「じゃあ、結局だめだったの?」
「うん………。なんか途中で切れちゃったみたいだったけど………。それにしても、全く興味がなさそうだったな………。」
学校からのいつもの帰り道、いつものように晴れた青空の下を、シンジとレイは並んで話しながら歩いていた。その前方には片手でかばんを持ったアスカの姿もある。学校帰りにNERVへ向かっているのだ。
学校からNERV本部までは約15分。葛城家からは30分以上かかってしまうため、環状線を利用する事が多いのだが、学校からなら歩いて行ける距離だった。
ただ、もともと山の中の都市なので、坂道も多く、10分で着く割には疲れる。
NERVには三日に一回は行かなくてはならないので、この道はすっかりおなじみである。週番で誰かが遅れる事もあったが、大概はこの三人でNERVへと向かっていた。
「碇司令だってNERVの総責任者なのよ、子供のあんたの事ばかり構ってられないって事じゃないの〜?」
2メートルくらい先を歩いているアスカが、振り返らずに言う。手を頭の後ろで組んで、かばんを持っている。
「それは、そうかもしれないけどさ………。でも、少しくらい気を使ってくれたっていいじゃないか……。」
今日、学校で進路相談の話が出た。
保護者に知らせておくように、との事だったのだが、シンジは自分の父親、NERV総司令碇ゲンドウに電話をしたのだ。
その話を聞いたゲンドウは案の定、何の興味も示さず、ただ、シンジの身辺の事はミサトに頼んである、という内容の事を言ったのみだった。シンジにとっては、ゲンドウにこの話を聞いて欲しかった。
しかし、そこで電話は切れてしまったのだ。
「まあまあ、碇君、碇司令も悪気があった訳じゃないんだろうからさ。多分忙しいのよ、きっと。ああ見えても本当は悪い人じゃないんだから。」
隣のレイがシンジの肩を軽く叩きながら言う。シンジとゲンドウの会話がほとんど無いのは、彼らの普段の態度で分かってはいたのだが…。
「そういえば、綾波は父さんと仲良いよね?どうして?……初めて見た時結構ショックだったんだ、綾波には優しいんだなって………。」
「そういや、アタシもそれ聞きたいわ。こないだ、あんたと司令が昼ご飯食べてるの見たわよ?」
「え?それは司令が一緒に昼ご飯でもどうだ、って言うから。」
「別に断ればいいじゃない、理由は何とでもつくでしょ?」
「そんなの碇司令に悪いじゃない。それに、好きなもの食べさせてやるって言ってたしぃ…。」
「はあ、やっぱりね〜、そんなとこだと思ったわ。」
「………でも綾波には優しいんだ。」
シンジが視線を下げながら、寂しげな口調で言う。彼はこの第3新東京市に来て、自分の父と、食事はおろか会話もろくにしていない。自分の父を憎む思いも強かったが、また、かまって欲しいのも事実だった。
覚えている限り、シンジには自分の父との思い出が無かった。
「そんなに思いつめないでって。碇司令、きっと照れてるのよ。ほら、碇君しばらく司令にあってなかったんでしょ?きっと、どう接したらいいのか、分からないのよ。」
レイは歩きながらそんなシンジに明るく言う。
「そうかなあ…。とてもそうとは思えないんだけど。」
「わたしは、昔っからここにいたからだって。他に子供もいなかったしさ、きっと気遣ってくれてたのよ。碇君にも話し掛けてくれるようになるって。」
「なら、いいんだけどさ………。最初から僕と一緒に住むような気配も無かったし、初めてエヴァに乗った時だって………」
「あ〜もう!!うっとうしいわね!!」
先を歩きながら話を聞いていたアスカが、自慢の髪をなびかせながら勢いよく振り返った。表情からは明らかな苛立ちが見て取れる。
上りの坂道の途中だったので、アスカの影がシンジを飲み込んでいた。
シンジは濃い影の中からそのアスカを見上げる。
「アタシやレイは、父親なんてここにはいないのよ!?それに比べれば、いるだけましじゃない!!」
「ア、アスカ………。」
「親に頼ろうとしてるから、そんなに気にするのよっ。もう少し、独立しようとする気は無いの!?」
「アスカ、それは言い過ぎ。でも碇君。」
レイはアスカをたしなめながら、隣のシンジを見る。
ちっちっ、というように自分の目の前で人差し指を左右に振りながら、励ますように明るい声を出した。
「そんなに考えこんじゃったって、仕方ないんだから。大丈夫!実の息子が嫌いな親なんていないよ。次は碇君から話し掛けてみたらいいじゃない。何ならわたしが一緒に行ってあげてもいいんだし。」
「………そう、そう………だね。ありがとう、綾波。アスカ、ごめん…。」
「まったく、世話のかかるやつ!!」
アスカはそれだけ言うと、また前を向き、歩き出した。
シンジの体がアスカの影から抜け、また強い日差しに照らされた。
レイとシンジも、笑いながら肩をすくめてその後に続く。
いつの間にかNERV本部の入り口は、すぐ目の前に近づいていた。
そんな彼女の可能性〜DON’T STAND STILL〜
「じゃあ、零号機は今日直るんだ。」
「うん。いまごろリツコ博士が最後の実験をやってるところじゃないかな?その後すぐにわたしの起動実験に入るって言ってたから。」
三人はいつものようにNERVに入り、ジオフロント用のゲートに向かう。
それまでは、喋りながら来ているのもあって、そこが普段より静かだった事に気付かなかった。
「はん、アンタ達が無理しなくたって、使徒くらいこのアタシがやっつけてやるわよ。分かってないんだから………。」
そんな事を言いながら、先頭を行っていたアスカがいつものようにIDをスロットに通した。
………………。
いつもはピッ、という電子音と共に彼女を認識し、身長の三倍はあるゲートが上下に開くはずなのだが、今日は何の音も立てない。
「???」
通し方が悪かったかな、と思ってもう一度やり直してみるが、結果は変わらない。
カードが違うのか、と確かめたが、やはり間違ってはいないようだ。
「どうしたの?アスカ。」
後ろで彼女の後ろに並んでいるシンジが、声を掛ける。
もちろん彼も同じ所からゲートをくぐらなければならない。レイもシンジの横で不思議そうにしている。
「………反応しないのよ、これ。まったく、壊れてんじゃないの!?」
