ネコ耳マヤさん



 今や常夏の日本と言えど、山あいを吹き抜ける風は涼しい。
 遠くこだまする野鳥の鳴き声も、何かほっとしたものを感じさせてくれる。
 目には青葉、山ほととぎす、初鰹。あれ、季節が違ったか?
 とまあ、そんなこんなで、マヤさんたちは渓流沿いの温泉がある別館へと、長い階段を下りているところだった。

 まるで遠足に来た小学生のようにうきうきとしているマヤさん。
 バスタオルを小脇に抱え、ピンクの可愛らしい巾着袋を手に提げている。きっと替えの下着とお風呂セットが入っているのだろう。
 時折窓から見える景色を眺めて喜んだりして、誰よりも楽しそうにしているのだった。(ちょっちネコ化してる?)
 リツコはリツコでマヤさんのはしゃぐ姿を見ながら穏やかな笑みを浮かべている。
 シンジは何となく元気がなさそうにしてうつむきながら階段を下りている。
 レイは何かを口の中で呟きながら、シンジの斜め後ろにくっつくようにして歩いていた。
 四者四様。知らない人が見たら、いったいどういう一行だと思うに違いない。

 え、何? こんな描写はいいから早く入浴させろって?
 まあまあ、そんなに焦らずとも。
 少なくとも、今回入浴シーンがあるのは間違いないのである。
 あらかじめ書いてあるものは逃げはしない。
 落ち着いて読み進むがよろしかろう。

 ん? まだ何か?
 ……ほんとに入浴中の取材ができるのかって?
 ふっふっふっふっふ。
 それに関しては心配ご無用。
 以下をご覧あれ。




 書式 L-001

取材許可証


 特務機関NERV(以下、甲)は作者(以下、乙)に対し、 NERV猫研究会旅行期間(以下、当該期間)中の箱根・猫又温泉旅館内に於いて、 補記の条件を除く状況下に於ける全ての取材(以下、当該取材)及び当該取材内容の著述を許可する。 補記の条件を逸脱した場合、本許可証は即時に無効となる。
 当該取材中、乙は自己の責任のみに基づいて取材することとし、甲は乙に対して乙の如何なる損害も補償しない。 また、不測の事態に伴う当該期間の短縮が発生した場合、当該期間終了時点で本許可証は無効となる。

  2015年■月■日
 署名 甲     Ritsuko AKAGI, Ph.D.    
 署名 乙     A.S.A.I.                

以上 

補記:取材不許可条件
  • 女性の更衣中
  • 女性の用便中
 以上は指定場所以外の箇所での行動を含む。

厳複
禁製

- NERV -





 というわけで、この許可証に従うなら、入浴中の取材はOKってことです。
 この許可証の発行に当たっては、作者の並々ならぬ苦労があったことを理解してくださいね。
 何、賄賂を使ったのかって? いえいえ、そんなあざといことはしませんよ。
 まあ、強いて言うなら、人にはいろいろと隠しておきたいことがあるということで……
 脅迫? まさかぁ、ちゃんとした正式な取引をしただけですって(笑)

 あっと、こんな話をしている間に、一行に置いて行かれてしまったではないか。
 急がねば!



 さて、ついに温泉の入り口に到着した。(長かったなぁ)
 向かって左側には『男』という字の下に温泉マークが白く染め抜かれた紫色の暖簾が、右側には『女』(中略)朱色の暖簾が掛かっている。
 つまり、左側が男湯で、右側が女湯。
 ちなみに、銭湯ではないので間に番台は存在しない(笑)
 ……え? そんなことはわかりきってるから早くしろって?
 あわてないあわてない、一休み一休み(笑)

「それじゃ、シンジ君、また後で……」

 そう言って女湯の暖簾をくぐろうとしたマヤさんの目が点になっていた。
 リツコも、ミサトカレーを食べたときのように茫然自失の面もちである。
 何と、レイがシンジと共に男湯の入り口の前に立っていたのだ。
 しっかりとシンジの服の裾を握りながら。
 シンジの方も、レイの予測不能の挙動に冷や汗をかく思いだった。

