ネコ耳マヤさん



 カラ、コロ、カラ、コロ

 ここは渓流沿いの温泉場のすぐ裏手にある雑木林の中。
 その中に作られた石畳の小径を、マヤさんたち一行はゆっくりと歩いていた。
 手に手に桶とタオルを持ったりなんかして。
 もちろん、最初のカラコロはマヤさんたちが履いている下駄の音である。
 (註:決して「きゅっぽきゅっぽ」などという妙な音は鳴りません)

 木洩れ日が柔らかにマヤさんの浴衣に降り注ぐ。
 時折吹き抜けていく川風が心地よい。
 木々の上で啼く山鳥の声も涼しげだ。
 マヤさんたちはひとときの森林浴を満喫していた。

 ん? 何? いつの間に浴衣に着替えたんだって?
 ちゃんと前回の最後で……あれ? そんな表現がないな。
 じゃあ、書き忘れたんだ。いやあ、失敬失敬。
 まあ、こういうこともあるって。
 何しろ、前回は気合いが入りすぎていたもので……
 ちなみに今回、作者は前回までのようにあまり表に出ることなく、マヤさんたちの入浴姿を落ち着いて皆様にお伝えしたいと思います。
 (前回のはやりすぎだって苦情が出たんですよ(笑))

 では、遅ればせながらそれぞれが着ている浴衣を紹介しておこう。
 と言っても、所詮旅館の浴衣なのだから、男女2種類しかない。
 しかも色違い。男性用が紫で、女性用が朱。(風呂場の暖簾と同じ配色だ)
 で、そのデザインはというと……漫画チックにデフォルメされたネコの顔と、ネコの足跡が適当にちりばめてある。さすが猫又温泉だ。

 旅館のパンフによれば、足跡は本物のネコからとったらしい。しかし、わざわざそんなことに凝らなくても。
 少々恥ずかしいデザインであることから、予備として格子縞のオーソドックスな浴衣もあるらしいが、マヤさんはこのネコの顔がいたく気に入ったようで、喜んで着ていた。
 (まさか、このネコってオスじゃないよな……)
 そしてリツコは言うまでもなく、シンジはマヤさんの薦めによって仕方なく、レイは考えるそぶりもなく、結局全員ネコ浴衣を着用しているのだった。
 みんななかなか似合っている。そのうち、NERVの正式浴衣に採用されるかもしれない(笑)

 さて、一行が歩いているこの小径は、猫又温泉旅館ご自慢の『変わり湯』を巡るための道である。
 決してどこかの峠の茶屋に続いている道ではない。
 え? 何のことかわからないって? そりゃそうでしょう、内輪ネタなんだから(笑)
 まあ、それはさておき、5分ばかりも歩いたところで、第壱の変わり湯が見えてきた。
 露天だ。湯船の周りを簡素な板塀で囲ってあるだけのようだが……



〜第壱之湯 薬草風呂〜



「先輩、何だか、漢方薬の匂いがしますね……」

 塀の横に作られた、小さな更衣室に入りかけたところで、マヤさんは鼻をくんくんさせた。
 そういえば確かに、粉薬を水に溶かしたときの苦そうな匂いが……
 しかし、言われるまで作者は気付かなかったのに、マヤさんって鼻が良くなったんだろうか。
 鼻がいいのはネコじゃなくてイヌなんだけどなぁ……そういえばゴムまり拾ってきたりするし、ほんとにネコ化だけなんだろうか。
 まあ、面白いし可愛いからどうでもいいや。作者はSSを書くネタがあればそれでいいのである。

「ええ、18種類の漢方薬をお湯に溶かし込んであるそうよ。腰痛や神経痛に効くらしいわ」

 さすがリツコ、以前来ただけあって、詳しいことまでよく憶えている。
 放っておいたら、薬草の名前とか成分とか構成比とかまで言い出すかもしれない。
 何、さすがにそこまでオタクじゃないって? そりゃどうも失礼をば。

「腰痛、神経痛……ですか、私、別にその辺の持病はないですが……」

 マヤさん、薬の匂いに臆したか、少々引き気味である。
 露天だから入りたくないわけじゃない……と思う。
 するとリツコが、更衣室のドアを開けながらマヤさんをちらりと見て言った。
 視線はマヤさんの目の位置よりも少々上にあるようだが……

