実は、兄と私には、共通の高校の英語の先生がいます。その先生から受けた影響はかなり大きいと思います。 その人は、公立の先生にもかかわらず、学校へコルベット(スティングレィ)で来るのです。 髭をはやし、今考えるとなんともファンキーな先生だったと思います。 その先生とは大変仲が良く、家へもよく遊びに行きました。その時はコルベットに全然興味なんてなかった ので、けったいな車(失礼)と思っていました。 今年の正月に実家へ帰る機会があったので、その先生の車と久しぶりにご対面してきました。 そのコルベット、今にして思えば先生が「この車はとても価値のある車なんだぞ」と言っていたとおりの車 でした。年式は忘れましたが(20年ぐらい昔)、コルベットが初のインディ500のペースカーになったときの 記念限定生産モデルだったのです。色はグレーで、専用のステッカーが貼ってありました(インディ500の)。 メチャかっこ良かったです。その車は、先生が数回アメリカへわたって現地のコルベットマニアから嘆願し てやっと譲り受けたそうです。
私とカマロとの出会いは今から15年前、(1982年)ヤナセから発売された3THカマロ(当時ディー ラー車はシルバーのみでした)と出会った時から初恋してしまったのです。 まだ若かった私はその車が何であるかもわからず、いすず自動車のショールームに展示してあったそのカマ ロを見て、思わず店員にこれいくら?と聞いた記憶が今でも蘇りますよ、しかし、当時新車価格が500万 近くし、それに諸費用を入れても600万位と言う目が飛び出る金額でした。 それからIROC−Zが発売され、価格もこなれて来ましたが、どうしても82年から84年に製造された (スモールバンパー)のカマロでなければ(初恋のカマロ)納得出来ず、その車を求めて中古を探しました、 雑誌を見ては東京、横浜、名古屋と目当ての車の現車を確認し、納得の行く買い物をしようと2年間かけて 探しましたが、どうしても見つからなかったのです。ただ、神は私を見放さなかった・・・ 私の自宅近くで飲食店を経営しているオーナーが、私の目当てのカマロを所有していて、これを譲って欲 しいと言う交渉を5年間かけて先方を納得させて購入する事に成功したのです。それが今から3年前です。 金額は今のカマロが新車で買える金額ですが、物の価値は私が決めると判断し、損得勘定なしで購入しま した。まぁ、それから色々とトラブルもあり相当金額をつぎ込み、今ではピッカピッカ(なめても大丈夫!!) にし、大切に大切に可愛がってます。
私は、実は免許とってはじめての車がカマロなんです。81Vetteと92のZ28と67で迷ったん ですが、私の’67の程度が異常に良かったんで、「やっちまえ!」と思って買ってしまいました。 新しいの買って、町で古いの見たときに後悔するのいやですからね。 私の67はエンジンは350、黒のスタンダードパッケージです。改造は、エデルのキャブ、インマニ、 ヘダース、ケンウッドのオーディオ、アルミホイール、ポイント→HEI(最近の故障個所です。なおりま した。)、ローダウン、リアファイバーリーフ、前後スポイラー・・等です。 やっぱり、SSとか、RSとか、Z28を見るとうらやましいです・・。 こっちは程度で勝負だ!といい聞かせてます。 最近なんですが、もう、灯火系が調子悪くって大変でした。ウィンカーはつかないは、ブレーキ踏めば、 ルームランプついちゃうし・・・・・でも、何とか苦労して直しました。 そのうちハーネス類を全部入れ替えようと思ってます。そのほかは絶好調!かぁー?まあまともには走ります。
僕も昔から「いつかはアメ車」と夢見てきた人間でして、一時期はマジでコルベットを買うつもりでした。 特にアイアンバンパーには、今でも恍惚してしまいます。ただ、土地柄か、アメ車には不適当な土地なんで す。1年のうち半分近くは雪か氷に占拠されている土地なので、なかなか走る機会がないんです。 メンテにしても、専門業車は皆無ですし。個人的に輸入車を扱っているお店は少数ですがあるにはあります。 が、良いうわさは聞きませんし......。 もう少し年をとって、イイ親父になった頃にヴァイパーでも買おうかなと思っています。 その頃まで生産していてくれていれば良いのですが(笑)。あっ、あと資金・・・
