ネコ耳マヤさん
皆さん、長らくお待たせしました。
前回の最後のシーン、ちゃんと憶えておいでですか?
マタタビに参ってしまったマヤさん。そして、それを見て不敵に笑うリツコ……
ああ、マヤさんの身に危険が迫る!っていうとこまででしたよね。
さて、いったいどうなったのでしょう? ドキドキしますねぇ……
しかし、まあ、何だ、リツコはいったい何を……え?
何?
あ、はい、焦らしてすいません。すぐに書きます。
さて、マヤさんはどうなったのだろう。(いや、わかってます。書きますって)
先程倒れていたはずの床の上にはその可憐な姿は見えない。
ではどこに……いた。ソファーの上にその身を横たえている。
そのつぶらな瞳は今は閉じられていた。
上気して染まった頬。額が少し汗ばんでいる。そしてそこに貼り付く乱れ髪。
そして何と、ブラウスのボタンが上から3つほど外されているではないか!
そこからちらりと覗く白い肌と、白い……うっ!
そのまましばらくお待ち下さい
そのまましばらくお待ち下さい
……すびばせん、おばたせしばした。ふう、では、もう一度やり直し。
どこからだっけ? あ、そうそう、ここからだな。
……そして何と、ブラウスのボタンが上から3つほど外されているではないか!
ああ、全ては終わってしまったのだろうか……(;_;)
え? 何が終わったのかって? そりゃ、ま、その……何でもないです。
いや、紛らわしい書き方をして申し訳ありません。
皆さんが心配していたようなことは起こりませんでした。(だから何が?)
では、前回以来、何が起こったのか? 少しばかりコメントを……
マタタビで腰砕けになってしまったマヤさんは、身体を横に倒してそのまま気を失ってしまった。
たぶん、初めて味わう強烈な刺激に耐えられなかったのだろう。
リツコはそれをじっと上から見下ろしていたが、やおらしゃがみ込み、マヤさんの脇の下に手を入れて身体を起こした。
そのまま近くのソファーの方に引きずっていく。
力の抜けてしまったマヤさんの身体は重かったが(嘘です! 重くないです! by マヤ)、リツコはその身体を何とか持ち上げて、ソファーの上に横たえた。
苦しそうに息をし、汗をかいていたので、ブラウスのボタンを外す。
そして気付け薬代わりに秘蔵のブランデーを少しばかり口の中に流し込んだ。
この間約5分。
……とまあ、こういうわけだった。
何度も言うようだが、このSSは危ない話を扱うものではないので……安心してお読みになって下さい。
(リクエストしてもたぶん無駄です)
さて、リツコはと言うと、またしても端末の前に座り込んでいた。
そして凄まじい勢いでキーボードを叩いている。
傍らには見覚えのあるリモコンのような形の計測器があり、そこには髪の毛が一本挟まっている。
前のとは違う、新しい髪の毛だった。つい今、採取したばかりだ。
どうやら計測器でデータを解析しているようだ。
そして計測器から上がったデータが赤外線通信でMAGIの中に蓄えられていく。
タン!という一際強い音を響かせてリツコがキーを打ち終えると、目の前のディスプレイには再び3Dポリゴンアニメーションが始まった。
計算機の中では実時間の3600倍の速さで時間がカウントされている。
そしてデジタルクロックが『72:00:00』を示したとき、リツコはディスプレイの中のCGを見てにんまりとした。
「予定は若干の修正が必要ね……上方修正だわ」
作者にはリツコがそう呟くのが聞き取れた。
「う、う〜ん……」
と、リツコの後ろのソファーからマヤさんの声が聞こえた。(ちょっと悩ましかった……)
気が付いたのだろうか。
リツコはディスプレイをクリアすると、立ち上がってソファーに近づいていった。
そして近くにあった椅子を引き寄せてソファーの前に座り、マヤさんの寝顔を見守った。
マヤさんの瞼が微かに痙攣し、長い睫毛が揺れる。
眉間に皺が寄る。こういう苦しそうな表情もまた可愛い。
それがすっと和らぐと、マヤさんはゆっくりゆっくりと瞼を開いていった。
少しずつ目の前が明るくなる。マヤさんはそこに敬愛する上司の笑顔を認めた。
「……せんぱい……」
蚊の鳴くような細い声でマヤさんが呟いた。
