錆び付いたナイフ
錆び付いたナイフ

 ポケットの中には、いつも、錆び付いたナイフが入っている。

 それがいつの頃からあるのかなんてのも、もう、覚えちゃいない。
 覚えているのは、親父に反発していた頃にはすでに、ナイフがそ
こにあった事くらい。

 ポケットから取り出したそれを、俺はぼんやりと眺める。
 赤茶けたナイフの刃。

  「もう、あなたの言葉を信じられない」

 付き合っていた女の姿が、ナイフの錆び付いた刃に映ると同時に、
ついさっき、言われた台詞が蘇る。
 当然だ。言ってる俺自身、自分の言葉が信用できてなかった。
  「あなたの心が見えない」

 ああ、そうだ。俺にも見えない。
 俺はあいつに何を求めていたんだろう?
 それとも、求める事を・・・・?

 あいつは泣いていた。
 俺が最後に涙を流したのは、いつだったろう。
 おふくろが家を出ていった時か?

 ゆっくりと、俺はナイフの刃を左手の手首に当てる。
 そして、一呼吸置くと、俺はナイフを横に一気に引いた。
 痛みが走る。血は出ない。今、感じてる痛みもすぐに消える。
 今の俺の心には、決して感じる事のできない痛み。

 あいつの心の痛みはこんな物じゃない。頭では理解できる。
 だが、どうしても、それだけはできない。

 それも、わかっている。

 錆び付いてるのは、ナイフだけじゃない。

 錆び付き始めたのは、いつだったろう?



この小説の挿絵は、“押し付け挿絵師”マニエリストQ氏より頂いた物です。
マニエリストQさん、感謝です。m(__)m


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