カメラの話

最低山極悪寺 珍宝院釈法伝

 デジタルカメラの普及に伴い、これまでのフィルムを利用するカメラは銀塩(ぎんえん)カメラと呼ばれ始めた。銀塩の名は、フィルムの感光剤の成分に由来する。(えん)というのは、化学用語で、イオン化合物を意味する。イオン化合物とは、プラスイオンを持つ物質とマイナスイオンを持つ物質が、安定を求めて化合したものをいう。
 我々が(しお)と呼んで食するのは、ナトリウム塩である。ナトリウム(+)と塩素( −)が結合したイオン化合物である。フィルムの感光剤には、臭化銀と微量のヨウ化銀が含まれる。臭化銀は、銀(+)と臭素(−)の化合物。ヨウ化銀は銀(+)と ヨウ素(−)の化合物。銀塩とはこのことである。
 実際には、白黒フィルムに限定しても、臭化銀とヨウ化銀のみでは、赤色で感光せぬので、シアニンと呼ばれる感光色素が加えられる。カラーフィルムでは、更なる感光色素が加えられているので、銀のみが強調されるのは 奇異な感じがする。おそらくは、業界内部で、現行のフィルム式の写真を銀塩写真、コピーなどを非銀塩写真と呼んできた名残だろう。フィルム式カメラの方がふさわしいと思うが、フィルムやカメラのメーカーが、銀塩カメラなる用語を使用して、今日、これがが定着しつつある。

 デジタルカメラが台頭するに及んで、デジタルカメラと銀塩カメラの優劣が論じられている。私自身は、この手の議論に興味はない。 ただ、新しい技術を背負った製品が出るたびに、このような議論が繰り返されてきたな、とは思う。

 今から30年以上も前、私が高校生の頃、メカトロニクスの波が、私達の周りに押し寄せつつあった。メカトロニクスとは、既存の機械(メカ)電子回路(エレクトロニクス)で制御しようとする技術である。
 カメラの世界は、比較的早期に、この波をかぶった。それまでのカメラは、すべて手動の機械式であり、電池は不要だった。例外は、露出計を備えたカメラ で、露出計部分にだけ電池を内蔵していた。
 当時のカメラで写真を撮ろうとすると、直感、もしくは露出計の計測値を参考にして、1)シャッター速度と、2)絞りを設定し、更に、3)ピントを合わせる必要があった。 シャッター速度というが、実際には、フィルムに光を当てる時間のことである。絞りというのは、レンズを通してフィルムに届く光の量を調節する機構である。
 そこに、電子制御回路を組み込んだカメラが登場する。シャッター速度だけを決めておくと、カメラが光量を測定し、適切な絞りを実現する 。先にシャッター速度を決めるので、これを、シャッター速度優先と呼んだ。 他方、先に絞り値を設定しておくと、カメラがシャッター速度を決定するのを、絞り優先と呼んだ。最初の自動露出システムである。

  これによって、写真を撮る際の作業は、ひとつ減った。便利になってめでたしめでたしのはずであるが、事はそれほど単純ではない。自動露出をめぐって賛否両論噴出し、 喧々囂々(けんけんごうごう)
 自動露出カメラの登場以前、写真を撮るというのは、技術を要する作業だった。それが、一部とは言え自動化されれば、技術を持つ者は不安に駆られ、技術のない者は歓迎する。如何なる技術も、初期段階では多くの不備を抱える。自動露出を嫌う者はこれを指摘し、歓迎する者は、技術の熟成に期待した。

 その後、カメラがどのように変遷してきたかは、読者諸氏がご存じの通りである。自動化は、コンパクトカメラのみならず、高級カメラの世界にも普及し、(つい)には、 自動焦点式(オートフォーカス)カメラや、ストロボ連動式カメラまで登場した。
 つまるところ、市場の動向が、カメラの自動化云々という議論を超えて、その後のカメラの発達を決定したのである。おそらく、銀塩カメラとデジタルカメラの間でも、同様 に決着するだろう。

 ただ、中古市場では、今なお、手動の機械式カメラの方が、それより新しい電子制御式カメラよりも、はるかに高値で取引されている。理由は単純。写真を撮る道具としての寿命は、機械式カメラの方が長いからである。電子制御式のカメラは、電子部品、特にカスタムLSIが壊れると、全く修理できない。それに比べ、機械式のカメラは、部品の調達が容易である。カメラが写真を撮る道具である以上、中古市場での価格差は当然であ る。
 同じことは、時計の世界にも言える。クオーツ時計が機械式時計を駆逐したが、中古市場では、圧倒的に、機械式時計の方が高額である。そして、カメラの世界では起こりえないだろうが、時計の世界では、再び、機械式時計が見直され始めている。 皮肉なことである。

 私自身はといえば、若い頃は金が無く、新しい電子制御式カメラを買うために、手動の機械式カメラを手放してしまった。今では、それを少し悔いながら、デジタルカメラを多用している。

 

 現段階では、InternetExplororにしか実装されていませんが、今後、順次、ルビタグを使用していきます。

2003/02/17 初稿

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