「あの、綾波……」
「……何?」

 シンジはレイに恐る恐る話しかけた。
 理由は、レイの視線が遙か彼方に飛んでいたからである(笑)
 答える声も上の空だ。

「あの……女湯、あっちなんだけど……」
「……そう」

 シンジがそう言っても、レイは女湯の方に移動する気配がない。
 まさか、男湯と女湯の概念がないわけではないだろうが……
 と、思っていたシンジの頭に、ピンとくるものがあった。

「あの、綾波……」
「……何?」
「ここ、混浴じゃないから……」

 きっとそうだ……シンジは半ば確信していた。
 しかし、返ってきた答えは予想を見事に裏切っていた。

「……どうして?」
「いや、どうしてって言われても……」

 『混浴じゃないから』という以外に答えがない。
 何だかこのまま哲学的な会話になってしまいそうである。
 『なぜ山に登るのか』と訊かれて『そこに山があるから』と答えるのに近い感覚だ。
 しかし、大学の一般教養で哲学の単位を落とした作者としては、そういう会話は避けたい。
 と言っても、会話の内容を作者の一存で決められるものでもないのだが。

「あの、綾波……」
「……何?」

 作者はいい言い訳を思いつかない。
 何とかうまくやってくれよ、シンジ。

「混浴は、別のお風呂があるから……」
「…………」

 シンジがぼそぼそと話しかけても、レイは何も答えなかった。
 やはり納得していないのだろうか……

「だから、また後で……」
「……そう……」

 レイは小さな声でそう言うと、すっ飛んでいた視線をシンジに合わせ、ようやくシンジの服の裾を離した。
 そしてとことこと女湯の方に歩いていき、名残惜しそうにシンジの顔を見てから暖簾をくぐった。
 呆気にとられていたマヤさんとリツコも、気を取り直して更衣室に入っていく。
 ……やれやれ、何とかなったというわけか。
 シンジもため息を付きながら、男湯の暖簾をくぐる。
 しかしその時の表情は、何となく『惜しいことをした』という風にも見えるのだった(笑)



 さてここは……まだ更衣室の前である。
 どうして早く温泉に入らないのかって? まだみんな着替えてるからですよ。
 更衣中の取材はできない、ということは、マヤさんたちが着替え終わらないと作者は温泉に入れないのである。
 ……男湯の更衣室を通ればいいって?
 でも……いいんですか? シンジが温泉に入ってる取材だけで。
 女性の読者の方はそれでいいかもしれないけど、男性の読者の方は、ねぇ……
 ずっとこれを楽しみにしてらっしゃった方も多いだろうし(笑)

 さてさて、着替えが終わるまでの間、どうすればいいかというと……いや、覗きはしません(笑)
 そんなことしたら、許可証取り上げられちゃいますからね。
 それは作者の死活問題である、と同時に、モラルの問題でもある。
 作者がモラルを第一義としているのはみなさんもご承知の通りで……嘘をつけって? どうしてそういうこと言うの?
 そういう話題はさておき、今できることといえば……『声』である。

 覗きは今回の取材では不許可、かつ犯罪行為だ。
 しかし、壁の向こうから勝手に声が聞こえてくるならそれは仕方ないことだ、と思いません?
 というわけで、作者は先ほどからマヤさんたちの声を聞こうと企み……ごほごほ、もとい、試みているのである。
 ですから読者のみなさんも静かにしていてくださいね。

『……先輩って、やっぱりスタイルいいですね』

 マヤさん……いきなりそんな話題ですか。
 着替え中に他人の身体をあんまりじろじろ見ない方がいいと思いますけど……

『マヤったら、いつもそんなこと言ってるのね』
『だ、だって、私、先輩みたいな女らしいスタイルに憧れてるんです……』

 いつもって……そういえば、残業の時は度は二人でよくNERVの大浴場に行っているとかいないとか……
 しかし、マヤさんだって充分女らしいスタイルじゃないですか。
 着やせしてるから目立たないだけで、ちゃんと出るとこは出ていて、引っ込むところは……

