2005.10.17; 08.10(101条4号の評釈); 08.20(間違えた原因); 09.07(初期の一太郎のFD) <New   ↑UP 


一太郎事件知財高裁大合議判決について

2005.10.17  
井 上 雅 夫   
   目   次
 1.はじめに
 2.被告の製品(一太郎)
 3.特許の基礎
 4.実施例
 5.請求項
 6.構成要件充足性について
 7.間接侵害の成否について
 8.本件特許権の行使の制限について
 9.差止と損害賠償
10.おわりに
 
  (注18)101条4項の説示で借用したと思われる法的見解
  (注19)法的見解の借用と著作権
  (注20)出所を明示して引用していれば
  (注21)大合議の運用はいかにあるべきか
  (注22)101条4項の判示事項に関する評釈の紹介
  (注23)101条4項の解釈を間違えた原因の推測
  (注24)初期の一太郎のFDについて101条4号は成立するか <New

1.はじめに
 新聞やテレビで大きく報じられた東京地裁の差止判決(東京地裁判決2005.02.01)は、知的財産高裁(知財高裁)によって取り消された(知財高裁判決2005.09.30)。知財高裁は地裁とは正反対の結論を出したのである。なぜ、地裁と高裁の判断は逆転したのだろうか。何が真実なのだろうか。

 裁判官は英語ではjudge(ジャッジ)という。裁判官はスポーツの試合のジャッジつまり審判と同じなのである。スポーツの試合では、2人の選手が戦い、それを見ている審判がルールに基づいて、どちらが勝ちかを判定する。民事訴訟では、原告と被告が主張立証を行い、それを見ている裁判官がルールに基づいて、どちらが勝ちかを判定するのである。原告と被告の主張立証の力量が互角である場合は、裁判官が下す判決が真実である可能性は高いだろう。ところが、原告と被告の主張立証の力量が大きく異なっている場合は、裁判官が下す判決が真実でない場合も少なくないのである。

 本件の場合は、原告は極めて多数の特許を保有する大手電機メーカーであり、特許についての知識経験が極めて豊富な企業である。これに対して、被告はソフトウェア企業であり、特許についての知識経験が極めて不足しているはずである。かつて、日本の特許訴訟は時間がかかり、いわば時間制限なしの試合であったのであるが、時間がかかることが批判され、現在では、時間制限ありの試合に変わってきている。特許についての知識経験が極めて不足している被告が、短い制限時間内に特許についての知識経験を身に付け、原告と互角に戦うのは不可能に近いことである。したがって、地裁が原告勝訴の判決を下したのは当然であるが、それが真実とは限らない。地裁判決は民事訴訟のルールからすれば妥当な判決だったかもしれない。しかし、一般の人からみれば真実ではないとみえたため、新聞やテレビで大きく取り上げられたのではないだろうか。地裁判決直後の2月3日の日本経済新聞の社説は「驚きといくつかの疑問点を感じざるをえない。」と述べている。知財高裁においても、被告はいくつかの争点で負けの判定を下されたのであるが、多数提出した証拠の一つが認められ、きわどいところで、ようやく勝つことができたのである。

2.被告の製品(一太郎)
 本件訴訟で問題にされた一太郎の技術が、どのようなものであるのかを図1を用いて説明しよう。


 図1(A)に示すように「マウスの絵と?が表示された部分」(以下、『「ヘルプモード」ボタン』という。)にポインタを合わせ、マウスの左ボタンをクリックする。そうすると、図1(B)に示すようにポインタに?が付き、そのポインタを例えば拡大鏡のアイコンに合わせマウスの左ボタンをクリックする。そうすると、図1(C)に示すように拡大鏡のアイコンについてのヘルプが表示される。これが原告の特許を侵害したかどうかが本件訴訟の争点であり、地裁は、一太郎の「ヘルプモード」ボタンは、絵が表示されているから、原告の特許のアイコンに相当し、特許権侵害であるとして、一太郎の製造、販売等を差し止める判決を下したのである。

 当然のことながら、絵が表示されているかどうかは技術的にはどうでもよいことである。例えば、一太郎の場合、「ヘルプモード」ボタンやその他のアイコンの表示内容をユーザーが自由に変更できる。図2(A)に図1(A)の「ヘルプモード」ボタンの拡大図を示す。

 図2(A)の「ヘルプモード」ボタンにポインタを合わせ、マウスの右ボタンをクリックすると、図2には示していないが「アイコンの変更」、「アイコンの削除」と表示される。「アイコンの変更」をクリックし、さらに「デザインの変更」をクリックすると、「ヘルプモード」ボタンに任意の文字や絵が表示されるように、ユーザーが自由に変更することができるのである。例えば、「ヘルプモード」ボタンを、ユーザーが図2(B)に示すように「ヘルプモード」という文字が表示されるように変更したとすると、これは「絵又は絵文字」を含んでいないから地裁判決によれば、本件発明にいうアイコンではないので、もはや、特許権侵害ではなくなるのである。もちろん、図2(B)でも「ヘルプモード」という文字が表示された部分にポインタを合わせて、図1と同じ操作を行えば、図1(C)に示すヘルプが表示されることはいうまでもない。しかし、地裁判決によれば、図2(A)は特許権侵害であるが、図2(B)は特許権侵害ではないのである。

 特許制度は、技術を保護する制度である。ところが、地裁判決によれば、絵があるかどうかという技術とは全く関係のないことによって、侵害/非侵害が決められることになる。奇妙なことにように見えるかもしれないが、特許制度は、発明を言葉で表現し、その言葉に被告製品が含まれる場合に侵害とする制度であるので、地裁判決のような判決が下されることも時にはあるのである。

3.特許の基礎
 知財高裁判決を検討する前に特許の基礎を図3を用いて説明しよう。

 特許権は発明しただけでは得られない。特許権を得るためには、自分の発明を明細書と図面に記載して特許庁に出願しなければならない。明細書は、図3の左側に示すように、「特許請求の範囲」と「発明の詳細な説明」とを含む[注1]。発明の詳細な説明の欄と図面を使って自分の発明を詳細に説明し、特許請求の範囲の欄に特許を受けようとする発明を特定するために必要な事項を、請求項1、請求項2、・・・のように区分して記載する(特許法第36条参照)。請求項は、例えば、図3に示すように「【請求項1】 〜と、〜と、を有する装置。」のように記載する。特許請求の範囲は契約書と同じように考えればよい。請求項1、請求項2、・・・を契約書の第1条、第2条、・・・のように考えればよいのである。契約書のどれかの条文に違反すれば契約違反となるが、特許の場合は、どれかの請求項に記載された装置を製造したり販売したりすれば特許権侵害となるのである。

 明細書を特許庁に出願すると、特許庁は審査を行い、特許または拒絶する。特許になった場合、他人が請求項に記載された装置を実施(製造、販売)している場合は特許権侵害である。相手と話し合いがつかない場合は、特許権者が原告となり、相手を被告として、被告製品の製造、販売等の差止や損害賠償を求めて民事訴訟(特許権侵害訴訟)を裁判所に提起することになる。裁判所は被告の装置が請求項に記載されているとおりの装置であれば特許権侵害と判断する。すなわち、被告が実際に製造、販売する装置が、請求項に言葉で記載された装置に該当すれば、特許権侵害であるとして、裁判所は被告製品の製造、販売等の差止や損害賠償を命ずるのである。

4.実施例
 この事件は、原告が被告に対して、被告のワープロソフト一太郎が原告の特許(特許第2803236号)を侵害したとして、一太郎の製造、販売等の差止を求めた裁判である。前述のように侵害かどうかは特許請求の範囲に記載された言葉で決まるが、まず、「発明の詳細な説明」に記載された実施例について説明しよう。図4に原告の特許明細書に添付された図面のうちの一つを示す。


 「発明の詳細な説明」には、実施例として次のように記載されている。なお、〔 〕内は私が参考のために記載したものである。
機能説明アプリケーションは、丸印〔図4の点線の丸印〕で示されたアイコンの形で表示されている。そしてポインティング装置2を移動させて、矢印〔図4には示されていない〕で示されたマウスカーソルを丸印〔図4の点線の丸印〕の機能説明アイコンの上へ重ね合わせ、マウスボタンをプレスして説明対象オブジェクトの上へドラッグして移動し、マウスボタンをリリースする。例えば通信のアイコンの上に移動する〔図4はこの状態を示したものであり、通信のアイコン上に実線の丸印が示されている〕。解析部は、画面情報、ウィンドウ情報、ドラッグ開始時のマウスカーソルポジションおよび、ドラッグ移動量から、画面上のどのオブジェクトが選択されたのかを判定する。この情報を元に、解析部は、機能説明アプリケーションを起動し、パラメータを渡すことができる。そして〔図4〕に示すように、ウィンドウ内に例えば通信の機能説明文〔図4の右下に示された「通信を行うためには…」〕が表示される。
 すなわち、発明の詳細な説明および図面に記載された実施例は、丸印の機能説明アイコンを説明対象オブジェクト(例えば、通信のアイコン)の上にドラック&リリース(被告はこれを「プレス、ドラック&リリース」と述べている。)すると、図4の右下に示すように、ヘルプが表示されるものである。

5.請求項
 発明の詳細な説明および図面には、発明の実施例が詳細に記載されているが、侵害かどうかは実施例に基づいて判断されるのではなく、特許請求の範囲に基づいて判断される。特許請求の範囲の請求項1、3には次のように記載されている。(専門家以外の方は、以下の請求項1、3を読んでも何が何だかわからないと思いますので、請求項1は「情報処理装置」の発明で、請求項3は「情報処理方法」の発明であることだけを理解して、次に進んでください。)
  【請求項1】アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン、および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させる表示手段と、前記表示手段の表示画面上に表示されたアイコンを指定する指定手段と、前記指定手段による、第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて、前記表示手段の表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させる制御手段とを有することを特徴とする情報処理装置。

  【請求項3】データを入力する入力装置と、データを表示する表示装置とを備える装置を制御する情報処理方法であって、機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン、および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させ、第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて、表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させることを特徴とする情報処理方法。

6.構成要件充足性について
 東京地裁で差止判決を受けた被告は、東京高裁に控訴した。東京高裁知財部は4月から知財高裁として新たに発足し、この一太郎事件を通常の3人の裁判官による審理ではなく、5人の裁判官による大合議で審理し、知財高裁は地裁判決を取り消した。以下、知財高裁の判決について検討する。

 原告の特許の請求項1は情報処理装置であり、請求項3は情報処理方法である。被告は一太郎のソフトウェアを製造、販売するだけであり、情報処理装置は製造、販売しておらず、情報処理方法をサービスしているわけではないので、被告が原告の特許を直接侵害することはない。しかし、一太郎を購入したユーザがパソコンにインストールした時に、そのパソコンが請求項1の情報処理装置であり、その使用が請求項3の情報処理方法であれば、特許法101条の間接侵害の規定により、一太郎を製造、販売した被告が侵害とされ得るので、まず、一太郎をインストールしたパソコンおよびその使用が請求項1、3の構成要件を充足する(満たす)かどうかが問題となる。

 被告は地裁と同様に高裁でも、一太郎の「ヘルプモード」ボタンは本件発明のアイコンではないと主張したが、知財高裁でもこの主張は退けられた。これは当然のことである。前述のように、図2(A)の「ヘルプモード」ボタンにポインタを合わせ、マウスの右ボタンをクリックすると、「アイコンの変更」、「アイコンの削除」と表示されるのであるから、「ヘルプモード」ボタン自身が「私はアイコンです」と自白しているのであり、この主張で勝てるわけはない。

 被告は高裁段階で新たに、『本件発明における「第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定」とは、機能説明アイコンをポインティング装置でプレスして指定し、そのままドラッグして機能説明対象アイコンの位置でリリースすること(以下「プレス、ドラッグ&リリース」という。)のみを意味し、機能説明アイコンをポインティング装置でプレスして指定し、当該指定を伴うものとして、例えば、カーソルの脇に「?」マークを表示し、機能説明対象アイコンをポインティング装置をプレスして指定すること(以下「クリック、バルーン表示&クリック」という。)を含まない。』と主張したが、これも知財高裁は退けた。確かに、この被告の主張のままでは、この争点で被告を負けとした知財高裁の判断は正しいかもしれない。