シンジがその横から同じように自分のIDカードを通してみるが、同じように反応が無い。
ぱんぱんと、二回ほどその機械を叩いてみたが、やはり何の変化も無い。
「ホントだ。どうしっちゃったんだろう。」
「じゃ、開かないわけ?なんでだろ。………意外と単なる停電とかだったりして。」
レイは二人の後ろで顎に手を当てている。
今までこのような事は無かったのだから、不思議がるのも当然かもしれない。
「あんたバカァ!?軍の施設が停電になるなんて、聞いた事無いわよ!!どうせ、リツコ辺りがなんかしでかしたんじゃないの、今さっき言った零号機の実験でトラブったとかさぁ!!」
「何事かね!!」
零号機の実験を行っていたブロックに、冬月が慌てて駆け込んできた。総司令室でゲンドウと話している時、急に明かりが落ち、エレベーターも使えずに自らの足で走ってきたのだ。高齢のためか、やや息が切れていた。
そこにはリツコやマヤを始め、技術部が勢揃いしていた。予期せぬ現状に戸惑っているようだったが。
「あ、あの良く分からないんですけど、零号機の実験中に赤木センパイが………。」
「ちょっと、マヤ!!私がやった訳じゃないわよ!!」
着いた冬月に、おどおどしながらマヤが答え、リツコがそれに反論した。実際は、リツコが実験開始のボタンを押した瞬間にすべての電源が落ちてしまったので、マヤにはそう見えてしまったのだ。
周りに居る技術部のスタッフは唖然として二人を見ていた。
「ふう………。それで、結局原因は分かったのか?起動実験をするたびにこんな状態になるのでは、ろくにエヴァも使えんぞ?」
「それが、まだ原因は分かっていないんです。少なくとも、このブロックが原因ではないと思うのですが。」
リツコはごく僅か残っていたバッテリーを使って、手もとの端末でログを見る。慣れた手つきで、キーボードを操作してみるが、見る限りでは異常が無く、原因が分かりそうに無かった。仕方なくリツコは諦め、後ろの冬月を振り返る。
「マギが直接使えれば、何か分かるかもしれません。敵対勢力の妨害工作というのも、考えられない線ではないですから。」
「ふむ………。現状では何も分からない、か。しかし復旧は早くせねばならん。NERVが停電で足を取られたとなれば、外聞は良くないだろうしな。まして使徒が来ないとも限らん………。」
「それでは、発令所の方へ行きましょう。少なくともここに居るよりは分かると思いますから。」
リツコは白衣をひるがえして部屋のドアに向かい、マヤはいつも使っているネコの絵柄の座布団を、椅子から取って胸に抱えた。他の技術部スタッフも急いで彼女達に続いた。
「ここもだめね〜。」
「どうしよう。このまま帰る訳にも行かないし…。」
三人は取りあえずどこか他に正常な所は無いか、ゲートの辺りを周っていたのだが、自動式のドアは全て開かない。更に、携帯等の電話は、有線、無線を問わず全て使えないようだった。
「電話も使えないんじゃ、本部との連絡の取りようが無いわ。何とかしてジオフロントに行かないと行けないわね。万が一、敵の攻撃かもしれないんだから。」
アスカは連絡を取ろうとして失敗した携帯電話を、制服のポケットにしまいながら言った。
「ジオフロントに行くって言ったって、どうやって行くの?エレベーターで行けないなら、歩いて行くしかないじゃない。」
そういうレイは、反応しないドアのスイッチを押している。
余りにもその反応が無いので、やはり電気が通っていないと考えるしかなかったようだ。
腕を抱えながら、緊急時用のマニュアルを見ているシンジを見る。
「でも………どこから行くの?僕たち、エレベーター以外でジオフロントに向かった事なんて、なかったじゃ……。」
「馬っ鹿ね〜、あれを見なさい。あそこから行くのよ。」
アスカが指を差した先には、一つのドアが。他のドアと同じように開いていないように見えたのだが…。
扉の右に丸い形をしたハンドルが見える。
「EMERGENCY ONLY」の文字が、中央に赤い文字で書いてあった。
「でも、あれだって開いてないんじゃ……っと……手動で開くみたいだね………。」
「そういう事。ほらシンジ、さっさと開けなさい。こういう事は男の仕事よ!」
アスカがシンジの背中を手で押しながら言う。
どうせ逆らえないよな、と思いながら仕方なくシンジはそのドアに向かい、手動用のハンドルに手を掛けた。
「はあ………。こういう時だけ、人に頼るんだもんなぁ………。」
不満たらたらで、シンジはハンドルを力任せに回し始める。
しかし普段使われていないせいか、ハンドルの滑りは良くなかった。なかなか上手く回らない。
シンジがてこずっていると、不意に彼の手の上に、別の手が置かれた。シンジのよりも白いその手。
力を入れるのをやめて、目の前にいる人を見る。
「ほら碇君、手伝ってあげるから、早く開けちゃお。」
「う、うん、ありがとう、綾波。」
自分の手に置かれた温かくて柔らかい感触に、少し顔を赤らめながらシンジがレイに答えた。
そういうシンジに、レイはただ、にこっと笑って、ドアを開けるために腕に力を込める。
アスカはいらついた様子でそんな二人を見ていた。
そして、二人がふんばりながらドアを開けているのを見ると、ちぇっ、と舌打ちをして、大股でその二人に近づく。
「これじゃ、アタシが悪者みたいじゃない!!んったく、シンジに任せてればいいのに!!」
そんな事を言いながら、アスカは結局レイの手に自分の手を重ねた。
「この回線ではマギの機能の一部分しか使えんか…。偶然に起こったものとは考え難いな。」
「間違いなく人為的な物だと思われます。復旧ルートから本部の構造を知ろうとしているのでしょうね。マギからダミープログラムを走らせておきましょう。」
「頼む。」
「………本部初の被害が、人間の手によるものとは、なんともやり切れんな。」
「………所詮、人間の敵は人間という事だ。」
発令所で、冬月、リツコ、ゲンドウの三人が言葉を巡らせていた。
普段はまず静寂の訪れる事のないこの場所も、今日だけは音がしない。
明かりを取るために、ろうそくがそこら中に置かれていて、薄暗く、ある種異様なような雰囲気を醸し出していた。この状態では、三人とも復旧を待つしかない。
