彼女
眼下に広がる夜景までの距離は
いま登って来た高さ分の距離
夜鳴く生きものたちの歓声と
流れる水の轟音が
空気の中を埋めつくしている
その充満した音たちを優しく押しのけて
彼女の吐息だけが耳のまぢかを漂っている
お互いに何を言うでもない言葉にならない息づかいだけが
ここまでの険しくて長かった道中を物語っていた
私は脚を浸している
さっき挫いてしまって赤く腫れて熱をもっている
冷たい水がその熱と痛みをゆっくりと流して心地いい
「かなりきつかったね」
彼女の指が腫れて膨れた箇所をなぞる
歩けない…と弱音を吐いたけれど
彼女は何も言わなかった
その辺に落ちている木の枝で簡単な杖を作って
黙って私の手に押し付けた
待ってよ…と呼んだけれど
振り返る事なく先へ歩き始めた
仕方が無いのでなんとか着いて行ったけれど
決して置いていかれる程速くはなかった
「まだ痛むだろうけど 仕方が無いねぇ」
「かなり足元が悪かったから…」
と呟く彼女の口許に
そっと唇を触れて言葉をふさいだ
いま少し
このままで…
貴女の優しさを味わっていたいから
言葉ではない優しさを感じていたいから