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「ナルニア国物語 全7巻」 C・S・ルイス作(岩波少年文庫)児童文学 別世界ナルニアの創世から、終末までの物語です。ナルニアに光と、生き物を与えた偉大なライオン、アスランと、そこへ「悪」をもたらした事により、世代を越えてナルニアの危機を救いに行くことになる人間の子供達の冒険を描いています。下半身が山羊のフォーン、下半身が馬のセントールや口を利く動物など、ファンタジーの入門にはもってこいの素敵な話でした。敬謙なキリスト教者C・S・ルイスが、子供のためにキリスト教思想を説いたといった作品で、私は小学生の頃にこれを読んだ上YMCAのキャンプに行っていたため、すんでのところでキリスト教信者になるところでした。この世の果ての偉大な王の国を求めて単身東に去った、ネズミの戦士リーピチープが、本当にカッコ良かったです。 「ホビットの冒険」J・R・R・トールキン作(岩波少年文庫)児童文学 「指輪物語」 J・R・R・トールキン作(評論社) 当時、アダルト・ファンタジーと呼ばれていたジャンルの最高峰だと私は勝手に思っています。子供向けの「ホビットの冒険」は「指輪物語」の前段のお話で、魔王の作った「力の指輪」を、ホビットのビルボが手に入れる過程の冒険が描かれています。「指輪物語」は、その指輪を破壊するための旅と、その周辺の戦いの話です。このシリーズは、言語学者トールキンが、全くの空想の異世界を、その地図、言葉、暦から歴史まで、細部に渡って作り出していて、非常に読み手を引き付けてくれました。闇の誘惑、その誘惑に抗しきれずに闇の傀儡となる人間達、そして、それを克服して進むホビット。しかし、彼らもまた・・・。全編に渡って感じる暗い重さは、彼らを苦しめる力の指輪の重さそのものなのでしょうか。お薦めしても挫折される方も多いです。魅力的なキャラクターが一杯のシリーズでしたが、私はこの中でも、灰色の魔法使いガンダルフが非常にお気に入りなのです。 「人造人間キカイダー」 石森章太郎 漫画 不完全な良心回路を持った、人造人間キカイダー・ジローの、悲しい物語です。ジローからキカイダーに変身した時、身体が左右非対称となり片方が内部剥き出しになるのは、その良心回路の不完全さ故。心のアンバランスが外面にまで反映しているのです。悪魔の笛の音で暴走する良心回路は、誘惑に屈する人間の弱さそのもの。そして運命に導かれ、父を、兄弟を殺さねばならなかった哀しさ。単なる変身アクションものとは言えないほどの、重いストーリーでした。私にとっては、人の心を持つロボットを最初に意識した作品で、今にいたるまで、意識を持ったコンピューターというものに非常な魅力と身近さを感じる、原点となったと思っています。本当の人間になりたかった人造人間・ジロー、物語の最初と最後に出てくるピノキオの話が、それを象徴していました。 「デビルマン」 永井豪 漫画 同名のTVシリーズとは全く違うストーリーとなった、漫画版です。長い冬眠から覚めた時、自分たちの地球を我が物顔で破壊していた人間から、地球を取り戻すべく闘いを開始するデーモン達。人々が気付かぬ内に徐々に人間と合体し、じわじわと恐怖心を煽り、恐慌に突き落として行く作戦に翻弄される人間たち。疑心暗鬼に捕われ、自らの保身の為に魔女狩りに駆り立てられる人々。親友飛鳥了の画策によって、人の意識を持ったままデーモンと合体し、デビルマンとなった不動明は、その人々の醜さを目の当たりにして、叫ぶ、「お前らは人間じゃない!」。たった一人残った守るべき恋人までも、隣人だった者達の魔女狩りによって殺され、人間への希望を失った明は、全ての画策を操っていた堕天使サタン・飛鳥了との全面戦争に挑む。 コミックス全5巻によくも収まったと感心するほど、重く壮大なストーリー。明の恋人美樹が、殺され、業火をバックに首だけが宙に踊らされるシーンは、非常な衝撃でした。 両性具有故に人間不動明を愛し、彼をデーモンの世界で共に生かす為にデビルマンにした、サタン・飛鳥了。今にして考えると、余りに壮大でめちゃめちゃ傍迷惑な、三角関係のお話だったんですけどね。人間の醜さと、神と悪魔について初めて深く考えさせられた作品でした。 「ポーの一族」 萩尾望都 漫画 霧に囲まれた村で薔薇を育て、薔薇を食べながら密やかに永遠の時を生き続ける、バンパネラ、ポーの一族。バンパネラ故、彼らは人のエナジーを求め、世界中を旅する。時を越え、場所を移し、年を取らない事を悟られぬように、ひとつ所に長居ができない。その一族を見てしまった為に子供のままで一族に加えられたエドガーと、その孤独な魂に触れ、彼によって仲間となるアランとメリーベル。彼らは人のエナジーと仲間を得る為に、人々の歴史の中に見え隠れして姿を現します。見つかれば直ちに殺される過酷な運命と、それを抱えたまま、少年の姿で時を移っていくエドガーと仲間達の美しいまでの悲劇。この世界には、人ならざる者が居るのでは、私達とは別の次元と時間を生きている存在が居るのではと、始めて気付かされた物語でした。ポーの一族でバンパネラに出会い、未だに人々の中にバンパネラを探し続ける人は、決して少なくないと思っています。そう、私もそのひとりだから。 「デミアン」 ヘルマン・ヘッセ作 少年シンクレールの成長物語です。