ネコ耳マヤさん
さて、この辺りでそろそろ忘れかけられた2人を登場させておこう。
場所はいつものシンクロテストが行われる実験室である。
「えー!? 実験は中止?」
アスカは叫んだ。
先程本部に着いて、さて着替えようかと思ったところを呼び出されたのだ。
手にはまだ学生鞄を持っている。それにどこかの高級ブランドのロゴが入った手提げの紙袋。
ヒカリと一緒に買い物をしていて、時間に遅れそうになって慌てて来たのに、知らされたのは実験の中止。
あっけにとられた顔が、少々不機嫌なものに代わるまで、そう時間はかからなかった。
「でも、なんで?」
こちらはミサト。
朝食を食べたあと二度寝して、昼酒をかっくらってから本部に来ていた。
無論、ついさっきまで自分のオフィスで昼寝していたのである。少々目が腫れぼったい。
「マヤが倒れたのよ」
「マヤちゃんが?」
「そう。病気でね」
「ふーん」
ミサトは少々疑い深そうな目で言ったが、リツコは嘘を言ってはいない。
それは読者の皆さんも認めるところだろう。
と思っていたら、ミサトは大きな欠伸を一発。
どうやら単に眠くて目を細めていただけのようだ。
「何よー、そんなの、もっと早く言ってくれたらいいじゃない。せっかくこっちは買い物を中断してまでここに来てるのに……」
アスカがまた愚痴った。
手頃な値段でデザインの違う服を二つ見つけて、どちらにしようか迷っていたときに時間になってしまい、仕方なく買わずに来たのだ。
携帯電話持ってるんだから、架けてくれればいいのに……
「あら、ちゃんと電話したわよ。あなた、スイッチ切ってたんじゃない?」
「えっ、そんなはず……」
アスカはそう言って鞄の中から携帯電話を取り出した。
見ると、赤いランプが点滅している。
「電池切れ……」
アスカはそう呟いた。
そう言えば、最近、充電するの忘れてた……
「長電話するからよ。しかも、本部の備品なのに、私用電話ばっかり」
「うっ……」
リツコに痛いところを突かれて、アスカは渋々引き下がるしかなかった。
「で、明日は実験するの?」
ミサトがリツコに訊いた。
明日は非番なのに、実験が繰り下げになったら来ないといけないからだろう。
週に一度の深酒の日を邪魔してくれるんじゃないわよ。
ミサトの目はそう言いたげだった。
「いいえ、明日は無理そうね。明後日はどうかわからないわ。……そうね。明後日の正午までに連絡するから」
「あら、そう」
「じゃ、私は他に仕事があるからこれで」
リツコはそう言い残し、実験室を後にしようとした。
ミサトとアスカが黙ってそれを見送る。
が、自動ドアが開いたところでリツコは振り返ると、2人を横目で見ながら言った。
「そうそう、シンジ君もさっき気分が悪くなったって言ってたから、今日は本部に泊まるように勧めたわ。夕食当番、できなくてごめんなさい、だって」
リツコが言い終わると同時に、ドアが閉まった。
ミサトとアスカはそれを聞いてキョトンとしていたが、互いに顔を見合わせる。
「怪しいわね」
2人の声は見事なまでにハモっていた。
さて、本筋に戻ろう。
そう、3人が取り残されたツインルームである。
皆さんが気にしているのはもちろん、ベッド割りのことであろう。
3人が2つのベッドで寝るには、誰と誰が同じベッドで寝るのか?
組み合わせは3通りあるが……読者の皆さんが喜ぶのはもちろんあの組み合わせに決まっている。
それに他の組み合わせだと、別のマヤさんSSみたいになったり、全く新しいジャンルの話になってしまったりしそうだ。
しかし、本当にどうなったのだろうか?
もちろん、読者の皆さんが気にする以前に、部屋の中の3人もそれについて悩んでいた。
特にシンジの悩み方は尋常でなかった。
どの組み合わせになっても彼には刺激がきつすぎるからだ。
(彼が一人で寝るパターンになっても、それはそれで妄想することがあるのだろう)
そしてその最終決定はリツコによって下された。
今、3人はその決定に従ってベッドに座っている。
部屋の入り口から見て、マヤさんが左側、レイが右側、そしてシンジが真ん中。
…………
え? 何?
