回 春 剤

最低山極悪寺 珍宝院釈法伝

 性に目覚める頃、男なら、誰でも一度は、己が一物(いちもつ)を握りしめて、懊悩した覚えがあろう。我もまた、一匹の獣に過ぎぬと思い知らされて、女を見る眼の浅ましさを、思いを寄せる女に悟られるのではないかと、怯えた覚えがある。

 この一物を俗にマラと呼ぶ。仏教で「魔」を意味するマーラを語源とする。出家した年端もいかぬ少年が、十代半ばになり、ようやく修行に本腰を入れようと思い定める頃、性欲もまた、若き僧の心を捉える。修行を妨げるものという意味で、マラと名付けたるも宜(むべ)なるかなである。一説によれば、比叡山で修行する若き日の親鸞を悩ませたのも、性欲であったという。

 男が子供を産める年齢の女に欲情するのは、生物として極めて理に適っている。同時に、歳をとって性欲が減退していくのも自然の摂理である。子供を育て上げることもできぬ者に、女を孕ませる能力だけあっても詮無いことである。70歳を越えて父親になった上原謙(加山雄三の父)は、結局、娘の成人する姿を見ることなく、妻に浮気をされてこの世を去った。豊臣秀吉もまた、老いてからの息秀頼の行く末に未練を残して死んでいった。生殖能力だけが老化を免れたとしても、待っているのは悲劇である。

 逆に、老いて、女に心を奪われなくなれば、心穏やかに生きていける。私自身、40も半ばを過ぎて、勢いを失った。確かに、男として、既に盛りを過ぎたことを思えば、一抹の寂しさはある、しかし、同時に、下心なく若い女性と向き合えるようになって、ようやく、長い頸城(くびき)から解放された。女性もまた、男性の性欲の対象から外れることで、精神的な負担は軽くなる。大股開きで、寝穢(いぎたな)く惰眠を貪る我がムカデ妻の姿は、心も凍りつくほどに無惨だが、しかし、同時に、ある種の安堵感に満ちている。

 しかるに、文字通り、寝た子を起こす回春剤が、アメリカで発売された。その名をバイアグラという。毛生え薬と痩せ薬、ついでに頭の良くなる薬を発明すれば、億万長者間違いなしと聞いていたが、もうひとつあったらしい。発売元の製薬会社は、大儲け。日本からも、わざわざ入手のために渡米する者が後を絶たない。大体、この手の薬は、昔からいかがわしいものと相場が決まっているが、このバイアグラ、薬品の認可には厳しいアメリカで認可されたということで、効果はあるらしい。

 最近、化粧品会社は、50代の女にまで化粧品を買わせようと躍起になっている。これが功を奏せば、手足は年相応で、顔だけつやつやした婆(ばばあ)が増加する。これに、バイアグラで、性器を勃起させた爺(じじい)が増えれば、世は将に、化け物屋敷の様相を呈する。かつてこの国には、木が命を終わるのに似て、枯れて静かに死んでいくのを良しとする気風があった。少なくとも私の祖父母は、そのように穏やかに死んでいった。それが今や、アメリカを見習って、脳と胃袋と性器だけが肥大した化け物のごとき老人の闊歩する国になろうとしている。老いてなお、男が欲しい、女が欲しいと、目をぎらつかせた年寄の跋扈(ばっこ)する国になろうとしている。

 本場アメリカのニュース番組でも、この回春剤を取り上げていた。薬の使用者である薄汚い中年のオッサン・オバハンが手を繋いで、インタビューに答える。曰く、
 男「妻を満足させることができて、とても幸せです。」
 女「ええ、とても幸せです。」

 テレビで見る限り、男がその女を相手に立たぬのは、健全な証拠だと思うが、それでは夫の務めを果たしていないとされるらしい。哀れを通り越して、おかしくさえあった。

 しかも、この薬、当然のことながら、副作用がある。詳しい説明は専門家に譲るが、既に、死者も出ているという。一時、関西では、自慰行為を「サル」と呼んだ。ラジオのディスクジョッキーをしていた笑福亭鶴瓶が、サルに自慰行為を教えると死ぬまでやり続ける、という俗説にちなんで命名したと記憶する。遂に、20世紀も終わらんとする今日、命がけで勃起させる薬を手に入れた男は、数百万年前に袂を分かったサル畜生以下になり下がろうとしている。

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