『レジェンドオブレリアル』




				「第二章」

				良く聞け
			彼らの語る真実に耳を傾けろ
				立ち上がれ
			わずかに選ばれし者達よ
				未来は共にある
					〜「壁の落書き」
1

 スワルド河。帝国のほぼ中央を北東から南西に流れる大河。
歴史上この河の廻りに幾つもの国が興り、滅んでいった。帝国はこの河沿いの国々を平定し
た。
それ以前はこの河がそれぞれの国の国境だったのだ。今はこの河が帝国の大動脈となってい
る。
 一行は小さなボートで、スワルド河を遡り、旅を続けていた。
 ボートは魔戦士ランチスが舵を取り、重戦士ジオルがオールを漕ぐ。そのほかの女性陣、
魔術師ソニア、僧侶リリイナそして義賊エルダマールは、のんびりと船旅を楽しんでいた。
  しかし、
「きゃあぁぁぁっっ!!」
突然の悲鳴があがる。
「リリイナッ!」
舵を取っていたランチスが剣を抜くが、それを振るうことは出来なかった。
  一行を襲ったのは、ハーピー、又の名をハルピュイア共呼ばれる人頭鷹身の妖魔。美しい
女性の上半身と醜い禿鷹の下半身をしており、男達を惑わす。それが3匹、ぐるぐるとボー
トの周りを飛んでいた。周囲の風景を楽しみすぎて上空への警戒が全く無かったのだ。上空
からの奇襲攻撃に為す術が無かった。
「た、助・・・。」
そのハーピーの鋭い鈎爪に捉まれ、空中へとさらわれてしまったリリイナは満足に悲鳴も上
げられない。
「今楽にしてやる。」
ランチスはそう言ったものの、空中のハーピーに剣は届かない。一行の中で空を飛べるのは
3人もいるが、ソニアやエルダマール、そして今捉まっているリリイナも、ドックファイト、
空中での接近戦は苦手だった。
「リリイナ!ファイアーボールが打てないじゃないのっ!」
  ソニアが叫ぶ。いつもなら、ジオルごと敵を焼き払う彼女だが、今回はリリイナなので必
殺技を使えないでいた。リリイナなら跡形も無く燃え尽きてしまうだろう。
「きれーな姉ちゃん達やなあ・・・。」
  ジオルはボーっとハーピー達を眺めている。
「ああっ!ジオルが幻惑されてるっっ!!」
  彼の様子に気が付いたエルダマールが知らせる。
「こんな時に!」
  ソニアがうめく。ハーピー達の攻撃はは幻惑されていない女性達に集中していた。ランチ
スもまた幻惑はされていないが、揺れるボートの上で思うように動け無い為に援護もままな
らない。
「エルダ行け。敵を引き付けるんだ。」
  ランチスは物陰に隠れるようにしているエルダマールに指示する。
「えーっ。」
  彼女は自分の小さな剣とハーピーの鈎爪とを見比べ、ランチスに抗議する。
「大丈夫だ。行け。」
  彼が呪文を唱えると、エルダの剣に仄かに輝きが宿る。
「しょうがないなあ、もう。」
  いつもなら、素早い動きを見せる義賊だが、今回はゆっくりと宙を飛んでゆく。
  しかし、武器を持っているエルダをハーピー達が見逃すはずも無く、たちまち2匹に挟み
撃ちにされる。
「よっ!はっ!あららーっ!」
  エルダはその攻撃を避けつつも、剣を振るうが一向にかすりもしない。
「ランチスー!当たらないよー。」
「・・・だろうな。」
  ランチスが使ったテンポラル・エンチャントメントは武器の威力は上げるものの、命中率
までは変えることが出来ない。個人的に愛用の呪文ではあるものの、他人にかけてやるのは
初めてで、エルダにハーピーを倒してもらおうなどとは期待していなかったが、全くの無駄
に終わりそうなのは残念でもあった。
  だが、エルダマールがハーピーを引き付けている間にソニアがジオルのもとに辿り着く。
その意味では彼の呪文は十分に役立っていた。
「ジオルしっかりしなさい。」
  鮮やかに後頭部に蹴りを入れながら、幻惑されているジオルの正気を取り戻そうとするが、
「ねーちゃん、もっとこっちおいで・・・。」
  ジオルはソニアの蹴り程度ではびくともしない。
「無駄だ、ソニア。ジオルは魔法で幻惑されている。魔法には魔法だ。」
  ようやくランチスもジオルのもとに辿り着く。
「ファイアーボールなら効くかしら?」
  ソニアが呟くと、
「やめろ。」
  揺れるボートの縁に掴まってなんとかバランスを取りながら、ランチスは厳しい目で睨み
