時に、西暦2016年

 6月3日(金)

 第3新東京市立第壱中学校

 放課後

「さあー、授業もみな終わったし、さっさと帰るとしよか」
「そうだな。ま、せっかくの金曜日なんだし、何かして遊ぼうぜ」
「そやそや。幸いにして、今日は宿題もあらへんし」
「シンジも行くだろ」
「あ、うん」
「お、そや、センセ、思い出したがな。シアサッテはセンセの誕生日やったな」
「そうそう。また今年も誕生会するんだろ? 俺たちも呼んでくれるよな」
「うん、そのつもりだけど」
「で、今年も首謀者は惣流なんかいな」
「しゅ、首謀者って……アスカとは毎年お互いに誕生会し合ってるだけだから」
「でも、惣流の時はシンジが主催してるように見えないけど」
「あれは……アスカが自分で段取りとか決めてるんだ。僕はその進行とか準備をしてるだけで……」
「相変わらずセンセは尻に敷かれるタイプやのぉ」
「何で僕が……」
「ま、それはさておき、いつやるんだ?」
「そやそや、去年は土曜日やったし、いろいろ準備する時間あって良かったけどな」
「一昨年は金曜の夜にやって、結構遅くまでかかったろ。次の日が学校休みだったからいいけど、今年は月曜日じゃないか」
「そや、お前んとこのお母んがワシらにシャンパンなんか飲ませよったから、次の日使いもんになれへんかったやないか。あの二の舞はゴメンやで」
「シャンパンは出さないように母さんに言っとくよ。それで、日にちなんだけど、時間の都合で、一日早くしたいんだけど」
「日曜日かいな。ま、センセがそれでええんやったらワシらは別に構へんけど」
「しょうがないよ。アスカがそう決めたんだから……」
「やっぱりセンセ、尻に敷かれるタイプやないかいな」
「…………」
「で、日曜日の何時だって?」
「5時から」
「メンバーは誰と誰や」
「トウジとケンスケとアスカと、あと委員長も来ると思うよ」
「綾波は呼ばないのか?」
「……呼んだ方がいいかな」
「そんなもん、センセが決めたら済むことやがな」
「ま、惣流が主催するんなら、綾波にも声くらいはかけるだろうけどな」
「うん……とりあえず、後でアスカと相談してみるよ」
「しゃーないやっちゃな、センセも。まぁ、それはそういうことで、今日はこれから遊びに行こか」
「どこ行く? ゲームセンターでもいいけど、シンジの誕生日のこともあるぜ」
「そやな。プレゼントっちゅうもんを買ぉたらなあかんさかいな。金は使わん方がええか」
「じゃ、また家でテレビゲームでもするか。トウジ、こないだ買った新しいの、あれやらせてくれよ」
「ほな、そないしょか。シンジ、行くで」
「あ、うん」



 ハッピー・バースデイ




 ふわ……
 ……うーん、よく寝たわ。
 さぁーて、授業も終わったし、後は帰るだけ……と思ったけど。
 ん? アスカとヒカリったら、何か相談してるじゃない。
 怪しいわね。私に黙ってケーキかアイスでも食べに行こうってんなら、ただじゃ置かないわよ。
 どうしてやろうか……付いて行こうっと!

「おっふたっりさん! 何の相談?」

 私は寄り添って教室を出て行こうとしている二人に走り寄ると、二人の肩に後ろから手を回しながらそう言った。

「ちょ、何よ、レイ! 驚かさないでよ!」
「べっつにー。何の相談してるのかなと思っただけよ」
「後ろからいきなり飛びかかって大声出すのは驚かすって言うのよ!」
「はいはい、ごめんなさい。で、何の話してたの?」

 私のへらへらっと笑った顔に、アスカはあきれ返ってるみたい。
 ま、いーじゃない。私が脳天気なのはいつものことなんだから。
 アスカはヒカリとちらっと顔を見合わせてから私をキロッと横目でにらんで言った。

「……ケーキの話」
「えっ、ケーキ!? 何、またおいしいお店見つけたの? どこ? これから行くの? 私も連れてってよー! ねー、隠すことないじゃない!」
「違うってば!」

 へ? 何が違うの?
 だって、ケーキでしょ。ケーキ……
 ああ、私の大好物。ケーキ、ケーキ、ケーキ……
 おいしいケーキとおいしい紅茶のためなら、どこだって行くんだから!

「でも、ケーキなんでしょ」
「だから、食べに行くんじゃないの! ほんっとあんたって甘い物には目がないんだから」
「それはアスカも同じでしょ」
「う……だから、それはいいの!」
「でも、ケーキなんでしょ」
「あのね……」

 ケーキ、ケーキ、ケーキ……
 私の頭がケーキのことでいっぱいになってると、アスカと私のおかしな会話を見かねて、ヒカリが助けてくれた。

「あのね、綾波さん」
「うん、何?」
「ケーキを食べに行くんじゃなくて、ケーキを作る話」
「えー、ケーキ作るの? だったら、私も手伝うから、食べさせてよ!」
「あ、だからその、私たちが食べるために作るんじゃなくて……まあ、私たちも食べることになるんだけど……」

 んー、何だか要領を得ない説明ね。ヒカリともあろう者が。
 誰かにあげるために作る? でも、二人も食べる?
 それって、どういう状況なのかしら?

「レイ、落ち着いて聞きなさい」
「はい」

 はは、アスカったら、私がすぐ話に横やりを入れるので怒ってんのね。
 とりあえず静かに聞いとこうっと。
 ケーキ食いっぱぐれたら大変だもの。

「えーとね、つまりその、誕生日のケーキを焼くのよ」
「はあ、なるほど、誕生日ね……誰の?」
「あ」

 アスカとヒカリの誕生日は知ってるもの。誰のだろう?
 私が聞き返したら、アスカったら口をポカンと開けたまま、ヒカリと顔を見合わせてしまった。
 ん? どうなってんのかしら。
 何か私に知られたらまずいことでもあった?

「あー、ごめん! レイに言うの忘れてたわ」

 何を?