『あなただって、この前よりワンサイズ大きくなったんじゃない?』
『は、はい、この前、新しく買ったばかりなんです……』

 ……何の話だ?
 いや、だいたいの想像は付くのだが……
 (……あ、後で確かめさせてもらわなければ……(ドキドキ))

『あら、そういえばしっぽ、隠してたのね』
『あ、はい、歩いていると結構邪魔になるので……』

 むう……キュロットを脱いだということか……

『下着、どうしてるの?』
『その……こういう風にしてるんですけど……』

 み、見せてるの? 言葉で説明してよぉ(涙)

『あら、考えたわね』
『は、恥ずかしいから、あんまり見ないでください……』

 ……自分で見せたくせに……

『マヤ、温泉に入るときはそのタオル、取らないとダメよ』
『えっ、そうなんですか?』

 マヤさん……まさか、バスタオル身体に巻いて入る気だったとか?

『ほら、湯船にタオルを浸けないことって書いてあるわ』
『ほ、ほんとだ……なら、水着を……』

 ……それはもっといけないと思うぞ。
 少なくとも、読者のみなさん(主に男性)の期待を裏切ることに……

『あら、わざわざ持ってきたの?』
『は、はい、一応……』
『それもダメよ、ちゃんと書いてあるもの』

 ほっ……

『そ、そんな……どうしよう、恥ずかしいです……』
『大丈夫よ。今なら他に誰もいないみたいだから』
『で、でも……』

 まさか、リツコにさえ見せるのが恥ずかしいのだろうか?
 じゃ、普段NERVの大浴場で入ってるときはどうしてるんだろう?

『身体を隠すのは心を隠すのと同じよ。他人とコミュニケーションをとりたければ、身体を隠さないことね』

 ……リツコは全く隠さないみたいね(汗)

『は、はい……わかりました……』

 ということで、マヤさんも身体は隠さないのね。
 読者のみなさん、ご期待くださーい(笑)

『あっ、そうだわ、レイちゃん!』

 カラカラッと引き戸が開く音がしたのだが、それが閉まってぺたぺたと足音が戻ってくるのが聞こえた。
 レイは独りでさっさと入ろうとしていたらしい。
 もちろん、レイも身体を隠さないんだろうが……(読者のみなさんも想像の範囲でしょう)

『レイちゃん、ちょっとお願いが……』
『…………』

 レイの声が聞こえん……小さすぎるのだろうか。

『レイちゃんの鞄、鍵かかるわよね?』
『…………』
『これ、入れておいて欲しいの……』
『…………』

 な、何だ? 何をしている?

『あなたも心配性ね。誰も見たりしないわよ』
『で、でも、誰が入ってくるかわからないし……それに以前一度……』

 わーん、いったい何なんだよー!
 うう、見えていないだけにつらいものが……(涙)

『わかったわよ。それで気が済んだ?』
『あ、はい……』
『さ、入るわよ』
『はい……ありがとう、レイちゃん、鍵、私が持っておくから……』
『…………』

 カラカラカラ……カラカラピシャン!

 ……どうやら温泉に入っていったようだ。
 うーむ、しかし、声だけ聞くのがこれほど妄想力を刺激するものとは……
 ともあれ、これで再び取材可能。堂々と更衣室に入らせていただくとしよう。
 (着替え終わった更衣室に入ってはいかんという条件はなかったもんね(笑))

 さて、更衣室の中には脱衣かごが置かれていた。
 ロッカーじゃないのね。まあ、銭湯じゃないからだろうけど。
 で、そのかごが……2つ? あれ、なんで?
 一つは……これは、リツコの服? 着てた服がマヤさんと似てるからぱっと見ただけでは見分けがつかんが……
 えっと……どうやらリツコの服のようだ。サイズが大きい。(何の?)
 で、もう一つのあのかごは……レイのだな。制服だから。
 ありゃ? じゃ、マヤさんのは?

