空は青く晴れ上がり、遠くに見える入道雲が夏を演出している。残念ながら四季の無くなってしまった日本の海では、よく見られる光景ではあった。海は穏やかで、たいした波も立てていない。かもめが群れを成して飛び、とても平和そうな雰囲気だった。そこに浮かんでいるたくさんの人工物を除けば、の話であるが。
ここは新横須賀上空。その沖の海上には国連海軍太平洋艦隊でひしめき合っている。太平洋艦隊が総出の事態とは、ここ数年、無かったことである。それは異常なまでの物々しさだ。しかも、その艦隊は旗艦以外の、ある艦を護衛するように艦隊運動を続けている。もし専門家がそれを見ていれば、それが妙であることに気付いたかもしれない。
しかし、その上空を行く輸送ヘリコプターの搭乗者たちにとってそんなことはお構い無しだった。
「それにしてもいい景色!よく晴れてるし!これで行くのが軍艦じゃなくて豪華客船だったら言うこと無しだったんだけどな〜。」
搭乗者の一人である水色の髪の少女、綾波レイが外の様子を見ながら言う。彼女にとってこのちょっとした遠出はとてもうれしいものだった。普段は第3新東京市から出ることは許されていないし、14歳の少女にとってエヴァのパイロットとしての訓練はそう楽な事ではなかった。
まもなく、雲の切れ目からその軍艦群が遠くに小さく見えてきた。
………ま、いっかな。こうして碇君と海に来れたんだし。今日はずっと一緒にいられるっていうことよね。軍艦だって事さえ忘れちゃえば結構いいシチュエーションじゃない。もしかしたらいい雰囲気になったりして……。
例えばぁ…。
船のデッキで碇君はわたしの肩を抱いている。その船の前方にあるそのデッキには他に誰もいない。日も落ちてきて、肌に直に当たる風が少し肌寒い。わたしがその風に少し体を震わせると、碇君はわたしの肩を抱く手を、少し強める。
『ごめん、綾波、風が冷たいだろう?』
『ううん。平気。だって碇君がこうして抱いててくれるんだもん。』
『当たり前じゃないか、綾波は僕が守るんだから…。』
『碇君………。ありがとう………。』
『綾波………。』
そして夕日に映し出された二人の影はゆっくりと重なっていく………。
なあんちゃってねっ、きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪♪
「あ、綾波?」
その隣にいた碇シンジはにやけているレイに声をかけた。まあ、外を見ながらにたにたしているのは、ちょっとおかしいか?
後で考えてみれば、この考えはずいぶん甘い事になってしまうのだが。
機内には、国連特務機関NERVの作戦部長こと葛城ミサト一尉、同NERV所属、エヴァンゲリオン初号機専属パイロット碇シンジ、その友人鈴原トウジと相田ケンスケ、それに水色の髪の少女、エヴァンゲリオン零号機専属パイロット綾波レイであった。もっとも、彼女は少し無理を言って連れてきて貰ったのだが…。
「碇く〜ん、これ食べる?」
レイは持ってきていた小さなバックからりんごの入った小さなタッパーを取り出しふたを開けると、はい、と言ってシンジに差し出した。しっかり「ウサギ型」に切ってある。
「うん、頂くよ。喉乾いてたんだ。」
「お、りんごか?わしにもくれんか?」
鈴原トウジが横から口を挟んだ。
「しょうがないな〜鈴原君は!!碇君のために作ったんだよ?」
唐突にそう言われたシンジは顔を赤くしてしまう。
「え…ほ、ほんと?あっ、ありがとう綾波…。うれしいよ。あ、あの、今日はスカートなんだね。」
照れたため、話を方向転換させようとするシンジだったが、彼は相変わらず話し上手でないので、ついどもってしまう。普段は活動的な格好を好むレイなので、どうしてもパンツスタイルが多くなるのだが、今日は白のワンピースを着ている。シンジはその事を言ったのだが。
「へへ、だって今日はせっかく碇君と一緒に海に行けるんだもん。おしゃれしてきちゃったんだ。どう?似合ってる?」
「え、あ、うん、良く似合ってると思うよ。」
「ホントに?」
「も、もちろんだよ。いつもの格好も良いけど、今日のも…その…可愛いと思うよ。」
ストレートに『可愛い』と言われてレイも少し照れる。右手で空色の髪を軽くいじりながら。
「そ、そう?あ、ありがと。」
「か〜〜〜っ!!やってられんわい!!おいケンスケ、お前からもなんかいってやれや!」
「あ?なんか言ったか?トウジ。」
トウジは隣にいるケンスケに声をかけたのだが、彼は太平洋艦隊のビデオ撮影に忙しいため、機内の会話もまったく聞いていない。
「ちっ、まったくこいつはこいつでこればっかりや。わいにはもうミサトさんしかおれへん。ミ・サ・トさ〜ん。」
「そう、今からそっちにつくわ。………。………。うん、うん。それなら良いわ。…………。そうね、もう10分ってとこかしらね。………。」