「明後日、碇君の誕生会なのよ」

 これはヒカリの言葉。
 へー、そうなんだ。碇君の誕生会ね。ふんふん。私も行きたいんだけどな。
 押し掛けちゃまずいのかしら。

「そう、今日のお弁当の時に言うつもりで、ころっと忘れてたわ。あんたも来る?」
「え? いいの? うん、行く行く! ケーキ食べたーい!」

 あはは、アスカとヒカリったら、またあきれた顔してるわ。
 だって、こうでも言っとかないと、うれしい顔してる別の理由がばれちゃうじゃない。

「で、お二人さんはそのためのケーキを焼いてあげると」
「ま、そういうことね」
「お誕生日のプレゼント代わりにって、アスカが。私はそれを手伝うの」

 ふーん、なるほど。
 アスカ、お料理も結構上手だもんね。
 たまにお弁当をちょっともらってるけど、おいしかったー。
 お母さんが忙しいから自分でお弁当作ってるって言ってたけど……
 うーん、私は自分でお弁当作れないのに。サンドイッチくらいしか。
 この上ケーキまで焼かれたら、ますます差が広がっちゃう。
 さて、どーしたら……

「あんたも手伝う?」
「え、私?」

 あははー、アスカに先に言われてしまった。
 私もそう言おうかと思ったけど、よく考えたら……
 うーん、私、ケーキなんて焼いたことないからなー。

「手伝ってもいいけど、邪魔しちゃいそうだし……」

 私は笑いながらそう言うしかなかった。
 さっきは私たちだけのケーキだって思ったから手伝うって口走っちゃったけど。
 何しろ、前科があるもんね。
 バレンタインの手作りチョコの時にお騒がせしたから、二人とも私の料理の腕は知ってるはず……
 ましてや、私たちだけで食べるケーキならともかく、碇君のためのケーキなんだから私のせいで失敗しちゃまずいじゃない。
 そりゃ、私だってできることならおいしいケーキを焼いてプレゼントしたいけどね。
 ほら、二人ともやっぱりねって顔してるわ。はー、我ながら情けない。

「ま、レイが自分でそう言うなら無理に引き留めないわ」
「うう、どうも申し訳ありません」
「明日材料買いに行くんだけど、来る?」
「え、でも、お金だけ出すってのも……誕生日プレゼントって、気持ちだし……」

 そう、そうなのよね。
 お金出したから、一緒にケーキをプレゼントしたってことにはならないのよ。
 ケーキを買うんならまだしも、わざわざ手作りで焼くんだから。
 お金はともかく、焼いてあげるっていう気持ち、そっちの方が大事。
 それくらい、私にだってわかるもの。

「そう、じゃ、そういうことで」
「ごめんね、綾波さん」
「ううん、いいの、いいの」
「日曜日の5時からね。シンジの家、知ってる?」
「あ、うん、一応」

 何せ、無理矢理連れて行かれたこともあるし。

「それじゃね、綾波さん。私たちこれからケーキのことで相談するから」
「どうぞごゆっくり……」
「ケーキ食べに行くときはちゃんと誘うから、心配しないでいいわよ」
「それはそれは、かたじけない……」

 結局、私は二人と別れて先に家路についた。
 ということは……
 私は別口で碇君のためにプレゼントを買わなきゃいけないのね。
 うーん、何にしよう……
 とりあえず、明日買い物に行って、いろいろ見てから考えようっと。
 今日はこれからまた自分で料理作らなきゃ。
 とほほ、やっぱり毎日料理の練習しとけばよかったんだぁ……

 あ、そうだ。

 買い物に行くときは、碇君のお母さんに会わないように気を付けないと……



 6月4日(土)

 第3新東京市市街地

 午後

「……まったく、どうして僕が買い物になんか……」
「うっさいわね、黙って付いて来りゃいいのよ、あんたは」
「…………」

 アスカのきつい言葉に、僕は黙り込むしかなかった。
 まったく、いつもアスカはこうなんだから。強引すぎるよな。
 せっかくの休みの日だというのに、買い物に付き合わされるなんて。
 僕を連れ出した目的はわかってるんだ。
 どうせ荷物持ちに決まってる。
 たぶん、明日の僕の誕生会の準備のために何か買いに行くんだろうけど。
 準備してくれるのはありがたいけど、どうして祝われる本人である僕が手伝わなきゃならないのか。
 アスカの誕生会の時は自分は手伝ったことないくせに。
 それにしても、委員長まで一緒とは。
 ……全部僕に持たせる気なんだな。

「心配しなくても、そんな大荷物にはならないわよ」

 お見通しってことか。
 ちぇっ、どっちにしろ、持たされることには変わりないよ。

「荷物持つのはいいけど、僕まで一緒に買い物について回らなきゃいけないの?」

 いつもよく来るデパートの入り口を入ったところで僕はアスカにそう言った。

「わかったわよ。じゃ、出て来るまでこの辺で待ってて」
「出て来るまでって……買い物終わるの、いつなんだよ。何分くらいかかるの?」
「そんなにかからないわよ。30分もあれば充分よ」

 ……それでも結構かかってるような気もするけど。

「わかったよ。じゃ、30分後にここで」
「勝手にどっか行ったりしないでよ」
「ごめんね、碇君」
「いいよ、いつものことだから」
「ちょっと、シンジ! それじゃ私がいつもいつも買い物に付き合わせてるみたいじゃない!」

 そりゃ、いつもじゃないけど、それでも2回に1回くらいは荷物持ちさせてるだろ。
 ……アスカ、何、赤くなってんだろ?

「アスカ、いつも碇君と買い物に来てるの?」
「そ、そんなわけないじゃない! だいたい、シンジは休みの日は家でゴロゴロ寝てばっかりで……」
「でも、たまには……」
「それは……でも、ほんとにたまにしか……」

 二人はそんなことを話しながら、僕一人をデパートの入り口の所に置き去りにして、食料品売場の方に降りて行った。
 やれやれ、やっと行ったか。僕はそこにあった待合い用のベンチに腰掛けた。
 しかし、30分か。中途半端だな。
 本屋に立ち読みにでも行こうかとも思ったけど、買う物決めてるみたいだから、案外早く帰ってくるかも知れないし……
 上のゲームセンターに行って暇を潰すのも何だし。
 そういや、読みかけの本があったから、あれ持ってくれば良かったかな。
 あーあ、それにしても、いきなり買い物に付き合わせるなんて……
 今日はこれからフォトファイルの整理をする予定だったのに。
 だいぶたまってきたからな……一度、番号付けするなりしておかなきゃ、どれがどれだかわからなくなる。
 それに、バックアップも取っとかなきゃいけないし。
 そう言えば、こないだケンスケから買ったフォトファイル……あれ、可愛かったな……
 何て言うか、こう……

「あれっ、碇君じゃない!」
「えっ……あ、綾波!?」

 急に声をかけられて顔を上げると、そこにはなぜか綾波が立っていた。
 び、びっくりした……ちょうど考えてた時に来るなんて、偶然にも程があるよ。心臓に悪い……
 こんなところで、何してるの?

