ネコ耳マヤさん
漆を流したような暗闇の中に、明るい光の輪があった。
硬質感のある白い机の前にはゲンドウが座り、いつもの不敵な表情を浮かべていた。
そしてその側には冬月が、無言のまま直立不動で佇んでいる。
心なしか、いつもより青ざめた顔をしていた。
固く結んだ唇からも血の気が失せている。
たった今、委員会との会見が終わったところだった。
(駐:間違っても綾波補完委員会との会見ではありません(笑))
なお、今回は早速混浴のシーンからだろうと期待していた方もおられるでしょうが、あとしばらくお待ちください。
暗闇は暫しの間、凍り付いたように沈黙を保っていた。
まるでこの世から一切の音が失われたかのように。
二人の男は、彫刻のように微動だにしなかった。
時間さえ止まったかと思われたそのとき、冬月がぽつりと口を開いた。
その声は微かに震え、掠れていた。
「碇……本当にこれでいいんだな?」
「…………」
ゲンドウは眉一つ動かさず、虚空を見つめたままだった。
冬月はわかっていた。その無言に隠された心の内を……
(そこまでやるか、このオッサン……)
冬月はクールな表情を保ちながら、ゲンドウの方を横目でそーっと見ていた。
そりゃ、あんな話聞かされりゃ、誰だってそう思うわなぁ。
委員会の連中もだいぶ驚いてたもの。
もちろん、作者もその話を聞いていた。
それがどんな内容だったかは、話の展開上みなさんにお伝えできないのは残念ですが……
まあ、今回の最後になりゃわかるっしょ。
さて、場所は元の猫又温泉に戻って、ここはマヤさんたちの部屋である。
(混浴までもうちょっとだからね)
前回の最後でお伝えしたとおり、マヤさんは……
…………
……あれ?
…………
……えーっと?
……ど、どうしてたんだっけ?(汗)
いや、何しろ、だいぶ間が空いたもので、前回までのあらすじを忘れちゃって。(大汗)
前の話によると……
『マヤさんはついに布団の中に潜り込み、頭から掛け布団をかぶってしまった』
あ、そうだったか、なるほど。
では、改めてやり直し。
(編集の時、この場面カットね)
--- 8< --- (←カットのマーク)
さて、場所は元の猫又温泉に戻って、ここはマヤさんたちの部屋である。
(混浴までもうちょっとだからね)
前回の最後でお伝えしたとおり、マヤさんはまだ頭から掛け布団をかぶったままだった。
怪談がよっぽど怖かったらしい。作者はそれほど怖くなかったのだが……
むしろ、怖かったのは下からロウソクの光を浴びたリツコの顔の方だったくらいだ。(リツコには秘密)
まあ、多少恐がりなくらいの方が、女性として可愛くていいではないかとも思う。
そうでないと、ラブコメなどで遊園地のお化け屋敷のシチュエーションを描くとき楽しくないだろうから(笑)
もぞ……
おや、マヤさんが潜り込んだ布団がちょっと動いたようだ。
部屋の電気は消えているのだが、カーテンの隙間から射し込む月明かりのおかげか、さっきのゲンドウたちがいたところよりもずっと明るいので、部屋の中のだいたいの様子はわかる。
ほら、そこにリツコの金髪頭があるし、シンジとレイは……ご存じの通り、ここにはいない。
では、二人はどうしているかというと……おや、またマヤさんが動いたようだ。
もぞもぞ……
どうもマヤさんはまだ起きているらしい。
よっぽど怪談が怖かったのだろうか。
それとも布団に潜り込んでいるので熱いのかもしれない。
顔を出せないのは、出したらお化けに食べられるとでも思っているとか……
あるいは、さっきリツコにたくさんお酒を飲まされていたから、もしかして……
……いや、これはマヤさんの名誉のためにここに書くのはよそう。
それでなくても、今までに何度も書いてマヤさんに睨まれてるんだし……
もぞっ……
マヤさんの布団の端がちょいとだけ持ち上がった。
布団の奥でマヤさんの目が微かに光っている。(まるでネコみたいだ)
外の様子を伺いながら、新鮮な空気を取り入れてる……といったところだろうか。
あたりは全くの静寂で、人の寝息さえも聞こえない。
シンジとレイはいないから息づかいが聞こえないのは当然として、リツコはやけに静かである。
顔を窓の方に向けて、ピクリとも動かないで寝ている。
ちなみに、窓の方からリツコ、マヤさん、シンジ、レイの順に布団が敷かれている。
シンジ、またしてもマヤさんとレイに挟まれて寝ているのか、幸せな奴……
もぞ……
また布団が動いて、空気穴が閉じられた。
どうやらマヤさん、このまま寝てしまおうとしているようである。
果たして朝まで我慢できるんだろうか?
