R e n o u n c e









妙なのが来た。

ひとつきほども前のことだ。クソジジイとは顔馴染らしい。
どっかで見た顔、と思ったがあんな赤い頭でしかも片目を潰した野郎なんてかたぎでも知り合いでも一度すれちがえば忘れるはずもない、
写真でかはたまた新聞でか、見かけたことに間違いはないだろう。
ほかの客と同じく女を連れていた。
同伴のその筋の別の男と情婦と取り巻きからみるにそれはあきらかだった。
だけどそういうことも珍しくない、
ジジイの店では日常茶飯事だった。
あたりまえのように別室に通し、あたりまえのように給仕した接客もしたいつもと同じように。
それで忘れたつもりでいた。
けれどもたぶん大体において一度接客した相手の顔やら何やらは悲しいかな、全部頭の片隅に残ってしまう。
それがあんなに印象深い風貌のくせになにごともなく穏やかに飯を食らいかえっていった男ならなおのこと。


その男が目の前地面に伏し蹲っている。


「おい」

死んでる、のかな。
死んでるのなら知らん顔して通り過ぎるまでだ。動かせない重傷を負っていても同じく。厄介ごとは苦手だ。ただでさえジジイの後釜がどうのとかなんだとか鬱陶しいことこのうえない世界にものごころついたころから普通にいるのだ、嫌でも用心深くなる、意地も悪くなる、気だってちがったところで可笑しかない、しょうもないことであしもとをすくわれるなんてごろごろしているのだ。あたりまえにみえるなにもかもが罠ともかぎらない。

煙草の灰のひとかたまりがぼとりと音をたて足元の土に落ちて汚く散った。

死んでても死んでなくても反応がないならそこまでだ。
両手に抱えた紙袋の重みでも重心は少しもかわらずきもち頭だけ残してその路地から本通りに気持ちも向かった、
ところで目の端で男の肩が少しぶれた。
ふりかえるでもなく目を呉れてやると右の肘で体を起こしてこちらを見ているのがみえた。

「よぉ。このまえは世話になったな」

真直ぐに人を射貫く視線穏やかな声。
この状態で喉の奥に笑いさえ潜ませている。
髪と同じいろで目立たない固まりかけていたが夥しい血があきらかにする頭部の出血を伴う外傷、
ひだりのうで上腕のあたり関節なんぞない曲がりえない箇所で妙な角度に捻じ曲がっている腕、
血溜まり。

耳のふちが粟立った。
なんだこいつは。
なんでおれはこえなんかかけたんだこんなのに。
失敗した、と思った。


たまの休みなのについてねえ。
ひとつ営業用の笑みを呉れて遣り礼、
辛辣なことばの一撃も浴びせこれでおさらばだ、と思ったところに先手。
「動けないのよ。刺されたみたいね、どうも、腹。…救急車でも呼んで呉れねえ?それとも手当てしてくれる?」
一気に、しかし静かにまくし立てる。
食えない男だ。

「……俺は野郎は助けねえ主義なのよ」
「何をおっしゃいますやら」
唇の色がみるまに褪せていく。やばいな、失敗した、失敗した、と、頭の中で繰り返した。
「助けないつもりで声掛ける奴なんていないぜ坊や」

どうしてそんな気になったかわからない。

ぼろ布のようにふたたび地面に伏した男のために俺は荷物を足元に置いた。
「立てよおっさん。」
肩を踵で軽く踏みつけた。
男はうつぶせたまま顔だけこちらに向けた。
視線は縺れた。
笑っていた。
壁に煙草を押し付け潰した。腋の下を支え抱え起こした。
「わりいな」


ごとり。

折れて妙な角度に曲がっているとばかり思っていたひだりのうでが音を立てて落ちた。
いかにもな妙に人工的な肌色のうでだ。唾を呑んだ。義手。呼吸のリズムが崩れる。
「…シャツが駄目になっちまう」
語尾はわなないた。
凝固しきらない血液は黒いシャツに染み侵食する。
このシャツはもう着られないだろう。
「…………あたらしいのに」
「…・・・わりいな」
まるで悪いと思っていない癖に謝って残る右手でうでを持ち上げた。
うではたぶん重いのだろうだらんと垂れ地面を引掻く。
嫌な音がした。
「たまの休みなのに」
「…わりい」
「女だって部屋で待たせてんだよ」
「…」
「今日はメシ食わせてやる家でゆっくりしようぜって約束してたんだよ」
「そのあと観るはずだった映画も予定も」
「馬ァ鹿、てめえのせいで全部パアだよ、パア」

最後は愚痴みたいになってしまった。

どうしてそんな気になったかいくら考えてもわからない。
どうしてこんな男を部屋に上げようなんて思ったか皆目見当もつかない。
足は自分の部屋に向かっていた。
女の家には後で電話を入れて荷物は後でとりに来てもいい、なかったらそれまででいい。女のもとに行かないのならば別に必要のない食材ばかりだ惜しくはない。

気の迷いというのは恐ろしいものだ、絶対に後悔することになるだろう、それすらみなわかっているくせに信条を曲げてまでこんなやばい風体の男を引き摺るように支え抱えて歩いている自分の気が知れなかった。














シャンクス
(C)dree








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阿芸那希さんへ。
6666踏みありがとうございます!
そして鬼のようなリクもありがとう。
『サンジxシャンクス(で鬼畜。あ・違う?鬼畜まで行きませんでしたスンマセン)』でした。
……。消化できているとは言い難いですがこんな感じで。
サンシャンと言い切りしかしパラレルで。いやほんとはじめは原作設定でも考えてたんですが…。
続き…書けたらまた差し上げます。が…しかしどうなのこれ。



20020327
Bamp of Chicken / Melody Flag






挿絵は、dreeさんが別の場所で描いて下さったものを頂いて、こちらで載せました。さて、この後はどうなるんだろう?と、続きが気になるこのショートストーリーは、dreeさんのONE PIECEサイト「SAL」にも掲載されています。続きを〜!…という方は、dreeさんの「SAL」で是非催促してやってくださいませ。ただし「SAL」は同人系妄想サイトと銘打って居りますので、ご覧になる前に、必ずBEFORE (read me first) をお読みくださいますよう、くれぐれも宜しくお願いいたします。なお、「SAL」はdreeさんのご意向により、「“同人系妄想サイト”の意味が解らない方」「未就学児・義務教育児童の方」「一般・普通の方」の入場をお断りしております。それらに該当する方々は、ご訪問されません様にくれぐれもお願いいたします。