BMWツーリングワールド

 以前から、俺はこのコーナーで、自分にとってのオートバイの理想系は、KTMに代表されるエンデューロマシンと、BMWのようなツーリングマシンだと言ってきた。今回は、そのアスファルト系の代表BMWの最新モデルでツーリングができるという機会を得られたので、いそいそと出かけてきた。

 

BMWにまつわる原風景

 人が何かに夢中になるとき、その出発点には、必ず原風景がある。
 俺がオートバイツーリングに嵌まるきっかけとなった原風景は、BMWに跨ったある男との出会いだ。
 もう二十年以上も前のこと。
 俺は、免許を取ってすぐにツーリングに夢中になり、暇さえあれば、買ったばかりのハスラー125で遠出していた。
 それは、ある寒い日曜の朝のことだった。俺は、未明に家を出て、隣県の福島の山間まで足を伸ばした。
 朝霧のたちこめたとある峠でオートバイを止めて休んでいたとき、聞きなれない歯切れのいいエンジン音が山道を駆け上ってきた。
 霧の中から現われたのは、車体の両横エンジンの突き出た変わったオートバイだった。それに跨ったライダーは、濃い灰色の革つなぎを着て、頭には銀のハーフキャップのヘルメットを被り、二眼のゴーグルをつけていた。そのオートバイも男のスタイルも、当時の俺にはとても目新しいものだった。
 男は、俺のハスラーのすぐ横にボリューム感のある黒いタンクの厳ついオートバイを止めた。そして、おもむろにゴーグルを外すと、こちらを向いて微笑んだ。
「きみもツーリングかい?」
「ええ、まあ……」
「オートバイは、気持ちいいよな。オートバイに跨ると孤独になれるのがいい。こうして、どことも知れぬ土地を一人きりで走っていると、世界がとても新鮮に感じられて、つまらん日常なんてすっかり忘れてしまう」
 自分に向かってつぶやくように、男は言った。
 それから、しばらく話しをしたが、まだケツの青い俺には、男の話しは高尚すぎてよくわからなかった。
 だが、男が再びエンジンをかけ、スタートする直前に振り向いて言ったひとことは、はっきりと印象に残っている。
「ツルんで走ったらつまらないぞ。一人きりになって、自分と向き合うための道具なんだから、オートバイは……」
 あのときの男が跨っていたのがBMWというドイツ製のオートバイであること、そして、あの男のようなスタイルを『正統派』と呼ぶことを俺は後に知った。
 あの男とBMWは、文句無しにカッコよかった。
 そこには、ひとつの完成された世界があった。
 はっきりとしたポリシーを貫いて形にされたモノには、それを持つ者に影響を与えるマジカルなパワーが秘められている。徹底して実用的に作られたBMWというオートバイは、そんな種類のモノの典型だ。
 あの『正統派』ライダーは、BMWから降りれば、どこにでもいるうだつの上がらない中年男だったかもしれない。だけど、BMWに跨った彼は、まぎれもなく孤高を愛するリアルな旅人だった。
 今回、BMWジャパン主催のツーリングワールドに参加して、俺はあの原風景をはっきりと思い出した。そして、BMWというオートバイの魅力について再認識した。

 