何をって? いやその……布団の中の暑さに。(汗)
5分経過した。
マヤさんはずっと動かなかった。
弱ったな、温泉の方にもレポートに行かなければいけないのだが……
何しろ、一部の読者の方は主人公であるマヤさんより、脇役のシンジとレイの方が気になるみたいなので。
しかし、作者としてはマヤさんの方が気になるし、どうしたものか……
(何が気になるかは言えないんですけどね)
もぞもぞ……
と、ここでマヤさんに動きがあった。
どうやら布団から出てこようとしているのか……
布団の端からマヤさんのネコ耳だけが覗いている。
そしてそれがピクピクと動き始めた。
……まさか、アンテナの代わりにして外の様子を伺っているとか?
だとしたら、すごいことである。
五感の他に、新しい感覚器官が一つ付け加わったようなものだ。
マヤさん、完全にネコ耳を使いこなしているではないか……あんなに嫌がっていたはずなのに。
ぴくぴくん……ぴくぴくん……
鬼太郎の妖気アンテナならビビビというところだが、マヤさんのアンテナはもっと愛らしい動きである。
しかも、左右の耳がそれぞれ違う方向に動いている。器用なものだ。
しばらくしてその動きがぱったりと止まった。
どうやら部屋の中にお化けや妖怪がいないことを察知したようだ。(当たり前だって)
そしてそろそろとマヤさんの顔が布団から出てきて……
ちょうど亀が甲羅から頭を出したような格好である。
それからマヤさんは辺りをきょろきょろと見回した。
危険がないことを肉眼で確認しているのだろう。
ちらっと上の方も見てみる。
天井にお化けがへばりついていることを心配したわけでもなかろうが……
その後でリツコの方をちらっと見た。
なるほど、暗いのが怖いので電気を点けたいのだが、それは眠っている他の人(主にリツコ)に悪いと考えたのだろう。
マヤさんはそれからもまだ何かを考えていたようだが、やがて小さくうなずいた。
どうやら何かを決心したようである。
(大丈夫よね、きっと……)
マヤさんは心の中でそう呟くと、ゆっくりと布団から這い出してきた。
途中で一度止まって、再度辺りを確認し……ようやく布団の中から姿を現した。
ん? 布団の中が暑いだけじゃなかったのか?
それからマヤさんはネコのように四つん這いになって、部屋の入り口の方に歩き始めた。
もちろん、注意深く辺りに気を配りながら。
何しろ、他の人の頭の辺りが騒がしくならないように、わざわざ布団の足元の方を通っているくらいである。
そして……
……ここから先は、マヤさんの名誉のためにカットさせていただきます。
--- 8< --- カット ここから --- 8< ---
CTRL+X
--- 8< --- カット ここまで --- 8< ---
(ふう……)
マヤさんは無事に『あること』を済ませると、自分の布団に戻ろうとした。
また四つん這いになって……どうも四つん這いが身に付き始めているのだろうか?
それとも、単に怖いからかもしれないが……(部屋はそんなに暗くないんですがねぇ)
おやおや、用事を済ませて安心したのか、布団の頭の方を通っている。
そして自分の布団にようやく近付いてきたとき、うっかりシンジの枕をぽんと蹴ってしまった。
「あっ……」
マヤさんは驚いて小さく声を出したが、あわてて自分の手で口をふさいだ。
しばらく様子を伺うようにじっとしていたが、どうやらシンジが気付いた様子がないので(当たり前だ。そこにいないんだから)、ふうっと小さく息をついた。
(ごめんなさい……)
マヤさんは心の中でシンジにそう謝ると、ちらっとシンジの布団の方を見た。
と、その時……
(……シンジ君?)
