修正1998.08.21;2000.05.23   ↑UP

マイクロソフト独禁法違反事件の今後の展開とこれからのソフトウエア・ビジネス
1998.08.08 井 上 雅 夫
 
1.侮辱罪事件

 この事件は、1997年の秋に司法省(合衆国)が、Microsoftが1995年のファイナルジャッジメント(同意判決)に違反したとして、民事的裁判所侮辱罪を求めて提訴した事件である。民事的裁判所侮辱罪というのは裁判所の判決(この場合は同意判決)を意図的に無視した罪という意味であり、Microsoftに同意判決に従うことを求める訴訟である。

 1997年12月に地裁でWindowsとIEの抱き合わせに対する仮差止がなされたが、控訴裁判所は、Windows 98については1998年5月に、Windows 95については6月に地裁の仮差止を取り消している。現在、まだ、この訴訟の本案訴訟(仮ではなく恒久的な判決を求める訴訟)が残っているはずであるが、この訴訟は基本的にはWindows 95に関するものであり、また、司法省のホームページを見ても、この事件(Contempt事件)については、6月以降、何も掲示されていないので、今後は、1998年5月に新たに提訴されたWeb Browsers事件(司法省は最初この事件をWeb Browsers事件と呼んでいたが、その後「トライアル」と呼び方を変えた)の方で独禁法違反が争われると考えられる。
 

2.Web Browsers事件(トライアル)

 侮辱罪事件では、MicrosoftによるWindowsとIEの「統合」が同意判決の「統合された製品」に該当するかどうかが争点であり、独禁法は間接的に関係しているだけであったが、Web Browsers事件では、Windows 98とIE 4.0の「統合」が独禁法に違反しているかどうかが、直接、争われている。地裁の裁判官は侮辱罪事件と同じJackson判事(ZDNetに写真が掲載されている)であり、9月から証人尋問等が行われる予定である。

 1997.12.11の「メモランダム及び命令」を見ればわかるとおり、Jackson判事はコンピュータ技術に詳しく、Microsoftの意図もよく理解していると考えられる。また、1998.06.23の控訴裁判所の多数意見少数意見を読むと、事前に告知しなかったことを除いて、地裁のJackson判事の法律判断は正しかったようである。日本では判例法主義国ではないため、上級審の判断も事件が異なれば拘束力は働かないが、アメリカは判例法主義国であるため、侮辱罪事件の控訴審の多数意見がWeb Browsers事件の地裁の判断を拘束すると考えられる。しかし、上級審の判断が不合理であると考えられる場合は、上級審の判断と異なった判断をすることができるので、Jackson判事は侮辱罪事件の控訴審の多数意見が技術的にも法律的にも不合理である点を多数指摘して、多数意見に拘束されないと主張するはずである。

 結局、Jackson判事は、ほとんどJackson判事にアドバイスしているようなWald判事の少数意見を参考にして、徹底的に証人尋問を行い、徹底的に証拠に基づいた、控訴審が覆すことが難しい判決を書くはずである。もちろん、結論は司法省の勝ち、Microsoftの負けである。
 

3.控訴裁判所

 100%確実ではないが、控訴審でもWeb Browsers事件の裁判官は侮辱罪事件の裁判官と同じ、Wald、Williams、Randolph判事で行われると考えられる。

 1998.06.23の多数意見を読めばわかるとおり、Williams判事は公正中立の立場で判断する裁判官ではなく、Microsoftの側に立って判断する裁判官である。したがって、Web Browsers事件において、地裁のJackson判事が完璧な判決を書いたとしても、Williams判事は必ずその地裁判決を否定し、Microsoftを勝たせる判断をするはずである。

 一方、少数意見を読めばわかるとおり、Wald判事は判例及び証拠に基づいて、客観的に判断する裁判官であり、地裁のJackson判事の判決が判例及び証拠に反していない限り、地裁の判断を支持し、司法省を勝ちとするはずである。

 そこで、キャスティングボートを握るのがもう一人の裁判官、Randolph判事である。DC巡回区控訴裁判所のサイトには、裁判官全員が写っている集合写真が掲示されている。前列中央が裁判所長官(チーフ・ジャッジ)であり、その向かって左側の女性がWald判事である。前列右端がWilliams判事で、後列左から2人目がRandolph判事である。集合写真あるいはその下の裁判官の名前をクリックすると、各裁判官の写真と経歴が表示される。