「ミサトさ〜ん(泣)」
携帯で電話中のミサトの耳には残念ながら入らなかったようだ。
「え?ああ、二人とも来てるわよ。…………。大丈夫よそれは。どうせ両方ともつかえないんだし。本部にいても無意味よ。あっさり許可も下りたしね。………。ええ。それじゃ、よろしく。」
「ミサト〜〜ん(大泣)」
「ヲヲヲヲヲッ!!あれこそはこの間記念館の写真で見た…」
「碇君ほら、お口開けて、あ〜ん。」
「え、い、いいよ、綾波。」
「ほらほら、照れてないで。あ〜ん。」
「じゃ、じゃあ…あ〜ん。」
シャリッ。
そんな彼女の可能性 〜Sky Blue Fighters!!!〜
彼女たちは、ドイツから送られてきたエヴァンゲリオン弐号機の受け渡しのために太平洋艦隊に出向いていた。つまり、太平洋艦隊はその護衛のために使われたのだが。当然、機体だけ来るのでなく、そのパイロット、セカンドチルドレンも来ることになる。レイはその子の事も聞いていた。
……セカンドチルドレンね〜。どんな子なんだろ。大学出てる女の子だって言われたけど、やっぱ頭いいのかなぁ。でも一緒に戦ってくれる人が増えるってのはいいことよね。碇君と二人三脚で戦っていくって言うのも魅力的だけど、やられちゃったらしょうがないんだし。
でもあんまり可愛過ぎるのは………ちょっとね………。
レイはそんな事を考えてながら下を見ていると、これから自分の乗っている輸送ヘリコプターが着陸しようとする甲板の上に、黄色いワンピースの女の子を見つけた。
「凄い、凄い!凄い!!凄い!!!凄過ぎる〜〜〜!!!男だったら涙すべき状況だね、これは!!」
輸送ヘリコプターが甲板につくと、ケンスケが待ちきれなさそうな様子で外に出てきた。他の人も密室から早く出てきたかったのか、表情は明るい。
「わあ、やっぱり風が強いのねぇ。飛ばされないようにしっかり捕まえといてね、碇君♪」
レイはシンジの左腕をしっかりと抱え込んでいる。
「あっ、綾波っ、そっ、その…胸が…」
「碇君、何赤くなってんの?あ〜っ、碇君ったら♪」
「そ、そんなこといったって…。」
「ふふっ、いいのっ。碇君なら。」
「お、おまえら、いいかげんにせんかい!!目の前でいちゃいちゃ!!恥じらいっちゅうもんがないんかいな!!」
「いちゃいちゃって…変な事言うなよ、トウジ。」
「それの何処がいちゃついてないん言うんや!!」
「別にいいわよ、わたしは。ねえ、碇くーん。」
「え?あ、そ、その……。」
「ねえ、あんたたち…ちょっと静かになんないの!?もう…。恥ずかしいったらありゃしない…。」
たくさんの国連軍兵士が見ている中、甲板を少年少女と大人の女性の組み合わせの一行が通る。それを先程の黄色いワンピースの少女が迎えた。
「ヘロ〜、ミサト!!」
………げっ!もしかしてこの子がセカンドチルドレン!?思いっきり可愛いじゃない……。
「あら、アスカ、背のびたじゃない。」
「他のところもちゃ〜んと女らしくなってるわよ?」
「紹介するわ、この子がセカンドチルドレン」
興味無さげに聞いていたシンジとそれにくっ付いているレイ、それに苛立っているトウジと、もはや完全無視のケンスケを振り返って、ミサトが言った。
「惣流・アスカ・ラングレーよ。」
そこに一陣の風が吹いた………。
彼女の纏っていた黄色い布が舞い上がった。
……………。
あら………白………ね……。
沈黙する場と、投げかけられる視線…。白と言うトウジの声。それに答えたのは頬に聞こえる三つの炸裂音。
バチーン!!バチーン!!バチーン!!
「なっ、何するんや!!」
「見物料よ、安いもんでしょ。」
「カ、カメラのレンズが…。(代えがあるからいいけど…。)」
「いたた、いきなり酷い事するなあ…。」
「あらら…大丈夫?碇君。」
レイがシンジの頬にできた赤い手形を撫でているとき、
そこに再び襲う一陣の風。
それが今度舞い上げたのは黄色ではなく、白いワンピースだった。
「へっ?」
…………………………………。
沈黙する場と(以下略)。
トウジの言った白の部分は水色に変わっていたが。
バチーン!!バチーン!!
……うううっ、恥ずかしいっ、これは碇君でもだめっ!!
ぱちん。
最後の一発が弱かったのは気のせいなのか、何なのか。
「……………。ところでファーストとサードは?」
「ええ、この二人よ。」
ミサトはシンジとレイの肩を軽く叩きながら言う。
アスカはその二人をまじまじと眺めてぽつりと言った。
「ふ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん、そう。冴えないわね。」
シンジもむっとしたが、食って掛かったのはレイだった。
………な、なーに!?この子!?いきなりこんな事言うなんて、ずいぶんご挨拶じゃない!!