マヤさんはそこに、シンジの姿がないのを発見した。
ネコになりかけてるんだから夜目が利くと思うのだが、どうやら周りのことが全く見えていなかったらしい。
よっぽど自分の事情にだけ集中していたのだろう。
(シンジ君……どこに行ったのかしら……)
そして辺りをきょろきょろと見回す。
寝ぼけてどこかに転がっていったのかも、と考えたのだろう。(ア○カみたいに)
しかし、もちろんシンジの姿は辺りにない。
それどころか、レイの姿までもが見えないことに、マヤさんはようやく気付いたのだった。
(シ、シンジ君? レイ? ど、どこに行っちゃったのかしら? まさか……)
そう、マヤさん、そのまさかなんですよ。
シンジとレイは今頃……
(……まさか、もったいないお化けに食べられちゃったんじゃ……)
……あ、あの、マヤさん?
もったいないお化けなんてそんな古い話、どこから……
(そ、そうなったら、監督不行届、大事なチルドレンをロストした罪で、私と先輩は、NERVをクビに……)
なんか、思考過程が暴走してるような……
(た、助けに行かなきゃ……)
ううむ……
とりあえず、探しに行くという結論に達したから、まあいいとするか……
そしてマヤさんは、今まで怖がっていたことを忘れたかのように、あわてて部屋を飛び出していったのだった……
……しかし、お化けに食べられた人を、どこに探しに行くつもりだろう?(謎)
シンジは温泉の脱衣場にいた。
明かりはついていたが、周りには誰もいなかった。
24時間入れる大浴場であったが、午前2時を過ぎるとさすがに人影も途絶えるようだ。
服を入れるカゴをじっと見ながら、先ほどのレイの言葉を考えていた。
『先、行くから……』
そう言ってレイは女性用の脱衣場へと消えていった。
まるで非常召集を受けたときのように冷静な表情で……
(冷たくすればシンジは言うことを聞くと思っているのだろう(笑))
(綾波……いったい、どうして……)
レイの真意はいったい何なのだろう? 何のために……
シンジにはわからなかった。
なぜレイがこれほどまでに混浴したがっているのか。
それはそうだろう。作者にわからないのに、一介の登場人物たるシンジにわかるとは思えない。
もしかしたら、作者が理由を考えていないだけかもしれないのだから。
とにかく、逃げちゃダメだ……シンジはそう考えながら、浴衣の帯をゆっくりと解いていた。
ことさらにゆっくりと……一部の読者なら、ルパン三世のように素早く服を脱いで不二子ちゃんの待つベッド、もとい温泉に飛び込んでいるであろうのに、だ。
が、あんまりゆっくりだと読み飛ばす人がいるかもしれないので、シンジには悪いが早送りさせていただく……
……そしてシンジはついにタオル一枚で前を隠すだけになり、浴室へと向かっていった。
扉に手をかけ、一度大きく深呼吸する。
逃げちゃダメだ……あれ? でも……
シンジはここで重要なことに気がついた。
ここって、混浴じゃないじゃないか。
混浴なのは、変わり湯の9番目だけで……でも、それならどうして綾波は、僕をここに連れてきたんだろう?
シンジの頭の中に、また一つ疑問が増えた。
それぞれ別でも、二人で温泉に入るのを混浴だと思ってるのかな? 確かに、今なら誰もいないけど……
不思議に思いながらも、シンジは浴室の扉をカラカラと開けた。
中はうっすらと湯気に曇っていた。
静まり返った浴室には、大理石造りの竜の口から沸き出すお湯の音だけが響いていた。
シンジはきょろきょろと辺りを見回した。
(やっぱり、いないや……)
シンジは少しほっとしながら、湯船の方に歩いていった。
手の先で湯加減を見てから、手桶に湯をすくって身体にかぶり、片足ずつゆっくりと入ろうとしたとき、ふと窓の外を見た。
川縁に、ぼんやりと小さな明かりが一つついている。
上に天蓋があるところを見ると、露天風呂に違いない。
気持ちよさそうだな、シンジがそう思った瞬間、足はそちらの方に向いていた。
ガラスの扉を開け、露天風呂に向かって岩の上を裸足で歩いていく。
濡れた肌に、川風が心地よかった。
寒くはないけど、早くお湯に浸かって温まりたい。
ちゃぽん……
「ふう……」
思わず声が出た。心の中に開放感が広がっていく。
ここ二、三日の気疲れがいっぺんにとれていくようだった。
風呂は命の洗濯よ、というミサトの言葉を思い出す。全く、その通りだ……
しかも、露天風呂を独り占めだ。何て贅沢なんだろう。
温泉旅行に来て、本当によかった……
ぱしゃ……
ふと、どこかで、お湯の跳ねる音がした。そして……
シンジは背後に、人の気配を感じていた。
さて、ここでリツコの様子を見てみよう。
……早く温泉の続きをやれって? いや、もう少し待って……
それにリツコは音もなく寝入ってるはずだろうって?