まだ、家族の愛に包まれた世界しか知らなかったシンクレールが、ガキ大将にちょっとした嘘の吹聴をすることから、彼に強請られます。彼は親に黙って初めて貯金箱をこじ開け、その取り立て人に支払います。彼は初めて、暖かく愛に溢れた光の世界と相反する、闇の世界を垣間見るのです。そして、ガキ大将に許してもらえない彼の前に、デミアンが現れます。デミアンは彼に聖書の別解釈、願いを実現する方法、世界の多面性を解きます。デミアンに惹かれ、憧れの女性ベアトリーチェの中にデミアンの母なるエヴァ夫人を見、「神的なものと悪魔的な物を結合するという、象徴的な使命を持った神」アブラクサスを求めるシンクレール。そして、そのデミアンから逃げ出した未熟な魂が、自分の中を見つめた時、融合するデミアンを見つける。 キリスト教に疑いを持ち始めた原点的作品でした。そして、強く願うこと、自らの中に出会うべき対象を描き出すことで、物事を思う方向に導くこと、一度迷った時には、自分の中に確固たる信念と救いを見つけること、それを「デミアン」は教えてくれたのかもしれません。アブラクサス神、シンクレティズム等が、グノーシスの神であり思想である事を知ったのは、つい最近のことです。 「百億の昼と千億の夜」 光瀬龍 五十六億七千万年後、末世世界に降臨して民衆を救うとされる弥勒。しかし、彼は何故末世が来るのを待ち続けるのか? 何故、末世が来る前にそれを止めようとしないのか? 五十六億七千万年後弥勒は一体何をしてくれるのか? 人間の四つの苦しみを見出家するシッタータに、阿修羅王が問う。天神達のおわす天界が、絶対零度の荒涼とした死の世界に変わり世界が全て死んでいく中で、シッタルダ、プラトン、阿修羅王は世界の果てを目指し、弥勒の陰謀を、『シ』の目的を探し求める。それは亡びへの使者、生命の発展段階に未来における滅亡の必然性を植え込む者。そしてその結末にあったものは、当時としては衝撃的なものでした。宗教というものの、詭弁と嘘、そこに仕掛けられているかもしれない別の解釈。それを突き付けられた作品でした。この世界の成り立ちと目的、それが何であるのか、我々は必然的に亡びへの道を歩かされているのか、それは未だに模索し続けている課題なのです。 細かい字で読むのはしんどい方には、萩尾望都が描いた同名の漫画がお勧めです。 「遥かなり夢の彼方」 竹宮恵子 漫画 「集まる日,」「オルフェの遺言」「遥かなり夢の彼方」からなる、竹宮恵子のSF短編連作。超能力を持ち、それを自ら恐れている結惟−ユウイ−が、それを正しく“目覚めさせる”事によって、恐れる事無く受入れ、制御して行けるようにと導いてくれる終笛−オルフェ−と、その仲間達との出会いによって、孤独と不安の心から、魂の成長へと向かっていく「集まる日,」。飛行機事故で別世界に飛ばされてしまった終笛と、それをテレパシーで探り当て、彼を取り戻すべく仲間が結集する「オルフェの遺言」。しかし、戻ってこれず、別世界で蝶の仲間として愛され、繭にくるまれて冬を越す終笛の物語「遥かなり夢の彼方」。 特別な能力を持つ故に孤独になり、自分を傷つける者たちが、仲間を見つけ、仲間と共に、消えてしまった彼らのリーダーを探し求める。例え導き手を失っても、繋がった心はひとつ。決して諦めず信じ続ける事を忘れない。短いストーリーの中に、作者のメッセージが凝縮した、素敵な短編です。 「共犯幻想」 真崎守(ぱる出版全2冊) 漫画 なぜ<最後のひとり>ではなかったのか。学生運動の末期、時計塔のバリケードの中に残った4人の高校生。彼らは17年間4人分、68年間のドラマを共有する。翔び立ちたかったアゲハの代わりに教育実習生を刺した少年。自分の体温を知るためにすら他者の手を必要とする事に気がついて、一人遊びを禁じた少女。手の中に胡桃を握り、誰も居ない空間にボールを蹴る少年。自分自身が鳴るために風鈴を必要とする風を見出した少年。そして新たに語られる別の物語。少年は自分を刺したのか、教育実習生を刺したのか? 2つの物語はどちらも真実。橋は向こう岸があるけれど、塔には向かうべき岸は無い。向こう岸が無い時「跳ぶ」は「翔ぶ」になる。独りで翔ぶはずだった少年にとって、4人であったという事実が虚構を語らせる。彼らを変えていった赤い糸達。そこには限りない優しさが溢れています。 「妖星伝 全7巻」 半村良 この地球は、地獄の星。普通の星々は、生命などほとんど存在せず、無機物ばかりなのだ。しかし地球は違う。咲き誇る花も美しい木々も、繁栄する動物達も、全ての者はお互いを喰い合い、お互いを殺さなくては生きて行けない、宇宙の中でも希有の醜い星。何故、そんな妖星になってしまったのか。その裏には自ら加速し、宇宙を終焉へ導く意志を持った時間の存在があり、地球はその警告の信号。そして江戸の末期、その地獄を認識し、幸福なる者を悪とし、繁栄する者に破滅を与えることこそを救いとする思想の集団“鬼道衆”が居た。この世の幸福は究極の地獄。その発想は新鮮でかつ、恐ろしいものでした。今までの価値観を根底から揺さぶるその思想は、生きるとはどういう事なのか、真の幸福とは何かを、問われます。しかし、この世に生を受けた以上、その中でどう生きていくか、それを模索し続けなければいけないようです。未だ答は出ないけれど。ちょっとアダルティな描写もありますが、SFとしても、伝奇としても、そして歴史物としても楽しめる物語です。 |