「ところで、葛城一尉は何をしているのかね。この非常時に!!」
冬月が、そのろうそくで煙草に火を付けながら言う。
それは、たまたまいつものライターのガスを切らしてしまっただけの事だったのだが。
「実験前に本部内で会いましたが………。………まったくミサトは何やってるのかしら。」
その話を聞いているのか、いないのか。ゲンドウは、顔の前で手を組んだまま、そのポーズを崩さなかった。
そのミサトはエレベーターの中に閉じ込められていた。発令所に向かう途中に、ちょうどそこに居合わせた加持も一緒だ。たまたま本部の電源が落ちた時に、エレベーター内にいたのが悪かった。
例によって、中から連絡を取ろうとしても他の場所にはつながらなかった。既に30分近くここに閉じ込められている。
「まったく、どうなっちゃってるわけ!?これじゃ、現代技術の粋を尽くしたNERVの名折れだわ!!」
「やれやれ、そんな事言っても今更仕方ないだろう?三系統もの電源が一度に落ちたんだ、誰かの仕業と考えるのが自然だろうさ。」
「それなら、なおさらこんな所で足止め食ってる訳には行かないじゃない!!もう、さっさと開きなさいよ!!」
ドン、と、ミサトは自慢のおみ足でエレベーターのドアを蹴っ飛ばしてみるが、もちろんびくともしない。
加持の方はというと、既に達観してしまったのだろうか、壁に寄りかかりながら腕を組んでいた。密室になっているため、好きな煙草を吸うのは遠慮していたが。
それにしても、と彼は思う。
(NERVの敵も少なくないな。使徒のいる今はその存在を保証されているが、将来的には危なくなるかもしれんな………。)
「あ〜んもう、開きなさいよ!!役に立たないのねっ!!」
「やれやれ………。」
僕たちは手動のドアから地下に入って、ジオフロントに向かっている。緊急用の道という事で、明かりが無かったから、先が暗くてわかりにくかった。
この第7ルートから行ける、という事だけは分かっているんだけど、しっかりした道順が分かっている訳じゃないんだよね………。
いつかミサトさんが言ってたな、NERVも軍事施設だから、簡単に占拠されたりしないように複雑に作られてるって。まあ、そのミサトさん自身が迷っていたんだから、そうなんだろうな。
地下に巨大な要塞を作ったんだから、その建設途中に使われた道なんかはまだ残っているみたいだ。
使いっぱなしの資材なんかが転がっていた。こんな所、普段は誰も通るわけ無いか。
「こういう時には、しっかりとしたリーダーがいるのよ!!」って、言ったアスカ自ら先頭に立って歩いてる。
いくらアスカでも、こんな所をどう行ったら良いかなんて、分かるはず無いと思うんだけど…。
こういう時は意外と綾波の方が頼りになったりして…。勘は良さそうだしね…。
僕は目の前の、水色の頭をじっと見る。
普通の人は、初めてその髪を見ると驚くらしいけど、僕は驚いている暇も無かったから、いつの間にかすっかりなじんでいた。
今じゃ、綾波に会わない日の方が少ないくらいなんだから。慣れても当然かもしれない。
そりゃ、もちろん珍しいんだけど、僕にとっては綾波はこの髪じゃないと似合わないだろうな。
よく見ると、透き通るような、綺麗な髪なんだよね………って、こんな時に僕は何考えてるんだろ。
「?」
急に綾波が振り返った。いつもの赤い目で僕を見る。
うっ。
凄く綺麗なんだけど、この目にはいつまで経っても慣れないんだよなあ。
なんて言うのかな、吸い込まれていってしまうような………。
僕は心を見透かされているようで、どきっとしてしまった。
あんまり見てると変に思われちゃうじゃないか。
慌てて喉から声を出す。
「ど、どうしたの?」
「う〜ん、やっぱなんでもない。碇君、何にもしてないよね?」
「も、もちろん。何にもしてないだろ?」
「そうだよね〜。おっかしいな〜。」
いぶかしみながら綾波はまた前を向く。
………見つめていたのが、ばれたのかな。
そういえば、授業中に少し目をやったりすると、大体綾波に気付かれちゃうんだよね。
そんな時、綾波はいつも笑い掛けてくれるから、嬉しかったりするんだけど…。
綾波、いつも明るいんだよね。僕はあんまり口が多い方じゃないけど、綾波とはちゃんと話すなあ。
無理して話題を考えなくても、会話が途切れる事はないんだ。
大体、僕は聞き役で、綾波が話し役だけど。NERVでだけじゃなくて、学校でもよく喋っている。
あんまり一緒に居ると、時々トウジやケンスケに冷やかされちゃったりするんだけどね。
なんかさっきからこんな事ばっかり考えているな、不真面目かもね…。
それにしても………。
「さっきから4回もこの道通っているような気がするんだけど……。」
「いちいちうるっさいわねっ、男のくせに!!あんただって、道知ってる訳じゃないでしょ!!黙ってついてきなさいよね!!」
それじゃ、自分でも同じ所を通っていたのが分かっていた、って事じゃないか。
アスカは、いつも言う事きついんだよなあ…。
いつの間にかアスカとも同居する事になったけど、何か僕の仕事が増えた気がするんだよね…。
アスカとミサトさんって少し似たとこあるから。仕事はしっかりやるけど、身近な事には無頓着だし。
二人と居ると楽しいんだけど………少し疲れるかな。
「何見てんのよ、馬鹿シンジ!!いやらしいわね!!」
「べ、別に見てなんか無いよ!!」
「ね、ちょっと二人とも静かにして。なんか聞こえない?」
間に入って綾波が言う。
こんな時に何の音がするんだろ………。さっきまでなんの音もしなかったのに。
そう思って僕も声をひそめて耳を澄ませる。
『……………接近中!!繰り返す、使徒接近中!!』
拡声器で叫んでいる声が上の方から聞こえてきた。NERVで、普段からよく聞きなじんだ声だ。
「あ、日向さんの声じゃないか!!日向さん!!」
「あっちゃ〜、使徒接近中だって。怖れていた事が現実になっちゃったって感じね〜。」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!!それなら、なおさら時間が無いんだから、急ぐわよっ!!」
本当に急がないと!