「あら、でも、神経の病気に効くかもしれないわよ?」
「……入ります」

 少々びびった感じだったマヤさんが、急に真剣な顔になって答えた。
 リツコの一言で、きっぱりと決断したようだ。
 しかし、温泉に入ってネコ耳が治るとは到底思えないんだけど、やっぱりリツコの言うことだから従うのかなぁ。
 マヤさんはリツコに続いて更衣室の中に消えていった。
 前回も書いたとおり、契約では更衣中は取材禁止なので、作者は更衣室の外で待つのみである。

 それはともかく、まだ二人、更衣室の外に取り残されていた。
 言うまでもなく、シンジとレイである。
 ちょうど、レイのつんつんがシンジの左腕に入ったところだった。

「碇くん……」
「な、何?」

 シンジ、そんないちいちうろたえなくても。
 いい加減に慣れろよな。

「……ここ、混浴?」
「え、えっと……違うみたいだよ」

 シンジは温泉の入り口を見ながらそう答えた。
 なぜなら、入り口が分かれているからである。
 しかし、中でつながってるかもしれないのにねぇ。

「そう……じゃ、次、行きましょ……」
「いや、あの……」

 レイが次に向かって歩き出そうとするのを、シンジはあわてて止めた。
 何で止めるんだよ。一緒に行けばいいだろ、混浴に。
 早くしないとそろそろ読者のみなさんに見放されちゃうぞ。

「綾波、その……ゆっくり回ろうよ。それに、はぐれるとまずいし……僕たち、部屋の鍵持ってないから、先に戻れないし……」
「……そう」

 はぐれたら混浴しながらずっと待ってればいいじゃないか。機転の効かないやつだな。
 まさか、混浴を後に引き延ばしたがってるんじゃないだろうな。
 しかし、レイは意外とあっさりとシンジの言うことに従って、薬草風呂に入ることにしたようだ。
 そしてレイが更衣室に入ろうとドアを開けたとき、中が見えそうに……はっ! 見ちゃいけないんだった。
 では、作者は一足先に中に入って待っていることにしよう。もちろん、女湯の方で(笑)

 ……さて、中はというと、8畳の部屋を2つ合わせたような感じになっていて、一方には湯船が、もう一方には小さな日本庭園が作られていた。
 塀で囲ってあって外が見えない分、庭でも眺めてくれということなのだろう。
 小さな築山が作ってあったりして、なかなか趣味のいい庭だ。
 で、肝心の温泉はというと、四畳半くらいの大きさの石を地面に埋めて、上の面をくりぬいたところにお湯が張ってある。
 たぶん、薬草をすりつぶす石の鉢を連想させようというんじゃないだろうか。

「わあっ、先輩、お湯が茶色く濁ってますよ……」

 入ってくるなりマヤさんはそう言って驚きの声を上げた。
 仰せの通り、温泉のお湯は真っ茶色である。
 ちょうど、大○漢方胃腸薬(顆粒)をお湯に溶かしたらこうなるんじゃないかという感じの色だ。
 実はそうだったら面白かったのだが……(何袋いることやら(笑))

 ちなみにマヤさんの姿はというと……大きめのバスタオルを身体にしっかりと巻いてガードしていた(涙)
 リツコは、普通のタオルで申し訳程度に(しかし巧妙に)前だけを隠している。
 まあ、堂々と見せながら入るのも温泉のマナー違反だとも言えるが。
 しかし、他に人はいないから隠す必要なんてないのに……(ちぇ)

「お湯に溶け込んだ漢方薬の成分が肌から吸収されるそうよ」
「じゃあ、飲んだら胃腸に効くんでしょうか?」
「さあ、どうかしら。試してみる?」
「い、いえ、結構です……」

 まあ、誰が入ったかわからないお湯を飲むのも気が引けるだろうな。
 しかし、マヤさんが作者と同じように胃腸薬を連想していたとは……考えることはみんな一緒なのか。

「じゃ、早速入りましょう」
「は、はい……」

 もじもじしているマヤさんをしり目に、リツコはさっさと濁り湯の中に入っていく。
 タオルをお湯に浸けないように身体からずらしているのだが……腕などに隠れてよく見えないのである。(何が?)
「バスタオル、お湯に浸けない方がいいわ。染まると落ちないわよ」
「で、でも……」