エキストラベッドを入れたのかって?
違います。そんな反則技がある訳ないでしょう。(何が反則だ?)
つまり、こういうことだ。
部屋にあったのはセミダブルのベッドが2つ。
言い換えれば、1.5人用のベッドが2つである。
だからそれをくっつけて3人用のベッド(トリプルベッド?)にした、という訳である。
考えてみれば単純なことであった。
え? それも反則だって?
そんなこと作者に言われても困る。リツコに言って欲しい。
その代わり、文句を言ったことであなたが実験動物にされても、作者は責任をとりません。
で、シンジが真ん中、ということは、そのベッドの継ぎ目のところに寝させられることになったということだ。
3人が寝る、とは言っても、うち2人は子供だから結構広くて、少々寝返りを打ってもぶつかることはないだろう。
継ぎ目の溝も気になるほどではない。
問題があるとすればシンジの枕と掛け布団がないことくらいであろう。
「…………」←マヤさん
「…………」←シンジ
「…………」←レイ
部屋にはもう一時間ばかり、会話はなかった。
お互いがお互いを過剰に意識し合っている。
そして様々な思惑が飛び交っているのだが、ここではその一端をお見せするに留めておこう。
(……夜中に、またネコの性格が出て、シンジ君を襲っちゃったらどうしよう……チルドレンをたぶらかした罪で、クビになっちゃうかも……)
(……逃げちゃダメだ……逃げちゃダメだ……逃げちゃダメだ……でも、逃げたい……)
(…………)←レイ
とまあ、こんな感じであった。
一方、リツコは管制室のようなところにいた。
どこかって?
コミックスのツインルームが出てきたんだから、それを監視するあの部屋に決まってるでしょう。
そう、ミサトが監視しながらビールを飲んで寝ちゃってたあの部屋である。
無論、リツコはビールなんて飲みはしない。
側のテーブルに置いてあるのは愛用のマグカップに注がれたコーヒーだ。
リツコは頬杖をつきながらモニターをじっと眺めていた。
「マヤ、あなたのネコ化プロセス、じっくりと拝見させてもらうわ……」
どうやらお目当てはマヤさん一人のようである。
ではなぜシンジやレイも一緒の部屋に泊めたのだろうか?
それはたぶん、口止めのためだろうと作者は推察する。
最初、リツコがレイを引き留めなかったのは、レイなら何も言わないと思ったからだろう。
モニターで下から照らされて、ちょっと顔が怖くなってるリツコだった。
「あの……食事、どうしましょう?」
部屋が沈黙に包まれてから、はや数時間。時計の針は7時になろうとしていた。
空腹に迫られたシンジが、遂に声を発した。
マヤさんとレイが、さっとシンジの方を見た。
(実はレイはさっきからシンジの方をチラチラと見ていたのだが)
両側から視線を浴びて、シンジはキョロキョロと首を振っていた。
「食事……そうね、どうしましょう……先輩に訊いてみた方が、いいかも……」
マヤさんが神妙な面もちでそう答えたときだった。
くきゅるる……
どこかでお腹の虫が鳴いた。
途端にマヤさんが顔をババッと赤らめ、そっぽを向いてしまった。
思い出して欲しい。マヤさんは起きてからまだ何も食べていないのだ。
こんなことになってしまったとは言え、お腹が減るのは人間として当然のことである。
しかしマヤさんは若い女性らしく、そんなことでも恥ずかしがっているようだ。
「ご、ごめんなさい……」
まるで恋人にお腹の音を聞かれたかのように羞じらうマヤさん。
そんな顔がまた可愛いのである。
「えっ、そんな、気にすることないですよ。実は僕もさっきからお腹減ってて……」
シンジはそう言って気を利かせたつもりだが、マヤさんの頬は真っ赤になったままだ。
つまり、シンジのフォローはフォローになっていなかったと言うことだろう。
もっと女心をわかるようになれよ、シンジ。(でないとレイが可哀想だ)
しかし、ホントにどうしたものかとシンジが考えていたとき、ベッドサイドの電話が鳴った。
トゥルルルルル、トゥルルルルル、トゥルルルルル……
