静かな朝

【シンジ君、やり手バージョン】



ジリリリリリリーーーーン

「ん・・・・・・・・」

布団の中から手を伸ばし、目覚し時計をオフにする。
もう片方の手をゆっくりと隣で寝ている青年から離すと、その女性――綾波レイはそっとベッドから這い出した。
一通り衣服を身につけると、今度は床に散らばったままだった下着などを片づけていく。

それらの作業が終了した後、しばらく幸せそうな顔でぐっすりと気持ち良さそうに眠っている青年の顔を覗き込んでいたが、やがて人差し指でその頬をぷにぷにとつつきはじめた。

「碇君、朝だよ」

「う、うーーん」

その青年――碇シンジは、男にしては綺麗に整った眉根を寄せると、寝返りを打って布団に潜り込んでしまった。

「ふふ、寝起きの悪いところは変わらないわね」

仕方ない、と苦笑気味に肩をすくめるレイ。幸いにして今日の講義は午後からなので、すぐに起こさずとも問題はないのだ。
彼女はもう一度シンジの顔に微笑みかけると、身繕いおよび朝食の支度のために部屋から出ていった。


◇ ◇ ◇



シンジとレイは、現在ともに第三新東京大学に在籍している。
ここはシンジの住んでいるマンションの一室。

シンジは大学進学とともに親元を離れて一人暮らしをしていた。
ここでレイとの半同棲生活が始まったのは、大学に入ってしばらくしてからの事だった。
彼らはその事を、今まで以上にお互いを求め合うようになった結果だと思っている。
ちなみにレイもこの近くにマンションを借りている。
最初の頃は週に2、3日泊まっていくだけだったのだが、レイは今では一ヶ月の5分の4以上ををシンジの部屋で過ごしていた。


◇ ◇ ◇



「今日は何をしよっかな?」

朝食のメニューを、冷蔵庫の中身と相談しながら思考するレイ。

「卵とハムがあるからハムエッグにでもして、後はサラダに・・・うーーむ、もうちょっと食卓に彩りが欲しいわね」

とりあえず他のものは作りながら考えよう、そう決心して冷蔵庫からハムと卵を取り出したその時――――

プルルルルルルルルルーーーー

電話の呼び出し音がリビングの方から響いてきた。

「ありゃ、電話が・・・碇君を起こさなくちゃ」

と、寝室に歩きかけたレイだったが、シンジを起こしている最中に電話が切れる可能性の方がはるかに高いという事に気付いた。

「碇君が素直に起きてくれるとも思えないし・・・でもこんな時間から私が電話に出たりしたら変よね・・・」

でも緊急の電話だったりしたら大変だし・・・

一瞬躊躇を示していたレイだったが、やがて意を決したようにリビングに向かい、受話器を持ち上げた。

「はい、あ・・・い、碇です」

うっかり綾波と言いそうになってしまった事と、自分の事を碇と言ってしまった事に妙に照れくささを感じて、レイは赤面してしまった。
少しどもりながらも言葉を紡ぐ。

「えっと、どなた・・・えっ!!?」

が、電話の相手を確認した途端、赤面どころではすまない状態になってしまった。

「あ、そっ、その・・・は、はいっ、レイです。い、いえっ、そんな・・・」


◇ ◇ ◇



シンジは目覚めるとき特有のけだるい感覚を振り払うようにして身を起こした。
まだまだ寝起きが悪いよ、とレイにしかられる身ではあるが、昔に比べてはよく起きるようになったと自分では思っている。

大きく伸びをしながら隣を見ると、一緒に寝ていたはずのレイの姿はなかった。
おそらく朝食の支度でもしているのだろうと思い、彼はベッドから抜け出すと散らばった衣服を身につけはじめた。

「今日の朝食は何かな?」
楽しそうに思いをはせるシンジ。
レイの料理の腕ははっきり言って良い。シンジもレイとの生活が始まってから料理を仕込まれてるとはいえ、まだまだレイの料理には及ばない。

そんなシンジの耳に電話の音が響いたのは、ちょうど一応の身繕いを終えた時ぐらいだった。
慌ててズボンのベルトを締めると、彼は手櫛で髪を整えながら寝室を後にした。


◇ ◇ ◇



リビングにやってきたシンジは、怪訝そうな面持ちで立ち止まってしまった。
レイが、コードレスの受話器を握り締めたまま何やら硬直していたからだ。
よく見ると首筋まで赤くなっている。

猛烈に嫌な予感にとらわれるシンジ。

「・・ねぇ、誰?」

そっと耳打ちして聞いてきたシンジに、レイはぎくしゃくと硬直したまま、真っ赤な顔を向けてきた。

「は、はい、そ、側にきましたので替わります」

そのままシンジの眼前にばしっと受話器を突き出す。
次のレイの一言が、シンジの起き抜けの頭を直撃した。

「“お母さん”から」

「っっ!?! かか、母さんからっ?!」

もぎ取るようにして受話器を受け取るシンジ。

「も、もしもし? どうしたのさ、こんな朝から?! な、何言ってるんだよっ、そんなんじゃないって!」

先ほどのレイ同様、真っ赤になって電話の応対をするシンジを見ながら、レイは自分と同じような事でからかわれてるんだなと分析していた。
また意味もなく赤面してしまう。

「だから違うって言ってるだろ! たまたまだよ、たまたま!!」

シンジはごまかそうと必死になって、必要以上に語調を強めて否定の意を表している。
そのため、その態度がレイの癪に障っている事までは気が回っていなかった。

『もうっ! そこまでごまかさなくてもいいじゃないの』

ぷうっと頬を膨らませるレイ。
確かにからかわれて恥ずかしがる気持ちは分かるが、だいたい昨日今日からの事ではないのだ。
今までの付き合いまでも否定されたような気分になって、レイは完全にご機嫌斜めになってしまった。