 悠々とお湯の中で身体を伸ばしているリツコとは対照的に、マヤさんはまだお風呂端に立っていた。
 しかし、いつまでもそうしているわけにもいかないと思ったのか、湯船の縁に腰掛けてお湯に足を浸けた。
 見ればリツコは気持ちよさそうに温泉に浸かりながら、畳んだタオルで顔など拭っている。
 マヤさんはしばらくその場に座っていたが、やがて意を決したようにバスタオルの胸元に手を掛けて……よし! いけ! そうだ! パーッと取っちゃえ! ……あ、いや、これは失礼。
 今回は冷静にお伝えするんでしたっけ。(しかしこれが落ち着いていられるものだろうか?)
 では、やり直し……マヤさんはバスタオルの胸元に手を掛けて……っと思ったら、そのままお湯の中に滑り込んでしまった。そりゃないよぉ(;_;)

「あら、またバスタオルのまま入ったの?」
「す、すいません……今取ります……」

 マヤさんはそう言うと、身体に巻き付けていたバスタオルを取り、8つに畳んでさっきまで座っていたところに置いた。
 しかし……もうおわかりですよね。お湯が濁っているので、マヤさんの玉のお肌はちらりとも見えないのである。
 しかも、しっかりと肩まで浸かっちゃって……
 これじゃ、温泉SSの楽しみがかけらもありませんがな。
 ちょっとくらい読者サービスしてくださいよ、マヤさんったら……

「バスタオル、ゆすいでから返しておきなさいね」
「は、はい、そうします……」

 そういえばマヤさんのバスタオル、どこから持ってきたのだろう?
 さっき歩いていたときはあんなもの持っていなかったはずだが……
 ひょっとすると、更衣室に置いてあるのかもしれない。
 温泉客はバスタオルなんて持って歩かないだろうから。

「ふう……漢方薬のせいかしら、よく温まるわね」
「そうですね……何だかこう、身体にじわじわ沁みてくるような感じがします」
「あっちの庭の眺めもなかなかね」
「そうですね、何だか純和風っていう感じで……」

 ふむ、確かに言われてみればそうである。
 作者はあまり造園のことには詳しくないのだが、見ていて何となく落ち着いた気持ちになる眺めだ。
 小さいながらも枝振りのいい松が植わっていたり、庭石がそれらしく置かれてあったり、枯山水とはいかないまでも白い玉砂利が敷かれていたり……
 湯船の縁から飛び石で通路が造られていて、松の近くまで行くこともできるようだ。
 まあ、見に行く人はそうはいないだろうが。
 しかし、薬草風呂に日本庭園とは、何か少しずれがあるような気がしないでもないが……

 ちゃぽん

 ん? 何だ?

 ……作者が振り返ると、いつの間にかレイが風呂に入っていた。
 庭の方を見ていて気付くのが遅れたか……でも、まあ、レイの身体はTV本編でも見られるから、見逃してもいいだろう。(読者のみなさんもいいですよね?)
 それより、マヤさん……お湯から上がるときにしっかりレポートさせていただきますからね。(にやり)

「ふう……だんだん熱くなってきたわね……やはり半身浴の方がいいかしら」

 リツコはそう言いながら、湯から上半身をざばっと上げた。
 おおっ、と思った方もおられるだろうが……あいにく、ナイスタイミングで胸元を隠されてしまった。
 一瞬期待したみなさん、すいません。(でも作者が悪いんじゃないもん)
 それはともかく、リツコは湯船の中にしつらえられてある(らしい)段差に腰掛けて、タオルの端で顔など拭っている。
 その気持ちよさそうな顔は、第弐拾四話で風呂に入っているときの渚カヲルにも匹敵する。
 そしてそれを見るマヤさんは、シンジのように少し恥ずかしそうな表情で……
 何? 第弐拾四話はまだまだ先のはずだって?
 いーじゃない、減るもんじゃなし。(そういう問題でもないか)