 い、いや、別に、マヤさんの脱いだ服に興味があるわけではないのだが……(完全否定できん……(涙))
 先ほどマヤさんが怪しい行動をとったから、それが何だったのか確かめようと……
 ……あ、もしかして、あれだろうか。棚の一番上に乗っかっているかご。
 きっとそうだ。マヤさんが持っていた巾着袋が見えている。
 どうしてわざわざあんな上に……よいしょっと。

 ええと、ニットシャツにブラウスにキュロット……あれ、これだけ? 下着は?
 あ、い、いや、その、別に下着を盗もうとかそういうわけじゃ……
 ただ、さっきのリツコとの会話が気になって……え? #12の時は気にしなかったくせにって?
 そ、それは、その……じゃ、あなたはあんな会話があったのに気にならないんですか? マヤさんの下着に隠された秘密が……
 ……気になるでしょう? そうでしょう。じゃ、文句を言わないように。

 で、その肝心の下着はどこに……巾着袋の中にもないようだ。
 まさか、またお風呂の中に持って入ったとか……いや、それはない。
 だって、壁の注意書きに『お風呂の中で洗濯してはいけません』って書いてあるし。
 ということは、いったいどこに……
 作者は推理小説が好きなんですけど、何も考えずに解決編まで読んじゃうから推理力ないんですよねぇ。

 ……はっ! まさか!
 先ほどのマヤさんとレイの会話、あれが意味するところは……
 レイの鞄……やっぱり、鍵がかかってる。
 そうか、マヤさんの下着はこの中に……どうしてそこまでして隠すかなぁ?
 そういえば『以前一度』って言ってたような気が……盗られたんだろうか? けしからん奴がいるものだ。

 ……自分のことを棚に上げるんじゃないって? 失敬な。作者は何も盗んでないぞ。
 (こないだの制服だって、ちゃんと返したし……)
 しかし、いくら下着が気になるからと言って、鞄の鍵を壊すわけにもいかんしなぁ。
 しょうがない、浴室の中に行くか……(まだこの後にもチャンスはあるさ……)



 カポーン……

 この音なくして温泉は始まるまい(笑)
 猫又温泉が誇る大浴場は、東北側の壁2面を檜の板で、南西側を巨大なガラス窓で囲んだ、広さ40畳ほどもあろうかという巨大な浴室だった。
 残念ながら露天ではなく、天井が付いた普通の部屋のような風呂場だ。
 しかし、ガラス窓は開けようと思えば開くらしい。
 その窓を開けて外に出ると、すぐ側に渓流が流れている。
 そして外には小さな露天風呂があり、川風を感じながら入浴できるようになっていた。

 ちなみに隣には男湯があるのだが、その間は高い檜板の壁で仕切られていた。
 ただし、上の方ではつながっているので音は聞こえる。
 まあ、作者は男湯の方の声を聞きたいとは思わないけど(笑)
 さて、マヤさんたちは……いたいた。ちょうどマヤさんがお湯に浸かろうとしているところである。
 リツコは一足先に入っているようだ。レイは……泳いでいた(汗)

 マヤさんは湯船の側にしゃがみ込み、手でお湯をかき混ぜたり、足先をちょっと浸けては引っ込めたり……を繰り返していて、なかなかお湯に入ろうとしない。
 確かマヤさんってお風呂好きだったはずなのに、どうしたことだろうか。
 しかし、マヤさんの白い肌って綺麗だなぁ……前をしっかりタオルで隠してるのが残念だけど。
 ……でもちょっと湯気が多いせいか、さっきからどうも見えにくいな……

「どうしたの? マヤ」
「あ、いえ、その……」
「早く入ってらっしゃい、気持ちいいわよ」
「は、はあ……」

 リツコはマヤさんを誘いながら、窓辺に腰掛けて外の渓流を見ている。
 下半身だけを湯に浸けていて、いわゆる半身浴というやつだ。
 当然、上半身は水の上に出てるので、ばっちりと見ることが……できない? どうして?
 何だか、急激に目の前が真っ白に……どうなってるんだ、こりゃ?
 はっ! しまった! 眼鏡が曇って……しかし、はずしたら見えないし……
 これじゃ、声だけしか取材できないじゃないか!