 しかし、被告が、「アイコン」自体ではなく、請求項1、3の「第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定」に着目したのは一歩前進である。請求項のこの文言が実施例のプレス、ドラッグ&リリースのみを意味すると主張したことが間違いなのである。被告は特許についての知識経験が乏しいため、どうしても請求項を実施例に限定して解釈してしまうのだろう。ところが、裁判官のルールでは請求項を実施例に限定して解釈してはいけないのである。請求項をどう解釈するのかはルールであり、どの事件でもどの当事者でも同じルールを適用しなければ、公正な裁判官とはいえない。スポーツの試合の審判がどの試合でもどの選手でも同じルールを適用しなければ公正な審判といえないことと同じである。東京地裁知財部の裁判官も、知財高裁の裁判官も、毎日毎日、多数の特許事件を審理しているのである。裁判官は、被告が特許についての知識経験が乏しく適切な主張ができないことに気がついたかもしれないけれども、それでも本件被告だけに対してルールを曲げることはできないのである。スポーツの試合で審判に抗議する場合でも、ルールの変更を迫ったのでは相手にされない。しかし、目にもとまらぬ猛スピードで飛んできた相手のボールがラインから出たという事実を、ライン際のボールの跡を指さして主張立証すれば、認められるかもしれないのである。裁判でも同じであり、ルールの変更を迫るのではなく、裁判官が信じるルールに基づいて、侵害していないという事実を主張立証しなければならないのである。

 被告は、単に、『一太郎をインストールしたパソコンは請求項1、3の「第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定」を充足しない』と主張すればよかったのである。そして、次のことを主張立証すればよいのである。前記の図1(A)に示すように「ヘルプモード」ボタンにポインタを合わせ、マウスの左ボタンをクリックし(第1のクリック)、図1(B)に示すようにポインタに?が付いている状態にする。この状態でユーザはマウスから手を離すことができ、ユーザはパソコンのある席を離れ、別のことをしてもよいのである。しばらくした後、パソコンのある席に戻り、?の付いたポインタを例えば拡大鏡のアイコンに合わせマウスの左ボタンをクリックすると(第2のクリック)、図1(C)に示すように拡大鏡のアイコンについてのヘルプが表示される。ユーザが席を離れている時間は、パソコンの電源が落ちない限り、何時間でも、何日でも、何年でもよいのである。一太郎では、第1のクリックから何年も経ってから第2のクリックを行っても、同じようにヘルプが表示されるのである。これを、「第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定」というのは誤りである。

 また、第1のクリックを行った後の図1(B)に示すポインタに?が付いている状態では、ユーザはマウスから手を離してもよいだけではなく、両手でキーボードを使って文章を入力することができる。もちろん、カーソルキーも使えるし、ファンクションキーも、ショートカットキーも使える。ファンクションキーやショートカットキーを使って、作成中のファイルを保存したり、新しいファイルを作成したり、保存されているファイルを開いたり、一太郎の機能のほとんど全てを行うことができるのである。そのような様々なことを行った後、?の付いたポインタを例えば拡大鏡のアイコンに合わせマウスの左ボタンをクリックすると(第2のクリック)、図1(C)に示すように拡大鏡のアイコンについてのヘルプが表示されるのである。一太郎では、第1のクリックの後、文章を作成し、それを保存し、保存してある別のファイルを開き、それを修正して保存し、・・・・・・・、その後、第2のクリックを行っても、同じようにヘルプが表示されるのである。これを、「第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定」というのは明らかに誤りである。

 本件特許の請求項1、3の「第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定」は実施例のプレス、ドラッグ&リリースのみに限定されるわけではないが、請求項は実施例を含まなければならない。すなわち、
請求項1、3の「第1のアイコンの指定」、「に引き続く」、「第2のアイコンの指定」が、それぞれ実施例のプレス、ドラッグ、リリースを含む概念でなければならない。そこで、実施例として記載されたプレス、ドラッグ&リリースがどのような性質を持っているのかを検討する。もちろん、一太郎の「ヘルプモード」ボタンをプレス、ドラッグ&リリースすることはできない。しかし、一太郎にはプレス、ドラッグ&リリースを使用する機能がある。すでに作成した文章の一部をマウスとポインタを使って反転表示させ、その反転表示させた部分にポインタを置き、プレス、ドラッグ&リリースを行えば、反転表示させた部分の文章を他の部分に移動させることができる。この機能はWordでも同じである。これをやってみればわかるが、プレス、ドラッグ&リリースの間はユーザは右手をマウスの上に置き、人差し指で左ボタンを押し続けなければならない。したがって、プレス、ドラッグ&リリースの間はユーザはパソコンのある席を離れることができない。また、右手はマウスの上に置き続けなければならず使えない。左手は使えるが、プレス、ドラッグ&リリースの間は左手でキーボードを操作しても何も入力することができない。もちろん、ファイルを保存したり、ファイルを開けたりすることなどできるはずがない。これが実施例に記載されたプレス、ドラッグ&リリースの性質である。すなわち、実施例に記載されたプレス、ドラック&リリースは、それを行っている間、ユーザはパソコンのある席から離れられず、他の作業もできないのであり、プレス、ドラック&リリースは連続した一連の指定というべきものである。また、上記のようなプレス、ドラッグ&リリースの性質を文章で的確に表現すれば、正に、「第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定」と表現されることは明らかである。

  請求項1、3に記載された「第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定」の文言から、第2のアイコンの指定は第1のアイコンの指定に引き続くものでなければならない。すなわち、「第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定」はその文言から連続した一連の指定であると解釈することができる。そして、この解釈は「第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定」が前述のような性質を有するプレス、ドラッグ&リリースを含む概念であることとも整合している。したがって、請求項1、3の「第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定」は連続した一連の指定である。これに対して、一太郎をインストールしたパソコンでは、前述の性質からも明らかなように、第1のクリックと第2のクリックは、独立した別個の2つの指定である。したがって、一太郎をインストールしたパソコンにおける第1のクリックと第2のクリックは、本件特許の請求項1、3の「第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定」を充足しないことは明白である。

 このように被告が主張すれば、原告は、マウスを使った操作だけに着目すれば、一太郎をインストールしたパソコンは「第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定」を充足することは明らかであると主張するはずである。それに対して、被告は、マウスを使った操作だけに着目したとしても連続した一連の指定でなければならず、独立した別個の2つの指定である一太郎とは全く異なると主張しておけばよいだろう。
また、原告は、請求項2に第2のアイコンの指定が第1のアイコンの指定の直後でない場合は機能説明を表示しない旨が記載されており、請求項1は請求項2の上位概念であるから、請求項1では直後でない場合でも機能説明を表示するのであり、第1のアイコンの指定から数年後に第2のアイコンの指定をするものも含むと主張するかもしれない。その場合は、被告は、請求項1、3が直後でないものを含むとしても前述のように連続した一連の指定であることは明らかであり、独立した別個の2つの指定である一太郎とは全く異なると主張すればよいだろう。

 以上のような主張立証を行えば、裁判官は、明らかに被告の主張が正しいとまでは考えないとしても、どちらかといえば、被告の主張の方が妥当かもしれないと考えるはずである。少なくとも、明らかに原告の主張が正しいとは絶対に考えないはずである。

 裁判所はどんな裁判が提起されても、どちらかを勝ちにして決着させる。原告の勝ちが明らかであれば原告勝訴の判決を下し、被告の勝ちが明らかであれば被告勝訴の判決を下すのは当然である。しかし、どちらが勝ちか、はっきりしないこともあるはずである。そのような場合でも裁判所はどちらかを勝ちにするのである。それを可能にするルールが立証責任であり、はっきりしない場合は立証責任を有する方が負けとなる。刑事訴訟の場合は、有罪を主張する検察官が立証責任を負担するから、有罪か無罪かはっきりしない場合は無罪となる。これをわかりやすく表現した法格言が「疑わしきは罰せず。」である。

 民事訴訟では、立証責任をどちらが負担するのかは争点によって異なる。被告が原告の特許を侵害したという主張の立証責任は原告が負担する。一方、原告の特許は無効であるという主張の立証責任は被告が負担する。構成要件充足性の争点は侵害に関する争点あるから、原告が立証責任を負担する。したがって、前述のような主張立証を行えば、明らかに原告の主張が正しいとはいえないのであるから、裁判所はこの争点に関して原告の負け、すなわち非侵害の判決を下すことになるのである。

7.間接侵害の成否について

 知財高裁は、一太郎をインストールしたパソコンおよびその使用は、本件の請求項1の情報処理装置および請求項3の情報処理方法の構成要件を充足すると認定したので、次は、特許法101条2号、4号の規定により、被告の一太郎の製造、販売が間接侵害に該当するかどうかである。知財高裁は、請求項1の情報処理装置については被告の一太郎の製造、販売は特許法101条2号に基づいて間接侵害に該当するが、請求項3の情報処理方法については被告の一太郎の製造、販売は特許法101条4号に基づいて間接侵害に該当するとはいえないと判断している。知財高裁の法律解釈に基づいて、特許法101条2号、4号の条文に、本件における対応するものを〔 〕内に記載すると次のようになる。
第101条  次に掲げる行為は、当該特許権・・・を侵害するものとみなす。
2 特許が物〔情報処理装置〕の発明についてされている場合において、〔ユーザが〕その物〔情報処理装置〕の生産に用いる物〔一太郎〕(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその〔情報処理装置の〕発明による課題の解決に不可欠なものにつき、〔被告が〕その〔情報処理装置の〕発明が特許発明であること及びその物〔一太郎〕がその〔情報処理装置の〕発明の実施〔生産〕に用いられることを知りながら、〔被告が〕業として、その〔一太郎の〕生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為

4 特許が方法〔情報処理方法〕の発明についてされている場合において、〔ユーザが〕その方法〔情報処理方法〕の使用に用いる物〔一太郎をインストールしたパソコン〕(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその〔情報処理方法の〕発明による課題の解決に不可欠なものにつき、〔被告が〕その〔情報処理方法の〕発明が特許発明であること及びその物〔一太郎をインストールしたパソコン〕がその〔情報処理方法の〕発明の実施〔使用〕に用いられることを知りながら、〔被告が〕業として、その〔一太郎をインストールしたパソコンの〕生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為
 知財高裁は、2号(装置)については、「一太郎」が「その物の生産に用いる物」に該当すると解釈したので、間接侵害が成立すると判断した。一方、4号(方法)については、「一太郎をインストールしたパソコン」が「その方法の使用に用いる物」に該当すると解釈したため、一太郎をプレインストールしたパソコンを製造、販売すれば、4号に基づいて間接侵害が成立するが、被告は一太郎だけを製造、販売しているのであるから、4号に基づいて間接侵害が成立するとはいえないと判断した。その結果、装置(2号)と方法(4号)で逆の結論となったのである。一方、地裁判決は、2号(装置)についてのみ具体的に述べた後、2号、4号に基づいて装置についても方法についても間接侵害が成立するとしているから、地裁は2号(装置)が成立すれば、当然、4号(方法)も成立すると考えていたはずである。また、原告も被告も、2号(装置)の成立/不成立が決まれば、当然、4号(方法)の成立/不成立も同様に決まると考えていたはずである。

 2号と4号は同じパターンで記載された条文であるにもかかわらず、知財高裁の解釈によれば、「・・・に用いる物」が2号では「一太郎」であるのに対して、4号では「一太郎をインストールしたパソコン」となり、異なっている。もし、2号に合わせて、4号でも「・・・に用いる物」が「一太郎」であるとすると、4号は次のようになる。
4 特許が方法〔情報処理方法〕の発明についてされている場合において、〔ユーザが〕その方法〔情報処理方法〕の使用に用いる物〔一太郎〕(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその〔情報処理方法の〕発明による課題の解決に不可欠なものにつき、〔被告が〕その〔情報処理方法の〕発明が特許発明であること及びその物〔一太郎〕がその〔情報処理方法の〕発明の実施〔使用〕に用いられることを知りながら、〔被告が〕業として、その〔一太郎の〕生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為
 この解釈でも意味はとおる。一太郎をプログラム(プログラムは特許法2条3項1号により特許法上は物である。)と解しても、一太郎をプログラムが入っているCD−ROMと解しても、上記の解釈で意味はとおると思う。そして、この解釈なら2号と4号で同じ結論になる。このように、4号を文言どおり読む限り、「その方法の使用に用いる物」は「一太郎をインストールしたパソコン」でも「一太郎」でも、どちらでもよいと解釈できる。

