さらばガソリンエンジン!

 今年の夏は、どうも様子が変だ。
 梅雨だというのに、連日いい天気の真夏日だし、台風は早くも二つ上陸するし、嫌な事件もあったな。地球がおかしくなって、人間もどこか歯車が狂ってしまったんだろうか?
 こんなときは、豪快なツーリングで憂さを晴らして気持ちを切り替えたいもんだ。ほんとは、この号で、北海道まで一気走りの予定だったのだが、担当ケンチの海外取材やら、オレの他の仕事のドタバタやらで、できなくなってしまった。北海道ツーリングは、来月号に譲ることにして、連載1周年の今月は、ちょっと変わった旅をしているオレの友人を紹介したい。

 

クリーンエネルギーに魅せられたオトコ
 四輪好きの人なら、ケーターハム・スーパーセブンと言えば、「ああ、あのフォーミュラカーのようなスポーツカーか」と、すぐに思い浮かぶと思うだろう。そのツーシーターの純然たるスポーツカーのエンジンを取っ払って、代わりにバッテリーとモーターを積み込んでEV(電気自動車)に仕立て、それで日本縦断に挑んでいる人がいる。
『あなたの車をEVに乗り換えよう』(オーエス出版社)という著書を昨年末に出版して、すっかり日本における電気自動車ムーヴメントの伝道者となってしまった(ちと大袈裟かな?)田口雅典さんだ。
 彼は編集者が本業だが、もともとバイク乗りで、ビッグオフロードにまたがって海外のエンデューロに出場したり、ダイナミックなツーリングを楽しんできた。それが、なんの拍子か、クリーンエネルギーに目覚め、ソーラーカーやEVにのめり込み、電動スクーターで東海道を走ったり、ソーラーパワーのアシストをつけた自転車のレースに出場したりと、すっかり内燃機関から離れて活動するようになった。
 べつに環境問題について声高にまくしたてるつもりはないが、オレも、もともとは自然を愛するアルピニスト(登山家)の端くれでもあるし、内燃機関(ここで言っている内燃機関とは、化石燃料を使うそれという意味=以下同)を積んだオートバイや四輪を走らせることには、常に一抹の後ろめたさを感じている。だから、彼が、EVの可能性に魅せられてのめり込むことに、すごく共感できる。

モノからコトへと時代は動く
 オートバイの楽しみを伝えようという媒体でこんなことを言うのもなんだが、20世紀が内燃機関文明だとすれば、21世紀は違うパワーソースが主役になるのは明らかだ。すべては相対的で加減の問題だから、一部のマニアが内燃機関にこだわるのはかまわないし、完全にすたれるということはないだろうが、今のように内燃機関がマスを占めている状況はいずれ変わる。
 だからといって、いきなり内燃機関で動くものをEVに変えてしまえばいいとは思わない。発電による環境汚染という深刻な問題も裏側にあるから、それは不可能なことだ。田口氏も自著の中で、そのあたりは詳しく語っている。
 今は、世の中の価値観が劇的に変化する過渡期にある。まさにパラダイムシフトが間近に迫っているという状況だ。
 先月ちょっと触れたが、バブルの頃は、環境問題もエネルギー問題もみんなすっ飛ばして、モノとカネに踊った最低の時期だった。そこから少しは目が覚めて、『物』ではなく『事』(精神)に重きを置かれるようになってきた。広松渉式に言えば『物的世界像』から『事的世界像』へのパラダイムシフトということだが…それは、まあいい。その過程の中では、いろんなカルトのように、最低最悪の脳タリンも出てきたりするが、それで方向がまたモノ偏重のほうに逆戻りするということはない。これからは、間違いなく、モノをどう使うべきか、モノはどういうものであらねばならないかという『コト』が真摯に問われる時代になる。
 そういう社会的な状況が、ベースとしてある。

