Side Story #7

シャツ……借りたから……(改)



「はあ、今日は疲れた……」
 家に帰ってくるなりシンジはそう呟くと、どっとベッドに倒れ込んだ。
 それというのも、つい先日会ったばかりのエヴァパイロット、惣流・アスカ・ラングレーのことだ。
 やけに勝ち気な性格で、シンジが最も苦手とするタイプの女の子。
 腕は立つらしいが、そのせいで口より先に手が動くらしい。会って早々一発ひっぱたかれた。しかもとばっちりで。
 おまけに洋上で使徒に遭遇したおかげで、一緒にエヴァに乗らされるは、ペアルックにはさせられるは、降り際にさんざん文句を言われるは……
 それがエヴァだけの付き合いかと思ったら、何と学校まで一緒とは!
 しかも同じクラス。今日転校してきて、その容姿と猫をかぶった性格であっと言う間にクラスの人気者になってしまった。
 なおかつ、シンジと知り合いという情報がどこかから流れたらしく(ケンスケはこの件に関しては無罪らしい)、なぜかシンジまでがさんざん質問攻めに遭う羽目に。
 それだけならまだいいが、「彼女とは無関係なんだろうな?」という剃刀のような電子メールが授業中・休み時間を問わずやたらたくさん送られてきて、いちいち丁寧に応対していたら疲れてしまった。
 で、それらが最初のセリフの原因である。
(今日はシンクロテストが無くて良かった……あったらきっと過労で倒れてるよ)
 精神的な疲れに弱いシンジ君だった。
 そして油断した彼はそのまま眠りに落ちて行ってしまった。
 今日は夕食当番だったはずなのに(ミサトに料理の才能が0だと知った彼は既に毎日夕食当番だった)、大丈夫だろうか。



