丑歳だから、松坂牛を食いに行くのダ!!

 今年は丑歳である。じつは俺も丑歳生まれで、今年24歳なのだ!? こういう縁起のいい年は、当然、牛を食わねば始まらないのである。牛といえば、誰がなんと言おうと『松坂ギュー!!』なんである。絶妙の霜降り肉は、口に入れるとジュワーッととろけて、もう口中に滋味が広がって、身も心も蕩けてしまう、そう、あのスゲーッ高価な『松坂ギュー!!』なのだ。でも、ほんと言うと、俺はまだ人生24年の中で、それを食したことがないのである。味の形容をものの本で読んだことしかないのである……哀しい。先月の『人生必勝のお守り』ではないが、こいつもずっと、心に引っかかっていたテーマだったのである。
 年が明けて、もう松の内も過ぎようという頃。どうでもいいこのページを後回しにしていたケンチからようやく連絡があった。
「あの〜、内田さん、今年は丑歳だから、それにちなんで、日本一美味い牛乳を遠ぉ〜くまで飲みに行くなんて企画はどうですかね」
「ハーハッハッハ、大バカ者!! 俺の腸には乳糖分解酵素がないのを、おぬし知らんのか! 生の牛乳なんかゴクリとやった日にゃ、グルグルドヒャドヒャの子供電話相談室になってしまうんだゾ。天下のオートバイ誌でしょうが、牛乳なんてケチくさい言っとらんで、肉を食わせんかい、ニクを」
 てなわけで、飛んで火に入る夏の虫、ひょうたんからコマ、とても自腹じゃ食えない『松坂ギュー!!』を、堂々と経費で食えるという僥倖が訪れたのである。
 う〜ん、今年もいい年になりそうだ。

 

本格ツーリングマシンは冬なんかものともしないのダ!!

 先月BMWK1100を誉めちぎったら、JapanBMWさんから、「そんなに憧れだったんなら、乗ってちょ」と、一台お年玉にいただいた。
 いやあ、ほんとに今年はいい年になりそうだ。
 早速、そいつに跨り、東名高速をひた走る。
 今回は、ケンチと盛長カメラマンはお休みだ。なんたって世界一の牛肉『松坂ギュー!!』だからな。「一人で海にカヤックを漕ぎ出して、磯の影にいるフジツボをむしる。こいつを焼いて食うのが一番なんですよ」なんてホザく原始人ケンチや、バナナがあればいつもニコニコの長髪チンパンジー盛長カメラマンなんかにゃ、2000年の時を費やして日本文化が辿り着いた食文化の極致を食べさせるなんて、猫に小判、ブタに真珠、馬の耳に念仏だかんな。
 K1100は、滑るようにハイウェイを突き進む。
 やっぱり、ドイツのマシンは最高だ。速度無制限のアウトバーンをドッカーンと疾走して目的地まで最短時間で辿り着くことを考えたマシンだからな。東名高速を時速350kmで巡航してても、鼻歌まじりの余裕だ。名古屋なんて、表通りのローソンにおにぎり買いに行くような手軽さでスッと通り過ぎちまった。気がついたら、博多まで来ちまった。あわてて戻ったら、今度は仙台まで行っちまった。速すぎて、なかなか目的地で止まれねえんだから……。
 ウインドプロテクションも最高だから、真冬だってのに、四つ輪で移動しているように快適だ。
 やっぱ、これからは、ビッグツーリングマシンの時代だな。

 

