これは、邪悪な帝国の野望をうち砕くために戦う、愛の戦士の物語である。
魔法ぱてぃしぇーるリリカル桃子 外伝
「帝国の逆襲 〜The Empire Strikes Back〜」
多津丘〆葉
この世のどこかにある魅惑の都市海鳴市。
八分の入りで賑わう我らが高町桃子の勤める喫茶「翠屋」に、今日も事件の話が舞い込んできた。
「大変です桃子。ヤツらが動き始めました」
窓から飛び込んで来たのは、えらくディフォルメした黒猫のぬいぐるみに羽を生やしたような珍生物である。名をスピネル=サンという。桃子の使い魔だ。
羽が生えて空を飛んで喋る黒猫のぬいぐるみを見て、お客のうちコーヒーを飲んでいた紳士が自分の眼鏡を外し、こめかみを揉んで「 疲れてるのかなあ」と漏らしているが、他には誰も何のアクションもない。「そういうもの」という暗黙の了解が出来ているらしい。
そして本編の主人公、高町桃子は、きょとんとした顔でケーキを運んでいた足を止めていた。
「……え? スピネルさん? なんでいるの?」
「細かいことはいい んです。外伝ですから」
「 そー なんだ。とりあえず、シュークリーム食べる?」
「いや、聞いてくださいって。ヤツらが動き始めた んですよ」
「いやもう関わりたくないというか」
露骨に消極的な態度で接客を続ける桃子を完全に無視して、店内にスピネルの声が響く。
「魔法ぱてぃしぇー るリリカル桃子、出動です」
「いや、聞いてよ! ねえ!」
連行される店の主人を、客は皆、なま暖かい笑みで見送った。
海鳴海浜公園。
夏の休日ともなれば大勢の人で賑わう場所だが、春まだ遠いこの時期には、単に「どこからでも風が吹き抜ける苦行の場」に過ぎない。半端に根性のあるカップルが雰囲気に夢見てやってきては、ベンチに体温を全て吸い取られて震えながら去っていくのが関の山という恐るべきデートスポットでもある。 なのにタウン誌には何故かよく紹介される。
その海浜公園の一角、トイレの近くの植え込みの横で、凍えながらも気勢を上げる一団があった。
「我々はー。断固 ー、抗 ー議するー」
「おー」
「全国のー、労働者―、諸君―、団 ー結せよー」
「おー」
「 レンー」
「なんやー」
「お前 ー、楽 ー、してないかー」
「おー」
「……。」
「……。」
ガガッ、という耳障りな音が響く。どうやらシュプレヒコールを繰り返していた人物の一人、セーラー服の少女がスピーカーを投げ捨てたらしい。すぐ隣でてきとーに調子を合わせていた、人民服の少女に向き直って。
「手前 っ! こんな恥ずかしいこと俺一人に やらせてんじゃねー よっ!」
「ハッ! お猿が恥ずかしいのは前世からや ろっ?」
二人の少女はそれぞれ、空手と中国拳法の構えを取り、妙にマニアックな技の応酬を含む小競り合いを始めた。
因みにセーラー服の空手少女を城島晶。人民服の中拳少女を鳳蓮飛と言うが、本編とは全く関係がない。
「ひどい!」
「いっつも思うねんけど、うちらの扱い悪すぎちゃう?」
桃子達が原チャでドッドットと現場に着いたのはまさにその時である。ヘルメットを外す間こそあれ。
「まずい! 早くも争いがはじまっています」
「でも、あれは単に内輪揉めでしょ?」
「桃子、変身です!」
「スピネルさん、楽しんでない?」
半眼で見つめながら、やれやれと桃子はチェーンで首にかけていた鍵を取り出す。掌にそれを載せ、目を閉じて。
『闇の力を秘めし鍵よ。
真の姿を、我が前に示せ!
