2.「骸骨荘」
バスの中。
そう。俺達は、先輩の招待を受けて、翌日の土曜から早速二泊三日の小旅行に出かけていた。
メンバーは、俺、あかり、雅史に先輩。他に俺が声をかけてレミィ。あかりが委員長こと保科。そして、雅史のヤツは一年の琴音ちゃんを誘って来やがった。隅に置けねぇな。まったく。
「WAO! 山紫水明まさにこれ分け入っても分け入っても青いサントーカ、ダヨ! ネ? ヒロユキ」
「微妙に間違ってる気がするが……」
さっきから、通路の向こうの席で窓の外を見ては騒いでいるのがレミィ=クリストファ=ヘレン=宮内。通称レミィ。つーか、長い方の名前でなんか誰も呼ばねぇけどな。
レミィはちょっと日本かぶれのところがある、フリスコからやてきたハーフだ。故事成語とかに妙に詳しいところがある変なヤツだが、おおらかで陽気であかるくてさっぱりしていて。まあ、ともかくみんなの人気者だ。
俺とは一年の時同じクラスで、その縁で今でもつきあいがある。今回の旅行にさそったら、山奥の山荘は掛け軸の水墨画でしびれたそうで、二つ返事で承知してきた。わけわかんねーが。
他にも一年の葵ちゃんやなんかにも声をかけてみたんだが、残念ながら予定があったそうで申し訳なさそうに断られてしまった。
「ともかく、あんま景色ばっかのぞき込んでると酔うぞ」
「ヨウ? ヨウって?」
やべ。車酔いって、英語でどう言うんだ? 先輩は知らないか、と隣を見る、が……。聞ける状態じゃねえし。
「えーと、だなあ……」
「be sick at one`s stomach……やろ」
「ah! Sicknessね! I see. アリガトネ! トモコ!」
「礼、言われるほどのことやない。ただ……」
ちらり、とこちらに目をやったのは俺の後ろ、あかりの隣に座ってる保科智子。うちのクラスのクラス委員で、あだ名はそのままの委員長。眼鏡にお下げのクールな関西人で、俺はある意味その人格を買ってはいるのだが……。
「ものを知らんっちゅうのはー。はあ。恥ずかしいことやなー♪」
目だけは逸らしながら明らかに俺に向けて言っている。こいつとはちょっと考え方の違うところがあって、なにかというと突っかかってきやがる。このくらいで怒ってはいられないので流しておくけどな。
「ヘイヘイ。無知ですいませんねー」
「誰もあんたのこととは言うとらん」
「あ、あはははは。まあ、そのへんで」
あかりがフォローのつもりか笑ってごまかしている。なぜかこの2人は気が合うんだよな。謎だ。
その2人と通路を挟んで反対側、一人で座席を占領して騒いでいるレミィの後ろには雅史と琴音ちゃんが並んで座っている。別になにか話しているわけではないんだが、なんだか2人とも楽しそうだ。……ちょっとからかってみようか。
「琴音ちゃん、黙ってるけど、雅史が隣じゃつまんねーか?」
「あ……、そんなことないです。つまんなくないです」
ちょっとうつむいて、困った顔で言うのがまた可愛い。この娘は入学直後から超能力少女だとかなんだとか言われてクラスの連中からシカトされたり、いじめに近いような扱いを受けてずいぶんと暗い顔で暮らしていたものだったが……。
いつの頃からかそういった噂もなくなり、最近では少しは明るくなった、のかな。相変わらず少し他人行儀なところはあるが、大きな進歩だろう。うん。
なんで俺達と親交があるのかというと、その超能力がらみでちょっといろいろあったからなのだが、面倒なので詳細は省く。
「琴音ちゃんは、騒いでないと寂しいタイプじゃないから」
雅史がちょっと気づかいを見せた。
「そーだな。年中出たての芸人みたいに騒いでる誰かさんとは違うからな」