いやいや、その考えは甘いですよ。
だって、あれほどの機材を持ち込んできたリツコが、おとなしく寝るわけがないじゃないですか。
その証拠にほら……リツコの布団に入ってるのはダミーの人形だったりする。
(ただし、ドグマから持ち出してきた例のアレではない)
そしてご本人はどこにいるのかというと……
ガラガラ
押し入れだったりして……(あんたはドラえもんか)
実は、さっき、マヤさんのシーンをカットしている間にリツコはここに入り込んでいたのだった。
もちろん、作者も知っていたのだが、なにぶんカットしてしなければならなかったので致し方なかったのである。
しかし、これはちょっとすごい。
持ち込んだノートパソコン数台でネットワークを組み、LANができあがっているではないか。
だいたい、この100Base-Tケーブルはどこにつながっているのだ?
まさか、この旅館のハブに直結してるとか言うんじゃないだろな……
(いや、ありえる。ここのネットワークを組んだのはリツコかもしれないし……)
「現在のネコ化率は……あら、いい数字だわ……」
ノートパソコンのバックライトに照らされ、キーボードをカタカタと叩きながら、リツコは一人満足そうに呟いていた。
その姿は、『使徒侵入』の時のMAGIの中で作業をしているシーンとそっくりだ。
(だからって何も浴衣の上に白衣を羽織らなくても……)
そしてノートパソコンのディスプレイ上には、マヤさんの身体の分析結果はもちろん、現在の位置までが記されていた。
きっとマヤさんの浴衣に忍び込ませた携帯電話を、GPSアンテナの代わりに利用しているに違いない。
「逃げても無駄よ、マヤ……」
……いや、マヤさんは別に逃げてるんじゃないですけどね。
ともかく、リツコは口元にうっすらと笑みを浮かべながら、ディスプレイに見入り、キーボードを叩いていた。
少し、背筋が寒くなりそうな表情で……
そのころ、マヤさんは……
昼間練り歩いた9つの変わり湯を、シンジとレイを探して走り回っていた。
しかも、ご丁寧に一つずつ温泉に浸かりながら……
バタン、ガサゴソ、ちゃぷちゃぷ
「えーん、ここにもシンジくんの匂いがしないっ!(>_<)」
ぱしゃぱしゃ、トタトタ、バタン
あ、あの、マヤさん?
……まさか、匂いを頼りに探しているとは……
辺り一面を包むのは、渓流の心地よいせせらぎの音。
そして時折吹く川風にお湯が微かに跳ねる音。
昼間は目に映えていた山の緑も、今は月明かりの下で青黒く鈍い輝きを見せるのみだった。
豊かな自然に臨む大浴場の明かりが辺りを薄明るく照らしている。
その外にしつらえられた小さな露天風呂では、静かな時が流れていた。
ちゃぷ……ちゃぷ……
黒髪の少年は、渓流の方に顔を向けていた。だが、その視線は川面を眺めるでもなく、俯き加減だった。
少年の後ろには、青い髪の……今は月明かりに照らされて銀色に見える髪の少女が、寄り添うように座っていた。
その白い肌はまるで水晶のように、透明なまでに輝いていた。
それはあたかもピグマリオンが造り、アフロディテによって命を与えられた女人像のように美しかった。
だがその赤い瞳は象牙の彫像のように虚ろではなく、柔らかな表情をたたえていた。
ちゃぷ……ちゃぷ……
シンジは手持ちぶさたそうにお湯をかき回していた。
出るに出られない。レイにしっかり後ろを取られてしまっているのだ。
レイは突然、シンジの背後に現れたのだった。
女湯の露天風呂とつながっていたとは……
シンジが動揺する暇もなく、レイはシンジと同じ湯船に入ってきた。
そして、ぴったりとシンジの後ろに寄り添ってきていた。
ちゃぷ……ちゃぷ……
シンジ、動揺する気持ちはわかるけど、そんなにお湯をかき回したら身体が温まって、却って逆効果だぞ……
しかし、レイも男湯に入ってきて10分にもなるというのに、何も行動を起こそうとしない。
ネコ耳コンテストの更衣室でのあの積極性はどうしたというのだろう?