 しかし、知財高裁は、4号は「その物自体を利用して特許発明に係る方法を実施することが可能である物についてこれを生産、譲渡等する行為を特許権侵害とみなすものであって、そのような物の生産に用いられる物を製造、譲渡等する行為を特許権侵害とみなしているものではない」としている。この知財高裁の法律解釈によれば、4号の「その方法に用いる物」に該当するのは「一太郎をインストールしたパソコン」だけであり、「一太郎」は該当しないことになる。なぜなら、被告が製造、販売を行っている「一太郎」自体はプログラムであり、パソコンにインストールされない限り動作しないから、「一太郎」自体を利用して特許発明に係る方法を実施することはできないからである。ユーザが一太郎をパソコンにインストールして「一太郎をインストールしたパソコン」を生産すれば、そのユーザが生産した「一太郎をインストールしたパソコン」を利用して特許発明に係る方法を実施することはできるが、知財高裁によれば、4号は「一太郎をインストールしたパソコン」の生産に用いられる「一太郎」を製造、譲渡等する行為を特許権侵害とみなしているものではないから、間接侵害は成立しないということになる。しかし、4号には「その物」という記載はあるが知財高裁が言う「その物自体」は記載されておらず、知財高裁がどこから「自体」を導き出したのかは判決を読んでもわからない。

 前述のように、知財高裁によれば、一太郎をプレインストールしたパソコンを販売すれば、4号に基づいて方法の発明の間接侵害が成立する。現在普通に販売されているパソコンにはOSや主要なアプリケーションソフトがプレインストールされているが、その他のアプリケーションソフトがバンドルされていることも少なくない。ユーザはバンドルされているソフトを自分でパソコンにインストールして使用することができる。それでは、一太郎をバンドルしたパソコンを販売した業者について間接侵害は成立するのだろうか。ユーザがパソコンを購入し、ダンボール箱を開けると、OSや主要なアプリケーションソフトがプレインストールされたパソコンと一太郎が入っているCD−ROMが出てくる。一太郎が入っているCD−ROMは一面が銀色で他面が赤色の円盤でしかなく、それ自体では全く動作しないから、この時点では一太郎は使うことができない。もし、ユーザが一太郎が入っているCD−ROMをパソコンのCD−ROMドライブにセットし、パソコンにインストールすれば、一太郎が使用可能となる。知財高裁によれば、この時、ユーザが請求項1の情報処理装置を生産したことになり、その後、請求項3の情報処理方法を使用することになる。しかし、知財高裁によれば、一太郎をバンドルしたパソコンを販売した業者について4号に基づく方法の発明の間接侵害は成立しない。なぜなら、ユーザが一太郎をインストールしたパソコンを生産したのであり、販売した業者は一太郎をインストールしたパソコンを販売していないからである。業者が販売したのはOSや主要なアプリケーションソフトがプレインストールされたパソコンと一太郎が入っているCD−ROM(一面が銀色で他面が赤色の円盤)のセットであり、このセット自体を利用して特許発明に係る方法を実施することはできないのである。そして、知財高裁によれば、4号は「一太郎をインストールしたパソコン」の生産に用いられる「OSや主要なアプリケーションソフトがプレインストールされたパソコンと一太郎が入っているCD−ROMのセット」を製造、譲渡等する行為を特許権侵害とみなしているものではないから、間接侵害は成立しないことになる。このように、知財高裁の法律解釈によれば、一太郎をプレインストールしたパソコンを販売した業者については4号に基づいて方法の発明の間接侵害が成立するが、一太郎をバンドルしたパソコンを販売した業者については4号に基づいて方法の発明の間接侵害が成立しないことになる。

 この知財高裁大合議判決の影響は、プログラムに関連する特許だけにとどまらず、全ての分野の方法の特許の間接侵害に及ぶと考えられる[注13]。例えば、「【請求項1】ある薬品をある濃度範囲で溶かした水溶液を用いてうがいするうがい方法。」という特許を考えてみる。請求項に記載された濃度範囲に含まれる濃度のうがい薬を販売している業者については4号に基づいて間接侵害が成立する。なぜなら、ユーザは業者が販売したうがい薬自体を利用して特許発明に係る方法を実施しているからである。ところが、請求項に記載された濃度範囲よりも
遥かに濃い濃度の濃縮うがい薬を販売する業者については4号に基づいて間接侵害は成立しない。なぜなら、濃縮うがい薬の説明書には「コップに水を約100mL入れ、本品約0.5mL(6〜10滴)を滴下し、よくかき混ぜて、うがいしてください。」と記載されており、よくかき混ぜた状態が請求項に記載された濃度範囲に入っていても、これを使って、ユーザがうがいする行為は、業者が販売した濃縮うがい薬自体を利用して特許発明に係る方法を実施する行為ではないからである。ユーザは、コップに水を約100mL入れ、購入した濃縮うがい薬約0.5mL(6〜10滴)を滴下し、よくかき混ぜて、請求項に記載された濃度範囲の水溶液を生産し、このユーザ自身が生産した水溶液を用いてうがいをしているのであり、このときユーザは方法の発明を実施しているが、知財高裁によれば、4号は「ユーザ自身が生産した水溶液」の生産に用いられる「濃縮うがい薬」を製造、譲渡等する行為を特許権侵害とみなしているものではないから、濃縮うがい薬を販売する業者について、間接侵害は成立しないのである。そのまま使ううがい薬を用いてうがいしても、薄めて使う濃縮うがい薬を用いてうがいしても、特許発明の効果が得られるはずであるが、知財高裁の法律解釈によれば、そのまま使ううがい薬の販売は間接侵害に該当するから差止になり、薄めて使う濃縮うがい薬の販売は間接侵害に該当しないからそのまま販売を続けられることになる[注2]。なぜ、知財高裁大合議がこのような法律解釈を行ったのか私には理解できない。[注22]

8.本件特許権の行使の制限について
 被告は、地裁段階では最高裁判例に基づいて本件特許は無効理由があるとして権利濫用の主張をしたが、知財高裁において新設の特許法104条の3第1項に基づく特許権の行使の制限の主張に改め、権利濫用の主張は撤回した。これは、最高裁判例と同趣旨の条文が制定され施行されたから、法的根拠を変えただけで、本件特許は無効であるという被告の主張は同じである。ただし、被告は地裁で提出した引用例に加えて、新たに多数の引用例を提出した。知財高裁は新たに提出された引用例のうちの一つに基づいて、本件特許は無効にされるべきものとして、地裁の差止判決を取り消した。

 これにより、ようやく被告は勝つことができ、一太郎の製造、販売等の差止を免れることができたのである。本判決の翌日の10月1日の日本経済新聞の社説は「技術革新の実態を踏まえた納得のいく判決だといえる。」と述べている。もちろん私としても知財高裁の結論は納得のいくものである。そして、原告は上告受理申立を行わず、知財高裁判決は確定した。
しかし、終わりよければ全てよしとはいえないと思う。なぜなら、地裁段階の被告の主張立証で本件特許が無効であることは十分立証できていたと考えるからである。

 地裁段階の引用例(特開平61−281358号公報)には、操作説明キー〔本件特許の第1のアイコン、一太郎の「ヘルプモード」ボタンに対応する。〕と機能キー〔本件特許の第2のアイコン、一太郎の例えば拡大鏡のアイコンに対応する。〕が連続して入力されると、機能キー〔本件特許の第2のアイコン、一太郎の例えば拡大鏡のアイコンに対応する。〕により特定される処理の説明を表示する発明が開示されている。結局、本件特許や一太郎がアイコンを使って行っていることを、引用例ではキーボードのキーを使って同様なことを行う発明が記載されているのである。したがって、引用例に記載されたキーボードのキーを画面上のアイコンに置換することが、本件特許の出願時点のコンピュータ技術分野の技術者にとって容易にできたことであれば本件特許は無効であり、そうでなければ有効である。もちろん、本件特許の出願時においてアイコン自体は公知である。

 
被告は、キーをアイコンに置換することが容易であることを証明するために刊行物1を提出し、刊行物1には『現実のキーボードと画面に表示されるマークとの対応関係について、現実のキーボードのキーに対応する絵や絵文字をマークとして画面に表示し(画面に表示されたものを「仮想キーボード」と呼ぶ。)、仮想キーボードのキーをマウスで選ぶと、そのキーをタイプしたのと同じことになるという技術が開示されているから、「実際のキーボードに用意されたキーの操作」を「画面に文字以外の絵又は絵文字によって表示されるマークに対するマウスの選択」で代替させることが開示されているということができる。』と主張した。

 これに対して、地裁は、『刊行物1に記載されているのは、画面上に実際のキーボードに対応するソフトウェアキーボードを設けた「仮想キーボード」である。この仮想キーボードの専用ウィンドウ内に表示されるキーは、あくまで「キー」とされており、「アイコン」とは完全に区別して記載されているから、刊行物1にキーボードのキーをアイコンに置き換えることが示唆されているとはいえない。』として、本件特許は有効であるとしたのである。

 地裁は、刊行物1に記載された画面上に表示された仮想キーボードのキーと本件特許のアイコンは全く異なったものであると考えたようである。地裁が認定したアイコンの定義は「表示画面上に、各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表示して、コマンドを処理するもの」である。アイコンは「コマンドを処理するもの」という地裁の定義からみて、地裁は、アイコン自体がアイコンに表示された処理機能を示す絵(例えばプリンタの絵)に対応する処理機能(例えば印刷機能)をも備えていると考えたのではないだろうか。それなら容易ではないという判断もあり得るかもしれない。しかし、もちろんこれは間違いであり、アイコン自体はコマンドを処理するものではない[注3]。アイコンはマウスでクリックしてユーザの意図をパソコンに入力する入力手段に過ぎない。キーボードのファンクションキー(機能キー)やショートカットキーや、画面上のプルダウンメニューのような他の入力手段と同等なものである[注15]。キーボードのキーはユーザが指で直接押す押しボタンスイッチであり、画面上のアイコンはユーザがマウスを使って間接的に押す押しボタンスイッチである
[注4]。従来型の押しボタンスイッチを使っていた技術者が、新型の押しボタンスイッチが利用可能になれば、それを使ってみるのは当然のことである。しかも、刊行物1には、画面上のキーをマウスで選ぶと、現実のキーをタイプしたのと同じことになる旨が開示されているというのである。既にアイコン自体が公知であった本件特許の出願時点において、コンピュータ技術分野の技術者にとって、引用例に記載されたキーボードのキーを画面上のアイコンに置換することが容易であったことは明らかである。

 前述のように、一太郎ではアイコンに表示された絵を任意の絵や文字に書き換えることができるので(図2参照)、一太郎のアイコンを刊行物1に記載されたとおりのマーク
に書き換えれば、一太郎のアイコンは刊行物1に記載されている画面上の仮想キーボードのキーと同じものになる。このような証拠を提出すれば地裁は正しい結論に到達することができたのだろうか。地裁判決を読むと、コンピュータ技術が全くわからない、あるいは間違った思い込みを持っている裁判所に対して、特許が無効であることを立証することは極めて難しいことが思い知らされるのである。

 前述のように、侵害であることの立証責任は原告が負担し、無効であることの立証責任は被告が負担する。前者を外堀にたとえ、後者を内堀にたとえると、外堀は攻めにくく守りやすい防衛ラインであり、内堀は攻めやすく守りにくい防衛ラインである。上記のように本件の地裁判決を見ても、内堀は極めて守りにくいことがわかる。原告もそれなりの成算があって攻撃を仕掛けてくるのであるから、外堀で防御するのもやさしいことではないが、被告としては、守りやすい外堀での防御を重視する必要がある。その際、請求項を実施例のみに限定解釈すれば被告製品と明らかに異なる場合が多いから、そのような主張をして安心したい気持ちになるかもしれない。しかし、請求項を実施例のみに限定解釈する主張は、被告が請求項の文言では戦えないこと、つまり請求項の文言を侵害していることを被告自身が自白しているように裁判所にはみえるのであり、守りやすい外堀を自ら埋めるに等しいことなのである。やさしいことではないが、被告としては、請求項を実施例のみに限定解釈することは注意深く避けながら、請求項の文言、明細書の記載、被告製品、出願経過等を詳細に比較検討し、侵害していないと主張できる事実を見つけ出すことが必要である。

9.差止と損害賠償
 特許権者は、被告製品の製造、販売等の差し止めを裁判所に請求することができる。差止は将来の特許権侵害を防ぐためである。一方、過去の特許権侵害については、特許権者は損害賠償を裁判所に請求することができる。前者を差止請求権といい、後者を損害賠償請求権という。通常の特許権侵害訴訟では、特許権者は差止請求と損害賠償請求の両方を求めて訴訟を提起する。しかし、特許権者は差止請求権と損害賠償請求権の二つの権利を有しているのであり、自分の権利をどのように行使するのかは権利者の自由であるから、差止請求権だけを行使しても、損害賠償請求権だけを行使してもよい。