付ける。戦闘中のランチスは普段にまして冗談が効かない。
「はいはい、ディスペル・マジックよね、ここは。」
  ささっと呪文を唱えながら、手にした杖でジオルの脳天を思い切りぶん殴る。パコンッと
良い音がして、ジオルの虚ろな表情が普段のものに戻り、続いて痛みにしかめられる。
「あ痛ったたた、な、なにするねんなもう・・・ありゃ?」
「当たんないよー、ねぇランチスー、魔法効いてないー。」
  ジオルの前をハーピーに追いかけられたエルダが飛んでいく。
「説明は後、行くわよ。」
  ソニアは何か呪文を唱えている。良く解らんが、戦いらしい。それなら自分の出番だ。説
明は要らない。愛用の斧を取り出す。
「ジオル!飛んでけっ!」
「よっしゃあ!!」
  ソニアの掛け声と共に、ジオルが疾風に変わる。次の瞬間にはハーピーの1匹が、飛び散
る血のりと羽毛に変わった。
  続けてもう一匹。残るはリリイナを掴んでいる一匹だけだったが、そいつは仲間がやられ
たのを見て、身をひるがえしていた。今回は餌を手に入れただけで帰ることにしたらしい。
「逃がさん!」
  ランチスは呪文を唱える。本当はハーピーの様な雑魚に使いたくはないのだが、今のとこ
ろ他に手段が無い。
「エナジー・ブラスト!!!」
破壊的なエネルギーが逃げるハーピーを背後から捕らえ、引き裂く。
「!!」
  悲鳴をあげる間も無く絶命し、リリイナを掴んだまま、川面に向かって落下していく。
「ふぇぇぇー・・・。」
  情けない声をあげつつも、リリイナは掴まれた鈎爪から逃れることは出来なかった。
  リリイナもろとも水面に激突するハーピーを捕まえたのはジオルだった。
「リリイナ、ゲットやでぇ!」
ハーピーの爪はきつくリリイナを掴んでおり、彼女が自由になるのにはしばらくかかったも
のの、特に怪我も無く、呼吸困難からくる疲労以外は無事であった。
「あんたが捕まるから、面度臭かったじゃないの!」
  ソニアは、まだ生きた心地のしないリリイナの鼻をつまみながら、そういった。
「あーあ、これから本気出す所だったのになぁ、あたしの華麗な剣さばきで、ハーピーをス
パスパッってやっつけてやるところだったのにぃ。」
  エルダマールは、ジオルに向かって、手柄を横取りされたと愚痴をこぼしている。
「空からとは不注意だったな。」
  ランチスは、自分の中にあった油断を戒めるように口に出す。それを耳にしたソニアが、
「いつもこっちが空を飛ぶからね。それに最近戦ってなかったし。」
  と、多少フォローする。放っておけば、ランチスは、常に臨戦態勢を整えるべきだ。とか
言いかねない。それは面倒だ。
「いや、襲ってくるのは水中の怪物だと思い込んでいたのだ。」
「水中?それって・・・なにか?」
  ランチスの答え方に、ソニアの眉が跳ね上る。いやな予感がしたのだ。
「ああ。リストによると、この川にはハイドラが棲んでいるとある。」
「ハイドラぁ!」
「ああ、大物なので後回しにしていたのだが、出てきた所を退治しても良いだろうと思って
いた。」
「あんたねえ、先に言いなさいよ、そんなことは!」
「今、言っただろう。まだ、ハイドラにあった訳ではない。」
「覚悟ってモンがあるでしょ!」
「なら、覚悟しておけ。まあ、早々出会えるとは思わんがな。」
「はあ。」
  ソニアはため息をつく。ランチスの持つリストには、この周辺に存在するといわれている
怪物達が記載されている。ランチスはその全てを退治するのが使命らしいのだが、ソニア達
はそのリストは暇つぶしの冒険の種ぐらいにしか思っていない。今までもオーガや、殺人ユ
ニコーン、カトブレパス、コカトリスを始めとする、コルン荒原の怪物達。そういえば、ピ
ーターも、亡霊達と一緒にリストに載っていたはずだ。
  徐々に怪物達のランクが上昇している。
『そろそろ、こいつと手を切る潮時かしら・・・?』
「ねえ、ねえ!街がみえたよー!」
  エルダマールの無邪気な声がソニアの夢想を吹き飛ばす。
「ファニイの街だ。」
  ランチスのその一言に、つい、
『そこにはどんな怪物が棲んでるの?』
  そう聞きたくなるソニアだった。
  大河スワルドの流れは緩やかに力強く流れ続ける。それは、止まることの無い歴史の流れ
の様に一向を運んでいく。