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Jelly Belly




カシカシ カコン ……


光がやけに明るくて、慌てて飛び起きる。

ベッドから数歩あるきかけて、目の前にぐわっと影が降りてくるのを感じて目をつぶる。
頭の中のぐらぐらが治まるまで立ちつくす。
小さなキーンという音が唸って、他には何も聞えない。


耳の蓋が取れたように音が戻ってきて、由美子はそっと目をあけた。
目の前の机の上のネコの置物と目があって、

あぁ、私の部屋だ…。

とほっとする…。
と同時に、胃がせり上がって来る様な不安感が湧きあがる。

え? 部屋?
部屋って… 今、何時?
なんで起こしてくれなかったの?
うそ… ちょっと待ってよ〜。


慌てて目覚まし時計を見て、えっ? と、思う。

まだ… 4時?

でも、閉めたカーテンの向こう側は、オレンジがかった濃い黄色で、あんまり朝っぽくない。
カーテンを開けると斜めに強い陽の光が差し込んで来る。

あ、そか… 今日は学校、休んだんだ。



カシカシカシ コンコン カタン カシカシカシ …

カラーボックスの上のピンクのケージの中で、ハムスターが餌入れのふちに噛みついている。
窓の外から、近所のお兄ちゃんたちの、友達を呼ぶ声が聞えて来る。
でも、家の中からは何のもの音もしない。

4時なら、弟はもう帰ってきている時間。
お母さんにベッタリの弟は、家に帰ってからは、滅多に幼稚園のお友達と遊ばない。
いつもお母さんの周りを走りまわって、キーン! ひこーき キーン! と叫んでは、ちょっとは離れなさい! って言われている。
だけど弟は、いくらお母さんがそう言ってもくっつくのをやめないし、お母さんもそれ以上は言わない。



「お母さん?」

台所に向かって、呼んでみる。誰か居るような音はしない。

「お母さんっ!」

ちょっと声を張り上げてみる。声は虚しく反響する。





由美子はちょくちょく学校を休む。
普段はそうでもないのだけれど、ちょっと風邪を引きかけると、喉がヒューヒューいいだす。
いったん咳が出だすと止まらない。
それと一緒に熱が上がって、頭がぼーっとし始めると、学校を休むしかなくなる。
薬を飲んで、いちにちベッドで寝ていたら咳も静かになるので、由美子も、我慢するしか無いか… とは思っているのだけれど、昼過ぎになるといささか退屈してくる。
少し起き上がって漫画でも読んでみようとするのだが、動き出した途端、咳が出る。
その度に、あぁ、まる1日はやっぱり寝てないとダメなんだなぁ…とがっかりする。
仕方が無いので、薬を飲んで横になる。
出そうな咳を押さえてじっとしていると、床を這ってベッドの足を伝って、いろいろな音が聞こえてくる。


パタパタパタ …
カチャ… カチャカチャ… ン… カチャ…  バタン!
シュー… ごぅごぅん …

ばしゃばしゃばしゃ… ごぼごぼごぼごぼごぼ…
ごぅごぅん … ガタン … ピー ピー ピー ピー ピー ピー

パタパタ …


音の振動に浸っているうちに、とろとろと眠気が戻って来る。
何かやりたいのに、身体は重くて妙に布団になじんで、いつも気がつくとまた2時間くらいは寝てしまっているのだ。






少しふらつく足で、台所まで行ってみる。テーブルの上も、綺麗に片付いている。
冷蔵庫のドアにひとつ、いつもは買い物のメモを押さえている赤い磁石がぽつんと残っているのを見て思う。
また、お母さんは、黙って出かけちゃったんだ…。


お母さんは、もう由美子は3年生なんだから…と、いつも言う。
置いてったらヤダと、何回か言ってみたけれど、その度に返ってくる答は同じだ。

ちょっとお買い物に行くだけよ。
すぐに帰ってくるでしょう?。
だって、由美子せっかく良く寝てるのに、起こしたら、また咳がでるじゃない。
ちゃんとカギかけて行くから、誰も入って来たりしないわよ。
もう由美子は3年生なんだから、ひとりでお留守番くらいできるわよね、お願いよ?


でも、あの時は3年生じゃなかった。弟はまだヨタヨタと歩いては転んでいた。

2002.2.21

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