「どういうことよっ!」
「まあまあ……来週の月曜日からよ。何の用意もしてなかったの?」
「へへ、実はそうなんです。」
「あっきれたわね〜。沖縄ではスキューバもやるのよ。ひっさびさに潜れるんだから、楽しみって所ね〜。」
「あれアスカ、スキューバダイビングなんてやった事あったんだ。」
「まあ、ドイツにいた頃にね。でも、もうしばらく潜ってないわよ。」
「いいな〜アスカは、そんな事しちゃってさ。あたしなんてこの山奥に缶詰だったのよ。あったま来ちゃう。」
「そりゃ、気の毒だったわね。」
ちょうどその時に教室のドアが開き、三馬鹿トリオことシンジ、トウジ、ケンスケの三人が教室に入ってきた。
気付いたレイがそちらを見る。
「あ!!いっかりく〜ん、お弁当ありがと!!おいしかったよ!!」
ドアからはだいぶ離れていたが、手を振りながら声を張り上げてレイが言った。それを教室中に聞かれてしまったシンジは、少し照れたように頭を掻いている。隣で聞いていたトウジとケンスケが、すぐさまシンジの方を見る。
「シ〜ン〜ジ〜。」
「おのれは男の癖にまめなやっちゃのう。」
「え?い、いや僕はそんなつもりじゃなくて……」
「じゃあ、どんなつもりだったんだ〜?」
「これは、はっきりさせなあかんな。ちょっと来てもらおか。」
「な、何で僕が…」
たちまちシンジは両隣を固められ、教室から連れて行かれてしまった。
「ありゃ、タイミング悪かったかな。」
「いいのよ、ほっとけば。」
そんな彼女の可能性〜DIVE INTO DANGER〜
「「え〜!?修学旅行に行っちゃだめ〜?」」
「そう、だめよ。あなた達が行ってる間に使徒の攻撃があったらどうするの。」
シンクロテスト終了後のNERV本部発令所。広い空間を有するその部屋に、アスカとレイの声が響いた。 テストの講評を言い渡されている時に修学旅行に行くという話題が上ったのだが、あっさりミサトに止められてしまったのだ。 確かに四日間もチルドレン三人がいなくなってはNERVが機能しない。あくまでエヴァあってのNERVだからだ。
「そこを何とか………だめ?」
レイは上目遣いで、ミサトに手を合わせて頼む。男性相手なら効果があったのかもしれないが。
「だ〜め。いつ使徒が来るのか分からないんだから!」
「ちょっと、あんたも何か言いなさいよね!!」
アスカは、隣で物も言わずに見ているシンジをにらむ。
シンジは、シンクロテスト終了時からたいして表情も変えていない。
「いや、僕はこんな事になるんじゃないかと思って…。」
「諦めてたってえの!?」
「うん。」
「はん、なっさけない奴。少しは反抗してみなさいよね!!」
「そんな事言ったって、無理なものは仕方ないじゃないか。」
「碇く〜ん…。」
う〜ん。碇君、こういうとこは淡白なのよね〜。もうちょっと粘ってくれればいいのにさ。
最近、学校とNERVを行ったり来たりなんだから、たまには羽を伸ばしたいじゃない。
正直、どうにもならないのは分かっているんだけど、ね。
「あんた達、この機会にゆっくり勉強でもしてるのね。三人ともあんまり成績が良くないの、知ってんのよ?」
「あんなテストで点取ったって仕方ないのよ!!大学出てるアタシが、な〜んであんなことしなきゃならないんだか…。」
「郷に入れば郷に従え、よ。アスカ。レイだって怪我で欠席が多かったでしょ。」
「う〜ん。でもそれはこないだの起動実験中に怪我したから…。」