シンジは手を伸ばして受話器を取った。
「は、はい、もしもし……」
ここで『延長お願いします』などと言ったら面白いのだが、どうやらシンジはそういうネタを知らなかったようだ。
『シンジ君?』
「あ、リツコさんですか?」
その声に、マヤさんがまたさっとシンジの方を見た。
リツコからの電話なら取れば良かったと思っているのだろうか。
『そろそろ食事を届けるわ』
「あ、そうですか。ありがとうございます。ちょうどどうしたらいいのかきこうと思ってたところで……」
シンジはそう言いながらマヤさんの方を見て頷いた。
マヤさんもどうやらそれだけで解ったようだ。さすがである。
だが、リツコが隠しカメラで覗いていて、2人の会話を聞いて食事のことを思い出したとは知る由もない。
『そう、それじゃ、すぐに届けるから』
リツコはそう言うと電話を切った。
シンジは受話器を戻し、もう一度マヤさんの方を見ながら言った。
「あの、リツコさんが、食事、届けてくれるそうです」
「そう。わかったわ。その時、明日の食事とかについても訊いてみた方がいいわね」
「あ、そうですね」
マヤさんの言葉にシンジは頷くと、レイの方を振り返った。
するとレイはじっとシンジの方を見ていた。
さっきからずっと見ていたのだろう。
何となく、訴えかけるような視線である。
シンジは少々気圧されながら言った。
「あ、あの、綾波、リツコさんが、もうすぐ食事届けてくれるって」
「…………」
しかし、レイは黙ってシンジを見たままだった。
……綾波、どうしちゃったんだろう。
お腹減ってなかったのかな?
シンジはそう思って訊いてみた。
「あの、綾波……お腹、減ってないの?」
「…………」
それでもレイは黙っている。
何か言いたげな目はそのままだったが。
「あ、あの……」
「……待って……」
「え?」
シンジがもう一度言いかけたとき、レイが小さな声で呟いた。
そしてまだシンジの顔をずっと見ている。
待ってって、何を……
くきゅる……
シンジがぼんやりと考えている間に、控えめな虫の声がした。
どうやらレイの方から聞こえたようだ。
するとレイがぽっと顔を赤らめ、視線を逸らせた。
「ごめんなさい……」
呆然としているシンジの耳に、レイの呟きが聞こえた。
どうやらレイはマヤさんの仕草を見て、こうすればシンジが気にしてくれると思ったらしい。
しかし、このSSのレイってば、つくづく誰かに対抗意識を燃やしてるよな……
シンジの場合、こういう部屋に入れられて持ってきてもらう食事と言えば、病院食を連想する。
それはたぶんレイも同じことだろう。
まあ、彼女の場合、毎日病院食みたいな質素な物を食べているかも知れないが。
だが、マヤさんの場合は違った。
彼女の場合、部屋に居ながらの食事というと、ヨーロッパの王侯貴族の生活を連想するらしい。(洋室だしね)
で、ビーフストロガノフとかが出てくるのかしらと思ったりしていたのであった。
結果としては、両者のちょうど中間辺りの物が出てきた。
はっきり言えばNERVの食堂の定食メニューである。
中間、と言ってもだいぶ『下』の方に偏っているみたいだが。
まあ、食事の内容はどうでもいい。
問題はその後である。
その後……夕食から寝るまでの間にすることが一つあるだろう。
そう、入浴である。
「えっ……大浴場の方に行っちゃダメなんですか?」
そろそろお風呂の準備をしましょうか、とマヤさんに言われて、シンジは答えた。
いつもミサトの家で風呂掃除をさせられていることが頭にあるのだろう。
まさか、一緒に入ると思っていたわけではあるまい。(そんなことは許さん)
「ダメよ。先輩がさっき言ったでしょう。当分部屋の外に出ちゃダメだって」
「あっ、そう言えば……」
先程、リツコが食事を持ってきてくれたときにいろいろ注意されたことがある。
その一つが『部屋を出ないように』だった。
そのため、リツコは着替えやらパジャマやら洗面用具やらを揃えて持ってきてくれていた。
