「ただい…」
ま。
の言葉をサンジは飲み込んだ。
玄関を入った途端、目の前にゾロが立っていた。
「おかえり」
至極まじめな顔で言われて、サンジはおう、と返答する。

靴を脱ぎながら、サンジは部屋に満ちる臭いに気付いた。
「何か焼いてるのか?」
「…いや」
ゾロはぼそりと呟き、俯いた。
顔つきも神妙になり、サンジはその表情をさぐるようにして覗き込む。
「おい、どうした」
やがて息をついたゾロは険しい表情で顔を上げた。
「あの、な」






「で?何を作ってたんだ?」
サンジはシンクの中の、黒い焦げ後が残る鍋を覗き込んだ。
「…………にくじゃが」
ぼつり、とゾロは言う。
「お前肉じゃが作れるのか」
驚いた表情で振返ったサンジに、ゾロは戸惑ったように視線を彷徨わせた。
「…テレビでやってたから」
ゾロの姿勢は良いのに、その首だけがうな垂れていて哀れだ。
「じゃがいもが、あったし」
そこでちらりとサンジを見た。
サンジは怒っている様子は無く、黙ってゾロの言葉を聞いている。
「煮てる間に、ちょっと」
「ちょっと?」
「……」
「…寝たのか」
「………………」
しゅん。
とゾロはいっそう顔を俯かせた。
サンジはもう一度シンクの鍋を見た。
黄色い把手のイタリア製鍋は、黒い焦げ後を所々に残して水に浮かんでいる。
「だいぶ、取れたんだけどよ…」
そう言うゾロをよく見れば、シャツの前は所々濡れている。
サンジは無防備なゾロの両手を引き寄せた。
「洗剤、つけたのかよ」
濡れた手は冷えていた。
一体いつから鍋を磨いていたのか。
突然手を奪われたゾロは驚いた顔でサンジを見ている。
サンジは込み上げる笑いを押さえきれなくなっていた。
「飯、まだなんだろ」
穏やかなサンジの声に、ゾロは黙って頷いた。
「風呂にでも入ってろ。作ってやるよ」
そう言ってサンジはゾロの手を解放する。
ぼうっと立ち尽くすゾロの目の前で、サンジはシンクから鍋を取りだした。
「それ、使うのか?」
「ああ、問題ねえよ」
サンジは背中越しに答え、てきぱきと支度を始めた。
所在なげに立っているゾロを急かして風呂へと追いやる。
キッチンには、サンジ一人となった。

コンロには水を張った鍋。

じゃがいもが残っていればいいけれど。

サンジは上着をカウンターへと、ほうり投げた。



このショートストーリーは、ねおまひろさんのonepieceサイト「spiral」の7万打通過のリクエスト企画で書いて頂いたものです。こちらからのリクエストは“ろろが、ちょっと気張って(料理を)作ってみた”でした。ねおさんの書くお話は、甘くてほろ苦くて、ちょっと切ない、でも一番ほっとできる、身近な感じなお話が多いです。そして、皆、どこかちょっと照れた様な表情をしています。そんなねおさんのお話をもっと読みたい!という方は、「spiral」へどうぞ。ただし「spiral」は同人系パロディ小説サイトで、基本的にはゾロ受け、かつパラレル中心です。ので、その様な小説や設定、カップリング、パラレル等がお嫌い/苦手な方は、ご訪問されません様にくれぐれもお願いいたします。