 ロースクールの卒業年次からみると、法曹界での経歴の長さは、Wald判事、Williams判事、Randolph判事の順であり、3人の中ではRandolph判事が経験が最も少なく、また、写真を見ると、気が弱そうな感じである。侮辱罪事件で、Randolph判事は、その考え方がWilliams判事の考え方と一致したため同意した可能性もあるが、怖そうなWilliams判事に反対する勇気がなかったから同意しただけかもしれない。

 しかし、Web Browsers事件では、前述のように地裁のJackson判事は多数意見が技術的にも法律的にも合理的でない部分が多いことを判決に書くはずであり、それを読んだRandolph判事は、Williams判事にこれ以上ついて行くことはできないと考え、Wald判事の意見に同意する可能性が高く、そうであれば司法省の勝ちとなる。

 ただし、Williams判事は、論理的であることにこだわらない人のようであるから、Randolph判事を味方に引き入れるために、あらゆる妥協をした上で、最後にMicrosoftの勝ちと書くことができ、Microsoftの勝ちとなる可能性もある。侮辱罪事件で控訴裁判所は、アメリカでWindows 98がMicrosoftからOEMに対して出荷される直前に1998.05.12の命令でWindows 98に関して地裁の仮差止を取り消し、さらに、アメリカでWindows 98が消費者に販売される直前に1998.06.23の意見でWindows 95に関して地裁の仮差止を取り消している。これは偶然の一致というよりも、Williams判事がMicrosoftのWindows 98の販売促進をねらって期日を決めた可能性が高く、このようなことからすると、Williams判事がWindows NT 5.0が出荷される直前までにRandolph判事の同意を取り付けることができれば、Microsoftの勝ちの判決がなされると考えられる。
  

4.最高裁判所

 控訴裁判所がどちらの判断をしたとしても、上告受理申立がなされ、最高裁も上告を受理するのは確実である。[1]

 最高裁がWilliams判事の意見を採用したとすると、それは「アメリカの裁判所は公正ではない」ということを宣言するようなものであるから、最高裁がWilliams判事の意見をそのまま採用することはあり得ない。では、Wald判事の意見をそのまま採用するかというとこれも疑問がある。

 もし、技術的に簡単なカメラとフィルムの抱き合わせのような事件であれば、裁判官は自分自身で適法かどうかの判断をすることができるだろう。より技術的に難しい、デジタルカメラの場合であったとしても、専門家がカメラを分解して、このCCDとこのメモリがフィルムに相当しますと説明すれば、それが違法な抱き合わせなのか、適法な技術的統合なのかを判断するのは、裁判官にとってそれほど難しいことではないだろう。

 ところが、プログラムとなると、地裁のJackson判事や控訴裁判所のWald判事のように正確に理解できる裁判官もいないことはないが、多くの裁判官にとっては、雲をつかむような話ではないだろうか。裁判官はコンピュータの入門書を読むかもしれないが、そこにはコンピュータは「0」と「1」で動作していますと記載されているだろう。しかし、仮に、証拠として、ソースコード、逆アセンブルリスト、ダンプリストが提出されたとしても、それらは、C、アセンブラ、16進数で記述されており、「0」や「1」は記載されておらず、しかも、途方もなく長い、わけのわからないアルファベットと記号と数字の羅列でしかない。

 このような場合であっても、裁判官が正しくプログラムを理解できるように両当事者が説明すれば、裁判所は正しい判断を行うことができるはずである。しかし、代理人の役割は依頼人を勝たせるために主張することであるから、有利なことであれば針小棒大に主張し、不利なことであれば考慮する価値はまったくないと主張することになる。また、宣誓した証人は嘘を述べることはできないが、聞かれなかったことを言う必要はないし、聞かれたとしても漠然とした質問であれば漠然と答えればよいのであり、不利なことを自ら進んで述べる必要はないのである。

 そうであっても、裁判官が自分自身で判断できる簡単な問題であれば、代理人は、見破られてしまえば逆に不利になるから、自重するだろうから、適切な判断がなされることが多いだろう。しかし、プログラムのように多くの裁判官にとって雲をつかむような話の場合は、代理人は、最大限、依頼人のためになるように主張することになる。そのような中で裁判官が適切な判断を行うのは極めて難しいのではないだろうか。[2]

 そして、アメリカの裁判制度には、amicus curiae(裁判所の友)という、係属する事件に関して第三者から意見を提出させる制度があり、この事件では極めて多数の意見が寄せられるはずであり、その中にはMicrosoftを擁護する意見も多いはずである。最高裁の裁判官はWald判事の意見が妥当であると考えても、確信が持てず、結局、形式的には司法省の勝ち、しかし、その時点の既成事実をほぼそのまま追認して実質的にはMicrosoftの勝ちというような判断をするのではないかと、私としては予想している。
 

