ネコ耳マヤさん



 そこはあまりにも広い空間だった……と書けば、『Rei IV』をお読みになった方ならどこのことかすぐに解るだろう。
 そう、本部最上階に近い総司令官公務室、通称『ゲンドウくんのおへや』である。
 やたらだだっ広くて薄暗い部屋の真ん中辺りに机があって、天井と床には何だかよく解らないけったいな樹の絵が描かれている、あの陰気くさい部屋だ。
 そこにこの部屋の主である髭面のオヤジとロマンスグレーのじーさんがいた。
 そう、言うまでもなく、ゲンドウと冬月である。

 ゲンドウは椅子に座り、冬月はその斜め後ろ辺りに立って、二人は机の上のモニターに見入っていた。
 現在、コンテスト開催中につき、監視などの仕事をしている職員は一人もいない。
 してみると、二人はみんなの代わりに使徒が来ないかどうかを監視しているのだろうか?
 もちろん、違った。
 二人は本部内有線テレビでコンテストの中継を見ていたのだった。

 NERVのほぼ全職員が会場に集まっているというのに、この二人はなぜ行かなかったのだろうか。
 実はゲンドウが審査委員長としての参加を了承しかけたのを、冬月が無理矢理止めたのである。
 曰く、『コンテスト中に委員会から呼び出しがあったらどうするんだ』。
 だからゲンドウはちょっとばかり機嫌が悪い。ほんとはすっごく行きたかったのかもしれない。
 『委員会くらい、おめー(冬月)が出ればいーじゃねーか』とでも言いたそうだ。
 冬月コウゾウ、NERVでただ一人、良識を持った人物であった。
 しかし、彼の忠告は当たっていない。
 なぜなら委員会の各メンバーも衛星放送でコンテスト中継を見ていたからだ。

 暗がりでテレビを見る二人の顔は、テレビからの光でぼんやりと照らされていた。
 あたかも、肝試しのお化け役のようである。(二人ともハマリ役だと思う……)
 しかし、そんな暗いところでテレビを見ていたら、目が悪くなるぞ……作者は昔、親からそう言われた。
 まあ、この二人には言うだけ無駄か。
 しかし、ゲンドウもサングラスなんてかけてたら絶対見づらいだろうから、はずしゃいいのに。
 ともかく、テレビ画面にマヤの姿が映った瞬間、冬月は渋い声で言った。

「始まったな」
「ああ……全てはこれからだ」

 冬月の言葉に、ゲンドウは口元を隠したままにやりと笑いながらそう言った。
 だが冬月はむくれていた。

(何でこんなとこでいちいち芝居しなきゃいけねーんだ……)

 その手にはゲンドウから渡された台本が握られていた。
 だが冬月とて公務員。上の命令には従わなければならない。
 すさまじきものは宮仕え、であった。



 さて、再びこちらはコンテスト会場。
 登場した参加者は既に5人を数え、客席は結構な盛り上がりを見せていた。
 各参加者に対する声援はもちろんのこと、名前入りの幟から横断幕までが次々と入れ替わる。
 まるでプロ野球の応援並みだ。マヤさんはその光景に唖然としてしまった。
 本部内で盛り上がってなかったのは私一人だけだったのね、とか思って。

 それにしても、コンテスト参加者の格好はバラバラだ。
 最初に出てきたようなレオタード姿もあれば、ネコの着ぐるみまで用意してきた者、果ては何を勘違いしたのかバニースタイルまでいる。
 規定には『ネコ耳を付けること』とあるだけなのに、なぜにそのような姿に……
 もちろん、NERVの制服のまま、ネコ耳だけを付けてきた者もいた。
 というか、常人の感覚ではそれが普通だと思うのだが。もちろん、マヤさんもそう思う。
 ただ、マヤさんはそれが自分の友達だったのでちょっとびっくりしてしまっていた。

 これには説明を加えねばなるまい。
 マヤさんはNERV本部内で密かに『恋愛小説メーリングリスト』なるものを立ち上げている。
 これは最近売り出された恋愛小説本の情報交換とか、人気シリーズに関する議論とかを目的としている。もちろん、管理者はマヤさんである。
 メンバーは十数人で、ほとんどがマヤさんと同年代の女の人。
 流量は一日2〜30通程度。OFF会も盛んに行われていて、メンバーは皆すごく仲がいい。

