ネコ耳マヤさん



「さあ、コンテストの出場者も残るところあと一人となりましたが、ここまでの状況はどうでしょう? 解説の赤木博士」
「そうね……意外だったけど、シンジ君が一歩リードしてるかしら」
「大人気でしたからね。まるで、ネコ耳を付けるために生まれてきたような……」
「女子職員の数はそれほど多くはないと言っても、男子の方は票が割れるから侮れないわ」
「スーパーコンピューターMAGIの予想はどうなってますでしょうか」
「声援のデシベル値を元にした計算ではシンジ君が優勢ね。優勝候補筆頭として賛成が2、条件付き賛成が1よ。今のところだけど」
「なるほど。ちなみに対抗と言えるのは誰でしょう?」
「やはりアスカかしら。ファンクラブによる組織票が期待できる点は大きいわ」
「組織票といえば、まだ登場してませんがファーストチルドレンはいかがですか?」
「確かに、レイはファンの潜在数という点からいえば随一ね。かなりの票が期待できそうだけど」
「では上位に食い込んでくる可能性が?」
「もちろん。ベスト3入りの確率は99.89%。優勝の可能性は8.7%。最も高い数値よ」
「そうするとチルドレン3人で上位を分け合うのではということになりますね」
「そうね。大番狂わせを期待したいところだけど」
「では、ダークホースを挙げて下さい」
「一人、いるわ。誰も予想がつかない人が……」
「それは結果発表の時のお楽しみというわけですね」
「そうなるわね」
「期待しましょう。では引き続き、第1回NERVネコ耳コンテストの模様をお送りします。解説はネコ耳の権威でいらっしゃいます赤木リツコ博士、実況担当は○○でお送りして参ります」

 今のはNERV内の有線放送テレビの実況席の模様である。
 なお、この放送は通信衛星を通じて世界170ヶ国・地域に放映されている……わけはない。
 何しろ、NERVは非公開組織なのだから。
 とりあえず、人類補完委員会の常任理事国、並びに日本政府には配信されているようだ。
 戦自が極秘裏に電波を傍受しているとの噂もある。
 東京12チャンネル辺りが中継してくれれば皆さんも見られただろうが……

 ちなみに実況担当の彼は名も無きサブキャラの一人である。
 作者は第壱話のエヴァ発進準備のシーンで彼の声を聞いたような気もする。
 まあ、お好きな方は○○のところに自分の名前を入れて楽しむのも良いだろう。
 何? 私の名前は3文字だって? 知るか、そんなもん。

 ところで、優勝者の予想で盛り上がっているようだが、いったいどういうわけだろうか。
 実は、これはNERV公認のトトカルチョが行われていたのである。
 単勝、枠番連勝、馬番連勝ならぬネコ番連勝、そして拡大ネコ番連勝などの馬券もといネコ券?が発行されていた。
 よくよく見れば観客の中にはボックスだの流しだのと書かれた磁気券を握りしめながら見ている者がいる。
 ところで、読者の皆さんは誰が優勝すると予想されますか?
 作者の夢は、綾波です。



 そこは何もない空間だった……つまり、例の板状の奴らの集会場である。

「我らゼーレのシナリオとは大きく違った出来事だよ」
「この修正、容易ではないぞ」
「碇ゲンドウ、あの男にNERVを与えたのがそもそもの間違いではないのかね?」
「だが、あの男でなければ、全ての計画の遂行はできなかった」
「碇……何を考えている」

 だから、たぶんネコ耳付けたレイのことだって……
 それより、お前らが何考えてるんだよ、いい歳して。
 どうもこの委員会は下僕が多いらしい。彼らが勝ったネコ券には六番が多かったようだし。
 ったく、国連の予算つぎ込んでトトカルチョに参加してるんじゃない!