5.更なる裁判

 司法省はこの他にもさまざまな裁判を提訴すると予想されている。例えば、MicrosoftのOS部門とアプリケーション部門の分割を求める訴訟である。MicrosoftはWindows(OS)とアプリケーションの両方を扱っているため、OSのバーションアップと平行してアプリケーションのバージョンアップを行うことができ、他のアプリケーション製造者と比較して圧倒的に有利な立場にあるからである。

 この訴訟が起こったとしても、Microsoftの対応は簡単である。Windowsとアプリケーションの統合を行い、一つのプログラムを作成している一つの会社を分割することはできないと主張すればよいのである。ただし、全てのアプリケーションをWindowsと統合してしまったのでは、アプリケーションの分の利益がなくなるから、一部のアプリケーション(例えばWord)を統合し、他のアプリケーションはそれと連携して使用すると便利なように設計することになると考えられる。
 

6.これからのソフトウエア・ビジネス

 Microsoftは、その強力な法務力[3]とWilliams判事のひいきによって、Netscapeを排除し、その結果、Windowsの世界にJavaが進入するのを少なくとも遅らせることができ、地裁のJackson判事がMicrosoftのライセンス戦略について記載した「オペレーティングシステム独占を不滅にするため」(メモランダム及び命令)というMicrosoftの目的が実現する可能性が出てきたことになる。

 しかし、Windowsの世界にJavaが進入するルートは他にもあるのである。現在の日本のワープロ・マーケットは一太郎とWordの一騎打ちで、他の者が新たに参入することは不可能であると考えられているかもしれない。ところが、現在、誰でもワープロ・マーケットに参入可能なのである。なぜなら、プラットフォームに依存しないHTML文書が、世界中に普及しているからである。

 これまでHTML文書は一太郎文書やWord文書に比較して貧弱であったかもしれないが、HTML 3.2スタイルシートCSS1を使用すれば、ワープロ文書とほとんど同程度の表現が可能となっている。[4] 足りない機能(例えば改頁)を付け加え、画面表示と同一の印字ができる機能を付け加えたHTMLエディター兼リーダーを作成して、「ワープロ」として販売すればよいのである。[5]

 このようにHTML文書を使用すれば、誰でもワープロ・マーケットに参入できることになるが、共通のファイル形式であるから、独占することはできず、常に、他社、フリーウエア、シェアウエアとの競争状態に置かれることになる。

 そこで、競争に打ち勝つために、さまざまな工夫が必要となる。例えば、ポケモンワープロ、キティちゃんワープロ[6]、グッチワープロ、Jリーグワープロのように著名なキャラクターや商標のライセンスを受けるのも一つの方法である。また、Javaを使用して、HTML文書内で表計算も行えるようにしたり、インターネットに接続すれば、キティちゃんとお話ができたり、Jリーグの結果が得られたりするのもよいかもしれない。

 ワープロは、ノートと鉛筆の代わりであり、文房具であるから、これまでのように一太郎を始めたら一太郎だけ、Wordを始めたらWordだけという状態の方が異常だったのである。HTML文書をベースにして各社が思い思いのワープロを作成すれば、ユーザーとしてはキティちゃんワープロに飽きたらグッチワープロに乗り換えることもできるのであり、これが普通の状態というべきである。このように、HTML文書がインターネットばかりではなく、一般の文書形式として普及すれば、そのHTML文書に乗ってJavaがWindowsの世界にも入り込んでくることになる。

 Microsoftがそれらのワープロ製造業者にMicrosoft流Javaを使用するようにインセンティブを与えれば、Windows独占を不滅とすることは可能かもしれない。しかし、「ブラウザ戦争」では、Netscapeという明確な「敵」を攻撃すればよかったのに対して、「Java戦争」はどこに現れるかもしれない無数の敵を相手にしたゲリラ戦のようなものであり、MicrosoftがJavaの進入を防ぐためのコストはかなりのものとなると考えられる。

 これまでソフトウエア・ビジネスは、Williams判事の多数意見からもわかるように、独占が前提であると信じられてきた。その結果、Windowsという世界中のパソコンの多くにインストールされた「基盤」を持つMicrosoftと協力し、Microsoftの独占の利益の一部をわけてもらうという方法が、ソフトウエア・ビジネスの最適な方法であると考えられてきたかもしれない。