昨年の夏、オープンにして木曽の山間の道をドライブしたときの快適さは全く感動的でした。 (後ろで屋根がゴロゴロ動くのは大変でしたが)。私はオートバイ歴が長くもともとクルマには余り興味が あるたちではなかったのですが、クルマでも屋根を外せばオートバイと同じくらい楽しい乗り物なんだと はじめて知りました。
私の友人はトランザムかカマロを購入を考えていました。ある日、とある野球場で行われた中古外車フェアで ディーラが出品した真っ黒の旧型マスタングGT(そのころは現行型でした。)と出会い、一目惚れして購入 しました。そのGTは、ディーラー車(もちろんマツダではない)で、約25000km位の走行だったと思います。 そのころまだ外車は高値の花で、結構な買物だったと思います。 このマスタングGTには、ラインロック機構(ブレーキを踏んだ状態で、アクセルを踏んでやると後輪のブレ ーキがはずれ、前輪ブレーキのみが効きます。ドラッグレースのスタート地点で後輪を空転しているやつ、 それが街中のどこでも簡単、安全に行えるスグレモノ?)が標準装備でした。 納車され、なにもトラブルも無く幸福に暮らしていました。フォードのエンブレムにスモークをかけたり (実は私がやった、だって真っ黒なのに鼻先にブルーのエンブレムが許せなくて!!そうゆえば鼻先のエンブ レムを“マスタング”(お馬さんのマーク)に交換してあるマスタングもいました。彼もエンブレムを欲しが っていました。)、マスタング5.0のエンブレムを切り文字プレートで作ったり、それはそれは、微笑ましい 光景でした。 まず第一のけちの付けはじめはディーラーでした。 ディーラーで、25000kmと表示してあったのは、25000マイルだったのです。 25000kmの走行だと思ったクルマが40000kmの走行だったわけです。 新車でそのクルマを売ってるヂィーラーとしては、恥ずかしいミスでしょう。 現に彼も購入の際、その点は確認をとったわけですが、「日本で売る車だからKm表示です。」 といわれたそうです。 彼はディーラーに文句を言い、見合う金額の返金を求めました。しかし現金はお返しできません、部品でお願 いします。とのことで、車の悪い箇所もないのに部品を選ぶ事になりました。彼は、無難にタイヤ4本で手を 打ちました。(16インチ) そして、彼が不幸を招きました。 マスタングGTは転落してしまいます。 ある朝、彼は額に大きなタンコブをつくっていました。私は、マンガのようにぷくっと、膨らんでいるタンコブ を見るのは、はじめてでしたので「すごいタンコブだ」と関心していました。「マスタング廃車や」彼の一言を 聞いたとき私の顔から笑みが消えました。 「朝帰りになって、気付いたら家の近所の川原にガードレールを突き破って、3m程落下して石畳に突き刺さって いた。エアバックが開いてタンコブだけで助かった」との事、 ボルボのCMの様なクルマを落す安全性について、その時初めて意識しました。 原因は居眠り運転でした。 そして私達は、ディーラーで無残な姿をさらしているマスタングGTと対面しました。 屋根までいってしまっていて、すぐ廃車だとわかりました。彼を必死に守ろうとしたのかエアバックが開き垂れ 下がっていました。 彼は、手で取れるエンブレムなどのパーツやお守りなどをポケットにしまいました。 「さようならマスタング」 その後、彼は新品のタイヤだけでも、と取りに行きましたが、「タイヤを渡すのであれば、廃車費用と保管料を 払ってもらう」と言われたらしく、ディーラーとそのまま縁を切りました。 彼は車両保険に入っていたので(高年式はいいねえ、入れて)保険金+追金で、カマロIROC―Zを購入、 しかし維持に苦しくなり、S13シルビアKs →AE86トレノ(このクルマは大変故障した様です。彼は走り 屋に転向し、無茶をしていましたので、クルマに乗ると言うよりも、クルマをいじめていたと思います。しかし いつも水を足して乗っていましたので、手のかかるクルマは慣れっこになってしまったようです。)、キャンピ ングカー(トラッカー仕様のキャラバンこれも壊れまくり)、そして現在‘84コルベットに乗ってます。 そう、彼の事なんですよ ― END −