ネコ耳マヤさん



 さて、マヤさんである。

 ただいまの時間はちょうど昼時。
 場所はNERVの社員食堂。
 マヤさんはリツコと一緒にお食事中だった。
 余人が見守る中、マヤさんはおかかごはんをおいしそうに食べていた。

 その横では、リツコがコーヒーを飲みながら、笑顔でマヤさんを眺めていた。



 ここはジオフロントの地表部分に鬱蒼と繁る森の中。
 その一角に、ネコの額ほどの小さな畑があった。
 植えてあるのは西瓜。手入れが行き届いているのか、既に小ぶりの実が付いている。
 そしてこの畑の主である長髪無精髭の男は、ブリキ製の如雨露で畑に水を撒いていた。

「温泉か、羨ましいな」

 男……加持リョウジは後ろに立っているシンジの方を見ずにそう言った。
 左手をポケットに突っ込み、いつもの大儀そうな口調で。
 先程、本部でシンジと偶然会って相談事を持ちかけられ、ついでなのでここに連れて来ていたのだった。
 ちなみに、レイもシンジに付いて来たのだが、いつの間にやらしゃがみ込んで熱心に西瓜に見入っている。
 ここしばらく動きと台詞に乏しかったので、何か面白いことをやってくれないかと作者は密かに期待しているのだが。

「はい、それでその、保護者として付いて来て欲しいんです」
「葛城でなくていいのかい?」

 シンジの言葉に、加持はすぐさま言葉を返す。
 これまた、シンジの方を見ずに。男は背中で語るとでも言いたいのだろうか。
 対してシンジはボソボソと独り言のように口を開いた。ちょっと男らしくない。

「……ミサトさんだと、アスカも一緒に来たいって言いそうだから……」

 すると加持は水を撒く手を止め、ようやくシンジの方に振り返って言った。
 もちろん、その視界にはシンジの横にしゃがんでいるレイも入っている。
 西瓜を指でつついたり、ペチペチと叩いたりしているので、壊されやしないかとヒヤヒヤしているのかもしれない。

「邪魔されたくない、か?」
「えっ、いや、そうじゃなくて、ただ……」

 シンジはしばらく黙っていたが、言葉を選ぶようにして話し始めた。

「……ただ、パイロットが3人ともいなくなると、まずいんじゃないかと思って……」

 邪魔されたくないんだったら、同伴など頼むはずがない。
 加持という男、見かけより結構切れるタイプのようだから、それくらい先刻御承知だろう。
 してみると、シンジをからかっているのかもしれない。
 まあ、ミサト曰く、シンジって『からかい甲斐のある奴』だし。
 そう言うミサトも加持にからかわれっぱなしだと思うが。

「なるほど」

 加持はそう言うと、水を撒きながらゆっくりとシンジの方に近付いてきた。
 そしてシンジの前に立つと、真面目な口調で話し始めた。
 シンジの顔も少し真剣になる。

「シンジ君、俺はここで、水を撒くことしかできない。だが、君には……」

 ん? ちょっと待て。
 何か台詞が違うんじゃないか?
 その台詞はたぶんもっと後の頃の奴だぞ。
 困るよ、アドリブしちゃ。やり直し。

「ま、それはともかく、付いて行ってあげたいのは山々なんだが……生憎週末は仕事があってね」

 そんなこと言って、もしかしたらミサトとデートかもしれない。油断ならない奴だし。
 まあ、ミサトはこのSSでは脇役でしかないので、加持とデートしようが作者の知ったことではない。
 せいぜい、アスカに見つからないようにして欲しいね。

「そうなんですか……」
「悪いが、一緒には行けないな。済まないが、他を当たってくれ」
「わかりました……お仕事中に、すいませんでした」
「いや。こちらこそ、力になれなくて、申し訳なかったな」

 加持はそう言うと、ポケットから出してきた手でシンジの肩をポンと叩いた。
 そしてその横に座っているレイの方に目を落とす。
 レイは二人の会話に構わず、西瓜とにらめっこを続けている。
 目がかなり真剣だ。まるで戦闘中のようである。いったい何を考えているのやら。
 加持は苦笑すると、またシンジに話しかけた。

「葛城がダメなら、リッちゃん……っと、赤木博士にでも頼んでみたらどうだい?」
「え、でも、忙しいって言ってましたし……」

 うむ、確かにそうだ。
 結構らぶりぃな表情でダメだって言ってたはずだが。(あれ、結構好評でした)

