裁の判決を破棄した。控訴裁は、地裁の事実認定のいずれも無視してはいない。むしろ、控訴裁は、法律問題として、「創造的使用<productive use>」ではないから、VTRの家庭内使用はフェアユースではないと結論した[注9]。それゆえ、控訴裁は、著作物に対する潜在的なマーケットに対する被害を原告らが証明する必要はないと判示した後、VTRによって可能とされるマスプロダクションの累積的な効果は被上告人らの作品のための潜在的マーケットを消滅させる傾向があるであろうと述べた。659 F.2d, at 974.

[17] 寄与侵害問題に関して、控訴裁は最初に、テープレコーダやフォトコピー装置のような主要商品との類似性を拒絶した。控訴裁は、そのような装置は「何かの目的のためにかなりの<substantial>利益を有すことができ」「著作権問題をおよそ提起しさえ」しないと記載した。Id., at 975. しかしながら、VTRは「テレビ番組を複製することを主要な目的として」販売されており、「[事実上]全ての」そのような番組は著作物である。Ibid. それゆえ、控訴裁は、いくらかの著作権者<some copyright owners>がその権利のエンフォースを選択しないとしても、VTRはかなりの<substantial>な非侵害使用に適するものではないと結論した。

[18] 控訴裁は、家庭内使用が侵害を構成するという認識がSonyに欠けている点に地裁が頼ったことも拒絶した。控訴裁は、侵害に対する救済を定義する制定法の規定は寄与侵害の非制定法上の不法行為にも適用されるとして、被告の誠意は損害賠償責任を減じるだけであり、侵害行為の言い訳にはならないと説示している。控訴裁は、著作物の複製はBetamax製品の「最もはっきりした使用」または「主な使用」であるから、Sonyは家庭の保有者の侵害行為を知る責任がある。Ibid.

[19] 救済の問題に関して、控訴裁は、「制定法上の損害賠償が適切」であり、地裁は差止は適切な救済ではないという決定を再考すべきであると結論し、「類似するフォトコピー分野」に言及して、裁判所が行う強制ライセンスに従う継続的なロイヤリティが救済問題の極めて満足のいく解決策であることを示唆した
。Id., at 976.

II

[20] 憲法第1編第8条は次のように規定する:
「議会は、著作者および発明者にそれぞれの著作および発見に対して排他的権利を限られた期間保証することによって、科学と有用な技芸を促進する・・・権限を有する。」
[21] 議会が与えることができる独占的特権は無制限でもないし、特別な私的利益を提供するために立案されたものでもない。むしろ、制限された権利の授与はそれによって重要な公共の目的を達成するための手段である。特別の報酬を規定することによって著作者および発明者の創作的活動を刺激し、かつ、排他的支配の限られた期間が満了した後に彼らの才能の成果に対する公衆のアクセスを許すことが意図されている。

[22] 「著作権法は、特許法と同様に、権利者に二次的な報酬を与える。Fox Film Corp. v. Doyal, 286 U.S. 123, 127事件において、Hughes首席裁判官は議会によって与えられた著作権の独占を尊重して次のように述べている、『独占を与えることの合衆国のただ一つの利益および主な目的は著作者の労力から公衆が得る一般的な利益の中に存する。』著作者または芸術家への報酬は彼らの創作的才能の成果物を公に公開させるために役立っていると言われている。」United States v. Paramount Pictures, Inc., 334 U.S. 131, 158 (1948).

[23] 憲法の規定が明らかにするように、著作者または発明者の労力の成果物へ公衆が適切にアクセスできるように、著作者または発明者に与えられるべき独占の範囲を限定する仕事を割り当てられたのは議会である。この議会の仕事は、著作および発明の管理および利用におけるの著作者および発明者の利益と、これに対するアイディア、情報、および商業の自由な流通における社会の利益との間の難しいバランスに関係しているから、特許法および著作権法は繰り返し改正されてきた[注10]。著作権法は当初から技術の重要な変化に対応して発展した[注11]。実際、著作権保護の必要性を最初に生じさせたのは新型の複製装置(印刷機)の発明である[注12]。我が国に繰り返し新しい発達が起こるたびに、新技術が必要とさせた新しいルールを作り上げるのは議会であった。したがって、1909年著作権法(35 Stat. 1075)の制定よりも遙か前に、著作権に与えられる保護は完全に制定法によるものと決まっていた。Wheaton v. Peters, 8 Pet. 591, 661-662 (1834). 侵害の救済は「議会によって規定されたものだけである。」Thompson v. Hubbard, 131 U.S. 123, 151 (1889).

[24] 明示的な立法による導きなしに著作権の保護を拡張することを司法がためらいうのは繰り返されるテーマである。See, e. g., Teleprompter Corp. v. Columbia Broadcasting System, Inc., 415 U.S. 394 (1974); Fortnightly Corp. v. United Artists Television, Inc., 392 U.S. 390 (1968); White-Smith Music Publishing Co. v. Apollo Co., 209 U.S. 1 (1908); Williams & Wilkins Co. v. United States, 203 Ct. Cl. 74, 487 F.2d 1345 (1973), aff'd by an equally divided Court, 420 U.S. 376 (1975). 健全な政策も、歴史も、主要な技術的イノベーションが著作物のマーケットを変更する時の我々の議会に対する首尾一貫した敬意を支えている。議会は、そのような新しい技術に伴う競い合う利害のさまざまな変更を調整する憲法上の権限と制度上の能力を有している。

[25] 議会が我々に進路を明確に示さない本件のような事件においては、我々は
、利害の計算法を考慮せずに立法によって作り出された権利の範囲を解釈する場合に、慎重でなければならない。そうすることにおいて、著作権法のあいまいさに対する正しいアプローチについてのStewart裁判官の解説によって我々は導かれる:
「憲法によって要求される著作権の限られた存続期間のように、著作権者の制定法上の独占権の限られた範囲は、公共の利益を軸にした競い合う権利主張のバランスを反映する:創作的作品は奨励され、報酬を与えられるべきであるが、私的な動機は究極的には文芸、音楽、およびその他の芸術の幅広い公衆の入手可能性を促進する正当な理由に適するものでなければならない。我々の著作権法の直接の効果は『著作者』の創作的労力のための公正な報酬を保証するためである。しかし、究極の目的は、このインセンティブによって、一般社会の利益のために芸術的創作性を鼓舞するためである。『合衆国の唯一の利益および独占権を与える主要な目的は』、『著作者の労力から公衆が引き出す一般的な利益の中に存する』と本裁判所は説示した。Fox Film Corp. v. Doyal, 286 U.S. 123, 127. See Kendall v. Winsor, 21 How. 322, 327-328; Grant v. Raymond, 6 Pet. 218, 241-242. 技術的な変化が著作権法の文言をあいまいにした時は、著作権法はこの基本的な目的に照らして解釈されなければならない。」Twentieth Century Music Corp. v. Aiken, 422 U.S. 151, 156 (1975) (footnotes omitted).
[26] 著作権の保護は「有形の表現メディアの中に固定された著作者のオリジナルな作品の中に存する。」17 U. S. C. §102(a) (1982 ed.). This protection has never accorded the copyright owner complete control over all possible uses of his work.この保護は、全ての可能な著作物の使用に対する著作権者の完全な支配とは決して一致しない[注13]。むしろ、著作権法は著作権者に、著作物の複製を含む、5つの適格な方法で彼の作品を使用し、また使用する権限を与える「排他的」権利を与えている。§106[注14]。しかしながら、その作品の全ての複製が著作権者の排他的領域の範囲内というわけではなく、一部はパブリックドメインである。いかなる個人も「フェアユース」のために著作物を複製することができる;著作権者はそのような使用に対しては排他的権利を有しない。Compare §106 with §107.