 そしてその日の夕暮れ時のこと。
「どうしてシンジ君と連絡が取れないの?」
「知らないわよ、携帯にかけても切られてるみたいだし、家の電話は留守電にしちゃってるし」
「緊急回線を使えばいいじゃない」
「何よ、たかがこんなことくらいで大袈裟な……使徒が来た訳じゃあるまいし」
「でも、悪いわよ、夕食の準備してたら」
「いいじゃない、おつまみにすれば。シンちゃんのお料理おいしいしー」
「あら、ミサトの料理が下手すぎるのよ」
「うっさいわねー! だいたい、リツコも料理できんの? あたし、見たことないけど」
「失礼ね。あなたよりはマシよ」
「あたしだってシンちゃんが家に来る前からちゃんとやってたわよ」
「ほとんどインスタントじゃない。それに、自分で作ってもあなたにしか合わない味でしょ。万人に合う料理を作りなさいよ」
「いいの! 食べられればいいのよ」
「私は食べられなかったけど……」
「好き嫌いはよくないわ」
「バカ言いなさい。あなたの料理が好きな人間なんて、世界中であなたともう一人くらいよ」
「誰よ、そのもう一人って」
「言わせたいの?」
「…………」
 以上が葛城家のドアの前に来るまでのリツコとミサトの会話だった。
 そして自動ドアが開く。
「たっだいまー! あれ、シンちゃんは?」
「靴があるから帰ってるんじゃない?」
 とその時、ドタタタタッという足音と共に、シンジが飛び出してきた。
「ミサトさん、ごめんなさい! 夕食、今から……って、あれ、リツコさん?」
 シンジは眠そうな目をパチパチとさせてリツコの方を見ていた。
 リツコさんが来るなんて聞いてないぞ。もしかして3人分作らなきゃいけないのか?
 彼の目はそう言っていた。
「あら、シンちゃん、帰ってたの?」
 リツコの代わりに口を開いたのはミサトだった。
「あ、ええ、すいません、つい寝ちゃってて……」
「どうして携帯に出ないの?」
「どうしてって……あっ……」
 シンジはポケットから携帯電話を取り出して、そのスイッチが切ったままになっているのに気付いた。
「すいません……授業中に鳴っちゃまずいと思って、切っちゃったの忘れてたみたいで……」
 授業中に誰がシンジのところに電話をかけてくるのか知らないが、一応社会道徳に基づいて彼はそうしているらしい。
 今日あったゴタゴタのせいでつい忘れていたのだろう。
 呆然としたシンジの前で、ミサトは手をヒラヒラと振りながらにこやかに言った。
「ま、いーからいーから。それに、今日は夕食作らなくていいわよ。それを連絡しようと思って電話入れようとしたんだけど」
「え?」
「今日は歓迎会なのよ……アスカのね」
「それと、加持君のね」
 リツコがその名前を言ったときにミサトの表情が曇ったのは気のせいでも何でもない。
「加持さんって……あの、船で会った人ですか?」
「そうよ。久しぶりにミサトと3人で飲もうかと思ったんだけど、アスカもいることだし、ついでなら歓迎会にしようかと思って」
 そんなことせずにおとなしく3人で飲んでてくれればいいのに。シンジはそう思った。
 だいたい、僕はそういうパーティーは苦手なんだ。
 しかも大人に囲まれて、子供はあの惣流アスカだけだなんて……
「あら、みんな来たみたいね」
 エレベーターホールから声が聞こえてきたので、リツコとミサトが振り返った。
(みんな?)
 加持さんと惣流アスカだけならみんなとは言わないだろう。
 もっと他にも呼んだんだろうか。綾波とか……
 やがて廊下の向こうから現れたのは加持とその腕にしがみついているアスカ、それにマヤと日向と青葉だった。
 みんな手に手に何か持っている。来る途中に買い物をしてきたらしい。
 加持はアスカに抱きつかれているのと反対の手で缶ビールのケースを、マヤは両手につまみらしきものが詰まったコンビニの袋を、日向は両脇に缶ビールのケースを、青葉は缶ビールのケースを一つとなぜか肩にギターを提げていた。
 しかし、なぜ缶ビールのケースばかり……ちなみにケースは25本入りである。
「いよっ、葛城、なかなかいいとこに住んでるな」
 加持は開口一番そう言った。
 あいにく、両手ともふさがっていて挙げられなかったらしい。ケースを抱えた手をちょっと動かして見せただけだった。
「おかげさまでね」
 ミサトの表情はシンジからは見えなかったが、船の上で見せたのと同じ不機嫌な表情だったのだろう。
 加持はいつものようににこやかに……というか、にやけた笑いを浮かべていた。
 しかし軽いながらもなかなかいい表情だった。ただの人の好さそうな微笑みではない。
「よう、シンジ君、こんちは」
「あっ、どうも……」
「なーに、サードチルドレン、ミサトのところに住んでたの?」
「…………」
 加持の言葉は人当たりが良さそうでいいのだが、相変わらずアスカは偉そうな口を利く。
 しかも、どう答えていいかわからない言い種だ。
「わぁ、いいところですねー。高台で見晴らし良さそう。後でベランダ覗かせてもらってもいいですかぁ、葛城さん?」
 マヤはコンフォート17の立地にいたく感激しているらしかった。
 彼女を釣るなら日当たり良好の家が一番かもしれない。
「いいところですねぇ、NERVがこんないい官舎を宛ってくれるとは知りませんでしたよ。やあ、シンジ君」
「あ、こんにちは。日向さん」
「やあ、シンジ君、今日は俺のギターをたっぷりと聞かせてやるぜ」
「…………」
 青葉が挨拶もそこそこにいきなりそんなことを言い出したが、僕はロック系は苦手なんですけど、という言葉をシンジは飲み込んだ。
 それにしても、こんなにたくさん部屋に入れるんだろうか。
「ま、とにかく入ってよ」
「じゃ、お邪魔するわ」
「お邪魔させてもらうとするか」
「おっじゃまっしまーす」
「お邪魔しまーす」
「お邪魔します」
「ういーっす」
 シンジの心配をよそに、みんなはミサトに連れられて部屋の中にどやどやと入っていった。
 玄関には大量の靴が散らばっている。誰か蹴っ飛ばしたらしい。
「…………」
 シンジは人混みに呑まれることもなくただ呆然と立ちつくしていた。
「…………」
「あれ……」
 誰もいなくなったはずの玄関に不意に人の気配を感じてシンジがドアの方を見ると、そこにもう一人立っている者がいた。
「あ、綾波……」
 みんなの陰に隠れて見えなかったらしい。レイはペットボトルの入ったコンビニの袋を提げて、ポツンと立っていた。
「……失礼します……」
 一呼吸おいてからレイはそう言うと、靴を脱いでスタスタと部屋の中に入っていった。
「あ、どうぞ……」
 シンジはレイが自分の横を通り過ぎるのを待ってから、後について歩いていった。
(何だ、綾波も来てたのか、良かった)
 何が良かったのか知らないが、シンジはレイが来たことでホッとしていた。