「まあ、もう一度頼んでみろよ。彼女、ああ見えても、結構温泉好きらしいぞ。一生懸命頼めば、何とかなるんじゃないかな」

 ああ見えてもって……リツコのどこをどう見たら温泉嫌いに見えるのか、作者にはわからない。
 それより、『マグマダイバー』の初期シナリオでは、使徒退治の後は温泉に入らずにゴルフしてるっていう設定だったはずだから、温泉好きってわけでもなさそうなんだけどな。
 どうも加持の言うことには謎が多い。何か企んでいるのかもしれない。

「そうですか……わかりました。他の人にも当たってみてから、リツコさんにももう一度訊いてみます」

 だが、シンジは作者ほど深く考えずに加持の言葉を受け容れたようだ。
 ま、人の言うことには大人しく従うのが彼の処世術だし。
 しかし、他の人って、誰だろう。加持とリツコとマヤさんの他にまともな人材がいただろうか。
 あとはゲンドウと冬月くらいだが、少なくともこのSSではまともじゃないだろう。
 他には誰もいないよな、うん。え? 誰か忘れてる? 気のせいでしょう。

「ああ、そうしてくれ。成功を祈るよ」
「はい、それじゃ……」

 つんつん

「な、何?」

 そろそろ戻るから、とレイに声をかけようとした矢先だったので、シンジはおびただしくびっくりしていた。
 レイがいつの間にか立ち上がっていて、シンジの腕をつついたのである。
 そうなれば、いつものやり取りが始まるのだが……

「碇くん……」
「う、うん……」
「影……」
「は?」

 またしても意表を衝かれるシンジ。
 いつもと違うじゃないか、とでも言いたげな表情だった。
 どうせ温泉のことを訊かれるとでも思っていたのだろう。臨機応変さが足りない奴だ。
 目が点になっているシンジをしり目に、レイはさっきまで見ていた西瓜の影を指差しながら言った。

「気を付けて……」
「な、なんで……」
「取り込まれると、危ないから……」
「…………」

 ……そういうことか。確かに、似たような使徒がいたね。なるほど。
 でも、このネタ、どこかで見たことあるような気がする。
 まあ、いいか、この話って、お約束ばっかりだから……

「あの……綾波……」

 立ち直るのにしばらく時間を要したシンジだったが、咳払いをしてからレイに話しかけた。

「……何?」
「西瓜は、使徒じゃないと思うよ……」
「そう……」

 しかし、壁の染みが使徒だったりする場合もあるんだから、西瓜が使徒でも別段不思議はない。
 何しろ、常識の通用しない奴らだし……
 だが、レイは首を捻りながらもシンジの言葉を素直に受け容れたようだ。
 たぶん、シンジが取り込まれたら温泉に行けないことを心配していたのだろう。
 まあ、気持ちはわからないでもないが……

「それじゃ、加持さん、さよなら」
「ああ、さいなら。気を付けてな」

 加持は二人が帰って行くのを見送りながら水を撒いていたが、二人の姿が見えなくなると、内ポケットから携帯電話を取り出した。
 そして短縮ダイヤルを使って電話をかける。
 コール2回ほどで相手は出たようだ。
 加持は左手で携帯を持ち、右手で水を撒きながら、電話の相手に話しかけた。

「……やあ、リッちゃん。俺だけど……」



 その頃、マヤさんは。

 食事が済んで、計算機室に戻ってきていた。
 しかし、仕事をしていたのではない。
 椅子にお気に入りのネコクッションを敷いて、その上で丸くなって眠っていた。
 時々、顔をネコ手でこすりながら、ふみゅ、と鳴いたりして。

 その横では、リツコがマヤさんの分の仕事をこなしながら、笑顔でマヤさんを眺めていた。



 さて、第壱ラウンドで本命である加持に付き添いを断られ、手痛い一敗を喫したシンジだったが、NERV本部内ではさらなる戦いが続いていた。
 以下にそれを簡単に紹介する。