「何、びっくりしてるのよ、失礼ね。私と出会うのがそんなにいやなの?」

 そう言いながらも綾波は僕の方を見ながらニコニコと笑ってる。
 ま、いつものきつい冗談か。
 この笑顔を見せられたら、こっちだって怒る気にもなれない。

「別にいやってわけじゃ……」
「それはそれは。ところで、何してんの、こんなところで」
「買い物の付き合い。アスカに連れて来られたんだ」
「へー、ひょっとして、デート?」
「な、何でそうなるんだよ……単なる荷物持ちだよ。それに委員長も一緒だし」
「そうなの、ふーん。あ、わかった。明日のお誕生会の準備ね」
「え? 知ってたの?」

 そう言えば、昨日アスカに綾波のこと訊くの忘れてた……
 でも、知ってるってことは、アスカは声かけたんだな、きっと。

「うん、昨日アスカから聞いたの」
「誘われた?」
「一応ね」
「来るの?」
「来て欲しい?」

 そう言いながら綾波はうれしそうに……と言うか、悪戯っぽく笑ってる。
 どうもこの笑顔、気になるんだよな。こっちの心を見透かされてるみたいで……
 そりゃ、来て欲しいに決まってるけど……

「うん……まあ、友達だし……」
「もー、何か薄弱な理由ねー。気合いなくしちゃうじゃない」
「えっ、来てくれるの?」
「当然じゃない。それどころか、こうしてプレゼントを買いに来てるっていうのに、碇君ったらそんなつれない返事はないでしょう」
「えっ、プ、プレゼント?」

 そんな……まさか、綾波にプレゼントもらえるなんて……
 バレンタインに義理チョコもらっただけでもうれしかったのに……

「もちろんよ。だって、お料理やケーキ食べさせてもらえるのに、手ぶらってわけにはいかないじゃない」
「…………」

 何だ……そんな理由だったのか……喜んで損した……



 あはは、碇君ったら落ち込んじゃってる。
 うーん、やっぱり最後の一言は余計だったかな。
 照れ隠しにしては言葉が悪すぎたかしら。
 とりあえず別のことで元気づけてあげなきゃ。

「ん? どしたの、浮かない顔しちゃって。それよりさ、明日は手作りケーキなんでしょ、楽しみね」
「へ? 手作り?」
「え? 何も聞いてないの? あ、これって言っちゃまずかったのかしら」

 買い物に連れて来られてるって言うから、アスカはもう話してるんだと思ってたけど。
 もしかしたら、まだ秘密で、当日になってから言う予定だったとか?
 確かに碇君って鈍感だから、買い物に付き合わせて材料見せてもケーキだなんてわからないだろうけど。

「……何にも聞いてないけど」
「あ、そうなんだー。えー、どうしよ。やっぱり言っちゃいけなかったのかな」
「でも、もう言っちゃったよ。手作りケーキって……もしかしたら、アスカと委員長が作るの?」

 うーん、さすがに碇君でも、そのものずばりを言うとわかっちゃったみたいね。
 これは言い逃れのしようがないわ。
 でも、アスカとヒカリのために何とかフォローしとかなくちゃ。

「えーっとね、そうなのよ。でも、もしかしたら、当日そのことを発表して碇君を驚かそうとしたのかも知れない」
「……そうかもね。でも、それならどうして買い物に付き合わせたりしたんだろう?」
「でもさ、アスカの買い物見て、それがケーキの材料だってわかる自信ある?」
「……ない……」
「だからたぶんそういうことなのよ」

 うっ、でもこれって、碇君が鈍感だって言ってるみたいなものよね。
 お願いだからその鈍感ぶりを遺憾なく発揮して私の失言に気付きませんように……

「でも……荷物持ちさせるほど、たくさん買うのかな?」

 ほっ、どうやら気付かなかったみたい。
 ごめんね、碇君。

「どうなのかしら……もしかしたら、これから練習で焼いてみるんじゃない? だから材料たくさん買うとか」
「うん、そうかも……」

 と言ったところで、よそ見して考え事してた碇君がぱっと私の方を見た。
 まずいっ! さては気付かれた?

「綾波は手伝わないの?」

 ううっ、やっぱりこっちの方を気付かれた……
 でも、結局当日になったらわかることなんだし、正直に言うしかないか。とほほ……

「えへへ、えーとね、実はそのー、私、料理苦手だし、特にお菓子作りなんてやったことないし……だから、今回は邪魔しちゃ悪いから遠慮させてもらうっていうことで」
「そうなの? でも、こないだ母さんの料理手伝ってたじゃないか」
「あれはその、ほんっとにお手伝いだけなんだってば。ほとんど何もしなかったのよ」

 うう、料理できないことなんて自慢にならないのに、強調しなきゃいけないのはつらい……

「そう……でも、バレンタインの時は、その、義理チョコは、あれは手作りだったんだろ?」
「あ、あれは、アスカとヒカリにみっちり教えてもらったのよ。その時だって二人にだいぶ迷惑かけたんだから」

 ああ、恥ずかしい……何でこんなことまで自分で暴露しなきゃいけないのかしら。
 ますます減点だわ。

「そうなんだ」
「そうなのよ。だから代わりにこうして別のプレゼントを買おうとしてるわけ。あ、手作りケーキのこと、私がばらしたって、アスカには内緒にしててね。当日はちゃんと驚いてあげるように」
「はいはい」
「それじゃ私、プレゼント買いに行ってくるから。期待しててね」

 私はとりあえず笑顔でその場を取り繕っておいた。
 碇君も笑ってくれたけど、何かあきれてるみたいね。
 あーあ、これはほんっとにいいプレゼントあげなきゃ、挽回できないわね……



 さてと、プレゼント、プレゼントっと。
 私は頭を巡らせながら、エスカレータで上の階に昇っていった。
 でも、男の子の誕生日にプレゼントするのって初めてだし、何買ったらいいのかちっともわかんないわ。
 男の子って、どんな物喜ぶのかしら。
 とりあえず、上から順々に見ていくとか、ね。

 スポーツグッズ……鈴原君ならともかく、碇君はあんまり興味なさそうだし。
 テレビゲーム……今どんなのが流行ってるのかしら。全然知らないからパスした方が無難ね。
 文房具……入学祝いじゃあるまいし、万年筆なんてあげてもね。
 書籍……碇君、どんな本読むのかしら。既に持ってるかも知れないし、難しいところよね。
 調理器具……お料理するっていう噂だけど、ほんとかしら。私よりうまかったらどうしよう……

 後は……何があるんだろ。
 何か、部屋の飾りになるような物もいいかも知れない。
 綺麗な絵とか、写真とか……
 あー、やっぱりさっき会ったとき、話のついでにどんなのがいいか聞いておけば良かったかな。
 でも、何かわからない方が楽しいだろうし……
 さっきのこともあるから、ますますプレッシャーかかっちゃうわ。
 うーん……

「あらっ、レイちゃん?」

 え? ひょっとして、その声は……
 まさか、そんな……
 恐る恐る振り返ったその先には、しっかりと碇君のおばさまが……
 と、とりあえず挨拶なりと……

「あ……どうも、こんにちは。先日はありがとうございました」

 はあ、びっくりした。
 会うまいと思って一番中途半端な時間帯を選んだつもりなのに……
 でも、碇君に会うことからして、そもそも私の時間選択が間違ってたってことなのよね。
 それにしても……あ、おじさまも一緒……仲のおよろしいこと……

「いえいえ、私の方こそ、無理に誘っちゃって、ごめんなさいね」
「いえ、はあ。ごちそうさまでした」

 ……何なの、この受け答えは。

「今日は何のお買い物?」
「いえ、その、ちょっと、ぶらぶらと……」

 まあ、碇君の誕生日プレゼントのことを別にごまかす必要もないんだけど、きっぱりと言うこともないかと思って。

「あら、そう、何かいいものあった?」

 ……まさか、私がここにいる理由がばれてるのかしら?
 それとも、一般的な挨拶?