「誰が冴えないですって?なんであなたにそんな事言われなきゃなんないのっ!!」
「な〜に〜?見たまんまじゃない。わたしはこんなに完っ璧なのに他の二人がこんなんだったとわね〜。幻滅。」
「誰が完璧よ!!あなたなんて初対面の男の子にパンティ見せるようなへっぽこじゃない!!」
「なっ、なんですって!!それはあんただっておんなじでしょうが!!」
「残念でした、わたしは初対面の男の子にそんなことしないもんね〜。あなた、自意識過剰なのよ!!」
「あんたらみたいに自信が無さ過ぎるのより全然マシよ!!」
「ただ態度がでかいだけのまちがいじゃないの!!!!」
「いっ、言ったわね〜!!」
「言ったわよっ、文句ある!?」
「当たり前でしょっ!!あんたにそんな事言われる筋合いないのよ!!」
「ふん、みんな思ってるけど言わないだけじゃないの!?」
「ぬ、ぬわんですって〜!!」
「何よっ!!」
「「ふんっ!!」」
「綾波、お水いる?」
「うん、ちょうだい。…ありがと。」
ミサトがブリッジで艦長たちと事務的な話をしている時、彼ら彼女らは食堂で昼食をとっていた。軍艦の食堂、ということでかなり広い。一行はその一角を牛耳っていたが、子供の集団、と言うことで周りからはかなり注目されていた。本人たちはまったく気にしていなかったのだが。
「軍艦のカレー言うてどんなん出される思たら…。意外とまともやないかい。結構いけるで、これ。」
「これが太平洋艦隊で食べられているカレー…。味わって食べねば!!」
「何でこのアタシがこんな奴等とカレー食べてなきゃならないのよぉ」
「もう………。ご飯くらい黙って食べたら?本当にやかましい子ねぇ。」
レイがカレーを食べながら呆れ顔で言う。
「あんたにそんな事言われたかないわよ!『人のふり見て我がふり直せ』って日本のことわざ知らないの〜?」
「………それはどっちもどっちだと思うな………。」
「「なんか言った!?」」
「いえ…。」
どうもシンジには役不足のようだった。
太平洋艦隊はほぼ順調にその航海を続けた。確かに護衛と言う意味で、海上ではこれ以上のものは無いと思われる。これで兵器の一つや二つ、輸送できなかったと言われればお笑い草でしかない。しかし、それはあくまでも人間に対して、という条件でだが。
その時、海底より近づく黒い影に気付いた者は誰もいなかった。
「ちょっと、あんた離れなさいよ!!」
「なんだ、つれないなぁ。俺とお前の仲じゃないか。」
「変な言い方しないでよ!!」
食事を楽しんでいる(?)彼らの方に、二人組みの男女が近づいてくる。ただでさえ人目を集めていた団体がさらに人目を集めることになった。
「ミサトさん、用事が終わったんですね。………あれ?そちらの方は…。」
「こいつは加持リョウジって奴よ。別に覚えなくてもいいわ。」
「おいおい、酷い言いようだな。」
「ああっ、加〜持さん!!来てくれたんだ〜。」
「おう、アスカか。仲良くやってるかい?」
アスカは隣に座ったその男に引っ付く。それを苦々しげに見ながらミサトもシンジの隣の席に着く。
そう、彼は加持リョウジ。アスカの随伴で、ドイツから一緒にやって来たのだが。長身と長髪、それに無精ひげがよく目立つ。彼は目の前のシンジを興味深げに見ると、ゆっくり話し出した。
「きみは葛城と同居してるんだって?」
「え、は、はい。」
「彼女の寝相の悪さ……直ってる?」
「「「「えええええぇっ!!!!」」」」
他の四人が仰天した。シンジだけは、何を言っているのか分からずに目の前の加持を見ている。
「な、な、な、何言ってるのよっ!!」
「か、葛城さん、やけに親しげだと思ったら………そうだったのね……。」
「ちょ、ちょっとレイ、私は別に…!!」
驚き呆れて言ったレイに、ミサトが反論するが……。
「ははは、否定すること無いじゃないか、事実なんだから。そうなんだろう?、碇シンジ君?」
「え、ええ、寝相は悪いですが…。あれ、どうして僕の名前を?」
他の四人はまだ凍り付いている………。
「そりゃ、知ってるさ、何の訓練も無しに実戦でエヴァ初号機を動かしたサードチルドレン。」
「ぐ、偶然ですよ、偶然。」
「偶然も実力の内だ。才能なんだよ、君の。」
「そんな…。」
「か、加持さん、わたしの事はなんか言ってないの?」
シンジの話を聞いて、他の所で自分がどう言われているのか気になったのだろうか、いち早く正気に戻ったレイが口を挟んだ。
「ん?綾波レイちゃんだね。もちろん聞いてるさ。特にヤシマ作戦のときのはね。なかなかできるもんじゃないぜ、あれは。」
それを聞くとレイはにこりと顔を緩ませる。
「へへへ、そうかなあ。」
「むうううっ。」
そんな彼らをアスカがジト目で見ていた。
「ファースト、サード。後でちょっと来なさい。」
「あ、悪夢よ…これは……。」
ミサトはまだ頭を抱えている。
二人の目前には赤い色の巨体がLCLに漬されて横たわっている。そのてっぺんには得意そうな顔をしたアスカが腰に手を当てた得意のポーズで二人を見ていた。