3人が部屋の中でぼーっとしている間に調達したのだろうか。
しかし、マヤさんの下着の正確なサイズを知っていたので、マヤさんはちょっとびっくりしていたのだった。
(プロフィール表では小さめに書いている部分があったらしい。そうか、案外見かけより大きいんだ……)
「……じゃあ、しばらくはここにずっと缶詰めってことですか」
シンジがちょっと残念そうに言った。
それにしても、自分が置かれた状況の幸せさをわかっとらん。バチ当たりである。
「そうなるわね。でも、先輩の指示だから仕方ないし……」
あくまでもリツコの言いつけを優先するマヤさんだった。
とにかく、飲み物は部屋に備え付けの冷蔵庫の中にふんだんに入っているし、インスタントで良ければ食べ物もある。
このまま一週間この中にほったらかしにされても、健康的とは言わないまでも、一応まともな生活ができるようにはなっていたのだった。
(この説明の際、リツコがミサトの生活を引き合いに出したのは言うまでもない)
「じゃあ……順番はどうしましょう?」
風呂に湯を張りに行って戻ってきたシンジがマヤさんに向かってそう言った。
「シンジ君かレイちゃんが先に入って。私は最後でいいから」
潔癖性と言われる人の中には、他人が浸かった後のお湯にも入りたがらない人もいるそうだが、マヤさんの場合はそこまでは神経質ではなかったらしい。
もっとも、同年代の男の人の後なら少々難色を示すかも知れない。
先に入るのがシンジやレイなので問題ないのだろう。
それに、自分が先に入ると病気が感染する確率が高まると判断したのだ。
あと、中学時代には夜10時には寝ていたマヤさんなので、先に子供たちを入らせてあげた方がいいと思ったのもある。
少々お姉さんしたがってるマヤさんだった。
「あ、はい……あの、それじゃ、お先に失礼します」
そう言ってからシンジはくるりと振り返り、レイの方を見た。
レイはベッドの上で体育座りをしながら、じっと壁を見つめていた。
「あの、綾波……先に入る?」
シンジはレイにそう訊いてみた。
レディーファースト、と言うよりも、控えめな彼としては、自分が先に入るのは図々しいかと思ったのだろう。
この時のシンジは、レイが入った後のお湯に浸かることになるとは気付いていない。
「…………」
レイはちらりとシンジの方を見たが、何も言わずにまた壁の方を向いた。
だが、口の中で何か小さく呟いている。
「えっ、何?」
シンジはそれが良く聞き取れなかったので、身を乗り出してもう一度訊いてみた。
ほとんどレイに顔を寄せるようにして耳の神経を研ぎ澄ます。
「……混浴……」
確かにシンジにはそう聞き取れた。
おかげでシンジの身体が硬直したのはわざわざ説明するまでもないだろう。
「あ、あの、綾波……」
十数秒の沈黙の後、シンジがやっと声を出した。レイに負けず劣らず小さな声を。
「あの……それはまた今度……」
「……そう……」
レイは寂しそうな声でそう答えると、立ち上がって浴室に向かった。
シンジとしてはこの場を治めるための方便だったつもりだろうが、レイは本気にしているに違いない。
ま、まだ温泉行きがなくなってしまったわけではないので、レイも読者の皆さんも安心して欲しい。
で、ため息をつきながらレイの後ろ姿を見送っていたシンジだが、あることに気付いて慌ててレイを呼び止めた。
「あ、綾波!」
「……何?」
レイはくるりと振り返ってシンジの顔を見た。
何となく嬉しそうな顔に見える。
『やっぱり僕も入るよ』とかいうシンジの返事を想像したのかも知れない。
「あの……パジャマ、忘れてるよ」
シンジはそう言うと、リツコが用意してくれたパジャマをベッドの上から取り、レイの所まで持っていった。
レイの顔からは先程の何となく嬉しそうな表情が消えているのがちょっと可哀想だ。
だが、シンジはそんなことには気付きもしない。
相変わらずの鈍感ぶりを発揮しながらレイに言葉をかけた。
「あの……ちゃんとパジャマを着てから出てきてね」
「……なぜ?」
レイが無心な瞳で聞き返してくる。