「さっきから何をやっているの?」
「いえ、それが、その……一昨日辺りから、水に入るのが、何となく怖くて、その……」
「そう、まだ性格のネコ化が進んでいるのね」
「えっ、そうなんですか?」

 くっ、仕方ない、見えなくても頑張るぞ……
 しかし、猫って水を怖がるのか? 知らなかったぞ。
 でも、マヤさんのさっきからの行動は、言われてみれば水を怖がっているようにも見える。
 これじゃ何のために温泉に来たんだか……

「でも、マヤ、あなたは人間なのよ。怖がってないで、早く入りなさい」
「は、はい……えいっ!」

 ちゃぷん……

 お湯の揺れる音がして、マヤさんが入ることに成功したようだ。
 ん? ということは……

「ほら、入れたでしょう? 何でも気持ちの持ちようが大切なのよ」
「そ、そうですね、勉強になりました……」
「マヤ、タオルはお湯に入れてはいけない書いてあったでしょう? 早く取りなさい」
「は、はい、すいません……」

 ぱしゃっ……

 ああああっ! マヤさん、バスタオル取ってるですかあっ!?
 ちくしょう! なんで何にも見えないんだよぉっ!
 今見えなきゃ、何にもならないじゃないかぁっ!!!
 全国1億5千万人のマヤさんファンの夢が……

「どう? タオル着けてない方が、気持ちいいでしょう?」
「は、はい、そうですね……」
「ほら、外の景色を見てご覧なさい」
「……うわあっ、綺麗ですね……」

 マヤさんの見つめる先には……渓流のせせらぎと箱根の雄大な山々が見えるはずである。
 しかし、作者の目にはなーんにも見えない(涙)
 ただ、薄ぼんやりとした白い固まり(身体?)と、チョコレート色と黄色の影(髪の毛だな……)が浮かんでいるのみである。
 そして、時折、青い影(レイか……)が通り過ぎるのが見えたりするだけで……

「……先輩、何だかお湯が熱くありませんか?」
「そうかしら? そうそう、ネコは熱いお湯に入るのも苦手なのよ」
「えっ、猫舌っていうから、飲むのがダメなだけだと思ってました……」
「全身の神経が熱に弱いの。そうね、そろそろ上がって身体でも洗いましょう」
「は、はい……」

 ばしゃっ、ばしゃっ……ぺたぺたぺた、かぽーん……

 どうやらリツコとマヤさんはお湯から上がったようだ。
 しかし、相変わらず作者には何にも見えない。
 近付きたいが、下も見えないのでは身動きもままならない。
 石鹸を踏んで滑って転んだりなんかしたら、まるっきりギャグ漫画じゃないか……

 ざばっ、ざーっ……

「あら、マヤ、変わった洗い方するのね」
「あ、はい、これ、この前テレビでやっていて……タオルでこすらなくても、石鹸を泡立てて身体に塗るだけで充分汚れが取れるらしいので……肌にも優しいし、マッサージ効果もあるそうなので、始めてみたんです」
「そうなの。そのスポンジ、後で私にも貸してくれない?」
「あっ、はいっ! ……あ、あの、先輩……」
「何?」

 ……マヤさんの声の調子がおかしい。
 どうも緊張しているようだ。
 この展開、もしかして……

「あ、あの……私、お背中流しましょうか?」

 ……こ、これでは、マヤさんの妄想通りではないか!
 い、いかん、これは見えなくても刺激がきつすぎる……

「そうね、背中は自分では洗いにくいだろうから……お願いできる?」
「は、はいっ!」

 白い固まりが移動するのが見える……おそらく、マヤさんがリツコの背中に回り込んでいるのだろう。
 まさか、このままマヤさんの妄想通りの展開になってしまうのか……
 そうなったら、SSの趣旨が変わってくるじゃないか(汗)
 そういうSSではないと以前はっきり断ってあるのに……