「はあ、まあ、いろいろと……あの、おばさまたちは今日は?」
「ちょっと明日のシンジの……そうだ、レイちゃんは来てくれるの? シンジの誕生会」

 明日のって……こんなところで明日の何を買おうとしてらっしゃるのかしら。
 やっぱり碇君の誕生日プレゼント?
 どうせなら、お料理の準備とかで食料品売場に行ってて下さればいいのに……何でこんな上の階に……
 それはさておき、

「あ、はい、伺わせていただきます」
「あら、そう、よかったわ。シンジもきっと喜ぶわよ」
「ええ、さっきそこで会いまして……」
「何か言ってた?」
「いえ、別に。でも、私を呼ぼうかどうか迷ってたみたいですけど」
「そんなことないわよ。呼びたがってたみたいだし。きっと、照れてるのね」
「そうなんですか? まあ、碇君って女の子と話すの苦手みたいですからね」
「ふふふ、それにシンジは可愛い女の子に特に弱いから」

 う、私のこと、暗に褒めて下さってるのかしら。
 どう反応していいものやら……

「はあ、恐縮です」
「もしかして、プレゼントを買いに来てくれてるの?」
「あっ……はい、あの、実は……」
「シンジはそれも知ってるのかしら」
「ええ、さっき、それも言いましたので」
「でも、レイちゃんもアスカちゃんたちと一緒にケーキを作れば良かったのに」

 あ、おばさまやっぱり知ってたのね、そのことは……
 そうよね、あらかじめ言っとかないと、おばさまの方でケーキ用意しちゃったら困るもの。
 でも……ああ、また言わなきゃいけないのかしら、あのこと……

「えーと、その、私、ケーキ焼いたことないので、何を手伝えばいいのかわからなくて……邪魔しちゃ悪いと思って……」
「あらあら、そんなに遠慮することないのに」
「いえ、でも大事なケーキの出来を左右するわけですから……次の機会があれば、それまでに練習して……」
「そう、じゃあ、お菓子作りもお勉強しなきゃね。教えましょうか?」

 うっ、何でいきなりそうなるの?
 教えていただけるのは確かにありがたいけど……
 まったく、どうして私にこんなに気を使って下さるのやら……

「でも、わざわざそこまでしていただくわけには……」
「あら、気にしないで。アスカちゃんにも教えたのよ」
「え、そうなんですか?」

 知らなかった。
 アスカの料理の腕って、アスカのお母さんの直伝だって聞いてたけど。
 お菓子作りだけは別なのかしら。
 ううむ、私も少しは習ってもいいかな……
 でないと、どんどん差が広がっていく一方だわ。

「だから、気が向いたらいつでも声かけてね。お勉強のお手伝いくらいならできるから」

 どうもおばさまには心を読まれてるみたいなのよね。
 それとも、顔に書いてあるように見えたとか?

「あ、はい、ご丁寧にどうも……」
「それじゃ、これ以上お邪魔しちゃ悪いから、失礼するわ。プレゼント探すの、頑張ってね」
「はい、何とか頑張ってみます」
「ああ、では、レイ君、失礼する」
「あ、おじさま、失礼します」

 おばさまは私に手を振りながらエスカレータの方に歩いていった。
 おじさまと何か話しながら。
 ふう、何か……どっと疲れたわ。
 碇君のおばさまって、楽しくていい方なのに……
 どうしてこんなに緊張しちゃうのかしら?
 やっぱり、ご両親とはうまく付き合わないといけないから……
 ……な、何考えてるの、私ったら。

 そうよ、プレゼント、プレゼント。
 何かいい物は……
 そうだ、えーと、何を探してる途中だったんだろ。
 私は辺りをキョロキョロと見回した。
 あれ、ここはいつも来てるファンシーグッズ売場じゃない。
 まだ動揺してるのかしら。足が勝手に向いちゃった。
 でも、こんな女の子物ばっかり置いてるところに、碇君のためのプレゼントなんか……

 ん? あれは……

 へえ……

 いいじゃない、これ。

 私はそこにあった物を一目見て、気に入ってしまった。
 うん、これなら男の子も女の子も関係ないわ。
 クリスタルっぽくて、すごく綺麗だし……
 これはいい物見つけたのかも知れない。
 値段も手頃だし、何と言っても、この飾りが……
 碇君にぴったりね。それに、こっちは……

 よし、きーめた。これにしよっと。

「すいませーん」

 即断即決。これこそ私の信条ね。
 私は店員さんに声をかけて、その品物を綺麗に包装してもらった。
 もちろん、誕生日用にリボンも付けてもらって。メッセージカードもばっちりと。
 さーて、プレゼントもめでたく決まったし、明日はケーキよ!



 6月5日(日)

 第3新東京市郊外、コンフォート17マンション

 午後4時45分

「こんにちはー」

 碇君の家に行く前に、私はアスカの所に寄ってみた。
 アスカとヒカリはただいまケーキと格闘中。ここで作って、碇君の家に持って行くらしい。
 作ってるところ見られたくないって訳ね。やっぱり秘密だったんだ。
 んー、玄関を開けた途端にいい匂いが漂ってきた。
 ブランデーか何か混ぜてるのかしら?
 思わずよだれ出ちゃいそうだわ。
 あ、アスカのお母さんは今日もいないのね。

「ん? レイ、どうしたの?」
「へへー、ちょっと様子を見にね。どう? うまくできた?」
「だーいじょうぶ、まーかせて! もうばっちりよ!」

 アスカはそう言って右手でVサイン。
 左手は腰に当てて、どんなもんよって感じね。
 これは相当自信あるみたい。
 うんうん、私も楽しみになってきたわ。

「そうみたいねー」
「アスカ、昨日、苦労したもんねー」

 ヒカリの話すところにとれば、昨日はスポンジを焼くのに2回ほど失敗したらしい。
 予定外に多くの材料を使ってしまって、おかげで今日は一発勝負だったらしいんだけど……

「完璧よ。これも私の日頃の行いの良さのたまものね」

 アスカ、それはどうかしら……

「何よ、文句ある?」
「え? 別に……」

 な、何で私の考えてることがわかるの?
 ひょっとして、私って考えてることがはっきり顔に出るタイプなのかしら……
 とりあえず、話を逸らさなきゃ。

「もうでき上がり?」
「後は、飾りをちょっとね」
「えー、どんなの? 見せて、見せて!」
「さわって壊さないでよ、せっかく綺麗にできたんだから」

 わかってますって。何せ、私も食べるんだから。
 私はアスカとヒカリの肩越しにケーキの置かれたテーブルをひょいと覗き込んだ。
 おー、もうクリームも絞り終わって、後は飾りのチョコや何かを置くだけなのね。
 ふむ、確かにこれはすごいわね。
 それに何、この大きさ。30センチくらいありそう。
 あ、でも、8人前か。それならこれくらいいるかも。
 でも、食べ甲斐がありそう……