「マヤ、あなたも半身浴にすれば?」
「い、いえ、私は……(ぶくぶく)」

 リツコの言葉に、こっそりリツコの顔(身体?)を盗み見していたマヤさんはさっと視線を外すと、お湯の中に沈んでいった。
 ちょうど口の上あたりまでが茶色いお湯に隠れている。
 そしてぷくぷくと小さな泡を吐いているのだった。
 小さい頃、お父さんに『肩までしっかり浸かりなさい』と言われたのを未だにきちんと実行しているのであろう。
 しかし、もうそろそろ100を数えた頃だから、上がってもいいんじゃないでしょうか?(笑)
 だって、だいぶ熱そうにしてるじゃないですか……ネコ耳がパタパタ動いてますよ。(放熱板か?)
 このまま沈んでいって『温泉ダイバー』するわけでもないでしょうに。

「さて、そろそろ次のお湯に行かないと、時間が無くなるわ。上がるわよ、マヤ、レイ」
「……はい」

 おお、ナイスリツコ。
 そしてリツコは立ち上がって湯船から出ていく。
 それに続いてレイもお湯から出ていった。
 リツコは前を少し隠してるだけだし、レイは全く隠さないから、その後ろ姿は……のはずだが、作者はマヤさんの方を注視しているのでそちらの方を見ることができない。
 さっきのレイのようなこともあるし、一瞬でも目を離して見逃したら一大事である。
 さあ、マヤさん、出るのだ。

「あっ、先輩、ちょっと待ってください!」

 マヤさんはそう言うと、湯船の縁に置いてあったバスタオルを手に取ろうとした。また隠す気だな。
 しかし、少し身体が浮いたおかげで肩口が見えた!
 そして、お湯の中で身体にバスタオルを巻こうと焦ってじたばたしていると、お湯がちゃぷちゃぷと揺れて、白い胸元が……!
 さらに、作者がもっと子細な表現をするために、身を乗り出したその時だった。

 ドボーン










 ボコボコボコ










 く、苦しい……










 ぷはっ!

「先輩、待ってくださいよぉ〜」

 今のはマヤさんの声である。
 お湯から出て、リツコの後を追って更衣室に戻っていくときの……
 え? 何が起こったのかって?

 ……申し訳ありません。身を乗り出したはずみに、お風呂にはまってしまいました。
 いや、その、お風呂の縁のところに苔が……そこに手を置いたときにツルッと……
 もちろん、お湯の中は濁っててマヤさんの姿なんか全然見えないし、あわてたせいでなかなかお湯から上がれないし、上がったときにはマヤさんはもう後ろ姿で……
 ちらりと見えたのは、バスタオルの裾からひょろっと延びてるしっぽだけ。
 (これがまた焦っている様子を表現するからのようにふりふりとかあいらしく動いていたのだが……)
 肝心の部分は見えずじまいで……

 やれやれ、ひどい目にあった。
 作者の服は当然びしょ濡れである。
 そろそろ日も落ちてきそうだし、こんな状態で取材を続けて風邪引いてしまわないかしらん。
 でも……やめて帰ったら、読者のみなさんに袋叩きだよなぁ……
 仕方ない、次行くか……



〜第弐之湯 モール風呂〜



 モールとは何か。
 作者もよく知らんが、太古の植物の化石が堆積した地層を通って湧き出してくる温泉ということらしい。
 一見すると、お湯の中にゴミが浮いているように見えるのだが、これがお肌に良いらしく、入るとつるつるのすべすべになるのだそうだ。
 つるつる、すべすべ……ちょっと想像していただきたい。
 ただでさえぴちぴちのマヤさんの玉のお肌が、つるつるのすべすべに……
 んもう、これ以上ないくらい美味しそうな……いや、失礼。しかし、他に適当な表現も見あたらないくらい素敵なことである。

 何はともあれ、先ほどのような理由のために、モール温泉は『美人の湯』と言われている。
 しかし、マヤさんがこれ以上美人になったら、作者はどうしたらいいものか……
 いやまあ、別にどうもしなくてもいいんでしょうけどね。

 ともあれ、美しくなれるという誘惑に、うら若き女性があらがえるはずもない。
 リツコの薦めもあって、マヤさんはしっかりモール風呂に入ってしまったのだ。
 入ってしまったのだが……

「先輩、ここのお湯も濁ってますね」
「そうね、植物の化石の微粒子かしら」

 というわけで、またしてもマヤさんの入浴姿はモザイクの彼方に隠されてしまったのであった。
 悲しいなぁ……

 ちなみに、例の会話はここでも健在であった。

「碇くん……」
「な、何?」
「……ここ、混浴?」
「え、えっと……違うみたいだよ」
「そう……じゃ、次、行きましょ……」
「いや、あの……」

 全然進歩がありませんねぇ。



〜第参之湯 牛乳風呂〜



 これは改めて説明するまでもない。
 お湯の中に牛乳が溶かし込んであるのである。
 その量は、実に牛一頭分とも聞く。
 これで白いお肌をなお真っ白にしてくださいというわけだ。
 だがしかし……