そのけだるい表情を見てると、ほんとに危ない事の後じゃないかと思えてくる。(註:断じて違います)
マヤさんはゆっくりと身体を起こしかけたが、また力が抜けてしまったかのように倒れ込む。
まだ意識が朦朧としているようだ。
リツコはマヤさんの肩にそっと手を置くと、優しげな声で言った。
「気付いたのね。でもまだじっとしていなさい。もうしばらく休んでいた方がいいわ」
「……はい……」
マヤさんは消え入りそうな声で答えると、じっとリツコの顔を見上げた。
しかし、そこには疑惑の念など、微塵も感じられない。
ただ自分を助けてくれた人に対する素直な感謝の気持ちがあるだけだった。
リツコもマヤさんの目を見つめ返しながら言う。
「ごめんなさい。あんなにマタタビが効くなんて思わなかったものだから」
「…………」
「体質のネコ化が予想よりかなり進んでいたようね。これはもっと詳しい検査が必要だわ」
「…………」
「今後72時間は病状の監視が必要と認めます。建屋からの退出は禁止、本部内で宿泊しなさい。いいわね?」
「……はい……」
何となく白々しいリツコの言葉に、マヤさんは小さく頷くのみだった。
上司の命令には絶対服従するところがマヤさんらしい。
その上司のせいでこんなことになったのにちっとも気付いてないのが可哀想だ。
「部屋はもう取ってあるから、後で案内するわ」
「……はい……」
……おかしい。マヤさんが倒れている間にリツコが部屋を取るような動きなんてなかったはずだが……
疑問に思う人は、ここまでの文章を読み直していただきたい。
作者もチェックしようと思ったのだが……マヤさんが起き上がりそうなので後回しにすることにする。
マヤさんは手で身体を支えながらゆっくりと起き上がり、ソファーに座り直すと、左手で頭を押さえた。
まだ頭がぼんやりとしているようだ。少し身体がふらついてる。
あ、マヤさん、そんな座り方をしたら……いや、危ない危ない。もう少しでスカートの中が……(惜しかった……)
「あら、もういいの?」
気付け薬をもう一杯用意していたリツコが振り返って言った。
マヤさんはまだ少し苦しげな声で答える。
「あ、はい……何とか……」
「そう、よかったわね」
それは違う人の台詞だろ。
しかし、作者が何を言っても聞こえないほど、リツコは嬉しそうな顔をしていた。
マヤさんが気付いたのが嬉しいというわけでもないらしい。
コンコン
その時、ドアにノックの音が聞こえた。
「はい?」
リツコの声はすこぶる機嫌がいい。それに、表情も。
今まで誰もこんな顔を見たことないに違いない。
機嫌が悪いときの表情を知っている人が見たら、唖然とするに違いない。
それくらいリツコの表情はにこやかだった。
『あ、あの、碇ですけど』
ドアの向こうからシンジの声が聞こえてきた。
たぶん、温泉に行く許可をもらいに来たのだろう。
いやあ、しかし、作者の予想したとおりのタイミングだなあ。
「シンジ君? 開いてるわよ」
『あ、はい……失礼します』
パシューンと音がしてドアが開いた。
そしてシンジがおずおずと入ってくる。
その後ろからレイも入ってきた。
またパシューンと音がしてドアが閉まる。
「どうしたの? 実験はもう少し後だけど……あら、レイも一緒なの?」
普段なら、リツコはこんな口の聞き方はしない。
確かに、実験室では優しいしゃべり方なのだが、シンジたちが用あって研究室を訪ねるときはもっと無愛想なのだ。
大概、『何の用?』という一言のみ。最悪、声もかけてくれない。
研究室では研究に没頭するのがリツコのポリシーなのである。
ミサトがここにコーヒーをたかりに来ても愛想がいいのは、彼女が例外中の例外だからだ。
「あ、はい。あの……ちょっとお願いがあって来たんですけど……」
何の前置きもなくいきなり話を切り出そうとするシンジ。
ミサトのようにビールで根回しが効かないこともあるのだろうが、もうちょっと何とかならんか。
しかし、今日のリツコはいつもと違っていたのが彼にとってはラッキーだった。
「なぁに?」
蜂蜜に砂糖を混ぜて煮詰めたのを嘗めたらこうなるんじゃないかと思うほど甘い声だった。
今までに聞いたこともない優しい響き。そして満面の笑顔。
あまりの違和感に一瞬引いてしまうシンジ。