読者の皆さんも期待しているというのに……
ちゃぷ……ちゃぷ……
ちゃぷ……ちゃぷ……
ちゃぷ……ちゃぷ……
う、動かん……
ちゃぷ……ちゃぷ……
ちゃぷ……ちゃぷ……
ちゃぷ……ちゃぷ……
つんつん
「はうっ!?」
むっ、動いた!(始めやがったか!)
しかし、シンちゃん、腕につんつんが入ったくらいで、そんなすっとんきょうな声を上げなくても……
……え? 腕じゃない?
じゃないとすると、背中? 太股? それとも……(^_^;;;)
「碇君……」
「な、何?」
お湯に長く入りすぎたせいか、シンジの声はふやけていた。
ま、意外なところをつんつんされた動揺もあるかもしれない。(汗)
しかし、レイは何を言い出す気だろうか……
「背中、流してあげる……」
「う、うん……」
何だ、その程度か……
い、いや、別に、何を期待してたって訳でもないですけどね。(ナニも期待してません)
ともあれ、レイは持っていたタオルで、シンジの背中をこすり始めた。
もちろん、お湯の中に入ったままである。
ちゃぷちゃぷ……
レイの顔がとても満足そうである。
シンジの方も、まんざらではないらしい。
きっと、一度くらいはこういうシーンも思い浮かべたことがあるのだろう。(いつ?)
ちゃぷちゃぷ……つんつん
「な、何?」
今度は背中であった。
さっきのはどこだったかって? それは……知りません。(汗)
「碇君……」
「う、うん……」
「背中……流して……」
「…………」
シンジは無言でうなずいた。
そして、レイが自分の方に背中を向けた気配を確認してから振り返った。
そこには、レイの白く華奢な背中が……
ぐぉくっ
シンジは唾を飲み込もうとしたが、緊張で口の中が乾いていて、喉が鳴っただけだった。
前の方さえ見たことがあるくせに(しかも触ったくせに)、何を今更そんなに動揺しているのだ……
まあ、シンジもまだまだ若いんだから仕方ないか。
ともあれ、シンジは下の方を隠していたタオルを取ると(湯船に浸けたらダメだって)、お湯の中で
しっかりとゆすぎ(洗うなっつーの)、ぎゅーっと固く絞ってから(意味ないじゃん)、おそるおそるタオルをレイの背中に押し当てた。
ちゃぷちゃぷ……
(綾波……なんて細い肩なんだ……)
二重、三重に畳んだタオルを通してさえ、レイの身体の柔らかさが伝わってくる。
それはシンジに、あの時の記憶をよみがえらせた。
無理に思い出すまいとして、シンジは別のことを考えようとした。
こんなか細い身体で、綾波はエヴァに乗って戦ってるのか……とか。
だが、所詮無駄な努力であるのは明らかだった(笑)
「な、流したよ……」
一通り背中を流し終えると、シンジはレイにそう告げ、再び川の方に振り返った。
レイがこっちを向くのが、気配でわかる。
そしてまた、二人の間に静寂の時が訪れた。
ちゃぷ……ちゃぷ……
ちゃぷ……ちゃぷ……
ちゃぷ……ちゃぷ……
つんつん
「な、何?」
今度もまた背中であった。
シンジがしっかり隠していたのである。(何を?)
それはともかく、背中の流しっこの次はレイは何を要求するつもりだろうか?
