ある銭湯の物語

最低山極悪寺 珍宝院釈法伝

 ある男が、理想に燃えて銭湯を始めた。銭湯といえば、男湯、女湯と分かれているのが相場だが、彼は、それでは少数者の人権に配慮が足りないと考えた。両性具有(ふたなり)の人達にも、銭湯を愛してもらいたい。そこで、男湯、女湯と共に、ふたなり湯を設けた。

 営業を始めると、今度は、オカマから意見が上がってきた。「自分達は、姿こそ男だが、心は女である。男と同じ湯に浸かるのは心苦しい。ふたなりが専用の湯に入れるなら、自分達も別の湯に入りたい。」言われてみれば、一理ある。彼らは誤って男として生まれてきてしまったに過ぎない。本人に責任はない。差別してはいけない。男は、オカマ湯を増設した。

 オカマ湯が出来ると、今度は、オナベから意見が上がってきた。「自分達は、姿こそ女だが、心は男である。女と同じ湯に浸かるのは心苦しい。別の湯に入りたい。」言われてみれば、その通り。オカマの人権を認めるならば、オナベの人権も認められるべきだ。男はオナベ湯を増設した。

 ナベ湯が出来ると、今度は、女湯の利用者から、意見が上がってきた。「自分達は、生理の期間中、お湯を汚さないように神経を使って入っている。生理の期間中に気遣いをせずに入れる湯が欲しい。」言われてみれば、納得できる。生理は、自然現象だし、彼女たちは、好きで女性として生まれてきたわけではない。男は、生理湯を増設した。

 生理湯が出来ると、今度は、男湯の利用者から意見が上がってきた。「自分達は、現在、包茎の男と一緒に入浴している。包茎は不潔だと知りながら、手術もしない不潔な連中と同じ湯に浸かりたくない。包茎専用の湯を作って欲しい。」言われてみれば、なるほど、である。衛生上の理由で、生理湯を設けたのだから、これも差別ではない。男は、包茎湯を増設した。

 包茎湯が出来ると、今度は、包茎湯の利用者から、意見が上がってきた。「自分達は、確かに包茎だが、仮性包茎だから、不潔ではない。本当に不潔な真性包茎こそ別にすべきだ。」言われてみれば、ごもっともである。衛生上の理由で包茎湯を作ったのだから、真性包茎は別の湯に入ってもらおう。男は、真性包茎湯を増設した。

 かくして、男湯、女湯、ふたなり湯、オカマ湯、オナベ湯、生理湯、包茎湯、真性包茎湯と、8つの暖簾(のれん)を下げた立派な銭湯が誕生した。しかし、今度はこの暖簾(のれん)にクレームがついた。「表から見える暖簾に、ふたなり、オカマ、オナベ、生理、包茎などと染め抜かれると、自分達のプライバシーが暴かれる。平穏にオカマやオナベでいる権利が害される。取り払って欲しい。」言われてみれば、確かにそうだ。男は、男湯を青湯、女湯を赤湯、ふたなりを赤青湯、オカマ湯を青々赤湯、オナベ湯を赤々青湯に染め変えた。生理湯は、旗湯にした。昔、生理日を旗日(はたび=祝祭日=カレンダーで赤表示する事からの連想)と呼んだからである。包茎湯は、通称「皮かむり」と呼ぶので、かむり湯、真性包茎湯は、本かむり湯に改めた。

 ところが、今度は、かむり湯が問題になった。トヨタが、「自分達は、カムリという名前で、長い間、乗用車を販売してきている。それを包茎と一緒にされるのは困る。」と言うのである。言われてみれば、そうかな、とも思う。男は、かむり湯をかぶり湯に改めた。

 現在、男は、客から、別の意見を聞いている。「生理湯や真性包茎湯は、衛生状態を維持するために、湯を大量に費消しているはずだ。どのくらい余分に使っているか使用量を公開して欲しい。そして、使用量にしたがって料金を決めて欲しい。」言われてみれば、そうなのだろうなと思う。なにせ、国民は主権者だ。おっと、間違えた。お客様は神様だ。

 赤字続きの中、男は、湯量メーターをつけるべきかどうか悩んでいる。これ以上の設備投資をすれば、また、入浴料を上げなければならない。最近、近くに出来た銭湯が、昔ながらのやり方で、低料金を売り物にして、男の銭湯の客を奪っている。かぶり湯の暖簾を眺めながら、男はため息をついた。