思い出キャンデー

最低山極悪寺 珍宝院釈法伝

 おじさん、暑いねえ。えっ、俺? 俺、失業しているんだよ。三十五にもなってみっともない話さ。これまでに、いろんな仕事をしてきたんだけれどねえ、どれも長続きしなかったよ。あきっぽいのかなあ。喫茶店のボーイ、キャバレーの呼び込み、トラックの運転助手、他にも人に言えないような事をたくさんしてきたよ。一番面白かったのは、アイスキャンデー売りだったね。

 アイスキャンデー売りのどこが面白かったかって。そりゃあ、普通のアイスキャンデーを売っても、ちっとも面白いことなんか無いよ。でも、俺は、特別なやつを売っていたんだ。食べている間、昔の思い出に浸っていられるっていう不思議なアイスキャンデーだよ。
 どこから仕入れていたかは言えないよ。どんなことがあってもそれだけは言えないんだ。俺だって命は惜しいからね。ただ、必ず一本二千円で売らなきゃいけなかった。俺の取り分は千円。だから、決して割の悪い仕事じゃなかった。
 もちろん、そう簡単には売れなかったよ。第一、昔の思い出に浸れるアイスキャンデーなんて、信用して貰えないからね。夢が無くなってしまうんだよな、みんな大人になるとさあ。変に分別臭くなって、「君、たちの悪い冗談はよしたまえ」なんてさ。 

 それでも、一日食べていけるぐらいの数は売れたんだよ。いろんな人が買ってくれた。やっぱり年寄りが多かったなあ。年を取るほど昔が恋しくなるんだろうさ。喜んでくれた人もいたよ、たくさん。
 そう、例えば、目の見えないおばあさん。十二の歳までは、見えていたらしいんだ。最後に両親に連れられて行った祭りの景色を、もう一度見たいって言って、アイスキャンデーを食べていたよ。泣いていたよなあ。
 中年のサラリーマンも、割と良いお客さんだった。苦労が多いんだろうね。ローンの返済や子供の学資やらで。黙々と食べて、黙って人混みに消えて行くんだよ。哀愁って言うのかなあ、悲壮って言うのかなあ。俺みたいにフラフラしている人間には分からないものがあるんだよね。

 何で、アイスキャンデー売りを止めたかって。言っちゃって良いのかなあ。やっぱり、今日みたいに暑い日だったよ。小学校の六年生ぐらいの子供が数人でアイスキャンデーを買いにきたんだよ。 なにせ一本二千円のアイスキャンデーだ。子供には目だたないように売って歩いていたんだよ。でも、その時は、たまたま、中年のおじさんに売っているところを見られちゃったんだ。あんなことがなければ、キャンデー売りを止めていなかったかも知れないね。
 とにかく、子供に見つけられてしまった。約束だからしかたない。これは一本二千円だと、本当のことを言ったんだ。これがまずかった。何でそんなに高いのかって、尋ねるんだ。子供の客は初めてだったからね。初めはごまかしていたんだけれど、結局、昔の思い出に浸れるキャンデーだと、白状させられてしまった。まだ声変わりもしていないキンキン声で、入れ替わり立ち代わり聞かれてたら、嘘をつくのなんか面倒になってしまったんだよ。暑かったしねえ。
 ところが、その話を聞いた途端、子供たちの顔色が代わったんだよ。そして、みんなして売ってくれって言うんだよ。驚いたねえ、子供のくせに、ポケットに二千円の金を持っているんだ。二千円だよ。欲しいものがあったらすぐに買えるように、そのぐらいの金は持って歩いているんだって。
 もう、すっかり面倒になってたから、その子達に売っちゃったんだよ。それでも気になるから、キャンデーを渡しながら聞いたんだよ、何でおまえ達みたいな子供がこんなキャンデーを欲しがるのかって。そうしたら、連中が答えたね。「遊んでいたら良い子だって言われてた頃が懐かしい」って。
 それ聞いて、俺、すっかりやる気を無くしてしまったんだ。キャンデー売りを止めたのは、そう言う訳なんだ。
 ああ、おじさん。キャンデーの代金、二千円、ここに置くよ。暑いから体に気をつけてね。ばいばい。

<今は亡き星新一に捧げる   合掌>