 きゅっ、きゅっ、きゅっ……

「あら、この感じ……」
「な、何ですか?」

 しばらくして、リツコがマヤさんに問いかけた。
 マヤさんの声がどぎまぎしているのがよくわかる。
 果たしてリツコはいったい何を感じたのだろうか……

「ひょっとして、肉球?」
「あ、は、はい……」

 はうっ! に、肉球で背中を……
 すると、さっきから聞こえていた音は……  こ、これは何だかすごく気持ちよさそうな……

「そう、とても気持ちいいわ。続けてちょうだい」
「は、はいっ!」

 きゅっ、きゅっ、きゅっ……

 マヤさんが元気に答える声が、大浴場に響いた。
 きっと、喜々とした表情でリツコの背中をこすっていることだろう。
 しかし、作者にはなぁーんにも見えないのである(涙)
 うう、読者のみなさん、すいません……

「……もういいわ、ありがとう、マヤ」
「えっ、でも、まだ……」
「あら、後は自分で洗えるわよ」
「そ、そうですか……」

 マヤさん……どこまで洗うつもりだったんです?

「それじゃ、今度は私は背中を流してあげるわ」
「えっ、いいんですか?」

 えっ、て、マヤさん……最初からそのつもりだったんじゃないんですか?
 だって、昨日の晩はあんなにいろいろと妄想して……

「ほら、こっちへ背中を向けて……」
「は、はい……」

 湯煙の向こうで何かが動いている。
 きっとマヤさんとリツコがポジションを入れ替えているのだろうが……

「いつも一人で洗うときは、どうしてるの?」
「あ、はい、背中に手を回して……柔軟体操みたいで、身体にいいかと……」
「そう……なら、この辺りは?」
「あっ、ああっ! 先輩、そこは……」

 ぶっ!!!
 い、いったい、どこを洗ってるんだ!?

「ここは、どうしてるの?」
「そ、そこは……せ、先輩、やめて……」
「ふふっ、遠慮することないのよ……」
「で、でも……あ、ああ、くっ……」
「ほら……気持ちいいでしょう?」
「は、はい……ああっ、き、気持ち、いい、です……」

 マヤさんの気持ちよさそうな声が……
 なななな何をやっているんだあっ!
 ひひひ人がいないからって、やっていいことと悪いことが……
 うわーっ! こんなの書いたら、指定受けちゃうよぉ!
 それだけは書かないようにしようと思ってるのに……

「ほら、こうしたら、どうかしら?」
「ああっ、先輩っ! ダメです、こ、これ以上は、私……」
「いいえ、あなたにはこれくらいがちょうどいいのよ……」
「あっ! あっ! も、もう、ダメッ……」

 ガラガラッ、ドサ……
 作者のぼやけた視界の中で、白い固まりが崩れ落ちるのが見えた。
 後にはマヤさんの荒くなった息づかいだけが聞こえていた。
 マヤさん……ああ、ついに……リツコの餌食に……
 チョコレート色の影は、もうぴくりとも動かない。
 黄色い影がふわっと浮かび上がり、シャワーの流れる音が聞こえてきた。
 そして満足げなリツコの声が……

「ふう……どう、マヤ、肩の凝りは取れたかしら?」
「あ、は、はい……取れました……」
「あなた、最近キータッチが早くなったから、凝ってるんじゃないかと思ってたのよ」
「そ、そうですね……ネコでも、肩が凝るものなんですね……」

 何だ……肩揉んでたのか……(興奮して損した……)
 しかし、紛らわしいことするなっちゅーの!
 ……でも、これってお約束なんだよな、きっと……

「さ、マヤ、いつまでもそんなところに寝ころんでないで、早く身体を洗いなさい」
「は、はい……」
「そろそろここを出て、外を回りましょう。いろいろと楽しい温泉があるわよ」
「はい……」
「レイも、いつまでも泳いでないで」
「……はい……」

 ざばっ、ばしゃっ、ぺたぺたぺた……

 作者の目を前を、レイらしき青い影が通り過ぎていく……
 そして、壁に向かって立ち、シャワーを浴び始めた。
 マヤさんらしき影ものろのろと起きあがってきて、再び身体を洗い始めた。
 作者の耳に聞こえるのは、洗面器でスポンジをゆすいだりする音や、シャワーを浴びる音だけだ。
 相変わらず、何も見えないままである。ちぇっ!