 葛城家のリビングのテーブルには、ペットボトルとビールの缶が林立していた。
 さながら、第3新東京市の高層ビル群のようである。(夕方になって忽然と現れたし)
 さらに、テーブルの横にはNERV本部よろしくピラミッド型に積み上げられた缶ビールの山。
 何も5段も積み上げなくともいいのに。ちなみに製作者は日向と青葉。
 そしてテーブル中に並べられたおつまみの数々。
 無論、そこには葛城家にストックされてあったインスタント食品もレンジでチンされて混じっていたことは言うまでもない。
 一応参加者を確認しておくと、テーブルのお誕生席には加持とアスカ、そこから時計廻りに、リツコ、ミサト、レイ、シンジ、青葉、日向、マヤの順に座っていた。
「えー、それでは、加持リョウジさんと惣流・アスカ・ラングレーちゃんの来日を記念しまして、歓迎会を開きたいと思います。それでは、会場提供者である葛城さんの方からご挨拶を」
「もー、マヤちゃん、そんな堅っ苦しいことはなしにして、さっさと乾杯しましょうよ」
「えっ、そうですか?(じゃあ、どうして私、司会なんてしてるのかしら?) じゃあ、とりあえず乾杯したいと思います。私が唱和しちゃっていいですかぁ?」
「どうぞー」
「では行きます。かんぱーい!」
「かんぱーい!!!」
 ちなみに乾杯を唱和したのはミサトとオペレーターズ3人組だけだった。
 リツコはビールの缶を挙げただけ、加持は歓迎される方だからなのかとりあえず黙ったまま、アスカは乾杯という日本語をよく知らなかったらしいが、辺りを見回して何が行われてるかにようやく気付いたようだ。
 もちろん、シンジはこういう雰囲気は苦手だから何も言わなかったし、レイに至っては乾杯の仕草さえしなかった。
 念のために言っておくと、チルドレン3人はジンジャーエールを飲んでいた。
 アダルトは全員缶ビール。だからコップはチルドレン3人分しか出ていない。
 だいたい、ミサトにはビールは缶かジョッキで飲むものという概念しかないから、コップをたくさん置いていないのだった。
「プハーッ!!! いやっぱ、宴会で飲むビールはひと味違うわねー!」
 加持がいるからというだけで機嫌の悪かった表情はどこへやら。ミサトは早くもいつもの飲みっぷりを発揮していた。
 いや、いつもよりいいくらいか。
 テーブルの上に置かれた缶がカラン、と乾いた音を立てたということは、もう飲み干してしまったらしい。
 割り勘で買ったビールは飲まなきゃ損とでも思っているのだろうか。まあ、そうなのだが。
「いきなり一気するなんて、飛ばしすぎよ、ミサト」
「いーじゃん、乾杯は『杯を乾かす』って書くくらいだから、全部飲むのが本当なのよ」
「その言葉ができたときの杯は350mlもなかったと思うわ」
「そういう小難しいことは言いっこなしよ、宴会なんだから」
 小難しいことの言い出しっぺはミサトだったはずだが。
「相変わらずだな、葛城の飲みっぷりは。昔より増えたんじゃないか? シンジ君、いつもどれくらい飲んでるんだい、彼女は?」
「えっと、そうですね、食事の時に5本か6本、テレビを見ながら2・3本、お風呂上がりに大きい缶を1本。あとは夜中にウイスキーとかを飲んでるみたいですけど、よく知りません」
「葛城さん、それは飲み過ぎですよ。よく次の日に平気でいられますね」
「ミサトにとっては普通よ。ドイツに来たときはピッチャーをジョッキにして飲んでたわ」
「うわー、夕陽が綺麗! ちょっとベランダ覗いて来ていいですかぁー」
「さてと、そろそろ一曲やるとするか。シンジ君、何かリクエストはないかい? 90年代のロックが得意なんだけど、ビートルズなんかもいけるよ」
「いえ、僕は別に……」
「すごいですねー。第3新東京が一望ですよ。私も住みたいなー」
「あっ、加持さん、もうビール無くなったの? はい、どうぞ!」
「やあ、ありがとう、アスカ……おいおい、アスカもビール飲む気か?」
「平気よ。ドイツでは飲んでたじゃない」
「日本じゃ未成年は飲めないんだ」
「うっそーっ! おっくれてるぅーっ!」
「葛城さん、こっちにもビール回して下さいよ」
「はいはい、じゃあ、これね。私ももう一本」
「何がもう一本よ。もう6本目じゃない」
「だって早く飲まないとぬるくなっちゃうじゃない」
「あっ、葛城さん、袖、気を付けて下さい、汚れますよ」
「青葉さん、やっぱりまだギター弾くのは早いみたいですよ」
「そうかな。そういえば俺もまだ飲んでなかったな」
「すいませーん、そっちのチーズ欲しいんですけどー」
「葛城、トイレどっちだ?」
「出て左」
「いやー、この唐揚げ結構うまいっすよ」
「おつまみまだありますよー」
「何やってんのよ、アスカ! 2本目はやめときなさい!」
「いーじゃん、ミサトのケチ」
「相変わらず自分のことは棚に上げるのね。もう10本目のくせに」
「あたしはいいのよ大人なんだから。でもそろそろビール飽きてきたわねー。ウイスキーにしようかなー」
「水割りならもらうわ」
「あっ、加持、いいところにいた。冷蔵庫から氷とって」
「何だ、もうウイスキーか? おっ、20年もののいいのがあるじゃないか。俺ももらうとするか」
「シンジ君はどんな音楽が好きなんだい?」
「私そろそろウーロン茶がいいんですけどー」
「あーっ、大人ばっかり、ずるい!」
「子供にはウイスキーは早いわよっ!」
「そうだアスカ、今頃ウイスキーなんか飲んだら成長止まっちまうぞ」
「ちぇー」
「あれー、日向さんって、甘いもの食べながらビール飲むんですかぁー?」
「いやー、結構合いますよ」
「変わってるわねー。でも、おいしそうだから私も一つちょーだい」
「太るわよ」
「うっさい!!!」
「うーん、みんな乗ってきたなー。そろそろ弾くとするか」
 早、宴はたけなわだったが、ここに二人ばかり乗り切れてなかった者がいることを追記しておく。