三人のチルドレンはエヴァ弐号機が保管されている船に来ていた。と、言うかアスカが二人を引っ張ってきたのだが。
「どう!?これがアタシのエヴァ。試験段階の零号機や初号機と違って、制式タイプの実戦用よ!!おわかり?」
「はあ…。」
シンジは呆然と上を見上げながら答える。
………この子、本っ当に自信家ね。ここまでいけば大した物だわ。
「…………。それで…どこがどう違ってるの?わたしにはマスクが違ってるくらいにしか見えないけど。」
レイは辟易しながらも声を出す。アスカはレイの問いを待っていたと言わんばかりに話を続けた。
「あんたバカァ!?マスクだけの訳ないでしょうが!!よ〜く聞きなさい、まずはね…」
その時轟音がして船全体が大きく揺れた。
「えっ…」「きゃっ!?」「なに!?」
シンジもレイも体勢を崩す。アスカは上手くバランスをとって体勢を立て直すと、一言、
「水中衝撃波!!」
と、言って器用にエヴァ弐号機から降りてくる。衝撃波を感じた方向に走り、海面に立った水柱を眺めた。シンジとレイも間を置かずにやってきた。
「あれは…」
「使徒!?」
「あれが…本物の!?」
巨大な固まりがかなりの速度で海中をうごめいている。程無くして、その固まりの体当たりを食らった戦艦の一隻が沈んだ。
「どうしよう…。ミサトさんの所に戻らないと…。」
シンジは弱気になってつぶやいたが、アスカは逆に強気だった。
「そんな事してる暇ないわ!!今からすぐに出るのよ!!」
「えっ、でも許可を貰わないと…。」
「後で貰えばいいの!!ファースト!!あんたどう!?」
アスカはシンジが乗り気でないのでレイにふる。
「う〜ん、結局やることになるんだし…。行っちゃってもいいかもね。葛城さんそういうのこだわらなさそうだし。」
「ふ〜ん、初めて意見が合ったわね。じゃ、多数決で決まったから、さっさと行くわよ!!」
「はあ…。分かったよ。じゃあ惣流、気をつけてね。」
「何言ってんの。」
アスカはさも当然、と言う口調で言う。
「あんたたちも来るのよ!」
「くすくすくす。」
「もう…。綾波、笑わないでよ。」
「ふふふっ、だって〜。碇君良く似合ってる、か〜わいい。」
「からかわないでよぉ。」
レイとシンジはアスカのプラグスーツを借りて着ている。もちろん女性用なのでシンジが着ると、…あからさまにおかしい。心持ち内股になっているような気がする。はっきり言って格好悪かった。まあ、レイから見れば可愛く見えたのだが。そういうレイもアスカの赤いプラグスーツを着ているが、こちらは意外と良く似合っている。まあ、シンジから言わせれば、
「やっぱり綾波はいつもの白いプラグスーツの方が似合うね。」
となるらしい。
「そっか…ま、いっか!そうだ、今度碇君のプラグスーツ着せてよ。」
「ええ!?べ、別にいいけど…。」
「じゃ決まりね!楽しみにしておくからね。」
「そこっ!!」
エントリー準備をしていたアスカが弐号機の上から声をかける。
「準備ができたからさっさとこっち来なさい!!人が仕事してるときにいちゃいちゃやってんじゃないわよっ!!」
「あ〜っ、もしかして羨ましかったんでしょ?だめよ、碇君は貸さないからね!」
「な、何馬鹿なこと言ってんの!!いらないわよ!!早くしなさい!!」
「お〜怖い、怖い。」
そういいながらレイはエントリープラグ内に入る。シンジもそれに続いた。
一方、OVER THE RAINBOWのブリッジは、謎の巨大生物の出現によりてんてこまいだった。ミサトはそれが使徒だと分かっていたので、艦長にかけあっていたのだが。艦長の方も自分の方針に関して、頑として譲らなかった。
「だ〜か〜ら〜!!使徒はエヴァじゃなきゃ倒せないって言ってんでしょう!?」
「本艦隊の指揮権は私にある!!部外者には黙っててもらおうか!!全艦任意に迎撃!!」
「聞き分けが悪いわね!!あんたの株が下がるだけよ!!」
『オセローより入電!!エヴァ弐号機起動します!!』
艦長とミサトのいたちごっこの続く中、ブリッジに通信が入る。
「なんだと!!いかん!!そんな命令は出しておらんぞ!!」
「ナイス!アスカ!!」
『ちょっと、何してんのよ!!どきなさいよ!!』
起動したエヴァからもエントリープラグ内の通信が入る。
『仕方ないでしょ!!こんな狭い所に三人も入ろうとするのがいけないんじゃない!!』
『もう、こんな所で喧嘩しないでよ!!』
「はあ………?………シンジ君とレイも乗ってるの!?」
『は、はい………だからやめてってば!!み、ミサトさん、外部電源出しておいてください!!』
「お、オッケイ、わかったわ。ここまで来れるわね。」
『は、はい…うわ、何するんだよっ………誰に向かって言ってんのよ、ミサト!!アタシの操縦の腕前見てなさいよ!!……ちょ、ちょっと、アタシがしゃべってんのよ!!………か、葛城さん!?なんか武器用意して!?プログナイフしか無いの!!……わっ、やめてってば!!……プログナイフで十分よ!!……またそんな無理言って!!……』
