だから俺はここに行く!

 たまには、旅先でオートバイを降りて、みっちり歩いてみるのも、悪くない! ただ走るだけじゃなく、“何かをしにバイクで走るツーリング”ってのをオレはオススメしたい。 そこで、今回は山歩きをやりに奥秩父に出かけてみた。デスクワークで腐っている折り、紅葉真っ盛りの山に出かけて、思いっきりフィトンチッド(森のマイナスイオン)を吸って、リフレッシュすることにした。

「目廻り平」って知ってるか!?
 じつは、毎年、紅葉の季節には必ず出かける場所がある。
 奥秩父の名峰、金峰山の信州側の麓にある廻り目平(まわりめだいら)。標高1800mの高原だ。オフロードフリークには、峰越林道の信州側の起点といえばわかりやすいだろう。前にも何度かオフロード天国などで紹介したことがあったけれど、ほんの触りばかりで、ここの魅力の十分の一も案内できなかった。そこで、ちょうど秋の行楽シーズン真っ只中ということでもあるし、廻り目平の魅力と、キャンプをベースにしてトレッキングする楽しみをお伝えしようというわけだ。
 廻り目平の周囲には、金峰山(きんぽさん)の他、小川山、瑞牆山(ずいきんさん)といった花崗岩の岩峰を連ねた特徴的な山がある。廻り目平も、花崗岩むき出しの大地に、白樺やナナカマドなどの気持ちのいい林が続いている。その景色は、ちょっとよそでは見られない独特なものだ。山水画の世界といったらいいか、アルペンムード満点といったらいいか…。
 なんといっても最高なのが、ここの空気。乾いた岩と砂、それに亜高山帯の明るい樹林を通り抜ける空気は、ドライでキンと張りつめていて、体も気持ちもグッと引き締められる。花崗岩にはスピリチュアルなパワーが封じ込められているなんて、神秘主義のほうでは言われるが、そこらへんにある大岩のてっぺんに寝転がっていると、自然に深い眠りに誘い込まれてしまう。
 また、このスポットは、本格的なオフロードランとスリリングなトレッキングが同時に楽しめるので、オフロードフリークであり、山ヤの端くれであるオレにとっては、天国みたいなところなのだ。

いよいよダートは少なくなっていく
 でだ、さっそく久しぶりの峰越林道に突入していったのだが、さっそくここで番狂わせに見舞われた。なんと、10月いっぱい舗装工事で、夕方5時から朝の7時までと、11時40分からの1時間だけしか通行できないというのだ。これだからなあ、下調べは大切だっていうんだよな。でも、大丈夫なのだ。もたもた出発したのが幸いして(?)林道入り口に15時過ぎに着いたので、1時間半ばかり待たされただけで、ゲートが開いたのだ。
 峰越林道を通行するのは、もう何度にもなるが、年々舗装が伸びていくのが寂しい。今年の舗装分は、大弛峠(おおだるみとうげ)から下へ向かって進められていて、山梨県側は、ダートは7kmあまりになってしまった。あと2年以内には、山梨県側は全面舗装になるのだとか。舗装が伸びるにつれ、一般の乗用車も多く入るようになり、事故は増えるし、ゴミも増えている。北海道ツーリングのときも痛感したけれど、便利になるということは、それだけ失うものも多いような気がする。
 20年近く前、奥秩父を縦走(登山)したときは、大弛峠付近の稜線は、奥秩父でももっとも山深い部分で、かなり経験のある登山者しか訪れないところだった。それが、林道が整備されると、登山者に混じって、一部のオフロード愛好者がたまに訪れるようになった(その中には、オフロードバイク乗りでもあるオレも入っていたわけだけどな)。縦走で来たときに比べ、オフロードバイクで入り込むと、なんだか便利になった分だけ、景色とか空気のありがたみが薄れたように感じたものだったが、それでもまだ林道ツーリングでも上級者向けコースだったので、ひっそりとしたものだった。
 それが、徐々に舗装が進み、普通の乗用車でも峠まで登れるようになり、ただドライブがてらにここを訪れる観光客も多くなった。そうなると、もう、2000mを越す稜線の景色や空気のありがたさもさらに半減する。
 これが全面舗装になった日には、また、お気に入りスポットが減って、いよいよワイルドさを求めるなら海外に行かなくてはいけなくなるんだろうな。なんて、一抹の寂しさを感じながら、峠に着いた。唯一昔からの良さをそのまま残している、大弛小屋の奥秩父源流水を水筒に汲んで、長野県側のダートに入っていく。山梨県側は、塩山、甲府という比較的大きな都市からのアプローチが近いので、ここを観光資源として活用しようと、舗装事業に意欲を燃やしているが、長野県側は、主要都市から離れているので、この道を開発しようという意欲はない。ここから麓の廻り目平まではけっこうスリリングなダートが続く。 ちなみに、峰越林道の工事は10月31日まで。ゲートの閉まる12月1日までは、終日通行可能だ。まるで、この号に合わせたように、11月いっぱいが峰越林道の『旬』というわけだ。大弛峠までなら、オンロードバイクでも、たいして苦労せずに行けるゾ。