 6時過ぎに始まった宴会も既に4時間。葛城家のリビングは、すっかりできあがった連中に支配されていた。
 ミサトは日向とマヤの間に移動して、面白おかしく話に興じている。もっぱら話題はNERV職員のうわさ話。たまにゲンドウの悪口なども出ていた。
 アスカは最初からずっと加持にちょっかいを出し続け、加持はそれを器用に受け流しながら、ミサトたちの話にうまいツッコミを入れていた。その度にわめくミサトと複雑な表情の日向、そしてただただ笑い続けるマヤ。
 青葉は独りギターをかき鳴らし続けていたが、それはなかなかの腕前で、その場のちょうどいいBGMになっていた。早い話が誰も積極的に聴いてなかったということだが。
 リツコはそんな彼らを机に頬杖ついて眺めながら、ビールとウイスキーを交互に飲んでいた。
 顔色は素面だったが、その横には最初にあったピラミッドより二つほど段が少ないピラミッドが綺麗にできあがっている。
 そしてミサトの目をかすめて開けたウイスキーの瓶が一つ二つ。結局一番飲んでいるのはリツコだった。
 そして薄笑いを浮かべてみんなの喧騒ぶりに見入っている。良く言えば人間ウォッチング。こういうタイプは宴会にはよくいるものだ。そして一番手に負えないタイプでもある。
 そして、この中から完全に浮いてしまった人物が二人。いうまでもない、シンジとレイであった。
 シンジは初めのうちは夕食代わりに食べ物をつまみ、ジュースをちびちびと飲んでいたが、2時間を超えても雰囲気になじめずギブアップ。ただみんなの様子を見ていることしかできなくなった。
 もちろん、今では見ているのも苦痛な状態になっている。
 レイに至っては最初からほとんど何も食べず、ただ時々思い出したかのようにジンジャーエールを飲むだけ。何が楽しくてこの場にいるのかさえ不明だった。
 シンジはそんなレイをチラチラと横目で見ながら、同類がいることを密かに喜んでいた。
 こんな状態だったから、もし今、使徒が第3新東京市に侵攻してきたら、NERVなどひとたまりもなかったであろう。ゲンドウと冬月がよくこんな宴会を許したものだ。
 シンジもそう思って途中でミサトに訊いてみたのだが、ミサトの答は「第六使徒の喪中だから」という訳の解らないものだった。
「あの……ミサトさん……」
 ついにこの場にいることに堪えかねて、シンジはミサトに話しかけた。
「ん? 何? ジュースもう無くなったの?」
「あ、いえ、そうじゃなくて……僕、もうそろそろ寝ようかと思って……」
「いいわよ。じゃあ、そろそろ……」
 よかった、終わりか。シンジは思った。しかしそれは甘かった。
「もう少し静かにやるか。青葉君も音量落としてね」
「ういーっす」
 ミサトはちゃっかりBGMを聴いていたらしい。
「あの……まだ、やるんですか?」
 シンジはおそるおそる訊いてみる。
「んー? だって、まだ10時過ぎでしょ。宵の口じゃない。これからこれから」
(それは大人だけでしょ……)
 シンジはそう思ったが、思ったことを簡単に口にできないのが彼の悲しいところだった。
 それでもシンジは遠回しに言ってみる。
「じゃあ、綾波や惣流アスカはどうするんですか?」
「ん? あ、そーか」
 この場に子供がいたことに、やっと気付いたらしい。
 もっとも、アスカは大人たちと同化し、シンジとレイは壁か観葉植物と同化していたので、気付かなかったのも無理はない。
「そーねー、もう夜遅いし……レイ?」
「はい」
 宴会が始まって以来、初めてレイは言葉を口にした。
「今頃から帰ると危ないから、泊まっていけば?」
「命令なら……そうします」
「じゃ、そうしなさい。アスカ?」
「んー、なにー?」
「あなたも泊まってく?」
「いいわよ。だって私の部屋、まだ片付いてないもん」
「じゃ、決まりね。子供はみんなシンちゃんの部屋で寝てね。大人はここと私の部屋で寝るから」
「え゛……」
「…………」
「いらなーい。私は加持さんと寝るもーん」
 アスカはそう言ってまた加持の腕に抱きついた。
「おいおい、冗談はよせよ」
「へーきよ、加持さんなら」
「加持ッ! あんた、子供に手ェ出したら射殺よっ!」
「バカ言え、いくら俺でも、歳が半分以下の子供には……」
「じゃ、いくつになったらいいの?」
「そうだな、あと……」
「何言ってんのよ、このぶわかっ!!!」
 またしてもシンジは蚊帳の外に弾き飛ばされてしまった。
 参考までに、先程の「え゛……」はシンジ、「…………」はレイである。
 それでも間隙を縫ってシンジは何とか声を出す。
「でも、あの、布団……」
「ん? ああ、物置にあるから」
「……数、足りるんですか?」
「3組くらいあるから足りるでしょ」
 既にミサトに計算能力はない。3組で足りるはずがないのだが。それとも、自分たちは徹夜する気か。
 いくら明日が土曜日だからと言って油断してはならない。
 一応断っておくが、NERVの連中は公務員とは言っても休みは交代制である。
 従って、この中で明日休みなのは加持と青葉だけ。他は出勤。いくらフレックスだからと言っても、お気楽な連中である。
 もし今、ここに使徒が……まあいいか。
「それとも、レイと一緒にシンちゃんのベッドで寝る?」
 ミサトが不意に放ったその言葉は、シンジにとってラミエルの荷粒子砲よりも強烈な攻撃だった。
「!!! ななな何言ってんですか、ミサトさんっ!!!」
「いーじゃん、子供なんだし」
「良くないですよっ!!!」
「なーに、シンちゃん、レイのことが嫌いなの?」
「だからそういう問題じゃなくてっ!!!」
「ぷふふ、じょーだんだって。だから布団使えばいいって言ってるじゃない」
 それを冗談だと思った人物はこの場にはほとんどいなかった。
 加持とアスカは相変わらずじゃれあっていたし(加持はちゃっかり聞いてたらしいがアスカは聞いてなかった)、日向はちょうどトイレに行っていたし、青葉はコードの練習に余念がなかったし、リツコははっきり本気で言ってると思って聞いていた。
「葛城さんっ!!!」
 その時突然マヤが声を張り上げた。
 彼女も本気だと思ってたのだろうか。
「な、なに?」
 少々引いてるミサト。半分くらい酔いは醒めたか。
 そしてマヤの据わった目にビビる。
「いくら冗談でも度が過ぎますっ! シンジ君とレイちゃんは、中学生とは言え、子供なんですよぉっ!」
「へ?」
 やっぱりミサトの酔いは醒めていたらしい。マヤの言うことがちゃんと理解できていた。「子供とは言え中学生なんですよ」の間違いじゃないのかしらと思ったくらいだから。
 しかしマヤは続けた。
「子供にはベッド一つで充分ですっ! 私たちのお布団がなくなっちゃうじゃないですかぁっ!」
 その瞬間、シンジの生命維持に問題が発生しそうになったのは言うまでもない。