契約の元、桃子が命ずる。
封印解除!』
少し照れが伺える詠唱と共に、桃子の身体が光に包まれる。掌の鍵はその姿を変え、魔法の泡立てホイッパーに。服装も「翠屋」のエプロン姿から、聖祥女子の制服をアレンジしたようなデザインの白い衣装に。
そして何より、年齢が十歳以上若返り、「人間が最も強く美しく輝く18歳という絶頂の肉体(サンクチュアリ在住・元教皇アリエスのシオンさん、談)」に変化していく。
「魔法ぱてぃしぇー るリリカル桃子、月がとっても青いから、遠回りして帰り ましょ!」
「動転 してる動転 してる」
「いやー。やっぱりちょっと恥ずかしいなあ、これ」
変身を終えた桃子は、うつむいて僅かに頬を染める。中の人の年を考えるとやむを得ないことだろう。
「まあ、今は見た目18だから問題ありませんよ。ほら。良くいるじゃないですか。高校生くらいで、魔法 少女の格好して舞い上がってはポーズ 取ってる人たちが。有明に」
「スピネルさん本当に。勘弁して」
騒いでいる二人は他に人のいない公園では目立ったので、すぐに敵に所在がバレ た。
「出たな! コスプレ魔法少女!」
「高校生なのにコスプレ魔法少女!」
「え? これ、オフィシャルの呼称になるの?」
接敵とは別の理由で動揺する桃子を余所に、敵はここぞとばかりに気勢を上げる。
「何度来ても我々の決意は変わらない! 説得には応じないぞ!」
「死すべきその日まで、うちらの志は一つや!」
二人の少女は悲壮なまでに響く声で言いながら、そのへんに用意してあった横断幕を広げていく。そこに鮮やかに、大きく書いてあった内容は。
『私たちはリリカルなのは(アニメ)を認めません! ダメ! リニメ! 絶対!』
そしてこの右下に「アニメ出られなかった帝国」というロゴが入っていた。
「と らハ3はー、我々のー、固有のー領土でー、あるー!」
「アニメによるー、占 ー有 ーをー、許すなー!」
ほとんど涙声で続く主張に、スピネルは喉の奥を唸らせた。
「なんという恐るべき主張でしょう。帝国の野望は果てしない」
「スピネルさん、今、明らかに 笑ってたでしょ」
ため息つきながら、桃子は原チャへとってかえし、翠屋から持ってきた持ち帰り用の箱を提げてきた。
「 ほーら二人ともー。新作のケーキだよー」
「わあーい」
「桃子ちゃん、おおきにー」
言いたいことを言って気が晴れたのか、二人はあっさりと懐柔された。この展開を予測していたのか、単に寒かったからか、事前に魔法瓶に用意してあった熱々のお茶を注ぎわけ、ケーキを美味しく頂いている。
「やりました ね桃子。魔法すら使わずに、空手怪人と中拳怪人を撃破です」
「いや、クロウ・カードって細かいことなんにもできないじゃない。話し合いに必要ないでしょ。それに、ここまではいつも通りというかなんというか」
奥歯に物が挟まったような言い方をしながら、桃子が視線を向けた先には、石畳に座り込んでいる人影。
それは巫女服姿の少女。そしてしきりに、横に連れている狐らしきペットに話しかけている。
「出ましたね。強敵、巫女怪人とその使い魔です。これは手強いですよ。連載開始以来最大のバトルになるかもしれません」
「ねえ、わたしの目を見て答えて欲しい んだけど、スピネルさん、 面白がってますよね?」
「あ。桃子さー ん」
桃子とスピネルのやりとりに気づいたのか、穏やかな、というか悟りにしては力無い、透明な とでも言うべき笑みを浮かべながら、ぺこりとお辞儀をしてきた。この少女の名を神咲那美という。傍らで悲しそうに泣いているのは、彼女が飼っている子狐の久遠だ。
「気を付けてください桃子。邪悪な巫女怪人はどのような攻撃を仕掛けてくるかわかりませんよ」
「(無視して)……ええと、那美ちゃん?」