<第弐ラウンド>

 V.S. ロン毛

「今度の週末? 空いてないな。友達とライブやるんだ。シンジ君も良かったら見に来てくれよ。俺のエレキのテクは……」
「いえ、結構です……どうもすいませんでした」

 シンジ、2連敗。



<第参ラウンド>

 V.S. 眼鏡

「土日? 悪い、仕事なんだ。抜けられなくってね。(ほんとは葛城さんをデートに誘う予定なんだ……連敗中だけど)」
「そうですか……どうもすいませんでした」

 シンジ、3連敗。



<第四ラウンド>

 V.S. 白髪

「温泉か……そういえば昔、ユイ君とハイキングの帰りに……(回想モードに入ってしまったらしい)」
「……どうもすいませんでした」

 シンジ、4連敗。



<第伍ラウンド>

 V.S. 髭

「…………」
「…………」

 シンジ、不戦敗。



 というわけで、敢えなく玉砕の憂き目に遭ったシンジであった。
 それなのに、エヴァに乗ったときはどうしてあんなに勝率がいいのだろう。
 別にそれほどやる気があるわけではないはずなのに……よくわからん奴だ。
 だが、一緒にくっついて回っていたレイは、シンジが負け続けているのをさほど気にしていないようだった。
 たぶん、温泉のことで頭がいっぱいだったのだろうが……



 その頃、マヤさんは。

 どこから持ってきたのか、黄色い毛糸の玉と格闘中であった。
 お昼寝から復活し、元気いっぱいである。
 ゴムまりの時のように、床をかけずり回ったり、独り言を言ってはクスクスと笑ったりして。

 その横では、リツコがほどけた毛糸を巻き取りながら、笑顔でマヤさんを眺めていた。



 さて、マヤさんも一日中ネコになって遊んでいるわけではない。
 読者の皆さんが見ていないところでは、素に戻って一所懸命仕事しているのである。
 昼間のおかかごはんだって、ちゃんと箸で食べてたし。
 ネコになっているのは、1時間に10分とかそれくらいなのだ。
 現にほら……今はちゃんと元に戻ってプログラミングに勤しんでいる。
 問題は、性格がネコになっているときの記憶がないことみたいなのだけれども。
 リツコだけが全てを知っているのだった。

 コンコン

「はい?」

 ドアにノックの音が聞こえたので、リツコは返事をした。
 マヤさんは気にせず仕事を続けている。素晴らしい集中力だ。

『あの……碇ですけど』
「シンジ君? 開いてるわよ」

 リツコは上機嫌でそう答えた。
 本来、計算機室は関係者以外立入禁止である。
 パスワードがかかっているとは言え、重要なデータがいっぱいあるのだから。
 もちろん、チルドレンとて許可なしでは入れるものではない。
 だが、リツコはあっさりとシンジの入室を許可したのだった。

 パシューン

「あの……失礼します」

 少しおどおどした態度で部屋に入ってくるシンジ。連敗の影響だろうか。
 そしてその後ろからレイも続いて入ってきた。
 リツコは椅子をくるっと回転させると、シンジの方を見て言った。

「あら、まだ帰ってなかったの?」
「ええ、ちょっと、その……相談したいことがあって……」
「何?」

 リツコは返事をしながら、手に持ったカップからコーヒーを一口すする。
 そしてその馥郁とした芳香を堪能していた。
 ちなみに、作者は紅茶党で、コーヒーのアロマにはさほど詳しくないので香りの描写は省かせていただく。
 シンジは何やら言いにくそうにしていたが、やっとの事で続きを言い始めた。

「その……今度の週末、温泉に行きたいんですが……」
「それは昨日聞いたわよ」
「ええ、それで、その……保護者として付いて来て欲しいんですけど……」

 やはり何となく歯切れの悪い言い方だった。
 まあ、一度断られているのだから、確かに訊きにくいわな。
 リツコは目を閉じてコーヒーの香りを楽しんでいたが、ふとシンジの方に視線を向けた。
 その目は驚くほど優しかった。

「それ、どこの温泉だったかしら?」
「え?」

 当然、あっさりと断られると思っていたシンジだったが(作者もそう思っていた)、リツコの意外な言葉に驚いて反応が遅れてしまっている。
 慌てて鞄の中を探り始めたが、その途中で思い出したようだ。

「あ、あの……確か、猫又温泉っていうところで……」
「あら、いいところじゃない。確か、3年くらい前の社員旅行で行ったはずよ」

 なるほど、使徒が来る前にはNERVにも平和な頃があったということか。
 それにしても、面白い名前の温泉である。もしかしたら社員旅行の企画にはリツコ自身が絡んでいたのかもしれない。
 考えてみれば、コンテストの賞品を選んだのもリツコのはずだから、たぶんそうなのだろう。

「そ、そうなんですか?」
「泉質はアルカリ性単純泉。効能は婦人病、皮膚病、神経諸痛だったかしら。山奥なんだけど、塔ノ沢の駅からバスが出ているはずよ。渓流沿いの露天風呂がなかなかいい感じだったわね。建物の造りも前世紀初頭風で落ち着いていて……」
「は、はあ……」