目の前にいるのがリツコであることを再確認してから、再び切り出す。
「あの……昨日のコンテストの賞品のことで……」
「あら、そう言えば、シンジ君は2位だったわね。おめでとう」
「は、はい、ありがとうございます。それで……賞品が、温泉だったんですけど」
「そうそう、箱根湯本温泉だったわね。いつ行くの?」
「え?」
シンジはまるでアニメのキャラクターのように、大きな音を立てながら瞬きを2回した。
こんなに簡単に話が進んでもいいんだろうか。そう思いながら。
いいじゃないか。さっさと言ってしまえ。
「あの……行っていいんですか?」
「待機扱いで良ければね。近くだから、すぐに迎えも行けるし、構わないんじゃない?」
「はあ……」
「それに、ついこの前使徒が来たところだから、当分大丈夫でしょう。で、いつ?」
……何を根拠に使徒が当分来ないなどと言っているのか知らないが、とにかくリツコは意外にもシンジの温泉行きに全く難色を見せない。
それどころか、温泉行きを勧めている感さえある。
ちゃーんす。
「あ、あの、じゃあ、今週末にでも……」
「あらそう。いいわよ。行ってらっしゃい」
「…………」
かくして、シンジの温泉行きはあっさりと承諾された。
しかし、もう一つ問題点を積み残しているような気がする。
まあ、作者がいちいち指摘するまでもなく、シンジにはわかっているようだ。
忘れていたら作者が皆さんからの非難を受けるんだから、頼むよ、シンジ。
「あ、あの、それでですね……」
シンジはまたぼそぼそと口を開く。しかし何とも歯切れが悪い。
ええい、さっさと言わんか。
「何?」
「あの、温泉……ペアなんですけど……」
「あらそうなの。誰と行くの?」
「え、えと、その……」
その瞬間、シンジの顔がぱあっと赤くなる。
シンジの後ろに隠れるように立っていたレイの顔も、ちょっぴり染まった。(か、可愛い……)
リツコは二人の様子を見て、少し険しい表情になって言った。
「シンジ君、まさか……」
「は、はい……」
「あなた、一緒に行きたいって……」
「そ、それは、その……」
「…………」(←レイ)
シンジは思わずリツコの方から視線を逸らす。
レイも先程からシンジの首筋の辺りに視線を彷徨わせていた。
リツコはシンジの方をまじまじと見つめながら言った。
「私を誘いに来たの? ダメよ、忙しいんだから」
「へ? いや、あの……」
「…………」(←レイ)
思わずこけそうになるシンジ。
リツコの言うことだから、冗談か本気か聞き分けがつかなかったのだろう。
しかし、お前が悪いんだ。さっさと言わないから。
リツコの視線がまた穏やかになった。
絶対、知っててわざとからかって遊んでるに違いない。
「違うの?」
「はあ……」
「そう。じゃ、誰?」
「実は、その……」
「…………」(←レイ)
さっさと言わんと、また邪魔が入るぞ、と作者がせっつこうとしたときだった。
カタン
部屋の片隅で何か物音がした。
3人の視線がそこに集まる。(作者も含めて4人か?)
そこにはネコ耳になったマヤさんが立っていた。
もう立ち上がっても大丈夫なのだろうか。
マヤさんはなぜかじっとシンジの方を見ている。
その目が……何となく、妖しい。
「あ、マヤさん……」
シンジは思わず声を出した。
マヤさんがこの部屋にいるのは珍しいことではない。
しかし、どうしてまだネコ耳を付けてるんだろう。そう思って。
昨日コンテストの司会の時に付けてたけど……あんなのだったっけ? 何かリアルだけど……
そしてマヤさんが自分の方にゆっくりと一歩踏み出したのを見ていた。
「……あの、マヤさん?」
さすがのシンジもマヤの視線がおかしいことに気付いた。
いつも自分たちに投げかけてくれる優しい感じではない。
肉食動物が獲物を狙っているような、そんな雰囲気だった。
もちろん、見ていたリツコもさっと気色ばんだ。
まさか……暴走?
と、その時! マヤさんはいきなりシンジに向かって襲いかかった!
「にゃあっ!」
「わあっ! マヤさんっ!」
「マヤ!」
「…………」(←レイ)
背中を丸め、まるでケモノのようにシンジに飛びかかるマヤさん。
そしてあっと言う間にシンジを押し倒してしまった。
シンジ、貞操のピンチ!