[27] 「著作権者の排他的権利を侵害する者」、すなわち、制定法に明記された5つの方法のうちの一つで著作物を使用することによって、または使用する権限を与えることによって著作権者の排他的領域の中に進入する者は「著作権の侵害者である。」§501(a). 逆に、制定法の中に明示された方法で著作物を使用することを著作権者から許可された者または著作物のフェアユースを行う者は、そのような使用に関して著作権の侵害者ではない


[28] 著作権法は、著作権者に彼の作品の侵害者に対する救済のために、侵害者の侵害を抑止するための差止、権利を侵害した著作物の全ての複製物の押収および廃棄、侵害者による実際の損害および付加的な利益の回復または制定法上の損害の回復、および弁護士費用を含む、強力な武器を提供する。§§502-505. [注15]

[29] 本件の2名の被上告人らは彼らの著作権を侵害したと主張するBetamaxユーザに対する救済は求めていない。さらに、本件は、テレビ放送のために作品をライセンスした全ての著作権者を代表するクラスアクション〔集合代表訴訟〕ではなく、被上告人らは、他の著作権者がBetamaxによる彼らの著作物のコピーに基づく侵害訴訟を提起し得るいかなる権利に関する権利も有していない[注16]。彼ら自身の証拠によって明らかにされたように、被上告人らの番組のコピーはVTRの全使用のわずかな部分を代表するものである。しかし、Sonyに寄与侵害を負わせる立場を被上告人らに与えるのは、被上告人ら自身の著作権で保護された番組のテープによる録画である。被上告人らは、Betamaxのユーザが彼らの著作物を侵害し、Sonyがその侵害に対して責任を有することを証明する証明責任を負う。

III

[30] 著作権法は明示的にはある者に他の者によって為された侵害に対する責任を課してはいない。対照的に、特許法は明示的に「特許の侵害を積極的に引き起こす」者を侵害者であるとしており、35 U. S. C. §271(b)、さらに「寄与」侵害者と呼ばれる個人に責任を課している、§271(c)。著作権法の中にこのような明確な文言はないが、侵害行為を自分自身で行っていない当事者に著作権侵害の責任を課すことが排除されているわけではない[注17]。代位責任は事実上全ての法分野において課せられており、寄与侵害の概念は、ある個人が他の者の行為について責任を負うのが正当である状況に関係する、より広い問題の一種に過ぎない。

[31] そのような状況はKalem Co. v. Harper Brothers, 222 U.S. 55 (1911)事件(そのような状況に被上告人らが主に頼った本裁判所の著作権判決)において明らかに存在した。Kalem事件において本裁判所は、著作権で保護された書籍Ben Hurの権限なしの映画脚色を行った制作者は、その映画の商業的上映の手配をした仲買人の映画の販売に関して責任を負うべきである、と判示した。Holmes裁判官は、裁判所の意見として、次のように説示している:
「被告はその物語の演劇的複製のためにその映画が使用されることを期待しただけでなく、広告によって引き起こした。それは映画が使用されるための、また、特に映画を作るための最もはっきりした目的である。もし、被告が侵害に寄与していないとすれば、最終的な行為に参加する以外、寄与は不可能である。法のいたる所で認識される原理から、責任を負うべきことである。」Id., at 62-63.
[32] Kalem事件で販売されたものは、もちろん、既に記録されている演技を上映するために使用するためのものであり、その使用のために「特に」作られたものである。その制作者は、個人的に著作権者の保護された作品を盗用し、保護された作品が記録された有形の表現媒体の所有者として、仲買人にその映画を販売することによって、その使用の許可を与えた。しかし、その映画のその使用に許可を与えるのは彼ではない:著作権者が彼の作品の公の上映に許可を与える排他的な権利を有しているのである。さらに、その制作者は、個人的に権限のない公の上映の広告を行い、彼が許可した映画の使用に関するあらゆる疑いを消散させた。

[33]被上告人らは 、Kalem事件は侵害行為を成し遂げるための「手段」を提供し広告をとおしてその行為を奨励することは著作権侵害の責任を十分に成り立たせるという提案を支持する立場をとっていると論じている。この〔被上告人らの〕議論は精密な審理に持ちこたえることができない大まかな一般化に基づいている。Kalem事件の制作者は侵害行為を成し遂げるための「手段」を提供しただけでなく、その制作者は新しい表現媒体の中にではあるがその作品自体を提供した。現在の事件のSonyはBetamaxの消費者に被上告人らの作品を提供していない;被上告人らが作品を提供しているのである。Sonyは、著作権で保護されていないもの、著作権で保護されているが著作権者の反対なしにコピーできるもの、および著作権者がコピーを好まないであろうものを含む、テレビで放送される番組の全ての範囲をコピーする一般的な能力を持った装置を提供している。Betamaxは著作物の許可された使用または許可されない使用を行うために使用することができるが、その使用できる範囲はKalem事件における特定の映画Ben Hurの侵害使用よりも遙かに広いものである。Kalem事件は被上告人らの新しい責任論を支持していない。

[34] Holmes裁判官は、その制作者は著作権侵害に「寄与」したと述べており、「寄与侵害」の用語は侵害行為の時点における直接侵害者と寄与侵害者の間の進行中の関係を伴う多数の下級審の著作権事件において適用されてきた。そのような事件においては、代位責任を課すことが明らかに正しい他の状況と同様に、「寄与」侵害者は他者による著作物の使用を管理する立場にあり、かつ著作権者からの許諾無しにその使用の許可を与えている[注18]。しかし、
本件はそのカテゴリーに入らないことは明らかである。本件の記録で明らかにされたSonyとBetamaxユーザとの間の唯一の接触は販売の時点で起こっている。地裁は、「Sony、SonamまたはDDBIの従業員は侵害とされる行為への直接の関与または電波から著作物を録画するBetamaxの購入者と直接の接触のどちらも行っていない」と明確に認定している。480 F.Supp., at 460. さらに、地裁は、「本件におけるGriffithsまたは他の個人の証人によって行われたコピーが[Sonyの]広告によって影響を受けたまたは奨励されたことを示す証拠は存在しない」と認定している。Ibid.

[35] もし、代位責任が本件におけるSonyに課せられるとすれば、消費者が許可されていないコピーを行うためにその装置を使用するかもしれない事実を推論的に知ってその装置を販売した事実に基づかなければならない。そのような説に基づいて代位責任を課している著作権法の先例は存在しない。最も近い類似した先例は、特許法と著作権法の間の歴史的な類似関係から参照するのが適切である特許法事件によって提供される[注19]。特許法においては、侵害の概念と寄与侵害の概念は両方とも制定法によって明確に定義されている[注20]。寄与侵害に対して禁止されるのは特定の特許に関連して使用するために特に製造された部品をそれを知って販売することに限定されている。一人の特許権者が他の特許に関連して使用されるかもしれない製品の販売に異議を唱えることができるという制定法上の示唆はない。さらに、特許法は「かなりの<substantial>非侵害使用のための主要商品または商業産品」の販売は寄与侵害ではないと明確に規定している。35 U. S. C. §271(c).

[36] 寄与侵害の告発が特許を侵害するために購入者が使用する商品の販売の全部に根拠が置かれるとき、
必然的にその商品にアクセスする公共の利益が密接に関係する。もちろん、寄与侵害の認定により、その商品がマーケットから完全に取り除かれるわけではなく、その商品に対して特許権者に効果的な支配を与えるのである。実際、寄与侵害の認定は、通常、争いのある商品が特許権者に与えられた独占権の範囲内であることの判示と機能的に等価である[注21]

[37] この理由のため、特許法に基づいて提起された寄与侵害事件において、本裁判所は常に特許権者に特別に許可された範囲を越えて特許権者の独占権を拡張しないことが決定的に重要であると認識してきた。これらの事件において、「商業的な非侵害使用に不適当なもの」でない限り、非特許商品の配布を支配する権利を特許権者に与えることを拒否している。Dawson Chemical Co. v. Rohm & Hass Co., 448 U.S. 176, 198 (1980). 商品が「特許方法の実施以外に使用しないものでない限り」、id., at 199、その商品の配布が寄与侵害を構成すると主張する権利を特許権者は有さない。「寄与侵害の根拠を形成するためには、その品目が特許発明の部品としてほとんどそれだけに適していないければならない。」P. Rosenberg, Patent Law Fundamentals §17.02[2] (2d ed. 1982). 「侵害使用に適合するが他の適法な使用にも適合する商品の販売はその販売者を寄与侵害者とするには十分ではない。」Henry v. A. B. Dick Co., 224 U.S. 1, 48 (1912), overruled onother grounds, [p*442] Motion Picture Patents Co. v. Universal Film Mfg. Co., 243 U.S. 502, 517 (1917).