 コンテストの会場は未だ熱気が冷めやらない、という雰囲気だった。
 ここでシーンが飛んでいる間のことを補完しておこう。
 シンジにアンコールの声援が飛んだことは覚えておいでのことと思う。(憶えてないときは読み直してね)
 人の顔色を窺うのが得意なシンジは、このままでは暴動が起きると判断、恐る恐る舞台へと戻った。
 そして再び静まり返った会場を目の前にして、もう一度ネコの鳴き真似を披露。
 大喝采が起こったのはもちろんだ。そして再度のアンコール。
 結局、シンジは3回のアンコールに応えてから退場することと相成った。

 さて、コンテストは終了間際を迎え、会場の観客は誰もが疲れ切っているように見えた。
 特にさっきは女子職員は声を限りの声援を送り、男子職員(一部を除く)はそれをうんざりしながら聞き続けていたのだから。
 もちろん、司会者であるマヤさんもちょっと疲れていた。
 何しろ、2回目と3回目のアンコールはマヤさんが煽動したのだ。
 司会者は普通はそういうのを鎮める方に回るべきものであろう。
 だが、ネコ耳シンジに萌えてしまったマヤさんには、進行役のADから出されるカンペも目に入らなかったのだった。

 とにかく、会場の盛り上がりは一段落していた。
 普通なら次の出場者はいやな気分になるものであろう。
 なぜかと言うと、自分の出番の時は観客がみんなダレてしまっていると思うから。
 しかし、次の出場者は普通ではない。
 そう、レイである。会場の雰囲気など気にする玉ではなかったのだ。

「(ふぅ……)えー、さて、遂に最後の出場者になりました。エントリーナンバー拾七番、ファーストチルドレンの綾波レイちゃんでーす」

 マヤさんは少しばかり息を切らしながら台本を読んでいた。
 それはそうだろう。観客の女子職員と一緒になってシンジに声援を送っていたのだから。
 きゃーきゃーと小躍りしていたせいで、ブラウスの裾が乱れてスカートからちょっとはみ出してしまっている。
 清純派のマヤさんにあるまじき醜態である。
 幸いにして、観客席からは演台の陰に隠れて乱れた部分が見えなかったのだが。

 さて、レイである。
 舞台袖でシンジに見送られ、トコトコと舞台に歩み出てきた、その時だった。
 突如、会場が揺れた。
 すわ、使徒襲来か! ……いや、違った。地鳴りのような響きが……
 それは観客席から響いてくるのだった。

 オオオオオオオオオオオオオオオ……

 唸り声のような低い音……いや、まさしく唸り声だった
 通称アヤナミストたちの出す低い歓声が、低周波振動となって会場を襲ったのだ。
 アイドルのコンサートなどで男性ファンが低い声で声援を飛ばすことがあるが、あれを遙かに下回る低さなのである。

 オオオオオオオオオオオオオオオ……

 ビシビシッという鈍い音が響きわたった。
 ガラスの割れる音だ。おそらく、共鳴振動で割れたのだろう。恐ろしいパワーだ。
 天井のライトなどの舞台装置がビリビリと揺れて、今にも落ちてきそうだ。
 マヤさんは泣きそうになりながら、ガタガタと揺れる演台を押さえていた。
 さっきまではしゃいでいた明るい笑顔はどこへやら……しかし、泣き顔もなかなかである。
 そしてレイが舞台中央に立ったとき、地鳴りは一転して綾波コールに変わった。

 アーヤーナーミー アーヤーナーミー アーヤーナーミー……

 今度は女子職員、いや、非アヤナミストが耳を押さえる番だった。
 その大音量に耐えきれず、会場を逃げ出した者さえいる。
 司会者席のマヤさんも耳を押さえていた。
 呼びかけて静かにさせようと思っても、マイクの声さえかき消されてしまう。
 どうにも手が着けられない状況だった。
 しかし、こんな状態でも一人だけケロッとしている者がいた。もちろん、レイであったが。

「えー、お静かにー……お静かに願いまーす……」

 声援の音量が少し下がったところで、マヤさんは必死にマイクに向かって叫び続けた。
 レイちゃんからも言ってあげてよぉ……マヤさんは半泣きになりながらそう思っていた。
 しかし、レイが声を出すのは逆効果だったに違いない。それは今にわかる。