 で、先程出てきたマヤさんの友達とは、このMLのメンバーの一人だったのだ。
 それも、メンバーの中で一番大人しい女の子が。
 マヤさんは慌てて台本に書かれた参加者リストを見直した。

(1人、2人、3人……ええっ、そんな、7人も……)

 MLのメンバーには、マヤさんや件の友達同様、慎ましやかでおとなしい子が多い。
 当然、彼女たちが進んで参加を希望するわけがない。
 即ち、マヤさんがそうなりかけたように、彼女たちも所属場所のみんなに推薦されて渋々出ることになったのだろう。
 もちろん、それなりに可愛い子が多かったのだが……
 ちなみにさっき出たマヤさんの友達は経理課の新入社員だった。
 ストレートの黒髪をチンレングスにして、眼鏡をかけたちょっと知的な顔である。
 なぜかそれまでで一番声援が多かったような気もする。ついでに言うと、作者の好みでもある。

 とにかくマヤさんは、友達が7人も出ているのに自分が出なかったことで、何だかみんなを裏切ったような変な気分になってしまった。
 さっきまでノリノリだったのに思わずブルーが入ってしまう。
 ネコ耳を付けて司会者をやらされていることで、エントリーしてるも同然であることをすっかり忘れているマヤさんだった。
 だが気を取り直して次の出場者の紹介である。

「エントリーナンバー伍番は渉外課の林原さんでした。どうもありがとうございましたー。……続きまして、エントリーナンバー六番、セカンドチルドレンの惣流・アスカ・ラングレーちゃんでーす」

 途端に、沸き立つ客席。
 おおおっ、という天井を揺らすような大歓声が場内に響きわたった。
 やはりアスカはかなりの人気があるのである。
 マヤさん同様ファンクラブがあって、『アスカ様の下僕』と呼ばれているとかいないとか。
 入会資格は『あんた、バカァ!?』と直接言われることだという噂が、まことしやかに流れていた。

「ごろにゃ〜ん!(はぁと)」

 アスカがそう鳴きながら舞台に出てきたとき、歓声が一層大きくなった。
 耳をつんざくような悲鳴に、マヤさんは思わず耳を押さえた。
 だが、台本に書いてある指示を読み返し、演台の下からある物を取り出すと、舞台中央に向かって放り投げた。

 コロコロコロ

 それは赤いボールだった。
 大きさはバレーボールを一回り小さくしたくらい。
 ゴム製で中に空気が詰めてあって、やたらとよく弾む。
 今回、このような小道具については何を使ってもいいことになっていた。
 舞台に出てきた赤いネコは、そのボールにじゃれついて遊び始めた。
 耳を押さえながらそれを見ていたマヤさんは、小さい頃に神戸の親戚の家に行ってテレビで見た吉本新喜劇の池野めだかを思い出してしまったという……



 さて、ここで出場者控え室の方に戻ろう。
 え? どうしてアスカのことを詳しく書かないのかって?
 そりゃあなた、こっちの二人の方がもっと気になるからに決まってるじゃないですか。
 感想メールでも期待する声が多いし……

 いつの間にか、控え室はシンジとレイの二人きりになっていた。
 出場者は出番の前に舞台袖で待機することになっているのだが、友達どうしで参加している者がいて、順番が先の人が行くときにみんな付いていってしまったのだ。
 まあ、一人で行くのはドキドキするからとか、他の出場者の様子が気になるとか、他にもいろいろ理由はある。
 で、ちょうどアスカが舞台に出た頃に、3人ばかり残っていた人たちが、おしゃべりを続けながら連れ立って出ていってしまった。
 ひっそりと静まり返った控え室で、二人は相変わらず並んで座っていた。

 ちなみに、前回から進展したことといえば、シンジが顔を真っ赤にしながらレイのしっぽを直し、その後でシンジがトイレに行ったことくらいだ。
 (ただ、小用にしてはちょっと時間が長かったような……)