「日本充電3000q」!?
 だけど、小難しいことを云々しても、結局机上の空論だ。やっぱり、先月も同じようなことを言ったが、なにかしらのアクションを起こさなければ、何もアピールできないし、自分自身の変化も望めない。
 市販車をベースにして、やはり市販のバッテリーとモーターを搭載したEVは、恐ろしく効率が悪い。重いし、速度は出ないし、バッテリーはすぐに消耗してろくな距離は走れない。高価なリチウムイオンバッテリーや燃料電池を搭載して、専用設計のボディを載せたメーカーの宣伝車は、現在の内燃機関の車に劣らない性能を発揮しているけれど、これを本気で市販して内燃機関に置き換えていこうと思っているメーカーはない。現状では、「ウチは、まじめに環境にやさしい車に取り組んでいるんですから」と、先進的な企業イメージをアピールしようとするディスプレイにすぎない。今の車が売れているのに、わざわざ設備投資をして売りにくい車を主流にしていこうとは、メーカーは思わない。そりゃ商売なんだから当たり前だ。それなら、ユーザーの側から、「もう内燃機関の車はいらん。オレたちはクリーンでエネルギー効率の高い乗り物が欲しいんだ」というニーズを盛り上げていくしかない。
 田口氏が、あえて非効率な手作りEVで、しかもスーパーセブンというエコロジーからはいちばん遠いところにあるスポーツカーをベース車に選んだのは、「EVだって、十分に楽しいんだ、手作りだって、ここまでできるんだから、みんなが本気を出せば、今の車より魅力的なEVができるんだ」ということをアピールするためだった。
 それで、彼のいいところは、どっかの自動車評論家のようにしたり顔のオーソリティにならず、『日本充電3000km』となかなかスチャラカなタイトルを銘打って、電気は一般家庭に施しを乞いながら走るという在野に徹したところだ。周囲では、EV巡礼の旅と称されているらしい。
 5月31日に鹿児島の佐田岬を出発し、一日60kmくらいのゆったりしたペースで北へ進んでいる(7月15日に北海道の宗谷岬にゴール予定だから、この号が出たときは、すでにゴールした後のはず)。
その田口氏を、宮崎まさおさんが、東京R&D製の電気スクーターヤマテES600Uでサポートしながら走る(どっちがサポートだかわからないが…)という弥次喜多道中を繰り広げている。コンセントのない山の中で立ち往生したり、雨に濡れて漏電ビリビリになったり、また、それぞれの土地の人に助けられたりと、それは楽しい? 珍道中は、インターネットでリアルタイム中継されている(たぶん、まだあると思う)。ちなみに、URLはhttp://www.sphere.ad.jp/wnn/wnn-e/3000/だ。インターネットに繋げられる環境にある人は、ぜひ、こちらを覗いてみてほしい。このコーナーで使わせていただいた写真は、そのホームページからとりこんだものだが、田口氏と宮崎氏、二人の笑顔をみれば、この旅の雰囲気がはっきりわかる。

自ら触れて感じることを忘れるな!
 それからもう一人、ずっと前(96年11月号)に紹介した三浦さんが、ついに長年住み慣れたアパートも引き払って、旅の空の下の人となった。彼は、携帯電話を持っているので、ときどき、気が滅入ったときなど、電話してみる。すると、「今ね、北陸のほうにいるんだ。細い川のほとりでキャンプしてるんだけど、ホタルがすごいよ」なんて、元気な声が返ってくる。その声で、こっちは元気を与えられる。
 旅をしているときに、人はどうしてああも溌剌(はつらつ)とするんだろう。自分が変わると、世の中もそれにつれて変容する。それが楽しさの元だろうか?
 今オレは、とあるコンピュータゲームの会社で仕事をしている。いわゆるデジタル情報革命の最先端にいるわけだが、様々な技術が次々に生まれて、それがすぐに実用化され、昨日不可能であったことが今日は当然という状況は、まさに、パラダイムシフトが間近に近づいていることを実感させて、思い切りスリリングだ。だけど、時として、疲れを感じることがある。変化があまりにもめまぐるしくて、気が遠くなることがある。これも人生という旅の途中の出来事で、楽しいのだが、身近な人間が、水や空気の息吹を全身で感じながら生きているのを見せられると、そういう確実な手触りがあることも人間にとってとても大切なことだと痛感する。
 なんだか、先月と今月は、話しが堅くなってしまったけど、それも、自分の足で旅をしてないからだろうな。来月は、この数ヵ月に溜まったものを一気に吐き出しに、北海道を突っ走るからな。またスチャラカなどんどんをお届けするので、お楽しみに。


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