『レジェンドオブレリアル』




				「第二章」
2

ナムタール平原。
「緑の砂漠」と人間達は呼ぶ。
だが、この平原の主である半人馬ケンタウロス族は「自由なる大地」と呼ぶ。
草だけが広がる世界は一見豊かに見えても、他に何も無ければそこは砂漠に等しい。
文明の無いところでは軟弱な者達は生きていけないものだ。
ここは事実上、帝国の北の国境線である。
「自由なる大地」はどの国のものでも誰のものでもない。そうケンタウロス族は言う。
「我々は大地を所有していない。大地が我々を所有しているのだ。それさえ解っていれば
大地は我々を生かしてくれる。忘れれば大地に拒絶されて死ぬのだ。人間は忘れっぽいが
我々はけしてそれを忘れない。ケンタウロスは全てを憶えているのだ。人間が全てを忘れ
るように。」
だがしかし、この緑の砂漠に多くの人々が生きていた。彼等は憶えていた、伝えてきた。
それは太古の氷河の記憶・・・。

「今日まで我々は耐えてきた!ついにその時が来たのだ!世界に再び真の女王を頂く時が」
熊の毛皮を身にまとった男がそう叫ぶ。
男の前に集まる聴衆も毛皮や草を編んだものに身を包んでいる。
「失われし秘宝、”魂の秘石”は現在帝国にある!取り戻すのだ!全てを忘れた愚か者達
から、そして伝えるのだ!我々が女王の事をけして忘れなかった事を!」
「再び女王が世界を支配するのだ!我々の栄光の時代をとりもどすのだ!」
群集から喚声があがる。

その光景を見守る男達がいた。
「蛮族か。いったいどこからこんなに集まってきたんだ?」
「あのぐらいでなければ、帝国に対する手駒にはならんよ。まだまだ集まるはずだ。」
そう言った二人は、ローブに身を包み、杖を手にしていた。
「しかし、蛮族など帝国にとっては造作もないだろう ?」
「手を触れた駒は動かさなければならん。それもルールの一つさ。彼等は所詮、
端のポーンに過ぎない。」
「君の得意なゲームか。要するに、おとりか、あれは。」
「ギャンビットと言ってくれないかね。今必要なのは時間だよ、その為の手だ。もし彼ら
が女王になってくれれば、もうけものさ。」
「その女王だが、可能性はあるのか?だとすれば危険な賭けではないか、計画に反する」
「まずはありえん話だな。死者を蘇らせる秘宝とはいえ自ら冥界に降りた神までどうこう
出来るものでは無かろう。しかも彼等は自分達の神の名すら憶えていない。」
「そうなのか?彼等は名も知らぬ神を崇めているのか?おかしいではないか、伝えてきた
のだろう、伝承を。だからああしている。そうではないか?」
「ありがたがって神の名をみだりに口に出さず、忘れてしまったのさ。古い神は名を呼ぶ
と現れるからな。北の女王と呼ぶのはそのせいさ。」
「真の名を忘れるとは、本末転倒ではないか。」
「だから彼等は蛮族のままなのだよ。誰かが憶えていると信じこんでいるのさ。」
「君が憶えているのでは?教えてやらないのかね?」
「秘宝のありかだけで十分だ。彼等に希望は与えたのだから。後はまかせるさ。」
「意外に冷たいな。」
「所詮蛮族だ。新しい時代には必要無い。」
「彼等とて変わるかも知れないぞ、君のように。」
「何人かはな。全てではない。彼等は変わるのを恐れすぎている。だから何千年も蛮族で
いられるのだ。世界に不変な事など有りはしない。彼等は所詮滅びる運命なのだよ。」
「普段の君の言葉とは思えんな。それ程憎いかね、彼等が。」
「そうではないよ。もう彼等の時代では無いと言う事だ。変われるものだけが生き残る。
彼等は変わる事が出来ない。だから生き残れない。それだけだよ。」
「だが、君なら彼等を変えてやれるのではないかね。我らの使命は世界と人を変える事、
そうだろう?」
「ああ、だが大半が手遅れだ。変われるものは変わってゆくよ、私のように。」
「荒療治だな。」
「その必要がある、そう決めたのだよ我々は。」
「そうだったな。」
「痛みには耐えられる。そう信じ、そう願う他はない。」
「身内といえど容赦無しか。」
「我が命といえども犠牲にする。そう誓ったはずだ。」
「恐ろしいな君は。人はそれほど強くはないぞ。」
「確かに人は弱い。だが、強くなれる。あなたが思う以上にだ。強ければ神にすがりつく
必要も無い。弱きものは淘汰される。泣き喚くしか能の無いものは最初に死ぬ。解かって
いた事だ。」
「すがりつく神がいなければ、人は強くなるしかない。我らの計画とは順序が逆だな。」
「信じるものがいなくなれば、神の役目も終わり、真の人の時代が来る。強き時代が。」
「だが、その前に嵐の時代、人は益々神にすがる。」
「その神々を打ち砕き、絶望の中から立ち上がるもの達を導く。我らの誓いだ。」
「忙しくなるな。年寄りにはきついぞ。」
「だがあなたはやってくれるのだろう?」
「そう、誓ったよ。多少、はやまったのかもしれん。」
「準備の時間はまだある。慌てることはない。」
「だが、わしに残された時間は多くない。新たな時代は見られんだろう。」
「・・・。」
「行こうか、次の仕事だ。」

二人の男が消え去ったあとも、平原では数多くの蛮族が喚声をあげていた。
それはまるで、嵐のように、平原に響きつづけた。