[38] 我々は特許法と著作権法の間にかなりの相違があることを認識している。しかし、両方の分野において、寄与侵害論は、独占権の適切な保護のためには、装置または出版の実際の複製を越えてそのような複製を可能とする製品または行為に裁判所が注意を向けることが必要であり得るという認識に、基づいている。主要商品論は、制定法上の独占権の(単にシンボル的にではなく)効果的な保護を適法に要求する著作権者と、実質的に関連しない商業分野で自由に使うための他の者の権利とのバランスを取るものでなければならない。したがって、その製品が適法で、異議のない目的のために広く使用されている場合は、コピー装置の販売は、他の商品の販売と同様に、寄与侵害を構成しない。実際、そのためには、かなりの<substantial>非侵害使用ができることが単に必要であるに過ぎない。

IV

[39] したがって、問題はBetamaxが商業的に相当な<significant>非侵害使用ができるものであるかどうかである。この問題を解くために、我々はその装置の異なった潜在的な使用を全て探求しそれらが侵害を構成するだろうかどうかを決定する必要はない。むしろ、地裁によって認定された事実に基づき、それらの中の相当な数<a significant number>が非侵害であるかどうかを検討することだけが必要である。さらに、本件を解決するために、どれだけ多くの使用が商業的に相当な
ものである<commercially significantのかの問題に詳細な内容を与える必要はない。なぜなら、Betamaxの一つの潜在的使用がこの基準を満たすからであり、それは家庭内タイムシフトとして知られている。そういえるのは、(A)他の著作権者が彼らの番組〔の録画〕を許可するのを妨げる権利を被上告人らは有しておらず、かつ(B)被上告人らの番組の〔被上告人らによって〕許可されない家庭内タイムシフトでさえも適法なフェアユースであることを地裁の事実認定が明らかにしているからである。

A.許可されたタイムシフト

[40] 被上告人らのそれぞれは価値ある著作権の大きな財産目録を保有しているが、テレビ番組の全範囲における彼らの合わせたマーケットシェアはわずかである。正確なパーセンテージは明示されていないが、10%より十分に低い[注22]。もし、被上告人らが勝訴するとすれば、この訴訟の結果はこの国の番組の残りの90%の制作者および視聴者の両方に対して相当なインパクトを与えるだろう。多くの他の制作者が、無制限のコピーにより引き起こされ得る結果に関して被上告人らと利害を分け合っていることは疑いない。それにもかかわらず、地裁の認定は、タイムシフトが全体の視聴者を拡大することができ、多くの制作者が、少なくとも実験的な期間の間、私的なタイムシフトが続くのを喜んで許していることを明らかにしている[注23]。地裁は次のように認定している:
「仮に、著作物の家庭内使用の録画が侵害を構成するとしても、Betamaxは依然として非著作物または権利者がコピーに同意した作品を録画するために合法的に使用することができるであろう。差止はこの非侵害の電波からの録画のために使用する公衆の能力を剥奪することになるだろう。
 被告ら〔Sony〕は、スポーツ、宗教、教育、および他の番組のそのようなコピーの可能性についてトライアルで少なからぬ証言を提出した。これにはナショナルフットボール、バスケットボール、ベースボールおよびホッケー連盟(協会)のコミッショナー、全国向け宗教放送、並びに様々な教育放送機関の事務所の代表からの証言を含んでいる。原告らは提出された証言の重要性を攻撃し、侵害使用が非侵害使用より勝っているから差止が正当であると主張している
 家庭内録画の将来の適法対不適法のパーセントがどうなるとしても、何らかの非侵害使用が可能なツールまたは商品を公衆から奪うことを求める差止は、著作権法において先例がないだけでなく、極端に苛酷な救済である。」480 F.Supp., at 468.
[41] 地裁は差止救済の適否を検討する文脈でこれらの説示を行っているが、この説示は、「スポーツ、宗教、教育およびその他の番組」に関連する証拠が、現在のコピーが許可されている放送の相当な量<a significant quantity>、および将来の許可されるコピーの相当な可能性<a significant potential>を立証するに十分であるという認定を構成している。この認定は、記録によって十分に支持されている。地裁ではっきりと認定された宗教およびスポーツの役員に加えて[注24]、記録中の二つの証拠は具体的に述べる価値がある。

[42] 第一は、Public Broadcasting Serviceと提携しているLos Angelesの教育放送局、チャンネル58の管理者であるJohn Kenastonの証言である。彼は放送局が出版したその番組のガイドを説明し信頼できることを証明した[注25]
そのガイドには、それぞれの番組毎に、無制限の家庭内録画が許可されているか、家庭内録画が(7日以内に消去するような)制限に従い許可されているか、または家庭内録画が全く許可されていないか、どうかが記載されている。そのガイドの1978年春版は107の番組が記載されている。これらのうち62番組(58%)は何らかの家庭内録画を許可している。21番組(ほぼ21%)は無制限の家庭内録画を許可している[注26]

[43] 第二は、Mister Rogers' Neighborhoodを制作し著作権を保有している会社の会長であるFred Rogersの証言である。この番組は、他の番組よりもより公共的なテレビ局によって放送されている。その視聴者数は1日あたり3百万家族を越えている。彼は非商業的使用の家庭内録画に全く反対しないと証言し、家族が子供番組を録画でき適切な時間に子供に見せられるのが本当のサービスであるという意見を述べている[注27]。テレビ放送されるスポーツ、宗教放送、およびMister Rogers' Neighborhoodのような教育番組のコピーを行う数百万のVTRの所有者がいるのであれば、かつこれらの番組の所有者がその行為を歓迎するのであれば、その装置が一部の個人によって被上告人らの作品の許可されない複製を行うために使用されるというだけで、そのようなコピーを実行できるようにする装置を提供するビジネスを抑圧すべきではない。被上告人らは全ての著作権者からなる階層<a class>を代表してはいない。それにもかかわらず、寄与侵害の認定を行うとすれば、タイムシフトによってだけ利用可能な視聴者へ番組を届ける点で放送事業者の利益を必然的に妨げることになるであろう


[44] もちろん、他の著作権者がタイムシフトを歓迎するかもしれないという事実は、被上告人らが彼らの番組のコピーに許可を与えたと見なすべきであることは意味していない。第三者の行為は被上告人らの著作権の直接侵害の訴訟とは完全に無関係であろう。しかし、コピー装置の販売者に対する寄与侵害訴訟においては、著作権者は、彼が求める救済が彼の番組だけに影響を及ぼすのではない限り、あるいは、彼が〔コピー装置の販売の〕結果の利害関係において事実上全ての著作権者を代表していない限り、勝つことはできない。本件において、家庭内使用のタイムシフトによるテレビ視聴者の拡大に異議を唱えない全国および地方のテレビ番組の多くの重要な制作者が存在することを記録が完全に明らかにしている[注28]。これらの制作者の視聴者を拡大する装置の販売者は、侵害行為に直接関与しないのであれば(本件において事実である)、寄与侵害者にはなり得ない。

B.許可されないタイムシフト

[45] 著作物の許可されない使用でさえ必ずしも侵害ではない。著作権のライセンスされない使用は、著作権法によって与えられた具体的な排他権の一つと矛盾しない限り、侵害ではない。Twentieth Century Music Corp. v. Aiken, 422 U.S., at 154-155. さらに、現在の著作権法106条における排他権の定義は、「107条ないし118条を条件として」と規定されている。これらの条文〔107条〜118条〕は、「106条の規定にかかわらず」「著作権侵害ではない」著作物の様々な使用を規定している。本件において最も関係があるのは「フェアユース」論の立法上の保証である107条である[注29]。この条文は、特定の侵害請求に「公衡法上の合理のルール」を裁判所が適用するための様々な要素[注30]を規定している[注31]
第一の要素は決定的なものではないが、「行為の商業的または非営利の性質」があらゆるフェアユースの判断において考慮されることを要求している[注32]。もし、Betamaxが商業的または営利目的でコピーを作成するために使用されるとすれば、そのような使用はアンフェアと推定される。しかしながら、本件においては、逆の推定が妥当である。なぜなら、私的な家庭内使用のためのタイムシフトは非商業的と特徴づけられなければならないことを地裁の認定が明確に確認しているからである。さらに、テレビで放送されたオーディオビジュアル著作物の性質(著作権法107条(2)(1982年法)参照)、およびタイムシフトはそのまま無料で見るように誘われている著作物を単に視聴者が見ることができるようにしているだけであることを考えるとき、作品全体が複製される事実(107条(3)参照)はフェアユースの認定に不利に作用する通常の効果を有さない[注33]。しかしながら、これで審理が終わりではない。なぜなら、議会は「著作物の潜在的マーケットまたは価値に対するその使用の影響」(107条(4))についても審理するように我々に指示しているからである。著作権の目的は、創作的努力に対してインセンティブを作り出すことである。非商業目的のコピーでさえ議会が意図した報酬を著作権者が得る能力を害することができる。しかし、著作物の潜在的マーケットまたは価値に明白な影響がない使用は作者の創作へのインセンティブを保護するために禁止される必要はない。そのような非商業的使用の禁止は、埋め合わせる利益なしで、アイディアへのアクセスを単に妨げるに過ぎないだろう[注34]。著作物のあらゆる商業的使用は著作権者に属する独占的特権のアンフェアな搾取であると推定されるが、非商業的使用は別の問題である。著作物の非商業的使用への異議申し立てを行う場合は、その特定の使用が有害であること、またはそれが広がると著作物の潜在的マーケットに不利に影響することのいづれかの証明が要求される。実際に存在する被害は証明される必要はない;そのようなことを要求すれば、予想できる損害に対する防御を著作権者が行えないであろう。また、被害が将来生じることが確実であることを証明する必要もない。必要なことは、いくらかの意味のある将来の被害の可能性が存在することを証拠の優越によって証明することである。意図された使用が商業的利益のためであれば、その可能性は推定される。しかし、非商業的目的のためであれば、その可能性は証明されなければならない。