 それから約10分後、シンジとレイはシンジの部屋で並んでベッドに腰掛けていた。
 マヤの言葉から立ち直りきってないシンジを、リビングから追い出すようにしてミサトがこの部屋に押し込めたのである。
 レイは黙って付いてきて、何も言わないのにシンジの横に座っていた。
 まあ、他に座る場所が思いつかなかったからなのだろうが。(無い訳ではない。勉強机の椅子がある)
 そしてさっきから二人は一言もしゃべってない。レイはどうだか知らないが、シンジはレイのことを必要以上に意識してそわそわしていた。
(逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ……)
 まあ、早い話が成り行きでラブホテルに入ってしまったが、何をどうしていいのか解らないカップルのようなものであろう。
 ちなみに筆者はそういう経験がないので断定できない。
(逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ……)
 しかしシンジも知らん顔して布団をもう一つ持ち込めばいいだけの話なのに、バカ正直にも彼はマヤの言うことに素直に従っていた。
 それが彼の処世術であるから仕方のない話か。
(逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃ……)
 そう思いながらシンジはいつもの右手の開閉運動を繰り返していた。左手でやらなかったのは、かつて触ったレイの胸の感触を思い出したらまずいと思ったからかも知れない。
 そして、ついに決心して声を発した。
「綾波は、どうして今日来たの?」
「命令だから」
「…………」
 会話は終わった。簡潔明瞭。実にあっさりしている。
 シンジにしても「今日は楽しかったね」などと間抜けなことは言えない。
 自分たち二人が楽しんでる様子ははっきり無かったのだから。
 それでもシンジは気を取り直して次の言葉を考えた。
 考えた。
 考えた。
 その間約5分。
 そして言った。
「そ、そろそろ寝ようか……」
 すると、レイがさっと振り向いてシンジの方を見た。冷淡な赤い視線がシンジに突き刺さる。
(ハッ!)
 その時になって、シンジは自分がすごくまずいことを言ってしまったような気になってきた。
(寝ようっていうのは、いや、あの、その、そうじゃなくて……)
 じゃあ、どうなんだ。
 シンジがもじもじと考えている間にレイは音もなく立ち上がると、冷ややかな声を発した。
「シャワー……浴びてくるから……」
 あまりにもお約束の展開に、可哀想なシンジ君は声も出なかった。