「それもエヴァパイロットの勤めって事ね。学生としての勤めもしなくちゃ駄目よ。まあ、もしかしたらどこかに行けるかもしれないし。」
「え?どっか連れてってくれるの!?」
レイが期待を含んだ目でミサトを見る。
「それはまだ内緒。」
ミサトは人差し指を口にして、内緒、を強調したのだが。
NERV本部にある、勤務者用の25mプール。
水面は太陽が反射して眩しく光っている。採光用に大きな窓が作られているためだ。シンジはそのプールサイドのテーブルで、ノート型パソコンに向かっていた。内容が難しいのだろうか、あまりはかどってはいない。少し打ち込んではまた考えて、の繰り返しのようだった。時間が経つに連れて、考える時間が増えていった。
彼以外は誰もいないプールだったのだが、
「碇君、何やってんの?」
プールの入り口から真っ白な水着を着たレイが、頭を抱えているシンジに近づいた。彼女の水着は競技用だったので飾り気はあまり無いが、レイの細身の体に良く似合っている。
「理科の宿題だよ。あまり進まないんだけど…。」
「んもう、碇君、真面目なんだから。みんなは修学旅行に行ってるって言うのにさ。こんな時くらいゆっくり遊べばいいのに。」
「う〜ん、でもやらなくちゃならないんだから…。」
「ふ〜ん…。」
そう言いながらレイは手を後ろに組んで、シンジの肩越しにパソコンを覗き込む。
レイの素肌を間近に感じたシンジは、少し顔が赤い。
「あ、熱膨張の問題なんだ。」
「う、うん。そうなんだけど…。」
「暖めると膨らんで、冷やすと萎むって言うあれでしょ?」
「うん…。結構難しくて。」
授業中じゃないんだからそんなに悩んでする事無いのに。
そうだ、ちょこっとからかっちゃおうかなっ♪
「わたし、アスカに比べるとちょっとスタイル負けるのよね。もう少し出るとこ出た方が見れるのにな。暖めたらいい感じになるのかな〜。」
レイは少し胸を反らし気味にして言う。シンジはそんなレイを見て更に顔を赤らめる。
「な、なっ、そんな事、僕は別に、気に………じゃなくって、僕にそんな事言われたって、その……」
碇君ってば、すぐに引っかかっちゃうんだからっ。
「あれ〜、何焦ってんのかな〜?碇く〜ん?」
「い、いや別に焦ってるだなんて、そんな事、な、ないよ、」
「あっ、顔があか〜い。何か想像したのかな〜、碇君は。」
「ち、違うよ、僕はそんな事想像してないって!!」
「そんな事ってな〜に?」
「ちょっと二人とも、そんなとこで何やってんの?」
「ア、アスカ…」
ちょうどそこにアスカがシュノーケル片手にやって来た。赤と白の横縞模様のビキニを身につけている。年齢の割にスタイルがいいせいか、しっかり着こなしていた。
シンジは、案の定、その姿を見ただけで、顔を背けてしまう。
「アスカ、それずいぶんな水着ね〜。」
「何言ってんの、これくらい。今時あったり前よ。沖縄で着れなかったんだから、ここで着るの。」
「そ、そう。良かったね。い、いいんじゃないの。」
シンジはどことなくそわそわしている。
顔はまだパソコンの方に向けられていたのだが、目はちらちらアスカの方を見ていた。
「………碇君………?」
「な、何、綾波。」
呼ばれてレイの方を見るシンジ。しかし、顔をはっきり向けたわけでなく、少し横目で見る、といった程度。
アスカを見て、動揺しているのを隠したいらしかった。
もちろんそんな事はレイから見れば、ばればれだったのだが…。
「知らない!!」
レイはそっぽを向いてしまった。
もう、男の子ってこれだから!!