 二人はさっきからずっと黙っていた。
 シンジは話題が作れるようなタイプではないし、レイが自分から話しかけるようなことは滅多にない。
 (だから先程シンジに頼み事をしたのは極めて稀な例と言える)
 出演時間になればお呼びがかかるはずなので、それまでただひたすら待つしかない。
 シンジは何となく居心地の悪い物を感じながらもそこにいるしかなかった。
 レイの方は……相変わらずの無表情だ。
 だが、心に中で何を思っているかは解らない。

 つんつん

 レイの指が再びシンジの腕をつついた。
 目の前の床をじっと見つめていたシンジは、慌てて顔をレイの方に向けた。
 レイは透き通った瞳でシンジの顔を見ている。

「な、何?」

 シンジは恐る恐る声を出した。
 何を怯えているのだろうか。しっぽを直させられたのがそんなに嫌だったのか?
 だから代わってくれとあれほど頼んだのに……
 (ま、レイに睨まれて作者は退散せざるを得なかったが)

「碇くん……」
「う、うん……」
「スーツ……」
「???……」
「首のところ、歪んでるから……」
「…………」

 シンジの頭は混乱した。
 いったい、どうすればいいというのだろう?
 自分で直せばいいのに……
 しかし、シンジは気付かない。
 もしレイが自分で直すとしたら、この場でプラグスーツの空気圧をゆるめ、半裸になってしまうであろうことを。

「あの……どうすればいいのかな……」
「…………」

 シンジが何とか平静を保ちながら訊くと、レイは不思議そうな顔をしながら首を傾げた。
 自分でもよく解っていないとでも言うのだろうか。
 おかげでシンジの方は何をどうしていいか全く解らない。
 とにかく、隣どうしで座っているのも何だから……と考えて立ち上がり、レイの後ろへ回った。
 まあ、横向きでは直しにくいだろう。
 しかし、どうして前に回らなかったのか?

 とにかく、シンジはレイの後ろに立って、スーツの首パーツの両サイドにそっと手を添えた。
 そして、レイに訊く。

「……どう……すればいいの?」
「わからない……」

 そんなことなら自分で直してくれ、とシンジは言いたかったのだが、それを言わないのがシンちゃんである。
 とりあえず、左側に少しだけずらしてみる。

「……これでどう?」
「……逆……みたい……」

 言われて今度は右側に捻る。

「……これなら?」
「少し……行き過ぎ……」
「じゃあ、こっち?」
「もう少し……」
「……こんなくらい?」
「うん、いい……ありがと」

 結局、首を捻る程度で直ってしまうようなくらい動かしただけだった。
 やれやれ、といった感じでシンジは再びレイの隣に座った。
 しかし、そんな表情をしながらも実は意外とレイの世話を焼くのが好きなのかもしれない。
 だって、さっきアスカにしっぽを直してくれと言われたときには断りかけたのに、レイの時にはもじもじしながらも断らずに直してあげたのだから。

 つんつん

「あの……今度は何?」

 シンジが座って1分もしないうちに、レイが三たびシンジの腕をつついた。

「碇くん……」

 相手はシンジしかいないのに、いちいち名前を呼ぶとはレイも律儀なものだ。
 もしかしたら、名前を呼ぶのがうれしいのかもしれないが……

「う、うん、何?」

 シンジもちょっと赤くなりながらも呼びかけに答える。
 こっちも、名前を呼ばれるのがうれしいのかも。

「スーツ……」
「また?」

 こっち向いたからじゃないの?とシンジは思ったが、今度は違った。

「胸パッド……ずれたみたい……」
「…………」

 この後は皆さんの想像の世界にお任せしよう……



 というわけで、あの二人を見てるとやってられないので、会場に目を戻したいと思う。
 え? 何? さっきの続きが見たい?
 それは無理でしょう。だって、これはマヤさんが主人公の話なんだから……

 マヤさんは笑顔を崩さないように必死に努力していたが、その目はよく見るとうっすらと涙ぐんでいる。
 いったいどうしたというのだろうか。
 その理由は出場者を見ればわかる。
 そう、つい今し方、マヤさんの友達(5人目)が舞台を降りたところだったのだ。

