情け鬼
情け鬼

その昔、毎日のように旅人が消える、山道があった。
その山道を旅人が歩いていると、旅人は何者かに見られている事に気づく。
旅人が振り向くと、そこには男が一人いる。
旅人が聞く。
 「何者だ?」
男が答える。
 「わからない。」
旅人が再び、聞く。
 「なぜだ?」
男が再び、答える。
 「わからない。」
そして、一時、間を置き、男がこう言う。
 「だが、一つだけ、わかる事がある。」
旅人が三度、聞く。
 「それは、何だ?」
男が答える。
 「主が欲しい。」
そして、旅人はそこからいなくなる。
それが毎日のように続いた為、いつしかそこは、人食い山と呼ばれるようになった。

そんなある日、その山道に一人の侍が通りかかった。
そして、やはり何者かに見られている事に気づき、侍は振り向いた。
いつも通り、そこには男がいた。
侍が聞く。
 「何者だ?」
男が答える。
 「わからない。」
すると、侍はこう言った。
 「ならば、教えてやろう。主の名は葛籠。」
と、男は涙を流して、こう言った。
 「我はこの時を待っていたのやも知れん。」
侍も涙を流していた。
 「許せ。」
侍はそう言うと、自らの刀で男の左胸を貫いた。
男は息絶えた。が、顔には笑みが浮かんでいた。
しばらくして、侍は山を降りていった。

その次の日、侍は一つの葛籠を見つけた。
その中には、生まれたばかりの赤子が入っていた。
その後、侍はその赤子に、自分の父親の名を付け、育てた。
その赤子は大きくなると、一つの物語を残し、何処かへと去っていった。
その物語の名を”情け鬼”と言った。

その昔、尾張の国に、情厚き者ありき。
その者、とある理由により、人を食らいし鬼となりき。
が、その者、情厚きゆえに情け鬼となりき。
情け鬼とは、人であり、人でなく、鬼であり、鬼でない、人心を持つ鬼の事である。
情け鬼となりきその者、後に、自らの子により、殺されき・・・・。

                                葛籠

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