「は、はは……。………ここまで来れるかしら………。」
「………大丈夫なのかね、葛城君。」
「なんでみんなで中入ったんや…。こうなるいうのは分かってたことやで。」
「エヴァの勇姿♪、エヴァの勇姿♪♪」
所変わって弐号機プラグ内。
何とか争いを制した(?)アスカが、弐号機の操縦桿を握っている。
「まったく、もう…。じゃあ行くわよ!!このアタシの勇姿、目にしっかり焼き付けておくのよっ!!」
そう言い放つと両手にある操縦桿をぐいと引き、弐号機を思い切り宙に舞わせた。煌煌と輝く太平洋の太陽と、赤い巨体が一瞬重なる。器用に宙で一回転すると、轟音を立てて隣にあった空母の甲板に降りた。
「そうそう、この調子よ!!どんどん行くわよ!!」
「も、もう、なんて操縦なの!!派手ならいいってもんじゃないわよ!!碇君、大丈夫?」
エヴァが突然飛び上がったので、対応しきれなかったシンジが目を回していた。
「ひやはあ…。う〜ん、何があったの?」
「そんなの、大事の前の小事よ!!目を回したくなかったらしっかり掴まってなさい!!」
エヴァ弐号機は次々に船と船とを飛び、目的のOVER THE RAINBOWまでやってくる。
「エヴァ弐号機、着艦しま〜す!!」
「や、やば!!碇君、掴まって!!」
「へ?はれ?どうなってるの?」
まだシンジは目を回している。
「んもう!!」
埒があかないと見たレイは、片手でシンジを首からぐいっと抱き寄せると、片手でアスカの座っているシートの端をしっかり掴んだ。
「あ、あ、あ、綾波!?」
計らずもシンジはレイに胸で抱かれている格好になってしまう…。
「しゃ、しゃべらないで、舌噛んじゃうから。」
レイもどもりながら顔を赤くしている。
「う、うん。」
エヴァ弐号機は奇麗に弧を描いて宙に舞い、落下中に一回転してOVER THE RAINBOWの甲板に着艦した。
「電源は!?」
「後ろよ!!」
「よし…これでO.Kね!!」
エヴァの残り電源が残り数秒から制限無しに変わる。レイとアスカの声が飛び交った。
「いいわ。武器は…用意できなかったみたいね。」
「仕方ないわ。プログナイフ一本で十分よ!!」
「来る!!一時の方向!!」
シンジが気を取り直して敵の存在を認める。いつのまにかシンジはシートの右、レイは左に来ていた。
「どうするの?」
「まあ、見てなさい!!」
アスカはレイにそう答えると、弐号機を使徒の方向に向き直す。プログナイフを目の前に構え、牽制する。使徒がOVER THE RAINBOWに向けて、突っ込んで来た。水面下を移動していた巨大な固まりが水面上に現われ、その魚型の姿を現した。
「結構でかい!」
「予想通り、問題無いわ!!」
「突っ込んでくるっ!!」
第六使徒、ガギエルが甲板上の弐号機向けて頭から突っ込む!!
アスカはその瞬間を見計らって操縦桿を思い切り引く。弐号機は左手を使徒の頭につき、左反転しつつ飛び退いた。
「アスカ、よくやったわ!!」
弐号機は使徒の頭についた左手を軸にして半身の体勢をとり、両手を使って使徒の突撃を止めた。見事に使徒を押え込んだエヴァに、ミサトは思わず声を上げる。エヴァの何倍もある巨体が完全に押え込まれている。
か、に見えた。
エヴァは対使徒専用兵器だが、OVER THE RAINBOWはそうではない。ガギエルの突進を踏ん張っていた弐号機の左足がずん、と沈んだ。
「「きゃっ!!」」
「な、なんだ?」
左足が戦闘機発進用のデッキにかかっていて、そこが下がったのだ。当然弐号機はバランスを崩す。ガギエルもろとも海の中に突っ込んだ。OVER THE RAINBOW全体にまでかかるような水飛沫を上げて、双方とも海の中に消えた。
『だいじょうぶ!?』
ミサトから通信が入る。
「ええ、なんとか。この後どうしましょうか…。」
シンジが答えた。通信がつながっていることで彼は少し安心したが、かといって問題が解決した訳ではない。
『何とか考えるわっ、それまでふんばってて!』
「ど、どうすんの!?落っこちちゃったじゃない!!B型装備じゃ水中戦は無理よ!!」
「やってみないと分からないでしょ!いちいちうっさいわね!!」
「もう、喧嘩しないでよ…こんな所で…。」
モニターがピーッと電子音を発し、敵が視界外に移動したことを告げた。
辺りは静かになり、物音一つしない。プラグ内にも水をうったような静寂が訪れる。
………………。
「………はあ、どうするの?こっちからじゃ身動きも取れないわ…。」
沈黙が破れる。レイはややあきれた口調で言った。
「言うまでもないわよ!!少し黙ってなさい!!」
アスカはかなり苛立った口調で言い返す。敵を見失い、身動きも取れないとなっては苛立つのも当然かもしれない。
………むっ!!何よ、自分が何も考えずに出撃したからこんな事になったんじゃない!!少し反省したらどうなの!!ほんとに自分が悪いと思ってんの、この子!!