「碇君も浴びてきたら?」
 風呂上がりのレイのその言葉でシンジが自分の部屋を飛び出してきたのはもう30分も前である。
 もちろん、彼はシャワーを浴びるだけではなくて、どっぷりお湯に浸かっていた。
 そしてひたすら「逃げちゃダメだ」を心の中で繰り返していた。
 そんなに逃げたいのなら替わって欲しい、という方もおられるだろうが、こればっかりは筆者の一存ではどうにもならない。
「綾波は、怖い目にあったことがないから、あんなことが言えるんだ……」
 あまりにも無防備なレイの態度に戸惑い続けるシンジ。
 要は彼が手を出さなければ何も起こらないのだが、そんなに自分に自信がないのだろうか。
 まあ、この手のことは耐性の問題とも言えるが。
 しかし、風呂の中で一夜を明かす訳にはいかない。
 シンジはついに腹を括って湯船から出た。



 シンジの部屋に行くのに、リビングを通らない訳にはいかない。
 もちろん、風呂に行くときも通ったのだが、その時はあまりよく見ていなかった。
 だが、部屋に戻る足取りの重い彼は、リビングの光景をしっかりと見てしまった。
 今だ続く狂乱を。
 騒いでいる人数は減ったものの、哄笑は大きくなっている気がする。
 ちなみに、もろくも沈没しているのは青葉と日向。所詮、重巡と戦艦である。
 ミサトとマヤとアスカと加持は車座になって何やら話に興じている。
 シンジはあまり聞き耳を立てたつもりはないが、ミサトと加持の昔話にマヤとアスカがツッコンでいるのだろうか。
 そして相変わらず、テーブルの反対側からそれを眺めているリツコ。
 ビールの缶は今度はテーブルの上に置かれ、ボーリングのピン状に並べられていた。
 シンジはため息をつくとリビングを通り過ぎ、自分の部屋の襖の前に立った。
 そしてそこでもう一度ため息をつく。それから喉をゴクッと鳴らした。
 例えて言うなら新妻の待つ寝室に入って行こうとする夫というところか。但し筆者はこれも断定しない。
 シンジはまた右手をニギニギッとすると、ようやく意を決して襖を開けた。
「…………」
 そして無言。
 部屋の電気は消されていた。
 あまりにもお約束すぎる。
 リビングから漏れる明かりで照らされた部屋の中では、レイがシンジのベッドですやすやと眠りこけていた。
「…………」
 まだ無言。
 レイはシンジのベッドの手前の側に寝ていた。つまりシンジが寝るには、レイの上を乗り越えて行かなくてはならない。
 襖を閉めて真っ暗にしたらそんなことをするのは至難の業であろう。
 しかし、電気を点けていいかどうか迷っているシンジ。
 布団を床に敷いて寝るという考えは彼の頭の中から抹消されている。
 だが、ずっとそこに立っていても仕方がないので、彼は部屋の中に入って襖を閉めた。
 そして、暗闇に目が慣れるまで待とうとした。
 幸い、窓の外は月明かりと街の灯で薄明るく、次第に目が慣れてくると部屋の家具の配置がはっきりしてきた。
 そしてベッドで寝ているレイの影も。
「…………」
 未だ無言のシンジ。ゴクッと喉を鳴らしたその音が大きく聞こえて思わず焦る。
 ここで読者のみなさんの気をそいで申し訳ないが、レイは生まれたままの姿で寝ている訳ではなく、ミサトのお古のTシャツと短パンを借り受けてパジャマ代わりにしていたことをはっきりさせておこうと思う。
 ただ、Tシャツも短パンももちろんブカブカ、それにその下に下着を着けていたかどうかは、シンジは確認していない。筆者も見逃してしまった。
 それから約10分。ようやく闇に目が慣れたシンジは、そろりそろりとベッドへ近づいて行き、見事レイを乗り越えることに成功、レイと壁の間にポジションを確保した。
 そして、レイに背を向けるようにして目をつぶる。
 リビングから時折笑い声が聞こえてくる。それ以外は静寂。
 自分の心臓の音が部屋中に響いているような気がする。
 そして意識しなくても聞いてしまうレイの寝息。
 穏やかで規則正しいリズムがなぜかシンジを刺激する。
 掛け布団を頭からかぶってしまいたくなるが、レイがそれを共有しているのでできない。
 こんなことならビールを飲んでおけば良かった。そうしたら寝られたかも知れないのに。
 シンジはそう思った。しかし、その考えは甘いだろう。
 酔った勢いで別の行動に出てしまう可能性もあるのだから。
 ともかく、シンジが過剰なまでにレイを意識し、気疲れして寝てしまうのは夜中の2時過ぎのことであった。
 リビングからはまだ切れた笑い声が響いていた。