エヴァに乗る前にやられちゃうなんて冗談じゃないよ。
でもどう行けばいいんだろう………。こうしている間にも使徒は近づいてきちゃうよ…!
オペレーターの日向マコトが、どこで手に入れたのだろうか、選挙カーで本部の中まで突っ込んできた。
派手なブレーキ音を立てて、スピンしながら止まる。マコトは開けっ放しにしてあった窓から、マイクを持ちながら首を覗かせた。
『現在、使徒接近中!!直ちにエヴァ発進の要ありと認む!!』
選挙カーの拡声器の音が、ケージから発令所まで良く響く。
それを聞くと、今まで停電を復旧するために動いていたクルーの動きが変わった。ケージの方へ走って向かう。
今まで端末に向かっていたマヤも、自分の先輩の方を見る。
「大変、どうしましょう、センパイ。電源が復旧してないから、エヴァの用意もできません。」
「………どういう状況であろうとも、使徒を倒せるのはエヴァだけよ。何としてでもエヴァの発進準備を整えなければいけないわ。いつものようにボタン一つって訳にはいかないけどね……。」
発令所の最上部にいたゲンドウと冬月もマコトの報告を受け、僅かにその表情を変えた。
冬月は机の灰皿で吸いかけの煙草を消し、ゲンドウは無言で席を立つ。
「冬月………後を頼むぞ………。俺はケージへ向かう。」
「碇………。まさか………手動で準備するつもりか?」
「非常用のディーゼルで何とかなる。お前は電源の復旧の方を指揮してくれ。」
「…………しかしパイロットがいないぞ……。」
「問題無い。レイがいるからな………そのうち来る………。」
「レイ、か………。そうだな。」
冬月は再び新しい煙草を胸のポケットから出すと、手近にあったろうそくにかざし、火を付ける。
その煙草を口にくわえて煙を吐くと、作業をしている者達に、声を張り上げて言った。
「電源の復旧の前に、マギのダミープログラムの確認を行え!!手の空いている者はケージの方だ、あっちはいくら人手があっても足りんからな!!」
その声が発せられると、また一段と作業員の動きが活発になった。
「まったく、なんでこんなとこを通らなくちゃならないのよ………。」
アタシ達は通風孔と思しき所を四つんばいで進んでいる。まったく、これがエヴァパイロットのするべき格好なのかしら!!こないだの耐熱プラグスーツじゃないけど、様にならない事が多すぎるのよね!!
「アスカ、文句言わないの。使徒が近づいていて、時間ないんだから。ちょっと近道しなきゃなんないのよ。」
いつの間にかレイが先頭に立っていた。
この子、道が分かってんのかしら。いくら昔からここにいたとはいえ、そんなわけないか。
それにしてはやけに自信ありげに進んでるのよね〜。
「ねえ、レイ。アンタ、どう行ったら良いか分かってんの?」
「え?分かんないけど、なんとなくこっちのような気がしてさ。ほらわたし、ここ長いから。分かっちゃうのよ。」
「は?いいかげんなのね〜。それでジオフロントに着かなかったらどうする気なのよ。」
「その時はその時で何とかなるって。大丈夫、このわたしの長年の勘を信じなさい!!」
長年の勘、ね〜。確かに勘だけは良さそうにも見えるけど。
でも、それでジオフロントまで行けたら苦労無いわね。
「そういえば、綾波はいつからここに居るの?昔っからここにいた、としか聞いてないけど。ほら、そんなに古い建物じゃないでしょ、NERV本部って。」
今まで黙っていた後ろのシンジが、突然問い掛ける。
そう言えば、それはアタシも知りたかったところね。いくらアタシだって、NERV本部に缶詰って事はなかったわ。確かにパイロットの訓練と、勉強くらいしか覚えている事なんてないけど、さ……。
「え?う〜ん、あんまり昔の事は憶えてないんだけど。」
「いいから、覚えてる限りの事を言ってごらんなさいよ。別に秘密事項って訳じゃないんでしょ?」
アタシはレイの過去が知りたくて、ついそう言った。
学校やNERVでお喋りする事は多かったけど、その中で昔の事が話題になる事はほとんど無かった。
もちろん、アタシが言いたくなかったのもある。
自分の過去を人に言ったって、どうにかなるものでもないし、アタシの過去に明るい面が少ないのは事実だった。いや、少ないどころか………。
まさか、レイにそんな面がある何て事は無いだろうから、気軽に聞いちゃったんだけど。
「そうね〜。6,7歳の頃からここに居たのは覚えてるわ。碇司令や、冬月さん、それにリツコ博士はその頃から居たけど。」
そうか、だから『リツコ博士』って呼ぶのね。
アタシはあの人なんとなく苦手なんだけど、もう何年も付き合ってるってわけ。
でも6,7歳って………。
「それじゃ、小学生くらいじゃない。アンタそれまで何やってたのよ。」
「だから、憶えてないんだってば。小学校には入ってないんだけどね。気がついたらここにいたって感じかな。」
「そうなんだ………。じゃ、いままで学校にも行かずに、ずっとここにいたんだね……。寂しくなかったの?」
シンジが気遣うような声で言った。
こいつもあまり公明正大に育ってきた、とは考え難いわね。
母親はいないって言ってたし、父親はああだからね。少し共感したってとこかしらね。
でも、そろいもそろって、エヴァパイロットってのはそんなのばっかりか。
………アタシのママの事を知ったら、やっぱり二人とも驚くんだろうな…。
「まあ、そりゃ、遊びたいなって思った事はあったけど。近くに子供なんて居なかったしさ。」