[46] 本件において、被上告人らは家庭内タイムシフトに関する彼らの立証責任をはたしていない。地裁は被上告人らの証拠を次のように記述している:
「原告らの専門家証人はトライアルにおいて、ライブラリを作らないタイムシフトは『大きな被害なし』であることを、いくつかの点で認めた。タイムシフトに関する原告らの最大の関心事は『商業的判断さえもしのぐ重要なフィロソフィー』と共にある。被上告人らは、Betamaxの使用により、『見えない境界』が通過されてしまい、『著作権者が番組に対するコントロールを失ってしまうという』ことを恐れている。」480 F.Supp., at 467.
[47] 地裁は、その意見の後の方で、次のように認定している:
「原告らの被害の予想の大部分は、視聴パターンと視聴率(MCA会長のSidney Sheinbergが、計算に含まれるかなりのレベルの不正確さから『魔術』と呼ぶ測定システム)に関する推測次第で定まるものである。」
Id., at 469. [注35]
[48] 地裁は過去の被害に関して多くを述べる必要はない。「原告らは彼らの著作権に対する実際の被害は現在までないことを認めている。」Id., at 451.

[49] タイムシフトによる将来の潜在的被害の問題に関しては、地裁はより詳細な証拠の分析を行った。地裁は、「番組の最初の放送を『〔録画で〕見る』人はライブ視聴者として測定されず、視聴率と収入が減少する」という被上告人らの恐れを、現在の計測技術でBetamaxの視聴者を反映することができると認定して、拒絶した。Id., at 466[注36]。地裁は、Betamaxのテープを代わりに見る人々が増加するにつれて、ライブテレビまたは映画の視聴者は減少するだろうという被上告人らの予測を、[基礎となる]仮定に事実の基礎がないと認定して、拒絶した。Ibid[注37]。地裁は、「タイムシフトはテレビ放送収入のための視聴者を減少させるだろう」という被上告人の恐れを拒絶し、その代わりに、「現在のマーケットの慣習を仮定すれば、原告らに被害を与えるより原告らを助けるだろう」と結論した。Ibid[注38]。そして、地裁は、「番組の劇場またはフィルム貸与上映はその番組のタイムシフト録画により被害をこうむる」という被上告人らの提案は「メリットがない」と断言した。Id., at 467[注39]。地裁は、その審理を終えた後、いくつかの異なった方法で、何度か総合的な結論を再度述べている。「タイムシフトからの被害は推論的であり、いくらよく見ても、ごくわずかである。」Ibid. 「タイムシフト能力から受ける視聴者の利益は既に検討した。Betamaxは放送をより多くの人に見せることができるのであるから、原告ら、放送事業者ら、および広告主らに利益が生じ得ることはあり得ないことではない。」Ibid. 「被害の可能性がないことがトライアルで証明され、原告らは現在まで実際の被害はないことを認めている。」Id., at 468-469. 「Betamaxによりマーケティング戦略において調整が必要となるかもしれないが、被害の可能性さえ立証されていないことがトライアルにおける証言が示している。」Id., at 469. 「現在の原告らによるテレビ制作はかつてよりも利益が多く、5週間のトライアルにおいて、Betamaxが映画会社の財務状況を変更させることを示す具体的な証拠は存在しなかった。」Ibid.

[50] 地裁の結論は、タイムシフトが公衆の無料放送テレビ番組へのアクセスを拡大させるから、社会的な利益を生み出しているという事実によって強化される。Community Television of Southern California v. Gottfried, 459 U.S. 498, 508, n. 12 (1983)事件において、我々はテレビ放送がより利用できるようにする公衆の利益を認めた。明白に、その利益は無限ではない。しかし、それは、連邦法の違反としてタイムシフトの私的行為を非難する前に、著作権者に被害の可能性を証明することを要求する「フェアユース」の概念の解釈を支持する。

[51] これらの要素が「公衡法上の合理のルール」の天秤を用いて全て考慮されるとき、家庭内のタイムシフトはフェアユースであるという地裁の結論は本件記録により十分に支持されていると我々は結論づけなければならない。経験的に得られたデータに関する地裁の認定に照らして、現在のように規定する制定法がそのような行為を禁じると判示した点で控訴裁が誤ったことは明らかである[注40]。要するに、記録および地裁の認定は我々を二つの結論に導く。第一は、作品を無料テレビ放送にライセンスしている相当な数の著作権者が私的な視聴者による放送のタイムシフトに異議を唱えないであろうというかなりの可能性をSonyは証明した。そして、第二に、著作物の潜在的マーケットまたは価値に対するごくわずかではない被害の可能性をタイムシフトが生み出すことを被上告人らは証明できなかった。Sonyのこのような機器の公衆への販売は被上告人らの著作権の寄与侵害を構成しない。



[52] 「〔合衆国憲法〕第一編は、議会は科学および有用な技芸の進歩を促進する権能を有すると規定する。本件のように、憲法が任意規定<permissive>のとき、議会がどこまで遠くへ行くのかを選ぶサインは議会からだけから来ることができる。」Deepsouth Packing Co. v. Laitram Corp., 406 U.S. 518, 530 (1972).

[53] 毎日テレビを見ている数百万の人々から選ばれた代表〔議員〕が家庭内で後で見るために番組をコピーすることを非合法としたというサイン、またはそのようなコピーを可能とする装置の販売に対して一律の禁止を制定したというサインを著作権法の中に探しても無駄だろう


[54] 議会は、過去における他のイノベーションを調査したように、この新しい技術に新たな調査を恐らく行うだろう。しかし、まだ規定されていない法を適用するのは我々の仕事ではない。現在の著作権法を本件における事実に適用して、控訴裁の判決は破棄されなければならない。

[55] そのように命令される。



(1)また、被上告人らは州法および1946商標法43(a)条(60 Stat. 441, 15 U. S. C. §1125(a))に基づく訴因も主張している。これらの主張は本裁判所の審理の対象ではない。

(2)4つの小売業者はCarter Hawley Hales Stores, Inc.、Associated Dry Goods Corp.、Federated Department Stores, Inc.、およびHenry's Camera Corpである。主な被告らは機器製造業者であるSony Corporationおよびその子会社であるSony Corporation of Americaである。広告代理店Doyle Dane Bernback, Inc.もBetamaxのマーケティングに関係しており、上告人でもある。個人のVTRユーザWilliam Griffithsは地裁において被告として名を挙げられていたが、被上告人らは彼に対しては救済を求めていない。便宜上、我々は上告人を集合的にSonyと呼ぶ。