「碇君……」
「う、うん……」
「前も……」
「…………」
シンジの心の中を、一陣の風が吹き抜けた……
そんな二人の姿を、岩陰からこっそりと見ている人影があった。
(シンジ君……レイちゃん……こんなところに……)
もちろん、マヤさんであった。
男湯と女湯の間を仕切る石垣によじ登って、シンジたちのいる男湯の露天風呂を覗き込んでいるのである。(ご丁寧に、お風呂に入るときのタオル巻き姿になって)
昼間に訪れた9つの温泉をことごとくチェックし、最後にここに辿り着いてようやく二人の姿を見つけたのだった。
もちろん、大浴場は最初に見に来ていた。
しかし、その外にあった露天風呂は盲点になっていたのだ。
二人がお化けに連れ去られたのではないことがわかり、一瞬ほっとしたマヤさんだったが、すぐにこれはこれで問題であることに気付いた。
(そんな……いけないわ……あなたたち、まだ未成年なのに……)
うんうん。
(……夜のお風呂場には、ちゃんと保護者と一緒じゃないと……)
違うって(-_-;)
(……それに、男と女が一緒にお風呂に入るなんて、ダメよ……)
やっと気付いていただけましたか……
(……混浴は別のところなのに……)
やっぱりずれてる(-_-;)
どうもネコウイルスに感染してから、倫理観が少しずれてきているようだ。
背中の流しっこまで見て、ここまで平静でいられるはずがない。
いつもだったら、『シンジ君、不潔よぉっ!』とか何とか叫んじゃいそうなものなのに。
まあ、とにかくマヤさんは、せっかくシンジたちを見つけたのに部屋につれて帰りもせず、覗きを続けていた。(マヤさんにはふさわしくない行為なのに……)
たぶん、こういうシチュエーションを初めて見たので、ちょっとばかり興味があったのかもしれない。
シンジがレイの背中を流しているシーンなど、手で顔を隠しながらしっかり指の間から見ていたくらいだから……(見てません! by マヤ)
そして、何事もなしに背中を流し終えると、ため息をついていたくらいだし……(ほっとしただけです! by マヤ)
……じゃ、やっぱり見てたんですね?(………… by マヤ)
それはさておき、マヤさんは実は今、すごく器用な格好で露天風呂を覗いているのだった。
この石垣は作者も昼間によじ登ったのだが、手がかりが少ないし、濡れていて滑りやすいので結構大変なのだ。
勢いをつけて上まで登ってしまうのは楽なのだが、覗き見するために途中に掴まっているというのはかなり骨が折れる。
現に、作者もさっきから何度もずり落ちそうになっていて、ご覧の通り文章が歪んでしまっているのだ。
え? 文章がおかしいのは作者の資質が問題だろうって?
まあ、いいじゃないですか、そんな細かいことは。
とにかく、それくらい大変な石垣に、マヤさんは楽々とよじ登り、かなり無理っぽい体勢のまま覗き見しているのである。
それでもバランスを崩したりしそうにないのは、ネコ化しているであるが故であろうか。
バスタオルの下からは例のしっぽが覗いていて、それがマヤさんの心の動揺を表すかのようにふりふりと揺れているのが楽しい。
しかし、あのバスタオル巻きの姿、まるで超ミニのタイトスカートをはいているようで、下から見たらきっと……い、いや、そんなことはしませんけどね。(汗)
ずり落ちそうになったのも、決して下から覗こうというわけじゃなくて……
げ、現に、ずり落ちずにこうしてしっかりシンジとレイのレポートをしてるじゃないですか!
信用してもらえないのなら、さっきの続きは書きませんからね!
……信用するって? 結構。
では、先ほどのシーンの続きを……
温泉の中の二人の間には、まだ沈黙が続いていた。
ただ相変わらず、谷川のせせらぎとお湯の揺れる音だけが聞こえていた。
(ダ、ダメよ……それだけはダメよ、二人とも……)
マヤさんはハラハラドキドキしながら、手に汗握ってその様子に見入っていた。
ダメなら止めればいいのに……しかし、好奇心の方が勝ってしまうマヤさんだった。
まあ、見ておいた方が将来のために勉強になるしねぇ……(何の?)