「おいしそうねー」
「でしょ? へっへー」
「うれしい? 碇君のために上手に作れて」
「そ、そんなんじゃないわよ。ただ単に、うまくできて喜んでるだけよっ!」

 ぷぷぷ、無理しちゃって。
 でも、これなら碇君でなくても喜んでくれるわよ。
 そう考えると、私のプレゼントも霞むかも知れないわね。
 渡すタイミングはちゃんと見計らわないと、忘却の彼方に葬り去られかねない。

「何か手伝うこと、ある?」

 ケーキを手伝うことはなさそうだけど、後片付けくらいはした方がいいかしら。

「ん、それより、シンジの家に行って、料理並べるのとか手伝って来てよ」
「そうね、そうする。それじゃ、お先に」

 そうよね、後片付けの最中に、うっかりケーキを落としでもしたら……
 即刻、行方をくらますしかないわ。
 それに、いつもの癖が出てつまみ食いしちゃうかも知れない。
 私はアスカの部屋を出て、碇君の所に向かった。

 チャイムを鳴らしてドアに手を触れると、自動ドアがパシュッと軽い空気音を立てて開く。

「こんばんはー。おじゃましますー」
「はーい……あら、レイちゃん、いらっしゃい。一番乗りね」
「え? そうなんですか?」

 アスカやヒカリはともかく……ま、三バカのあの二人なら、時間ぎりぎりに来るわね、きっと……

「どうそ上がって。悪いけど、お皿並べるの手伝ってくれる?」
「あ、はい」

 もとより、そのつもりですから。
 玄関を入ると、ダイニングの椅子にはおじさまがどっかりと座っている。
 私に気付くと、読んでいた新聞を下ろして、私の方を見た。

「レイ君か。すまんな、シンジのために」

 前みたいに、サングラスを中指でクイッと上げてぼそっとそう言った。
 このおじさま、何だか味のある人だわ。

「いえ、こちらこそ、おじゃまします」
「ああ、ゆっくりしていってくれ」

 そう言っておじさまはまた新聞を読んでる。
 家の中では独特の雰囲気ね、おじさまって。
 あれ? そう言えば、碇君は?
 自分の部屋かしら。
 そんなことを考えながら、リビングのテーブルにお皿を並べる。

 それにしても……ううっ、何て豪勢なディナー……
 これは、オードブルかしら。パンの上にいろいろ載ってる、チーズとか……
 え、これってキャビア? こっちはフォワグラ? すごい……
 メインは? あ、これって、鴨のローストか何か? うう、おいしそう……
 これは……メロンに何か巻いてある……生ハムかしら……
 こっちのクリームスープにはカニとホタテが……
 その他にも、唐揚げ、春巻き、エビチリ、マリネ、フルーツ……

 うう、良かった、来て良かった、ほんとに……うるうる。二重の喜びだわ。
 ああ、できるなら碇君の家の子供になりたい。そうしたら毎日こんな料理が……
 思わずつまみ食いしそうになったとき、玄関のチャイムが鳴ったので慌てて手を引っ込めた。

「こんばんはー」
「おじゃましますー」
「あら、相田君に鈴原君、いらっしゃい。どうぞ、上がって。シンジー、みんなもう来て下さったわよー」
「はーい……」

 何だ、碇君、いるんじゃない。
 自分の部屋で何してたのかしら。

「よ、シンジ」
「すまんの、毎度毎度」
「あ、ケンスケ、トウジ、うん、ありがとう、来てくれて……ケ、ケンスケ、何だよその荷物は」
「ああ、これは今晩、新横須賀に行くから、その荷物さ」
「夜中から戦艦見に行きよるんやて」
「明け方入港なんだ」
「また学校休むの?」
「まあな」

 相田君、相変わらずね。
 と、そこで、お皿を運んでいる私に三バカトリオが気が付いた。

「あ、綾波、もう来てたの? ごめん、気付かなくて……」
「ん、ついさっきよ。……何、碇君、眠そうね。寝てたの?」

 何か、目が充血してるわ。
 それに、ちょっと寝癖が……

「うん、ちょっと昼寝してたんだけど、寝過ぎちゃって……」
「シンジ、もう、お友達が来て下さってるのに、何、そのだらしない格好は……それに、ちゃんと顔洗って来なさい、みっともない……」
「わ、わかってるよ……」

 あーあ、またおばさまに怒られてる。
 でも、何で今頃寝てたのかしらね。
 昨日の晩、夜更かしでもしたのかしら。

「ほらほら、まだお皿運ぶから、そっちに入っててって」

 私はそう言いながら残りの二人をリビングに追い立てた。

「お、すまんすまん」
「何か手伝おうか?」
「でも、もうほとんど運び終わったし」

 とか何とか言い合ってると、

「そろそろ時間ね。皆さん、もう席についてて下さいな」

 おばさまがそう言って私たちに席を勧める。
 さて、どこに座ろうかな……
 碇君の席は……お誕生席って言うくらいだから、たぶんここよね。
 じゃあ、近くになれるようにこの辺に……
 あ、ダイニングのおじさまから丸見えだわ。ま、いっか。

「あれ、アスカと委員長は?」

 ちゃんと着替えて、顔を洗ってきた碇君がそう言いながら座った。
 うんうん、計算どおりの位置ね。

「もうすぐ来るわよ」

 私がそう言った途端、また玄関のチャイムが鳴った。
 そしてドアが開いた途端に、アスカの元気な声。

「お待たせー! スペシャルバースデイケーキの到着よっ!」

 そしてアスカがケーキを持ってリビングに姿を現した途端、歓声の嵐が!

「おおー、これはすごい!」
「うぉー、ごっついケーキやなー」
「きゃー、すごーい!」

 うーん、さっき見てるはずの私でもびっくりしちゃった。
 飾り付けも綺麗にできてるじゃない。
 これならあらかじめ、手作りケーキが来るとわかってても驚くわよね。
 ほら、碇君もちゃんとびっくりしてる。

「ア、アスカ、まさかこれアスカが作ったの?」
「そうよ。シンジのために、わざわざこのあたしが作ってあげたんだからね、感謝しなさいよ」
「う、うん……ありがとう。すごいや」
「ま、まあね。ヒカリにも手伝ってもらったんだから、ちゃんとヒカリにもお礼言いなさいよ」

 うふふ、アスカも碇君があんまり素直に驚いてくれたんで照れくさいのね。

「あ、うん、委員長、ありがとう」
「わ、私はほんとに、ほんの少し手伝っただけだから……」

 と、そこに、ヒカリの声をかき消すようにおばさまの声が……

「あらー、すごいケーキじゃない! 豪勢ねー。アスカちゃん、ヒカリちゃん、どうもありがとう」
「い、いえ、それほどでも……」

 あらー、こんなに照れてるアスカって、初めて見た……
 あ、おじさまがダイニングでうんうん頷いてる。
 それから私を見て……な、何なの、そのニヤリっていう笑いは……

「じゃ、皆さん、揃ったようだし、早速始めましょうか」
「はーい」

 アスカとヒカリがそう言って、ケーキにロウソクを立てていく。
 もちろん、15本。
 一足先に碇君は15歳か。いいな。
 私のはまだまだだし……

「ちょ、ちょっと、母さん、シャンパンは出さないでって言っておいたのに……」

 ん? どうしたの?
 おばさまがシャンパンボトルを鈴原君や相田君に渡してる。
 あ、私にも?