 バシャバシャバシャ。
「ううう、最低だ、僕って……」
 早朝の葛城家の風呂場で、シンジは洗濯に精を出していた。
 その理由をもはや詳しく語る必要もあるまい。
 明け方のまどろみの中で、ズボンの中に違和感を感じてハッと飛び起きたらこのザマである。
 別にシンジはレイに対して何かした訳ではなく、レイから何かされた訳でもない。
 レイが夢の中に出て来て「私と一つにならない?」と言った訳でもない。
 ただ同い年の女の子と添い寝しただけである。
 それだけでこれなのだから、彼の純情さが解ろうというもの。
 だが自分の犯してしまった過ちに気付いた彼は、レイを起こさないようにしてベッドからそっと抜け出し、多数の屍が横たわるリビングを通り抜けて、風呂場で今の作業をしているという訳だ。
 しかし、洗うのはいいが、どこに干すつもりだろうか。自分の部屋には干せないんだぞ、シンジ君。
 それを筆者が指摘するまでもなく、洗い終わった洗濯物を固く固く絞り終わったところでシンジはそのことに気付いた。
 朝から音を立てないようにと思って洗濯機を使わなかったのだから、当然乾燥機も使える訳がない。
 かと言って、ベランダに朝からポツンと洗濯物がぶら下がっている光景も奇妙なものであろう。
 そしてそれをミサトに見つかったら何を言われるか解らない。
 仕方ないのでシンジはそれを洗濯かごの中に放り込んでおいた。どうせ今日の洗濯当番は自分である。問題ない。
 秘密の作業が終わり、シンジはその場を後にしようとした。
 さりとて、もう一度寝る気にはならない。ダイニングでぼんやりして暇をつぶそうと思ってアコーディオンカーテンをサッと開けた。
 と、その時……
「えっ、あ、綾波……」
 カーテンの向こうにはレイが立っていた。
 ちょいと頭に寝癖などつけて。
 顔でも洗いに来たのだろうか。
 洗濯しているところを覗かれた訳でもないのに、シンジは動揺してしまった。
 それだけではない。
 レイはパジャマ代わりのTシャツと短パンから、なぜかカッターシャツに着替えていたのである。
 スカートはまだ穿いていなかった。
「あ、綾波、そのシャツ……」
 そのシャツは確か、昨日取り込んだ洗濯物だ。もちろん、シンジのシャツである。
 レイは自分とほぼ同じ高さにあるシンジの目をじっと見ながら言った。
「シャツ……借りたから……」
 表情さえ変えずに。
 一方、シンジの方は見ているのが可哀想なくらいにうろたえている。
「で、でも、どうして……」
「赤木博士が、毎朝着替えなさいと言ったから」
 休みの日には一日中パジャマで家中をうろうろしているミサトに聞かせたい言葉である。
 レイは洗面所に入りたそうにしていたが、他人の家で「どいてくれる?」などと不躾なことを言うようには教えられていない。
 だがシンジはそんなことにも気付かず、レイに向けて言葉を発するのみだった。
「でも、それ、僕の……」
「いけなかった?」
 そう言ったレイの首がほんの少しだけ傾いた。
「そう、じゃ、返すわ」
 プチ、プチ、プチ……
「えっ、あっ、綾波っ!」
 レイがその場でそれを脱いで返そうとしたので、シンジは大慌てに慌てた。
 そして、そんなことしなくてもいいから、というつもりで、胸の前をはだけようとしたレイの手を押さえようとした。
 が、そのために一歩前に踏み出そうとしたシンジは、見事自分の脚につまづいてしまい……