……え? 何か逆じゃないか?
「……あれ?」
いや別に、シンジも立場が逆だと思ったのではない。
(半分くらいはそう思ったかも知れないが)
シンジは上半身を起こし、床に座り込んだ形になって、自分の脚の上を見た。
そこにはマヤさんが、身体を丸くしてのっかっているのだった。
「あの……マヤさん?」
「マヤ……」
「…………」(←レイ)
リツコもレイも、呆然としてマヤさんの様子を見ていた。
まるで、人の膝の上で丸まっているネコのよう……
「あ、あの、リツコさん? これはいったい……」
シンジは何が何だかわからなくなっていたが、一応事情を知っていそうなリツコに向かって問いかけた。
だが、リツコは無表情に(怖い表情ではないです)マヤの方を見ている。
シンジの膝の上で目を閉じて幸せそうにしている表情を。
リツコが頼りにならなさそうなので、シンジはレイの方に目を向けた。
だが、レイだって頼りになりそうもないが……
そしてシンジが見つけたのは、シンジの方を寂しそうに見つめるレイの紅い瞳だった。
「あ、綾波……」
思わず情けない声になってしまうシンジ。
レイはシンジの方を見据えてじっと立っていたが、おもむろにしゃがみ込むと、鞄を床に置いた。
そして鞄を開けてゴソゴソと中を探し始める。
やがて取り出したのは、昨日の白いネコ耳だった。
スチャ
レイはそれを頭に装着すると、シンジのそばにすすっと寄っていった。
そして横座りをして、ぴとっと身体をくっつける。
ちょうど斜め前から左肩にしがみつくような格好だ。
更に頭を混乱させるシンジ。
「あ、あの、綾波?」
「……ネコだから」
「え?」
「……私も、ネコだから……」
「???……」
もはや思考能力を失ったシンジ。
どうやらレイはマヤさんの行動を見て、ネコならシンジにくっついていいと思ったようだ。
いったいどういう思考回路になってしまったのやら……
横ではリツコが、3人の絡み……もとい、三者三様の表情を見ながら無表情に(だから、怖くないって)立ち尽くしていた。
それからしばらく後、4人はソファーに腰掛けていた。
リツコの横にマヤさん、その向かいにシンジとレイ。
間に置かれた応接セットのテーブルの上には白いコーヒーカップが4つ並んでいる。
みんな無言だった。
マヤさんは膝の上に手を置いて、シュンとしている。ネコ耳もシュンとしていた。
どうやらマヤさんは正気を取り戻しているようだ。
「……そう、そういう訳だったの」
おもむろにリツコが呟いた。
そしてテーブルの上のカップを取って一口すする。
さて、どういう訳なのだろう。
筆者が説明するまでもなく、これからリツコが確認のためにマヤさんに聞き返すから心配しないでもらいたい。
「やはり性格のネコ化が見られるわね。シンジ君がネコに見えたなんて」
「はい……でも、どうしてなのか、自分でもわからないんです」
マヤさんはまだコーヒーに口を付けていない。
膝の上に置いた自分の手を見ながら、しょんぼりとうつむいていた。
飲まないのなら作者が頂きたいところだが、どうせならマヤさんが口を付けた後の方が……
「それはきっと、昨日のコンテストのせいじゃないかしら?」
「えっ?」
リツコの言葉に、マヤさんは顔を上げてリツコの方を向いた。
そしてその横顔をまじまじと見る。
リツコはコーヒーの香りを楽しむかのように、目を閉じていた。
「あなた昨日、コンテストの最中に、シンジ君を見てずいぶんはしゃいでたわね」
「は、はあ……」
マヤさんはちょっと首をすくめた。
リツコが放送席からずっと見ていたのを思い出したのだろう。
何て恥ずかしいところを見られちゃったのかしら、私ったら……
「あの時のシンジ君のネコ耳を付けた姿が、まだ目に焼き付いてるんじゃない?」
「そ、そう言えば……」
マヤさんはそう言いながら、ちらっとシンジの方を見た。
今度はシンジが首をすくめる番だった。
あんな恥ずかしいこと、思い出さないで下さい……
そう言いたげな表情で、シンジはマヤさんから視線を逸らした。
「あなた、さっきは意識が朦朧としていたでしょう? だから、部屋に入ってきたシンジ君を見て、昨日のことを思い出したのよ。ネコ耳を付けているシンジ君をね」
「よ、よく憶えてませんけど……」
「それに、シンジ君の匂い」
「は?」
「え?」
マヤさんとシンジは同時にリツコの方を見た。
レイはシンジの方をじっとりと見つめている。さっきからずっとだ。理由は不明である。