「じゃあ、綾波も一人で居る事が多かったんだ………。」
「でもいいの。今は学校行ってて楽しいし、それに………」
「それに?」
レイは、四つん這いになっていた手と足の動きを止めて、アタシ達の方を振り返った。
顔にはいつもの屈託の無い笑み。
ちぇっ、顔で負けるとは思ってないけど、こういう所はちょっとかなわないわね。
「アスカや………碇君だって居るんだから。」
………こんな事をすらっと言えてしまうところが、レイの腹立つところでもあり、羨ましいところでもあるのよね。
………アタシにはとても言えそうもないわね………。
「………余計な事言ってないで、さっさと行くわよ。」
ケージには数十人の男達の掛け声が響いていた。
いつもはほんの2,3分でできる作業が、一時間以上かかってしまう。
零号機も改修が終わり、既に実戦配備されているので、三機分の時間がかかった。それでも、なんとか機体のメンテナンスを終え、プラグ挿入待機状態にまで整える。
「停止信号プラグ、搬出終了しました。」
作業員の一人が双眼鏡で確認しながら言う。肉声以外の連絡手段が無かったので、そのためにわざわざ一人連絡役を設けなくてはいけなかった。それを聞くのはポケットに手を突っ込んでいるゲンドウとリツコ。
「よし、各機ともエントリープラグ挿入準備を始めろ。」
「しかし、パイロットがまだ来ておりませんが。」
「大丈夫、あの子達は来るわ。来た時、すぐに発進できるようにしておくのが当面の仕事よ。」
「………人手が足らないか。私も行こう。赤木博士、指揮を頼む。」
「!!……は、はい。お気を付けください。」
ゲンドウの行動はリツコにとって少し意外だったため、頭を下げるのが少し遅れた。
そのゲンドウはポケットに手を突っ込んだまま、黙って作業員達の方へ向かう。
リツコはそのままゲンドウの背中を見つめていた。僅かに熱を帯びた視線。
更にリツコのその姿をマヤが後ろから眺める。
「センパイ?」
いぶかしがって、マヤは声を掛ける。
と言っても、責めるような口調ではなく、どうしたんですか、と軽く聞く程度のものだった。
頬に指を当てている。リツコがぼうっと何かを見ている事など、彼女の記憶の中には無かった。
「な、何?早く作業を続けるわよ。やらなきゃいけない事は山ほどあるのよ。あの子達がいつ来るか、分からないんだから。」
「??はい。」
なぜか焦っているリツコに疑問を抱きながらも、マヤはキーボードを打つ手を再び動かし始める。
やがて無心に手を動かすうちに、彼女の疑問はすっかり消えていってしまった。
チルドレンの三人は先程よりも更に体を低くして、それこそ、ほふく前進をするような格好で通路のダクトを進んでいた。
途中で斜め開閉式のシャッター行き止まりを食ってしまったので、ダクトを破壊してそこから進んでいたのだ。
当然普段は人が通るような所ではなかったため、重みに耐え兼ねているような金属のきしむ音が聞こえてきている。一時間以上地下に入っているため、三人の制服は既に埃まみれであった。
「綾波、本当にこの道でいいの?」
シンジが最後尾から声を掛ける。
正直、彼の性格からいって、自らの足でジオフロント内に向かうなどという事は大冒険にも等しかったのだが、状況と他の二人に後押しされて、ここまで来てしまった。
「もう、この道でいいんだって。もう少し行けばこの下がケージのはずよ。この綾波レイちゃんを信じなさい!!」
レイは一応あてずっぽではなく、NERVの地図を頭に描いているつもりだった。
まあ、勘に頼った部分も少なくはなかったのだが………。
それでも、他の二人よりもこのNERV本部を良く知っているため、ある種の確信はあった。
「馬鹿シンジ、ずうぇ〜ったい前見るんじゃないわよ。見たら、こ・ろ・す・わ・よ。」
二番目に行くアスカが、最後尾のシンジにそう警告した。
その声につられてシンジはつい前を向いてしまう。それまでは、なるべく見ないようにしていたのだが。
「えっ?」
「だから、見るなって言ってんのよ!!」
スカートの中を覗かれる、と思ったのか、アスカがシンジを蹴りつける。
シンジはたまらずに顔を背けるが、さすがのシンジも靴で蹴られてはたまらない。
「し、仕方ないだろ、前見なきゃ進めないじゃないか!!」
「目、つむりながら進んだらいいじゃない!!どうせスカート覗こうとしたんでしょ、このスケベ!!」
「無理言うなよ!!それに、アスカのスカートなんて誰も覗きたくないよ!!」
「言ったわね!!馬鹿シンジのくせに!!」
「何で僕が言っちゃいけ…………う、うわっ!?」
「ちょ、ちょっとアンタ何やって…………きゃっ!!」
レイが呆れて後ろを振り返った時は、二人とも派手な音を上げてダクトの下に落っこちてしまった後だった。
もともと人が通るためなどに作られてはいないため、強度が不足していたのであろう、はしゃいだ二人に耐え切れずに、抜けてしまったのだ。
レイは仕方なく体を丸めて方向を変えると、抜けたダクトに向かった。
「二人とも仕方ないわね〜………よっと。」
手を開いて、すたっと降り立つ。
二人が倒れているだけ、と思った先には、
「あ、あなた達…………どこからやって来るのよ!」
と、ケージでエントリープラグの準備をしていたリツコが迎えたのだった。
「あ、なんかちょうど良かったみたい。」
「いった〜い、結局なんとかたどり着けたってわけ?」
アスカがしたたかに打ちつけた腰をさすりながら言う。