ああ、もうちょっとってとこだったのに……

 目的の松坂に行く前に、せっかく来たのだから、伊勢神宮にお参りして、今年の幸運をお祈りした。先月の『人生必勝のお守り』と合わせて、もう鬼に金棒だ。
 さらに、もうちょっと寄り道して、大好物の『赤福餅』を食べた。柔らかな搗き立て餅の上に、たっぷりの漉し餡が載って、挿し歯が落っこちそうなほど美味い。『松坂ギュー!!』が牛の王様なら『赤福餅』はあんころ餅界の大統領なのダ!! それにしても、食べ物界のこの二大巨頭を生み出す、この松坂という土地は、なんて偉大なんだろう。なんて感動しているうちに、二見浦に陽が傾くような時間になってしまった。
 俺は、あわててBMWに飛び乗り、有史以前からご当地に暖簾を掲げる『松坂ギュー!!』の老舗○田銀へと向かった。
 店の前に来ると、もう、それだけで身も心も蕩けそうな、えも言われぬ香りが漂って来る。香りだけで、失神しそうになるのだから、それを味わった日にゃ、どうなってしまうのだろう……。俺は、恐怖にも似た期待を飲み込んで、暖簾を潜った。
 そうだ、ここで少し『松坂ギュー!!』の蘊蓄をたれておこう。
 おお、ちょうど手元にあった週刊誌界のエンサイクロペディア『週間宝石』の1/16・23新春合併特大号で紹介されているではないか。俺がテキトーなコト言うよりわかりやすいので、そこから蘊蓄を引用させてもらおう。曰く「前略……松坂牛の条件は厳しい……中略……胴長の処女牛でなければならない……また中略……但馬牛を約3年間、ビールを飲ませマッサージを施し丁寧に育てる……後略」といった具合なのだ。要約すると、丁寧に育てられた牛なのだ。だから『松坂ギュー!!』はスッゲー高価なのだ。
 個室に通され、火鉢に当たりながら、うきうきドキドキと鍋が運ばれるのを待つ。
 こうして、優雅に、床の間に飾られた雪舟の掛け軸なんか眺めながらいられるのも、BMWに乗ってきたおかげだ。これが、小汚いオフロード車なんかだったりしたら、こんな由緒正しい老舗に足を踏み入れるどころか、塩まかれて追いかえされるのがオチだ。
 なんて、考えているうちに、障子に影が映って、何故か舞子さん姿の仲居さんが、すき焼き鍋を捧げ持って入ってきた。
「おいでやす。寒い中たいへんどしたな、単車で」
 と、何故か、言葉も京都弁だ。きっと、松坂は京都に近いから(東京から見れば)、京都弁を話すのだ。
「いや、たいしたことないですよ。マシンがいいから……」
 思わず照れてしまう。
「うちが、すべてやりますさかい、だんなはんは、御酒でも召し上がってたもれ」
 と、今度は何弁だかわからん言葉で、最初の一杯を杯に満たしてくれた。
 それに、口をつけているうちに、舞子さんは、火鉢に炭を足して五徳を据え付け、その上にすき焼き鍋をかけた。鍋が頃良く焼けたところで、脂身を載せる。ジューッと、小気味いい音を立てて鍋の上を滑る。油が全体に行き渡ったところで、霜降りの赤い肉を一つまみ。
 思わず、俺は生唾を飲み込む。
 ジュワーッ!! いかにも極上のエキスが、その中から滲み出すような音をたてて、『松坂ギュー!!』が踊る。
 俺は、またまた生唾を飲み込んだ。ああ、このときを長い間待っていたのだ。湯気が立ち上り、濃厚な香りが、鼻孔をくすぐる。俺は、それだけで、気が遠のきかけた……。
「内田さん!! ねえ、内田さん、早く『どんどん』の企画立てちゃおうよ。俺、カブカスタムの取材で、ショップ行かなきゃいけないんだからさ」
 不粋なダミ声で、俺は正気を取り戻した。
「あ、俺の松坂ギューは?」
「松坂牛? 何寝ぼけてんの? 初夢にしては、遅すぎまっせ!!」
 目の前にケンチのモアイのような顔があった。
 そこは、年明け早々、出前飯パワーで徹夜仕事をこなすO編であった。
 うーん、今年もいつもと同じ年みたいだ……。

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