 この事件の原告は差止請求権だけを行使し一太郎の製造、販売等の差止だけを求め、損害賠償は求めていない。もし、原告が本件発明を実施する製品を製造、販売しているのであれば、一太郎の製造、販売等を差し止めすれば、自社の製品の販売が増加したり、高値で売れたりするから、原告の利益になる。だから、差し止めだけを求めるのは合理的である。しかし、地裁判決直後の2月3日の日本経済新聞の社説によると、原告は「この技術を使った装置をもう製造していない」ということである。そうだとすれば、一太郎の製造、販売等を差し止めしても、何の利益もないのではないだろうか。何の利益もないのに、弁護士費用も含めればかなりの訴訟費用を必要とする特許権侵害訴訟を、なぜ提起したのだろう。

 仮に、この事件で、差止と損害賠償の両方が請求された場合を考えてみよう。裁判所は、まず、侵害かどうかを審理する。その結果、裁判所が侵害であると心証を形成すれば、損害額の審理に入る。この事件の場合は、原告の特許を侵害するのは、ワープロソフトである一太郎全体ではなく、ヘルプモードの部分だけである。そして、一太郎では通常のヘルプも使用できるのであるから、ヘルプモードがワープロソフトである一太郎に必須のものでないことは明らかである。このような事件においては、東京地裁知財部や知財高裁の裁判官は損害額の計算において寄与度を考慮すると考えられる[注5]。寄与度とは、侵害とされる部分の製品全体に対する割合であり、損害賠償額は製品全体について計算した金額に寄与度を掛けて計算する。寄与度の定め方に決まったやり方はないが、この事件の場合は、被告は、「
寄与度=(ヘルプモードの部分のバイト数)/(一太郎全体のバイト数)を主張すればよいだろう。この寄与度は、一太郎全体に対するヘルプモードの部分の割合をファイルのサイズ(バイト数)で計算するものである。この寄与度の計算を行えば、かなり小さな値が得られるはずであり、損害賠償額は製品全体について計算した金額に寄与度を掛けて計算するから、損害賠償額はかなり低い金額になるはずである。

 これに対して、原告は、ヘルプモードは一太郎の売上に大いに貢献している重要技術であるから、寄与度は極めて大きいと主張するかもしれない。しかし、ヘルプモードが売上に大いに貢献していることの立証は不可能だと思う。私は一太郎を使用しているが、これは昔から一太郎を使用しているからである。現在、一太郎を使用している人の多くが私と同じではないかと思う。私はこれまで長い間一太郎を使ってきたが、ヘルプモードの存在を全く知らず、地裁判決直後のテレビのニュースで初めて知ったのである。また、これまでWordを使っていて、ヘルプモードが気に入って一太郎に転向したという人は、ほとんどいないのではないかと思う。したがって、売上に対する貢献度で寄与度を決めたとしても、上記のバイト数で決めた数値以上の数値になるとは考えられない。結局、裁判所が認定する損害賠償額は、かなり低い金額になるはずである。そして、これが本件特許の本来の価値である。

 一方、差止の場合は、製品の一部だけが特許権侵害でも、製品全体の製造、販売等が差し止めされる。一太郎は、被告にとって主力製品であるから、一太郎の製造、販売等を差し止めされたのでは、被告の会社にとって極めて重大な事態となるだろう。そうすると、被告が、一太郎の製造、販売等の差止の恐怖に耐えられずに、裁判内または裁判外で、高額な和解金を支払って和解に応じる可能性もあると考えられる。原告がどのような意図で差止請求権のみを行使したのかはわからないが、どのような意図にせよ、差止請求権だけを行使することによって、本件特許の本来の価値よりも相当高い金額を得ることができそうである。

 差止請求権と損害賠償請求権の一方だけの行使を禁止するという法律の規定はないのであるから、差止請求権だけを行使するのは自由である。しかし、このような特許権侵害訴訟のやり方が是認されてしまうと、特許についての知識経験が乏しい多くのソフトウェア企業は、特許の本来の価値を大きく超える高額の実施料や和解金を支払わざるを得ず、日本のソフトウェア産業に少なからず悪影響を与えることになるだろう。特許法1条には、「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする
」と規定されている。また、民法1条3項には「権利ノ濫用ハ之ヲ許サス」と規定されている。そこで、被告としてはこれらの条文を引用し、特許の本来の価値よりも高額な金銭を得る目的で、差止請求権だけを行使するのは、特許法1条の目的を逸脱した権利の濫用であり、民法1条3項に基づき許されないと主張するのがよいのではないだろうか。もちろん、この主張はルールの大きな変更を求めるものであるから、裁判所が簡単に認めることはない。しかし、このような主張を行えば、裁判所が、原告に対して損害賠償請求も行うようにさせたり、比較的低額で和解させることはあるかもしれない。[注6]

10.おわりに

 アメリカは訴訟社会であるといわれてきた。そのようにいわれてきたのは、日本は訴訟社会ではないという前提があったからである。少し前であれば、本件のような事件はあり得なかったと思う。しかし、日本は変わったのであり、訴訟社会へ着実に向かっているのである。これは政府のプロパテント(特許重視)政策によって、方向づけられている変化である。本件の原告もそのプロパテント政策に忠実に従って本件訴訟を提起したのだと思う。また、特許ばかりでなく、一般的にも規制緩和が進み、法律の規制や役所の行政指導が少なくなり、企業は自由に活動できようになってきた。そして、自由に活動する民間企業同士で紛争が起きれば、民事訴訟で解決するという方向に変化している。日本もアメリカのような訴訟社会になりつつあるのである。その結果、最近では、新聞やテレビで大きく取り上げられる民事訴訟も少なくない。

 これはいわゆるアメリカナイズである。アメリカの判決を日本語に翻訳して紹介している私としても基本的には賛成である。しかし、アメリカの判決を翻訳しているからこそ、日本をアメリカナイズして大丈夫だろうかという心配もある。日本とアメリカでは法制度が根本的に違っているからである。日本は明治時代の初期に大陸法系のドイツから法制度を輸入したので、制定法主義である。国会が法律を制定し、裁判所はその法律を解釈して事件を解決する。これに対して、アメリカは判例法主義である[注7]。法制度が全く異なっているため、日本の裁判所の判決とアメリカの裁判所の判決は全く異なったものとなっている[注8]。アメリカでは法(law)は判例法および制定法である。裁判所は様々な判例や制定法を引用しながら、事件を解決する。もし、その事件がこれまで判例や制定法のない領域の事件であっても、関連する様々な判例や制定法を引用しながら、その事件に関する法律判断を行い、その事件を解決する[注9]。そして、それが判例となり、それ以降の同様な事件についてその判例を引用して事件を解決する。

 したがって、アメリカでは、議会が制定法(法律)を作らなくても、裁判所は判例を作りながら事件を解決し、法が作られていく。アメリカでは、法の及ばない領域はないのである。日本ではこれまで法律の厳しい規制や役所の行政指導により、あらゆる領域が規制されていたが、規制緩和が進み法律の規制が少なくなってくると、法律のない領域が多くなってきた。そして、日本の裁判所は国会が制定した法律の解釈のみを行うので、法律のない領域については何もしない。日本には法の及ばない領域が存在するのである。法律のない領域に位置している企業[注10]は裁判所は何もしないから何をやってもよいのである。一方、法律のある領域に位置している企業は裁判所によって規制されることがあり得ることになる[注11]

 したがって、日本をアメリカナイズすると、アメリカのような国になるのではなく、アメリカナイズされた制定法主義国という、アメリカでもなく、これまでの日本でもない国になるのである。アメリカナイズされた制定法主義国がどのような国になるのかはわからないが、企業が自由に活動できる国である共に、適切な裁判が行われる国であることを期待したい。




(注1)図3の左側に示すように、以前は、明細書中に「特許請求の範囲」と「発明の詳細な説明」の欄があったが、2〜3年前の特許法改正以後の出願では、「特許請求の範囲」を明細書から分離させて、これまでの「発明の詳細な説明」に対応する部分を明細書と呼ぶようになった。これまで「発明の詳細な説明」と記載していた部分を「明細書」と記載するようにしただけで内容的には変わりはない。

(注2)知財高裁が実際に審理した一太郎事件と、架空のうがい薬事件を対比すると次のようになる。一太郎をインストールしたパソコンの販売がそのまま使ううがい薬の販売に対応する。どちらもユーザが手を加えずに、方法の発明を実施できる。知財高裁によれば、こちらだけについて4号に基づく間接侵害が成立する。一方、一太郎の販売が濃縮うがい薬の販売に対応する。一太郎と濃縮うがい薬はどちらも方法の発明による課題の解決に不可欠なものである。パソコンが水に対応する。パソコンと水はどちらもユーザが用意するものであり、日本国内において広く一般に流通し、かつ様々な用途に利用される汎用品である。インストールが、約0.5mL(6〜10滴)を滴下しよくかき混ぜることに対応する。一太郎事件でもうがい薬事件でも、ユーザが用意した汎用品であるパソコンまたは水と、課題の解決に不可欠な一太郎または濃縮うがい薬を用いて、一太郎をインストールしたパソコンまたは濃縮うがい薬を薄めた水溶液を生産しなければ、方法の発明を実施することはできない。知財高裁によれば、こちらについては4号による間接侵害が成立しない。なお、原告が3号は主張せず4号のみを主張したから知財高裁は4号についてしか判断を示していないが、4号は3号を拡張した条文であるから、3号についても4号と同じ取り扱いになると考えられる。

(注3)地裁判決直後に読んだ時には気がつかなかったが、今回注意深く地裁判決を読み直して、地裁が認定したアイコンの定義「表示画面上に、各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表示して、コマンドを処理するもの」が誤りであることに気がついた。この定義ではアイコン自体がコマンドを処理してしまうことになる。一方、本件特許の請求項には「所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコン」と記載されており、これは正しい。つまり、アイコンは処理機能を実行させるためのものであり、アイコン自体が処理機能を実行するわけではない。アイコンはマウスでクリックしてユーザの意図をパソコンに入力する入力手段に過ぎず、アイコン自体がコマンドを処理するわけではない。アイコンをマウスを使ってクリックすると、処理機能を有するプログラムが起動され処理機能が実現されるのである。処理機能を有するプログラムは、もちろんアイコン自体であるはずがなく、キーボードのファンクションキーやショートカットキーや、画面上のアイコンやプルダウンメニューで起動させることができるプログラムである。例えば、キーボード上でCtrlキーと同時にPを押しても(ショートカットキー、ショートカットキーはアイコンより遙か以前から使用されてきた)、画面上でプリンタの絵をクリックしても(アイコン)、画面上で「ファイル」をクリックした後「印刷」をクリックしても(プルダウンメニュー)、同一の印刷機能を有するプログラムが起動され、全く同じように印刷ができる[注12]。したがって、既にアイコンが公知であった本件特許出願時点において、コンピュータ技術分野の技術者が、入力手段を現実のキーボードからアイコンに置換できるのは当然のことである。ところが、地裁は前記の定義に従ってアイコン自体が処理機能の絵(例えばプリンタの絵)だけでなくその絵に対応するコマンド処理機能(例えば印刷機能)をも備えていると考えたから、単なる入力手段に過ぎない現実のキーボードや仮想キーボードと、コマンド処理機能をも備えるアイコンは全く違い、置換できないと判断したのではないかと推測する。

(注4)パソコンのキーボードは多数の押しボタンスイッチが並べられたものである。一方、画面上のアイコンはマウスの左ボタンを押してクリックする。マウスの左ボタンは一つの押しボタンスイッチである。押しボタンスイッチは一つしかないが、マウスの左ボタンを押した時に、ポインタがどのアイコン上にあるのかを検出することによって、多数の押しボタンスイッチと同じことを実現しているのである。ユーザからみれば、画面上の多数の押しボタンスイッチをマウスを使って間接的に押すのと同じである。刊行物1に記載された仮想キーボードも同様である。なお、一太郎のアイコンが押しボタンスイッチであることは明らかであるが、本件特許のアイコンも押しボタンスイッチということができるのは、地裁および知財高裁が、侵害であると認定したからである。仮に、地裁および知財高裁が、本件特許は実施例のプレス、ドラッグ&リリースに限定解釈され、侵害でないと認定した場合は、本件特許のアイコンは、入力手段の一種であることには変わりはないが、押しボタンスイッチというのは不適切だろう。その場合は、引用例および刊行物1だけでは容易ということはできず、プレス、ドラッグ&リリースの公知文献を加えて容易かどうかの判断が必要となる。