 シンジは呆気にとられている。作者も感心してしまった。
 よく憶えているなぁ。もしかしたら、昔は常連だったとか?
 それとも、テレビのレポーターでウサギちゃん(古いな)のバイトをしたことがあるとか……
 そうだ、これほど知っているのなら、もしかしたらあのことも知っているかもしれない。
 ええい、早く訊かんか、シンジ。

「他にも、薬草風呂とか、レモン風呂とか……そうそう、確か混浴露天風呂もあったはずよ」

 ありゃ、シンジが訊く前にリツコが自分で言ってしまった。
 まあ、手間が省けたので良しとしよう。
 しかし、『混浴露天風呂』と聞いてレイのネコ耳がピクッとしたのは気のせいではない。
 たぶん、頭の中では既に花が満開に咲き乱れているに違いない。
 そのまま想像の世界に入ってしまい、ポッと頬を染めたりなんかしているが、作者以外には誰も気付いていないようだ。

「今度の週末……と言ったわね」
「あ、は、はい」

 リツコの温泉談義をぼーっと聞いていたシンジだったが、慌てて我に返った。
 いつの間にやらリツコは立ち上がって、コーヒーメーカーから新しくコーヒーを注ぎ直している。
 そして熱いコーヒーを一口すすりながら、シンジの方を見て言った。

「忙しいけど、何とかしてあげてもいいわ。たまには仕事を忘れてゆっくりするのも悪くないだろうし」
「ほ、ほんとですか?」

 パンパカパーン! おめでとう!
 ついに温泉行き決定である。
 この時のシンジの嬉しそうな表情は、最終回の笑顔の比ではなかった。
 5連敗と負けが込んでいたことも多分に関係していただろう。
 もちろん、後ろに立っているレイの妄想が加速していたのは言うまでもない。
 しかし、『忙しいから』とあっさり断ったのはつい昨日のはずだが、この態度の変化はどうしたことか。
 もしかしたら先程の加持の電話が何か関係しているのかもしれないが、まあシンジも読者の皆さんも深く知らなくてもいいことだろう。
 ただ、何か裏がありそうではある。

「ただし、いくつか条件があるけど」
「な、何ですか?」

 ほら、おいでなすった。たぶんこういうことになるんじゃないかと思った。
 だが、シンジとしては、自分にできることなら何でもする気構えである。
 しかし、いつの間に温泉行きにこんなに気合いが入ったのやら。
 ともあれ、いつになく真剣な表情のシンジに、リツコは条件を提示した。

「一つは、温泉に行っている間も待機扱いでいること。出動の要請があれば、すぐに帰還よ。いいわね」
「あ、はい」

 こればっかりは仕方ない。
 リツコはそれが仕事だし、シンジもチルドレンとはいえ一応NERVの職員である。
 温泉に行っている間に使徒が来ないことを望むばかりだ。

「まあ、これは条件と言うより命令ね。それからもう一つ」
「はい」
「もう一人連れていきたいんだけど、いいかしら?」
「……誰ですか?」

 温泉に行けるのなら誰でも、と言いたいところだが、それがミサトやアスカだったらリツコに付き添いを頼む意味がない。
 シンジはリツコの答えを少し緊張しながら待っていたが、リツコはシンジから視線を外して言った。

「マヤ」
「にゃあ!」

 シンジのことなどお構いなしにキーボードを叩いていたマヤさんだったが、リツコに呼びかけられて慌てて返事をした。
 返事をしたのはいいのだが……どうやら少しネコモードに入りかけていたようだ。
 振り返ってリツコの方を見たマヤさんだったが、咄嗟に人間モードに戻り、少し恥ずかしそうにしながら返事をし直す。

「あ……はい……」

 しかし、リツコは何ら動じることなく、マヤさんに向かって冷静に語りかけた。
 (ちなみにシンジは思いっきりびびっていた)

「あなたも温泉に来なさい」
「え?」

 リツコの言葉に、文字通り目をパチクリとさせるマヤさん。
 確かに、話の展開がやけに唐突である。作者も一瞬戸惑ったくらいだ。
 だが、リツコは極めて当然といった風にマヤさんに言った。

