親鸞聖人 ご消息(手紙)

最低山極悪寺 珍宝院釈法伝 謹写


十八


 なにごとよりは、如来の御本願のひろまらせたまひて候ふこと、かへすがへすめでたく、うれしく候ふ。そのことに、おのおのところどころに、われはといふことをおもうて、あらそふこと、ゆめゆめあるべからず候ふ。京にも一念・多念なんど申すあらそふことのおほく候ふやうにあること、さらさら候ふべからず。

ただ詮ずるところは『唯信鈔』・『後世物語』・『自力他力』、この御ふみどもをよくよくつねにみて、その御こころにたがへずおはしますべし。いづかたのひとびとにも、このこころを仰せられ候ふべし。

なほおぼつかなきことあらば、今日まで生きて候へば、わざともこれへたづねたまふべし。また便にも仰せたまふべし。鹿島・行方、そのならびのひとびとにも、このこころをよくよく仰せらるべし。一念・多念のあらそひなんどのやうに、詮なきこと、論じごとをのみ申しあはれて候ふぞかし、よくよくつつしむべきことなり。あなかしこ、あなかしこ。

 かやうのことをこころえぬひとびとは、そのこととなきことを申しあはれて候ふぞ、よくよくつつしみたまふべし。かへすがへす。
  二月三日       親鸞

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