(3)VTRがどのように使用されるかに関する証拠として、被上告人らは、William Griffiths(個人の被告として名を挙げられているが、原告らの法律事務所のクライアントである)の証言を提出している。地裁は彼の証言を以下のように要約している:
「彼は約100本のテープを所有している。GriffithsがBetamaxを購入したとき、彼はタイムシフト(録画、プレイバック、その後消去)ばかりでなく、カセットのライブラリを作るつもりであった。しかし、ライブラリを維持するのはあまりに高価であることがわかったので、現在はいくつかの初期のテープを消去して再利用している。
 Griffithsは『Never Give An Inch』と呼ばれるUniversalの映画の約20分、『Baa Baa Black Sheep』と『Holmes and Yo Yo』というタイトルのUniversalの連続テレビドラマの2話をコピーした。原告らの弁護士が残すように要求しなかったら、彼はこれらを消去したであろう。また、Griffithsは『Alpha Caper』(誰も見ないで消去した)と『Amelia Earhart』と呼ばれるUniversalの映画をコピーしたが既に消去した。証言録取の時には、GriffithsはどんなUniversalの映画もライブラリに維持するつもりはなかった。
 また、Griffithsはドキュメンタリー、ニュース、スポーツおよびNixonとKennedyの討論の再放送のような政治番組を録画した。」480 F.Supp. 429, 436-437 (1979).
 4人の他の証人が同様なことを行ったと証言した。

(4)地裁は、これらの調査結果のいくつかを以下のように要約している:
「原告らの調査によると、VTRの所有者の75.4%は半分またはそれ以上の時間をタイムシフト目的で録画するために使用している。被告らの調査は、Betamaxの所有者の96%が録画しなければ見逃してしまう番組を録画するために使用していることを示している。
 原告らが調査を受けた者にライブラリとしているカセットの数を質問した時に、55.8%は10またはそれ以下であると応えている。先月に見た全番組についての被告らの調査では、70.4%が1度だけ見ており、57.9%は更に見る予定はない。」Id., at 438.
(5)被告らが調査した者の81.9% はBetamaxを持つ前と比較して同じまたはより多くテレビを見ていた。83.2%は映画に行く頻度はBetamaxによって影響がないと答えている。Id., at 439.

(6)Defendants' Exh. OT, Table 20; Tr. 2447-2450, 2480, 2486-2487, 2515-2516, 2530-2534参照。

(7)トライアルは、被上告人によって侵害であると主張された小売業者の上告人らによるBetamaxの実演宣伝についても手短に扱っている。地裁はこの争点に関して被上告人らに不利に判示し、480 F.Supp., at 456-457、控訴裁はこの判示を維持し、659 F.2d 963, 976 (1981)、被上告人らはこの争点について交差上告していない


(8)また、裁判所は、この「アクセスは、原告らが提案するような、便利さだけの問題ではない。アクセスは単に不便さによるだけでなく著作物への基本的なニーズによっても制限されてきた。また、より良い番組へのアクセスは競争的な裏番組によっても制限されてきた。」と認定した。480 F.Supp., at 454.

(9)「『創造的使用<productive use>』なしに、すなわち著作物がその固有の使用のために複製されているときは、本件に関連する種類の大量コピーはフェアユースの適用を排除する。」659 F.2d, at 971-972.

(10)包括的な1909年の著作権法の改正に伴う報告書において、下院法務委員会はこのバランスについて次のように説明している:
「憲法の規定に基づき議会が制定する著作権法は、著作者が彼の著作に持ついかなる自然な権利にも基づいておらず、・・・公衆の福祉にかない、かつ著作者に彼の著作について排他的権利を一定の期間保障することによって、科学と有用な技芸の発展が促進されることを根拠にしている。・・・
 著作権法を制定する上で、議会は・・・二つの問題を検討しなければならない。第一は、その立法がどれだけ制作者を刺激しそれにより公衆が利益を上げるか;第二は、どれだけ与えられた独占権が公衆に対して有害であるか?適切な期間および条件によるそのような排他的権利の付与は、一時的な独占の悪に勝って、公衆に利益を与える。」H. R. Rep. No. 2222, 60th Cong., 2d Sess., 7 (1909).
(11)例えば、自動ピアノと穿孔音楽ロールの発達と販売(White-Smith Music Publishing Co. v. Apollo Co., 209 U.S. 1 (1908)参照)が1909年著作権法の立法を先導し、コピー技術のイノベーションが1976年に改正された著作権法の108条に規定された図書館でのコピーの制定法上の例外を生じさせ、ケーブルまたはマイクロウェーブシステムによるテレビ番組の再送信を可能とする技術の発展(Fortnightly Corp. v. United Artists Television, Inc., 392 U.S. 390 (1968), and Teleprompter Corp. v. Columbia Broadcasting System, Inc., 415 U.S. 394 (1974)参照)に促され、数年間の議会による詳細な研究の後に著作権法111条(d)(2)(B)および111条(d)(5)(1982年法)の条文が立法をされた(Eastern Microwave, Inc. v. Doubleday Sports, Inc., 691 F.2d 125, 129 (CA2 1982)参照)。
 また、1971年のサウンドレコーディング改正法(85 Stat. 391)により、オーディオテープレコーダの発展により作り出された「レコード海賊版」問題に対する解決策を
議会は提供した。Sonyは、その改正法の立法経緯(特にH. R. Rep. No. 92-487, p. 7 (1971)参照)に基づいて、議会はオーディオまたはビデオテープレコーディング装置のどちらの私的家庭内使用も禁じる意図はなかったと主張する。寄与侵害問題に関する我々の決定に関しては、我々はこの問題に関する意見は表明しない。

(12)「著作権保護は印刷機械の発明によって必要となり、イギリスの検閲法に起源を有する。著作権法の盛衰は一方では表現の自由と他方では情報流通手段の技術的発展と常に密接に関係している。継続的に、著作者の知的財産のコントロールと利用の利益、出版社の関連する利益、およびこれと競い合うアイディアの自由な普及における社会の利益の間の種々のバランスを取ってきた。」Foreword to B. Kaplan, An Unhurried View of Copyright vii-viii (1967).

(13)例えば、White-Smith Music Publishing Co. v. Apollo Co., 209 U.S., at 19; cf. Deep South Packing Co. v. Laitram Corp., 406 U.S. 518, 530-531 (1972)参照。法は著作者の作品を完全にコントロールする権利は決して認めないが、全ての例外について明確な規定で表現する法的権利の自然な傾向は、憲法が是認する著作権および特許の独占権の歴史において特に顕著である。See, e. g., United States v. Paramount Pictures, Inc., 334 U.S. 131, 156-158 (1948)(著作権者が著作権法に基づいて一つの映画のライセンスを他のライセンスに結びつける権利を主張している); Fox Film Corp. v. Doyal, 286 U.S. 123 (1932)(著作権が著作権ロイヤリティの州の課税を免除していると著作権者が主張している); Bobbs-Merrill Co. v. Straus, 210 U.S. 339, 349-351 (1908)(著作権の範囲内で作品の再販価格を決める権利を主張している); International Business Machines Corp. v. United States, 298 U.S. 131 (1936)(特許権者が特許されていない物の販売を特許された装置のリースに結びつける権利を主張している)。

(14)著作権法106条は次のように規定している:
 107条ないし118条を条件として、本法に基づく著作権者は次に挙げることを行使および許諾する排他的な権利を有する。
(1)著作物を複製物として又はフォノレコード<phonorecords>として複製すること
(2)著作物に基づいて二次的著作物を作ること
(3)著作物の複製物若しくはフォノレコードを、販売若しくはその他の所有権の移転によって公衆に頒布すること、又は、レンタル、リース、貸すこと
(4)文字、音楽、演劇及び舞踏の著作物、パントマイム、並びに映画<motion pictures>及びその他のオーディオビジュアルの著作物の場合、著作物を公に演じること
(5)文字、音楽、演劇及び舞踏の著作物、パントマイム、並びに、映画又はその他のオーディオビジュアルの著作物の個々の画像を含む絵画、図表又は彫刻の著作物において、公に著作物を展示すること
(15)さらに、商業的利益または私的な金銭的利益の目的で映画を複製して著作権を意図的に侵害する者は刑事罰を免れない、17 U. S. C. §506(a) (1982 ed.)、犯罪の果実および媒介物は有罪判決に基づき没収される、§506(b)。

(16)これに関して、この訴訟をクラスアクションと同等なものとする被上告人らの試みは、著作権に利害関係を有する法廷助言者による見解であり、法廷助言者によってなされた陳述を本件における証拠として扱う試みであるから、我々は拒絶する。See Brief for Respondents 1, and n. 1, 6, 52, 53, and n. 116. 本件または全ての訴訟の結論に関係する法廷助言者の陳述された要望はクラスアクションの代替物ではなく、本件の証拠ではなく、また、我々の判決にいかなる影響も与えない;我々は本件における法的問題の分析において法廷助言者の書面を、どのような助言であれ、単独で審理する。