シンジはお湯の中で動けなくなっていた。
レイの言葉を聞いた直後から、全身が硬直していた。(一部分だけじゃなくて……(笑))
前を……前を洗うなんて、そんな……
ど、どうしたらいいんだろう……
頭の中では、かつての押し倒し事件のことが見事にリプレイされていた。
あの時の感触は、先ほどレイの背中を流したことで、はっきりと思い出していた。
思わず、お湯の中で左手をにぎにぎしてしまう。
それに気が付いて、あわててその手の運動をやめた。
年貢の納め時だぞ。いい加減にあきらめろ、シンジ。
触るんじゃなくて、洗うんだから別にいいじゃないか。
それに、今度は言い訳しなくて済むんだぞ。
シンジは目をつぶったまま考え続けていたが、作者のその言葉が聞こえたのか、ようやく小さくうなずくと、レイの方に振り返ろうとした。
マヤさんもその気配を察知して、手で顔を隠し、指の間をそっと開こうとした。
そしてシンジはゆっくりと首をレイの方に向け……
ウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーー…………
とその時、夜の静寂を破って、辺りにけたたましいサイレンの音が鳴り響いた。
はっきり言って、安眠妨害……いや、そんなことを言っている場合ではない。
「こ、これは……非常召集?」
どこからともなく聞こえてくるサイレンの音に、マヤさんはきょろきょろと辺りを見回しながら呟いた。
まさか、そんな……でも、この聞き慣れた音は……
「使徒!?」
「…………」
湯船の中で、シンジは驚き、レイは無表情のままサイレンの音を聞いていた。
真夜中も真っ昼間も関係なく鳴り響くその音は、一般人には避難を促し、NERV職員には警戒態勢を告げるサイレンの音に間違いなかった。
「大変! 本部へ帰らなきゃ!」
マヤさんはあわてて石垣の一番上までよじ登ると、まだお湯の中に浸かっている二人に向かって声をかけた。
「シンジ君! レイ!」
「わっ! ……マ、マヤさん!?」
立ち上がりかけていたシンジはあわててお湯の中に首まで浸かり直した。
女の人に見られるのが、そんなに恥ずかしいのか?
別に、マヤさんはシンジの裸を見に来た訳じゃないのに……
(いや、確かにさっきまで覗いてたのは間違いないんですけどね)
「使徒が来るわ! 本部へ帰らなきゃ! 早く、着替えて!」
マヤさんはそう言って出口の方を指さして、二人にお風呂から上がるように指示した。
と、その拍子に……
はらり
「きゃ……」
ああっ! マヤさんのバスタオルがほどけ……わわっ!
ずるっ、ごんっ、どぼーん……
動揺した拍子に作者は手を滑らし、岩場で頭を打ち、女湯の露天風呂の中に真っ逆様に落ちてしまったのだった。(こればっか)
落ちる瞬間作者の耳に届いたのは、シンジの悲鳴と吹き出す鼻血の音だった……
「総員、第一種警戒態勢」
ゲンドウの声が発令所に響きわたった。
彼と冬月は、いつになく早く発令所に姿を見せていた。
まるで、今晩使徒が現れることをあらかじめ予想していたかのように……
そう、実を言うと、彼らは知っていたのである。
それというのも……
「まさか、委員会がこんなに早く動くとはな」
冬月がぼそりとそう呟いた。
「ふっ……行動表を修正するのが彼らの仕事だからな」
ゲンドウはにこりともせずに言葉を返した。
賢明なる読者の皆さんはお気づきだと思うが、今回の使徒襲来はゲンドウたちが委員会に要請したものだったのである。
目的は……たぶん、シンジとレイの混浴を阻止するためだろう。
冬月がその理由を察して呆れ返ったのもうなずける。
ちなみに、今回の予定繰り上げに対する委員会への見返りは……何と、ネコ耳コンテストに委員会の連中がつっこんだ掛け金の返還という安直なものだった。
まあ、トータルにしてみりゃ、国が一つ傾くくらいなんだけれども……
(このオッサンに付いてきたのは間違いだったかもなー)
冬月が内心、大学教授への復職を考え直したのもまんざらではないかもしれなかった……
「シンジ君、シンジ君、しっかり!」
血に染まった男湯の露天風呂の中で(笑)、マヤさんはぐったりとなったシンジを揺り起こそうとしていた。
(まるで別府の血の池地獄……しかしおかげでマヤさんはシンジの下半身を見ずに済んでいた(笑))
もちろん、マヤさんのバスタオルは既にしっかりと巻き直されている。