(注5)竹田稔著、「知的財産権侵害要論〔特許・意匠・商標編 第4版〕」、2003年10月22日第4版発行、(社)発明協会、355頁〜358頁に、「製品の一部(部品)が特許権侵害である場合の損害額の算定」について記載されている。この項の最後(358頁2行〜4行参照)には、次のように記載されている。
 部品の価格と製品全体の価格が実質的に同一と認められるか、後記5の共同不法行為の成立が認められない限り、寄与度を考慮して損害額を推定すべきであるが、問題は寄与度の算定方法であり、侵害部品の当該製品における使用割合・重要性・代替性等を総合して判断することになろう。
(注6)アメリカの特許法では283条に差止について次のように規定されている。
第283条 差止
 本法に基づき事件の管轄を有する裁判所は、特許によって保証された権利に対する違反を防止するためにエクイティ〔衡平法〕の原則に従い、裁判所が合理的と考える条件で、差止を認容することができる。
 米国特許法283条について、ヘンリー幸田氏は次のように書いておられる(ヘンリー幸田著「米国特許法逐条解説<第3版>」、1999年5月31日第3版発行、296頁)
 差止命令は、非権利者の業務にとって、致命的な影響を及ぼすことが少なくない。このため、本条は、特許権者、非権利者および公益との間のバランスを考慮のうえ(衡平の原則)、侵害行為の差止めを認めるものと定める。その結果、時には、特許の有効性および侵害が認定された場合であっても、差止めが否定されることがある。また、あまりに、僅少な侵害行為については、裁判所は、介入を拒否する権限を有する。
(06.06.25追記)これまでは、特許事件においては、侵害が認定されれば大多数の事件で差止が命じられていたようであるが、eBay差止事件合衆国最高裁判決(06.05.15判決)により、他の法領域における差止と同じように、特許事件においても伝統的な4要素テストが適用されることになった。

(注7)私は理科系の人間であるが、判例法主義は自然科学に似ていると思う。科学者は、具体的な実験により得られた具体的なデータから帰納的に普遍的な自然法則を見出す。自然科学の場合は他の分野の法則がそのままあるいは修正して使えることが少なくない。例えば、機械的な振動の理論はそのまま電気的な振動の理論に応用できる。太陽系では、太陽の周りに惑星が回っており、古典力学が支配していることが19世紀までにわかっていたが、20世紀の初めに、太陽系に似た原子核の周りに電子が回る原子のモデルが提唱され、様々な実験と理論により量子力学が完成したのである。判例法主義においては、具体的な当事者間の争いである裁判は、科学者にとっての実験に似ていると思う。裁判官はこれまでの判例や制定法を参照して、その具体的争いに関する普遍的な法を見出すのである。一方、日本は制定法主義であり、裁判官は法律から演繹的に結論を導き出す。これは公式から答を導き出す数学に似ていると思う。数学では、公式がなければ問題は解けない。同様に、制定法主義では、法律がなければ事件を解決できないのである。判例法主義と制定法主義では根本的に考え方が異なっているように思える。

(注8)私は、「米国判例の翻訳と日米判例の対比」の「4.日米の最高裁判決の数値データによる対比」以降で、特許の均等論に関する日米の最高裁判決を対比したことがある。日米の2つの最高裁判決の判示事項は類似しているけれども、判決の書き方は全く異なっている。書き方だけでなく、考え方も全く異なっていると思われる。したがって、仮に、日本を判例法主義にするという法律を作ったとして、簡単には変わらないはずである。

(注9)例えば、「MGM v. Grokster P2Pソフト配布事件合衆国最高裁判決」は、P2Pソフトの配布が著作権侵害かどうかを争点とするものであるが、これまで判例や制定法のない領域に新しい判例を作りだしている。アメリカの著作権法(制定法)にはこの事件について著作権侵害とする条文はなく、著作権侵害とする著作権分野の判例も存在しない。しかし、合衆国最高裁は、コモンロー(判例法)と特許法(制定法)を参照して、著作権分野に誘因論による著作権侵害を導入し、P2Pソフトの配布は著作権侵害であると判示して差し戻した。差戻審で、P2Pソフトの配布の差止と損害賠償が命令されることになる。(05.11.12追記)
2005年11月7日、被告の一社グロクスターは、P2Pソフトの配布を中止し、5千万ドルの損害賠償金を支払うことで和解した(HOTWIRED)。

(注10)日経ビジネス2005年8月1日号の特集記事は「法廷戦争」(30頁〜48頁)である。36頁の記事では、あるIT企業の顧問弁護士が、チェックする契約書の数は年間6000件あり、社員から1日100通以上のメールが来る、社員がビジネス上の利益を尊重するあまり違法ではないが法律上のグレーゾーンに入っていきそうな場合はブレーキをかける旨述べている。このようなやり方をすれば、法律のない領域を目一杯有利に使いながら、裁判では負けにくいことになる。規制緩和された制定法主義国の利益を最大限に享受することができる。(以下、06.01.25追記)上記の「あるIT企業」はライブドアである。この記事には、「ライブドアとは、前身のオン・ザ・エッジが上場する3ヶ月前の2000年1月から顧問契約を結んでいる。・・・ライブドアグループでは現在も、私の決済を経ないと、堀江貴文社長をはじめとする代表者の承認印が押せない仕組みになっている。」と記載されているから、それぞれの取引は違法ではないと考えられるが、東京地検は一連の取引の全体を見れば違法であると判断していると考えられる。また、下記の(注11)の事件は、ライブドアが勝ったライブドア対ニッポン放送の仮処分事件である。恐らく、堀江氏はこのとき使った辣腕弁護士を使って証取法158条の「風説を流布し、偽計を用い」を争うつもりではないかと推測するが、今回は電子メール等を押収されているから辣腕弁護士でも勝のは難しいのではないかと思う。

(注11)判例時報1899号(平成17年9月21日号)、56頁〜100頁、「現経営者に事実上影響を及ぼしている特定の株主による株式の公開買付と競合する敵対的買収がされている場合に、取締役が前者の経営支配を確保するために新株予約権を発行することが必然性及び相当性を欠き、著しく不公正な方法に当たるとされた事例」では、債権者は証取法27条の2の規制外に位置し、債務者は商法280条ノ39第4項、280条ノ10の規制内に位置していため、規制内に位置していた債務者の負けとなった。私は商法も証取法も全くわからないが、証取法1条の「この法律は、・・・有価証券の発行及び売買その他の取引を公正ならしめ・・・ることを目的とする。」を債務者が引用して、債権者の株買収は違法とまではいえないとしても、証取法1条の売買を公正ならしめる目的に反したものであり、商法の「著シク不公正ナル方法」の解釈において相手方の不公正な株買収も考慮されるべきであると主張すれば、裁判所は債務者勝訴の決定を書く余地が少しはあったのではないだろうか。一般に、法律の第1条にはその法律の目的が規定されていることが少なくない。この第1条の目的を利用して当事者が主張し、裁判所がこれを認めるとすれば、日本でも法律のない領域に法が及ぶ可能性がある。

(注12)一太郎の場合、デフォルトでは、ファンクションキー(機能キー)には印刷機能は割り付けられていないが、「ツール」「割付」「キー」を順にクリックすることにより、ユーザが任意のファンクションキーに任意の機能を割り付けることができる。例えば、ユーザがファンクションキーのF1に印刷機能を割り付けたとすれば、F1を押せばプリンタの絵のアイコンをクリックした時と同一の印刷機能を有するプログラムが起動され、全く同じように印刷ができる。ファンクションキーに機能を割り付けるというのは、ファンクションキーを押した時に処理機能を有するプログラムが起動するように設定することである。もちろん、ファンクションキー自体が処理機能を備えているわけではない。アイコン自体が処理機能を備えているのではないのと同じである。

(注13)知財高裁は、
次のように述べている。
特許庁は、平成9年2月公表の「特定技術分野の審査の運用指針」により「プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体」について、また、平成12年12月公表の「改訂特許・実用新案審査基準」により「プログラムそのもの」について、それぞれ特許発明となり得ることを認める運用を開始しており、また、平成14年法律第24号による改正後の特許法においては、記録媒体に記録されないプログラム等がそれ自体として同法における保護対象となり得ることが明示的に規定されている(同法2条3項1号、4項参照、平成14年9月1日施行)。このような事情に照らせば、同法101条4号について上記のように解したからといって、プログラム等の発明に関して、同法による保護に欠けるものではない。[注18]
 この知財高裁の説示[注14]からすれば、知財高裁は本件における101条4号の解釈をプログラムに関連した特許を念頭において行ったと考えられる。しかし、知財高裁が行った、「同号〔4号〕は、その物自体を利用して特許発明に係る方法を実施することが可能である物についてこれを生産、譲渡等する行為を特許権侵害とみなすものであって、そのような物の生産に用いられる物を製造、譲渡等する行為を特許権侵害とみなしているものではない。」という法律解釈は、プログラムについて限定が何もないのであるから、この4号(方法)についての法律解釈は全ての分野の方法の特許の間接侵害に及ぶと考えられる。

(注14)上記[注13]で引用した知財高裁の説示は、プログラムの請求項で特許を取れば直接侵害を主張できるのであるから、プログラムの製造、販売について方法の請求項の間接侵害が成立しないという解釈をしても4号(方法)による保護に欠けるものではないということである。しかし、プログラムの製造、販売は、プログラムの請求項の直接侵害であると共に、知財高裁によれば情報処理装置の請求項について2号(装置)に基づく間接侵害が成立する。また、プログラムをインストールしたパソコンの製造、販売は、情報処理装置の請求項の直接侵害であると共に、知財高裁によれば情報処理方法の請求項について4号(方法)の間接侵害が成立する。このように直接侵害と間接侵害の両方で保護でされる場合も少なくないのである。しかも、直接侵害の場合は、被告が製造、販売する物や被告が使用する方法が請求項を全て充足しなければならないのに対して、間接侵害の場合は、被告が製造、販売する物が発明による課題の解決に不可欠なものであればよいのである。したがって、直接侵害の請求項が取得可能であることは、4号(方法)に「自体」を導入して限定解釈してもよいことの根拠にはならないのではないだろうか。そして、現在のコンピュータ技術は、本件のような古典的なスタンドアローンのコンピュータ技術だけでなく、複数のサーバやストレージやデータベースやクライアントにおける様々なプログラムやデータが連携して処理を行うことも少なくないのである。このような技術を適切に保護するためには方法の請求項の間接侵害は重要であると考えられるが、本件における知財高裁の4号の法律解釈は、方法の請求項の価値を大きく損なうものである。知財高裁は、4号に「自体」を導入して限定解釈しなければならない法的根拠、すなわち特許法101条4号を制定した国会がそのような限定解釈を意図していたことを示す法的根拠を明確に説明すべきではないだろうか。


(注15)一太郎では、「ヘルプモード」ボタンをクリックする代わりに、Shiftキーと同時にファンクションキーのF1を押しても、ポインタに?が付き、ヘルプモードに入ることができる。その後は、
?が付いたポインタで例えば拡大鏡のアイコンをクリックすれば、図1(C)と同じヘルプが表示される。このように、一太郎のヘルプモードは、画面上の「ヘルプモード」ボタンをクリックしても、キーボードのファンクションキーを押しても、どちらでも使えるのである。Word2002でも、Shiftキーと同時にファンクションキーのF1を押せば、ポインタに?が付きヘルプモード(ポップヒント)に入り、?が付いたポインタでアイコンをクリックすると、一太郎と同様にヘルプが表示される(ポップヒントはWord2000でも使用できるが、Word2003では使用できなくなっている[注17])。しかし、Word2002の場合は、画面上では「ヘルプ」「ポップヒント」を順にクリックすることにより、ヘルプモード(ポップヒント)に入る。つまり、一太郎とWordは、ヘルプモードに入るために、キーボード上のキーを使う点では同じであるが、画面上では、一太郎はアイコンを使い、Wordではプルダウンメニュー(ドロップダウンメニュー)を使っている点で相違している[注16]。Word2002のプルダウンメニューを使う方式は、知財高裁が採用した乙18と同じである。