 マヤさんはちょっとばかりパニックになりかけていた。
 たいがいの出場者は明るくていいのだが、マヤさんの友達だけはちょっとばかり恥ずかしそうに出てくる人が多いのだ。
 そして、司会者席のマヤさんの方をちらっと見て微笑む。
 その視線は照れと自嘲に満ちているのだが、気の弱いマヤさんにはそれが裏切りに対する蔑みの嘲笑に見えてしまうのだった。

(私は……私は断ったんだから……断れなかった、みんなが悪いのよ……)
(ごめんなさい……私一人だけ断って、ごめんなさい……裏切って……)

 異なる二つの想いが、マヤさんの頭の中で交錯していた。
 おかげで後に出てくる友達ほどマヤさんの想いを知って同情の眼差しを投げかけてくるのだが、マヤさんにはそれが非難に見えてしまう。
 マヤさんは全くの被害妄想状態に陥っていた。
 それでも与えられた司会者という作業を続けていくのは、発令所でパニックに慣れている強みか。

「……ありがとうございました。資材課の宮村さんでしたー。続きまして、エントリーナンバー拾参番、情報部の三石さんでーす」

 ちょっとばかり、声の抑揚が無くなりかけているマヤさんだった。



 舞台袖では出番の終わった出場者の一人が、缶ビールを片手に舞台の様子を窺っていた。

「けっ! みんな貧弱な胸してるわねー。これじゃ優勝はあたしで決まりね」

 ……これはネコ耳コンテストなのだが。
 どうも彼女は勘違いしているらしい……

 ちなみに、彼女の足元には12個の空き缶が転がっていた。つまり手に持っているのが13本目。
 なるほど、自分も含めて一人一本ってことか……
 しかし、自分まで『飲んで』どうするのだ。



 7人目の友達が出たときには、マヤさんは完全にパニック状態だった。
 彼女はマヤさんの同期で、一番仲のいい友達……親友なのである。
 入社研修で同じ班になったとき、恋愛小説ファンだということで意気投合し、毎日夜遅くまで語り明かしたものだった。
 ついこの前も一緒にショッピングに行ったところだというのに。
 まさか、その彼女が……マヤさんは胸が苦しくなりそうだった。
 舞台に出てくるときに自分の方を見た彼女の視線が忘れられない。

『私たちは短時間の出番で済んだけど、マヤは大変ね。出ずっぱりで』

 そういう意味で彼女はねぎらいの視線をマヤさんに送ったのだが、マヤさんは完全に誤解していた。

『さぞかし気分いいでしょうね、特等席で友達の無様な姿を見られて』

 彼女にスポットライトが当てられ、自分の方の照明が落ちている隙に、マヤさんはハンカチでそっと涙を拭った。
 しかし、友達のことを思って泣くなんて、何て責任感の強い……
 まあ、だから技術部の発令所オペレーターとして配属されたのだが。
 でも、こんなに涙もろくていいのだろうか。
 ……いいかもしれない。可愛いから。

(うう、みんな、ごめんね、ごめんね……)

 マヤさんは照明の中の友達に向かって、ハンカチを握りしめながら謝った。
 親友を裏切るなんて、私って不潔だわ……
 今度のOFF会では責任取ってみんなにコーヒーゼリーおごらなきゃ。
 そう心に誓うマヤさんであった。

「海外活動部の山口さんでした。ありがとうございましたー」

 出場者のネコの演技(微笑んでにゃあと鳴いただけ)が終わり、マヤさんはそう言って観客に拍手を促す。
 友達は舞台を去り際に、『お先に』の視線をマヤさんに送ってきた。
 もちろん、それを『憶えてなさいよ』と勘違いしてしまうマヤさんであった。

(……終わったら、とりあえずみんなにメールで謝らなきゃ……)

 そう考えながら、マヤさんは台本のページを繰った。
 そしてハッと気付く。

(そう、もうこんな順番だったのね)

