Side Story #4

フェイクした闇の中で



          She is REAL.

...and she is FAKE!



「Gehen!」

 アスカが叫んだ。
 シンジはそれが何のことか解らなかったが、スタートの合図だと思っただけだった。
 何しろ、彼のドイツ語のボキャブラリーと言えばバームクーヘンくらいである。
 フォルクスワーゲンがドイツ語だということさえ、教えられるまで気付かないに違いない。
 もちろん、レイはそれが英語の「go」と同じであるということを知っていた。
 彼女の愛読書の一つにはドイツ医学書があるのだから。

 アスカはかけ声と共に弐号機を横穴から縦坑の上に向かってジャンプさせ、下向きになって両手両脚を突っ張った。
 こうしてオフェンスであるシンジの盾になる。
 それが彼女の立てた作戦であり、そして彼女は自らディフェンスになることを望んだ。
 シンジにこの間の借りを返すために。
 もっとも、シンジは貸しを作った憶えなどさらさら無かったのに違いない。

 アスカに続いてレイの零号機が横穴から飛び出た。
 そして、落としたライフルを回収に、縦坑の底へ降下していく。
 最後にシンジの初号機が飛び出し、弐号機の下で仰向けになってボディを固定する。
 3機のエヴァによる連携態勢は整った。

 縦坑の上で使徒が溶解液を滲出させ、それが弐号機に土砂降りの雨のように降り注ぐ。
 ATフィールドで中和していても、背中が焼けるように痛むのをアスカは感じていた。
 ……ったく、早くしなさいよ、優等生!

 零号機は背中のジェットを使って縦坑の底に軟着陸し、ライフルを回収する。
 そしてそれが溶解液で損傷していないことを確認した。

 「綾波!」

 上からシンジが叫んだ。

「碇君が呼んでる(ポッ)」

          碇君が私を呼んだ。
          準備完了の合図。
          そして私はそれで初号機の正確な位置を確認する。
          そして、碇君に向かってライフルを投げ上げる。
          縦坑は暗くて、私から初号機は見えない。
          でも、碇君にライフルを渡すことを「イメージ」するだけでいい。
          エヴァとはそういうものなのだから。

 レイの零号機は遙か上にいるシンジに向かってライフルを投げ上げた。
 シンジからも、ライフルがどこに上がってくるかは見えなかった。
 ……キャッチボールはあまり得意じゃない。
 でも、僕は受け取ることをイメージするだけでいい。
 それでエヴァが動いてくれるんだから。
 
 初号気が空に手をかざすと、まるで測ったようにその位置にライフルが飛び上がってきた。
 シンジはそれをがっちりと受け止め、直上に向けて構え、射撃態勢に入る。
 インダクションモードをONにする。
 そして上で自分を守ってくれているアスカに向かって叫んだ。

「アスカ! よけて!」

 シンジが引き金にかけた指に力を込めても、アスカはまだよけようとしなかった。
 危ない……シンジがそう思った瞬間、弐号機は身を翻した。
 シンジは迷うことなく力いっぱい引き金を引く。
 ライフルの弾が底を尽くまで、遙か上の見えない使徒に向かって撃ち続けた。

 ……どうなったんだ……
 弾が無くなるまで撃ったのに、上からは何の反応もなかった。
 まさか、倒せなかったんじゃ……
 しかし、溶解液はもう降っては来ない。
 ややあって、上で何かが崩れる音がした。
 終わった。シンジはそう思った。

 あと一仕事。
 上から落ちてくるアスカを受け止めなきゃ……
 またしてもナイスキャッチだった。
「これで借りは返したわよ」

 アスカはそう言ってシンジに微笑みかけた。
 こんなやつに、借りを作ったままにするのはいやだもんね。
 ……こんなやつだけど。

 レイはそれを下からじっと見つめていた。
 暗くて見えなかったけれど、上で何が起こったのかは解っていた。

          ……使徒の殲滅を確認。

そう、だからディフェンスを望んだのね、弐号機パイロット。
私も碇君に抱き留められたかったのに……でも、いいの。
だって、私は碇君に押し倒されたことがあるもの(ポッ)
あの時は、とっても痛かった……(ポポッ)


          「作戦、終了」

 レイは非常用に携行してきたトランシーバーで本部に連絡を入れた。

「そう、ご苦労さま」

 雑音と共に向こうから聞こえてきたのは、リツコの愛想のない声だった。
 碇司令は何も答えなかった。

          ……残り時間が、もう少ない。
          至急、撤収。

 レイは零号機で縦坑をよじ登り始めた。
 時間がない。ギリギリ横穴に届くかどうか。

          急がないと……エヴァの回収に支障があるわ。

碇君に置いて行かれちゃう……(泣)

 零号機はやっと横穴にたどり着いた。
 しかし、ちょうど初号機が弐号機を横穴に押し込もうとしているところだった。
 待たなければいけない。
 内部電源がどんどん減っていく。
 レイはカウントダウンタイマーに目を走らせた。
 10秒、9、8、7、6……

          時間が、ない……

あ〜ん、碇君、早くぅ〜(泣泣)

 2、1、0……ちょうど初号機が横穴に入り終わったところだった。

          ダメなのね、もう……

(泣泣泣)