「入ってきたとき、何だか肉のような匂いがしたけど、もしかして、ネコ缶でも開けたの?」
「えっ……あ、はい、確かに今朝、ネコ缶開けましたけど……」
シンジは答えながら今朝のことを思い出していた。
レイから大量にもらったネコ缶を昨晩ミサトに食べさせたのだが、ミサトはやけに気に入ってしまったらしく、今朝も食べたいと言ったのでシンジが開けてやったのだ。
(もちろん、ネコ缶であるということはミサトには言っていない)
しかし、今朝開けたネコ缶の微かな匂いをかぎ取るなんて、リツコも相当な嗅覚の持ち主である。
現に、今のマヤさんには何もわからないのだから。
「それに、鰹節の匂いがするわね」
「あ、そう言えば、今朝はお味噌汁飲んできて……」
シンジが出汁を取るのに使ったのは真空パックの削り節なのだが、リツコも良くそんなことがわかるものだ。
ひょっとしたら、ネコなんじゃないだろうか。
「シンジ君が可愛いオス猫に見えて、おまけにネコ缶と鰹節の匂い。意識が朦朧としたマヤが飛びかかったのも無理ないと思うわ」
「そ、そんなことって……」
マヤさんはあまりのことに驚いていた。膝が少し震えている。
私がそんなことをするなんて、信じられない……
もちろん、作者だって信じたくない。マヤさんが男を襲うなんて。
全部病気のせいに決まってる。そうだ、そうに違いない!
しかし、リツコの声は冷たかった。
「事実よ、受け止めなさい」
「は、はい……シンジ君、ごめんなさい!」
マヤさんはそう言って、座ったままだがシンジの方にぺこりと頭を下げた。
(大丈夫。ブラウスのボタンはもうちゃんと留めてます)
「そんな、謝ってもらわなくても……別に、気にしてませんよ。だって、病気なんでしょう? だったら仕方ないじゃないですか」
事情が事情だけに、マヤさんが病気であることはシンジとレイに告げてある。
シンジは彼一流の気遣いでマヤさんを優しく慰めた。
当然だ。マヤさんに謝られて許さないなんて、男として恥ずかしい行為である。
「でも……でも、シンジ君に怪我でもさせていたら、私は……」
マヤさんはそう言いながら目を潤ませた。
泣きそうになるのを必死に堪えていると言った表情だ。
断っておくが、さっきの言葉はシンジを愛するが故に出た言葉などでは『決して』ない。
マヤさんがシンジを大事に思うのは、シンジが適格者だからである。(そうですよね? マヤさん)
……これは作者の僻みではない。事実なんだってば。
「いいですって、もう……」
「そうよ、マヤ。病気のせいで動物的本能が出ただけよ。気にすることないわ。これから気を付ければ済むことだもの」
シンジの後を受けて、リツコがそう言ってマヤを諭す。
マヤさんはしばらく考えていたが、やがてコクリとうなずいた。
その頬に、真珠よりも輝く涙の粒が光っていた。
「さ、それじゃそろそろ、マヤの部屋に行きましょうか」
リツコがそう言いながら立ち上がった。
一人だけ、コーヒーカップが空になっている。
マヤさんも無言のまま立ち上がる。
シンジも立ち上がりかけたが、コーヒーに手を着けていないのに気付いて、慌てて飲み干した。
ちょっと貧乏くさい行為である。
先程から話についていっている様子がなかったレイもすっと立ち上がる。
「そうそう、シンジ君」
「あ、はい……」
帰ろうとして立ち上がったシンジだったが、リツコに呼ばれてキョトンとした。
なぜ呼ばれたかわからないでいる。作者もわからない。
「あなたも来てちょうだい」
「えっ? どうしてですか?」
不思議そうに聞き返すシンジ。
リツコはドアに向かって2、3歩足を進めていたが、ちらりと振り返ってシンジを横目で見ながら言った。
「マヤと一次的接触をしたんだもの。感染の恐れがあるわ。あなたも監視します。いいわね」
「え……」
リツコはまた靴音を響かせて歩き始める。
シンジは呆然として立ち尽くしていた。
「シンジ君、ごめんなさい……」
マヤさんが申し訳なさそうな声でシンジに言う。
レイはシンジの呆けたような顔をじっとりと見つめたままだった。
NERVの職員には残業が多い。
であるから、本部内には宿泊設備もちゃんと整っている。
とりわけ、士官以上にはかなりいい部屋を準備してもらえる。
マヤさんとシンジが連れて来られたのは、その部屋の前だった。
どういう訳か、レイもくっついてきている。
「ここよ」
リツコはそう言いながらポケットから取り出したカードキーで部屋の鍵を開けた。(いつ用意したんだ?)