 言うまでもなく、お湯が白く濁っているのである。
 これでは前の2つと同じ結果になってしまうのが目に見えているではないか。
 つまり、お湯の中が何も見えない。
 従って、ここの取材は省略。
 ただ、以下の会話だけ掲載しておくことにしよう。

「先輩、ここ、何だかいい匂いですね……」
「あら、そう? 私は別に何とも思わないけど」
「でも、何だかとっても美味しそうな……」
「後で旅館の人にミルクもらってあげるから、我慢しなさい」
「は、はい……って、先輩! それ、どういう意味ですか!?」
「あら、ミルクが飲みたくなったんじゃなかったの?」
「えっと……」

 マヤさん……ネコですねぇ(笑)



〜第肆之湯 レモン風呂〜



 よしよしよし。
 ついに来たぞ!
 レモン風呂ならきっとお湯は透明であろう。
 まさか、そこらで売っているレモンジュースのように、黄色く濁ってるわけではあるまい。
 これでじっくりとマヤさんのお身体が……

「先輩、すごいですね、こんなに贅沢にレモンが浮かべてあるなんて……」

 ああっ! レモンで水面が埋まっていて、お湯の中が見えないっ!(涙)



〜第伍之湯 菖蒲風呂〜



 ここは菖蒲がお湯一面に浮かべてあるということもなくて、チャンスなのだが……

「先輩……これって季節が違いませんか?」
「あら、この話に季節なんてあったかしら?」

 だからって、入るのやめることないじゃない(泣)



〜第陸之湯 柚子風呂〜



「先輩、季節が……」
「そうね、さすがにこれは冬じゃないかしら」

 まあ、それはそうなのだが……
 うーむ。
 マタタビ湯なんてのはないものかな。
 そしたらマヤさん、喜んで入るんだろうけどな……



〜第漆之湯 酒風呂〜



 酒風呂……言うまでもなく、日本酒を溶かし込んだ風呂のことであろう。
 ここなら作者の視界を遮るものなど何もないに違いない。(どぶろくじゃなければね)
 ふっふっふ、ちゃーんす。

 しかし……
 マヤさんたちがこの風呂場の前に来た瞬間、中から高らかに聞こえてくる声があった。

『ぷっはーっ! くぅーっ! やっぱ、酒風呂に浸かりながらのビールは最高よねー』

 な、何か、聞いたことある声だが……

「どうやら酔っぱらいがいるみたいね(まるでミサトね)」
「そ、そうですね(まるで葛城さんみたい)……ここは飛ばした方が良さそうですね……」
「そうね、絡まれたら災難だわ(酔っぱらったミサトみたいに)」

 また飛ばされてしまった……(T_T)



〜第捌之湯 砂風呂〜



 九州は指宿の名物砂風呂がここにもあった。

「せ、先輩、熱いですっ!」
「我慢しなさい。すぐに慣れるわ」
「え〜ん、熱いよぉ〜(;_;)」

 ……当然マヤさんたちは砂に埋まっているので、身体なんて見えるわけありません(涙)
 (しかも、砂風呂はバスタオルを身体に巻いて砂に埋まるのが基本なのだった……)



〜第玖之湯 混浴露天風呂〜



 猫又温泉名物の変わり湯も、ここで最後である。しかし……
 ついに来た。
 試練の時は訪れたのだ。
 マヤさんとシンジにとって、避けることのできない大きな試練が……
 ん? それはコミックス第一話のゲンドウのセリフのパクリだろうって?
 いーじゃん、そんなこと。この大事なときに……

 そう、混浴なのである。
 どうやら更衣室は2つあるらしい。しかし、入り口は一つである。
 当然、中も一つになっているはずだ。(当たり前か)
 だから、マヤさんもそれなりに危険(?)を察知して身構えているのだった。
 しっぽもアンテナのようにピン立ちである。(鬼太郎じゃないんだから……)