彼女にとってはパジャマを着ないことの方が当たり前なのかもしれない。
「だ、だって、それはその……と、とにかく、着てよ。お願いだから」
「そう……わかったわ」
シンジに『お願い』と言われたのが嬉しかったのか、レイはあっさりとパジャマを着ることを承諾すると、浴室の中に消えた。
それを見送った後、シンジはまたため息をついてから、ベッドの上に這い上がった。
ふと気付くと、マヤさんがシンジの方をジッと見ていた。
「あの……シンジ君?」
「あ、はい……何ですか?」
シンジはリツコの部屋でのマヤさんのちょっと危ない瞳を思い出してドキドキしていた。
2人きりになった途端、襲われたらどうしようかと思って。(そんなことあるわけないだろ)
「一つ、訊いていい?」
「あ、はい……」
「レイちゃんって、お風呂上がりに、何も着てないの?」
「え……いえあの、実験が終わった後はちゃんと制服着てますけど、家では……」
「家では、って……どうしてシンジ君がそんなこと知ってるの?」
「あう……」
所詮、シンジのたどたどしい口振りでは、レイが風呂から上がってくるまでにきっちりと説明を付けることはできなかったのだった……
さて。
レイがパジャマを着て出てきたのはいいが、ベッドに戻るなりパジャマを脱ごうとしたとか、
シンジがお風呂に入ったときにお湯に浮いているある物を発見してのぼせそうになったとか、
マヤさんがお風呂で下着を洗ったのはいいが、干す場所がなくて途方に暮れたとか、
そういう話は置いといて、もう寝る時間になった。
部屋の明かりは消されていた。
しかし、実はまだ10時過ぎである。
普段ならシンジはもう少し遅くまで起きている。
マヤさんだって11時半頃まで本を読んでいる。(それ以上起きてるとお肌に悪いので寝る)
レイは何をしているか知らないけど。
まあ、この3人で会話が弾むわけではないので、それぞれが別々なことをして時間を過ごすのもいいだろう。
けれど、部屋の中に3人もいて、なおかつ互いに干渉し合わないというのは、結構居心地が悪いものだ。
それにマヤさんは一応病人である。
故に、マヤさんがお風呂から上がり、髪の毛を乾かしてしばらくした時点で、もう寝ましょうということになった。
ちなみに、3人のパジャマはお揃いのデザインである。(もちろんサイズは違う)
色はマヤさんがピンク、シンジが水色、レイがレモン色。
白い水玉があしらってあったりして、シンジにはちょっと恥ずかしいデザインだった。
ちなみにマヤさんは恥ずかしくない。いつもこんなのを着てるから。
(他人に見られるのは恥ずかしいですっ! by マヤ)
シンジは予備の枕とシーツを引っぱり出して寝ていた。
そしてSDATを聴いていた。
もちろん、音が洩れないようにヘッドホンの音量を最低限に絞ってある。
そしてシンジは気を紛らそうとしていた。
なぜに気を紛らせなければならないか。
実は彼には、部屋に他の人がいるときは、その人に背を向けて寝る癖がある。
ユニゾンの練習の時や、加持が来たときもそうだった。
病院のベッドでは真っ直ぐ寝ているのだけれど。
隣に人がいると落ち着かないのかも知れない。
しかし、今日は横を向いて寝るとどうなるかはおわかりだろう。
右にはマヤさんが、左にはレイが寝ている。(※:入り口から見たのと逆になるんです)
マヤさんはまた無意識にシンジを襲うのが怖いので、ベッドの外を向いて寝ている。
レイはどういう訳かシンジの方を向いて寝ていた。いつもは上向きなのに。
だからシンジとしてはマヤさんの方を向けば誰の顔も見ずに済むのだったが、そこに人がいるのを意識してしまっていけない。
しょうがないので真上を向いたまま寝て、両隣に人がいるのを意識しないように音楽を聴いている、という訳だった。
しかし、実際のところ、彼には音楽など聞こえてはいなかった。
そう、必要以上に2人の女性を気にしているのだ。
何しろ、一緒にいるのは心優しい可憐なマヤさんと、シンジに想いを寄せる(らしい)レイである。