シンジも似たような仕種をしていたのだが、電気も無いのに準備が概ね整っていたエヴァを見ていた。
「各機、エントリー準備。」
三人がやって来たのを見て、プラグの準備をしていたゲンドウが作業員達に告げる。
そして、そのまま自らもその一団に加わり、プラグの固定作業に入る。
「と、父さん………。」
「人の力で準備をしようとしたのは司令のアイデアよ。碇司令はあなた達を信じて、ああして働いていたのよ…。」
リツコは、他の作業員達と共に額に汗しているゲンドウを見ていた。
父はいつも人を見下すような態度を取っている、と思っていたシンジにとって、ゲンドウのその行動は意外すぎるものだった。必死になっているゲンドウを、思わず見いってしまう。
「ね、司令、悪い人なんかじゃなかったでしょ。」
隣にいたレイがシンジの肩に手を置きながら言う。
自分の知らない父を、レイは知っていたのだろうか。このような父の姿を。
自分の前でそういう姿を見せくれなかったが少し残念だった。
それでも、シンジの心には、いつもの父に対する感情とは全く違うものが生まれていた。
「うん………そうかも………しれないね。」
「そうに決まってるよ。碇君のお父さんが、悪い人のわけないじゃない!!」
シンジは、そう言ってくれたレイの言葉が、なぜか今日はとても嬉しかった。
だから、笑い掛けてくれたレイに、笑い返す事ができた。
レイは既にプラグスーツ姿でエントリープラグ内に待機していた。
普段の訓練や、シンクロテストでエントリープラグに入る事はあったのだが、零号機で出撃するのは久しぶりの事だった。イエローからブルーにカラーチェンジしている。
訓練と違って、エヴァにA10神経が直結しているのでやはり違う。
手足に感覚があるのは、安心できる事でもあった。シンクロしている事で、自分の体のように思える。
それはエヴァに乗っているチルドレン独特の感覚なのだろうか。
緊張はあまり無い。
「こうして出撃するのも、久々よね。またよろしくね、零号機。」
操縦管に軽く手を置きながらレイが言う。
目の前のモニターを見つめながら、すうっと息を吐き、今度は強く操縦管を握り締めると、手で拘束具を押しのける姿をイメージする。
零号機はそれに反応し、普段は自動で除去されるべき拘束具をじりじりと押しのけていった。
『目標は直上にて停止の模様!!』
唯一連絡手段を持っているマコトが、その拡声器のボリュームを最大にして叫ぶ。
「まずいわね。作業、急いで!!」
「非常用バッテリーの搭載、完了しました!!」
「よし、行けるわね!!三機とも、発進!!」
リツコの声がこだまする。
普段は専用リフトで地上に一発で出れるのだが、今日だけはそうも行かない。網の目のように張り巡らされている出撃用のルートから、自分達で一番使徒に近い道を選び、エヴァ自らそこを移動しないといけない。
『綾波、アスカの後に続いて。僕はしんがりを行くよ。』
「了解!!碇君、後ろはお願い、ね。」
『うん。アスカもそれで良いよね!!』
『ええ、いいわ。アンタ達こそ、ちゃんと着いてきなさいよねっ!!』
『分かった。気を付けていこう。』
戦闘の時は碇君、かっこいいんだ。戦うのが好きじゃなくても、やっぱりパイロットなんだね。
こんな時に、こんな事考えちゃ、不謹慎かな。これから戦場に向かう、っていうのに。
でも、三人で戦える、って言うのは結構安心するものよね。
さて、二人はずっと戦ってきたんだから、後れを取らないようにしないと!!
『ああっ、か〜っこわる〜いっ。最近の任務って、格好悪さのオンパレードじゃない!!』
三体のエヴァは、先程のチルドレン三人の姿さながら、はいつくばって出撃用ルートを移動していた。
本来出撃の際にエヴァがここを通る時は横になっている状態で通されるので、ルートの幅自体はあまり広くない。もちろん立ち上がる事などできないので、どうしてもはって移動する事になってしまう。
「仕方ないじゃない、アスカ。リフトだって使えないんだから。それより、縦穴に抜けるわ!」
弐号機がシャッターを蹴り飛ばすと、今度は垂直方向のルートに入る。
器用に壁に取り付くと、両手両足をつっかえ棒にしながら、片側の手足づつ上がっていく。
人造人間である、エヴァならではの動きではあるのだが。
『またしても格好悪い!!もう嫌っ、こんな任務は!!』
レイはアスカの言葉を苦笑して聞いていたが、真上から赤い液体が落ちてくるのに気がついた。
何、これ…。この上には使徒がいるはず…。
その液体は、零号機のバッテリーに付着すると、みるみるうちに溶かしていく。
はっとしてレイは上を見上げた。
じゃ、これって、使徒の攻撃!?やばいっ!!
「アスカ、いけない!!よけて!!」
『えっ?きゃあっ!!』
壁を支えていた手足を溶かされる。
支えを失った弐号機は、すべって落ちてしまった。
先頭を行っていた弐号機だったので、当然真下には零号機と初号機がいる。
「ちょ、ちょっと、アスカっ!?」
突然弐号機が上から落ちてきたので、零号機はその重みを支える事ができない。
ずん、と腹にのしかかって来られ、手足を離してしまった零号機も弐号機と重なって落ちる。
『うわっ!!』
当然二機分の重量を初号機が受け止める事になってしまい、雪崩式に初号機も落下する。
衝撃を受けた瞬間に、肩にセットしてあったパレットガンが外れてしまった。
(まずい、このままじゃ三人とも落っこちちゃう!!)