「せ、先輩、ここは……」
「そう。猫又温泉が作り出した究極の汎用混浴露天風呂よ」

 マヤさんの質問に、少々えばった感じで答えるリツコ。
 しかし、何が究極なんだろうか。何かとんでもない仕掛けでもあるとか……
 マヤさんも訳がわからないらしく、呆然とその扉を見つめるばかりだった。
 そんなことはお構いなしに、レイのあれもシンジに炸裂している。

 つんつん

「な、何?」

 聞き返さなくても質問はわかっているはずだが……

「碇くん……」
「う、うん……」
「……ここ、混浴?」
「え、えっと……そうみたいだよ」
「そう……じゃ、入りましょ……」
「あ、あの……」

 シンジの浴衣の袖をくいくいと引っ張るレイ。
 しかしシンジはその場に固まったままだ。
 往生際の悪い奴……
 でもまあ、同じ更衣室に引っ張り込まれそうになっているんだから、気持ちはわからないでもない(笑)

「さ、マヤ、入るわよ……」
「せ、先輩、ほんとに入るんですか?」
「もちろんよ。ここに入らないで、どこに入るというの?」
「で、でも……」

 おろおろするマヤさんを無視しながら、リツコはすたすたと更衣室の方に歩いていく。
 そして扉を開けようとした、その時だった。

「あ、すいませーん、撮影中なんですが」

 は?

 突然、温泉の扉を開けて出てきた女性がそう言った。
 撮影? 何のこっちゃ。
 女の人はちゃんと服を着ている。腕に腕章を付けて……TV局? ADの人だろうか。
 しかし、声が何となくみやむーに似てて……
 さっきの酔っぱらいといい、どうも声優さんを使い回ししているような気がするのだが……

「撮影? どういうこと?」

 怪訝な顔のリツコに、そのADとおぼしき女性は自分が付けている腕章を指差しながら言った。

「TV新東京の『ミ○ス○ポ○ス』っていう番組で、温泉紹介の撮影してるんです。すいませんが、終わるまでもう少し待ってもらえませんか?」

 ……何か、聞いたことある番組だな。(まさか長寿番組になっていたとは)
 でも、温泉紹介って、別の番組のような気がするが……
 たしか、N○V系の11時台からの番組で……(古い話ですいませんね)
 ともあれ、『水戸○門』の入浴シーンの撮影じゃなくて良かった(笑)

「あら、そう。残念ね」

 みやむーADの少々ぞんざいな丁寧語にリツコはちょっとむっとした感じだったが、大人しく引き下がったようだ。
 相手はちゃんと撮影許可も取っているようだし、間が悪かったと思わなければ仕方ない。(無許可だったら怒るけど(笑))
 マヤさんもほっと一息ついている。
 しかし、入らなくなったわけではないのだぞ。
 ほら、どうやら撮影が終わったらしくて、中がざわざわし始めた。
 みやむーADも中に引っ込んで……

 ……ん?

 何か様子が変だな。

 普通、撮影が終わったら『お疲れさん』とかの挨拶が聞こえてきそうなものだが、どうも違う感じだ。
 スタッフらしき人々が出たり入ったりして、あわてている感じがする。
 何かトラブルでもあったのだろうか。

「あのー、すいません、ちょっとお願いが……」

 マヤさんたちがあたふたと動き回る人々をぼんやりと眺めていると、先ほどのみやむーADが怪しげな笑顔を浮かべながら近付いてきた。
 マヤさんの耳がぴくぴくと反応している。
 きっと、その怪しげな匂いをかぎつけたのに違いない。

「な、何でしょう?」

 少々びびっているマヤさん。
 みやむーADはマヤさんを拝むように手を合わせながら、ちょいと小首を傾げて言った。

「撮影に、協力していただけませんか?」
「は?」
「出演者が一人、温泉でのぼせて倒れちゃいまして、その代役を……」
「えっ……で、でも……」

 あまりにも突然の申し出に、マヤさんは目を白黒させている。
 どう反応していいかわからないらしい。
 いつもは発令所であらゆる突発事象に敏速に対応しているのに、今回ばかりは予想外だったようだ。
 作者が察するに、出演者が台本を憶えていないせいで撮影に時間がかかってしまい(笑)、のぼせてしまったのではないだろうか。
 それはまあいいとして、マヤさんは困った挙げ句にリツコの方を見た。
 どうやら指示を仰ごうとしたのだろうが……