「じゃ、先に上がるわよ」
「あっ、先輩、待ってくださいっ! ……レイちゃん、そろそろ上がりましょう」
「……はい……」

 カラカラカラ……

 リツコらしき影がまず浴室を去っていく。
 そして、あわてて身体の泡を洗い流したらしいマヤさんが、そしてレイの青い影が相次いで消えていった。

 カラカラ……ピシャン

 ドアが開いたせいか、浴室内の温度が少し下がったようだ……湯気の量が減ったような気がする。
 おや? 作者の眼鏡の曇りもだんだんと取れてきたようだ。視界が開けていく……
 どうやら元に戻ったみたいだな。よかった……
 ……って、今頃戻ってもしょうがないんだよぉっ!!!(涙)



「遅いですね、シンジ君」

 大浴場の入り口の前に設けられた椅子に座りながら、マヤさんは呟いた。
 手にはコーヒー牛乳の瓶が握られている。
 まあ、温泉の後には付き物であろう。
 それをマヤさんはストローでちびちびと飲んでいた。
 (一気飲みしてたらイメージ崩れるところだったが……)

「そうね、男の子だから、私たちよりずっと早いと思ってたけど、案外長湯なのかしら?」

 リツコは電動マッサージ椅子に座り、肩を揉みほぐしていた。(あの……そんな歳じゃないはずですが……)
 手には炭酸水の瓶が……有馬温泉に来てるんじゃないんだから(汗)

「髪の毛、急いで乾かしたのに……もっとゆっくりすればよかったな……」

 マヤさんはそう言いながら、前髪をつまんで見ていた。
 熱風で乾かすと、髪の毛は痛みやすいのである。
 だからマヤさんは本来、お風呂上がりには乾いたタオルで充分に髪の水分を取り、ドライヤーで充分に時間をかけて乾かすことにしている。
 今日は時間がなかったので、乾かしきっていない。
 その濡れ髪が実に色っぽくて……いやあ、いいなぁ。

 ちなみにレイは、リツコに買ってもらったフルーツ牛乳を、マヤさんの横に座ってこくこくと飲んでいた。
 何かを考えるような目をしながら……
 まあ、今考えていることといえば、この後の混浴のことに違いないのだが。

 しかし、マヤさんたちが浴室を出てからもう15分くらい経っている。
 最初に入ったときからだと、ゆうに40分は過ぎている。
 シンジ君、あまりにもゆっくりしすぎじゃないかしら……そりゃ、まだ夕食までは時間があるけど……
 マヤさんは最後のコーヒー牛乳をずずっと吸いながら考えていた。
 もう一本飲もうかな。でも、お小遣いがもったいない……

 さて、シンジはいったい男湯で何をしているのだろうか?
 実は作者は知っている。
 なぜ知っているのかというと……先ほど見に行ったのである。
 マヤさんたちが女湯を出ていった後、作者は着替えが終わるまで浴室で待とうと思っていたのだが、何の気なしに窓の外に出てみたのだった。
 すると、外のしきりは低い石垣になっていて、よじ登れば男湯の方に行けそうだったので、思わず行ってしまったのだ。
 果たしてそこでは……

 鼻血を流し、貧血で倒れているシンジの姿があった。
 たぶん、さっきのマヤさんとリツコのやりとりを聞いてたんだろうな。
 中学生にはやはり刺激がきつすぎたか……(笑)



さて、入浴編第1弾が終了……しかし、詳細を伝えられなくてすいません<(_ _)>
次回こそは必ず、マヤさんの入浴姿を……そして次回はついにシンジとレイの混浴実現か?


新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。

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Written by A.S.A.I. in the site Artificial Soul: Ayanamic Illusions