「シャンパンじゃないわよ。シャンパンみたいなジュース」
「……ほんとに?」
「ほら、ちゃんと書いてあるでしょ、ここに……ノンアルコールって」
「……ほんとだ」

 シャンパン……もしかして、前にシャンパンを飲まされたことがあるのかしら。
 でも、おばさまならやりかねない……
 あらあら、碇君、栓のコルクを調べてるわ。そんなにおばさまのことが信用できないのかしら。
 ……ま、そうかも。

「ロウソクに火、点いた? 電気消すわよ」

 そう言っておばさまが部屋の電気を消した。
 カーテンは閉めてあるので、部屋が一気に暗くなる。
 ロウソクの火で薄明るく照らされて……ケーキおいしそう……



「……ハッピバースデー・ディーア・シーンジー、ハッピバースデー・トゥー・ユー」
「おおー、消えた消えた、ナイスやで、シンジ!」
「じゃあ、景気よく行くか、それ、スポーンと!」
「ちょっと、相田! こっちに向けて栓抜かないでよ、危ないじゃない!」

 あはは、それは危ないわ。私も方向に注意して栓を抜く。
 スポーンといい音がして、コルクが壁に向かって飛んでいった。

「はいっ、碇君、どうぞー」
「あ、ありがとう、綾波……」

 それから自分のにも注いでっと。
 さてと、料理、料理、おいしそう……
 ん? 何か忘れてるような気がする。

「そうだ、シンジ、プレゼントやるよ」
「あ、ありがとう……何、これ? 開けていいの」
「ああ、もちろんさ」
「驚いて腰抜かしなや」
「え? こ、これは……」
「シ、シンジ、それって……」

 え? え? みんなどうしたの?
 アスカの横から覗き込んだヒカリも固まっちゃって……
 おばさまはニコニコ笑いながらみんなを見てて、おじさまはまたニヤリって……
 何を驚いてるのかしら?
 そんなのすごいプレゼントなの?
 なに、それ。ゲームソフト……みたいだけど……

「ケ、ケンスケ、これをどこで……」
「それはちょっと言えないな。まあ、裏のルートと言っておこうか」

 相田君の眼鏡が光った……
 いったい、何がどうなってるのかしら。
 私には何が何やらさっぱり……

「で、『電車でGO!』じゃないか……まさか、こんな物が……」

 い、碇君、何、それ……

「しかも、『ノスタルジックバージョン』って……セカンドインパクト前のJR全線を再現したやつよね……」

 アスカ……何、言ってるの……

「限定生産で、幻のソフトって言われて大人気で、普通じゃ絶対手に入らないんでしょ……」

 そんな……ヒカリまで知ってるの……

「シンジ、ワシらもやらしてもらいに来るけど、構へんな?」
「も、もちろんだよ……ありがとう……でも、びっくりしたな……」

 そ、そんなにすごいゲームなのかしら。
 知らないのは私だけなの……そりゃ、ゲーム機持ってないのは私くらいだけど……
 何だか碇君、感動して呆然としちゃってる。
 うーん、どうしよう、私のプレゼントだけ、すごく普通すぎるような気がしてきた……
 でも、渡さなきゃしょうがないよね……

「あのー、お取り込み中、何ですが」

 まだ少しぼんやりしている碇君に私は声をかけた。

「あ、うん」
「これ、私からのプレゼント……」
「あ、ありがとう……開けていいよね」
「う、うん……」

 こんなすごいプレゼント二つの後じゃ、全然インパクトないわよね……

「あれ、これは……」
「へえ……綺麗じゃない」
「ほんまや。何や、キラキラしとるで」
「綾波さん、これって、写真立て?」
「うーん、そうなんだけど……」
「なかなかいい趣味じゃないか」
「そ、そうかな……」

 私が買ってきたのは、クリスタルガラスの写真立て。
 普通の額縁みたいなやつで、周りには細かい凝ったデザインが施されている。
 その部分が光を乱反射してキラキラしてるってわけ。

「でも、ほんとに輝いてるわね。これって水晶なの?」
「まさか、そんな。ファンシーグッズのところで買ったのに」

 まあ、アスカが言うように、ガラスとは思えないほど輝きだけは眩しい。
 で、飾りに真珠らしき物も嵌め込まれていたりする。
 どうせ模造だろうけど、碇君の誕生石だからちょうどいいかなーと思って。
 それに、もう一つ別の誕生石みたいなもの付いてたりして……
 一目惚れして買ってはみたもの、今の状況じゃあまり碇君の印象に残らないわね。
 タイミングを間違ったかしら……でも、さっきのの前に渡したら、それこそ……

「あ、ありがとう、綾波……その、ちょうど写真立てが欲しかったんだ、ほんとに。だから、すごくうれしいよ。ほんとにありがとう」

 うん、まあ、碇君がここまで言ってくれてるから、良しとするか。
 後でいいから、箱の底に忍ばせてある別のプレゼントにも気付いてよね。
 そのこともあって写真立てに決めたんだから。

「シンジ、何の写真飾るつもり?」
「え、いや、あの……み、みんなの写真だよ。ほら、こないだ撮った……」
「ふーん……普通のの方にしときなさいよ」
「普通って……」
「一枚目の方よ!」
「わ、わかってるよ……」