「お静かにー……レイちゃんの演技ができませーん……お静かにー……」

 マヤさんのアナウンスの効果があって、やっと歓声が小さくなってきた。
 さすがにみんな息が切れてきたのかもしれないが。
 マイクの声の方が勝つようになれば、声援が消えるのは早かった。
 いつの間にか、会場は何事もなかったかのように静寂を取り戻していた。
 しかし、あちこちで椅子にガタが来ていたり、ドアがかしいでいたりするなどの被害が出ていたようだ。

(はあ、やっと静かになった……先輩、私、頑張りました……逃げませんでした……)

 マヤさんはマイクをぎゅっと握り直し、うつむいて目を閉じながらそう考えていた。
 やはりこんな時でも思うのはリツコのことなのか。ちょっと悔しいぞ。

(……あれ?)

 やけに静か……目を閉じて妄想、いや瞑想していたマヤさんは静寂が気になって目を開いた。
 見れば、まだレイが舞台中央でじっと立っている。
 観客席のアヤナミストたちは固唾を呑んでレイの方を見つめている。
 何が……どうなってるの? マヤさんは慌てた。
 私が何かしなきゃならなかったんだっけ……えっと……えっと……

 マヤさんは台本をぺらぺらとめくり返したりしながら段取りを確認した。
 自分がするようなことは何もない。
 台本には『出場者演技後、送り出し』とあるだけだ。
 レイちゃん……どうして演技をしないの……
 マヤさんは呆然とレイの方を見つめながらも、頭の中をぐるぐると働かせていた。

(……はっ! もしかして……そうよ、きっとそうよ……)

 さすがマヤさん、何かに気付いたらしい。
 その何かとは一体何だったのだろう?
 ここでCMに入ったりするのが最近のTV番組の傾向なのだが、このSSではそんな気を持たせるようなことはしない。
 (なぜならこういうことをするとCM明けにもう一度説明し直さなければならないからだ)
 もちろん、作者もその『何か』を知っているのだが、ここはマヤさんに説明してもらおう。

(レイちゃん……命令がないと、演技できないんだわ)

 そう、レイの行動のトリガーとなるのはほとんど全てが命令なのである。
 もちろん、自由意志で動くこともたまにはある。(特にシンジ関係)
 だが、作戦行動などにおいては命令がないとレイは動かない。
 作戦中は『臨機応変に行動』という命令が出ているので問題ないのだが。
 しかし、このような経験のない事態の場合、何かのトリガーが無くてはレイは行動を起こさないのに違いない。
 だって、舞台に出てきたのもシンジに『頑張って』と肩をポンと叩かれたからなのだ。

(でも……ADさんが、キューを……)

 マヤさんは観客席の最前列の暗がりに潜んでいるはずのADの姿を探した。
 いた……しかし、彼は舞台上のレイに見入っていた。
 どうやら彼もアヤナミストだったらしい。

(これじゃ……いつまで経っても終わらない……)

 どうしよう? マヤさんは考えていた。
 私がキューを出せばいいのかしら?
 でも、レイちゃんは真っ直ぐ前を見たままで、こっちに気付いてくれるかどうか……
 そうだわ、シンジ君……彼なら、レイちゃんの注意を引くことが……
 マヤさんはそう考えて反対側の舞台袖に引っ込んだシンジを探そうとした。
 だが、いない。それに、いたところでどうやってこちらの意図を伝える?
 マヤさんは必死に考えた。そんなに時間は経ってないはずだが、かなりの時間が経過したような気がしてマヤさんは焦っていた。

(しょうがないわ、私が……)

 何とかしてレイちゃんの気を引いて、キューを出さなきゃ。
 マヤさんは舞台中央のレイにしか聞こえないように小さな声で呼びかけた。

「レイちゃん……」

 ピクッ
 レイのネコ耳が揺れた。(なぜだろう?)
 顔は正面を向いたままだが、レイの意識が自分の方に向けられているのをマヤさんは感じた。
 聞こえてるのかしら? ううん、聞こえてて、お願い……
 マヤさんはさっきよりほんの少し大きい声でレイに合図を出した。