(17)しかしながら、地裁が正しく認定したように、「直接侵害、寄与侵害、および代位侵害は明確に線引きできない・・・」480 F.Supp., at 457-458. この分野の明確性の欠如は、一部には、侵害者が著作権者によって許可されない作品を使用する者だけでなく、著作権者から実際の許可なしに著作物の使用を許可する者でもあるという事実のせいである。
 「直接侵害」論および「代位侵害」論に基づくSonyの責任の問題は名目上は本裁判所に提出されていないという両当事者の陳述を我々は書き留める。Compare Brief for Respondents 9, n. 22, 41, n. 90, with Reply Brief for Petitioners 1, n. 2. しかしながら、被上告人らの先例のない寄与侵害請求の熟慮した上での分析は他の用語に基づいても審理される議論および判例法の考慮を必然的に伴い、実際、当事者らは寄与侵害問題に関するそれぞれの立場を支持するそのような議論および判例に大きく依存している。

(18)いわゆる「ダンスホール事件」、Famous Music Corp. v. Bay State Harness Horse Racing & Breeding Assn., Inc., 554 F.2d 1213 (CA1 1977)事件(競馬場が金を払う客に音楽を提供する侵害者を保有している); KECA Music, Inc. v. Dingus McGee's Co., 432 F.Supp. 72 (WD Mo. 1977)事件(カクテルラウンジが金を払う客に音楽を提供するためにミュージッシャンを雇った); Dreamland Ball Room, Inc. v. Shapiro, Bernstein & Co., 36 F.2d 354 (CA7 1929)事件(ダンスホールが金を払う客に音楽を提供するためにオーケストラを雇った)は、直接侵害者に固定の賃借料で建物をリースしているが侵害行為に直接関係しない家主は寄与侵害責任を有しないと認定されたいわゆる家主−テナント事件と時々対比される。E. g., Deutsch v. Arnold, 98 F.2d 686 (CA2 1938).
 Shapiro, Bernstein & Co. v. H. L. Green Co., 316 F.2d 304 (CA2 1963)事件においては、23のチェインストアの所有者がレコード部門を経営する直接侵害者を保有している。その関係はライセンス契約として構成され、その結果、被告はその部門を経営するビジネスリスクを持たない。その代わり、その所有者は10または12の直接侵害者の全体の領収書を受けた。控訴裁は次のように結論した:
 「[ダンスホール事件]および本件は家主−テナントモデルよりも雇用者−被雇用者モデルの領域に近く・・・本件に特有の事実[に基づき]・・・写真レコード利権の金銭的な成功に強く関係することだけでなく、Greenの侵害ライセンシーとの関係により、『密売』レコードの許可されない販売に対する責任を負う。・・・
 本件において代位責任の賦課が過度に苛酷または不公正と見なすことはできない。Greenは譲受人の行為を注意深く取り締まる権限を有している・・・;我々の判決は、効果的に行使することが可能であり、かつ行使すべき責任を課すことにより、そうすることを事実上奨励するだろう」。Id., at 308。
 Gershwin Publishing Corp. v. Columbia Artists Management, Inc., 443 F.2d 1159 (CA2 1971)事件においては、直接侵害者が演奏を管理するために寄与侵害者を保有している。寄与侵害者は各直接侵害者とコンタクトし、演奏される曲のタイトルを得て、プログラムを印刷し、その後、そのプログラムを地方の団体に販売し、地方の団体が直接侵害時にそのプログラムを配布する。Id., at 1161. 控訴裁は、寄与侵害者は管理するアーティストが著作物を演奏することを実際に知っており、アーティストの侵害行為を取り締まる立場にあり、かつ最初の侵害者の行為からかなりの利益を得ていることを強調している。Id., at 1163.
 Screen Gems-Columbia Music, Inc. v. Mark-Fi Records, Inc., 256 F.Supp. 399 (SDNY 1966)事件においては、直接侵害者は密造レコードを製造販売している。地裁は、サマリ判決の申立を拒否して、侵害者の広告代理店、侵害者の作品を広告するラジオ局、および侵害品を箱に入れ郵送するサービス代理店は、トライアルにおいて違法商品を扱っていることを知っていたまたは知っているべきであったことが証明された場合は、すべで責任を有し得ると判示した。

(19)例えば、United States v. Paramount Pictures, Inc., 334 U.S., at 158; Fox Film Corp. v. Doyal, 286 U.S., at 131; Wheaton v. Peters, 8 Pet. 591, 657-658 (1834)事件。法の二つの分野は当然まったく同じ双子ではなく、一つの領域で明確に述べられた論理を他に適用する場合は、我々がこれまで述べてきた注意を払わなければならない。See generally Mazer v. Stein, 347 U.S. 201, 217-218 (1954); Bobbs-Merrill Co. v. Straus, 210 U.S., at 345.
 我々は、同様な類似性が著作権法と商標法の間に存在するという提案を首尾一貫して拒絶してきており、そのような中で著作権と特許権の間の基本的な類似性を認めてきていた。The Trade-Mark Cases, 100 U.S. 82, 91-92 (1879); see also United Drug Co. v. Theodore Rectanus Co., 248 U.S. 90, 97 (1918)(商標権は著作権または特許権と「ほとんどまたは全く類似性がない」); McLean v. Fleming, 96 U.S. 245, 254 (1878); Canal Co. v. Clark, 13 Wall. 311, 322 (1872). 著作権法および商標法の間の基本的な相違が与えられており、本著作権事件において、我々は、Inwood Laboratories, Inc. v. Ives Laboratories, Inc., 456 U.S. 844, 854-855 (1982)事件で、商標事件において適用するために作成された寄与侵害の基準を考慮しない。その事件において、我々は製造者または配布者は、商標の保持者のものとして商人がその製品を流通経路に下ろすことを意図的に引き起こした場合または製品に商標権者のマークが誤って付されたことを知っている特定の商人が簡単に偽って流通させることができる製品を供給し続ける場合、商標の所有者に責任を負わされ得ると認めた。Inwood事件の寄与商標権侵害のための狭い基準が本件を支配するのであれば、被上告人の寄与侵害請求はほとんど議論の価値がない。Sonyは、
顧客が被上告人の著作権の侵害使用を行うことを「意図的に[引き起こし]てはおらず、被上告人の著作権の引き続く侵害を行っていることが知られている個人に製品を供給していないことは確かである。see id., at 855.

(20)特許法271条は次のように規定する:
「(a)本法において他に規定されている場合を除き、特許された発明を、特許の存続期間中に、許可なく、合衆国内で製造、使用、販売の申出、若しくは販売した者又は合衆国に輸入した者は特許を侵害する。
 (b)特許権侵害を積極的に引き起こした者は侵害者として責任があるものとする。
 (c)特許された装置、生産品、組み合わせ<combination>若しくは組成物、又は特許された方法の実施に使用する材料若しくは器具の発明の重要な部分を構成する構成要素を、同構成要素がその特許の侵害に使用するために特に製造又は適合されたものであり、かつ、かなりの非侵害の使用に適した主要商品又は日用品ではないことを知って、合衆国内で販売の申出若しくは販売を行い又は合衆国へ輸入した者は、間接侵害者として責任があるものとする。
 (d)特許の侵害又は間接侵害の救済の権利を有する特許権者は、以下の1又は2以上を行ったことを理由にして、救済を否定されないものとし、また、特許権のミスユース又は不法な拡張であるとして有罪とされないものとする:(1)同意なく他人によって行われるとすれば特許の間接侵害を構成するであろう行為から収入を得ること;(2)同意なく行われるとすれば特許の間接侵害を構成するであろう行為を行うことを他人にライセンス又は許可すること;(3)侵害又は間接侵害に対して特許権の行使を求めること。」
(21)著作権を侵害するために使用し得るというだけで、著作権法が全ての著作権者(本件では遙かに少ない2名の被上告人ら)に集合的にVTRを配布する排他的権利を与えているというのは異常にみえる。しかしながら、これは彼らの請求の論理的な含意である。差止の要求は被上告人らが事実上VTRは禁制品であると宣告することを求めていることを示している。裁判による強制ライセンスに従う継続的なロイヤリティは受け入れられる救済であるという本裁判所における被上告人の提案は、被上告人らはロイヤリティを見返りにして彼らが主張するVTRの独占的利益を喜んでSonyにライセンスすることを示している。

(22)トライアルの時のDisneyの番組はネットワークテレビと一つの独立系テレビ局に直接販売されたシリーズの約1時間/
1週間からなることが記録が示している。Universalの商業テレビ局のLos Angelesマーケットにおけるパーセンテージは5以下である。See Tr. 532-533, 549-550.