「副司令、確認しました。間違いなく使徒のようです。」
浅間山地震観測所の無人の一室に、携帯で電話をするミサトの声が響いた。
電話の相手はNERV副司令の冬月である。
ミサトは浅間山火口内で見つかった未確認生物の確認のためにここにいた。
観測機を一機潰してしまったが、おかげでその生物が使徒である事が確認できた。
『そうか…。』
「そこで、作戦部としましてはA−17の発令を申請します。」
『!!こちらから撃って出る気かね!?』
「はい。使徒の居場所や状態まで分かっているのですから、これは絶好のチャンスではないでしょうか。」
『…しかし、危険も伴うぞ。』
「もちろんです。しかしこの機会を逃すのも、どうかと思われますが。」
『ふむ…。分かった。碇にはそう伝えよう。ただA−17では、委員会を通さねばならないからな。それまで、葛城一尉はその場で待機。おいおいこちらから任務を言い渡す。』
「はい、了解しました。」
ピッ、と音を立ててミサトは電話を切った。無言で上着のポケットにそれを入れる。
(使徒に対して撃って出る…。下手すればあれの二の舞…。これは、責任重大ね。)
ミサトは顔を強張らせたまま、無人の部屋の中でいつもつけているネックレスを握り締めると、部下の待つ部屋へと向かった。
「これ…使徒…なんですか?」
暗い作戦室の床の中央には巨大なディスプレイが埋め込まれ、そこに人間の胎児のようなシルエットをした生き物が映し出されている。そのディスプレイを挟んでアスカ、シンジ、レイが、リツコとマヤに向き合っていた。
BLOOD TYPE BLUEの文字がその画面内に確認できたとはいえ、シンジが疑問を持つのは当然の事だ。それは彼が今まで戦ってきた、どの使徒とも様子が違っていた。
「そうよ。まださなぎの状態みたいなものだけどね。今回の作戦は使徒の捕獲が最優先よ。」
リツコは凄みの利いた声で言う。作戦の危険度を考えれば声が低くなるのも当然のことだった。
その隣のマヤも、表情は硬い。
「ようは、火口に潜ってこいつを捕獲してくればいいのね。楽勝じゃない。アタシがやるわ。」
部屋中に響くよく通る声で、アスカは腰に手を当てながら言った。
「簡単に言ってくれるわね………じゃあ、アスカに作戦を担当してもらうわ。シンジ君は火口付近にて、初号機でバックアップ。レイの零号機はまだ再就役に向けて準備中だからここで待機……」
「えええ〜。みんな浅間山行くのに、わたしだけここで待機なんですか〜?お願い、連れてってくださいよ〜。」
リツコの言葉にレイが不平をもらす。彼女としても置いてきぼりは食いたくない。
リツコは表情を先程までより少し和らげて、レイの方を見た。
「待機しててもらおうと思ってたけど、ミサトが連れて来いって言うから、連れていってあげるわ。でも、遊びに行くんじゃないのよ。その辺わかって。」
「もっちろん!!邪魔になるようなことはしないですっ。」
「まったく、無理してついて来ること無いのに。こんな作戦、アタシ一人で楽勝よ。アンタ達は休んでてもいいくらいね。」
アスカは先程のポーズを崩さずに言った。自信に満ちた声もいつもの通り。
「いいじゃない、一緒に行くくらい。」
「ま、いいわ。残念ながら出番はないでしょうけどね。」
「い〜や〜っ!!なによ、この不格好なのは!!それに、アタシの弐号機に何てことしてくれんのよ!!」
「耐熱、耐圧、対殻防護服。極地専用のD型装備よ。あなたの着ているそれは耐熱仕様のプラグスーツ。熱に関しては、いつものよりましなはずよ。」
弐号機のケージの前でわめいているアスカにリツコが冷然と言った。アスカの着ているプラグスーツは、中に耐熱素材を入れたためにぷっくら膨れ上がって、ボールのようになっている。
弐号機は、と言うと、全身を宇宙服のようなのような白い防護服を着せられ、頭部にはひときわ大きい、フルフェイスのヘルメットのような物をかぶっている。これでは、普段のスマートな外見は見る影も無い。
「全然ましじゃないわよ!!こんなんじゃ人前にも出れないじゃない!!」
「そりゃ残念、アスカの勇姿が見られると思ってたのにな。」
ケージの二階から加持が呼びかけた。一部始終を見ていたらしい。