 アスカ、まだあのこと根に持ってるのね。
 ま、しょうがないか。それに碇君の性格じゃ、もう一方を飾るのは無理ね。
 さ、て、と……

「じゃあ、そろそろお料理食べましょう! いただきまーす!」
「そやそや! 料理や料理! しかしこれはほんまにうまそうやなー」
「そりゃ、おばさまの料理ですもの。さ、シンジもヒカリも、食べよ」
「うん、いただきます」
「乾杯はしないの?」
「このパンの上に乗っとるん、何や知らんけど、ごっついうまいで!」
「えーと、これがチーズでしょ。それがフォワグラで、あれがキャビアで……」
「ちょっと鈴原! そんなにがっつかないで、もう少しありがたがって食べなさいよ! 高いのよ!」
「ええやないか、うまいもんはうまいんや」
「確かに、これはうまいよ。俺も初めて食ったけど」
「碇君のおばさまって、ほんとにお料理上手ねー」
「うまい! うまいでー! この鶏肉みたいなん、最高やで!」
「それは鴨よっ! あんた、味わかんないの?」
「細かいこと気にしなや。ワシはうまかったら何でもええねん。おお、このメロンとハムもうまいわー!」
「みなさん、遠慮しないでどんどん食べてね」
「いいんちょ、そっちの唐揚げも取ってぇな」
「鈴原、もう少し落ち着いて食べなさいよ、みっともない……」
「ああっ、このクリームスープ、おいしー!」
「えっ、どれや? ワシにも食わさんかい!」
「相田! 何、こそこそやってんの!」
「ケンスケ、お前どこに料理詰め込んどんねん!?」
「何よ、その弁当箱みたいなのはっ!」
「ちっ、バレたか。今日の夜食にしようと思ったのに」
「意地汚いわねー」
「あらあら、構わないわよ。たくさんあるんだし。どうぞ持って行って」
「おじさまはこっちに来て食べないんですか?」
「ああ、そっちは狭いからな」
「このサラダみたいなん、これも最高やわ!」
「ちょっと、鈴原! 直接食べないで取り皿に取りなさいよっ!」
「エビチリも、ピリ辛具合がいいよ」
「レイちゃん、もう一杯いかが?」
「あ、はい、ありがとうございます……あ、これ、ちょっと味違いますね。甘くないですよ」
「そう? さっきの方がよかったかしら」
「でも、これもおいしいです」
「気に入ったらもっとたくさん飲んでね」
「シンジ、ワシはお前がうらやましいで。毎日こんなうまいもん食えて。ああ、この春巻きもうまいでー!」
「あんた、何人分食べてんのよ!」
「しゃーないやないかい。ワシの胃袋は正直なんや」
「わかったからお皿を占領してないでこっちにも回してよっ!」
「どうした、シンジ、食欲ないのか?」
「碇君、私が食べさせてあげる! はい、あーんして!」
「ちょ、綾波……」
「レイ! 何、バカなことやってんの!」
「いーじゃない、うれしいわよねー、碇君」
「いや、それは、その……」
「シンジ! 何、デレデレしてんのよっ!」
「飯の最中に夫婦喧嘩するんはやめい!」
「違うわよっ!」
「アスカ、落ち着いて……」
「そろそろみなさん、ケーキにしたら?」
「きゃー、ケーキ食べたーい!」
「ア、アスカ、よくこんな大きなの焼けたね」
「任せてよ。私の腕、見直したでしょ?」
「委員長、ちゃんと等分に分けてや」
「わかってるわよ。鈴原、手、引っ込めて」
「あ、これちょっと大きい! もーらいっと!」
「レイ! あんたも意地汚いわよ!」
「鈴原! 何、二つ取ろうとしてるのよ!」
「そやかて、一つ余っとるやないか」
「これはシンジのおじさまの分よっ!」
「アスカー、そっちの飾りのチョコちょうだいよー」
「レイ! あんたって、ほんとに……」
「だってアスカの、二つあるじゃない!」
「これは製作者特権よっ!」
「あれ、このジュース……ひょっとして……」
「ん? どしたの、シンジ」
「いや……もしかして、これ、シャンパン……」
「え? ……ほんとだ。ま、まさか、おばさま!」
「あらあら、間違えちゃったみたいね、ふふふ」
「そう言えば私、いっぱい飲んだから、何だか眠くなって来ちゃったー。碇くーん、膝枕してー」
「あ、綾波……」
「レイッ!! 何、酔っぱらったふりしてシンジに絡んでんのよっ!」

 ふりじゃないわよ。ほんとに半分酔ってるんだもん!



「そろそろおいとませなあかんなぁ」

 そう言いながらもトウジはまだ残った料理をパクパクと食べていた。
 おかげで、あらかた料理は片づいてしまってる。
 けっこうたくさんあったはずなのに、よく全部なくなったな……

「はあー、あたし、食べ過ぎちゃったみたい」

 アスカはそう言いながらカーペットの上に寝転がっている。
 自分の家同然にくつろいでいるのはいつものことだ。

「そうねー、おいしいからつい調子に乗って食べちゃったわね」

 委員長は横座りの足を崩して、両手を後ろに突っ張っていた。
 ほんとに少し苦しそうだ。
 しかし、あの委員長が、普通に座ってられないほどたくさん食べるなんて。
 ……そんなにおいしかったかな。いつもどおりだったけど……

「じゃ、シンジ、俺、そろそろ行くよ。いい場所取られちまうしな」

 時計を見ていたケンスケがそう言った。
 もう8時か。

「あ、うん。気を付けて。……明日、休む理由どうするの?」
「ま、適当にするさ。じゃな……それじゃ、おじさん、おばさん、失礼します」
「はい、今日は来てくれてありがとう。気を付けて行って来てね」
「アスカ、私もそろそろ帰らなきゃ」

 ケンスケが出ていったのを見て、委員長がアスカに声をかけた。

「そうね……鈴原!」

 アスカは最後のフルーツを食べ終わったトウジを呼んだ。
 ま、何を言うかはだいたい想像が付くけど。

「ヒカリを送って行ってあげてね」
「な、何でワシが……」
「何、言ってんのよ、ヒカリを一人で帰らせる気!?」
「しゃ、しゃーないな……途中まででええか」
「ごめんね、鈴原……」
「家の前まで送って行ってあげなさいよ!」
「わ、わかったがな。ほんま、惣流はうるさいやっちゃな」

 トウジはそう言いながらのろのろと立ち上がった。
 そして委員長もゆっくりと立った。
 しかし、トウジと委員長の仲はどうなんだろう。進展してるのかな。
 アスカは綾波は知ってるはずだけど、僕には何にも言ってくれないし。

「それじゃ、おじさま、おばさま、失礼します」
「どうもごちそうさんでした」
「いいえ、たいしてお構いもできませんで。今日は来てくれてありがとう。気を付けて帰ってね」

 トウジと委員長が帰っていったのを見て、僕はソファーの方に目をやった。

「どーすんのよ、あの子」

 アスカも同じ方を見ていたらしい。
 そう、そこでは綾波がソファーにもたれて気持ちよさそうに寝ていたのだった。
 ケーキを食べ終わった後から眠そうにしてたけど、フルーツを少し食べたらああなってしまった。

「どうするって……すっかり寝てるし……」
「見ればわかるわよ。でも、どっちみち起こさないといけないでしょ」
「あ、うん……」

 父さんか母さんが送って行ってあげればいいのに、父さんはもう風呂に入ってるし、母さんは後片付けを始めてるし……
 僕は仕方なく、綾波の肩を持って身体を揺り動かした。

「綾波……そろそろ帰らないと……」
「ふみゅー、眠いー、もう少し寝かせて……」

 綾波はそう言ってまたくーすかと寝てしまった。
 だめだ、起きないや、これは。
 僕の朝寝によく似てるから気持ちはわかる……

「しかし、他人の家でよくこれだけ寝られるわねー」
「……そうだね」

 アスカの言葉に、僕は思わず頷いてしまった。
 僕だって、アスカの家で寝たことはない。
 アスカは小さいときにお母さんが出張の時なんかよく泊まりに来たけど、今はそういうことはない。
 ……綾波って、他人の家に来ても緊張しないのかな。