軽い空気音がして自動ドアが開く。
マヤさんたちが一歩中に入ると……そこはかなり豪華な部屋だった。
ビジネスホテルのようなせせこましい部屋ではない。
明るい壁紙に、趣味のいいカーペット。ベッドはセミダブルくらいある。
壁に埋め込まれた40インチはあろうかという液晶テレビ、そしてキャビネットにはAVセット。
コミックスをお持ちの方は、ユニゾンの時にシンジとアスカが泊まった部屋をご存じだろう。あそこである。
「マヤ」
先に入ったリツコは振り向いて、マヤさんの方を見ながら言った。
「は、はい」
「あなたにはしばらくここで寝泊まりししてもらうわ」
「はい……」
「それから、シンジ君」
「あ、はい……」
今まで泊まったことがないような立派な部屋に連れて来られて、シンジは緊張していた。
高い旅館に泊まると緊張して寝られない人がいるらしいが、シンジもそのタイプだろう。
気弱な表情を浮かべているシンジに向かって、リツコは言った。
「あなたもここに泊まってもらうわ」
「え……」
シンジは目が点になっていた。
そう、コミックスのあの部屋と言えば……ツインルームなのである。
もちろん、このSSのシンジはコミックスのシンジではないので、ここに泊まるのは初体験だ。
……何だよ、マヤさんと一緒の部屋に泊まるのが不服なのか?
だったら代われよ、作者がマヤさんと泊まってやるから。(却下します。by リツコ)
「マヤ」
リツコはマヤさんの方に視線も向けずに言った。
「は、はい……」
「シンジ君と一緒でも問題ないわね?」
「あの、その……」
マヤさんの方は少しうつむき加減になって、ドギマギしている。
シンジの方を上目遣いに見上げ、それからまた目を伏せた。ほのかに頬が赤く染まる。
10歳も年下とはいえ、やはり男と一緒の部屋では緊張するのだろうか。
そうじゃなくて、また無意識のうちに飛びかかってしまったら悪いと思ったからだと信じたい。
ツンツン
「何? レイ」
いつの間にかリツコの横に回り込んでいたレイが、リツコの腕をつついた。
意表を衝いた動きに、さすがのリツコもちょっとびっくりした顔になる。
レイはリツコの顔をじっと見上げながら、小さな声で言った。
「赤木博士……」
「聞いてるわよ、何?」
「私は、どこで寝れば……」
「何ですって?」
リツコの顔が本格的に驚いた表情になった。
こんな表情は、ゼルエルを初号機が喰うのを見るときまで出てこないはずだが。
しかし、レイの方は逆に落ち着き払っていた。
淡々とした声でリツコに言う。
「私も……泊まります……」
「……なぜ?」
リツコは無理矢理平静を取り戻して、レイに聞き返した。
それを聞いてレイはシンジの方に振り返ると、つかつかと歩み寄っていき、シンジの腕にぴとっとしがみついた。
「あ、綾波……」
シンジがレイの方を見て恥ずかしそうに声を出す。
しかしレイの目は、リツコの方をジッと見ていた。
リツコもレイの方を見ていたが、やがてハッとした表情になったとき、レイが静かに言った。
「さっき……感染してるかも……」
リツコがやれやれといった表情になり、ふうっとため息をついたのは、それから数秒後のことだった。
「仕方ないわね……」
リツコのその言葉は、シンジにはなぜか死刑宣告のように聞こえていた……
何だかよくわからないままに始まってしまいそうな3人の相部屋生活!
シンジが羨ましすぎる人は、作者に抗議のメールを!(笑)
それより、シンジとレイの温泉旅行はどうなるんだ、っていう方もね(^_^;)
新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。
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Written by A.S.A.I. in the site
Artificial Soul: Ayanamic Illusions