(注16)一太郎のヘルプモードとWord2002のポップヒントには次のような相違もある。一太郎では、前述のように、ヘルプモードに入った後、キーボードを使って文章を書いたり、ファンクションキーやショートカットキーを使ったりできる。これに対して、Word2002では、ポップヒントのモードに入った後、文字等のキーを押すとポップヒントは終了するが、ファンクションキーやショートカットキーを押すと、そのキーに割り付けられた機能のヘルプが表示される。すなわち、Word2002の場合は、Shiftキーと同時にF1キー(操作説明キー)を押してポップヒント(ヘルプモード)に入り、キーボード上のファンクションキー(機能キー)を押すと、そのファンクションキーについてのヘルプが表示されるのであるから、地裁が検討した引用例と同じである。また、一太郎でもWord2002でもWord2003でも、画面の下部にファンクションキーF1〜F10に対応する表示がなされているが、画面上のF1〜F10をクリックしても、キーボード上のファンクションキーF1〜F10を押しても、同じ機能が実現される。これは地裁が検討した刊行物1の仮想キーボードと同じである。
Word2002の場合は、シフトキーを押しながら画面上のF1をクリックしてもポップヒントモードに入ることができ、次に例えば画面上のF3をクリックすると、「F3キーを押した時と同じ操作ができます。」とヘルプが表示される。すなわち、Word2002では、仮想キーボード上でもポップヒント(ヘルプモード)が機能しているのであり、刊行物1の仮想キーボードでヘルプモードを実現していることになる。

(注17)ポップヒントはWord2002までは使用できたのであるが、Word2003ではこの機能は削除されている。知財高裁判決の原告の主張の項には、「・・・被控訴人〔原告〕は、平成13年〔2001年〕2月7日、本件特許権に基づく警告書を控訴人〔被告〕に送付し、話合いによる解決を図ろうとしたが、拒否されたため、平成14年〔2002年〕11月7日、控訴人〔被告〕が製造、譲渡等又は譲渡等の申出をしている別件のソフトウエア(商品名「ジャストホーム2家計簿パック」、以下「別件製品」という。)について侵害行為の差止めを求める仮処分(以下「別件仮処分」という。)の申立てをした。・・・」と記載されている。この記載からみて、原告はマイクロソフトに対しても2001年ごろ警告書を送った可能性がありそうである。マイクロソフトは、アメリカで多数の特許権侵害訴訟を提起されており、特許についての知識経験が豊富であるから、裁判で争ってWordの差止判決を受けるという極めて重大なリスクを確実に回避するために、Word2003からポップヒントを削除した可能性もあるかもしれない。

(注18)(06.06.08追記)
知財高裁が上記[注13]の説示を行うに当たって影響を受けたと思われる著書を発見することができた。中山信弘、「工業所有権法(上)特許法[第2版増補版]」法律学講座双書、平成12年4月15日第2版増補1刷発行、褐文社の423頁〜424頁には、平成14年改正法で改正される前の間接侵害の規定について、次のように記載されている。
 最近まではソフトウェア関連発明の特許をめぐり、間接侵害が大きな問題とされてきた。従来のソフトウェア関連発明につき、装置あるいは方法の特許でしか特許を認められていなかったが、現実にはソフトウェアは記憶媒体の中に格納されて販売されていることも多い。…このような記憶媒体の製造を間接侵害としないとソフトウェアの特許はほとんど実効性がないことになる。そこで、実際には「のみ」という要件を満たすか否かが議論されてきた。しかし、平成9年4月1日から「特定技術分野の審査の運用指針」が改訂され、新たにプログラムを記憶した記録媒体を、「物」の発明として請求項に記載することが認められるようになった。これにより、記録媒体の製造については、間接侵害という迂遠な構成をする必要がなくなり、直接侵害として差止と損害賠償請求が容易になった。
この著書では、平成9年の「特定技術分野の審査の運用指針」についてしか記載されていないのに対して、本判決の説示では、その後の進展(平成12年の改訂特許・実用新案審査基準および平成14年改正法のプログラムの規定)についても言及されているが、知財高裁の裁判官がこの著書を知らないはずはないから、知財高裁はこの著書の法的見解を借用し[注19]、その後の進展を書き加えて、上記の説示を行ったものと考えられる。しかし、この著書の上記の法的見解は、改正前の101条1号、2号(改正後の1号、3号に対応)について裁判所が「のみ」を限定的に解釈する傾向があったために、ソフトウェア特許はほとんど実効性がないという問題があったが、今後は、記録媒体の請求項で特許を取れば権利行使可能である旨述べているのであり、それ自体は妥当な法的見解であるが、この法的見解を本件において借用するのは適切とは思えない。なぜなら、「のみ」の問題を解決するために、平成14年改正法で特許法101条2号、4号が新設されたのであり、また、記録媒体やプログラムの請求項の特許の取得を可能とする改正は、平成元年に出願された本件特許には適用されないからである(記録媒体の請求項は平成9年4月1日以降の出願について取得可能であり、プログラムの請求項は平成13年1月10日以降の出願について取得可能である)。本件において、この著書の法的見解を借用して、改正後の101条4号を限定解釈しても同法による保護に欠けるものではない旨説示するのは適切ではないと思う。

(注19)
(06.06.08追記)この法的見解の借用は、表現の複製翻案ではなく、アイディアの借用であるから、出所を明示しなくても著作権法上の問題は生じない。しかし、研究者が専門書や論文を執筆する場合は、表現を複製翻案する場合だけでなく、アイディアを借用する場合であっても、出所を明示するのが普通であると考えられる。また、アメリカの裁判所は、法律家の著書の法的見解を利用する場合に、出所を明示する(例えば、Sternビデオゲーム事件(脚注3)、Whelanデンタ・ラボ事件(脚注26))。アメリカの場合は判例法主義であり、多数の判例を引用しながらその事件の法律判断を行うが、多数の判例に混じって、まれに法律家の著書も出所を明示して引用されることがあるのである。これに対して、日本は制定法主義であり、判例が引用されることはまれであるから、法律家の著書を利用する場合も出所を明示せずにアイディアの借用というかたちをとるのかもしれない[注20]。なお、著作権法32条、48条により、著作物は出所を明示して引用して利用することができるが、著作権法13条により、判決自体は著作権の目的になることはできず、また、著作権法42条により、著作物は裁判手続のために必要と認められる場合には複製することができる。私としては、42条の規定は、当事者が書証の写しを裁判所に提出するとき等における複製に関する例外規定であり、裁判所が判決の中で法律書を利用するときの例外規定ではないと考えているが、仮に、42条により裁判所が判決の中で法律書を複製できるとしても、表現の複製翻案であれば、48条の規定により出所を明示しなければならないと考える。

(注20)(06.06.18追記)もし、知財高裁がアメリカの裁判所のように、上記[注18]で引用した著書の法的見解を出所を明示して引用していれば、この法的見解を借用して、裁判所としての説示を行うことはできなかったはずである。なぜなら、出所を明示する以上、この著書における状況と本件における状況の相違(
特許法101条2号、4号が新設されたことおよび本件特許では記録媒体やプログラムの請求項の特許の取得は不可能なこと)に触れざるを得ず、この相違があってもこの法的見解を借用できるとする論理を組み立てるのは難しいからである。出所を明示することは、著作権法による要請や初めて考えた人に対する敬意のためだけでなく、自分自身の考えを厳密化させ、間違いを防ぐためにも必要なことなのである。日本の裁判所においては判例を引用する習慣はないのであるから、それとのバランスを考えれば、法律家の著書を利用する場合に出所を明示しないのは、やむを得ないかもしれない。しかし、判決に出所を明示しないとしても、裁判所は、合議の席では、出所を明示して審理すべきではないだろうか。すなわち、上記の法的見解を借用しようと考えた裁判官は、合議の席でこの著書を提示し、5人の裁判官でこの法的見解の借用が妥当かどうかを厳密に検討すべきであったのではないだろうか。5人の裁判官は、この著書を一度は読んだことがあるだろうが、本件における審理として、この法的見解を借用してよいかどうかという観点で、この著書を読み直せば、5人のうち誰かは、本件においてこの法的見解を借用するのは不適切であることに気がつくことができたはずである。この法的見解の借用が不適切であることに気がつけば、特許法101条4号の「その物」を「その物自体」と限定解釈することについても、誰かが誤りであることに気がつくことができたのではないだろうか。知財高裁による「その物」を「その物自体」とする解釈は、本件被告による「アイコン」を「ドラッグできるアイコン」とする解釈と、ほとんどかわらない。本件被告は特許の知識経験が極めて不足しているのであるから、このような不適切な限定解釈を行うのはしかたがないことであるけれども、特許法解釈のプロ中のプロであるはずの知財高裁が、同じような限定解釈をしてしまってよいはずがない。知財高裁は特許訴訟の唯一の控訴裁判所であり、しかも、その大合議は、知財高裁において通常の裁判(3人合議)で裁判長をつとめる裁判官4人全員を含む5人の裁判官によってなされるのであるから[注21]、知財高裁大合議による特許法の解釈は日本の特許制度にとって決定的である。知的財産高等裁判所設置法1条には、知財高裁が「知的財産に関する事件についての裁判の一層の充実及び迅速化を図るため、知的財産に関する事件を専門的に取り扱う」裁判所として設置されたことが明記されている。本判決により平成14年改正法で新設された特許法101条4号についての判断の統一が迅速になされ、その内容はともかく、これにより知財高裁の設置の目的の一つである迅速化については達成されたことになる。しかし、知財高裁には、もう一つの目的、すなわち充実した審理の達成も求められているはずである。

(注21)(06.07.22追記)上記[注20]で、大合議には通常の裁判で裁判長をつとめる裁判官(部総括裁判官)4人全員が含まれる旨述べたが、そうでない場合もあるようである。篠原勝美、「知財高裁大合議部について」、ジュリスト、2006.7.15、No.1316、8頁〜13頁において、篠原知財高裁所長は次のように述べておられる(10頁)。
一太郎事件では、所長をはじめとする部総括裁判官4人に主任裁判官である陪席裁判官1人を加えた5人により合議体が構成されているが、パラメータ特許事件、インクカートリッジ事件では、所長を含めた部総括裁判官3人に陪席裁判官2人を加えた5人の合議体で構成されている。また、いずれの事件でも、知財高裁4ヵ部のすべての部から構成員が選出されている。4ヵ部の全ての部から合議体の構成員を選出するのは、大合議部が知財高裁4ヵ部の総意、すなわち知財高裁の裁判官全体の意見を反映して判断を形成することにより、控訴審レベルでの事実上の判断の統一を達成するという大合議制の趣旨を実現するための制度的な担保であり、今後も継続することになろう。
 また、篠原知財高裁所長は、次のようにも述べておられる(13頁)。
大合議判決の重みを考えると、最高裁判例に期待されるように、下級審の裁判例や学説の議論が十分煮詰まった段階で、知財高裁としての重要な判断を示すことができるような事例に限定すべきであるという見解も考えられよう。…適切な事件の係属があって、適切な攻撃防御がなされた場合に、適切に対応していくということに尽きるが、可能な限り、積極的に大合議制を活用していくべきものと思う。
 一方、茶園成樹、「ソフトウェアの製造販売と特許法101条2号・4号所定の間接侵害−一太郎事件大合議判決」、ジュリスト、2006.7.15、No.1316、14頁〜22頁において、茶園大阪大教授は一太郎事件大合議判決の特許法101条4号の解釈に批判的な評釈をされた後、次のように述べておられる(22頁)。
この判断−その当否はともかく−のように、これまで論じられてこなかった法律解釈が述べられることは、大合議の重要性を考えると、慎重になされるべきであると思われる。…様々な判断が示され、その中での議論を通じて、優れた判断が現れてくることもあるのであり、大合議判決がその後の議論の発展を抑制する効果を生じる場合もあり得ないことではない。大合議制をどのように運用してくのかは、大合議判決が持つ影響力を勘案しつつ、十分に検討されるべきであろう。
 私としては茶園教授の意見に賛成である。一太郎事件大合議判決の特許法101条4号の解釈は誰が見ても明らかな誤りであり(上羽秀敏、「方法クレームとプログラムの間接侵害−一太郎事件知財高裁大合議判決の評釈−」、パテント、2006.4、Vol.59、5頁〜14頁には、私を含む5名の評釈者全員が批判している旨記載されており(9頁、注(12))、これを書かれた上羽弁理士自身および前述の茶園教授も批判している[注22])、このような明らかに誤った法律解釈で統一されてしまうのは、特許関係者にとって極めて迷惑なことであるからである。
 私は、かつて特許庁で審判官をつめていたことがある。特許庁の審判は通常は3人合議であるが、審決取消訴訟で負けて戻ってきた事件と重要な事件では5人合議で審理される。特許庁の審判では昔から5人合議を行っていたのである。私が経験した3件の5人合議のうち2件は前者であったが、責任が分散されていると感じられ、また、人数が多いと発言しにくいということもあり、3人合議よりも質の低い審理であったと思う(結論は高裁判決でほぼ決まっているから問題はない)。残りの1件は後者で、その事件の技術分野に知識経験が豊富な審判官が集められたこともあり、3人合議よりも遙かに質の高い審理が行われた。合議の席では5人全員が事前に事件の内容を検討済みであったようで、十分な合議が行われた。その事件の主任である審判長が審決案を起案し、それを年次の低い審判官から順にチェックするが、上から2番目の私のところに来たときには、審判長が起案した審決案は加筆修正されており、私も更に加筆修正して、審判長に戻したのである(審判長が起案した審決案を陪席審判官が誤記の訂正以外で加筆修正することは普通はないと思う)。このように、5人の意気込みにより、質の高い審理になったり、質の低い審理になったりするのであり、5人合議というだけで質の高い審理になるわけではない。
 アメリカのCAFC大法廷は特許事件について強大な権限と影響力を有しているが、アメリカは判例法主義であり、多数の判例を引用しながらその事件の法律判断を行うから、強大な権限と影響力を自由に行使できるわけではない。多数の判例を引用して判決を起案するからこそ、その法律判断は厳密なものとならざるをえないのである。もし、CAFC大法廷が一太郎事件を担当したとすれば、改正前の特許法101条に関する判例を何件か引用し、改正法の立法経緯を述べ、その上で、改正後の特許法101条4号の解釈を行うことになるから、誤る可能性は低いはずである。また、アメリカの控訴裁では、裁判官は賛成意見、反対意見を自由に書くことができるので、個々の裁判官がどのように考えたのかを知ることができる。上告受理されたときには、賛成意見、反対意見も検討の上、最高裁判決がなされるのである。
 これに対して、日本では、まれに最高裁判例が引用されるのを除き、判例を引用しないから、知財高裁大合議はその強大な権限と影響力を、白紙に自由に絵を描くように、自由に行使できてしまうのである。日本の裁判官も裁判例や学説を頭の中では考慮しているのかもしれないけれども、それを引用しながら判決を起案することはないから、その法律判断の厳密さは十分なものではないかもしれないのである。実際、特許法101条2号、4号は複雑な条文であるため、頭の中だけで考えたのでは誤る可能性が高いのである。私は知財高裁の4号の判示を読んで直感的におかしいと感じたけれども、頭の中だけで考えている段階では、条文が複雑なため何が誤りなのかはわからなかった。知財高裁の法律解釈が誤りであると断定できたのは、「7.間接侵害の成否について」に記載したように、知財高裁の法律解釈に基づいて、特許法101条2号、4号の条文の中に、本件における対応するものを書き込み、さらに、一太郎をバンドルしたパソコンの事例とうがい薬の事例にについて、知財高裁の判示事項を当てはめると非常識な結果になることを記述することができたからである。判例等を引用しながら本件における法律判断を記述するという手法をとらない日本の裁判所の判決の起案方法では、法律判断の厳密さが十分なものとならず、複雑な条文については誤った法律解釈をしてしまう可能性があるのである。しかも、日本の高裁の裁判官は賛成意見、反対意見を書くことはないから、個々の裁判官がどのように考えたのかは全くわからない。上告受理されたとしても、最高裁は、知財高裁の個々の裁判官がどのように考えたのかを知ることなく、判決しなければならないのである。
 知財高裁大合議は、強大な権限と影響力を有しており、それを自由に行使できるからこそ、大合議にするかどうかは慎重に判断されるべきではないだろうか。

