うま水ツーリング!! 第1弾

 ツーリンググッズコーナーでもお馴染みの小川修司氏と、昔、『ツーリング大全』という本を編んだ。小川さんは、大学の途中で世界ツーリングに旅立ち、三年間も世界中を放浪してきたという、元祖『猿岩石』……彼の場合は、何の後ろ盾もないわけだから、あんな半端モノと一緒にしちゃいけないな。それはともかくとして、『ツーリング大全』のコンセプトについて話し合っていたときに、中心テーマは、『日本の繊細な自然』にしようということで、すぐに意見が一致した。
 彼は、3年間の世界ツーリングから帰ってきたときに、故郷の山梨を彩る桃の花の美しさにあらためて感動し、日本の自然のみずみずしさに、疲れた体や精神を洗われる気がしたという。俺も、長い海外取材などから戻ると、日本の自然の優しさにホッとするような経験を何度もしていて、日本を新たな視点から見直すようなツーリングと、日本独自のテーマといったものが追求してみたいと思っていたのだ。
 そんなノリで作った『ツーリング大全』は、単なるノウハウ集ではなく、一種の歳時記であり、叙情詩めいたものになって、それなりに好意的に受け入れてもらえた(このセンスがわかるのはディープなツーリングジャンキーだけだったってこと……アホなガキライダーなんぞには、良さがわかるわけがないからいいけど)。
 『ディスカバージャパン』なんてうたい文句が流行ったのも、遠い昔になるが、世界を渡り歩くと、いっそう日本の良さが身に染みる。賀曽利さんが峠越えをテーマとして旅をしているのも、小さな峠を一つ越えるだけで、風景が一変し、人の暮らしの趣も、人の性格や文化までも変わるその多様性に面白さを見出したからだろう。
 例えばタクラマカン砂漠のど真ん中を貫く道を行けば、あたりはただただ黄色い砂と礫が続くだけで、それが3日も4日も続く。パミールを抜けるカラコルムハイウェイは、5000mをオーバーするような峠をいくつも越えるが、目に飛び込んでくるのは、ひたすら岩と雪ばかりだ。そんなところでは、文字どおり旅は自然との闘いになる。日射病、タイヤを食う砂との闘い、単調さからくる眠気や退屈との闘い、低体温症、ガレ場、寒風と酸素不足からくる認識能力の低下の中での葛藤……そんなことを経験して日本に戻って来ると、自然の繊細さがことのほか心に染みて、「もっと日本を見てみたい」という気にさせるのだ。
 なんか、今回は御託が長くなっちまったけど、といったわけで、『うま水ツーリング』なんておバカなタイトルをつけたけど、その中身は、日本の繊細な自然を見つめなおすという、崇高なテーマに基づいているわけだ。そこんとこ、心してページをめくるように!?

