銀天盤 ○紅星 ○交世 ○電波


 元ネタはアルディオスさんのページ内の一枚のイラストです。


新時代ヒーロー活劇「戦え! 代戦機アルディオス」

第一話「奴の名はアルディオス」

 小雪のちらつく十二月。

 金沢駅東側のバスターミナルで、会社員吉田栄一(46)は身を竦めるように して寒さに耐えながら、列の先頭に立って帰宅のためのバスを待っていた。

 毎度の残業で少し遅くなってしまったが、このぶんならいつも通り「どっちの料理ショー」に間に合う時間に帰れるだろう。アレを見ながらフニャラ(魚の名前)の唐揚げでビールを飲むのが栄一の秘かな楽しみだ。今日もやはり関口が勝つのだろうか。あの不自然な白髪を思い出して忍び笑いを漏らしているとき、急に目の前に男が現れた。

 若い男である。茶パツにロンゲ。ピアスをはめた耳にケータイをあてて、でかい声で笑いながら通話中だ。今の日本でその程度のことで不愉快になっても仕方がないのでそれはよいのだが、どうもバスの列に横入りをしてくる気配だ。

 なんという非常識な、とは思う。しかし五十も近いサラリーマンとなにをプラプラしてるのか知らないが手ぶらで夜の町に出てくるような力の有り余っている若者では威圧感が違う。苦々しく思いながらも下を向いているしかない自分が惨 めでならない。

 しかし、それ以上に辛いのは他の乗車待ちの客の視線である。誰も口に出しては言わないが、直接の割り込みを許した栄一に対し、「お前が注意しろよ」という背中からの無言の圧力がヒシヒシと伝わってくる。

 勇を鼓して、というより世間の目に耐えかね、栄一は「君……」と呼びかけた。

「君。横入りは、良くないんじゃないかな」

「ああ? なんか言ったか? オッサン」

「いや別に」

 悲しいかな、あっさり引き下がってしまった栄一に対して寄せられた背後からの落胆と失意とため息と。押さえた舌打ちが栄一の敗北感をさらにいや増した。栄一は屈辱に身を震わせて手を握りしめた。

(私だって、私だって悔しいんだよ! ちきしょう! 俺に戦う力が、この横暴な若者と戦う力があれば!)

「その願い、確かに聞いたぞ!」

「だ、誰だっ!?」

 バスターミナルに響く声。人々が見上げれば、バス停につけられた屋根の一つの上に、舞い散る雪の中すっくとばかりに立つ影一つ。

「とうっ!」

 降雪撒いて降りたる影は、

 夜目にも映えるくれないの、

 具足に弓籠手、兜も紅く、

 炎と燃ゆる立ち姿!

「この世に悪のある限り、

 正義の心を持ってはいても、

 戦う力のないあなた!

 そんなあなたに力を貸して、

 今日も代戦いたしましょう!

 代戦機!

 アルッッ、ディオス!!!!」

『おおー』

 思わず拍手喝采のバス待ちの人々に手を振って鎮めつつ、我等がアルディオスは栄一へ近づく。

「私が来たからにはもう安心です。あんた、よく頑張ったよ!」

「ありがとう! ううっ。誰かにそう言って貰いたかったんだ……」

 感極まり泣き崩れる栄一。アルディオスはその肩を優しく叩いた。

「大丈夫。もう大丈夫だ。さあ、この男に……」

 成り行きについて来れずバカ面でぽかんと口を開けたままの割り込み小僧に、 激しく指を突きつけるアルディオス。

「言ってやれ!」

『YEAAAAA!!!』

 観客も超盛り上がっている。

「よ、ようし! ……おい! お前! よ、横入りすんなっ! お、俺だってな あ。言うときは言うんだぞ、バカヤロー!」

『ブラボー!』

『良く言った!』

『良く言ったぞ! リーマン!』

『漢だ!』

 熱狂に包まれるバス停一帯。しかし、件の割り込み小僧だけは薄ら笑いを浮かべながら電話を続けていた。

「……いや、なんかよ。変なカッコしたヤツが出てきてよー」

 ムカ。

「お、前、の、顔、ほ、ど」

「……や、なんか今言った変なヤツが近づいてきてんだよ。こっちへ。あ……」

「変じゃねーんだよ! 猿!」

 ゼットンに一撃でワビを入れさせた「必殺! アルディオス・アトミック・パ ンチ」が割り込み野郎の肋骨をまとめて四、五本叩き砕き、その体をポステーション金沢(コンビニ)の外壁に叩きつけた。

 口や眼窩やいろんなところから血を流してあんまり動かない感じの割り込み野郎を見て、思わず殴ってしまったアルディオスがハッと我に返った。

「ごめん。栄一。つい殴っちゃったよ。ヒーロー失格だな」

「……確かに、殴ったことは間違いだった。だが!」

 親指を立てる栄一。

「久々に、スカッとしたぜ!」

 その、なんとも言えぬ良い笑顔。

「栄一……!」

「アルディオス!」

『UWOOOOOOO!』

 がっしりと肩を組む二人を、金沢駅周辺のすべての人が巻き起こす歓呼の声が包んでいく。それはいつしか金沢市民117万の代戦機アルディオス主題歌大合唱へと変わっていくのだった……。




「ただいまー」

 ごきげんで帰って来た父親を見て、迎えに出た娘は不思議そうな顔をした。

「どした。美和。お父さん帰ったぞ」

「うん。や、別に」

 どっちの料理ショーに間に合わなかった日の父は不機嫌で、些細なことでも家族にあたる。「たかがテレビ番組で」と、吉田美和はいつも不快に思っていたのだった。

 しかし、今日の父は穏やかな顔をしていた。悪いことではないのだが、いささか拍子抜け、という気はする。

「さーて、と。お風呂に入って、それから飯かな」

「そ。じゃ、準備しとくから」

 素っ気なく言って台所へ入り、温め返しの準備を始める。うっかり渡すのを忘れてしまったビデオテープをテーブルに置いて。

 一本のビデオテープ。タイトルの「スマスマ」と太マジックで書かれた下に、鉛筆で小さく書いた文字。

『どっち かつおのたたき』

 ……まあ良い。お風呂から上がったら、御飯の時にでもこのテープをかけてやろう。素知らぬ顔で見ていたら、どんな顔をするだろう。

 その情景を想像してほくそ笑む美和の耳に、風呂場から調子っぱずれな歌声が届いた。今日の父は本当に御機嫌のようだ。不可解なほどのその陽気さの理由は、後ほど聞かねばなるまい。

『♪ゆけ! アルディオスー   飛べ! アルディオスー……』

 雪の降り積む金沢の住宅街に、中年男性の高温がまったく伸びない特撮ソング風が響いていた。いつまでも、いつまでも。



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