「そ、そうなんだよ、今日は朝から授業なんで迎えに―――痛あぁぁっ!!」

突然悲鳴を上げるシンジ。
見ると、レイが脇腹を思いっきりつねっていた。

「ちょ、ちょっと、綾波! ――え、な、何でもないよ!」

身をよじってかわすシンジに追い討ちをかけるかのように、レイは容赦なくシンジをつねり続けた。

「――じゃ、じゃあそのうちに顔出すよ――ぐうっ!―――い、いや、ちょっとね! あんまり時間ないからこれでっ! またねっ!!」

ピッ

ものすごい早口で一気に喋ると、シンジはこれまたものすごいスピードで電話を切った。
そのままゆっくりと後ろを振り返る。

「綾波ぃぃーーー!」

彼の第一声が、その恨めし気な叫びだった。

「・・・・・・・・・・・・・・」

が、レイはというと、臆した様子も見せずにシンジの顔を不機嫌そうに眺めていた。
そのレイの表情に一瞬戸惑ったシンジだったが、まさかその不機嫌の原因が自分にあるなどという事に気付けるはずもなく、思っていた通りのことを口にする。

「綾波、母さんに誤解されちゃったじゃないか! また父さんたちに冷やかされちゃうよ」

心底困ったようにいうシンジ。
彼をからかう人間は数多く存在するが、中でも最強無比を誇っているのが実の両親・碇ゲンドウとユイであることは疑うべくもなかった。しかも大学生になった今でも、第三新東京市に住んでいる以上、必然的に顔を合わす機会が多いこともそれに環を掛けている。

だが、レイにとってそんな事は怒りを沈める材料になりはしなかった。

「・・・・・・誤解じゃないじゃないの」

シンジをジト目で見上げるように睨みながら、何やら低い声でぼそっと呟いた。

「うっ! そっ、それはそうなんだけど・・・・」

レイの紅い瞳に明確な怒りの炎を見付け、少し引くシンジ。

「ふんだっ! もうしらないもんっ!!」

頬をぷうっと風船のように膨らませると、ぷいっと後ろを向いてしまった。
シンジは困ったように頭をぽりぽりと掻く。

『やれやれ、怒らせちゃったな。仕方ない・・・』

ふうっと軽く一呼吸置いて、彼は向こうを向いてしまっているレイの肩に手を掛けると、背中からしっかりと抱きしめた。
そのまま耳元に口を寄せると、ささやくようにぽつりと呟いた。

「ごめんね・・・」

付き合いも長いと、こうして怒りを解く術も身について来る。シンジにしては大きな進歩と言えよう。
実際にレイは、その申し分けなさそうな声と、背中から伝わってくるシンジの体温に、思わず怒りがぐらつきかけていた。

だが、そう簡単に許してしまうのも、なんだかシンジの思い通りのようで悔しい。

「もう、碇君は私のこと愛してないからあんなことが言えるのよ」

ぷいっとそっぽを向いてしまう。
シンジはやれやれという表情を浮かべると、彼女の華奢な身体に回した手に力を込める。
レイは一瞬びくりと体を震わせると、シンジの手から逃れようとじたばたもがきはじめた。
だがシンジは、レイの身体をしっかりと拘束して逃さない。

と――――――――――――

「愛してるよ・・・」

その言葉に、ぴくりと反応を示すレイ。

「だからこうするんだ・・・」

ふうっと耳に息を吹きかけ、左手をレイの頭に優しく添えて、後ろからそっと彼女の顔を覗き込むシンジ。
穏やかな光をたたえたブラウンの瞳が、レイの紅い瞳を射抜いた。

一瞬戸惑いを見せるレイ。
その刹那、唇を奪われた。優しく、そして激しく。
シンジの右手はいまだにレイを拘束していたが、彼女はもはや抵抗する事は出来なかった。
魂を吸い取られそうな感覚の中で、胸の奥が狂おしいほどに熱くなる。

愛しい・・・・・・

その強く湧きあがる感情に抗えない。
レイは先ほどまでの怒りなどどこかに消し飛んでしまい、シンジの首筋に自分からきゅっと抱き着いた。

そしてそれから―――――――――――

その後、結局朝食は作られなかったのだが、シンジは朝からかなり豪勢なものを食べたという事である。






ぴぐさんが「from のぼっち」に投稿された作品を、自らリメイクされたものですが……
シンジ、やり手過ぎ! 後ろから抱くなんてテクニック、いつ憶えた?(爆)
しかし、レイの拗ね具合も可愛い……もしかしたら、シンジを誘ってるとか?(^_^;)
ここまでらぶらぶな文章、私にはとても書けません。参りました<(_ _)>

Written by ぴぐ thanx!
ぴぐさんへの感想はA.S.A.I. <asai@venus.dti.ne.jp>へ……


Back to Home