満天の星を仰ぎ見る
 今回は、キャンプに力を入れるつもりはないので、廻り目平のキャンプサイトに着いたら、すぐにたき火をおこして、酒を飲みながら星空を眺めて過ごした。10月上旬だが、夜も更けると、ダウンジャケットが必須なほど冷え込む。これから出かける向きなら、防寒装備は、これでもか! というほど用意したほうがいい。
 でも、そんな寒さも忘れるほど星空はすごい! 都会では、というより田舎でも秋に天の川が見られるほど空気の澄んだところは少ないが、ここはそれがはっきりわかる。広場にでて、仰向けに寝転がっていると、流れ星をいくつも見ることができる。今の季節は、不快な虫もいないので、シュラフを地べたに敷いて、そのまま星を眺めながら眠ってもオツなもんだ。
 翌朝、なんかひどく冷え込むと思ったら、あたりは霜で真っ白だった。
 それも太陽が差し込むとすぐに溶けて、あたりが紅葉に包まれていたことを知る。10月上旬の今ははっきり紅葉しているのはナナカマドくらいで、シラカバや他の紅葉樹はちょうど半ばといったところだが、ここの紅葉のピークは10月下旬から11月上旬にかけてだから、この号が出る頃は、真っ盛りといったところだろう。今年は、夏が暑かったから、きっと紅葉もすごいはずだ。
 ここは、標高が高い上、まわりに2000mを軽く越える高山が取り囲んでいるため、空気が特別澄んでいる。そのため、空の色が深い。それは、青というよりは、深海を思わせる紺青に近い。この空の色は、ふつう3000mを越す高山でしか見られないものだ。乾いた花崗岩、真っ白い白樺の樹皮、そして紅葉に彩られたグランドロケーションと、この空のコントラストがすごい。

「岩屋根」で昼寝をブチかます!
 その絶景の中をトレッキングに出発する。 まずは、キャンプサイトの北にそびえる屋根岩へ。屋根岩散策コースの道標にしたがって、30分あまりの行程だ。爽やかな樹林を抜けて、少々きつい登りに差し掛かる。屋根岩までもうすぐというところで、今まで見たことのなかった表示に突き当たる。大岩に、黄色いペンキで、『ロッククライミングの経験のない方は下へ』と書いてあり、ご丁寧に下向きの矢印がある。屋根岩へは、ここは登らなければ行けないので、これは言いかえれば、『ロッククライミングの経験のない人は屋根岩には登るな』ということだ。多少スリリングな個所はあるが、ロッククライミングなんて大袈裟なものじゃない。それでも、落ちれば簡単に死ねるような場所ではあるから、ろくな心構えもなしに登った中高年登山のおばちゃんか何かが、落っこちたか、登ったはいいけど降りられなくなって人に迷惑でもかけたのだろう。
 この廻り目平も、昔は、通な登山者しか訪れない場所で、面倒な制約などなにもなかったのだが、こうしてオレみたいに雑誌で喧伝したりする阿呆がいるから、心ないハイカーなんぞに荒らされるようになって、やれキャンプサイトはどこそこだ、ゴミは持ち帰れ、車をむやみに乗り入れるなと、うるさく管理されるようになってしまった。それだけ見ても、日本のアウトドアシーンというのは幼稚きわまりない。自然の中なのだから、危険な場所があるのは仕方がない。その危険を承知で入って行くのだから、たとえ死んだとしても、それは、行った本人の責任だ。人の迷惑を省みないオバタリアンハイカーなんぞ助けてやる必要などないのだ。
 こんな表示一つでちょっと怒りがこみあげてきてしまったが、ここは、無視して上に登る。その行き止まり表示から屋根岩までは10分ほどだ。
 屋根岩からは、廻り目平一帯と、奥秩父の連山が一望できる。この上は、テラス状になっていて、絶好の昼寝スポットだ。ただし、寝相の悪い人は、寝返り打って転落なんてことがあるので、ロープで確保しておいて寝たほうがいい。ここから転落したら、まず100%命はないかんね。

ヒザも笑う「カモシカ遊歩道」
 屋根岩からの展望を堪能したら、今度はカモシカ遊歩道へ向かう。
 しかし、屋根岩散策路といいカモシカ遊歩道といい、どちらも一般的な『散策路』とか『遊歩道』という感覚からは想像つかないような本格的なコースなのがいい。さっき言ったことと矛盾かもしれないけど、屋根岩散策路は、散策路というにはスリリングだし、カモシカ遊歩道のほうも遊歩道というには、アップダウンの激しいきつい行程だ。名前に惑わされて、気楽に入ると、痛い目を見る。そこらへんのアバウトさが、オレには、どうにも心地いいのだ。
 そのカモシカ遊歩道は、廻り目平の背後にそびえ立つ小川山の中腹を巻くアルペンコースだ。小川山といえば、日本のフリークライミングのメッカであり、さまざまなコースがある。その一部をかすめたりして辿るこの『遊歩道』も変化に富んでいて、スリリングで、とっても楽しいトレッキングコースなのだ。 前半、唐沢の滝というミネラルウォーターが零れ落ちる優美な滝までは、鬱蒼とした樹林帯が続く、そこを過ぎると、花崗岩がむき出しの、展望のいい明るい斜面になる。
 オレは、唐沢の滝で水を汲み、途中の景色のいいところで、紅茶を入れて、昼食とした。このコースの行程は、ゆっくり辿って3時間ほどだが、かなり頻繁にアップダウンを強いられるので、なまった体には、かなりきつい。オレも、山ヤの端くれだなどとほざきながら、終盤、ヒザが笑ってしまった。なさけないこっちゃ。
 だけど、この日は終日廻り目平の自然の中で過ごし、ほんとにリフレッシュできた。そうとう歩いたはずなのに、体重は減るどころか2kgあまりも増えてしまった。フィトンチッドは、カロリー高いのかもしれん(ではなくて、トレッキング後のビールがいけないという話しもある)。
 といったわけで、仕上げに、世界一のラジウム含有量を誇るという増富温泉の湯に浸かって疲れを癒して帰ってきた。
 みんなも心を癒せるお気に入りスポットを探してみてはどうだろう。バイクライフが数倍楽しくなるハズだぞ。


|どんどんTOP|