 次の出場者の名前を見ると、マヤさんは急にいつものキリッとした顔になった。
 そしてマイクに向かって再び感情のこもった声を響かせる。

「続きまして、エントリーナンバー拾六番、お待たせしました! サードチルドレンの碇シンジ君でーす!」

 その声に会場がふっと静まり返った。
 そしてシンジが舞台に現れた瞬間、悲鳴のような甲高い声援が会場を包み込んだ。
 悠長にポテチをつまんでいた短髪眼鏡と長髪Aは椅子からずり落ち、長髪Kは飲んでいた缶酎ハイをブッと吹き出してしまった。
 見れば、周りの女子職員たちが狂喜乱舞している。
 かわいー、などという声も聞こえてくる。
 今更ながらシンジの人気を思い知らされる彼らであった。

 驚いているのは彼らだけではない。(もちろん、全男子職員が驚いているが)
 一番驚いているのは、当のシンジである。
 何しろ、自分がここまで注目されているとは思っていなかったのだから。
 だが、これで彼が『誰か僕に構ってよ』と思うことを止めなかったのは不思議である。
 やはり、相手は不特定多数の人間ではダメだということだろうか。
 フラッシュが眩しいほどに瞬き続ける会場を見ながら、シンジは怖々とした足取りで舞台中央まで歩いてきた。

 ちなみにシンジの姿はというと……いつもの学生服のまんまである。そこに黄色のネコ耳を付けただけ。
 まあ、男がネコの仮装をしても、誰も喜ぶわけが……いや、女子職員は喜ぶかもしれない。
 何にしても、恐ろしいまでの人気である。
 これでは、女子職員の票は全てシンジに集まったに決まったようなものだ。
 舞台袖の酔っぱらいネコが歯がみしたのは言うまでもない。

(ああ、シンジ君……)

 そんなシンジを見ながらちょっとばかり萌えている人がここにも一人。
 何を隠そう、司会者席のマヤさんであった。
 さっきまでとは別の意味で目を潤ませ、キラキラと輝かせながらシンジの方を一心に見つめていた。
 もちろん、この話の中のマヤさんはショタでも何でもない。
 普段からシンジの勇姿を見続けていても、『可愛い弟』くらいにしか思っていないのだから。

 だが今日のマヤさんはちょっと違う。
 言うなれば、着せ替え人形をしている女の子のようなものであろう。
 つまり、『これなんて似合うんじゃないかしら』と言いもって他人に服を押しつけてくるあれだ。
 マヤさんはシンジが出るのを知って、『こんなネコ耳が似合うかも』とかいろいろ想像していたのである。
 そうしたらシンジが思った通りのネコ耳を付けてきて、それがあまりにもよく似合っていたので、ツボにハマってしまったというわけだ。
 マヤさんはカメラを持ってこなかったことを心底悔やんでいた。
 まあ、今晩中にJPEGファイルか何かになってどこかの裏サイトで公開されるだろうが……

「えーと、あのー……」

 あまりに騒がしい会場に戸惑いながら、シンジがマイクに向かってぼそっと呟いた。
 これではネコの真似ができない、とでも思ったのだろう。
 すると、まるで波が引くように会場のざわめきがぴたっと止んだ。
 そして無人の空間のように静まり返っている。
 ややあって、シンジは手を顔の横に挙げ、ネコ手を作った。
 会場から息を呑む気配が伝わってくる。
 もちろん、司会者席からマヤさんも手に汗握ってシンジの様子を見守っていた。

「にゃ……にゃあ……」

 シンジがそう小さな声を発した。
 一瞬の静寂の後、会場を黄色い悲鳴が包み込んだ。
 短髪眼鏡と長髪×2は耳を押さえていたが、それでも鼓膜が破れそうだった。
 でかい部屋でテレビを見ていた髭面オヤジは、不機嫌そうにリモコンのミュートボタンを押していた。
 シンジは予想外の大混乱に慌てて舞台袖に走って逃げたが、それでも歓声は止まなかった。
 時ならぬアンコールの声が会場を包み込む。

「きゃー! シンジ君! シンジくーんっ!」

 先程までのブルーな気分を忘れ、司会者であることも忘れて、ただひたすらにシンジに声援を送っているマヤさんだった……



次回、真打ちレイの登場と、コンテストの結果発表、
並びにマヤさんの今後の運命が明らかに……なるかなぁ?


新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。

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Written by A.S.A.I. in the site Artificial Soul: Ayanamic Illusions