「あら、面白いじゃない。協力してあげれば?」
「は? で、でも、先輩……」

 マヤさんは内心、リツコがもっともらしい理由を付けて止めてくれるものと期待してたのに違いない。
 しかし、その期待をあっさりと裏切られて、頭の中は完全にパニック状態になってしまったようだ。

「いいじゃないですか、ね? 音声も映像も、あとでうちの出演者のを合成しますから……」

 みやむーADもリツコの言葉を渡りに舟とばかり、マヤさんを説得にかかる。
 それなら最初から合成にしておけばいいのに……
 しかも、マヤさんにはネコ耳が付いている。これでは合成もしづらいのでは?
 しかし、それではSSが面白くならないからこれでいいのかもしれない。(見事なご都合主義)
 マヤさんは混乱した頭で、最後の抵抗を続けた。

「で、でも、先輩、私、仮にも国際公務員なんですよ?」
「それがどうかしたの?」

 どうしたんだろう?
 まさか、非公開組織の公務員だからテレビ出演できないなんてことはあるまい。
 それなら、広報部の人は何のためにいるのだ。
 では、その理由とは……
 マヤさんは真剣な眼差しでリツコの方を見ながら言った。

「公務員は、アルバイトしちゃいけないんじゃ……」

 マヤさん、レギュラー出演する気ですか(笑)



 かくして撮影は始まったのだった。
 セクシー系の女性タレントが棒付きフリップを持って温泉に入り、マヤさんはその横で温泉に浸かっている。
 フリップには温泉の泉質と効能が書かれており、マヤさんとそのタレントがこれを分担して説明するという、5秒ほどの短いシーンの撮影だ。

「センシツは」 ←出演者
「アルカリ性単純泉です……」 ←マヤさん
「コーノーは」 ←出演者
「婦人病、皮膚病、神経……えっと……」 ←マヤさん
「はい、カットォ!」 ←監督
 カチンッ! ←カチンコ
「ご、ごめんなさいっ!」 ←マヤさん

 撮影は始まったのだった、が、なかなか終わらない。
 マヤさんがNGを出しているのである。トチりまくっているのだ。
 セリフがたった二言とはいえ、裸で(タオルはしっかり巻いているが)テレビ出演ともなれば緊張するであろう。
 ちなみに、作者もある理由でテレビ出演経験があるのだが、たしかに緊張するものだった(笑)
 ともあれ、かれこれ5〜6回目のNGである。そろそろ決めてもらいたいものだ。
 でないと、温泉に入る時間が無くなってしまうぞ。

「まあまあ、リラックスしましょう。ちょっと練習してみましょうかぁ? はい、泉質は?」 ←監督
「アルカリ性、単純泉です……」 ←マヤさん
「効能は?」 ←監督
「婦人病、皮膚病、神経諸痛です……」 ←マヤさん
「できるじゃないですかぁ。じゃあ、気を取り直してもう一度いきましょぉ」 ←監督
「は、はい……」 ←マヤさん

 素人に怒っても仕方ないとわかっている辺り、なかなか気の利く監督ではある。
 ちなみにこの監督の風貌、1990年代に話題になった某SFアニメのA監督によく似ているのだが、気のせいだろうか。
 そういったやりとりを、リツコは他人事のように(まさにその通り)楽しそうに傍観していた。
 もちろん、シンジとレイも撮影現場を見学させてもらっている。
 時折、レイのつんつんがシンジの腕に入って、なにがしかの言葉が交わされていた。
 たぶん、『まだ?』『もうちょっとかかるみたいだよ』てな感じだろう。

「じゃあ、いきますよぉ……ヨーイ、ハイッ!」 ←監督
 カチンッ! ←カチンコ
「センシツは」 ←出演者
「婦人病、皮膚病……ああっ、すいませんっ!」 ←マヤさん
「はい、カットォッ!」 ←監督
 カチンッ! ←カチンコ

 さっきからずっとこんな調子である。
 結局、OKが出たのはこの後、20テイクほどしてからであった。
 そうこうしているうちに日が暮れてしまい、マヤさんたちは先に食事をとることにして、部屋に帰ることになったのだった。
 ……っくしょんっ! ちくしょう、風邪ひいちまったいっ!



