>芸なき「ペルー人質事件」

最低山極悪寺 珍宝院釈法伝

 ペルーの日本大使館人質事件は、強行突入という形で終結した。テレビ報道を観ながら思いついた事柄を、少々書き連ねてみる。登場人物は四人。テーマは、非常時の芸についてである。

橋本首相とフジモリ大統領 

 両者を比べて、フジモリ大統領の方が、政治家として格上だと思ったのはオレだけだろうか。世界中の報道カメラが見守る中、硝煙消えやらぬ銃撃戦直後の現場へ駆けつけて、人質を迎えるなど、心憎いばかりの演出である。田舎芝居と非難するのは簡単だが、田舎芝居でも、ひたむきに演じつづければ感動を呼ぶものだ。それに引き替え、橋本首相と池田外相の芸のないこと。池田外相に至っては、わざわざ立ち小便をするために、ペルーまで行ったかのごとき短期滞在。せめて、ゲリラの代表や人質と会ってくるぐらいの芸はできなかったのか。人間の能力に大した差などない。差があるとすれば、命ぎりぎりのところでも芸ができるかどうかである。

 思えば、本願寺の8代宗主蓮如上人も、なかなかの芸者だった。自らの死期を悟ると、自分が建立した京都山科の本願寺へ参拝する。そして、阿弥陀仏と親鸞聖人の像の前で、

>「もうすぐそちらへ参らせていただきます。」

と、言ってのけるのである。命がけで、というか、自分の死までも演出しきって死んでいくなど、常人のなせる技ではない。今どき、衆生教化のために、そこまで徹することのできる坊主がいるだろうか。小理屈を並べて、「純粋な信仰を求めた親鸞に帰れ」などと言うバカ坊主どもには、そのあたりが理解できない。

 だいたい、品性劣悪の浄土真宗の坊主ごときが、飯を食えるのは、浄土真宗の教えを広め、本願寺を育て、巨大な教団を作り上げた蓮如上人のおかげである。檀家に寄生し、本山に寄生していながら、それに気づかぬバカ坊主が多すぎる。

 ゼロから出発して、ようやく食えるようになったオレのような坊主には、蓮如上人は、涙が出るほど有り難いお方である。オレを支えてくれる檀家衆は、その名の通り、お宝様である。

 頭でっかちになって、ひたむきに演じることを軽視してはならない。凡人には、それすら大変なことなのである。

 

ペルー松下社長と青木大使

 4月25日のテレビで、人質の帰国第一号として報じられていたのが、ペルー松下の社長滝某である。これほどのバカが社長をしているのようでは、松下も先が長くない。

 持病が悪化していたかもしれないし、急ぎ帰国しなければならない事情もあったかも知れない。しかし、どうして、人質解放作戦の犠牲になった2人の兵士の葬儀に出席してから帰国しなかったのか。自分が世話になった人が亡くなれば、香典と花を用意して葬式に行くのは、日本人の基本的な礼儀である。そして、少なくとも、死者を悼んで葬式という儀式を行う国ならば、これは、どこでも通用する考え方である。

 人間の器量というのは、非常時にこそ、試される。その点で、この、ペルー松下の社長と青木大使とは対照的である。彼は、解放後の記者会見の冒頭で、感謝の言葉と犠牲者への哀悼の言葉から話を始めた。そして、高いところから飛び降りたことを、「忍者のまねをして」と表現する余裕も示した。人の上に立つものは、このくらいのことができなければだめである。

 同じ日、二人の兵士の葬儀の模様が、報道されていた。大芸者フジモリ大統領は、今度は、せがれと一緒にしっかり涙を流していた。これまた、彼我の違いのなんと大きいことか。そして、兵士の死を悼む家族の姿とともに、かのペルー松下の社長のにこやかな帰国が報道されたのである。どう考えても、この絵面(ヅラ)は、バカ丸出しでまずい。逆に、帰国を一日延期して、車いす姿で、葬儀に参列すれば、どれほど効果があったか。千載一遇のチャンスを活かせなかったという反省が、果たして松下にあるだろうか。