ハハハ、と雅史は笑ったが、ちょっときまり悪そうだ。
「残念だったね。志保」
「自宅謹慎中なんだから、しゃーねーだろ。……だいたい、首絞められて保健室行ったのはおめーだろーが」
「気絶するつもりはなかったんだけどね。悪いことしちゃったな」
笑いながら気を失ったお前は確かにオットコマエだったが、ああなる前に本気で抵抗してくれれば志保も罪を犯さずに済んだんだがなあ……。
「佐藤さんは意地が悪いですから……」
控えめに微妙な発言をする琴音ちゃん。
「あはは。……どういう意味?」
「いえ。そのままです」
なごやかな雰囲気に見えるんだが、なんか怖いな。この2人のやりとりは。俺は後ろを振り向くのをやめて隣の先輩を見やった。
「先輩……」
うん。寝てるな。
(小僧。お嬢様を起こすでないぞ)
(へーい)
そうだ。言い忘れてたが、俺達の引率はこのセバスチャン。本名長瀬源四郎、だったかな。執事姿に帽子をかぶってマイクロバスの運転手をする姿は、板に付いているようないなような。元気な年寄りだ。
で、最後が先輩。先輩は昨日の夜旅行が楽しみで眠れなかったそうで、発車後すぐ夢の世界に行ってしまった。旅ではしゃぐ先輩というのを見たかった気もあるので、ちょっと残念だな。
(あと、どんくらいだい?)
(フム。一時間半ほどか)
先輩を起こしたら悪いのでじーさんのすぐ後ろに席を移し、俺は小声でちょっと気になっていたことについて聞くことにした。
(それで? どんなところだって? その……)
(「骸骨荘」のことか?)
(それそれ。その名前がよー。なんか、妙に物々しくねーか? 気になるぜ。いわくありげで)
(まあ、名前は確かにな)
僅かに苦笑しながら答えるじーさん。
(芹香お嬢様の伯父にあたる方が、ちょっと独特なご趣味をお持ちでな。推理小説というのか、そういうものがお好きな方だった……)
(なるほど。それで、いかにもミステリに出てきそうな古びた洋館かなんかを買い取ったわけだ)
(こらこら。早合点するでない。確かに、東京都北西部の山中深くある洋館、というといかにもなにかありそうだが……)
ここでじーさんは、何故だか楽しそうに笑った。
(しかし、こんな山の中に道路が通ったのは昭和も五十年を過ぎてからのこと。名前こそ物々しいが、骸骨荘も築二十年は経っておらん。小僧の家より新しいくらいだぞ。設備も整って、快適そのものじゃわい)
(なんでぇ。そいつは拍子抜け、っつーか、結構なことだが。それはそれとしてオイオイ。俺の家が築二十五年だって良く知ってるな。さすがは来須川の調査力。ってヤツか?)
俺のセリフを聞いて、じーさんはさらに愉快そうに、本格的に笑い出した。その笑い声に先輩が目をこすりながら身を起こし、他のメンバーも何事かとこちらを注視する。
余程気分がいいのか、戦後すぐの歌謡曲かなにか、陽気なブギを歌い出したじーさん。一番にレミィが唱和する。良く知ってるなあ。こんな歌。といいつつ俺もサビの部分だけ加わった。
気がつけば、皆がそれなりに声を合わせつつ歌っている。関西弁バージョンで歌ってるのが一人いるな。声こそ聞こえないが、先輩も小さく口ずさんでいるようだった。
関東山地へと分け入る、緑の中を縫うように続く曲がりくねった山道を、場違いにシャープな「KURUSUGAWA」のロゴをつけたマイクロバスが行く……。
「「山に呑まれる」ネ。I see. I see…….」
窓外を見ながら、誰に言うともなく聞こえたレミィの台詞は、妙に意味深だった。
そして俺達は骸骨荘に到着した。だいたい15:00のことだった。
そこに、俺にとって悪夢のような出来事が、あんな事件が待っているなんて、その時は予想もしていなかった……。