落下しながらシンジは慌てて操縦管を引く。
初号機が手足を大きく広げる。
摩擦音をあげ、火花を散らすと、先程の横道に引っかかるようにして、初号機が上に乗っかった二機を受け止めた。
「てへへ、ごめ〜ん、碇君…。」
『綾波、アスカ、取りあえず、そこの横道に戻ろう、このままじゃ狙い撃ちにされちゃうよ!』
『ちっ、作戦の練り直しね、バッテリーももう切れちゃいそうだし。』
『あの攻撃はちょっと厄介よね、近接戦闘は仕掛けられそうも無いよ。どうしよう、アスカ、碇君。』
右のモニターからレイの声がする。いつもマイペースなレイも、少し焦っているように見えた。
非常用のバッテリーは元々10分くらいしか持たないから、もう切り捨ててしまった。残り時間は後3分足らず。
「決まってんじゃない、やっつけんのよ!!他に何があるって言うの!?」
アタシはなんとか策を考えながらも、分かりきった事を口にした。
確かに、あの使徒の攻撃をかいくぐって近接戦闘をするのは無理。あの溶解液じゃ、上に着くまでに跡形も残んないわね。
………となると、飛び道具以外は使えないって事か。
『でもどうするんだよ、今のでライフルは落としちゃったし、残り時間はもう3分と持たないよ。』
左のモニターからはシンジの声。
分かってるからこうして考えてるんじゃない!!弱気な声、出さないでよね!!
でも、初号機の持っていたパレットガン以外に飛び道具は持ってきていない。
元々使徒を倒すには近接戦闘が一番効果的なんだから。それに、今回は敵の情報が全く入っていないし…。
ちょっと弱ったわね、これは…。
でも、ライフルを下に取りに行かなきゃならないのは間違いないんだから…。
その時、アタシの頭にある考えが浮かんだ。
ごく単純な役割分担。三対一なのを使えば、やってできない事はない。
でも、この作戦でアタシが耐えられるかが問題か…。溶解液が強力なのは分かっている。
………やはり、このやり方しかない。
アタシはエヴァパイロットなんだから。使徒に勝つために、最善の方法を取るのアタシの義務だから。
「作戦はあるわ。よく聞きなさい。」
モニターのシンジとレイがアタシの方を見る。
アタシは表情を出さないように目をつぶって話し始める。
「ここにとどまる機体がディフェンス。ATフィールドを中和しつつ、敵の溶解液からオフェンスを守る。その間にバックアップが下降、ライフルを取ってオフェンスに渡す。後、一斉射にて目標を破壊………どう?」
『うん、それならいけるかもしれない。じゃあ、ディフェンスは………』
「アタシがやるわ。」
『そんな!!危険だよ!!』
モニターのシンジが叫ぶ。あんたならそう言うと思ったわ。
この作戦じゃ、誰がディフェンスになったって危険なのよ。
一番重要な役割を、成績の良いアタシがやるのは当たり前。
この作戦はATフィールドをしっかり中和しないと、何の意味もないんだから。
それに…。
「あんたとレイにこの間の借りを返しておかないと、寝覚めが悪いのよ。人の心配をするくらいなら、自分の心配をしなさい!!シンジがオフェンス、レイはバックアップ。いいわね。」
シンジとレイはモニター越しにアタシの顔をじっと見つめると、小さくうなずいた。
顔だけじゃなくて、こんな時までこの二人の動作は似てるのね。性格は全然違うくせにさ。
「じゃあ、行くわよ…。」
アタシは後ろを振り返り、他の二体を見る。
準備は良さそうね。さて、いっちょやってやるわよ!!
「Gehen!!」
アタシは勢いよく飛び出して、シンジの初号機を守るために手足を思い切り広げて、盾になった。
僕は綾波が渡すはずのライフルを待つ。
少し上に、僕の盾になっている弐号機が見える。
『くっ、ぐ、くうっ…。』
アスカの苦痛に耐える声が聞こえてくた。
何もできないもどかしさに下唇を噛む。両腕に自然と力が入る。
まだか、綾波っ…。早くしないと、アスカが…。
その時、弐号機が防ぎきれなかった溶解液が、初号機の肩の辺りに当たった。
蒸発したような音と共に、初号機の装甲を溶かす。
「!?うっ…。」
自分の右肩が焼けた気がした。
神経接続だけで、実際には何もなっていないはずなのに。
シンクロ率の高いアスカは、どんな痛みに耐えているんだ!?
「綾波っ、早く!!」
僕は思わず下にいる綾波に向かって叫んだ。
早く、早くしないと!!
わたしは操縦管を限界まで押して零号機のスピードを上げ、通路の底へ向かう。
背中のブースターが開き、落下のスピードが上がった。
おかげで通路の底にはすぐに着いた。しかし、勢いよく降り立ったので、わたしの足に少し衝撃が来る。
くっ、こんなのどうだっていい、早く!!
『綾波っ、早く!!』
碇君の声がする。
分かってる、分かってるわ!!
わたしは、溶解液のせいで少し溶けているパレットガンを掴むと、真上に居る碇君を見た。
「行くよっ、碇君!!ちゃんと受け取ってよ!!」
初号機がこっちに向かって手を伸ばしている。
わたしはそこをめがけて、パレットガンを思い切り放り投げた。
吸い込まれるように初号機がそれを受け取り、真上に向かって構える。
碇君、頼んだからね!!
ちっ、………洒落になんないわね、これはっ!!
アタシは操縦管に持たれつくようにして使徒の攻撃に耐えていた。その溶解液が弐号機の腹部に集中して降り注ぐ。装甲の表面を溶かし、蒸気が上がっている。
お腹の辺りが引き裂かれるように痛い。
噛み締めている歯が、ぎりぎり言っているのが分かる。
声を出してしまうと、叫び声になってしまいそうで、出ないように喉に力を入れる。
シンジとレイになんて、悲鳴を聞かせられるわけないでしょっ……!!
人に弱いところなんて見せたくないのよ!!
アタシはエヴァのパイロットなのよ!!こんな痛みくらい……っ!!