(注22)(2006.08.10追記)本判決の特許法101条4号の判示事項
に関する評釈のなかで、私が入手できたものを掲載日順に紹介しよう。
(A)上村浩、「「一太郎」等の特許権侵害事件の知財高裁大合議部判決」、NBL、No.820、2005.11.1、7頁〜9頁
「間接の間接」まで本号の適用対象とすると範囲が無限定に広がりすぎてしまうため、直接侵害に直接供される物に限定するということであろう。…「間接の間接」は適用対象から一律に除外するとの立場をとらなくとも、「発明による課題の解決に不可欠なもの」という要件があるのだから、間接侵害の適用対象が無限定に拡大するおそれは小さいと考えられる。さらに、ソフトウェア自体とPCのそれぞれが「その方法の使用に用いる物」に該当すると解し得る。つまり、ユーザがソフトウェアとPCを組み合わせて「その方法の使用に用いる」と捉えることが可能であり、その方が合理的な解釈ではなかろうか(ただしPCは「発明による課題の解決に不可欠なもの」には該当せず間接侵害は構成しないであろう)。このように解すれば「間接の間接」は法101条の適用対象外という立場をとったとしても、ソフトウェアの開発・譲渡が同号に該当し得ることになる。(8頁)

(B)判例特報「一太郎差止訴訟控訴審判決」、判例時報1904号、平成17年11月11日、47頁〜68頁
判例時報に本判決と共に掲載された無記名の解説
従前、明確な議論は必ずしもされていないところであるが、本判決は、新設規定における間接侵害の成立範囲が必ずしも明確でない部分もあるため、その成立範囲が不当に広がることのないよう、条文の趣旨をその文言に即して解釈し、その成立範囲を適正に限定しようとしたものと思われる。(50頁)

(C)生田哲郎、森本晋、「「一太郎」事件控訴審判決」、発明、2005.12、86頁〜89頁

 本件のワープロソフト等のように、当然にこれをパソコン等にインストールすることが予定されているものについては、ソフトウェア製品そのもの(あるいはソフトウェアの記録媒体)も「その方法の使用に用いる物」と解して差し支えないのではないでしょうか。そのように解することは特許法101条4号の文理からも無理ではないと思います。本判決は、上記のように解するとソフトウェア関連発明について間接侵害者の範囲が拡大しすぎるおそれがあることを考慮したのではないかと推測しますが、これについては同号の主観的要件で絞りをかけることが可能ではないかと考えます。(89頁)

(D)帖佐隆、「一太郎事件控訴審判決を考える」、発明、2005.12、90頁〜98頁

 思うに、その機能を満たすためにソフトウェアは多くの貢献をしているのである。そのソフトウェアが構成要件を満たすための予備品から外され、インストールしたパソコンのみが予備品に該当するという考え方はあまりにも狭い考え方なのではないだろうか。また、上記判例〔東京高裁平成16年2月27日判決、平成15年(ネ)1223号〕のように、旧来保護されてきた可能性のあるものを、間接侵害規定を改正した結果、保護されないこととするのは妥当ではないのではないだろうか。また、平成9年以前に方法ではなく物のクレームで取得しておけば足りるとする考え方もできるかもしれないが、出願から8年以上たった今日になった急に方法の発明だけ保護の対象から外すとするのは物の発明との均衡において妥当でないし、方法の発明だけを除外するとする根拠も十分でない。(97頁)

(E)井上雅夫、「一太郎事件知財高裁大合議判決」、判例時報1918号、平成18年4月1日、197頁〜207頁(判例評論566号、35頁〜45頁)〔これは私が執筆したものであり、上記の「7.間接侵害の成否について」と同趣旨のことを述べた後、「おわりに」において次のように記載した。〕

知財高裁は、特許法101条4号(方法)について一つの答(一太郎をインストールしたパソコン)を見出し、それを唯一の答とする法律解釈(「自体」の導入)を行った。確かに、知財高裁が見つけた答は正解である。しかし、2号と4号は同じパターンで規定された条文であり、結果が逆になるのは常識に反するとして、さらに考えを進めれば、もう一つの答(一太郎)を見出すことができたのではないだろうか。(205頁)

(F)上羽秀敏、「方法クレームとプログラムの間接侵害−一太郎事件知財高裁大合議判決の評釈−」、パテント2006.4、Vol.59、No.4、5頁〜14頁

多機能型間接侵害の規定を新設した趣旨は、「のみ」要件を緩和し、他の用途もある中性品、特にプログラムのような多機能品を間接侵害で保護する点にあったはずである。…多機能型間接侵害の規定は平成15年1月1日に施行されたが、施行後3年も経過しておらず、しかも特に重大な問題も指摘されていないうちに、このような立法趣旨に反する判決を出してしまうのは司法判断として行き過ぎではないだろうか。…特許法101条4号の文言を素直に当てはめれば、「一太郎」は本件第3発明の「情報処理方法」の使用に用いる物であってその発明による課題の解決に不可欠なもの、と読めるはずである。…プログラムは本質的にコンピュータに対する指令の手順という経時的要素を含むものである。…「一太郎」は幇助型間接侵害物ではなく部品型間接侵害物に該当するというべきである。したがって、本件解釈を否定しないとしても、本件解釈の本件事案へのあてはめは妥当でないと解する。…「一太郎」をインストールしたパソコン内には「一太郎」(厳密には「一太郎」の複製物)が存在している。…インストールの実体はプログラムのコピーであることからしても、「一太郎」は上記の部品型間接侵害物に該当するというべきである。…筆者は本件解釈の妥当性を否定しないが、少なくとも本件解釈をプログラムに適用することには賛同できない。(9頁〜12頁)

(G)相澤英孝、「知的財産法判例の動き」、ジュリスト、No.1313、2006.6.10、273頁〜279頁

この判決は確定しているので、知的財産高等裁判所の大合議の判決として先例として機能することが想定される。しかしながら、間接侵害に関する一般論は傍論というべきものであり、先例とすべきではない。方法の特許の間接侵害に関する一般論では、パソコンとソフトウェアを記録した媒体を区別しているが、特許発明である情報処理方法を実現するためのソフトウェアを記録した媒体は、ハードウェアであるパソコンと同様に考えられるべきものであり、コンピュータ・ソフトウェア関連発明におけるソフトウェアの意義を誤解しているのではないかという疑問がある。(275頁)

(H)茶園成樹、「ソフトウェアの製造販売と特許法101条2号・4号所定の間接侵害−一太郎事件大合議判決」、ジュリスト、No.1316、2006.7.15、14頁〜22頁

「そのような物の生産に用いられる物」を間接侵害の対象外とする、101条4号に関する一般論も、適切なものではないであろう。「発明による課題の解決に不可欠なもの」の供給者が、供給先でその物が特許方法の実施に用いられることを知っている場合に、特許権者は、その物が「その物自体を利用して特許発明に係る方法を実施することが可能である物」であれば、その供給を禁止して直接侵害を防止できるが、その物が「そのような物の生産に用いられる物」である場合には、その供給を禁止できないとしなければならない理由はないと思われるからである。…「その物自体を利用して特許発明に係る方法を実施することが可能である物」と「そのような物の生産に用いられる物」を区別すること自体、例えばそのままの形では前者に当たらないが、簡単な加工によって前者となり得る物があることを考えると、明確でない場合があろう。以上のことから、101条4号に関しては、その文言どおり、「その方法の使用に用いる物…であってその発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当する物が間接侵害の対象となると解すべきであると思われる。(21頁〜22頁)
 上記(A)〜(H)の中で、(B)だけが本判決に好意的である。上記(B)には、「成立範囲が不当に広がることのないよう、条文の趣旨をその文言に即して解釈し、その成立範囲を適正に限定しようとしたものと思われる。」と記載されているが、本判決は、条文の「物」を「物自体」と限定解釈しているのであるから、「文言に即して」というのは事実とは違うと思う。また、もし、知財高裁大合議がこのような考えで成立範囲を限定したとすれば不適切だろう。なぜなら、改正法の立法経緯や条文自体から、これまでの「…にのみ用いる物」から「のみ」を削除することによって、この部分による限定解釈を排除し、その代わりに間接侵害が不当に広がらないように4つの要件で限定していることは明らかだからである。改正法の「物」を「物自体」と限定解釈するのは改正法を制定した国会の意図とは正反対のことであり、これを「必ずしも明確でない」という漠然とした理由で行ったとすれば裁判所の権限の濫用ではないだろうか。
 上記(F)には、「本件解釈の妥当性を否定しないが、少なくとも本件解釈をプログラムに適用することには賛同できない」と記載されている。しかし、これではプログラム以外の物について問題が残ると考えられる。本判決はプログラムに関して[注13]で引用した説示を行っており、これにより本判決の4号の解釈がプログラムだけに限定されるのであれば、このような考え方でもよいのかもしれないが、そうはならないと思う。なぜなら、本判決の説示は、プログラムが保護対象になったから限定解釈しても保護に欠けるものではないというものであるからである。プログラム以外の通常の「物」は昔から保護対象であったのであるから、同じ論理で、限定解釈しても保護に欠けるものではないといえるのであり、本判決の4号の解釈はプログラム以外の物にも及ぶと考えられるのである。したがって、本判決の4号の解釈は、プログラムに関してだけでなく、全ての物に関して否定されなければならないと思う。幇助型間接侵害物における問題は、そのような事件が提起された時に考えればよいと考える。
 上記(G)には、「間接侵害に関する一般論は傍論というべきものであり、先例とすべきではない。」と記載されている。4号の解釈は主文と同じ方向であるのに対して、2号の解釈は主文と逆の方向である。4号の解釈が傍論であるとすれば、2号の解釈はそれ以上に傍論である。多数の批判がある4号の解釈と共に、誰もが賛同する2号の解釈も先例としてはいけないのだろうか。傍論であるとしても、知財高裁大合議が日本の特許制度を統一しようという意図で2号および4号の解釈を行ったことは明らかであり、また、篠原知財高裁所長(本件の裁判長)が、「知財高裁大合議部について」、ジュリスト、No.1316、2006.7.15、8頁〜13頁の11頁において、「一太郎事件は、…、プログラム関係の特許について間接侵害(同101条2号)を認めたこと、方法の発明に係る特許の間接侵害(同条4号)についての解釈を明らかにしたこと、…などにおいて、意義を有するものである。」と述べておられるのであるから、地裁や知財高裁は本判決の2号および4号の解釈を最高裁判例に準じる裁判例として尊重せざるを得ないはずである。しかし、4号の解釈についてはそれでは困るのである。なぜなら、4号の解釈は明らかに間違っており[注23]、特許権者の権利が国会の意思に反して損なわれているからである。地裁や知財高裁は、基本的には知財高裁大合議の判示事項を尊重すべきであるとしても、4号の解釈については多くの批判を考慮して無視すべきである。それが期待できないとすれば、損なわれた特許権者の権利を回復するために、特許法101条4号を、より明確な文言に改正するしかないのではないだろうか。