「嫌、加持さん、見ないでよ〜!!ちょっと、シンジ!!」
隣で呆然と見ているシンジを見る。
「何。」
「あんた、代わんなさい。こういうのはあんたの方がお似合いでしょ!!」
「ど、どういう事だよ、それ!!立候補したのはアスカだろ!!」
「まあ、これは確かに格好悪いかもね………。」
シンジの横にいるレイも腕を組んで弐号機を見ている。
ちなみに二人が来ているのは普通のプラグスーツだ。
アスカもさすがに動きづらいのか、苛立たしげに腕のボタンを押してプラグスーツを元に戻した。
「まったくっ、他に何か方法無かったわけ、NERVのくせに!!」
「無理言わないで。しょうが無いわね…。じゃあ、シンジ君か…レイなら弐号機で出るしかないけど…上手く起動するかしらね…。」
「どうしましょうか…。」
リツコとマヤも困り果てた様子だった。実際、レイと弐号機の起動実験をやる時間など、あるはずも無い。装甲や装備などの諸条件から見れば、初号機より弐号機の方がこの作戦に適合しているのも事実だった。
「アスカ、現状ではあなたが一番適任なのよ。分かってちょうだい。」
「それはそうだとしても、あの格好何とかならないの!?」
「格好で戦うわけじゃないのよ、エヴァは。こういう時に言ってられる事でもないでしょ?それとも………アスカはやめて、二人のどちらかに任せるのかしら?」
「………むううううっ!!いいわよ、アタシが出るから!!この二人になんて任せてらんないし!!アタシがエヴァに乗れば済むことなんでしょ!!」
「………なら初めっから乗るって言えばいいじゃないか。」
勝手に怒ったアスカに対しシンジがつい口を挟む。
ただでさえ苛立っているので、アスカはその言葉にすぐ反応した。
「うるっさいわね、男のくせに!!アタシが乗るからいいのよ!!」
「何なんだよ。」
アスカはそんなシンジを無視して、無言でエヴァに向かって歩いた。
栗色の髪の毛が揺れる。長い髪はシンジに彼女の表情を伺う事を許さなかった。
「黙ってなさいよ。アタシが乗るって言ってんでしょ。」
誰にともなくアスカがつぶやく。自分に言い聞かせているような口調だった。
少し歩くと、止まってじっと弐号機を見る。そしてため息を一つ。
(はっ、拒否してみせたって、アタシにはもともとエヴァに乗るしかないくせに。)
「………アタシはエヴァに乗ればいいのよ………。」
アスカは弐号機から顔を背けると、うつむき加減にアスカはそう言った。
それは何か投げ捨てるような表情で、目も伏せがちだった。
その言葉は小さい声で発せられたので他の人には聞こえなかったが、レイはそんなアスカをじっと見ていた。
わたしは観測所に作られた発令所にいる。この作戦の責任者となった葛城さんと一緒に。
葛城さんの表情も硬い。わたしの前でエントリープラグ内の映像をじっと見ている。
弐号機の準備はもう整ったのね。碇君も初号機で火口ぎりぎりに待機しているみたいだし。
いよいよ作戦開始というところかな。
わたしには気になることがあった。
アスカはさっき何であんな表情を取ったのだろう。
考えてみればいつもそう。アスカがエヴァに乗る前は凄い決意を感じる。それは実戦だけじゃなくって、NERV内でのトレーニングやシンクロテストなんかも含めて…。
肝心な事はわたしに何にも話してくれないんだから、アスカ。
ちょっと残念だな…。
『レーダー進路確保』『D型装備、異常無し』『弐号機、発進準備』
準備完了を知らせる声が響いた。
プラグ内のアスカはいつも通りリラックスしてるみたいだけど…。
あんな表情見た後じゃ、なんか心配になっちゃうな。
「了解。アスカ、準備、いいわね。」
『ええ。いつでもどうぞ。』
葛城さんの声はいつもとは全く違う。凄く低いトーン。
アスカの声はいつもと変わらない。
………さっきのはわたしの見間違えだったのかな………。
「発進。」
先程と同じトーンで、葛城さんがそう言った。
『現在、深度170。各部、問題無し。視界は……ゼロ。何も見えないわ。CTモニターに切り替えます。』
発令所にアスカの声が聞こえてくる。いつもと全く変わらない。
やっぱりあれはわたしの見間違えだったんだ。