「ネコの……演技……」

 ピクッ
 またレイのネコ耳が揺れた。(不思議だ。何か仕掛けが……)
 ほんとに聞こえてるの?
 まだ微動だにしないレイを見てマヤさんの心臓がドキドキなりかけたとき、レイの右手がすっと挙がった。

 オオオオオ……

 小音量の歓声が上がり、すぐにやんだ。
 アヤナミストはみんな、レイの声を一瞬たりとも聞き逃すことがないように、耳をそばだてている。
 聞こえている、とわかってホッとしながらも、会場の雰囲気に異様なものを感じて、マヤさんは鳥肌を立てていた。
 衆人が見守る中、レイは顔の横でネコ手を作り、マイクの方に口を突き出すと、小さく鳴いた。

「……にゃん……」

 マヤさんは耳をふさいだ。
 もちろん、レイの猫の鳴き声が聞き苦しかったからではない。
 この後起こる事態を一瞬にして把握したからだ。
 レイの鳴き声の余韻が会場から消えた瞬間、つまりマヤさんが耳をふさいだ0.5秒後、NERV本部を揺るがすような大歓声が湧き起こった。



 でかい部屋を取り囲む窓ガラスがパリンパリンと音を立てて割れていく中、不機嫌そうな顔をした冬月が呟いた。

「……勝ったな」

 テレビの前で腕を組んで中継を見ていたゲンドウは、口元をニヤリと歪めるだけだった。
 もちろん、台本に書いてあるとおりの演技だ。
 ゲンドウは自分の台本どおりの展開に、一人悦に入っていた。

(レイにこだわりすぎだな、碇……)

 冬月はアドリブを言おうとしてやめた。
 それに第一、この台詞は心の中の言葉だったはずだ。

(下手なことを言ったせいで使徒として処理されたらかなわねー)

 何しろ、ゲンドウが相手を敵だと言えば敵なのだ。たとえそれがエヴァであっても。
 それにもうすぐ人間の姿をした使徒が来るという噂だし……俺のことにされたらどーすんだ。
 冬月コウゾウ、やはりゲンドウをよく知る者としての良識をわきまえていた……



 再び、会場。
 目の前で起こっている大歓声をレイは不思議そうに眺めていたが、ちらっとマヤさんの方を見た。
 そしてマヤさんが手を振っているのに気付くとゆっくりと退場していった。
 もちろん、これ以上レイが舞台に残っていると騒ぎがいつまでも終わらないと考えたマヤさんの好判断だった。
 レイが舞台から消えても、歓声はそう簡単に止むことはなかったが、なぜかアンコールは起こらなかった。
 さすがアヤナミスト、続きを期待しても必ずしも好結果にならないことをわかっているのである。

「えー、以上を持ちまして出場者全員の演技が終わりました。みなさんどうもご苦労さまでしたー」

 少し会場のざわめきが小さくなってきたところで、マヤさんはマイクに向かって喋っていた。少し焦りながら。
 別に『巻き』が入ったわけではないのだが、マヤさんは早く出番を終わらせたかったのだ。
 それには少し事情があるのだが、マヤさんの清純なイメージ上、ここに書くことは控えさせていただく。
 少しずつ落ち着きを取り戻してくる会場に向かって、マヤさんはまた台本の台詞を読んだ。
 みんな、聞いてー、と心の中で叫びながら。

「それではお手元の投票用紙に、一番ネコ耳が似合っていたと思われる出場者の番号をマークして、係の者にお渡し下さい。投票は10分後に締め切らせていただきます。よろしいですかぁ?」

 最後の呼びかけはまるで小学生に物を説明するようなしゃべり方である。
 まあ、今のような場ではそういう言い方もやむを得ないだろう。
 何しろ、ざわついた大人というのは小学生の集団同様始末に負えないものだ。
 間抜けにもはーいという返事を返してくる奴が数人……いや数十人いた。まるっきり小学生である。