フォッサマグナのうま水地帯
 今回は、担当ケンチと俺の他に、前回のツーリングで、すっかり"どんどん"フリークになってしまった昭文社ツーリングマップル編集の桑原氏、それから、紅一点でツーリングパラダイスの雑用係のぢょんが参加することになった。
 マシンは、桑原氏が愛用のBMWR1100GS、ぢょんも自前のR1-Z、ケンチが自分の趣味で手配したX4、俺があてがいぶちのXR250となった。まったく、統一性のないメチャクチャな布陣である。でも、今回は、マシンの評価なんて問題にしないので、これでいいのだ。実際のツーリングだって、こんなくらい統一性のない集団があたりまえだしな。
 で、この四人は、うららかな春の日差しを一身に浴びて中央道を下ったというわけだ。
 本州を地質学的にも生態学的にも東西に分けるフォッサマグナ。俺達が今回でかけたあたりは、東に八ヶ岳、西に南アルプスに挟まれて、フォッサマグナの中でも、もっとも地形の攻めぎあいの強いところ。最近では、巨大地震の可能性なんかが喧伝されているが、そういった地球のダイナミズムの端的な部分だけあって、湧水や温泉が多い。
 まずは、その中の甲斐駒ヶ岳の北麓に位置する尾白川渓谷に向かった。
 と、その前にちょいと寄り道して、真っ盛りの桜なんぞを愛でたりして……。短い数日の間だけパアーッと開いて、あとは潔くすってんてんに散ってしまう桜は、「やっぱり日本人の心性に見事にマッチした花なのだ」なんて、本居宣長入ったりして。その後で、「俺も立派な中年になってしまった」なんて、妙にストイックになったりして……。そんなことはどうでもいい。
 でだ、最初のポイントの尾白川は、俺はいきなり川の水を飲んでしまったが、やはりお勧めは湧水のほうだ。これは、林道の終点にある駒ヶ岳神社の社の影に、ひっそりチョロチョロとお出ましになっている。甲斐駒の花崗岩に磨かれた水は、引き締まって、凛としていて、ワインを評するときのように女性に例えれば、スーパーモデルのナオミみたいな水だ……なんのこっちゃ? その少し手前にある尾白の森名水公園は、このエリアでいちばんのお勧めスポット。もちろん、売りは敷地内に湧き出す名水だ。たまたま居合わせたおばちゃんたちは、20gのポリタンを10個以上も用意して、汲みまくっていた。
 次に"どんどんツーリング隊"が向かったのは、八ヶ岳南麓湧水群。途中、何でもない森の中の道で、ぷらぷらと歩いている挙動不審の男がいた。俺の前を走っていた車が、そいつの横を通り過ぎようとしたとき、男は、やおら拳銃のようなものを抜き放ち、その車に向けた。そして、すぐにその拳銃様のものを腰に収めると、前方に合図を送る。すると、物陰に潜んでいた片割れが、その車の前に、『止まれ』と白抜き文字も鮮やかな赤旗をかざして立ちはだかった。ひぇ〜〜!! 新手のねずみとりであった。「気をつけよう、森の小道に不審な男」。
 そんなことはどうでもいい。肝心のこっちの湧水のほうだが、数ある湧水群の中で、われわれは、三分一湧水で味見をすることにした。地元の人たちの生活用水として使われるほど水量豊富なこの水は、八ヶ岳の岸壁をかいくぐり、その長大なすそ野を伏流して、ここでお出ましになっている。長い距離と時間を大地の体内で醸成されながら経てきた水は、いかにも酸いも甘いも嗅ぎ分ける大人の女といった感じ。ぢょん曰く、「こっちのほうがまろやかで飲みやすい。でも、ちょっとぬるい感じ」。そう、その緩みかかったボディの味わいがなんとも言えんのですわ。これをワイン式に女性に例えると……いや、やめとこう、俺の変な好みがバレちゃうからな。
 さて、いよいよ今回のクライマックスだが、八ヶ岳公園道路の料金所の手前から側道のダートに逃れ(ほんのちょっと走るのに200円也を献上するのはシャクだからな)、再び観音平に向かう県道に入る。権現岳の中腹まで一気に駆け上がるこの道は、ぐんぐん高度を増して気温も下がって来る。
 この道の途中に湧き出しているのが、延命水だ。こいつは、昔から八ヶ岳を目指す登山者には知られていた水だが、一般には、名水100選にも入っておらず、まさに隠れた名水だ。権現岳の中腹、標高1500mあまりのところに湧き出す水は、まさにワイルド。手に受けようとすると、冷たくて我慢できないほどに引き締まっている。「山の水とはこういうもんじゃい!!」てなもんだな。
 さて、そういった中で、どれがいちばん美味い水かというと……これは、一概には言えんわな。ワインや日本酒と同じで、それぞれに個性があって、どれも甲乙つけがたいというのが結論。「開高先生、水も奥が深いですわ……」。

蛇足のカレー対決!!
 そんなわけで、水というものの奥深さを知った我々"どんどんツーリング隊"であるが、走り回って腹も減ったということもあり、前記の尾白川のほうに戻って、急遽カレー対決を行なうことになった。
 コンビニで手に入る食材と名水を使って、個性のあるカレーを作ってやろうじゃないのという安易な企画。
 桑原氏は、よほど腹が減っていたらしく、ほたてと赤貝を入れたシーフードカレーという無難な線。これは、まずかろうはずがない。だけど、個性はないよな。もっと腹の減っていたケンチは、肉マンの具をチキンラーメンにぶち込み、レトルトカレーをその具の代わりにつめるというシンプルだが、独創的な作戦に出た。だが、哀しいかな○村屋の肉マンの具はすずめの涙ほどで、ガワのほうは崩れやすく、灼熱のカレーで手を火傷するというお粗末な結果に終わってしまった。
 そんななか、受け狙いに走って自爆したのはぢょん。パイナップル&ピーチ&ナタデココのフルーツカレー。パイナップルはまだしも、ピーチとカレーは全面対決の様相を呈し、そこに最終兵器ナタデココが投入されるに及んで、『単に不味いカレー』が『とても人間の食える代物ではない』という地平にまで達してしまった。もちろんエコロジーの観点から、この産業廃棄物は、ぢょんの胃袋に処理されたのであった。
 なに? 俺はどうしたかって? 野菜ジュースはやっぱりスパイスの効いたV8にすべきだったのと、チキンラーメンはブチこまずに、細かく砕いてトッピングにしたほうが、点数高かったとだけ報告しておこう。


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