さっきも、ジャイアントストロングエントリー、なんてふざけてる余裕もあったんだし。
考え過ぎだったみたい。でも、それに越したことないよね。
今はモニターの大半がプラグ内と、エヴァからのカメラを捕らえているから、碇君の様子は良く分からない。
何を考えてるんだろうなあ…。
「深度400、450、500、550、600……」
発令所にはマヤさんの声だけが響く。
いかにも沈んでいってるって感じよね。実際そうなんだけど……。
わたしも葛城さんの隣で黙ってモニターを見る。モニターには相変わらずアスカと、火口内部の映像が映し出されている。葛城さんは腕を組んだまま、きっ、とモニターを見据えて、その姿勢を崩さない。
「900、950、1000、1050…」
潜るスピードは変わらない。わたしにも、アスカの弐号機は全く異常が無いように見えた。
「深度1300。目標予測地点です。」
「アスカ、何か見える?」
『反応無し。いないわ。』
結構潜ったと思ったのに、まだ何も無いのね。
ホントはこのままいなければ、なんて思っちゃうんだけど、ね…。
「対流が速いようです。目標の移動速度に誤差が生じていますが。」
日向さんが葛城さんに言った。相変わらず発令所の雰囲気は重い。
「修正急いで。再度沈降よろしく。」
「ええっ?」
日向さんが驚いてる。
計画通り行ってないって事なのかな。大丈夫よね。
「深度、1350、1400、1450」
ビシッ
『第二循環パイプに亀裂発生』
「深度1480、限界深度オーバー!!」
限界、という言葉がわたしに嫌な想像をさせる。
大丈夫、エヴァなんだから。そう簡単に壊れるわけ、ないじゃない。
「まだ目標に接触していないわ。続けて。アスカ、どう?」
『まだ持ちそう。弐号機はこれくらいじゃ何とも無いわよ。それより、早く汗を流したいってとこね。』
……アスカ、まだいつもと変わらない。
「限界深度、+120」
ピシッ
『エヴァ弐号機、プログナイフ喪失』
「葛城さん、これ以上は!!今度はパイロットがいるんですよ!!」
「この作戦の責任者は私です。続けて。」
葛城さんは毅然とした態度で日向さんに言う。その目には強い意志を感じた。
「葛城さん………大丈夫なの………?」
つい、声に出してしまった。
葛城さんが目的のために人を犠牲にするような人じゃないって分かってはいたけど…。
「レイ、大丈夫。これくらいでエヴァが壊れたりしないわ。安心して。」
『綾波、ミサトさんがそう言ってるんだからきっと問題無いんだよ。僕らの中じゃ、アスカが一番エヴァの操縦は上手いんだし。ほら、こないだのシンクロテストもアスカが一番成績良かったじゃない。』
碇君がわたしの声を聞いて、そう言ってくれた。
現金ね、わたしも。碇君がそう言ってくれると元気が出るんだから。
『レイ、あんたが余計な心配すること無いでしょうが。黙ってアタシの活躍を見てればいいのよ!!』
アスカの強い口調が聞こえてきた。
ったく、人がせっかく心配してあげてるんじゃない!!
「それじゃ、さっさと終わらせて帰ってきたら!!」
『言われなくったってそうするわよ!!』
『ふふっ。』
別のモニターからの笑い声は、碇君。
「な、何よ、碇君。」
『いや、なんか可笑しくって。』
もう、そんなところで笑わなくってもいいのにっ。
「深度1780、目標予測終点地点です。」
『………いたわ。』
アスカの声に発令所全体が反応したようだった。わたしも、ぎゅっとげんこつを作る。
モニターにはマグマの中に黒い塊が見えた。
「捕獲準備。」
葛城さんが神妙に言う。
「お互いが対流で流されているから、チャンスは一度よ。アスカ、いいわね。」
リツコさんの表情もこれまでに無いくらい真剣。マヤさんの背中越しにモニターのアスカをじっと見てる。
『分かっているわ。』
「目標接触まで、後30。」
『速度、基軸共に良好。』
モニターの弐号機が黒い塊に近づく。発令所の緊張は更に増していく。
セカンドインパクトは使徒との接触によって起こったって、いつかリツコさんが言ってた。
もし今回の作戦に失敗したら………。
ううん、そんな事考えても仕方ないね。
アスカだって、それくらい分かって引き受けたんだろうし。あんな事が二回も起こったりしないよ。