 零号機が動力を失い、突っ張った手足の力が抜けていく。
 横穴にかけていた指も離れていった。
 零号機はゆっくりと縦穴を落ちていった。

 しかし、それは途中で止まった。
 シンジが……初号機が、手を伸ばして零号機の腕を掴んでいた。

          どうして? みんな、動力がもう無いはずなのに……
          そう、ジェットの分の差が残っていたのね、たぶん……

碇君……また助けてくれたのね。
ありがとう、感謝の言葉(ポッ)


 零号機は無事、横穴に引き上げられた。



「本部に戻らなきゃ」

 3人がやっとエヴァから降りられたところで、シンジが言った。

「そうね、じゃあ、またあたしが先導するわ」

 アスカが得意そうに腰に手を当てて言う。
 シンジとレイは顔を見合わせてしばらく考えていたが、 お互い同じ結論を出したらしく、同時に頷いた。
 本部には戻れないかも知れないけど、外には出られると思ったから。

 3人は闇の中をひたすら歩いていた。

「まだかなぁ……」

 シンジが呟いた。
 ……おかしいよな、エヴァで2分くらいしかかからなかったのに。
 それに、だいたいここまで一本道だったはずなんだけど。
 近道しようとして横に折れるんだもんな。

「うっさいわね。黙って付いて来りゃいいのよ、あんたたちは……」

 アスカが大きな声でそう言ったが、いささか自信がなさそうだった。
 なにしろ、ついさっきの前例があるだけに。
 だが、シンジたちは仕方なくアスカの後を付いて行くしかなかった。
 ……僕が道案内して迷ったらアスカに張り倒されるだけだし。
 レイはシンジの後から付いて来る。

          弐号機パイロット、どうしてそっちへ行くの?
          来た道を戻ればいいだけなのに。

碇君……私と別の道に行きましょ(ポッ)

 さんざん迷った挙げ句、外に出ることができた時には、もう陽が落ちた後だった。

「ほら、ちゃんと出られたじゃない」

(本部に帰るんじゃなかったの?)
 シンジは当然、そんなことを口に出して言うほど浅はかではなかった。

「良かった、出られて」

 穏便にその一言だけで済ました。
 レイは何も言わなかった。



 ……しかし、何でこんなところに出て来たんだろ。
 シンジはそう思ったが、アスカが怖いので言えなかった。

「電気……人工の光がないと、星がこんなに綺麗だなんて、皮肉なもんだね」

 3人は第3新東京市が見渡せる山の上に来ていた。
 もうすっかり日は暮れ、空には降ってきそうな程の星が瞬いていた。
 大都会とは言っても山の中だし、車の排気ガスも規制されているので空気は澄み渡っている。
 辺りは真っ暗で、天文ファンなら泣いて喜びそうなシチュエーションだった。

 ……そういえば、星をゆっくり見るのなんて、久しぶりだな。
 シンジは草の上に大の字になって寝ころび、じっと星空を見ていた。
 アスカも隣で寝そべって足を組んでいる。
 時折その足をプラプラとさせていた。
 レイはアスカの隣で膝を抱えて座っていた。

碇君の隣に行きたかったのに……(泣)

「でも、明かりがないと人が住んでる感じがしないわ」

弐号機パイロット、どうして碇君に反対するの?
碇君がせっかく星空を楽しんでいるのに。

 アスカの声に応えるかのように、街に明かりが灯り始める。
 人工の光は、あっという間に街全体を埋め尽くした。
 しかし、街全体がまるで星空のようにも見え、それはそれなりに風情があるような気がする。

「ほら、こっちの方が落ち着くもの」

 ……確かに、そうかも知れない。
 現に、さっきまで暗い通路の中を迷い歩いていたのだ。
 本当に、どうなることかと思った。
 しかし、外に出ると安心するのはなぜだろう? 同じように真っ暗なのに。
 シンジは少し星が見えにくくなった夜空を仰ぎながら考えていた。

          「……人は闇を恐れ、火を使い、闇を削って生きてきたわ……」

          そう、火は全ての始まり。
          何もない闇から火は生まれたの。
          ……私も闇から生まれた。
          そして、闇に消えていく存在。
          そう、私は、ヒトではないから……

……でも、碇君と一緒になりたい(ポッ)

「てっつがくぅ!」

 レイの言葉に、アスカが感嘆の声をあげる。
 ……エヴァのこと以外だと、アスカも素直なところがあるよな。
 シンジはそう思った。でも……
 さっきまで忘れていた疑問が、再びぐるぐると頭の中を駆け巡り始める。

「だから人間って、特別な生き物なのかな……だから使徒は攻めてくるのかな……」

 シンジはアスカの方を見てそう言った。
 ……そう、さっきもこんなこと考えたんだよな。
 でも何でこんなこと考えるんだろう、僕は……
 何でアスカにきくんだろう、僕は……

「あんたバカァ!? そんなの、わっかるわけないじゃん」

 アスカは心底、何も気にしていないようだった。

          弐号機パイロット、本当に何も知らないの?
          そう、何も解っていないのね……

……だからあなた、映画でひどい目に遭うのよ(クスッ)
私? 私はちゃんと解ってるもの。
だから碇君と一つになれたの(ポポポッ)




新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。

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Written by A.S.A.I. in the site Artificial Soul: Ayanamic Illusions