「…………」
 あれ……
 天井が、真っ暗……
 もう夜なの?
 今、何時……
 私は枕元に置いてあるはずの電気置き時計を手で探った。
 3回ほど手をあっちこっち動かしたところで、やっと手が当たった。
 顔の前に持ってきて、ライトのスイッチを押す。
(……もうこんな時間……)
 ずいぶん長いこと寝てたんだな、と私は思った。
 私は今日、風邪で学校を休んでいた。



 微熱




 ああ……
 夕方からずっと寝てたから、だいぶ楽になったみたい。とりあえず、熱を計ってみないと……
 枕元のお盆の上に水差しと一緒に置いてあった体温計を取り、口にくわえた。
 …………
 …………
 こういうときの一分って、長く感じるわね。
 あー。
 みんな、どうしてるのかしら……
 アスカは、今日の昼間に携帯から電話してきてくれた。 ヒカリと一緒に、お見舞いに行こうかって言ってくれたけど、 軽い風邪だからと言って遠慮しておいた。
 夕方には碇君が電話をくれた。 ちょうどウトウトしていたところだったので、あまり話はできなかったけど、 心配そうな声で『お大事に』って言ってくれた声だけはよく憶えてる。
 ……あ、終わった。
 体温計を口から外して、暗い中で目を凝らして見てみる。
 ……まだ7度あるか……
 だいぶ楽になったと思ったんだけどな……
 それにしても……

『クウゥ……』

 お腹減ったな……
 お昼食べなかったからな。
 こういうとき、やっぱり一人暮らしって大変だわ。
 誰かいれば、何か作ってもらえるんだけど。
 このまま寝てしまおうかと思ったけど、お腹が減り過ぎて寝られそうもない。
 ちょっと起きてみようかな。
 何か食べる物欲しいし。
 私はベッドから体を起こして座ってみた。 それからベッドの端に腰掛けて、身体の様子を見てみる。
 大丈夫そうね、うん。
 立ち上がると、狭いキッチンの方に行って冷蔵庫を開ける。 すぐに食べられそうな物は……無かった。
 あーあ、やっぱり昨日買い物行っておけば良かったんだ。体がだるかったから止めたんだけど、裏目に出たわね。
 インスタントラーメンの買い置きがあるはずだけど、何となく体に悪そうだし、脂っこいから食べる気がしない。
 ……こういうときは、やっぱりお粥よね。外に買いに行けるかしら。
 しばらく立ってても今朝みたいにふらふらしないから、行けるかも知れない。
 夏だから、外は寒くないし。

 よし、行こう。

 何か食べないと、体力が回復しない。ただでさえ私は体力無いんだから。
 でも、近くのコンビニまで、結構遠かったわよね。
 今時、徒歩5分以内にコンビニがないワンルームマンションなんて滅多に無いのに。
 だから家賃が安いんだし、それでここを選んだっていうのもあるんだけど。
 まさかこんなところで利いてくるとは思わなかった。
 私はパジャマからトレーナーとジーンズに着替えると、洗面所に行って鏡を覗いた。
 顔を洗い、髪の寝癖を簡単に整えると、部屋を出た。
 そして、自転車に乗って一番近いコンビニを目指してこぎ出して行った。
 ……自転車でも5分くらいかかるのよね……



 コンビニに着くと、私はインスタントのお粥のパックを探した。
 前にコンビニでバイト(ホントは学校で禁止されてるんだけど)したことがあるから、 だいたいどの辺りに置いてあるかわかってるつもりだったんだけど……
 やっぱりまだ頭がぼんやりしてるから、店内をうろうろ探してしまった。
 あった……
 レトルトのお粥2つ(明日の朝食用)と、ポカリのペットボトルをかごに入れる。水分補給も必要だしね……
「あれ、綾波……」
 レジでお金を払い、お釣りをもらって帰ろうとしたとき、後ろから声をかけられた。あれ?
「え……碇君?」
 振り返ると、後ろにいたのは私を不思議そうな顔をして見ている碇君だった。
 ……どうしてここにいるの?
 ここって、碇君の家から、結構あるはずだけど……
「綾波、どうしたの? 風邪だったんだろ、今日」
「うん、そうなの。今まで寝てたんだけど……ちょっと、その……お腹、減っちゃって。あは、あはは……」
 うーん、お腹が減ったからって夜のこんな時間にうろうろ買い物に出るなんて、やっぱり結構恥ずかしい行為よね。笑って誤魔化すしかないわ。
「そうなんだ……もしかして、朝から食べてなかったの?」
「ううん、朝は熱があったけど、食べられたの。でも、お昼、食べてなくて……」
「ふーん。もう熱は下がったの?」
「うん、朝は8度近くあったんだけど、今はだいぶまし」
「そう。よかった。明日は学校に来られそう?」
「うーん、たぶんね。でも、こんな時間に出歩いてたら、結構危ないかも……」
 私は冗談っぽくそう言って笑ったつもりだったけど、碇君は急に真剣な顔になっちゃった。 あれ? ふーん、こんな顔もできるんだ……
「そうだよ。こんなところで立ち話してちゃ……早く帰った方がいいよ。送ろうか?」
「え、大丈夫だよ、もう」
 私はそう言ったんだけど、気のせいか何となく急に熱っぽくなって来た。
 あれ、どうしたのかな。やっぱり長く立ってたから、熱がぶり返してきたのかしら。
「でも、綾波、何となく顔が赤いよ。やっぱりまだ熱、下がってないんじゃない? 早く帰らないと」
「あ……う、うん……」
 碇君、目が真剣だわ。こうやって気を使うことにかけては一流だし。……優しいもんね、誰にでも。
「早く帰ろうよ。送って行くから。何となく、心配だし。歩いて来たの?」
「え? ううん、自転車で」
「大丈夫? 乗れる?」
「たぶん……」
「じゃ、行こう」
 私は碇君の意外な一面を見てしまった気がした。碇君、何て真剣な目をしてるの。
 いつもは何となく頼りないのに……今は、すごく頼れる感じ。見直してしまう。
 アスカも、碇君のこういうところが好きなのかしら……



