北海道旅行記(その5)

最低山極悪寺 珍宝院釈法伝

2001年09月10日

八月三十日(金)

 朝、7時40分に、予定通り、バスがホテルまで迎えに来た。最初の目的地は、阿寒湖バスターミナルである。ここで、北海道号から阿寒バス定期観光バスに乗り換える。残念ながら、バスガイドは、これまで三日間のS嬢より、かなり劣る。S嬢が時給千円なら、こちらは、六百円程度が妥当である。今後の精進を期待したい。

 最初の観光は、屈斜路湖の砂湯である。砂浜を掘ると湯が湧き出るところから、この名前がある。一応、露天風呂があるが、傍に売店があって、観光客が、次から次へとやってくるので、温泉としてはあまり利用されていない。水着とスコップを持参して入浴するのも楽しかろうと思うが、この日は、長く続いた雨のせいで、あまり、温かい湯は出てこなかった。
 冬の屈斜路湖には、多数の白鳥が飛来するという。温泉の熱で、冬でも湖面が凍らないので、白鳥達には評判が良いらしい。

 砂湯を後にすると、川湯温泉に立ち寄って、観光客を拾い、硫黄山へ向かう。
 硫黄山は、活火山で、現在も静かに噴煙を上げている。昔は、硫黄を採掘していたが、今は、噴煙で茹でた卵を売っている観光地である。

 定期観光ルートのサイトにある如く、次の目的地は、弟子屈(てしかが)観光牧場と釧路湿原北斗展望台のいずれかを選択する。弟子屈観光牧場では、乗馬、牛の乳搾り、バター作りなどを体験する。展望台は、釧路湿原を眺める。
 あいにくの天気なので、私とムカデ妻は、観光牧場を選んだ。私は、小雨が降っていたので、全長百メートルに満たないコースを馬で回ってみた。距離が短いので、馬に乗ったのは私一人、他の観光客は、牛の乳搾りをしていた。乳搾りの小屋の一角に、生後九日目の子牛が、囲いに入れられていた。
 牛の世話をするおじさんに聞くと、ここにいる乳牛は、二頭だけだという。素人が触っても騒がないように訓練してあるそうだ。
 牛の寿命を聞くと、五,六年という答えが返ってきた。それ以上になると、飼料代と搾乳量のバランスが悪くなって、餌代が高くつくようになるので、業者に売るのだという。いずれ、と殺されて、食用かペットフードにされるのだろう。牧草地で草を食む乳牛の姿は、いかにも長閑(のどか)だが、彼らが牧場に居られるのは、僅かな年数でしかない。しかも、その間、搾乳のために、連続して妊娠・出産をさせられるのである。
 そういう牛達の犠牲の上に、雪印も社業を伸ばしてきた。雪印には、悲しい乳牛たちの運命に思いを馳せるという、極めて当たり前のことができていたのだろうか。財務諸表だけを睨みながら、製品を作り続けていたのではないか。
 私は、バカマスコミではないから、たかが下痢をしたくらいの食中毒で、雪印を難ずるつもりはない。しかし、自分たちの生存のために、犠牲になったもの達を一顧だにしない傲岸不遜の体質は、厳しく指弾する。
 ところで、この牧場で料金を徴収していたおばさんは、実に不愛想だった。朝から家族と喧嘩をしたせいか、観光客が少ないせいかは知らぬが、ふれあい牧場と銘打っておきながら、牧場の人間が無愛想では、洒落になるまい。

 展望台へ向かったバスが戻ってきたので、牧場で遊んだ我々も、バスに乗り込む。次は、弟子屈観光センターで、少し早い昼食である。バスの車内で予約を取り、到着後、直ちに食事ができるシステムは、オホーツクバザールと同じ。
 オホーツクバザールと違うのは、予約時に見せられるメニューの写真見本と実物が、大きく違っていることである。確かに、オホーツクバザールより、低い値段設定だが、それにしても酷い。特に、シーフードカレーと海鮮三色丼は、詐欺まがいである。それに比べると、海鮮ラーメンと私が食べた牛鍋セットは、価格相応である。
 更に、食堂が狭く、押し込められたような感じがする。オホーツクバザールの方が、かなりゆったりしていた。ここは、読売旅行も利用する店らしいから、この際、嫌われるのを承知で書いておく。

 酷い昼食だったという印象だけを引きずって、バスに戻る。特に、シーフードカレーを食べたムカデ妻はご機嫌斜めである。頼むから、この人を怒らせないで欲しい。愚痴を聞かされるのは私である。