「あなたの勝手な判断でこっちまで危険になったのよ!!なんか他に言う事はないわけ!!」
レイがシートに座っているアスカの肩を掴んで突っかかった。プラグ内にレイの怒声が響き渡る。
「なんか言ってどうにかなるってえの!?打開策でも考えたら!?」
「やめてよ…二人とも…。」
「そんなのとっくに考えてるわよ!!」
「じゃあどうにかしなさいよ!!あんたの文句聞いてもしょうがないのよ!!」
「やめてったら…。」
「どうにもならないから困ってるんでしょ!!」
「なら、黙ってなさいよ!!」
「本来あなたが解決する問題でしょ!!こういう時ばっか人に頼らないでよ!!」
「そんな事分かってるわよ!!あんただって適格者なら、もしもの時の覚悟の一つや二つは決めてるんでしょ!!ごちゃごちゃ言わないでよ!!」
っ!!!
バチンッ!!!!!
レイは手首のスナップをきかせて、思い切りアスカの頬を払い飛ばした。
彼女は怒った。
レイは自分の命を二度シンジに助けてもらったと思っていた。初めてシンジに会った時と、ヤシマ作戦の時と。自分の命こそ、シンジとの絆だと思っていた。
だから彼女は怒った。
アスカの言葉はそれを否定するものだったから。
「あなたはどうか知らないけど、わたしは生きるためにエヴァに乗ってんのよ!!一緒にしないでよ!!そんな目にあったことも無いくせに、偉そうな事言わないでよ!!わたしは、一回だって死ぬなんて考えた事無いわっ!!」
「な、なっ………。」
「死ぬなら一人でやってよ!!わたしは嫌だからね!!」
アスカの耳にはまだ耳鳴りが残っている。が、レイの言葉が真に迫っていたので、何も言い返せなかった。
「やめてよっ!!綾波、惣流っ!!そんな事してても何にもならないだろっ!!」
シンジが声を張り上げる。
プラグ内に重苦しい雰囲気が漂った。
その時、ピーッ、と電子音がなった。それは、使徒接近を知らせるものだった。
「しまった!!ど、どっち!?」
はっ、としてシンジがモニターを見る。が、彼の見ているモニター上には使徒の影が映っていない。
「碇君、後ろ!!」
レイが叫ぶ。使徒はエヴァの視界外から後ろに回り込んでいた。猛突進してくるのがシンジにもわかる。
それを認めると、シンジはやや強引に、呆然としているアスカの手から操縦桿を奪い取った。
「な、何すんのよ…。」
「このままじゃ、飲み込まれちゃうよ!!」
シンジは操縦桿を倒して弐号機の体勢を変えようとする。弐号機はそれに反応してか、ゆっくり体を横にした。
そこにガギエルが口をいっぱいに開けて突っ込んでくる。
「ぐっ!!」
エヴァ弐号機を衝撃が襲う。ガギエルのスピードは相当のものだったので、プラグ内に与える振動も大きかった。操縦桿を掴んでいたシンジは大丈夫だったが、シートに座っていながら何も掴んでいなかったアスカは吹き飛ばされて、隣にいるレイとぶつかった。
「きゃっ…。」
レイは内壁にぶつかりながらかろうじてアスカを受け止める。
「くっ…このままじゃ…まずいわね…。」
小さな声でアスカがつぶやく。
それは船上での自信のある声とはおよそかけ離れたものだった。
その時、レイは受け止めたアスカの肩が小刻みに震えているのに気がついた。
彼女には、その姿が自分と重なって見えた。ヤシマ作戦の時、不安になっていた自分の姿に。
………そっか………この子も不安だったのね………。考えてみれば当然よね、これが実戦は始めてなんだし…。大学出てても………エヴァの操縦上手くても………わたし達と何も変わらないんだ。
………殴ったりして……悪い事しちゃったかな………。
「大丈夫よ!!惣流さ…アスカ!!何とかなるって!!碇君だっているんだから!!」
レイはできるだけ明るい声でそう言った。何とかアスカを励ますために。シンジは操縦に集中していてその声が聞こえていない。
「何で………こいつがそんなに信用できるの?アタシやあんたと違って、正式な訓練だって受けてないのに………。この間、適格者になったばっかりなのよ?」
「それでも、今まで碇君のおかげで、なんとかなってきたからよ。このくらいどうってことないって!!」
レイは笑顔でそう言った。戦場には不適切な笑顔だったかもしれないが、アスカは少し、その笑顔に見とれた。なぜこんな状況でこんなに笑っていられるのか、と。
………そうよ、何とかなったんだから。だから今回も………何とかするの!!
