2005年05月28日

職場の同僚を誘い上鹿川キャンプ場へ

宮崎県上鹿川や福岡市近郊でのフライフィッシング。ほんのり紅を点した野バラ。

「捻挫と痛風は、鹿川に漬ければ治る」と、昔から決まっています。やっと、余震も落ち着いたようなので上鹿川へ治療に出かけることにします。職場の同僚も、日常の激務に疲れ果てているようです、みんなを誘い上鹿川キャンプ場で猪鍋大会を挙行することにします。

管理人さんへ電話をすると、キャンプ場は5月6日以降閉鎖されたそうです。管理人さんにお願いし空き家を用意していただきみんなで出発です。

朝早く到着します、夜が明けると人間の社会のできごとなどに翻弄されることなく、そこら中に野バラが満開です。ほんのりと紅を点したとてもきれいな野バラも咲いています。

登山隊と漁労班の出発

宮崎県上鹿川や福岡市近郊でのフライフィッシング。ヤマメ。

今日の隊員構成は、前回鉾岳登頂に失敗した登山隊に新たに2人の隊員を加え必ず登頂を果たすと誓った登山隊と、登山隊員に必ずヤマメを提供できる漁師で構成された漁労班の混成キャンプ隊です。

友人がこさえた、日本の伝統に基づいた朝食をいただき、おのおのプレッシャーに押しつぶされないよう気合いを入れて出発します。

漁労班は、最近にない減水しきった流れにとまどいながらつり上がります。しかし、ポイントを絞るのは簡単です。水が流れているところに毛鈎をそっと落とせばよいのです。でも、とても小さなヤマメしか釣れないので登山隊からしかられそうです、漁業調整規則に触れてしまうほど小さなヤマメです。

漁労班の成果、反省

宮崎県上鹿川や福岡市近郊でのフライフィッシング。ヤマメ。

何とか、規則に触れない少し大きなヤマメが釣れたので、今日の最終兵器を使用することにします。先日、とある釣具の卸売店の閉店セールで購入した折りたたみ式の魚籠を使います。魚籠を持ちながらつり上がるのは、始めての経験です。最初は魚籠いっぱい釣ってやるぞと意気込みましたが、魚籠は重いし、持ちにくいし、だんだん嫌気が差してきます。こんな事を毎回やっている人がいるのかと思うと、尊敬してしまいます。最終地点までやってきたので、もうこんな事はしたくないと思いながら、山の神様と、森の神様と、川の神様から登山隊の人数だけ渓魚を分けてもらうことにします。

宮崎県上鹿川や福岡市近郊でのフライフィッシング。宴会。

魚籠を下げトボトボと今夜の宿まで帰還します。林道を歩きながら魚籠が邪魔でしかたなく、友人と「もう嫌だ」、「こんなのはもう嫌だ」と愚痴を言いながら歩いていきます。

宿へ戻り、宴の買い出しに奈須商店へ向かいます。大将やヨウコさんにキャンプ場閉鎖の経緯を伺うことにします。

奈須商店で聞いたキャンプ場閉鎖の経緯

キャンプ場閉鎖の経緯は、地元と町役場の意見の相違のようです。お互いが感情的になっているとしか思えません。5月6日以降キャンプ場が閉鎖されてから、上鹿川を訪れる人がめっきり減ってしまったと、大将もヨウコさんも嘆いていました。ただ商売の売り上げが減ったという次元でなく、上鹿川の集落自体が衰退してしまうのではないかと危惧されています。これまで、上鹿川キャンプ場にお世話になった人たちは、何とかキャンプ場の存続に力を貸してほしいと訴えられます。

登頂報告会と宴会

宮崎県上鹿川や福岡市近郊でのフライフィッシング。猪鍋。

登山隊の登頂報告を聞きながら、猪鍋と、ヤマメの塩焼きと、スパゲティーカルボナーラの宴が始まります、何と国際的な食事でしょう。

登山隊長の話を聞いているとなんだか変です、いろいろと話を想像していくうちに、陸に上がったフライフィッシャーの私はあることに気が付きます。彼らは、やはり鉾岳登頂に失敗しています。彼らが登ったのは、鉾岳ビューテラスです。でも、登山隊員たちはみんな満足げです。それはそれでいいことです、とても楽しい夜がふけていきます。

知らぬが仏。人生、到達点が少々ちがっても幸せならばそれでいいのかもしれません。