目の縁がわずかににじむ。
口の中に血の味がした。噛み切ってしまったのか。
胃の辺りを刺激されたのだろう、込み上げる嘔吐感が胸を焦がす。
早くしなさいよっ、馬鹿シンジっ!!
『アスカっ!!よけて!!』
!!!!
アタシはとっさに操縦管を左に倒すと、耐えてきた溶解液から身を避ける。
その瞬間に、シンジの一斉射が直上の使徒に浴びせられた。ATフィールドは完全に中和してある。
これだけ撃てば、倒せるはず。
…………ぷはあっ!!
大きく息を吐き、操縦管から手を放した。
初号機の一斉射を横に見ながら、自由落下に任せて真っ逆さまに落ちる。
ようやく気が抜ける。浮かしがちだった腰をシートに落とす。
あんたってのは、男のくせにいつも鈍いのよ、シンジ。
使徒と戦っている以上、機敏に行動しないと、生き残れないわよ。
そんな事を考えながら頭を倒すと、衝撃と共に落下が止まった。
肩と足で体を固定している初号機が、アタシの乗る弐号機を、両手でしっかり受け止めていた。
「これで借りは返したわよ…!!」
受け止めているシンジに、アタシは振り向いて言う。
シンジは少し笑ったようだった。モニターに映るレイも、笑っている。まったく、心配性なところもそっくりなんだから。
レイみたいに素直にはできないけど、これがアタシなりのやり方ってとこね。
「も〜、何で開かないのよ〜!!早く開きなさいよっ!!このっ!!緊急事態なのよ!!あ〜ん、乙女にトイレを待たせるとはどうゆう了見よ〜!!」
エレベーターには天井の小窓を必死に開けようとしているミサトと、それを肩車する加持がいた。
加持は半分諦め顔でミサトを担いでいたのだが。当のミサトは真剣そのものだった。
「ちょっと!!上見ちゃ駄目だって言ってるでしょ〜っ!!」
「へいへい…。」
その時、カチッと音がするとエレベーター内の電気がついた。
「お?」
しかし、エレベーターが再び上昇し始めたので、体勢を崩した加持は、ミサト諸共倒れ込んでしまった。
「それにしても、日向さん、よくあんな車見つけられましたね。」
「ああ、あれは葛城さんの洗濯物を取りに行っている時に、たまたま通りかかったんだよ。立候補している人には悪いけど降りてもらったのさ。」
「そういえば、上は市議会選挙が近かったわね。まったく、こんな時に、こんな事で役に立つとは、皮肉もいいところね。………それにしてもミサトは何をやっているのかしら。仮にも戦闘があったと言うのに…。」
一仕事を終えたリツコ、マヤ、マコトの三人がエレベーターの前で話をしていた。
取りあえず本部内の電源は復旧したのだが、まだ街全体の復旧作業が残っている。
チーンという小気味の良い音がして、エレベーターのドアが開く。
そこには。
「か、葛城さん……。そこで………何を………。」
「み、ミサト………なんて有り様なの………。」
「………不潔………。」
ミサトと加持が、もつれ合って床に倒れていたのであった。
昼間の熱気も去り、山の夜らしい星空が、三人の視界一面に広がっていた。
停電の復旧が終わらない第3新東京市は、まだ暗闇に包まれたまま。
それが、普段は見られない星空を、戦闘を終えた三人に見せていた。
街を一望できる小高い山の上からそれを見る。
アスカとシンジは寝転がって。レイは体育座りでそれを眺めていた。まだ三人ともプラグスーツのままだった。
「………本当は、こんなに綺麗な空なんだ………。人工の光がそれを邪魔してたとは、皮肉なもんだね…。」
真上を見たままシンジがつぶやく。
今日は大変な一日だったなあ………。
でも、最後に御褒美をもらった気分だな。こんな星空、もう二度と見れないのかもしれないし…・・。
父さんの意外な一面も見れたし、使徒は来たけど、良い日だったのかもね…。
「アタシは光が無いと寂しくてなんか嫌だな。人が住んでるって感じがしないもの。」
アスカは横目でシンジを見ながら言った。
そしてまた星空に目を向ける。
ふと、星空が見えなくなった。
NERVの作業も終わり、第3新東京市の街に電気が戻ったようだった。
三人の右手の方から、次々と街に明かりが点る。
「ほら、この方が賑やかで良いじゃない。」
何にしても今日は疲れた日だったわね。迷路には迷うし、使徒は来るし。
ま、シンジとレイに借りを返せたから良かったって事にしようかな。
「人は闇を恐れ、火を使い、闇を削って生きてきた………って事かな。」
隣のレイが、光のともった街を、真剣な顔で見つめながら言う。
その言葉にアスカが反応して上体だけ起こした。
「よっと。レイ。らしくない事言ってんじゃないわよ。」
「あ〜、ひっどいな〜、せっかく決めてたのにぃ。」
「ははっ、その方が綾波らしくて良いじゃない。」
「もう、碇君まで。わたしだって格好よく決めたくなる時があるの!」
「綾波はいつものまんまで良いって事じゃない?」
「良いじゃない、たまにはさあ…。」
夜の山には、軽く吹く風と共に、しばらく三人の話す声が漂っていた。
まさかNERVの中を探検する事になるとは思わなかったな。でも良い一日だったのかもね。
久しぶりのエヴァは上手く使えたし。
おかげで無事に使徒は倒せたし。
碇君は司令を見直してくれたみたいだし。
こんな日に、こうして景色を眺めてるっていうのも、悪くないのかもねっ。
FIN
masa-yukiさんのリナレイ版エヴァ第5弾。またまた3人の一致団結編です。
展開は本編と同じなのですが、要所で各キャラの細かい描写があって面白いですね。
特にレイの過去が語られそうになる辺りはおおっと思いますが……お預け(^_^;)
あれ? そういえば、NERVの要員で台詞をもらってない人が約一名……(^_^;;)
Written by masa-yuki thanx!
感想をmasa-yukiさん<HZD03036@nifty.ne.jp>へ……
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