弐号機は黒い塊のぎりぎりまで近づくと、ぐっと上昇してかわし、電磁柵を展開した。
『電磁柵展開。問題無し。目標、捕捉しました。』
「ふう〜。」
発令所の誰からともなく安堵のため息が漏れた。どうやら上手く行ったみたい。
「はあ、よかった…。」
「ナイス、アスカ。」
今度はいつもの、明るい葛城さんの声。
『捕獲作業完了、浮上するわ。』
まったく、こっちは寿命が縮む思いよ。
『アスカ、大丈夫?』
『ご覧の通りよ。案ずるより生むが易しってとこね。全然大したこと無かったじゃない。』
モニターに映る碇君の顔が少し和んだ。やっぱり碇君も心配してたんだ。
「……何とか上手くいったって所ね。さすがに今日の作戦は緊張したわ。」
葛城さんはリツコさんの方を見て言う。
「あのアスカがだいぶ緊張していたみたいね。ミサトも今日の作戦にはだいぶ気を使ったんじゃない。」
「まっね。下手をすればセカンドインパクトの二の舞だから。湖ができる程度じゃ済まないでしょ。」
「当然よ。私達が引き起こしたんじゃ、元も子も無いわ。まあ、後はあれを持ち帰ってからね。」
二人とも少し気が楽になったみたい。そりゃ、そうよね、こんな作戦の責任者なんだもの。
人類の命運を荷う、ってやつなんだから。
『な、何よこれ〜!!』
突然、アスカが異常を知らせた。奇声を発しながら、モニターの使徒が変化をしている。
何あれ、使徒が成長してる?しかも凄いスピードで…。まるで早送りの映像を見ているみたいに。
「まずい、もう羽化を始めたのね!計算より早すぎるわ!」
「こうなってしまっては仕方ないわね、アスカ!!キャッチャーを破棄して戦闘準備!!上昇しながら使徒殲滅、いい!?」
『待ってました!!』
弐号機からキャッチャーが切り捨てられる。
「セカンドインパクト、再び」ってのだけは避けられたけど、この状態もあまり良くないよね…。
使徒は完全に成長して、戦闘ができるようになっちゃったみたいだし…。
使徒は、えいのような平たい格好で、手には触手が付いている。昆虫のような触角もある。
マグマの中とは思えないスピードで弐号機に突っ込んできた。
『正面!!バラスト放出!!』
弐号機は重心を変えて体を浮きあがらせ、使徒の攻撃をかわす。使徒は弐号機の元いた場所に突っ込んだ。
アスカ、上手い!!でも、このままじゃ、いつか掴まっちゃう……。攻撃しないと…。
『ちっ、早いわね!!視界は利かないし、動きは取れない、おまけにこの暑さ!!もう、最悪ね!!ミサト、こっちには武器無いのよ、何とかならない!?』
「シンジ君、初号機のプログナイフを投げ入れて!!」
『はい!!』
碇君が初号機のプログナイフをすぐに火口に投げ入れる。
間に合うかな、間に合ってくれないとやばいじゃない!!
「アスカ、今そっちにプログナイフが行くわ。それまで何とか耐えて頂戴!!」
『早くしてよ!!』
「使徒、急速接近中!!」
日向さんの声が発令所に響く。使徒は凄いスピードでまた弐号機に突っ込もうとしていた。
!!アスカ、まだ丸腰のままなの!?
『あ〜ん、もう!!早く〜!!ちょっと、来ないでよ!!』
その直後、使徒の触手が弐号機の左脹脛を捕らえた。その下半身にしがみつくような体勢で使徒は弐号機を押し潰そうとしていた。
ぎりぎり、と弐号機の足のきしむ音が、モニター越しに聞こえてくる。
わたしはまるで自分の足が傷ついているような気がして、耳を塞ぎたくなる。
『くっ……。』
アスカが苦痛に顔を歪ませる。その時ようやく初号機のプラグナイフが弐号機に到達した。
弐号機は腕を目一杯真上に伸ばし、それを掴んですぐにナイフを装備する。
『こんちくしょおおおおっ!!』
弐号機が使徒めがけてプログナイフを突き降ろした。
ガチン!!
だめ、全然効かないじゃない!!
使徒の硬い外殻にはじかれる。使徒はびくともしていない。
弐号機の攻撃を意に介せず、使徒は口を開き、頭部に食らいついた。
頭部を食い潰そうとする音が発令所にも響く。
「この状況下で口を開くとは…!!」
「信じられない構造ですね…。」
もう、そんな事言ってる場合じゃないじゃない!!
ガチン!!ガチン!!
