58 物くるる友

1999.3


 

 徒然草はぼくのもっとも好きな古典の一つだが、その中に「よき友に三つあり。一つには、物くるる友。二つにはくすし(医者)。三つには知恵ある友。」(117段)というのがある。最初に、「物くるる友」を挙げているのが兼好らしくていい。たとえそれが何であれ、物をもらうというのは、嬉しいものである。相手の気持ちがしっかり伝わるものもあれば、何となく嬉しいというだけの場合もある。しかし、物をもらって悲しくなることはまずない。

 ぼくは、根がケチだから、そうそう人に物をあげるということはない。と言うよりも、プレゼントをしたいと思っても、何をあげればいいのかと迷っているうちに、面倒になってしまうタチなのである。だから、土産物を買うのが大の苦手である。

 ところで、学校の職員室のぼくの机の下に、秘密のボックスがある。秘密と言っても、今では知る人も多いのだが、プラスチックの収納ボックスを三つ重ねて、その下に手製のキャスターを取り付けた簡単なものだが、それが机の下にビルトインされているのだ。その一番上の段に、お菓子が入っている。スーパーで、一個一個がちゃんと包装されている煎餅や小さなチョコレート菓子を3袋ぐらい買ってきて、それを全部袋から出して引き出しにぶちまけると、引き出しがお菓子で一杯になる。せいぜい1000円ぐらいのものなのだが、そうやってばらして、引き出しいっぱいにしてみると、やたら豪勢に見えて、幸せな気分になってくる。

 たいていは、お腹がすくと、その引き出しからお菓子を取り出して、一人で食べているのだが、気が向くと、近くを通りかかった同僚を呼び止めて(一応相手は選ぶが)、おもむろにその引き出しを開けて見せたりする。すると、最初は誰でも「何やってんですか!」と言って、腹を抱えて笑う。あまりに、お菓子が一杯あるからだ。度を超した量の多さは、笑いを誘うものらしい。で、チョコレート一つとか、お煎餅一つとかをあげると、みんな大変喜んで、嬉しそうにスキップして(そう見えるということです。念のため。)自分の席に戻っていく。嫌な顔をされたことはもちろん一度もない。

 つまらぬ人間関係の軋轢も、案外チョコレート一つで解決するのかもしれない。兼好法師はやっぱりエライ。