その横ではレイがしっかりとシンジに腕を絡ませていた。
(作者のことは誰も介抱してくれなかったのに(泣))
「シンジ君、早くしないと、使徒が来るわ! 目を覚まして!」
元はといえばマヤさんが見せちゃったおかげでシンジはこうなってしまったのだが。
(何でシンジばっかりいつもいい目を……)
それでも、マヤさんが一生懸命シンジを揺り動かしたり、顔をペチペチと叩いているうちに、シンジが息を吹き返しつつあった。
「う、うーん……」
「はっ! シンジ君、気が付いたのね!」
「うう……はっ! マヤさん!」
「シンジ君! 早くしないと使徒が……」
「えっ!? わわっ!」
それは意識を取り戻しかけたシンジにとっては、刺激の強すぎる光景だった。
何しろ、半裸の女性が二人して自分に絡みついてきているのだ。
(レイは全裸ではなく、マヤさんの指示によりバスタオルを巻いていた)
おかげでもう一度鼻血を出して意識を失いかけるシンジ。
それをマヤさんが必死になって起こし、ようやくシンジは頭がはっきりしつつあった。
「さあ、シンジ君、早く本部に戻らないと!」
「で、でも、どうやって……」
「そ、そうよね、もうこの時間じゃ電車も動いてないし……」
突然の使徒出現に、マヤさんの頭もかなり混乱しているらしい。
時間はともかく、緊急避難勧告後は鉄道などは全部止まってしまうのに……
「と、ともかく、先輩を起こして相談しないと……」
そう言ってマヤさんはお湯から上がり、出口の方に向かって走ろうとした。
「安心しなさい、マヤ」
「せ、先輩!?」
その声に、マヤさんは振り返った。
突如、石垣の蔭からリツコが姿を現したのだった。
しかも、いつもの青い服、黒いタイトスカートを身に着け、白衣を着込んでいる。
いったいいつからそこにいたのだろう? 作者も全然気付かなかったのに……
「先輩、でも、どうやってここから本部に……」
「大丈夫よ。こんなこともあろうかと、緊急用の連絡通路を用意してあるわ」
ううむ、ついに出たか、このセリフ……
リツコはポケットからリモコンのようなものを取り出し、スイッチを押した。
すると、さっきまでマヤさんと作者がよじ登っていた石垣がゴーッと動きだし、そこから洞窟のような穴がぽっかりと現れた。
シンジもレイも作者もあきれかえっていたが、マヤさんだけが感心して目をキラキラと輝かせていた。
「さっすが先輩ですね!」
「あら、これくらいのことを予測しておくのは科学者として当たり前よ。さ、シンジ君、急いで」
「は、はあ……」
何をどう予測したのかは知らないが、いつの間にこんなものを用意したのだろう……
しかも、この温泉に来るのを決めたのは自分なのに……
シンジは訳が分からないままに、その穴の中に一歩踏み入った。
と、リツコがシンジの背中をドンと突き飛ばした。
「わわっ!? リツコさん?」
「中はスロープになっていて、滑っていけばそのままエントリープラグに入れるわ。急いで!」
「わーっ……」
哀れ、シンジは暗い穴の中に吸い込まれるようにして消えていったのだった。
「ふう、どうやら間に合いそうね。さて、次は……」
「…………」
リツコがそう言いかけたとき、目の前をレイが無言のまますいと通り過ぎた。
そしてレイはそのまま何の躊躇もなく穴の中に入っていった。
「レイ、待ちなさい! そこは……」
「先輩、私たちも急ぎましょう!」
続いて、マヤさんも穴の中に入ろうとした。
あわててリツコが呼び止める。
「マヤ! そこは初号機専用の通路よ!」
「ええっ!? きゃああぁっ!」
マヤさんはあわてて穴の中から戻ろうとしたが、時既に遅し。
暗い通路の中を、初号機のエントリープラグ目指して滑り降りていったのだった……
だいぶ間が開いてしまいましたね(^_^;)
もうあらすじもお忘れになったことかもしれませんが……
まあ、混浴はこんな感じでお許しを……(^_^;)
さて次回、「使徒、襲撃」。もしかして最終回かも……(^_^;;;)
新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。
Back to Home
Written by A.S.A.I. in the site
Artificial Soul: Ayanamic Illusions