 この次、バスは、一端、釧路空港へ向かう。我々より早い便に乗る観光客を送るためである。その後、釧路市内の和商市場フィッシャーマンズワーフに立ち寄る。観光客が、いずれか一方を選べば良い。和商市場は、昔ながらの市場の風情、フィッシャーマンズワーフは、海産物も含めた一大ショッピングセンターである。私とムカデ妻は、和商市場を選んだ。こういう市場では、値切りの腕前を発揮できるし、釧路での土産品購入は、二人とも、海産物に絞っていたからである。

 関西人は昆布好き。昆布は、鰹と並んでよく利用される。逆に、だしじゃこ(関西弁=いりこ)は、あまり使わない。ムカデ妻は、北海道産の板昆布を探し回っている。私は、ししゃも、石狩漬けなど、北海道の珍味を買った。
 しかし、私の本当の狙いは生の秋鮭。八月も終わりということで、そろそろ、秋鮭が出回っている。
 まず、品物を見て回る。鮭は、同じ紅ザケでも、獲れる場所によって味が違う。捕獲場所は、大別すれば、沖合、河口、川を遡上中の三カ所である。鮭は、産卵のために川を遡上する。この時、海水から淡水へと環境が変化するので、体を環境の変化に適応させねばならぬ。これで、鮭は、相当に消耗する。従って、最も脂がのっているのは、沖合の定置網にかかった鮭、最も淡泊なのは、川を遡上中の鮭ということになる。どちらが旨いかは好みだが、私は、脂ののっているのが好み故、こちらを探す。どうやら、現在、市場に出回っているのは、皆、定置網にかかったもののようである。
 一軒の店で、実に大振りの見事な鮭に巡り会った。いくらの量は、400gから500gくらいだろう。このいくらの代金だけで、三千円ほどになる。この鮭一本の値段が七千八百円。
 店先に立っていると、店員が話しかけてくる。こういう場合に、客から声をかけてはならぬ。こちらの買い気配を覚られては、交渉開始以前に不利になる。買う気があるのか無いのか、相手に判らぬ風情で立っているのがよい。これぞ、仏法の無我の境地などというのは冗談である。
 まずは、生もの故、翌日の夕食に間に合わぬようでは買えぬと、話を振る。店員は、急いで、同じ市場の中にあるゆうパックのカウンターへ走って、三時までに発送すれば、翌日に配達されると聞いてきた。相手の売る気を確かめるために言ってみたまでのこと。私は、先刻、電話で確認済みである。二時半を過ぎてから、買い交渉に入ったのも、このためである。
 これで、買い手有利の位置関係が決まった。後は、ゆっくりと値段を交渉すれば良い。店の都合も有ろうから、細かい数字は出さぬが、まず、いくらを醤油漬けにしてもらい、次に、鮭を三枚に下ろしてもらい、更に、他の買い物も同梱してもらい、結局、チルドゆうパックの代金以上の値引きをしてもらった。これぞ、市場での買い物の醍醐味である。因みに、私が購入した店は、ここである。

 後日談になるが、翌日、九月一日の11時頃、荷物は無事に到着した。すぐに、土産として親戚に配って回った。大振りの鮭故、十三人がしっかり食べて、なお、1/4ほど残った。塩を振って、ぴちっとシートでくるんで、塩鮭にして保存すれば、一週間は持つだろう。

 ともあれ、土産も買い揃えたので、迎えのバスに乗って、釧路空港に向かう。JTBの旅程表の釧路空港図が古いままだったので、多少、迷ったが、無事に、JTBのカウンターで航空券を受け取った。五時二十五分の出発まで、多少、時間があったので、空港内の喫茶店へ入って、サンドイッチとコーヒーを注文。夕食は、大阪に戻ってから、どこかでゆっくり、食べることになる。

 釧路から大阪までは二時間半。また、寝ている内に到着するだろう。考えてみれば、案外に近いものである。一度訪ねて、再び訪ねたいと願うことは少ないが、北海道へは、また、来てみたい。防寒具がないので、無理かもしれぬが、できることなら、冬が良い。今度は、のんびりと汽車に揺られて、流氷を観てみたい。
 ここまでの移動距離、不明ながら、推定200キロ。歩いた距離、約1万歩。バスによる移動距離、4日間で、約1000キロ、歩いた距離は、約37000歩。

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