「投票が終わりましたら集計まで今しばらくの間お待ち下さい。終わりましたら館内放送を入れますので、会場の外に出ていただいても構いません。いいですかぁ?」

 またしてもはーいという返事。笑い声も聞こえる。
 しかし、マヤさんの方はちょっと笑ってられない事情になってきた。
 何だかそわそわしている感じだ。膝の辺りをもぞもぞさせている。
 大きな声を出すのがつらそうだ。どうしたのだろう?(ないしょ!)
 マヤさんは台本をぺらっとめくって、次が結果発表のページであることを確認した。
 早く舞台から降りたい……あと一行ね。

「それでは、結果発表をお楽しみにー」

 その声と共に、マヤさんを照らしていたライトが消えた。
 会場からの大きな拍手を背に受けながら、マヤさんは退場していった。
 舞台袖の狭い通路を通り抜けて、廊下に出ると、一目散に向こうの方へ……行き先は秘密である。



 こちらは会場内の観客席の一角。
 短髪眼鏡と長髪Aが何やら言い合う横で、長髪Kは悠長に缶入り水割りを飲みながら投票用紙をマークしていた。

「加持さんは、どうするんです?」

 マークが終わって係の女の子に投票用紙を手渡した長髪Kに、短髪眼鏡が聞いた。
 長髪Kは女の子の手を握ったまま離さずに答えた。

「俺? ……まあ、秘密にしておこうか」
「葛城さんじゃないんですか?」

 女の子に手の甲をつねられている長髪Kに向かって長髪Aが訊いた。

「ん、だから、秘密さ」
「でも、おかしいと思いませんか?」
「何がだい?」

 投票用紙を見ながら訊いてきた短髪眼鏡に長髪Kは答えた。
 ちょうど女の子に足を踏んづけられているところだった。

「出場者は拾八人だったはずですよね?」
「そうだな」
「でも、最後に出てきたファーストチルドレンのエントリー番号は拾七番ですよ」
「それが何か?」
「あと一人はどこに行ったんです?」
「パンフレットをよく読んでみな」

 頬に紅葉を散らした長髪Kは苦笑しながら言った。
 短髪眼鏡と長髪Aはそれを聞いて同時にパンフレットをめくり始める。
 やれやれ、観察力が足りないねぇ。そういうことには慣れている長髪Kは思った。
 頬さえ赤くなければ表情といい、完璧なのだが、惜しいことだ。
 ちなみにさっきの女の子は今は別のところで投票用紙の回収をしている。

「……そういうことでしたか」
「そういうことさ」

 パンフレットから顔を上げながらニヤッと笑った短髪眼鏡に、長髪Kはそれよりちょっと格好いい笑顔を返した。
 その横で投票用紙にマークをしながら長髪Aが言った。

「これは決まりっすね」
「葛城さんには悪いですけどね」

 その言葉を受けるかのように短髪眼鏡も言い、二人はマークした投票用紙を係の女の子に渡した。
 さて、何が決まりなのだろうか。
 それはもうしばらく読み進んでいただければわかる。



(ふう、間に合って良かった……)

 司会者控え室に戻ってきたマヤさんは、鏡の前に座って缶入り緑茶を飲みながらため息をついていた。
 舞台に上がる前に、行っておけば良かったな。
 普通、緊張してる時って、行きたくなるはずなのに……すっかり忘れてた。
 レイちゃんの演技がもう少し伸びてたら間に合わないところだったわ。
 短いスカート履いて、冷えたからかなぁ……会場の冷房も利き過ぎだったし……
 次に舞台に上がる前にも、一応もう一度行っておかなきゃ。

 そんなことを考えながらマヤさんはお茶をもう一口すすった。
 そして鏡の前で少し乱れた前髪を直す。
 ついでに、ネコ耳も。初めはいやがっていたみたいだが、結構気に入ってしまったらしい。
 参考までに、先程乱れていたブラウスの裾はきちんとスカートの中に直されていた。
 おそらく、行った先で直してきたのだろう。
 ……いや、だから、どこに行ってたかは言えないってのに。

 それにしても……マヤさんはまた考えていた。
 シンジ君、可愛かった……あんなにネコ耳が似合うなんて、思わなかったな。
 そうだわ、今度、インターフェースヘッドセットをネコ耳型に改造しようかしら。
 そうすれば実験の度にシンジ君のネコ耳が……くすくすっ!
 エントリープラグに入っているネコ耳のシンジをマヤさんが想像して楽しそうに微笑んだ、その時だった。