「今度の週末は休みでしょう?」
「は、はあ、でも……」

 何だろう、何かあるのだろうか。
 もしかしたら恋愛小説MLのOFF会かも。
 しかし、リツコの言葉はマヤさんに有無を言わせない。

「猫又温泉は、ウイルス性疾患にもよく効くのよ。あなたの病気にもいいかもしれないわ。ぜひ来なさい。いいわね」
「は、はあ……」
「シンジ君、そういうわけだから」

 リツコはシンジの方に向き直ってさらりとそう言った。
 もちろん、シンジに何ら異論があるはずがない。
 黙ってコクコクと頷くだけだ。
 かくして、4人による温泉行きが決定したのだった。

 しかし、ウイルス性疾患に効く温泉なんて、ほんとにあるのだろうか。
 ……まあいいや。これ以上話を引き延ばしても文句が出るだけだし。







 …………





 おお、これは……





 …………





 うーむ、いい……





 …………





 え? 何してるのかって?
 しーっ、静かに……





 …………





 ちょっと今、取り込み中だから、後で後で……





 …………





 だから、静かにしろって言ってるだろ! 気付かれるじゃないか……





 …………





 何だよ、もう、人がせっかく……
 しょうがないなあ、全く。
 わかったよ、説明するから、静かにしててよ。
 今、聞かせるから……





“シャーーーーー……”

『♪♪♪〜♪♪〜 ♪♪♪〜♪♪〜 ♪♪♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪♪〜……』




 聞こえた?
 そう、マヤさんのハミング……
 ……ちょっと、そんな大きな声出すんじゃないって!





“キュッ……じゃぶん、ちゃぷ……”





 ……はあ、びっくりした、気付かれたのかと思った……
 頼むから余計な真似はしないで欲しいな。
 今、気付かれたら、もう連載できなくなっちゃうんだから……
 そう、シンジとレイの温泉行きも書けないの。わかる?
 よし、素直でよろしい。

 ……では、一応説明しておこう。
 今は午後9時を少し回ったところ。
 ここはマヤさんの部屋である。
 昨日と同じ、NERVの宿泊施設だ。
 仕事が終わって、マヤさんはリツコと食事を摂り、ここに帰って来て……今、汗を流しているところだ。

 ……そう、ここは脱衣場で、あの曇りガラスの向こうにはマヤさんが……
 こらっ! 近付くんじゃない! 見つかる!

 ……はあ、危なかった……勝手なことしないでくれよな。
 え? 取材許可を取ってないのかって? 当たり前でしょう。
 着替え中の取材だって断られたくらいなんだから。
 だいたい、ここに忍び込んだ目的は覗きじゃなくて、マヤさんの服がどうなっているかを調べるためで……

 ……何だよ、その疑いの目は。ほんとだってば!
 しっぽが生えたから、制服はどうなるんだろうっていう話題が前に出たじゃないか。
 昼間の取材じゃ穴を開けてることしかわからなかったから、はっきり確かめに来たというわけだ。

 だから、ほんとだって!
 シャワーシーンを覗きに来たわけじゃ……まあ、確かに、興味はあるけど……マヤさんって思いの外ナイスバディだし……いや、だから、その話題は置いといて。
 今はマヤさんの穿いていたタイツにどんな風に穴が開けられているのかを調べるのが目的なの。
 こういう細かいことを調べるのもジャーナリストとしての仕事で……え? ジャーナリストじゃなくてSS書きだろうって? そりゃごもっとも。
 でも、いいSSを書くには、いろいろと調べ物をしなきゃいけないでしょうが。
 そのためには作者もできる限りのことはする所存なのである。ご理解頂けただろうか?

 よし、では取材を続けさせていただく。
 で、これがマヤさんがさっきまで着ていた制服だ。もちろん、脱ぎたてほやほやである。(ほら、まだ温もりが……)
 こらこら、持って帰ろうとするんじゃない! 見るだけ見るだけ。……匂いを嗅ぐのもダメだってば!
 丁寧に畳んであるから、広げる必要があるな。折り方をちゃんと覚えておかないと……えーと、これがこうなってて……
 あ、こら、上着は関係ないから触るんじゃないって。汚れたらまずいじゃないか。
 調べるのはタイツだけなんだから。

 まず、これをこうして広げて……ほら、お尻のところに穴が開いてる。
 では、計測を……えーと、直径は約2センチくらいで、股上からの位置が……なるほど。
 ハサミで切ってあるんだな。しかも穴の周りをかがり縫いしてある。細かいなぁ。マヤさんがやったんだろうか。
 一応、写真を撮っておこう……よし、OK。
 しかし、ついさっきまでここに中身が詰まっていたかと思うと……いやいや、煩悩は捨てねば。
 これを綺麗に畳んで、と……

 さて、調べも終わったことだし、早々に退散するか……え? 何?
 下着は穴を開けてないのかって?
 知りませんよ、そんなこと。さすがにそこまでは見るわけにはいかないでしょう。
 第一、下着はマヤさんがお風呂場に持って入って洗ってるはずだし……ほら、脱ぎ捨ててないでしょう?