「はい。見てください桃子さん。こんなに仲良くなった んですよー」
那美は嬉しそうに久遠を抱き上げる。が、久遠は対照的に悲しい視線だ。
「ねー? ユーノ くー ん。こんなに仲良くなったら、アニメからも出演のオファーが来るかもしれませんよねー?」
「那美ちゃん……」
ぶわあっ、と。
片手で半面を押さえた桃子の瞳から、涙が溢れた。
「っっっ!!! 那美 さんっ!!! 那美 さんっ!!!」
「那美さん、もうええ。もうええん や!」
いつの間にか近くに来ていた(ケーキを食べきって暇だったらしい)二人組も、涙を流して那美に取りすがる。久遠も心配そうに鳴いている。だが那美は身体を揺すぶられて首をガクガクさせながらも、遠い視線で笑みを浮かべ続けている。
「うふふ。いやだなあ。どうした んですか皆さん? わたしだけアニメに出るからって怒らないでくださいよー。ああ。これで帝国の裏切り者になっちゃいましたね。申し訳ないなー。でもごめんなさい美由希さんが 呼んでるからいかなくちゃ美由希さー ん待っててくださいねいまいきますよーそして二人で うふふふふふふふ」
うつろな瞳で繰り返す那美を見つめ、桃子は決心し、懐から取り出したカード帳をめくりはじめる。
「こういうときこそ、魔法でなんとかできないかなあ」
「ついに魔法ぱてぃしぇー るの本領発揮ですね。『ファイヤリー』で焼き尽くしますか? 『イレイズ』で存在を消してしまいますか? 『ダークネス』で永遠の闇の中に……」
「しません! ……これだ」
桃子は一枚のカードを選び、呪文と共に泡立てホイッパーで空中に打ち付けた。
「『イリュージョン』!」
カードは空中で光の粒子と化し、那美の周囲を包んでいく。
「始まりました ね鳳凰幻魔拳。巫女怪人の身体がウルフ那智のように」
「なり ませんっ! あの娘なら、元気づけてくれるかと思って」
光の中に、桃子の娘、最近那美とコンビで動くことが多い高町美由希が現れた。
「あ。美由希さん!?」
那美の瞳に光が戻る。美由希の幻影は、微笑みと共に語りかけ始めた。
『那美さん、元気出してください。わたしもアニメで頑張りますから、那美さんも名古屋の居酒屋で『お客様は神様です』とか 言ったり、その手のアレをうまいこと一生懸命頑張ってくださいねー』
「え? いやあの、あの人たちは、巫女じゃない。 っていうかあの、一緒にアニメで、二人でラブラブ……」
『いやいやいやー。同性愛は非生産的ですよ? それにもし仮に、わたしが誰かとくっつくとしても、那美さんだけは勘弁な! 貴女のところにだけは絶対に行きませんよー。永遠にねー。絶対に永遠にねー』
にこやかな笑みを浮かべ、手を振りながら美由希の幻影は消えていった。残された者は言葉もない。一言も発せず、硬直していると那美が一言呻く。
「死んだ」
そして横向きにどうと倒れる。駆け寄る晶、 レン、久遠に対しても「もうなにもかもどうでもよい」と投げやり全開の姿だ。
「え、ええと……」
「内心、美由希さんと仲がいいのは良いけど、あんまりくっつきすぎると困るなー、と 思ってたでしょ?」
「ううっ、そうかも」
「そういう気持ちで魔法を使うとこうなるのです。ともあれ、巫女怪人を桃子の責任で人として再起不能にしたところで、さあ最終決戦です」
「な、那美ちゃんごめんねー……」
那美の犠牲を無駄にしないため、屍を乗り越えて進む桃子達の前に、ついにラスボスが姿を現した。その姿を我々の次元の言葉で形容するならこうだ。公園の植え込みの木の下に青いビニールシートを敷いて寝転がり、段ボールを布団代わりに、周り中に空の酒瓶を転がしながら涙している金髪の白人女性。うごめいて曰く。
「ううっ、うううっ……。触覚じゃない よ髪の毛だよー……」