「うう、頭が痛い……私、どれくらい飲んだんだろう?」
 同じ頃、リビングで一人復活したものがいた。
 伊吹マヤである。
 彼女は元々あまり酒が強くない。
 最初のうちはみんなに合わせてビールを飲んでいたり、自分用にこっそり買ってきた缶酎ハイなどを飲んでいたが、2時間を超えたところでぴたりと飲むのを止めている。
 だが、それまでに飲んだ量が多すぎた。
 周りのペースに合わせたのが間違いの元である。
 従って、約1時間を超えたところから彼女の記憶はない。
 後は惰性で飲み、惰性で話をし、惰性で笑い、惰性で起きていたらしい。
 マヤはくらくらする頭を抱えて立ち上がった。
 別に胸がムカムカするとか、そういうお行儀の悪い酔い方ではないようだ。
 ただ、少し飲み過ぎたため、身体の水分量が多くなっていたらしい。
 彼女はお手洗いに行こうと、ダイニングに続く扉を開けた。
 その瞬間、彼女の中で時間が止まった。
 目の前のダイニングの床では、シンジが半裸のレイを押し倒していたのだから。
「あ、いや、あの、これは……」
 視線に気付いたシンジがマヤの方を見て弁解しようとした。
 だが、この状況をどうやって言い逃れようというのだろうか。教えて欲しいくらいである。
 当然、シンジは何も言える訳ではなく、虚ろな目をしたマヤと向き合っているだけだった。
 やがて扉が音もなく閉じられた。まるでエレベータの自動ドアのように。
 それに続いて微かな足音。そしてベランダへ続くガラス戸が開く音。そして……
「シンジ君ッ、不潔よぉっ!!!」
 彼女は第3新東京市全体に響きそうな声で絶叫していた。
 それでもリビングの屍たちは微動だにしなかったのだが。
「……はっ!」
 突然のマヤの出現に呆然としていたシンジだが、改めて状況を思い出して愕然とした。
 二人の身体の体勢は、前にシンジがレイを押し倒したときによく似ている。
 ただ、左右が逆だった。つまり、今度はシンジの右手がレイの……という訳である。
 何もずっとそのままでいることはないのに、シンジはレイの上から動けないでいた。
 レイが「どいてくれる?」と言わなかったからかも知れない。
 それでもマヤが扉の向こうに消えてから約1分後にシンジは再起動した。
「ごっ、ごめんっ!」
 シンジは跳ね起きると、レイの方に背を向けて……洗面所の方を向いて立っていた。
 後ろでレイが起き上がる気配がする。
 そして、裸足の足音がシンジの方に近づいてきた。後ろに立つ気配。
「返さなくていいの?」
 レイのその言葉にシンジは少し考えてから答えた。
「あの……自分のに着替えてきてくれないかな……」
 レイが男物のシャツを着ているところをみんなに見られたら、何を言われるか解らない。
 そういうつもりで言っただけだった。
 しかし、それはたぶん杞憂だ。みんな二日酔いでシャツの袷が左右逆だなんて気付きもしないだろう。
「そう……わかったわ……」
 ただ、レイはそう言って部屋に戻っていった。
 そして次に現れたときには自分のブラウスを着ていた。
 それからみんなが起き出すまでの間、二人してダイニングの椅子にただ座って待っているだけだった。
 マヤはショックでもう一度寝てしまい、その日はNERVを休んだそうだ。だが、自分のせいでそうなったことを彼女は知る由もない。



 そしてその夜、レイが着たシャツが洗われることなしにシンジのタンスの引き出しの奥に大切にしまわれたというのはまた別の話。







「……っていうんだけど、憶えてないかな?」
 とある休日の朝、ある新婚夫婦がダイニングで向かい合って座り、紅茶を飲みながら話をしていた。
 この紅茶は妻の大好きな銘柄で、久しぶりに寝坊した妻がお詫びにと大急ぎで淹れたものである。
 ただ、急いだからといって味と香りを損なうことはない。それも妻の特技の一つだ。
 この妻も、低血圧で寝起きが悪いながらもいつもは早起きして、夫と自分のための朝食を用意し、愛妻弁当まで作っているのだが、今日はちょっと油断したようだ。
 そして、夫がこんな話を持ち出したのは、妻があまりにも慌てて起きてきたために、夫のシャツだけを羽織ってダイニングに現れたからだった。どうも彼女は今日が平日だと勘違いしたらしい。
「ごめんなさい。憶えてないわ」
 夫の話を真剣な表情で(時折微笑みながら)聞いていた妻はそう答えた。
 ちなみに、妻はどういう訳かシャツ一枚のままでいる。
「そうか。でも、仕方ないね」
 夫はそう言って紅茶を一口飲んだ。
 今の彼女は、その時の彼女とは少し違うので、記憶があやふやな部分があるらしい。
 それに、その当時はあまり周りの人を意識していなかったみたいなので、よく憶えていないのだろう。
「でも、その前に押し倒されたことはちゃんと憶えてるのに」
 妻のその言葉を聞いた夫は苦笑した。
 あれは彼女の大切だった物が絡んでいるからよく憶えているんだろう。
 さっきの話は彼女にとってどうでもいい状況の一つだったから……
 そんな風に夫が考えていると、妻が言った。
「同じことすれば、思い出すかしら?」
 ゴホッ!
 夫は飲んでいた紅茶にむせてしまった。
 いくらその時と今の状況が酷似しているからといって、そんな……
「そこまでしなくても……」
 今ここで押し倒せと言うのだろうか。何も朝から……
「でも、思い出したいんだもの。それも思い出の一つでしょ」
「…………」
「そうね、ごめんなさい……」
 夫が黙っていると、妻がそう言った。
 諦めたのかな、と夫は思った。しかし、妻が少しいたずらっぽく微笑んだかと思ったその時だった。
「私の方から行動しないといけなかったのかしら?」
 プチ、プチ、プチ……
「えっ、あっ、レイッ!」
 その後、夫・碇シンジの手によって、妻が記憶を取り戻したかどうかは定かではない……



- Fin -




新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。

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Written by A.S.A.I. in the site Artificial Soul: Ayanamic Illusions