「ところで、碇君はどうしてあのコンビニに来てたの? 家から結構遠いんじゃない?」
 私と碇君は、一緒に自転車を押しながら、私の部屋に向かっていた。
 自転車に乗ろうとしたんだけど、ちょっとふらついただけで碇君が心配して、乗らない方がいいって言ったから。
 いつもならそんなこと言われても乗ったんだろうけど、今日は何となく碇君の言うことを素直に聞いておいた方がいいような気がして。
「あ、うん、先週、買い忘れた雑誌があってね。明日、発売日なんだ。 だから、今日中に買っとかなきゃって思って。さっき思い出したんだ。 でも、近くのコンビニはもう、売り切れちゃってて。 だから、一度家に帰って、自転車であっちこっち探し回ってたんだ」
 碇君はいつもの笑顔に戻ってそう言った。私がしんどそうな顔をすると、すぐに心配するので、私は今、一生懸命笑顔を作っている。
「それで、その雑誌、あったの?」
「ううん、無かった」
「え……じゃあ、今からまた探しに行くの?」
「どうしようかな。別に絶対買わなきゃいけないってこともないし」
「……もしかして、私のせい?」
「いや、そんなこと無いよ。さっきのコンビニに無かったら、あきらめようと思ってたんだ」
 それ、ホントかしら。もしかして碇君、私に気を使ってそんなこと言ってるんじゃない?
 何となく、そんな気がする。
「何の雑誌?」
「えっ?」
「碇君が探してた雑誌って」
「……うーん、ちょっとね」
 ん? 言い淀んでる。怪しいわね。ちょっとからかっちゃおう。
「もしかして、人に言えないような雑誌?」
「そ、そんなことないよ」
「ほんとに? 怪しいなー。写真週刊誌とか?」
「だから、違うって」
「誰にも言わないから、教えてくれない?」
「…………」
 あらあら、碇君、黙っちゃった。もしかして、怒った? 追及しすぎたかしら。
「……女性週刊誌。アスカに、頼まれたんだ……」
 あ……そうか、だから言いにくかったのね。
 これは聞くんじゃなかったわね……つい調子に乗り過ぎちゃったかな……
「……テレビゲームで負けてね。アイス買いに行くついでに、あったら買ってきてくれって。 でも、無かったら別にいいって言ってたから。だから、買って帰らなくても怒られないんだけどね」
「そ、そうなの。ゴメンね、聞かなかった方が良かったかな」
「いいよ。使い走りみたいで、何となく格好悪かったから、言いにくかっただけだし」
 そうよね。やっぱり悪いことしたな。
 私がまたからかうと思って、言えなかったんだ。
 せっかく碇君が私に気を使ってくれてるのに、私は全然気が利かないなんて。
 あー。嫌われちゃったかな、私。
「ところで、綾波の家って、どの辺り? 住所は何となく憶えてるんだけど、場所は知らないから」
 でも碇君はまた笑顔を作って私に話しかけてくれた。その優しさに心が痛む。
 私はできるだけ明るい声で返事をするしかなかった。
「あ、うーんとね、もうすぐ……ほら、あそこのマンション」
「あ、あれ? ふーん、結構綺麗だね」
「新しいだけよ。ワンルームだし。それに、不便よ。一番近いコンビニがあそこなんだから」
「そうなんだ」
 そうこうするうちに、マンションの前に着いた。
 駐輪場に自転車を置いて、私の部屋がある階まで階段を上る。
 碇君はわざわざドアの前まで私を送ってくれた。
「ゴメンね、今日は。送ってもらって」
「いいよ。女の子の夜の一人歩きは危険だし、それに綾波が熱があったみたいだから」
「うん、でも、ありがとう」
「身体、大丈夫? 何か手伝おうか?」
 碇君、最後まで私のこと心配してくれてる。優しいんだな。
「ありがとう。でも、いいわ。家の中、散らかってるし……」
「あ、そ、そうか」
 手伝うっていうのが、女の子の部屋に入るっていうことに、今、気付いたみたい。ちょっと照れてる。
 ふふ、この辺はいつもの可愛い碇君ね。
「それに、風邪、伝染ったら悪いでしょ」
「そ、そうだね」
「心配してくれてありがとう。でも、後は大丈夫。食べ物も、レンジで温めるだけだし。だから、今日はもうホントに……」
「あ、うん、僕ももうそろそろ帰らなきゃ。じゃ、今日はこれで。明日には良くなるといいね」
「うん、ありがとう。それじゃ、ね」
 最後の最後まで気を使ってくれる碇君に、私はとっておきの笑顔でお礼を言った。碇君もうれしそうに微笑み返してくれた。
 手を振って碇君を見送る。それからドアを閉めて鍵をかけた。
 さあ、お粥を食べて早く寝ることにしようかな。
 明日はみんなの顔を見たいし。


 あれ? いつの間にか、熱が下がってる気がする。どうしたのかな、私……



新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。

Written by A.S.A.I. in the site Artificial Soul: Ayanamic Illusions