ラスボスは大変なことになっていた。
「ちょっ、フィアッセ、ちゃんとしなさい。もう」
「解説しましょう。フィアッセ=クリステラは原作版のヒロインでありましたが、アニメ版ではクビになりました。今の肩書きは『最終皇帝外人歌手』です」
「嘘ばっかり教えないの!」
言いながら、桃子はフィアッセからウィスキーの瓶を取り上げた。嫌々と駄々をこねるが、知ったことではない。
「ついに皇帝の力の源、超神水を取り上げましたね。ここからが殺戮ショーの開幕です」
「うぅー。うぅー。もっと飲むー」
「あんた達は二人とも! 最後 なんだから! しっかりしなさい!」
桃子が叱咤しつつ段ボールをはぎ取ると、フィアッセは漸く身を起こした。
「寒いよー……」
「やみのころもを はぎとった」
「それはもういいから! フィアッセ、帰り ましょ。ね?」
優しい笑みを浮かべて手を差し出す。
「桃子……」
「アニメに出られなくたって別にいいじゃない。フィアッセはフィアッセ。大事な仲間であることに変わりはないでしょ?」
「そうです よフィアッセさん! だからもう、こんなことやめてください! 迷惑ですから!」
「つきあわされる身にもなって欲しい わほんとに」
「よかった……。本物の美由希さんに嫌われたわけじゃなくて……」
「くぅーん」
いつの間にか、他のメンバーも集まってきている。めいめい勝手なことを言っているのだが、血中アルコール濃度が大変なことになっているフィアッセには難しいことはよくわからなかった。
「みんな……。ありがとう! ありがとう! そうだよ。アニメに出られなくたって関係ないよね! わたしがと らいあんぐ るハートのメインヒロイン、一番の主役だってみんな 知ってるもんね! 僕はここにいてもいい んだ!」
「 ざー んー こー くーな♪」
「スピネルさん、そこのトイレの裏で、ちょっと」
無抵抗のマスコットキャラの首根っこを掴んで歩み去ろうとした桃子の足が。
「そうだー! 最後に恭也とくっつくのはわたし なんだぞー! 桃子なんか なんだよー。34歳じゃないかー っ!」
フィアッセの叫びを聞いてぴたりと止まった。
「あ……」
珍しくスピネルが真面目な声を出した。何か言おうとするのを無視してフィアッセの方を向く桃子。
「高町 ー、恭也はー、フィアッセのー、固有のー、領土でー、あーる! なー んて言っちゃったー! あっはー! ははー。はー。は、あっ……!?」
無言で近づく桃子の表情を見て、フィアッセの顔色が変わる。助けを求めるように周囲を見回すが、既に他の三人と一匹はトイレの陰の方に避難して目を閉じ、合掌していた。
「がっ、ガイジン、日本の言葉よくわからないよー? 恭也って誰かなー?」
必死の抗弁に耳も貸さず、桃子はカード帳からばらばらとクロウ・カードを振りまく。
「『ファイヤリー』で焼き払ってやろうかしら」
「NO! NO!」
「『イレイズ』で存在を消してやろうかしら」
「NO! NO! NO!」
「『ダークネス』で永遠の闇に封じ込めてやろうかしら……」
「NO! NO! NO! NO! NO! もしかして、フィアッセ、オチ要員ですかぁーっ!?」
『YES! YES! YES! YES! YES!』
YES!
「あーーーーーーー」
海鳴の空に、どこかで致命的な事態が発生したと思われる爆音と、歌姫の悲鳴が空しく響く。海浜公園から立ち上る熱波と黒煙の中を、「アニメ出られなかった帝国」とロゴの入った横断幕が、どこまでも飛んで行った。
「こうして悪は滅びました。だが、忘れてはなりません。我々が原作を忘れそうになる度、帝国は何度でも蘇り、我々の前に現れることでしょう」
「スピネルさん、遊んでないでこれ、3番テーブルお願いね」
(完)