(23)地裁は、どれだけの放送が全く著作権で保護されていないかに関しては、はっきりした認定は行っていない。少なくとも一つの映画My Man Godfreyがこのカテゴリに分類され、id., at 2300-2301、記録には、連邦政府により制作された一定の放送も著作権で保護されていないという証言が含まれている。See 17 U. S. C. §105 (1982 ed.). Cf. Schnapper v. Foley, 215 U. S. App. D. C. 59, 667 F.2d 102 (1981)(政府によって制作された作品と政府によって委託された作品の区別を説明している)。このような放送が現在相当なものである限り、それはさらに我々の結論を支持している。さらに、著作権保護は永久的なものではないから、パブリックドメインのオーディオビジュアル作品の数は必然的に年ごとに増加している


(24)Tr. 2447-2450 (Alexander Hadden、メジャーリーグ野球); id., at 2480, 2486-2487 (Jay Moyer、ナショナルフットボール連盟); id., at 2515-2516 (David Stern、ナショナルバスケットボール協会); id., at 2530-2534 (Gilbert Stein、ナショナルホッケー連盟); id., at 2543-2552 (Thomas Hansen、全国大学競技協会); id., at 2565-2572 (Benjamin Armstrong、ナショナル宗教放送局)参照。これらの役員は本訴訟における各団体の公式な代表者として権限が与えられている。Id., at 2432, 2479, 2509-2510, 2530, 2538, 2563. See Fed. Rule Civ. Proc. 30(b)(6).

(25)Tr. 2863-2902; Defendants' Exh. PI.

(26)以下も参照。Tr. 2833-2844(New Jersey公共放送機関の執行役員による同様な証言)。Cf. id., at 2592-2605(教育目的のために家庭内録画を是認しているNew Yorkマスコミュニケーション放送部長の証言)。

(27)「いくつかの公共放送局は、商業放送局と同様に、『Neighborhood』をいくらかの子供が使用できない時間帯に番組を編成しています。私は、家族がそのような番組を録画し適切な時間に見せるられるのが本当のサービスだと思います。私は、『Neighborhood』を録画できるこの新技術の到来とともにそれを常に感じていました、私が『Neighborhood』の話をするのは、それが私が制作したものだからです、その後、人々は家庭のテレビ生活の番組作りに積極的になっています。率直に言って、私は他人によって番組作りされる人々に反対です。放送における私のアプローチは常に『あなたは正にあなたであるように重要な人だ。あなたは健全な決定を行うことができる』でした。たぶん私の話は長すぎると思いますが、私は、人が健全な方法で自分の生活をコントロールするのにより積極的になることができるようにするものはどんなものでも重要だと感じています。」Id., at 2920-2921. See also Defendants' Exh. PI, p. 85.

(28)多くの著作権者がコピーに対して料金を請求せずに作品の複製を許可することはまれかもしれない。しかしながら、公開された放送の場合は、著作物のユーザは基礎となる作品にアクセスするための料金を支払うことは要求されない。著作権者がテレビ媒体(商業的にスポンサーが付いた公共の電波の公開された放送)を活用する伝統的な方法は、作品を展示する価値の補償は広告収入の形で受け取るという前提に基づいている。
 テレビの番組の場合、いくらかの制作者は家庭の視聴者に放送から外れて彼らの作品のコピーを許すことは彼らの著作権の価値を実際に高めると明らかに信じている。その行為を許可する理由にかかわらず、彼らはそうしており、SonyのVTRの非侵害使用のためのかなりのマーケットを作り出すに相当十分な量である。制作者が家庭ユーザによって直接支払われるライセンス料と交換に彼らの番組の家庭内録画を許可しているのであれば、このマーケットの合法性を争う者はいないだろう。単に、これらの制作者が家庭ユーザに料金を要求することなく彼らの番組の家庭内録画を許可しているから、このマーケットの合法性について争いが起きるのである
。著作権法は作品の使用に対して料金を課すことを著作権者に要求はしていない、そして、本件記録が明らかに示すように、著作権者はコピーする者から直接的な補償を受けることなく、ある種のコピーが行われるのを許可する実利的または非実利的理由を有しているのかもしれない。著作権者に著作権を利用する最適な方法を告げることは裁判所の役割ではない:被上告人らの競争者らが家庭内録画を許可する点について十分考えていないとしても、それが、Sonyの製品の典型的な非侵害使用のためのかなりのマーケットを作り出しているという事実を変えることはないだろう。

(29)1909年著作権法(35 Stat. 1075)には「フェアユース」の条文は存在しなかった。「著作物を印刷、再版、出版、コピー、および販売する」排他権の著作権法の概要は事実上全ての可能な著作物への作用を十分に包含するほど広いが、制定法は決してそのようには解釈されない
。裁判所はそれぞれの状況においてその制定法を文言どおり解釈することを単に拒絶した。議会が1976年に制定法を改正した時、「現在の裁判所のフェアユース論を、いかなる方法でも変更することなく、狭くすることなく、または広くすることなく、再び述べることを意図している」ことが示された。H. R. Rep. No. 94-1476, p. 66 (1976).

(30)107条は次のように規定する:
 「106条の規定にかかわらず、著作物のフェアユース<fair use>は著作権の侵害ではない。フェアユースは、批評、論評、ニュース報道、教育(教室で使用すれるための多数のコピーを含む)、学問、研究を目的とした、複製物又はフォノレコードの再生による使用を含む。特定のケースにおいてなされた著作物の使用がフェアユースであるかどうかを決定するときに、考慮されるべき要素は以下のものを含むものとする −
(1)その使用が商業的なものか、非営利の教育目的かどうかを含む、その使用の目的及び性質;
(2)その著作物の性質;
(3)その著作物全体に関して使用された部分の量及び実質性;及び
(4)その著作物の潜在的マーケット又は価値に対するその使用の影響。」17 U. S. C. §107 (1982 ed.).
(31)下院レポートはフェアユースの条文の説明においてフェアユース論は「公衡法上の合理のルール」であると明確に述べている:
 「裁判所は繰り返し繰り返しフェアユース論を熟考しそれに基づいて判決を下してきたが、その概念の定義は実在しなかった。実際、フェアユース論は公衡法上の合理のルールであるから、一般的に適用できる定義は可能ではなく、この問題が提起されたそれぞれの事件はそれ自体の事実に基づいて判断されなければならない。・・・

条文の裏の一般的な意図
 107条におけるフェアユース論の規定は、フェアユース論を適用して決定する場合のいくつかのガイダンスをユーザに提供している。しかしながら、個々の事件において起こり得る状況の限りない多様性および事情の組み合わせは制定法による正確なルールの定式化を不可能とする。法案は裁判所のフェアユース論の目的および一般的な範囲を支持しているが、特に急速な技術的変化の時代にあっては、制定法の中にフェアユース論を凍結する決定はできない。何がフェアユースであるのか、および適用可能な基準のいくつかについての極めて幅広い制定法の説明を超えて、裁判所はケースバイケース・ベースで個々の状況にフェアユース論を自由に適用しなければならない。」H. R. Rep. No. 94-1476, supra, at 65-66.
 上院委員会も同様にフェアユースへの硬直した明確に線引きされたアプローチを避けている。上院レポートは「便宜のための放送から外れた録画」はいくつかの状況において「フェアユース」であり得るという見解を支持している。ただし、その後に、便宜のための放送から外れた録画が想像可能ないかなる状況においてもフェアユースとみなすべきであることを提案する意図はないことを明確にしている。S. Rep. No. 94-473, pp. 65-66 (1975). 後者を適格とする記述は反対者(post, at 481)によって引用されており、独立して読むと、委員会が便宜のための放送を外れた録画全てを非難することを意図していたことを示している。しかしながら、文脈で読むと、それが委員会の意図から最も遠いものであることが極めて明らかである。

(32)「委員会は、考慮されるべき最初の基準−『使用の目的及び性質』−を、この要素が『その使用が商業的なものか、非営利の教育目的かどうか』の考慮を含むことを明確に規定するように修正した。この修正は著作物の教育上の使用に関する何らかの非営利の制限として解釈されることを意図していない。これは、現在の法と同様に、活動の商業的または非営利の性質は、フェアユースについて決定的なものではなく、フェアユース論における他の要素と一緒に考慮することができ、また考慮すべきであるという認識を表現したものである。」H. R. Rep. No. 94-1476, supra, at 66.