 コンコン

「はいっ!」

 ドアにノックの音がした。
 え? もう出番? そんなに集計が早く終わるわけが……
 マヤさんは訝しがりながら立ち上がり、控え室のドアを開けた。
 どうしよう。出番だったら、急いで行かなきゃ……(秘密の場所へ)
 しかし、出番ではなかった。
 ドアの外に立っていたのは放送室帰りの白衣の女性だったのである。

「マヤ、ご苦労さま」
「あっ、先輩!」

 マヤさんはリツコの顔を見て笑顔を輝かせた。
 同時に、ホッと安心した表情を見せる。
 精神的にすっかりリツコに頼りきりになっているマヤさんだった。
 もちろん、あなたがこの笑顔を見たら、マヤさんの信頼に応えずにはいられないだろう。

「司会、なかなか良かったわよ」
「いえ、そんな……そうだ、先輩がくれた薬のおかげですよ」
「そう?」
「そうですよ。あれでリラックスできたんです。ありがとうございました」

 リツコはそれを聞いて何がおかしいのか、ふっと笑った。
 マヤさんも無意識に笑顔を返す。
 嗚呼、美しき哉、師弟愛……しかし、リツコの後ろから出ている悪意のオーラにはマヤさんはちっとも気付かないのだった。

「出番、もう少しだけだから、頑張ってね」
「あ、はい。後は結果発表だけですよね」
「そうよ。すぐに終わるわ」
「はい。頑張ります!」
「じゃ、集計があるから」
「はい。わざわざ来ていただいて、ありがとうございました」

 マヤさんがそう言ってリツコににっこり微笑むと、リツコはマヤの左肩をポン、と叩いて去っていった。
 マヤさんはその後ろ姿に一礼してから、控え室の中に戻る。
 先輩、わざわざ励ましに来てくれたんだ。うれしいな。
 よーし、最後まで頑張らなきゃ!
 台本、読もっと。

 マヤさんはそう思いながらまた鏡の前に座り、台本を開いた。
 しかし、特に難しいことは書いていない。
 結果発表の前口上と、『封筒を開いて読む』のト書きがあるだけ。
 後は優勝賞品など授与の時の『おめでとうございました』その他の台詞。
 マヤさんはさらさらっと読んであっと言う間に憶えてしまった。さすが。
 そして表彰式の時の風景に想いを馳せる。

 誰が優勝するんだろう? シンジ君かな? それともレイちゃん? アスカちゃん?
 他の人かしら? でもみんな結構似合ってたな。書類審査に通るだけあるわよね。
 あ、私の友達だったらどうしよう。賞品とか、渡しづらいな。
 ほんとに後で謝らなきゃ。メール出す時間……今はなさそうね。
 ノートパソコン、持ってくれば良かったかな。
 とにかく、帰りにでも計算機室に寄って……

 すっかり空想に夢中になってるマヤさんだった。



 司会者控え室の前から去ったリツコは、廊下を曲がったところで、白衣のポケットから何やらリモコンのような物を取り出した。
 そして、右手に隠し持っていた物をその表面にあった溝にそっと差し込んだ。
 それから何やらボタンを押している。
 リモコンのような物は、何かの計測器らしい。
 そして差し込んだ物は、マヤさんの髪の毛だった。
 さっき肩を叩いたのは、それを採取するためだったのだ。

 暫しの間の後、ピピッ、ピーッと音がして、計測器が何やら数値を弾き出した。
 リツコはそれを見て、ニヤッと不敵な笑みを浮かべた。(ゲンドウに似てる……)
 そして計測器をポケットに突っ込み、ゆっくりと歩き始めた。

「そう……明日の夜明け頃なの……」

 その笑みと言葉の意味を知ってるのは、リツコと彼女に取材した作者だけだった……



……コンテストの結果、出なかった……(すいませーん(^_^;)
次回こそ、結果発表、並びにマヤさんの運命が!


新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。

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Written by A.S.A.I. in the site Artificial Soul: Ayanamic Illusions