「……ところがその寺の住職が竹やぶの方に行ってみると……」
「ひいっ、いやぁっ!」

 食事の際、ネコ手のためマヤさんがお箸を持ちにくかったとか、
 舟盛りを一人で食べさせてもらってマヤさんがご満悦だったとか、
 お酒の入ったマヤさんがネコ化してとっくりとじゃれあってたとか、
 そういう話は置いといて、夜の温泉巡りの話を書く予定だったのだが……

 いつの間にか、マヤさんたちは怪談を始めてしまっていた。
 部屋の電気は消され、畳の上に置かれたロウソクにわびしく火が灯されている。(どこから持ってきたんだか……)
 提案したのはリツコである。
 マヤさんはいやいやながらも、上司の命令に逆らえず、聞き役(恐がり役)に回ってしまっていた。
 シンジは怪談は別に怖くないらしい。冷めた少年である。
 レイももちろん、怪談など怖がるはずがない……のだが。

 なぜかしっかりとシンジの腕にしがみついてしまっている。
 おそらく、最初の話のオチで、マヤさんが恐怖のあまりシンジに抱きついたことから学習したのであろう。
 ただ、話のポイントとは関係なしにしがみつく強さを変えているような感じだが……
 しがみつかれているシンジは困惑の表情である。
 腕に何か当たるのかもしれない(笑)

「怪しい光がふわりと宙を舞ったかと思うと……」
「ひいっ! せ、先輩、もう勘弁してくださいよぉ……」
「あら、そう? これからが面白いところなのに……」

 マヤさんにネを上げられて、興の乗っていたリツコは少々不満そうである。
 しかし、自他共に認める超現実派の科学者なのに怪談が好きとは予想外であった。
 怨霊・物の怪の類は笑い飛ばしちゃうタイプだと思ってたんだけどなぁ……

「で、でも、もう、充分聞かせていただきましたから……」

 枕を抱きしめながら(布団は既に敷いてあるのだ)、涙声で言うマヤさん。
 しかし、これほどまでに怖がるとは……
 子供の頃に何かひどい経験でもあったんだろうか。
 父親に怪談をさんざん聞かされておどかされたとか……

「でも、まだ他にもあるのよ。交通事故で幽体離脱できるようになった少女の話とか……」

 リツコはそういうと、目の前のろうそくを取り上げて顔の前にかざした。
 光と陰が恐ろしげな表情を作り出す。
 それはまるでターミナルドグマでゲンドウを睨んでいるときのようだ。

「いやあっ! もう結構ですっ!」

 マヤさんはついに布団の中に潜り込み、頭から掛け布団をかぶってしまった。
 ガタガタと震えているが夜目にもわかる。

「そうね、夜も遅いし、もう寝ましょうか」

 気が付けば時計はもう12時を回っている。(何時間やってたんだ……)
 リツコはおびえるマヤさんを見て薄く笑うと、手に持ったロウソクの火をふっと吹き消した。
 瞬間、部屋は真っ暗になる。
 窓から微かに漏れる月明かりを頼りに、リツコは自分の布団へと入っていった。
 そして、シンジとレイも……

 つんつん ←微かに

「な、何?」 ←小声で
「碇君……」 ←同じく小声で
「う、うん……」 ←以下同文
「混浴……これから」
「…………」

 読者のみなさんにはお知らせしていなかったが、TV撮影が延びて混浴がお流れになったとき、シンジは『夜に……』とレイに約束していたのだ。
 そしてレイはその約束を果たしてもらおうとしている。
 さて、シンジはどうするのか……

「あ、あのね、綾波……」 ←小声で
「うん……」 ←以下略
「みんなが、寝静まってから……」
「…………」

 レイは返事をしなかったが、代わりにシンジの腕から離れると、ごそごそと布団に戻っていった。
 これは同意したと見るべきだろう。
 シンジめ、つくづく約束を先延ばしするのが好きな奴……
 しかし、もう逃れられないもんね(笑)



 そして草木も眠る丑三つ時、シンジとレイはそっと布団を抜け出して、温泉に向かったのだった……



長らくのご無沙汰でした(笑)
お待たせした上に、混浴もなくてすいません(爆)
でも、次回は当然……お楽しみに(^_^;)


新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。

Back to Home



Written by A.S.A.I. in the site Artificial Soul: Ayanamic Illusions