(33)
「家庭内でのVTRユーザによる著作権の消費的使用は、消費者が家庭で作られたテープを売らないとしても、その消費者は著作権者によって別個に販売されるテープを買わないから、商業的である」ということが提案されてきた。Home Recording of Copyrighted Works: Hearing before the Subcommittee on Courts, Civil Liberties and the Administration of Justice of the House Committee on the Judiciary, 97th Cong., 2d Sess., pt. 2, p. 1250 (1982) (memorandum of Prof. Laurence H. Tribe). さらに、「そのような窃盗を非商業的であるとして許すことの誤りは、宝石泥棒は盗まれた宝石が売るのではなく単に身につけるものであるとしても非商業的な許されるものに変わることはないことの簡単なアナロジーによって確かめることができる」と述べられている。Ibid. 前提とアナロジーは実に単純であるが、論拠に何も付け加えていない。盗まれた宝石の使用は、真の所有者から現在の所有の利益を剥奪することが許されるものであるかどうかを決定することとは全く無関係である;物理的な所有における物の性質および真の所有者の利益から、法は窃盗がその物を全く使用しないとしても不埒なものであると認定する。もちろん個人の財産のある特定の物の窃盗は、その特定の物を誰かに売る所有者の権利を剥奪するから、商業的な重要性を有している。タイムシフトは著作権者に対する類似の結果をほんのわずかさえ引き起こすことはない。さらに、タイムシフトを行う者はそれを一度見ることによってライブの視聴者が行う以上に盗むことはなく、ライブの視聴者がタイムシフトを行う者以上に前もって録画されたビデオテープを買いそうにはみえない。実際、ライブの視聴者は、VTRにアクセスできなければ、前もって録画されたビデオテープを買うことはない。

(34)比較せよ、A. Latman, Fair Use of Copyrighted Works (1958), reprinted in Study No. 14 for the Senate Committee on the Judiciary, Copyright Law Revision, Studies Prepared for the Subcommittee on Patents, Trademarks, and Copyrights, 86th Cong., 2d Sess., 30 (1960):「ある状況においては、著作権者は作品の使用からかなりの被害を受けることはない・・・ここにも、フェアユース論と法は些事に関せずの法格言の一部結合がある。」

(35)参照せよ、480 F.Supp., at 451:
「しかしながら、原告らの主張はWilliams & Wilkins事件の原告らの主張よりもより複雑であり不確かである・・・本件において、原告らは裁判所により多くの仮説に基づいて被害を認定するよう求めている・・・後記IVにおいてより完全に検討するように、これらの仮説のいくつかは事実にも経験にも基づいておらず、原告らは矛盾が多く不合理であることをある程度認めている。」
(36)「しかしながら、Nielsen Ratingsはサンプリングされた家庭におけるBetamaxが番組を録画する時に計測する能力を既に開発しているというトライアルにおける証言がある。それゆえ、Betamaxの所有者はライブの視聴者の一部として計測されるだろう。後の日誌はその後の視聴の情報でその計測を増大させることができる。」Id., at 466.
 別の部分で、地裁は、テレビ放送の商業的魅力は、Betamaxの所有者が広告を見るのを避けるために一時停止ボタンまたは早送りボタンを使用するだろうから、減じられるだろうといいう原告らの提案を拒絶している:
「しかしながら、コマーシャルを省くために、Betamaxの所有者は録画時にコマーシャルを含めて番組を見なければならないことを思い出さなければならない。プレイバックの時にコマーシャルを避けるためには、視聴者は早送りし、普通はコマーシャルが終わった時を推測しなければならない。ほとんどの録画において、どちらも余りに退屈だろう。被告らの調査が示すように、92%の番組がコマーシャルと共に録画され、25%の所有者だけがコマーシャルを早送りしている。広告主らは、テレビ番組の視聴者が中断することなく実際に広告を見ているかどうかについて、被告らが行ったのと同じ種類の判断を行わなければならないだろう。」Id., at 468.
(37)「本件において、原告らは、人々は、そうでなければテレビを見るか映画館に行く時に、コピーを見るだろうと決めてかかる。この仮説は事実に基礎づけられたものではない。Betamaxの所有者が、たいテレビがなく行きたい映画がないときに、テープをプレイするだろうことが同じくらいありそうである。被告らの調査にはBetamaxの所有者のテレビの視聴または映画館での鑑賞に否定的な効果は示されていない。」Id., at 466.

(38)「本件における基礎となる仮定は、特に受け入れ難い。原告らはBetamaxが最初に放送された著作物へのアクセスを増加させ、最初の視聴者がより多くなればなるほど、再放送が引きつけるのはより少ない人々となると説明する。現在のマーケットの慣行は、企業組合の成功を含めて、ちょうど反対を示している。現在、最初の放送の視聴者が多くなればなるほど、原告らが再放送権について放送局に対して要求できる金額はより高額となっている。再放送の視聴者が番組をたことがない人々から構成されていることを示す調査は本裁判所の知る限りない。ともかく、もし視聴率がBetamaxによる録画を反映でき、最初の視聴者が増え、マーケットの慣行が与えられるとすると、これは原告らに被害を及ぼすよりも助けになるであろう。」Ibid.

(39)「この提案はメリットがない。定義により、タイムシフト録画は見て消去することを伴うから、後に劇場で上映が始まる時には、その番組はもはやテープにはない。もちろん、原告らはBetamaxの所有者が番組に興味を満たす十分な長さで保持し続け、それゆえ、後の劇場の上映に行くことはないと恐れるかもしれない。行為がライブラリ作りを含む限りにおいて、後記セクションV.C.で扱う。後の劇場での映画の上映における公衆の利益が映画のテレビ放送よりもBetamaxによる録画によってより多く減少するだろうということを示す証拠は存在しないことも書き留めるべきである。」Id., at 467.

(40)控訴裁は、本件において「公衡法上の合理のルール」分析に携わらないことを選択した。実際、控訴裁は、「フェアユース」のカテゴリーは各使用が「創造的<productive>」でなければならないという要件によって厳格に制限されていると決めてかかっている。それゆえ、控訴裁は、個人的なスケジュールの衝突により他の方法では見られない情報または娯楽を単に見ることができるようにテレビ番組をコピーすることはフェアユースではあり得ないと結論した。この「フェアユース」の理解は誤りである。
 議会は、フェアユース分析は微妙な利益のバランスを必要とすることを我々にはっきりと命じている。「創造的」と「非創造的」使用の区別はバランスを調整する助けになるかもしれないが、それは決定的なものではあり得ない。確かに学術的な努力を促進するためのコピーはポーカーゲームを中断するの避けるためのコピーよりもより強くフェアユースを主張できるが、問題は単純な平面的なものではない。一つの理由は、全ての著作権が代替可能であるというのは事実ではないということである。いくつかの著作権は広い潜在的な二次的マーケットで著作物を支配する。そのような著作物は、商業的被害のより大きな可能性により、より広い権利を有する。ニュース放送のコピーは映画のコピーよりも、より強くフェアユースを主張し得る。そして、もちろん、全ての使用が代替可能なものであるわけではない。商業的利益のためのコピーは個人を豊かにするためのコピーよりもよりずっと弱くしかフェアユースを主張できない。しかし、社会的「創造性」<social "productivity">の考えはこの分析に対する完全な回答ではあり得ない。講義のノートを準備するためにコピーする先生は明らかに創造的<productive>である。ただし、そうであるのは彼の専門の個人的な知識を広めるためにコピーする先生である。あるいは、議員の知識すなわち選挙人が注目しているものを広げるためにコピーする議員である;あるいは、投票の判断のためにニュース番組をコピーする選挙人である。
 盲目の人の便宜のために著作物のコピーを作成することはフェアユースの例として下院委員会レポートによって明確に確認されており、楽しませるまたは知らせる目的以上の何も示唆することなく、必要がコピーの動機である。病院の環境において、患者に他の方法では見られない番組を見せるためにVTRを使うことは、患者の心理的な健康に貢献すること以上の創造的な<productive>目的を有さない。事実上あらゆるタイムシフトは
、テレビ番組への視聴者のアクセスを増加させ、同様な利益をもたらし得る。制定法の文言は創造的<productive>タイムシフトと非創造的<nonproduvtive>タイムシフトの間の二分法を規定しておらず、コピーの経済的結果の考慮を要求しているのである。




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