新世紀エヴァンゲリオン 無謀編 − 第壱話 悲しみを継ぐ者 −
この都市の繁華街の片隅に「居酒屋 PEN2」が在る。
店内は暗く音楽も無い、夜の街の光と喧騒が小さく漏れて来るだけである。
人は、カウンターでグラスを磨く若い女性と透明な液体を煽る少年しかいない。
女性は長い黒髪を後ろで一つにしばり、体にぴったりとした黒いタキシードで均整がとれた見事な肢体を包みこんでいる。
少年は白いワイシャツに黒いズボンという服装をしており、どう見ても中学生にしか見えない。
コトリ、空になったグラスをカウンターに置き細い指で握り締めたグラスを差し出す。
俯むいているため黒い髪で顔が隠れて見えない。
グラスを差し出された女性は、美しい顔に諦めに似た表情を浮かべると、透明な液体を満たしたクラスをゆっくり少年に出す。
「これで最後よ」
少年は、グラスを持ち顔を上げた。
少女の様な線の細い顔つきは、優しげと言うより儚げと言う表現が似合いそうだ。
この時、胸元で赤い淡い光が灯った。
胸元に下がっているオーブが外の光を反射したのだ。
オーブ、魔術師の証。
そして、少年の持つ赤いオーブは、その中でも1人しか持つ事の出来ない最強の魔術師の証。
そのあまりの力のため、いかなる法にも縛られる事の無い唯一の人間の証明である。
つまり、少年がその気になれば、この都市を一瞬で消滅させる事も可能であり、その事によって罰せられる事も無い。
再び少年は、透明な液体を煽った。
白く細い喉を抜けた透明な液体は少年の胃を焼く。
「今のが最後、飲みすぎよ」
力無くうな垂れる少年からグラスを取り上げると、女性は優しく言った。
少年は、俯き細い肩を震わせた。
「ミサトさん...」
少年は、頭を上げた、その瞳から雫が頬を伝い流れる。
女性、葛城ミサトは、ゆっくりと首を振った。
「しんちゃん、今ので終わりなのよ」
少年、碇シンジの体から力が抜ける。
「そんな物では、癒す事は、出来ないわ」
シンジの背後から幽鬼の様に少女が現れた。
透けるような白い肌、銀色の髪、そして真紅の瞳。
一瞬前までこの居酒屋には、2人しかいなかったのに。
「もう、気付いている筈だよ、シンジ君」
シンジの背後からもう1人現れた。
優しい微笑みを浮かべた美少年がさりげなくシンジの肩に手を置いて立っている。
少女と同じ、透けるような白い肌、銀色の髪、そして真紅の瞳を持っている。
「わかっている、わかっているよ!」
俯き頭を抱え叫ぶ。
「なら、何故そうしないの?」
シンジの叫びに、少女、綾波レイは、感情のこもらない声で答える。
「わかってても、出来るわけないだろ」
シンジは、力無く言う。
「シンジ君...」
美少年、渚カヲルは、シンジの肩に置いた手に力を込めた。
「カヲル君...」
シンジは、カヲルの手に自分の手を乗せた。
黒い瞳と赤い瞳が互いを捕らえる。
「苦しんでいるのは、シンジ君、君だけじゃないんだ」
「...わかったよ、カヲル君」
シンジは、椅子からゆっくりと立ち上がった。
その時、入り口から耳障りな高音が鳴り響く。
「いけない!」
シンジは、素早く皆の前に出て魔法を紡ぎ、ATフィールドを広げた。
次の瞬間、加粒子砲の光が辺りを包み込む。
第三新東京市、日本の首都となったばかりの新く若々しい活気に満ちた都市。
つづく