弐号機は何度もプラグナイフを突きたてるけど、使徒はびくともしない。
このままやりあってたら確実に弐号機の方が持たない…。
「高温、高圧、この状況下であれだけ戦っているのよ、プログナイフでは効かないわ。少なくとも、もっと効率よく攻撃しなければ…。」
何とかしなくちゃ、何とかしなくちゃ!!
外側が硬いんだから、内側から………。
だめね、こっちはろくに動く事もできないっていうのに。
それなら、外側から攻撃するしかない。
でも、外殻は硬くてプログナイフじゃ歯が立たないし…!!
どうすればいいのよ、絶体絶命じゃない!!
外殻が硬いなら、柔らかくすればいい………ってそんな都合のいい事できるわけが………。
そ、そうだ!!内側から………!!さっきの熱膨張って、使えるんじゃない!?
「アスカ!!冷却液って何とか使えない!?」
わたしは思わずモニターのアスカに叫んだ。モニターのアスカが、はっとしたようにわたしを見る。
『そ、そうかっ!!』
アスカはわたしの言った事を即座に理解して、自ら冷却液のパイプを切断した。
『こんのおおおおっ!!』
切ったパイプを使徒に突っ込ませる。
「なるほど、熱膨張ね!!」
『冷却液の圧力を全て3番に、早くっ!!』
アスカの指示で即座に冷却液が3番に集中する。
『でええええええっ!!』
再びプログナイフが振り下ろされた。今度は使徒の外殻にも突き刺さる。
もしこれでやっつけられなかったら…!!
わたしは食い入るようにモニターを見つめる。
『ぐっ、くっ、ぐううううっ!!』
アスカ、頑張ってっ!!
『これでっ!!とどめよっ!!』
大きく膨らんだ使徒の体にプログナイフがめり込む。
体内に突き刺さっても、なお弐号機はその手を弛めない。
やがて使徒は叫び声をあげると、プログナイフと共にマグマの底に沈んでいった。
「やったっ、アスカ!!」
わたしは大きく息をついた。葛城さんも、リツコさんも、マヤさんも、同じ事をしていた。
それはモニターに映る碇君も一緒だった。
バチッ!!
……!?な、何の音?
もう使徒は倒したはずじゃない、もう弐号機に攻撃を加えようとする存在はないはず…。
その直後に理解した。
そうか、使徒を倒す時に冷却パイプを一本切ってるんだ!!
という事は、弐号機の重さには耐えられない!!
わたしは目の前にいた葛城さんを無意識のうちにはねのけると、モニターに小さく映る碇君に向かって叫んだ。
「碇君!!アスカを助けてあげて!!」
『ど、どういう事だよ、綾波!!使徒は倒したはずじゃ…』
「パイプを切ってるから、アスカ落っこちちゃうのよ、早く!!」
碇君の表情が一瞬のうちに豹変した。躊躇なく初号機の操縦桿を前に入れる。
『分かった、綾波っ!!』
碇君の乗る初号機が勢いよくマグマの中に突っ込んでいく。
「レイ、あなた……。」
葛城さんの声がした。わたしは上手く喋れなくて、答えられなかった。
そして今のわたしには祈る事しかできない。
お願い、間に合って…!!
『やだな………ここまでなの………』
モニターからアスカの声が聞こえる。
ケージで見せた、少しうつろな表情。
わたしはそんなアスカを直視できなくて、顔を伏せた。
その顔、やめてよ………!!
そんな事言わないでよ、アスカ!!わたしの目の前で、そんな………。
ブチッ!!
今の音、もしかして……。
その音を聞いた瞬間、自分の血液が逆流したように感じた。
わたしは現状に耐え切れずに、目を思い切りつぶった。
嘘よ、嘘。そんなの、嘘に決まってるじゃない。
そんな事、あるわけないよ。
やめてよ、ホントは無事なんでしょ。
無事って言ってよ、アスカ。
ほら、きっと目を開けるといつもみたいに威張ってるのよ、アスカは。
世話が焼けるんだから、本当に。
何か言ってよ、アスカ!!