今、レイの心にはヤシマ作戦のときのような不安はなかった。
『聞こえる?シンジ君。今そっちがどういう状態か、説明できる?』
ブリッジのミサトから通信が入る。
「は、はい。今、僕たちは……」
シンジがかろうじて機体を傾けたため、丸呑みになるのは避けられた。ただ、それでも上半身を使徒の口にくわえられた状態である。その状態をシンジがミサトに説明する。ミサトはその答えを察していたのか、すぐに使徒殲滅のための説明に入った。
「………わかりました。やってみます。」
『じゃあ、頼むわね。アンビリカルケーブル、巻き戻すわよ!!』
「は、はい!!」
つまり、作戦はこういう事だ。今、弐号機はガギエルにくわえられた状態だから、それを逆手にとって、アンビリカルケーブルを巻き戻すことでガギエルを艦隊に引き付ける。その間に弐号機がガギエルの口を力ずくで開き、そこに戦艦を突っ込ませて砲撃、のちに自爆。これによって使徒殲滅、という作戦だった。もちろん、弐号機がガギエルの口を開くことができなければ、ATフィールドを中和されているエヴァの方も無事では済まない。
無事では済まない………か。
アスカはその説明を聞いても、まだ少しうつむいていたが、突然肩を抱いているレイの方をきっ、と向いた。
「一か八かってやつね。仕方ないわね、ミサトもこんな作戦を立てるなんて。作戦部失格よ!!仕方ないけど、今回は付き合ってやるわ!!」
「惣流さん!」
「もう、アスカでいいわ!!それにファースト、ううん、レイ」
レイ、と名前で言われて、彼女はきょとん、とした表情でアスカを見る。
「さっきのビンタの借りは上に行って返すわよ。覚えときなさい!!」
覚えときなさい、と言った割には明るい口調だった。それを聞いてレイも表情を緩ませる。
「わかった。アスカ。」
「よし、いくわよ。」
アスカはそう言うと、レイの元を離れシートに座っているシンジの、右側に移った。
『ケーブルのたるみが無くなるわ!!三人とも衝撃に備えて!!』
まもなく、衝撃が走る。しかし、今度は体勢を整えていたので、それほど大きなショックはない。
『エヴァ、浮上開始!艦隊接触まで、後50!!』『戦艦、Z地点に対し、沈降開始。』
ブリッジとプラグ内にオペレーターの声が走る。
『時間が無いわ!!頼むわよ、シンジ君、アスカ、レイ!!』
「「「了解!!!」」」
シンジは掴んでいる操縦桿を固く握り締めた。
『接触まで後40!!』
「もう時間が無いわ!!」
アスカは操縦桿を握っているシンジの右手に自分の両手を重ねる。
「そ、惣流!?」
「へ、変な事考えないでよ!!さ、作戦だから仕方ないじゃない!!」
レイは、そう言いながらも顔を赤らめているアスカがおかしかった。
本当にわたし達と何も変わらないのね。………ちょっと素直じゃないだけなんだ。
「な、何笑ってんのよ、レイ!!時間が無いって言ってるでしょ!!」
「ふふふっ。分かってるわよ、アスカ!!」
レイもためらわずにシンジの左手に自分の両手を重ねる。
シンジは自分の両手にある違った体温を確かめると、モニターを見据える。操縦桿を引き、レイとアスカに言った。
「いくよ、綾波、惣流!!」
「O.K!!」「いいよっ!!」
『接触まで後30!!』『使徒の口は!?』『まだ開かん!!』
ミサトはガギエルの口の開くタイミングを計る。同時に、沈降する戦艦の突っ込むタイミングも見ている。彼女の背中に焦燥の汗が流れ落ちた。
『まだ!?早くしてっ!!』
「くうううううっ!!本当に開くのっ!!これ!?」
「分からないからやってるんじゃないかっ!!」
「何としても、開けるのよ!!」
ガギエルの口はいっこうに開く気配は無く、三人の口から怒声が出る。
『接触まで後20!!』『まだなの、アスカ!!』
三人とも渾身の力で操縦桿を引く。シンジの額に汗が滲み出る。レイとアスカの腕の感覚が少しずつ鈍る。顔の表情が強張っていく。
弐号機は飲み込まれている上半身を、口をこじ開けて出そうとするが、ぎりぎり、と食いしばっている使徒の口はそう簡単には開かない。
「ぐうぅぅっ!!」「くっ!!」「ううううっ!!」
『接触まで後15!!』
開け、開け、開けっ!!開いてよっ!!
開けっ、開けっ!!さっさと開くのよぉっ!!
開いてっ、お願い、開いてっ!!