BMWを純粋に堪能

 今回の企画『ツーリングワールド』は、BMWジャパンの主催で、実際にBMWに跨って一泊二日のツーリングを行い、BMWの魅力を存分に味わってもらおうという趣向だ。今回は、房総方面へ向かうコースが設定されたが、全国各地のツーリングスポットを舞台に、年に数回開催されている。
 BMWマシンは、いうまでもなく、ツーリングを主眼として作られたマシンだ。O誌も例外ではないが、マシンのインプレッションというと、サーキットでの最高速やゼロヨンテスト、それに箱根のようなワインディングでのスポーツ走行といった形で評価されることが多い。BMWといえども、同じ俎上に乗せられてしまうのが実状だ。
 スペック表を見ると、BMWは、同じクラスの国産マシンに比べて見劣りする。
 だが、こいつは、あくまでも、ツーリングを主眼に作られたマシンなのだ。ワインディングでの切りかえしの軽快さとか、スペック表の数字を云々しても、なんの意味もない。こいつは、長距離を走ってこそ、その真価を発揮するのだ。
 ツーリングワールドは、日ごろきちんと評価されることの少ないツーリングマシンとしてのBMWの実力を実体験してみようという企画なのだ。
 BMW関係者とメディア関係者が幕張のBMWジャパン本社に集まり、簡単なブリーフィングを受けた後、一行は、一路房総へ向けて出発した。
 まず俺が選んだのは、R1100RS。ボクサーツインのスポーツモデルだ。こいつに跨るのは始めてだったが、まず、そのコンパクトさスリムさに驚かされた。感覚としては、400ccクラスのツインエンジン搭載モデルとほとんど変わりない。Kシリーズは、昨年の北海道ツーリングにも使ってすっかり馴染んでいたが、これは同じBMWでもまったくフィーリングが異なる。四発のKシリーズは、ドッシリとした重量感があるけれど、これは一言で言って軽快そのものだ。
 ツーリングワールドでは、ライディングのコツを伝授してくれるインストラクターと、荷物などを運んでくれるサポートカーが同行する。参加者は、余計なことは気にせず、空身でマシンに跨ればいいので、存分にBMWを堪能できるというわけだ。しかも、無骨な実用一点張りでもなくて、ツーリングメイツが一緒に走って、場を和やかにしてくれるのがまたうれしいかぎり。
 今回は、インストラクターに二輪評論の大先達山田純氏、三人のうら若きツーリングメイツ、そしてBMWジャパンモーターサイクル部長のゲドゥン氏が特別参加した。
 Kシリーズでも、Rシリーズでも、ライダーの疲労を極力押さえるという設計思想は、まったく同じだ。跨ったとたんにピタッとポジションが決まり、手足も適度に伸びて、はやくもリラックスモードだ。走り出せば、重心の低さをはっきり自覚できる安定感があって、パワーの出方はけして暴力的でなく、必要なときに必要なパワーが、余裕を持って引き出される。
 ツーリングワールドでは、途中の休憩ポイントでのレクチャーが盛り込まれている。
 レクチャーといっても堅苦しいものではなく、ブレーキングやコーナリングのちょっとしたコツを教えてもらい、それを実際の走行に生かしてみようというものだ。
「リアブレーキをコーナリング中引きずっておいて、その加減でスピードコントロールすると、車体が安定して、咄嗟のときでも安心ですよ」とか、「コーナリングのきっかけを作るのに、イン側のステップに荷重したり、外側の膝でタンクを押したり、体重移動したりというのはみなさんご存知だとは思いますが、大きなRのコーナーなら、曲がりたい方向のハンドルを押してやるだけでもスムーズに曲がっていけるんですよ」なんて、目から鱗のきわめて実用的なワザを伝授され、とても得した気分になれる。
 オフロード乗りの俺としては、リアブレーキを多様することには慣れているが、ハンドルを押してコーナリングというのは、新鮮な体験だった。ほんと、「こんなに楽にコーナリングできていいの?」というぐらい力少なく曲がれのだ。

 

BMWで大人のツーリングをしよう!!

 じつを言うと、俺は去年、K1100RSを購入しようと、真剣に考えていた。幾度かどんどんツーリングで使わせてもらって、そのフィーリングにシビレてしまったからだ。だが、既婚者の俺としては、独断で高い買い物を即決することもできず、結局、「それって、二人乗りで遠出できる?」とカミさんに質問されハタと立ち止まってしまった。タンデム走行は、安定感のあるBMWなら当然得意とするところだが、カミさんが望んでいる遠出は、高速道路を使うことを前提としていて、それは、現行の交通法の元ではできない。それで日和って、縦に二人乗りのBMWじゃなくて、横に二人乗りのMGF(四輪)になってしまったのだが、今回、再びBMWに跨ってみて、なんだかすごく悔しくなった。タンデムでの高速道路走行が禁止されているのは、先進国では、日本だけなのだ。
 今回特別参加のゲドゥン氏は、自国のドイツに数十台のBMWマシンを所有していて、暇さえあればソロやタンデムでヨーロッパ各地を旅するという、まさにBMWフリークだ。マシンに跨って走る姿は、どことなく、俺が20年前に出会った『正統派』ライダーに似ている。その彼も、日本でオートバイが大人の旅の道具として受け入れられるためには、高速道路でのタンデム解禁が不可欠だと力説した。
 BMWでの旅の世界は、他のどんな二輪とも、まして四輪に乗っての旅とはまったく違う。その場の空気に体を晒し、五感すべてで旅を経験する。そのために、BMWは、ライダーに余計な神経をいっさい使わせない。例えばハンドツールなどもそうだが、完成度の高い道具は、それを使っているという感覚をユーザーに感じさせないものだ。BMWという「旅の道具」を使う旅人は、全神経を、未知の土地を体験することに注ぎこめるのだ。
 根っからの旅人の俺としては、どうしてもBMWが欲しくなってしまった。困ったなぁ……。


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