 しかし、前述のように、HTML文書の普及はこれまでの常識を根本的に覆すものであり、文房具店のポケモン文具コーナーにポケモンワープロを置くというような方法も、これからのソフトウエア・ビジネスの一つのかたちとなるのではないだろうか。

  

脚注

1.これまでの日本の民事訴訟法では上告されれば全て最高裁で審理されたが、1998.01.01から新民事訴訟法第318条により、最高裁が上告事件として受理するかどうかを決定し、受理された事件だけを審理するように改正された。アメリカでは以前から日本の新民事訴訟法と同様な方式である。

2.これが、私がこのホームページを作成している理由の一つである。インターネットならプログラムに詳しい人も多いはずであり、そのような人たちに、普段は読むことがない判決を読んでほしいのである。プログラムの専門家に見られていることを当事者が理解すれば、無謀な主張は自重することになり、そうなれば裁判所が正しい判断を行い易くなるのである。「裁判の公開」とは、このことである。多くの人に見られていれば、当事者も無謀な主張はし難くなり、裁判所も無謀な判断がし難くなるのである。裁判官や弁護士にとって理解困難な技術が関連する裁判では、特に実質的な「裁判の公開」が必要である。

3.Windows 98はファイナルジャッジメント(同意判決)の「統合」仕様を満たすために、弁護士が基本設計をしたようなものであり、Microsoftの法務力は強力すぎると思うが、しかし、一般にソフトウエア・ビジネスで利益を得るためには、ソフトウエア開発力と法務力の「統合」が必要ではないだろうか。

4.このホームページでは、HTML 3.2スタイルシートCSS1のうち、行間を開ける機能だけを使用している。その方法は簡単でHTMLファイルのHEADの部分に

<HEAD>
<STYLE TYPE="text/css">
  <!--
   BLOCKQUOTE {line-height :170%}
  -->
</STYLE>
</HEAD>
と書き込んでいるだけである。これで、BLOCKQUOTE(引用文)の部分が標準(10ポイント)に対して170%に設定されたことになる(左右のマージンはスタイルシートを利用せず、BLOCKQUOTEで代用している)。170%を書き換えれば任意の行間に設定できる。また、「BLOCKQUOTE」の代わりに「BODY」を使用すれば、そのページ全体の行間を開けることができる。「<!--  -->」で挟んでいるのは、対応していないブラウザが読まないようにするためである。詳しくは、「参考文献・リンク」に記載した「HTML+スタイルシート徹底活用ガイド」を参照してください。

5.「日経インターネットテクノロジー」9月号によると、マイクロソフトのOffice95/97の後継バーションのOffice2000のベータ版が公開され、HTMLを全てのアプリケーションの標準ファイル形式にしたそうです。(Office「95/97」という名称の2000年問題は最も単純にOffice「2000」という名称でクリヤしてしまいましたね(笑)) ファイルはいずれも拡張子が「htm」ですが、メタ情報としてアプリケーションの種類が埋め込まれているとのことです。そして、Word、Excelで作成したファイルはIEでは読めるが、Netscapeでは不完全な表示となり、PowerPointでは埋め込まれたスクリプトがブラウザのバージョンをチェックし、Netscapeで読むと「IE4以上を使え」というメッセージが出るそうで、HTML文書を一度Office2000に読み込ませたのち保存すると、何もしなくてもこの問題が発生するとのことです。「日経インターネットテクノロジー」ではこれを「HTMLによるデータのポータブル性や再現性に問題がある」と表現していますが、私としてはこれは「バグ」ではなく、「仕様」だと考えます。なぜなら、OfficeのファイルをどのようなHTML文書エディター/リーダーでも書いたり読んだりできるのでは、これまでの独自ファイル形式による独占が消滅してしまうからです。例えばMicrosoft流Javaでマイクロソフトの製品かどうかをチェックして、意図的に互換性をなくし、かつ解読しにくくすることもできると思います。しかし、私としては本文で書いたように、今や、誰でもHTML文書を使用したワープロ等を作成して販売することが実質的に可能となったのであり、そのような流れを押しとどめて、独占の利益を得ようとしても、長くは続かないだろうと考えています。(8.21)

6.ワープロソフトではないが、既に、ハローキティーパソコンが発売されていたようです(サンリオ)。最近、電車の中で、20代〜30代のサラリーマンがズボンのお尻のポケットから黄色のピカチューをぶら下げているのを目撃しました。携帯電話にピカチューのマスコットを付けていたようです。ピカチューワープロとかピカチューパソコンなら小学生からサラリーマンまで幅広く売れるかもしれませんね。(8.21)


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