がさつな○○○や乱暴な○○○と一緒にいるのとは訳が違う。
健全な少年が妄想と良心の板挟みにあって思い悩む気持ちもわかろうというもの。
SDATは二人の息遣いを聞かないようにするための耳栓くらいにしか役立っていなかった。
(逃げたい……逃げられない……)
ひたすらに心を痛めるシンジ。
まあ、これも一つの修業だと思って耐えておけ。
本来ならものすごく美味しいシチュエーションなんだぞ。
(はっ……)
シンジは何やら右側に気配を感じた。
そうっと右の方を見てみる。
そこには何とマヤさんの顔があった。いつの間にか寝返りを打ったらしい。
あまりにも安らかな寝顔が、ベッドサイドの時計の明かりに照らし出されている。
その可愛らしさは、とても10歳も上とは思えない……というのがその時のシンジの正直な感想だった。
ネコ耳が生えていることに、全く違和感がないのだ。と言うか、やけに似合っていて可愛らしさを引き立たせている。
さらに形の良い唇が小さく開かれているのが何とも悩ましい。
以前、アスカに感じたのと同じ衝動を抑えるのにシンジは必死だった。
シンジはまた顔を真上に向けた。
そして目をつぶって深呼吸を続ける。
だが、目を閉じたことで逆にマヤさんの寝顔をはっきり思い出してしまった。
どうやら瞼の裏に焼き付いてしまったようだ。
シンジは仕方なく目を開けた。
しかし、これでは眠れない。自然に眠くなるのを待つ他ないのか。
悶々と考え続けるシンジ。SDATが3回目のオートリバースに入った。
(はっ……)
今度は左側に気配を感じるシンジ。
ま、まさか……だって、綾波は最初からこっち向いてたから、寝返りを打ったら逆の方に……
恐る恐るシンジは左の方を見た。
そこには予想通りというか何というか、レイの顔があった。寝返りで一回転したとしか思えないほどの近さに。
プラチナの髪が、淡い光を受けて輝いている。少し湿っているようだ。ちゃんと乾かしていなかったのだろうか。
そして青白い光の中で更に青白く見える顔。それは月の光を浴びた精巧なガラス細工のような……いや、もはや言葉で表す限界を超えた美しさだった。
それがシンジを見上げるようにして……つまり、顎を突き出しているのだ。
桜の花びらのように愛らしい唇が、もう目の前にあった。
『据え膳』
シンジの頭の中はその言葉で埋め尽くされた。
(に、逃げちゃダメだ……ち、違う!
食べちゃダメだ……
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食べちゃダメだ……)
夜明けはまだ遠い……
シンジの悲しい思いをよそに、リツコは隠しカメラで3人の様子を窺っていた。
いや、正確には、マヤさん一人を観察していた、と言うのが正しいだろう。
目の前のモニターには、赤外線暗視カメラによる映像と、サーモグラフィーによる分析画像が映し出されている。
暗視カメラは真っ暗な部屋の中を真昼のように明るく、サーモグラフィーは温度の高いところを赤く、低いところを青く映し出す。
マヤさんの映像を見てみると、どうやら普通の体温分布の他に、ネコ耳の付け根が少し熱くなっているようだ。
だが、それだけではなかった。
マヤさんが横を向いているおかげでわかったのだが、ちょうど腰の後ろの辺り……いや、もう少し下……の体温が上がっている。
そう、まさに尾てい骨の辺りだ。
「第2波が来たようね……」
リツコはモニターを見てにんまりと微笑みながらそう呟いた。
果たしてマヤさんは明日の朝にはどうなっているのか?
え? それより、シンジがどうなっているのかが気になるって?(笑)
新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。
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Written by A.S.A.I. in the site
Artificial Soul: Ayanamic Illusions