(注23)(2006.08.20追記)知財高裁がなぜ特許法101条4号の解釈を間違えたのかについては多くの評釈者が推測しておられるが、私としては、[注22]の(E)で述べたように、知財高裁は、「一太郎をインストールしたパソコン」という4号を満たす1つの答を見出し、これに加えてさらに「一太郎」というもう1つの答があってはならないと考え、「自体」を導入して限定解釈したのが間違いの原因であろうと推測している。すなわち、知財高裁は、2号については「一太郎」という1つの答しかないのであるから、4号について「一太郎をインストールしたパソコン」と「一太郎」という2つの答を許してはならないと考えたのではないかと推測している。
 物の発明に関しては、「一太郎をインストールしたパソコン」の製造販売は直接侵害であり、これは2号に関する間接侵害ではない。したがって、物の発明に関しては、一見、「一太郎」の製造販売についてだけ2号所定の間接侵害が成立し、2号所定の間接侵害が成立するのはこの1つの類型だけであるようにみえる。一方、方法の発明に関しては、直接侵害となるのは、被告が一太郎をサーバにインストールしユーザがそのサーバにアクセスするビジネスモデルで事業を行っている場合であり、「一太郎をインストールしたパソコン」の製造販売は方法の発明の直接侵害ではない。そこで、知財高裁は、「一太郎をインストールしたパソコン」の製造販売を特許権侵害とするために国会は4号の間接侵害の規定を制定した、と考えたのではないだろうか。もし、4号に関して、さらに、「一太郎」までも間接侵害と解釈するとすれば、2つの類型について間接侵害を認めることになり、これでは1つの類型しかない2号との関係でバランスを欠くと考えたのではないだろうか。
 もし、以上に私が推測したように知財高裁が考えたとすれば、もちろん、これは間違いである。なぜなら、2号所定の間接侵害にも2つの類型があるからである。第1の類型は、例えば、「一太郎をバンドルしたパソコン」の製造販売である。これを購入したユーザは、自分で一太郎をパソコンにインストールし、本件特許の「情報処理装置」を生産するのである。したがって、「一太郎をバンドルしたパソコン」の製造販売は物の発明の間接侵害であり、この第1の類型の物の発明の間接侵害の特徴は、被告が製造販売した物(一太郎をバンドルしたパソコン)自体を用いて、ユーザが侵害品を生産することである。そして、物の発明についての間接侵害の第2の類型は、例えば、本件の場合であり、「一太郎」の製造販売である。この第2の類型の物の発明の間接侵害の特徴は、被告が製造販売した物(一太郎)とユーザが自分で用意した物(パソコン)の両方を用いて、ユーザが侵害品を生産することである。

 以上のように、2号所定の物の発明の間接侵害について、第1の類型(被告が製造販売した物自体を用いてユーザが侵害品を生産する類型)と第2の類型(被告が製造販売した物とユーザが用意した物を用いてユーザが侵害品を生産する類型)があるのである。したがって、当然、4号所定の方法の発明の間接侵害についても、第1の類型(被告が製造販売した物自体を用いてユーザが侵害方法を使用する類型)と第2の類型(被告が製造販売した物とユーザが用意した物を用いてユーザが侵害方法を使用する類型)があるのである。
知財高裁は、2号に関して、物の発明について2つの間接侵害の類型(上記の第1の類型と第2の類型)があることに気がつかなかったために、4号に「自体」を導入して、方法の発明について上記の第1の類型(被告が製造販売した物自体を用いてユーザが侵害方法を使用する類型)のみを認め、上記の第2の類型(被告が製造販売した物とユーザが用意した物を用いてユーザが侵害方法を使用する類型)は認めないという法律解釈をしまったのだろうと推測する。もちろん、この特許法101条4号の解釈は誤りである。

(注24)(2006.09.07追記)現在の一太郎は(もちろん他のアプリケーションソフトも)、パソコンにインストールして使用する。すなわち、一太郎が入っているCD−ROMをパソコンのCD−ROMドライブに挿入すると、インストーラが立ち上がり、インストーラによる画面表示に従い、ユーザが「Yes」ボタンや「同意」ボタンを押して行くと、一太郎がパソコンのハードディスクにコピーされ、設定が行われ、一太郎が使用可能となる。これに対して、初期の一太郎ではパソコンにインストールせずに使用していた。その当時のパソコンにはハードディスクは無く、フロッピーディスクドライブ(以下、「FDD」という。)が設けられていた。一太郎の入っているフロッピーディスク(以下、「一太郎のFD」という。)をパソコンのAドライブに挿入し、データ用のFDをBドライブに挿入して使用するのが普通だったと思う。この当時はマウスやアイコンは使用できず、一太郎の機能を使用する場合、「ESC」キーを押すと、「A・入力、T・ファイル、P・印刷、…」というメニューが表示され、この状態で、例えば「P」キーを押すと印刷することができたのである(現在の一太郎でも「ESC」キーを押せば利用できる。)。また、ファンクションキーやショートカットキーを使って一太郎の機能を使用することもできたはずである。
 当時はマウスやアイコンは使用できなかったから、当時の一太郎のFDをパソコンのFDDに挿入した状態が、本件請求項1(装置)、請求項3(方法)を充足することはないのであるが、ここでは、仮に充足するとして知財高裁大合議が初期の一太郎についてどのような判断をするのだろうかを考えてみる。ユーザーが一太郎のFDをパソコンのFDDに挿入しパソコンの電源を入れれば(電源が既に入っている場合はリセットボタンを押せば)、一太郎が使用できる状態になる。ユーザーは一太郎のFDをパソコンのFDDに挿入するだけであるから、ユーザーは被告が販売した一太郎のFD自体を用いて請求項3(方法)の発明を使用していることになる。したがって、知財高裁は、一太郎のFDは「その物自体を利用して特許発明に係る方法を実施することが可能である物」であるとして、初期の一太郎については、101条4号(方法)所定の間接侵害が成立すると判断するはずである。
 それでは、請求項1(装置)についてはどうであろうか。101条2号(装置)所定の間接侵害が成り立つためには、ユーザーが一太郎のFDをパソコンのFDDに挿入する行為が請求項1の情報処理装置の生産に該当しなければならない。知財高裁はこれをどう判断するだろうか。ユーザーは単にFDをFDDに挿入するだけであるが、知財高裁は、一太郎のFDをパソコンのFDDに挿入することにより、本件請求項1の構成要件を充足する情報処理装置が初めて完成するのであるから、一太郎のFDをパソコンのFDDに挿入することは、請求項1の情報処理装置の生産に当たるものというべきであるとして、被告による一太郎のFDの製造、販売は101条2号所定の間接侵害に該当すると判断するのではないだろうか。なぜなら、本件においてユーザーがより複雑な行為であるインストールを行った場合に間接侵害が成立し特許権侵害であるとしているのであるから、ユーザーがより単純な行為であるFDのFDDへの挿入を行った場合に間接侵害が成立せず特許権侵害ではないとするわけにはいかないからである。
 このように、知財高裁は、101条2号(装置)に関して、一太郎のFDをパソコンのFDDに挿入することは「生産」であると判断するはずである。そうすると、請求項3(方法)については、本件の101条4号(方法)の判示と全く同じように、初期の一太郎についても、『「一太郎のFDをFDDに挿入したパソコン」は,そのような方法による使用以外にも用途を有するものではあっても,4号にいう「その方法の使用に用いる物・・・であってその発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当するものというべきであるから,当該パソコンについて生産,譲渡等又は譲渡等の申出をする行為は同号所定の間接侵害に該当し得るものというべきである。しかしながら,同号は,その物自体を利用して特許発明に係る方法を実施することが可能である物についてこれを生産,譲渡等する行為を特許権侵害とみなすものであって,そのような物の生産に用いられる物を製造,譲渡等する行為を特許権侵害とみなしているものではない。』として、4号所定の間接侵害は成立しないと判断することになるはずである。
 つまり、少なくとも初期の一太郎については、知財高裁は、4号(方法)を最初に考えれば4号所定の間接侵害が成立すると判断し、2号(装置)を考えた後に4号(方法)を考えれば4号所定の間接侵害は成立しないと判断することになるはずである。考える順序によって結論が変わるのであるから、もちろん、これは間違いである。
 知財高裁が間違えた原因については[注23]で述べたが、間違えた原因はこれだけではない。第2の間違いの原因は、当事者の主張に基づかずに、間接侵害の認定をしたことである。原告の主張は、一太郎の製造、譲渡等が101条2号及び4号所定の間接侵害に該当するというものである。したがって、4号(方法)については、一太郎が「その方法の使用に用いる物」かどうかだけを認定すればよいのである。ところが、知財高裁は、2号(装置)についての認定で混乱したためと考えられるが、最初に、当事者が主張しない「一太郎のFDをFDDに挿入したパソコン」(本件では「一太郎をインストールしたパソコン」)の製造、譲渡等を4号(方法)所定の間接侵害と認定し、それとの関係において、当事者が主張する「一太郎」についての認定を行ったのである。だからこそ、上記のように、考える順序によって結果が変わってしまうのである。知財高裁大合議は当事者主義の基本を無視して間違えてしまったのである。
 また、第3の間違いの原因は、2号と4号の要件の違いを知財高裁が正しく理解していないことだろうと思う。2号(装置)では「生産」が要件であるのに対して、4号(方法)では「使用」が要件である。4号(方法)では「生産」は要件ではないのであるから、「4号は、…、そのような物の生産に用いられる物を製造、譲渡等する行為を特許権侵害とみなしているものではない。」というような「生産」に関する判示をしてよいはずがないのである。4号(方法)については、「生産」は考えずに、「使用」の要件を満たしているかどうかだけを判断すべきなのである。恐らく、知財高裁は、2号にも4号にも「実施」、「その生産、譲渡等…」という同じ用語が使用されているので、条文を読み間違えたのだろうと思う。この「実施」は2号では「生産」を意味し4号では「使用」を意味しており、同じ「実施」と記載されていても意味が相違しているのである。また、「その生産、譲渡等…」の「生産」は2号の「その物の生産に用いる物」の「生産」とは、誰が何を生産するのかが違うのである。知財高裁大合議はこれらを正確に理解できていないのだと思う。
 結局、知財高裁大合議の101条4号の判示は、多数の原因が複合的に絡み合ってなされた間違いであると思う。



(2006.04.01追記)この「一太郎事件知財高裁大合議判決について」は一般の人向け(特にソフトウェア産業の人向け)に書いたものですが、これを判例評論向け(法律の専門家向け)に書き直した「一太郎事件知財高裁大合議判決」が、判例評論566号(判例時報1918号(平成18年4月1月号)197頁)に掲載されました。
 なお、最近発売された一太郎2006では、「ヘルプモード」ボタンからマウスの絵が削除され、?だけが表示されるように変更されています。



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