天使の慈悲
天使の慈悲


 神罰砲。
 西の地より、襲い来る魔族共に対抗する為に創られた、魔法科学
の粋を極めた兵器。俺はその砲手足る自分を誇りに思っていた。
 そう。昨日までは……。

 今朝の、俺は深夜の担当と交代すると、いつものように軽く神罰
砲の点検を始めた。
 とは言え、一介の砲手が見た所で、異常など解るはずも無い。気
分の問題だ。
「ん?」
 と、俺は神罰砲の後部の装置から、暖かい光が漏れている事に気
づいた。
 触らぬ神に、祟り無し。そんな言葉が浮かんだが、俺は恐る恐る
光が漏れている辺りに触れてみた。
 と、それが切っ掛けだったのか、ハッチが開き、中の機械類が露
になった。
「な……!」
 俺は言葉を失った。そこには、俺の予想の範疇に無い物があった。
 だが、ありえない物ではない。魔族の魔法結界を貫く程の魔力の
槍を放つ、神罰砲だ。それに必要な魔力の供給源で、これほど小型
の物は他に無い。
 そこには、一人の女性が組み込まれていた。背中から生えている
翼も、まるでその装置その物であるかのように、周囲の機械類と一
体化していた。
「天……、使なの、か?本当に?」
 俺は誰に聞くでもなく、そう呟いた。
「涙?」
 俺はふと、その天使の瞼に光る物に気づいた。気がつくと、俺は
無意識の内にその涙を右手で拭っていた。
 と、俺は我に帰り、慌ててハッチを閉じた。
 周囲を見る。誰もいない。
 俺は胸を撫で下ろした。

 俺はその事を誰にも話せずにいる。当然だ。今朝の事が上に知れ
たら、恐らく俺は口封じされるだろう。
「神罰砲……、か」
 俺は苦笑した。皮肉な名前だ。神の罰を本来受けなければならな
いのは、俺達人間の方じゃないのか?
 そんな事に思いを巡らしながらも、俺は近づく魔族に照準を合わ
せ、神罰砲の引き金を引く。
 今朝から、何発の魔力の槍を放っただろう?そんな事を考えた時
だった。魔族を映す照準に、光が差し込んできたのは……。
 嫌な予感がした。だが、敵は近づいてくる。俺は一瞬の躊躇の後、
引き金をゆっくりと引いた。

 次の日、爆発した神罰砲の残骸の回収の為、数人の技術者が戦場
に送られてきた。
「酷いな」爆発の後を調べる、技術者のうちの一人がそう言う。
「仕方ない。ここに配備されているのは、神罰砲の初期型。言わば、
骨董品さ」
「100年前の、か」
 と、一人が残骸の中に、何かを見つけそれを拾い上げた。
「ん?それは、砲手の右手か?そんな物、拾ってどうするんだ?」
「いや、なに。胴体なんかが粉々になってるってのに、これだけは
いやに奇麗に残ってるのが、不思議に思えてさ」男はそう言うと、
無造作に右手を放り捨てた。

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