「馬鹿………無理しちゃって…………。」
えっ………。
アスカの声が聞こえてきた時、わたしはそのまま床に座り込んでしまった。
力が抜けて座り込んでいるわたしの肩に、葛城さんの手が優しく置かれた。
「ふう〜っ、極楽極楽。仕事の後の温泉っていうのは、気持ちのいいものだなあ…。」
シンジはどっかりと湯船に腰を下ろして全身の力を抜くと、目をつむった。
昼間の激戦を終えたNERV一行は、浅間山のふもとの温泉宿に来ている。どうやら来る前から予約していたらしかった。既に日も暮れて、浅間山を赤く染めあげている。
シンジもNERV関係者の一人として、こうして温泉に浸かっているわけだ。彼は、温泉に入った事などここ数年無かった事だったので、久々の休養を十分楽しんでいた。目の前を温泉ペンギンのペンペンが、はしゃぎながら泳いでいる。
「ねえ〜。碇く〜ん、いる〜?」
竹のついたての向こうから、レイの声がした。ミサトとアスカのはしゃいでいる声も聞こえてくる。
「な〜に、綾波。」
「ううん、いるんだったらいいの〜。何でもな〜い。」
「変な綾波〜。」
「ところでシンジく〜ん。」
今度はミサトの声。パシャパシャ、と言うお湯をはねる音が聞こえてくる。
アスカがレイに何かしているようだったが、シンジには分からなかった。
「何ですか〜?」
「ここって、夜になると混浴もあるんだって〜。後でお姉さんと一緒に入らな〜い♪」
「「なっ、何言ってるんですかっ、ミサト(葛城)さん!!」」
ついたての向こう側とこちら側で、シンジとレイの声がハモる。
「あ〜れ〜?なんでレイも反応するのかな〜。ひょっとしてレイちゃん…。」
「なっ、何ですかあっ!!」
「いいのよ、レイちゃんも一緒に来たって。お姉さんとしては一向に構わないわよん。まあシンちゃんは構うかもしれないけど〜。」
「な、な、何て事言うんですかあっ!!わたしと碇君が、そ、その、こ、こ、こ、混浴だなんて…」
「あ、あ、綾波っ!?」
「レイってそういう趣味あったの?意外だったわね〜。どうぞ、ご勝手に。」
「ち、違うんだってば、アスカ〜!!い、碇君、信じないでよ!?」
それを聞いていたシンジはあらぬ想像をしたのか、顔までお湯につかって、しばらく上がって来れないようだった。
わたしは隣にいるアスカと岩場に腰掛けて夕日を見ている。
考えてみればアスカとこうしているのは二回目よね。もちろん温泉に入ったままっていうのはないけどさ。
それにしても、無事でよかった、アスカ。一時は冷や冷やものだったんだから。
わたしは、まだケージで見せたアスカの表情が気になっていた。
明るいアスカが、エヴァに乗る時何を考えてるんだろ。でも素直に教えてくれるわけ無いよね。
事情があるのかもしれないし。
そこで、わたしは質問を変えようと思って、少し碇君の真似をしてみた。
「ねえ………アスカは何でエヴァに乗ってるの?」
「アンタ、そんなの知りたいの?」
「うん………。」
「そうね。アタシのため。人から見てもらうため。アタシはこういう事ができるって知ってもらいたいため。アタシがアタシであるためにも。何より自分を誉めてあげたいから、ってとこね。」
「アスカ……そんなに頑張らなくても、みんなはアスカを見てくれるんじゃない?」
アスカは少し驚いた表情でわたしを見る。
そして小さく笑って、口を開いた。
「ま〜ったく、生意気言ってんじゃないわよ、知ったような口聞いちゃってさっ!!それじゃあ、あんたは何でエヴァに乗ってんのよ。理由が無いわけじゃないでしょ!?」
わたしが進んでエヴァに乗る理由って、実はもうそんなに無いけど………。
あ、そうか、まだあったかもね。
「そ〜ね〜、わたしがエヴァに乗らないと、碇君とアスカのフォローをする人がいなくなっちゃうじゃない?ほら、葛城さんやリツコさんだけじゃ、ちょっと手に負えないんだもんね〜。」
「な、何ですってえ!!馬鹿シンジはともかく、何でアタシがあんたの世話になんなくっちゃいけないのよっ!!」
「あれ、アスカ自覚無かったの?」
「よくも言ったわね〜!!」
わたしには、アスカのあの表情の理由が結局分からなかった。
でも、あんまりあんな表情はして欲しくないかな。
なんたって、アスカなんだから、ね。
FIN