「もう少し寝かせてあげたら。その方がすっきりするんじゃないかしら」

 ダイニングで洗い物をしながら母さんがそう言った。
 何、言ってるんだよ。だいたい、母さんがいけないんだ。綾波にシャンパンなんか飲ませるから。

「あたしもそろそろ帰る。まだ後片付け残ってるし」

 しばらくしてアスカはそう言って立ち上がった。

「アスカ、今日はありがと。ケーキ焼いてくれて」
「う、うん……その代わり、次のあたしの誕生日の時は期待してるからね」
「なるべく期待に添えるように頑張るよ」
「それじゃ、おばさま、失礼します」
「はい、また明日ね」

 アスカは僕の方をちらっと見て、出て行った。
 で、後に残ったのは眠れるお姫様だけか……

「シンジ、起きたら送って行ってあげなさいよ」

 何で僕が……
 まあ、いいか。こないだも送ったし……
 そうして僕は綾波の横に座ってその寝顔を見ていた。
 そういえば前にもこうして寝顔を見たことあったっけ。
 今日はゆっくり見ていられないのが残念だけど……



 私は今、どうしているかというと、碇君の自転車の後ろに乗っけてもらってる。
 迂闊にも碇君の家で寝てしまった私は、またまた碇君に送ってもらうことになってしまった。
 結局、起きたのは9時過ぎ。
 まだ眠かったし、酔いが醒めてなかったけど、おばさまの『泊まっていく?』発言で私は正気に返った。
 慌てて飛び起きて、ご挨拶してから碇君の家を出て……今の状態になってる。
 でもやっぱりまだ眠い。
 で、眠いのをいいことに、碇君にしーっかりしがみついたりなんかして。
 うーん、こないだより密着の度合いは上ねっ!
 ……ああ、酔ってるせいか、私ったら自制が利かないわ。

「綾波、大丈夫?」
「眠いよー」
「そうじゃなくて……酔いは醒めた?」
「んー、もう少しかな。でも、別に気分も悪くないから」
「そう、よかった」
「ごめんね、また送ってもらって」
「別に、いいよ。女の子の夜の一人歩きは危ないし、それに……」
「それに、何?」
「な、何でもないよ」
「ふーん……とにかく、ありがと」

 やっぱり碇君って優しいな。何だかんだ言っても、私を送ってくれるし、心配もしてくれるし。
 あー、でも、碇君の背中って、あったかい!
 思わず頬ずりしちゃったりして。
 それに、こうしてると……

 碇君の匂いがする……



- Fin -







お・ま・け



 食事の後片付けが終わった夫人は、風呂から上がってきた主人と話をしていた。

「レイちゃんって、お酒強いみたいね」
「そうか。かなり酔っていたみたいだが」
「あら、一人でシャンパンボトルを半分よ」
「そうか。君くらい飲むようになるかもしれんな」
「そうね。将来が楽しみね」

 そう言って夫人は微笑んだが、ふと何かを思い出したような顔になって言った。

「あなた、そう言えば、あのゲームソフト」
「ん?」
「斡旋してあげたの、あなたなんでしょ」
「……知らんな」

 主人はそう言って冷蔵庫から出したドリンク剤を一気に飲み干した。

「とぼけなくてもいいじゃありませんか……こないだから、いろいろ調べ回ってたくせに」
「さて、何のことだか……」
「それに、あの写真立て、あれもあなたの仕業なんでしょう?」
「…………」

 黙ってしまった主人に、夫人が畳みかけるように言う。

「あんなところでレイちゃんに声をかけろだなんて言うから、変だと思いましたよ。でも、どうしてあそこで声をかけたら、レイちゃんが写真立てを買うのが解ったんです?」
「…………」
「それに、あの写真立てに付いてた真珠とアクアマリン、本物なんでしょう? なのにどうしてあんなに安い値段なんです?」
「ふっ」

 主人はドリンク剤の瓶を握りしめたまま薄く笑うと、不敵な笑みを浮かべながら呟いた。

「あそこで声をかける前に、レイ君がプレゼントを既に買い求めている可能性もあるわけだから、一概に私の仕業とも言えんだろう。レイ君があの写真立てを買うのは運命だったとしか思えんな」
「またそんなこと言ってごまかして……いくらしたんです? 安い物じゃないんでしょう?」
「問題ない。シンジに出世払いさせる」
「まったく、あなたって人は……それより」

 夫人は少々呆れた風に、しかし子供を見る母親のような目をして主人を見ながら言った。

「あなたはシンジにプレゼントはあげないんですか?」
「シンジの本当の誕生日は明日だからな」
「何をするつもりです?」

 妻の問いかけに、夫はまたニヤリと不気味に笑っただけだった……



- Fin -







おまけ(2)



 6月6日(月)

 第3新東京市郊外、コンフォート17マンション

 夕食前

「シンジ、元気ないわね。どうしたの?」

 夕食のテーブルについた息子に、母親は何気なく話しかけた。

「別に……何でもないよ」
「そうかしら。さっき大声出して何を叫んでたの?」
「い、いいじゃないか、別に……」

 息子のバレバレの言い訳に、向かい側の椅子に座って夕刊を読んでいた父親が新聞の向こうから声を発した。

「ふっ、おおかた、この前買ったハードディスクでも壊れたんだろう。あの機種は欠陥商品だからな」
「…………」

 図星を突かれて黙ってしまった息子に、母親はテーブルの上に食器を並べながら問いかける。

「そうなの? シンジ」
「だから私は別のを買えと忠告したはずだ」

 父親がそう言っても、息子は黙ったままだった。
 ハードディスクが突如異音を発してクラッシュし、密かに集めていた好きな女の子のフォトファイルが全部消えてしまっただなんて、親には恥ずかしくて言えないのだろう。
 『全ては心の中だ。今はそれでいい』と独り呟いてはみたが、余計虚しいだけだ。
 父親はうつむいた息子を見てニヤリと笑うと、つと立ち上がり、自分の部屋に行くと、すぐに戻ってきた。
 その手には一枚のDVDが握られていた。
 そしてそれを息子の方に差し出して言う。

「誕生日プレゼントだ。ありがたく思え」
「……何だよ」
「バックアップディスクだ。これからは自分でとっておけ」
「バックアップって……」
「受け取るなら早くしろ。でなければ……」

 息子は父親の手から引ったくるようにしてディスクを受け取ると、とっとと部屋に戻っていった。
 ディスクの中身を確かめようとでもいうのだろう。
 礼も言わない息子に対して、父親は怒りもせずに、再びテーブルの前に座ると、母親に声をかけた。

「ユイ」
「はい?」
「食事にしよう」

 こうして碇家の息子の誕生日は暮れていった……



- Fin -







おまけ(3)



「何をしているんだ、父さん……」

 息子は自分の部屋で愕然としていた。
 パスワードのかかっているディレクトリまで完璧にコピーされているDVDの内容を見つめながら……



- Fin -
ファイルの終わりを検出しました




新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。

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Written by A.S.A.I. in the site Artificial Soul: Ayanamic Illusions