 ……昨日穿いてた下着? そりゃ、どこかその辺の棚の引き出しに……
 だから、引き出しを開けるんじゃないって!
 あなたにはモラルってものがないんですか?
 え? 言われたくないって? そうかなぁ。作者は一線を越えてない自信があるんだけど……

“ザバッ……ぺた、ぺた、カポーン……”

 おっと、そろそろマヤさんが上がってきそうだ。ささ、撤収撤収っと。

『ふぅん……付け根の方って、こうなってるのね』

 え? 何してるんだろうって……たぶん、しっぽの付け根を鏡に映して見てるんじゃないですか。
 曇りガラスに映る影の格好もそれっぽいし。
 それにしても、マヤさんの肌って白いなぁ……きっときめも細かくて……
 はっ! いかんいかん。そんなことより、早くここを出ないと……

『こんなのが、一晩で生えてくるなんて……あ、あんっ、くすぐったい……』

 ぶっ!

 ……な、何してるんだろう……気になる……

『……この辺りって、敏感なのね。知らなかった……』

 ど、どの辺りが……いや、こ、こんなことをしている場合ではない。早く外に……

『……こっちは……そうでもないみたい……』

 うう、聞いちゃダメだ、聞いちゃダメだ、聞いちゃダメだ……

『……きゃっ! ここって、すっごく

 パタン

 はあ……

 いやあ、何とか耐えましたよ。まさに理性の勝利ですね。良かった良かった。
 当初の目的は達成できたし、見つからずに済んだし……
 (ちょっとだけどいい物も見られたし、いい声も聞けたし……)
 これでいいSSが書けるというものである。
 さて、後は夜の取材を残すのみだな。

 あ、あれ? これは……

 …………

 しまった、制服持って出て来ちゃったよ……



 さて、時は夜である。
 マヤさんはお風呂上がりにしばらく本を読んでから、パタンと寝てしまった。
 リツコは例によって監視ルームから隠しカメラでそんなマヤさんの様子を観察していた。
 驚いたことに、この部屋からはシャワールームも監視できたのである。
 何だ、それから最初からこっちで……いやいや、作者の目的は覗きではないのでここから見ていても意味がないのだった。コホン。

 リツコは昨日と同じように、マヤさんを暗視カメラと赤外線モニターで観察していた。
 暗視カメラには、布団の中で丸まって寝ているマヤさんの姿が映し出されている。
 昨日と違って、とても嬉しそうな寝顔だ。
 もしかしたら、ネコモードのまま眠りに入ったのかもしれない。
 何にせよ、性格は順調にネコ化しているらしい。
 ネコ耳やしっぽが生えていることをあんまり悩まなくなったみたいだし。

 そして赤外線カメラには、マヤさんの体温分布が表示されている。
 ネコ耳やしっぽの付け根は、通常の体温に戻っているようだ。成長が止まったということか。
 既に症状の第弐段階まで進んでいることだし、あとは性格のネコ化だけらしいから、身体には特に変化は見られな……いや、待てよ。
 この部分……少し計測しにくいみたいだけど、体温が上がっているような感じになってるのでは?
 作者はそのことをリツコに進言しようとしたが、その時には既にリツコは計算機の前に座っていた。
 そして一心不乱にキーボードを叩いている。
 口元に不敵な笑みを浮かべながら。

 ……そしてどうやら計算結果が出たようだ。
 リツコはテーブルの上に置いてあったマグカップを引き寄せると、少し冷めかけたコーヒーを一息に飲み干し、ふうっとため息をついた。
 マヤさんの症状に何か問題でもあるのだろうか。

「……問題ないわ……これは嬉しい計算違いね……うふふ……」

 見ていて背筋がぞくっとするような、しかしある意味美しい表情で、リツコは闇に微笑んだのだった。



ついに温泉行き決定! そしてマヤさんの次なる症状とは? 次回以降の展開をお楽しみに!
なお、猫又温泉は実在しないと思いますので悪しからず(笑)


新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。

Back to Home



Written by A.S.A.I. in the site Artificial Soul: Ayanamic Illusions