『接触まで後………』
「「「ひらけえっ!!!」」」
三人の声と意志がぴったりそろう。
シンクロ率が瞬間的に跳ね上がった。
目覚めたように弐号機が頭をもたげ、暗闇にその目が光る。
弐号機は使徒の顎に足を踏ん張り、力ずくで上半身を起こして口を開くと、無理矢理両手でガギエルの口を大きくこじ開け、そのまま支えた。
ちょうどその時、背後に沈降してきた戦艦が迫り、二隻の戦艦が、使徒の口をこじ開けているエヴァを挟んでその口の両側に突っ込んだ。
ブリッジのミサトはその瞬間、自分の作戦が図に当たったことを理解する。そして、作戦完了のための言葉を、間を空けずに繰り出した。
「撃てえっ!!」
戦艦二隻は、撃てる限りの砲弾を撃ち込む。ガギエルが悶える。
全弾撃ち込んだ後、その口の中で戦艦が自爆した。
体内から撃ち抜かれて使徒が爆発する。
数十メートルに及ぶ水柱を立てて、ガギエルは水中に散った。
「「「やったあぁっ!!!」」」
アスカとレイが抱き合って喜ぶ。シンジは安堵感のために深い息をつく。
その後エヴァも使徒の爆発で弾き飛ばされ、宙に舞った…。
「ふう〜、なんとかなったわね。」
「お、終わったんか?」
「ふふ、ばっちり収めたぞっ、エヴァの雄姿を!!」
ブリッジの緊張の糸もようやく解れたようだった。
その時、爆発に吹き飛ばされた、空中のエヴァからの通信が入ってくる…。
『ちょっと!レイ!!何あんた抱きついてんのよ!!離れなさいよ!!』
『ああっ、よく言うわね!!アスカから抱き着いてきたんじゃない!!しかもあ〜んなにまで力・づ・よ・く♪』
『なっ、何よそれ!!誤解を招くような言い方しないでよ!!』
『あら、事実を言ったまでよ♪』
『う、嘘おっしゃい!!』
『もう、二人ともやめてくれよ〜。これじゃ甲板に頭から突っ込んじゃうよ〜。』
エヴァ弐号機はくるくると回転しながら落下してきたが、シンジの懸命の努力で、何とか甲板に片膝を突いて着地した。が、その後は力が抜けたようにだらり、と肩から崩れ落ちてしまった。
………エントリープラグ内のシンジの様子も似たようなものだったという………。
その会話をブリッジで一部始終聞いていた鈴原トウジのコメント。
「ほ〜んま、エヴァのパイロットって変わり者が選ばれるんちゃうか?」
新横須賀軍港。
半数が撃沈されながらも、太平洋艦隊はようやく目的地に辿り着いた。
そろそろ日も暮れ始め、雲も海も赤く染まっている。日中の激戦の結果生じた残骸がまだ海面に残ってはいたが。
その港の一角にある埠頭。レイとアスカは何をするでもなく、海を見ている……。
「さ〜て、レイちゃん?」
「は、はい?」
「昼間のビンタの借りを返しとかなくっちゃあね〜。」
「え?あ、やっぱり?」
「あ〜んなに思いっきり殴られちゃ、ちょ〜っと許せないわよね〜。」
「あ、あはは……。そんなに痛かった?」
「痛かったわよ〜。あんなに思いっきりやられたのは生まれて初めてね〜。」
「は、は………や、優しくしてね……?」
「へぇ〜アタシにはあんなに強く殴っといて、優しくねぇ〜。ま、いいわ。目ぇつむりなさい、レ・イ。」
「うううっ。」
レイは下を向き、ぎゅっ、と目をつむって両手を強く握り締める。
「いっくわよ〜。」
アスカは、これでもか、と言わんばかりにめいっぱい振りかぶる。
アスカの平手がレイの顔めがけて空を切る!!
しかし。
ぴとっ。
その平手はレイの顔の直前で止まり、ゆっくりと頬に付けられた。
「今日は何とかなったから………。これで許してあげるわ。ふん。」
アスカは顔を近づけてレイにそう言うと、今度はそっぽを向いてしまった。
………アスカったら………本っっっ当に素直じゃないのね。ここまでいくとなんか可愛いけど。
「ア〜スカっ。ありがとっ!!」
レイはそっぽを向いているアスカの首に抱き着いた。急だったのでアスカも少しよろける。
「ちょ、ちょっと、何馬鹿やってんのよ!!離れなさい!!」
「あやなみ〜、そうりゅう〜」
海とは反対側から少し間の抜けたシンジの声が聞こえてきた。見ると遠くで手を振っている。
「ミサトさんが帰る準備できたって言うから、早く行こう!!」
「オッケイ!!今、行くわ!!」
レイとふざけ合いながら、少し離れた所でアスカがシンジに答える。ようやくレイを首から振りほどいたアスカはそのレイに、ふと、つぶやいた。
「あいつにも………名前で呼んでもらおっかな?」
………!!ちょっと、それどういう意味!?ま、まさかっ……アスカ!!
少し目を離すともうアスカがシンジの方に向かっている。
「何やってんの、置いてっちゃうわよ!レイ!!」
「ま、待ちなさい、アスカ!!今のどういう意味!?」
そ、そんなの………冗談じゃないわっ!!
Fin